煉獄杏寿郎は、死ぬことを受け入れていた。
上弦の参の拳は、自らの鳩尾を貫通している。そこから流れ出る血は、いかに全集中の呼吸であっても止めることはできないだろう。
暖かな朝日を正面に受け、その温かさを感じながら、なんとか言葉を紡ぎ終えた。
目の前にいるであろう竈門炭治郎の姿も既に霞んで見えることはない。
——戦った。
——戦い切った。
柱として、炎柱として、自分は列車の乗客を守り切り、竈門炭治郎を、嘴平伊之助を、自らの部下達を守り切った。
上弦の参を前にして、一歩も引かず、決して膝を曲げることもなく、朝を迎えた。
惜しいと思うのならば、上弦の参を殺しきれなかったことだ。
折れた日輪刀では、その首を落としきれなかった。
決して離すまいとした右手も、結局は鬼自ら手を切り離すことで逃げられてしまった。
それでも、杏寿郎は満足していた。
守ることが出来た者たちに、泣かれていても。
杏寿郎は優しく笑うことができた。
——きっと大丈夫だ。
鬼滅隊という、遥か戦国の時代から続く組織において、名高き最強の柱として。
己が縷々と紡がれる流れの中で、己はやりきった。
全てを燃やしきったと、思ったのだ。
心優しき弟は悲しむだろう。
荒れてしまった父を残すことに、心残りはあった。
それでも、自らの命を鬼殺のために使い切った。
柱として恥じることのない死に方じゃないか。
自らの死は決して無駄ではない。
いつになるかはわからない。
己の想いは、きっと竈門少年に、猪頭少年に、黄色い少年に、引き継がれただろう。
引き継がれた意志は、彼らをきっと支えてくれるはずだ。
彼らの刃が、鬼滅隊の刃が、いつか鬼舞辻無惨の首に届く日が来るだろう。
それを見ることができないのは悲しい。
見ることができるのならば、そんな世を見てみたかった。
竈門少年が泣いている。
——泣くんじゃない。
——大丈夫だ、きっと。
「今度は、君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ」
そうやって、想いを繋いで、いつか辿り着く。
「俺は信じる」
ふと、竈門少年の向こうに、人影を見た。
「君たちを信じる」
霞んで見えないはずなのに、何故か亡くなった母上だと杏寿郎にはわかった。
——母上。
厳しく、凛々しく、優しく、温もりをくれた母上。
——俺はちゃんとやれただろうか。
つと、そう問い掛けた。
許しが欲しかったのかも知れない。
病に冒されようとも決して挫けなかった強き母だった。
彼女の言葉が、杏寿郎を今まで導いてくれたのだ。
——やるべきこと、果たすべきことを、全うできましたか?
母上は、杏寿郎の問い掛けに優しい笑みを浮かべた。
朝日が、母上の後光のように見えた。
次の瞬間、母の目から涙が流れ落ちた。
涙は雫となって、朝日に輝いていた。
一度だけ見た母の涙。
その時よりも、悲しそうな涙だった。
『まだ終わりではありません』
耳を疑った。
『決して、諦めないで』
暗転する意識。
『諦めないで、杏寿郎』