幻晶騎士調整師(シルエットナイトコーディネーター) 作:ヌルポ撲滅の使徒
魔法というものは、幻想の入り込む余地のない純然たる技術だ。
その手段は、人間も含めた全ての生物が持つ仮想器官である
そしてこの魔法術式の存在が、純粋に技術が求められる最大の要素だ。
まず、最も基本となる現象を発動させる魔法である
射程を伸ばす、数を増やす、効果時間を設定する、位置を設定する、繰り返し発動する、魔力ある限り維持し続ける……などなど、その応用は多岐にわたる。
この制御式の存在により、下は単に火を付けるだけの魔法から、上は人間という非常に複雑な構造の生物を常時強度筋力両面で強化する
そしてその魔法技術の集大成が
結果として、構文技師とは、無数の基礎式・制御式を把握し、効率よく術式を構築、正確に
***
「……術式が届いていない?」
「はい」
「
第一工房から依頼を受けて既に3ヶ月近く経っている。普通に考えれば、既に第一工房で術式の解読、再現、順調なら改善すら始まっていてもおかしくない頃だ。
「あのガイスカ
格納庫の入り口から呼ばれたので返答すると、部下がなにやらぞろぞろ大勢引き連れてきた。見覚えは、あるような、ないような?
「えー、こちらの方々は?」
「第一の構文技師連中だそうです。なんでも……」
「先日納品する予定だった背面武装及び照準用
「ん? 写し?」
構文技師代表だろう年重の男性が苦虫を噛み潰したような顔で、手元の大量の資料を差し出してくる。反射的に受け取りつつその後ろの集団を見ると、同じ用に雑多な資料やら紋章術式の図面やらを荷台に載せて奥に運び込んでいるところだった。
それはいいのだが、『写し』とはどういうことだろうか?
「非常に、ええ、非常に、心から不甲斐ない限りですが、我々第一工房の構文技師ではこの術式の解析が間に合いませんでした……」
「……は?」
……今にも泣き出しかねないほど意気消沈している第一工房所属構文技師達の証言と、引き渡された資料を要約すると、この三ヶ月は以下のような流れだったらしい。
最初の1週間。まず《テレスターレ》の魔導演算器の空き領域(改善、現地改造用に意図的に残してある余白)に追加されていた術式の解読に失敗。原因は、術式が非常に緻密で、なおかつ既存の術式系統のいずれに当てはまらない構成になっていたこと。あえて言えばフレメヴィーラ王国で作られる術式固有の特徴……言語に例えるなら方言のようなもの……が散見されるが、あまりにも
続いての1ヶ月間。あまりの進展のなさに業を煮やしたガイスカ工房長の鶴の一声で、機能からの術式の類推と再現を開始。要は最終的に何をしているのかが(何故そうしているかは不明だが)解っているのだから、自分たちで1から作ってしまえばいいという発想だ。
コレ自体は人類国家間の戦争などで、戦争相手が開発・使用した魔法を自軍でも用いるために歴史的によく行われた手法なので、別段間違った判断でもない。……むしろ、術式の現物がある状態でそれを行うというのは、期間が限られたこの状況では相当な英断だとすら思う。
が、更に2ヶ月近くたった現在、これも失敗に終わった……という表現は、さすがに構文技師達に失礼だろう。
彼らもプロだ。何の進展もなかったわけがない。
確かに再現には失敗した。現時点で完成しているのは精々補助腕の手の部分を握ったり開いたりする程度だ。
だが、その過程で彼らは様々な成果を得た。
例えば、そもそも最初は何故背面武装や火器管制システムが追加され、どのように使われるべきなのかすら理解できていなかった第一工房所属の全職員が、質問されれば大まかな概要程度なら答えられる程度には理解できたこと。
例えば、部分的ではあるが解読できた術式を元に、他の既存術式への応用が見つかったこと。
他にも多くの副産物、発想、刺激を第一工房の面々にもたらしたのだ。
……とは言え、そもそもの目的である背面武装用の術式再現ができていないことは事実。なので屈辱に耐えながらも解析途中の資料を
「工房が異なるとは言え、
「いえ、事情はわかりましたので顔を上げてください」
実際これは無理だ。
報告を聞きながら術式の写しを斜め読みしていたが、専門でない私ですらわかるほど、根本的な術式構築の思想が既存とはまるで異なる。これでただのゴミ術式なら作ったやつの性根に金槌を叩き込んだ上で、自分たちで組み直すだけで済むのだが、実際は異様に無駄がなく、精密で、効率がいい。
この感じは前にも感じたことがある。《テレスターレ》を初めて見たときの感覚だ。……つまり、既存の常識に囚われない発想が必要で、そこを理解しない限り永遠に丸写ししかできないだろう。
「とりあえず、うちの構文技師達をそちらの応援に出しますので、引き続き解読・再現に携わっていただいてもらいたいです」
「……願ってもないことですが、よろしいので?」
「ええ、いくら資料があるとは言え、これを何も知らない人間が解読し直すとなると、結局同じだけの時間をかけて失敗するでしょうから。それならそちらの補助に動いたほうがいいでしょう?」
そもそもあの偏屈の塊のガイスカ先生が、こちらに丸投げしている現状に対して心穏やかなわけがない。絶対に
「それに、そちらはそろそろ全身駆動用術式の調整に入る頃のはず。他の工房からの応援もあるとは言え、いくら手があっても足りないはずです」
「……おっしゃる通りです」
幻晶騎士の駆動系の術式調整は非常に地味で時間がかかるが、ここでどれだけ手間を惜しまないかどうかが最終的な完成度を左右する重要な部分だ。下手に動作試験を省略した結果、肝心なときに動かなくなって命を落とした
「その間に、
「……承りました」
「はい、そういうわけで……。ちゅうもーっく!! 」
格納庫内で作業していた人員がこちらを一斉に振り向く。
「最低限のメンテナンス人員残して構文技師は第一工房に出向! 代表者はメンバーの選出お願いね!」
「はい!
さて、じゃあこっちもやるべき事をやりますか!
***
「全、然、進まない」
「お疲れさまです。隈がすごいですよ?」
「ミラディもね……」
あれから二ヶ月。補助腕の改良は一部
……正直に告白しよう。私は「術式が解読できない」ということを舐めていた。
言い訳させてもらえるなら、これまで、汚い術式や癖の強い術式は無数に見てきて、使ってきて、時には本職に混じって改善してきたが、流石に全く解読できていないという状況は未経験だ。
その状態で、術式に制御されている側の部品を調整・改良しようとするとどうなるかと言うと……。
「動作調整が死ぬほどめんどくさい……」
本来動かす術式の構成と、動かされる部品の設計は相互影響するものだ。
例えば今回の補助腕の場合。仮にある部分の
それまで3つの結晶筋肉が賄っていた分の機能を2つだけで済ませるわけだから、位置関係や出力制御の仕方、伸縮の最適なタイミングも変わる。多くの術式は使用する状況に柔軟に対応するために周囲の環境から情報を入力し、発現させる結果を変化させるよう作られているが、それにも前提条件というものがある。つまり設計の変更に連動して、術式の側にも結晶筋肉が2つである前提での組み直しが発生するのだが……。
ここで思い出して欲しい。今回その術式が解読できていない。つまり一切
「術式からの操作内容に対して完全に同じ動作をするようにしつつ、部品を簡略化するとか前代未聞だよ……」
「
確かに、それだけが唯一良かった点だ。
《テレスターレ》の補助腕にも綱型結晶筋肉は使われていたが、改良して体積の減った改良型と入れ替えたおかげで補助腕全体の重量減少や干渉よけの空間の縮小により、金属内格や外装を小型化、ないし複数の部品の統一ができたのは大きい。これがなかったら成果無しでガイスカ先生の前にのこのこ顔を出して、金槌で脳天ぶっ叩かれる事を覚悟しなくてはならなくなっていたところだ。
「まあ、とにかく、途中成果ではあるけど中途納品はした。業腹ではあるけど、最低限の面目は保った……はず、だから、なんとか陛下へのお披露目までにもう少し改良を……」
「工房長!」
「んー? どうしたー」
「工房長、寝落ちしかけてますよ」
と、急に部下が駆け込んできた。眠い目こすりながら返事をするが……。
「今、第一から連絡きたんですけど」
「うん」
「陛下が抜き打ちで視察にいらして」
「うん……うん?」
「しかも一ヶ月後に新型のお披露目として御前試合を行われると宣言されました!」
「……ふぅ」
ぱたり。
「……? 工房長? ちょ、ヨハンナ!?」
このとき、落ち行く意識の中、私は悟った。