All You Need Is 杏寿郎   作:碧海かせな

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弐周目

凄まじい悪寒に目を開く。

目の前には横たわる竈門少年。

強烈な鬼の気配に首を後ろに回せば、3間と離れぬそこに鬼はいた。

 

上弦の参——猗窩座。

 

さしもの杏寿郎も、戸惑ってしまった。

ついさきほどまで、自分は上弦の参と戦い、朝を迎え、そして死んだはずだった。

 

——夢?

 

人を夢に誘う鬼を思い出す。

今夜の無限列車で斬られたはずの鬼。

 

もしかして自分がここにいるのは、まだ夢の続きなのだろうか。

鬼の夢の中で、自分は死んだのか?

 

だが、上弦の鬼の前でその逡巡は迂闊だった。

 

そのせいで、上弦の参が何をするのか、察するのが遅れてしまったのだ。

気がついて、炎の呼吸を出すのが遅れてしまう。

 

炎の呼吸 弐ノ型・昇り炎天が斬り裂いたのは、既に血に染まった鬼の腕だった。

竈門少年の顔が、

守れたはずの子どもが。

 

「いい刀だ」

杏寿郎は死んでしまった少年から、鬼に目をやった。

再生は速い、凄まじい圧迫感、鬼気。

これが夢であろうものか。

体中を焼き尽くすほどの憎悪。

目の前で、取りこぼしてしまった仲間の命。

この悲しみが、悔しさが夢であろうものか。

 

「なぜ手負いの者から狙ったのだ!!!」

杏寿郎は腹の底から怒っている。

握りしめる刀が、震えるほどに怒っている。

——迂闊な自分を殺してやりたい!

 

「話の邪魔になるかと思った。俺とお前の」

鬼が何を言おうと、どうでもいい。

上手くやれたはずなのだ。

自分が隙を見せなければ、竈門少年が死ぬことはなかった。

例え己が死ぬことになったとしても、強い者として弱い者を守ることができるはずだった。

 

鬼の戯れ言に耳を傾ける必要はない。

くだらないことを言っている鬼。

上弦の鬼。

「お前も鬼にならないか?」

 

なるはずがない。

なろうはずがない。

 

杏寿郎は、もう一度足下の骸に目をやった。

遠くで、仲間の猪頭少年が叫んでいるのが聞こえる。

——守れなくて済まない。

 

刀を握り直し、顔を上げる。

「ならない」

血を吐くような言葉だった。

 

「お前を殺す」

 

無駄な言葉はいらない。

 

——炎の呼吸 伍の型・炎虎!

 

虚を突かれたような鬼の顔が笑みに歪む。

一瞬に追い切れぬほどの拳が、炎の呼吸を止め押す。

前の時も見た。

だから左目を掠る攻撃を、避けることが出来た。

肋骨は折れた。

内臓も傷ついた。

 

だが、前よりはマシだ。

 

「強い! 強いぞ、柱のお前!」

鬼は嬉しそうだった。

忌々しいほど、嬉しそうだった。

「名前を教えろ、炎の柱」

全身に刺青の入ったその鬼は、嗤いながらそう言った。

 

ゆっくりと悟られぬように全集中の呼吸で体を調える。

傷口からの出血を抑え、痛みを押し殺す。

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」

技を放ち、血が流れて、少し見えてくるものがあった。

痛みを感じ、死の気配を感じて察するものがある。

 

——この鬼は強い。

 

「俺は猗窩座」

上弦の鬼は、こうまでも下弦と違うというのか。

「杏寿郎、その闘気、練り上げられている。至高の領域に近い」

今まで数多くの柱が挑み、そして敗れ去ってきた上弦の鬼。

 

その参番目。

 

前が夢でないのならば、炎の呼吸 玖の型すら、この鬼には届かない。

 

「お前は鬼になるべきだ。老いて死ぬこともなく、鍛錬し続けられる鬼になるべきだ」

尋常でない回復速度によって、傷を付けてもすぐに直ってしまう。

そして素手で戦うこの鬼は、その両手両足が凶器となりうる。

右手を斬っても、左手と両足が技を繰り出してくる。

炎刀が首を斬るよりも早く、途切れもなく襲い来る攻撃に、一本の刀で対処が追いつかない。

 

——ならば、一刀に斬り捨てるのみ。

 

前よりも早く。

前に見た鬼の拳よりも早く刀を振り下ろす他なし。

 

よく見える両目を見開き、鬼をじっと見据えた。

「俺は俺の責務を全うするのだ!!」

 

日輪刀を肩に抱き、腰を捻り、呼吸を深める。

「もう、誰も殺させはしない!!!」

 

——炎の呼吸 玖の型・煉獄

指の先の先まで行き届いた力が、土を爆ぜて前に進む。

炎の呼吸が刀をまとい、

風が燃え尽きるように轟いた。

 

両足で踏み込み、前に飛び出た勢いを、

敵の懐まで、

自らの刀の間合いまで一気に飛び込み、

着地の衝撃と腰の捻りで一気に斬り通す。

 

前よりも早かっただろう。

正しく斬れれば首も飛んだはずだった。

 

だが、杏寿郎の心のどこかにあった恐れが、あと半歩の踏み込みを甘くしていた。

刀は、鬼の左手を切り落とし、左肩に食い込み、止まっていた。

 

そして鬼の拳は、左胸を貫いている。

心ノ臓を貫いていた。

 

——無念。

 

漲っていた力が、立ち所に漏れていく。

鬼は拳を引き抜き、杏寿郎は仰向けに倒れ込んだ。

呼吸をしたくても、心ノ臓が潰されてはどうしようもない。

 

急速に薄れゆく意識で、杏寿郎は気がついた。

 

——空が、まだ暗い。

 

——ああ、しまった。

 

——朝まで、もたなかったのだ。

 

仲間に向かう猗窩座を、もう止めることは出来ない。

きっと他の二人も殺されるだろう。

彼の妹も、ただでは済むまい。

 

——俺は間違えた。

——冷静さを失った。

——やり直せたら、

——やり直せるのならば……!

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