エルフとご主人   作:脱線

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ちょっと長くなってしまった。


まっちぽんぷ。

「◾️◾️◾️◾️◾️──!? ◾️◾️◾️◾️◾️──!!」

 

 ──スラヴァ雪原を越え三里ほどの距離にある魔王城、及びその城下町には今日も獣の声が響いている……この声が先代魔王、アラキルのものである事は今や公然の秘密であった。

 

「次代は誰にする?」「いやそんな事よりまずはこの声をどうにかできないのか!?」「だが城に沁み付いた先代の魔力がそこらの遮音結界を阻害してしまう……!」「なんだっていい! とりあえずはこの音をどうにかせねば次代も決まらぬ!」

 

 アラキルの家臣達は喧々諤々(けんけんがくかく)に言い争い、そのうちにとりあえず恥を忍んで諸々の処理には外部からの手を借りよう、という事になったのである。

 

 **

 

 さてそれから数日が経った頃の事。スラヴァ雪原の(ほとり)には男女が降り立っていた。

 

「やっぱりよ……こういう所にはそれ用に服薬しておくべきだよな」

 

 と、金髪の三十代半ばの様相の男は傍で凍える白髪のエルフに胡乱な視線を投げながらぼやいた。

 

「ご主人……さむい……外套(マント)の中に入っていいか?」

「お前馬鹿だよね?」

「う……煩いな……私は元々大陸中部から南にかけて活動していたんだ。北部がこんなに寒いだなんて知らなかった」

「いやまぁ今回はお前が指名された仕事だからお前が悪いんだが」

「北部の質がこんなに下がってるだなんて誰が思う? 私が活動していた時期から二百年は経ってるんだぞ?」

「そこはほら、アレだろ? 指名依頼停止措置を取ってなかったお前の落ち度だろ。飲むか? 恒温薬……」

「ご主人の身が羨ましいと思えたのは今回が初めてだ……。貰う……」

 

 くぴくぴと渡された瓶の中身を飲むエルフの様、道行く人々は「変態じゃ……変態がおる……」という目で見たという。

 まあこのエルフ、非常に軽装で降り立ったのだから然もありなん。白の風景に対して暗色の肌は非常に目立った事だろう。

 

「それで。今回お前が指名された依頼だが……遮音結界の構築だったか?」

「私一人じゃ不得手だからな……ご主人がいるなら何とかするだろう?」

「いやまぁ……間違ってはいないが……」

「私はどちらかと言えば戦争屋とかに属する側だからな。便利屋としての適性はそこまで高くない。念の為だな」

「主人を顎で使う所有物とかお前くらいのものだと思うよ、俺は……お、雪原蜥蜴(スラヴァリザード)の群れじゃん。採取しとこう、えい」

 

 男が指を鳴らすと同時に、雪中のソレらは皆生命活動を終えた。その様子を眺めながら、エルフは深い溜息をついて独りごちた。

 

「……ご主人に悪心が無くて良かったよ、私は」

「あ? 俺ほどまともな到達者は居ないぞ?」

「コレでまともと言い張るから全く到達者というのは気狂いばかりだな……」

「まあ他のはホラ……だいたい真理を見に行く過程で頭がおかしくなって死んでるし……」

「ソレ込みだから安心してくれ」

「はー……? めっちゃ不満なんだがー?」

「それならなんでご主人が気触れてないのかって話になるだろう?」

「それはまあ……石取り込んでから観に行ったしよ……? あらゆる意味合いにおいて恒常性を維持し続けるのが賢者の石の性質で、俺の肉体は取り込んだその時に巻き戻り続けてるみたいなんだよな」

「みたいて」

「後続が出てくると思ってたんだよあの時は! 全く出なかったんだけどな。……割と確実に成功するやり方だったんだが……」

「ご主人のやり方は?」

「液状化させた賢者の石とエリキサーの混合液を自分の血液と置換するんだ。それを終えてからしばらく……といっても一週間ほどだが、拒絶反応の恐れがあるのでちょいちょい追加でエリキサーを服用させて貰いつつ、身体が動くようになったら成功だ」

「ご主人頭おかしいんじゃないのか?」

「はー?」

 

 胡乱な視線を投げながら答えるエルフはいやだってそれ……と繋げ。

 

「施術にめちゃくちゃな資産が要るだろ……?」

「必要なものは自分で作ったら関係ないよなあ!」

 

 うわーウチのご主人頭ワーム*1だわ……とエルフは考えて、はい、と答える。

 

「あ、なんか今俺めっちゃ馬鹿にされた気がするな……!」

「いや全然マジで馬鹿にしておりませんが」

「でもお前もさっき俺がやったのと似たような事出来るだろ」

「いや私は奴隷紋ついたままだから本来よりずっと弱いんだぞ……? だからご主人に頼んだんだ」

「オラッ」

「ぬぉ!? ……奴隷紋無理くり剥がすな馬鹿!」

「良いだろ別に、お前がそれでウチから離れる訳で無し。代わりに無害なシールでも貼っとけ。で、どうよ? 今だと」

「まぁやれるが……えー……そらっ」

 

 エルフの掛け声ひとつ、雪原の少し離れた場所から雪玉めいたものが、くるくると回転しつつ彼女の手に収まった。息絶えた雪隠兎(スケルタルラビ)である。

 

「んー……心臓詰めて内部から引き寄せたのか」

「そんなところだ。ほら行くぞ、いつまでも寒いところに居たくない」

「そうすっかね。その兎は昼飯にする」

「行き掛けの風情さえご主人の前では無意味になるな……」

 

 エルフは一動作で変換されたロースト兎肉を主人に渡されて、齧りながらぼやいたのであった。

 

 **

 

「お待ちしておりました」

「さっさと片付けるから案内してくれ。報酬は成功したらギルドへ連絡、それから後日に話し合うから。失敗したら何も無しでいい」

 

 半日ほどかけて城にたどり着き、迎えの言葉を貰うなりエルフはつっけんどんに答えた。

 

「は、しかしですな……」

「あんまり此処に長居したくないのだ。声が煩いし……」

「わ、分かりました……此方です」

 

 異様に不機嫌そうな彼女の様子に迎えの者は竦みながらも目的の場所へ案内を始める。爛熟した果実のような匂いが、城の奥へ向かうごとに強くなっているのをエルフは感じていた。それは主人とて同様である。

 

「こりゃなんの匂いだ? こんな地域で果実でも熟れるのか? 溶けそうなくらいに」

「違う、()()()()()()()()()()()()

 

 主人の疑問へエルフは応える、彼女はこの匂いに覚えがあった。

 

「これはアラクネ・クイーンの発情臭だ」

「ほお〜、こんな匂いなのか?」

「クイーンはこの匂いで雄を誘き寄せて、その中から生き残った奴の胤を孕むんだ。強くなるための手法だな。甘さに粘り気を帯びてるからこれは相当に生きてる奴のだ……あっ魔王アラキルのか……」

「今の魔王だったか」

「うむ」

「こ、この奥の部屋です……」

「あとはやっておくから下がってろ」

 

 件の部屋の前で案内人へ手を振って離れさせて早々、エルフは主人へ訊ねた。

 

「しかし煩いな……ご主人、耳栓あるか?」

「ちょっと待ち……そら」

「助かる」

 

 けだものの声の煩わしさがすっかり解消されて、エルフはそっと扉を開いて中を覗き────そっと扉を閉めた。

 

「これはご主人がやるべきだな」

「お前急にそういう事言う?」

「見れば分かるぞ」

「えー……俺虫系の魔族は趣味じゃないんだが……」

 

 エルフの言葉に主人は渋々従って、そっと中を覗き────そっと扉を閉めた。

 

「成る程?」

「これじゃマッチポンプだぞご主人」

 

 中の光景というのはローパーメイデンに喰わ……触手になんやかんやされて痴態を晒す元魔王現雌蜘蛛の姿であった。実に2話ぶりの登場である。主人にはローパーメイデンに住み着く無脊椎動物が工房へ置いていた時よりもずっと元気に見えたという。

 

「俺じゃない、アラキルが勝手に引っ掛かったんだ。知らない、済んだこと」

「で、アレをなんとか出来るか?」

「いやまぁ出来るが……出費としては実質無料の赤字になるぞ」

「………………いやまさかそんな」

 

「部屋の構造チェックヨシ! 補強もヨシ! 穴や隙間の閉鎖もヨシ! ──今からこの部屋をエリキサーで充たします

「ご主人は馬鹿だな……! この頭ワーム野郎!」

 

 そういう事になった。

 

 **

 

 ──それから三日後。

 

「えー……助けていただいた事には感謝しますけれど……」

 

 すっかり快復した魔王アラキルのなんとも言えぬ表情の前でエルフと主人は座っていた。

 

「まあ魔王がスクヴスローパー如きに喰われるとか誰も想定しないよな。すまんね?」

「ご主人が適当に転移したからだぞ……」

「あの、先程から気になっていたのですがユドラ殿、ご主人とは? 伴侶を作ったとは此方の耳にも入っていないのですけれど」

「私はこいつの奴隷でな。だからご主人だ」

「雇用主です。此奴とんでもねえ色狂いなんで信用しない方がいいと思うよ! 腕は立つけど!」

「えぇ……」

 

 エルフと主人のやり取りに魔王は引いた。ガチな引き方である。しかし魔王にも矜恃がある。受けた恩は然るべき対価で支払うという矜恃があるのだ。例えその恩がマッチポンプめいた始まりであったとしてもだ。

 

「それは置いておきましてですね……あの、貴方方が本依頼の解決に使った資産なんですけれども……申し訳ないのですが支払えなくてですね……」

「ご主人は金銭感覚が塵芥(ゴミ)……(カス)……ゴブリンだから気にしなくていいと思うぞ」

「散々言い直してより下がるとか有る???」

「話が進みませんわね!? ちょっとお口を閉じてくださいますか!?」

 

 魔王はちょっとキレた。彼女とて無礼な輩に対する怒りはあったのである。

 

「えー……そこでですね……本来の報酬に加えて、僅かばかりの補填ではありますが貴方達が必要とする物品があるならばお譲りしよう、あるいは手を貸そうという結論になりまして」

「大盤振る舞いだな。やったなご主人」

「お前が選ばなくて良いのか?」

「私は今回何もしてないぞ? それに今はご主人の奴隷だからな」

「お前らしくは無いな……マジで今回何もしてないけど」

「ふふん、私は紋を剥がされたからご主人はより一層妨害用の仕掛けに凝る必要がある事に気付いてないようだ」

「言ったな? 覚悟しておけよ」

「私の話聞いてますか???」

「いやまぁ聞いてるけど……欲しい物はあるんだが用意できっかな? というのがあってな」

「一体何を御所望なのですか?」

 

 魔王の問いに、奴隷と戯れあっていた主人は姿勢を正して応えた。

 

「……【平宙の天球】って、ご存知?」

「寡聞にして分かりませんが、どのような?」

「推測なんだが……錬金術師にとっての答えでな。隕石ってあるだろう、空から降ってくる鉱物の塊の」

「スラヴァでも偶に話題に上がりますわね」

「あれは宙海……空よりもっと高い位置にある海、その海に浮かぶ島から切り離された破片なんだが」

「はい」

「その島を構成する核が稀に堕ちてくる事があるんだな。その核がそう呼ばれていて、俺にはそれが必要だ。出来るか?」

 

 主人の言葉に、アラキルは顎に指を添えて答えた。

 

「今までに確認された事はありますか? それと外見などの特徴も」

「確認されたのは神代の頃に一度きり、それも口伝だから真偽の程は不明。ただ、その唯一を使ったとされる数千年前の実験記録が、旧皇国で過去にあった筈だ。その記録は俺の記憶頼りなんだが……外見は透明な真球の中心に燐光が漂っているんだと」

「ふむ、ふむ……私の代では見つけられないかもしれませんが……宜しいですか?」

「構わない。俺には時間がいくらでもある、多分此奴にもな。ま、後に伝えてくれればありがたいね」

「よし、了解しました。ではこれを魔王位と貴方方の間における誓約とします。申し訳ないのですが、証として血をくださいますか?」

「おら駄エルフ、仕事だぞ」

「まあ構わんが……」

「貴方はなされないので?」

「俺は血が変質してるからなあ。そういうのは出来ないんだ」

「ご主人は九割人間辞めてるからな」

「私、とんでもない人に借りを作ってしまった気がしますわね……」

 

 魔王の不安そうな言葉を横目に、誓約は淡々と進められたのであったとさ。

 

 **

 

 帰路にて。

 夕焼けの最中、エルフは主人へ問い掛けた。

 

「ご主人、報酬はあれで良かったのか? 私にはさっぱり分からんが」

「十分すぎるくらいだ。何分永い事外には出てなかったからな」

「その欲しがっている……【平宙の天球】とはなんなのだ?」

「簡単に言うと……真理を当て嵌める式だな。錬金術師としての最終目標がそこにあるんだ」

「不老不死の機能分離は良いのか?」

「結果的にそれも得る事ができるからな」

「ふむ、そうか……見つかるまで長引く方が私としては嬉しい」

「駄目で元々だ……もし見つかったら、お前にも手伝ってもらうしなんなら一緒に連れて行く。どの道観測者は必要だからなあ」

「ま、それなら良しとしよう」

「口の減らねえ奴隷だな」

 

 沈みゆく陽の中で、楽しそうな主従の声が響いていた。

 

 XX

 

 TIPS アラクネ・クイーン

 虫型魔族の一つであるアラクネ、その上位種。

 アラクネと同様に雌しか産まれず、番は他の種族から奪う形で繁殖を行う。アラクネの番は一匹につき一人であるが、クイーン種になると複数の番を持つようになり、出産の頻度も増える。

 発情臭の特徴はアラクネが清涼感のある香りであり、年を経る毎に独特の臭気を持つようになる。

 クイーンは作中でもあったように爛熟した果実の香りであり、年を経る毎にその甘い匂いに粘り気が生まれる。

 

 XX

*1
頭ワーム……知性を捨て去り力任せに振る舞う事。




<魔王アラキル、奇跡の復活>
先日の事故により復帰が絶望視されていた魔王アラキル氏が奇跡的ともいえる復活を遂げた。復活に至るまでの詳細は伏せられているが、幸い次期魔王職の決定は未だ為されていなかった為引き続きアラキル氏が業務を行う事となるようだ。
市井からの応援の声もあり、王権遷移が続きがちであった魔王職の在任期間はアラキル氏が歴代二位となる事は確実、このまま穏やかな治世が続いて歴代最長となれば、とは筆者も含め多くの人が考えている事だろう。
ところで、復帰前に比べて若々しくなったという話がアラキル氏に会った人々から耳にされる。次号ではその辺りの秘訣に迫ろうかと思う。

バロヲル新聞社、ある日の朝刊見出しより抜粋
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