エルフとご主人   作:脱線

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古戦場の傷か癒えたので更新。


誰かの後始末。

『ハワアアァ──ー!!??!? ようこそお客さヴァッ!?』

 

 転移光が収まって、初めに二人の目に入ったのは、目を剥いて叫ぶ半透明の女性であった。外見は妙齢の頃か、肉付きのよい身体に夜色のドレスを纏う貴婦人の風情。

 しかし黒髪に溶け込むような色合いの髪飾りは従者がよく付けるもので、オマケに濃密な死の気配を垂れ流している。

 あらかさまに霊体の女(ゴースト)であった。

 

『いひゃいでひゅ……噛んびゃいまひた……』

 

 女の言葉より、二人の視界の隅でびちびちと跳ね回って目立つものがある。スイと二人で視線をやると、半透明の舌が見えた。噛みちぎってしまったらしい。生前は随分と立派な歯を持っていたと思われる。

 主人とユドラはひそひそと。

 

(いきなりヤバい奴きたな……)

(死霊だコレ……)

 

 しかし二人の様子には気づかない様子で、女死霊はペコペコと頭を下げながら続けた。

 

「あうぅ……すみません改めまして、いらっしゃいませお客様! 此処は宙神(ちゅうしん)教団エンシト支部です! どなたかを訪ねてこられたんですか?」

((邪教だ此処……!))

 

 二人して口を揃え、おまけにユドラは「ご主人が知ってるって相当だぞ」と思っていた。

 

 ──宙神教団、各地の教会に色々ちょっかいを出して回る邪教認定された団体の名である。ユドラは勿論のこと、風聞に疎い主人すら名を伝え聞くとなればそのちょっかいの頻度たるや推して知るべきかな。

 それでも二人の反応は呆れが勝った。

 どう考えてもこの女死霊、騙されている……。

 

「ああでも! 此方におられる方は皆()()()()()()()()()ですね? お客様方の呼び掛けにも答えられるかどうか……」

 

 女死霊の眠っている、という言葉になにか気付いたらしい主人が口を開いた。

 

「……ちょっと奥見せてもらっても?」

「どうぞ! 数十年ぶりのお客様ですからこのシフォネー、存分に案内させていただきます!」

 

 シフォネー、と名乗る女死霊の言葉に、主人は再びエルフへ耳打ちをする。

 

(なあこれさあ……)

(『眠ってる』のはこの小娘のせいだろ……)

(だよね……)

 

 依然主人らのやり取りに気付かず、相変わらずのにこにこ顔で此処が客間で、此処が礼拝堂で、と案内するシフォネー。その様子は随分と可愛らしいが、いちいち濃密な死の気配が振り撒かれるのは頂けない。

 

「此方が皆さまの寝室です!」

「案内ありがとう。ちょっと待っててね……」

 

 そうして二人は寝室とやらに足を踏み入れた。

 

 **

 

 TIPS 宙神教団

 この世は神の胎内であるという教えの下に集まった宗教の一つ。設立された時期はかなり古く、信者も中々多いが、およそ五百年ほど前に教団の最高権力である大僧正が代変わりしてから他の宗教への排他的行動が異常に激しくなった。

 その性質のままに現代へ至るため現在では邪教認定され、各地の教会に討伐依頼が出されるほどになっている。

 あまりに被害が長く続いているため百年おきのペースで複数国の連合により大掃討令が発令されているが未だに完全な消滅に至っていない。

 

 **

 

 寝室とやらは石をくり抜いて作られているのもあってか、ひんやりとした冷気が漂う造りだった。多くのベッドが並び、またそのどれもが埋まっている。死体安置所とでも言い換える方がよほどしっくりとくるだろう有様。

 主人はぐるりと部屋を見回して呟いた。

 

「よく保ってたな此処……」

「何かあったかご主人?」

「術式陣ってのはな、数十年動かしっぱなしの運用は想定してねえんだよ。この部屋の角に換気用の陣があるんだが、ほぼ壊れ掛けてる。今まで保ってたのが奇跡みたいなもんだ」

「なら此処に来るときの陣が動いたのは?」

「あれはこっち側からの発動にのみ答えて水を一定量排出する式だからそこまで劣化してなかったんだ。まあ来る時に弄ったから今は双方向になってるんだが」

「ふむ、専門外だからさっぱりだな?」

「なら何故訊いたんだお前……」

「ただなんとなくの疑問だ。さてご主人、此処の人々の死因はなんだ?」

「さっき話した予測通りだな」

「やはりあの小娘か……」

「何をするつもりだったのかは知らんが、シフォネーだったか? あの死霊を術式で弄って言うこと聞くようにしつつ呼び出したら、シフォネー自身の発する魔力でもれなくお亡くなりになったんだろうな」

「待て待てそれではこの邪教が馬鹿みたい……馬鹿だな

 

 ユドラの脳裏には何度も経験した大掃討令の記憶が蘇っていた。

 

「そんなにか? …………そんなにだな

 

 主人の脳裏にはいつか麓への買い物の際に起こった、襲撃の記憶が蘇っていた。

 

「ご主人も被害にあったと見える」

「いや買い物に行ったらめちゃくちゃ煩かったし邪魔だったんでな。その辺にいた僧兵とっ捕まえて教団員の特徴聞き出してから、見える範囲の教団員を全員大砂海に跳ばした。お前を買った日だな」

 

 それもこの主人であるからして、勿論場所を指定せずにすっ飛ばしていた。今頃巨大砂虫(サンドワーム)の糞にでもなっていよう、と主人は思っていたが、ユドラの反応はというと。

 

「うわあ……」

「ガチな引き方やめてくださいます? お前はどうだったんだよ」

「いや普通に大掃討令があったから皆殺しにしただけだが……」

 

 何気なく答えるユドラへ、主人はといえば。

 

「うっわ……」

 

 引いている表情である。ユドラはその様子を見て、ふて腐れるようにぼやいた。

 

「私のは大義名分があるし……依頼だし……」

「もしそういうの関係なく襲われたら?」

「それはまあ……急に胸を押さえて亡くなってもらうしかないのだが……」

 

 相当に強ければそれも効かんのだがな、と続けると、主人はユドラをじっと眺めながら同じくぼやいたのである……。

 

「俺とあんまり変わりなくね……?」

「そうかな……そうかも……」

 

 **

 

 さて、二人はいらん話をしつつも一通り寝室を調べ終わっていた。

 

「こいつら明らかに死んでるが臭わんのはシフォネーのお陰だな。無意識下でこいつらの肉体を保存してる」

「……? 無意識下?」

 

 主人の説明へ、こてん、とユドラは見た目相応(歳を考えろ)の可愛らしく首を傾げる仕草を見せた。

 

「いやあの娘明らかに自分が死霊だって理解してないやつだろ……?」

「見た限りだとリッチクイーンのようだが……理解はしてそうだったが?」

「まあ後で当人に訊いてみようか。後は……例の鍾柱か? えーと……礼拝室の辺りになるな」

 

 茫、と主人は虚空を確認するような素振りと共に呟いた。

 

「現在の位置がよく判るな」

「いや術式の反応を観てるんだ……俺の眼は色々弄ってあるからな。念の為鍾柱には把握用の式を仕込んでおいたから大まかな位置はそれで判る」

「コレ私がご主人の事ゴーレムと言っても怒られる筋合いは無いのでは???」

 

 ユドラが自らの言動に対してそう正当化していると、主人はため息をひとつ。

 

「はぁ……錬金術師としてであれば眼や耳の改造はかなり一般的な物だ。俺は耳を弄ってないが眼の方はかなり弄ってある。というか多次元的には三対あるんだ……『サントアルマの千里眼』って術具でな。まぁ元々あった眼を複製しつつ改造するから術具とも言い難いところはあるが、数千年前の聖女が盲人だったから開発されたものでな。術式を見られるのはその内の一つに換装してるからだ」

 

 はたして今現代に残っているのだろうか、この義眼を作るレシピは……と、主人は幾星霜の時を経て広がった人類圏に想いを馳せた。なお実際には大して広がっていないどころか縮小しつつある事を今夜知る。

 

「それ視界を交換する術を使われたら使った側が倒れそうだな……」

「実際そういう意図もある。俺が活動してた頃もそんな話はあったからな」

「情報の隠匿の為か?」

 

 ユドラの言葉に主人はご名答、と答えて続ける。

 

「研究の中身を奪われちゃ敵わんからな……まぁ錬金術師が死ぬ原因で一番多いのは真理に関する実験中の事故だから、しばらくほっといたら研究資料が流れてくるんだ。俺としてはそういう術式を組む意義を感じないな」

「でもそれ寿命の克服も真理への到達もしてるご主人が言っていい言葉では無いよな……?」

ここ一番という実験でミスった奴が悪い! 

 

 主人のにべもない返答が、寝室に木霊する……。

 

 **

 

「あっお客様! 如何でしたか? お話しはできましたか?」

「それなんだが……全員亡くなってるぞ」

「ええええっ!? それじゃあシルキーとして呼び出された私はどうすれば……

「シルキー……?」

(自分をシルキーと思い込んでるリッチクイーン……?)

(思ってるより数段アレな奴じゃん……)

 

「一人前の家妖精たるもの大屋敷のひとつをきっちり管理するものですから私はまだ半人前……?」

「そも屋敷ではないぞ此処」

「地下研究所だよな……調度品はともかく」

「つまり私は半人前のシルキーですらない……??? 見習い……???」

ご主人どうするんだこの小娘

「待て待て今召喚術式覗くから……………………うわっ頭のいい馬鹿の所業! 

 

 錯乱する自称シルキーの様子に、再び主人が虚空へ視線をやってからそう漏らす。

 

「何かあったのか?」

「んーとね……あ、コレはシフォネーちゃんも聴きなさい」

「あっはい……永遠の見習いですが頑張りましゅ……」

まだシルキーへの道を諦めてないのか??? 

 

 メチャクチャに腰が低くなったシフォネーへとユドラが素の反応を返す様を横に置きつつ、主人は宙に幾つかの陣を描きつつ口を開いた。

 

「とりあえずコレが此処にある召喚陣の写しだ」

 

 主人はまず、歪で複雑な紋様が描かれた陣を差した。

 

「ウム……歪だな……」

「そしてコレがリッチの召喚陣の例だ」

 

 次に複雑ではあるが、先ほど指したものと比べればずっと整頓された陣を差した。

 

「わぁ綺麗ですね〜? 私見習いですからよくわかりませんけど……」

「更にコレがシルキーの召喚陣の例だ」

 

 そして最後に、先の二つと比べれば簡素ながらも整った紋様を差した。

 

「なぁご主人……まさかコレ……」

 

 ユドラが冷や汗をひとつ垂らして訊ねると、主人は呆れたような表情をして頷く。

 

「うん……リッチとシルキーの召喚陣を刻んで合わせてある陣が此処にある召喚陣だな……。リッチとしての性質を条件を満たした時にのみ開放するようにしつつ、普段はシルキーとして振る舞わせ、かつシルキー達の性質を利用して初期接触の友好度を担保する。不完全なりになんとか上手くいったからまぁ良いんだが……それが原因で此処は壊滅した訳だ……ざけんじゃねえぞこのクソ戯け共もそっと考えて構成しやがれこのゴブリン野郎、と愚痴ってももう死んでるから意味ないんだよなぁ……はー!」

「うん……馬鹿かな??? 

「私シルキーじゃなかったんですか???」

「今はね? 後で治してあげるからお口(つぐ)んどきなさい?」

「ふぁい……」

 

 シフォネーの驚いたような言葉に主人がにっこりと笑って応えれば、シフォネーはあやされた童のように大人しくなる。よし、と主人は一拍置きつつ彼女を差して続ける。

 

「これで順当に陣の崩壊が起こってたら此処の入口ごと崩落してしばらく使えなくなったりしたろうが、一応不完全ながらも機能してシルキーとリッチの性質が開きっぱなしになってたのがこのシフォネーちゃんだ」

 

 差された当人が話の内容についていけずに、ぽわぽわとしている様子を眺めながらユドラはぼそっと呟いた。

 

「ぶっちゃけ災害の類だと思う」

シッ!  お前には人の心がないのか? ともかく今から、陣を描いてこの娘の性質を本来意図された形に整調する。あと新たな職場に()()があるから紹介もする。なので駄エルフ」

「何だ?」

「ちょっと血を寄越せ」

「奴隷遣いの粗いご主人だな……! ん……ほれ」

 

 頓着しない主人の要求にもユドラはさして動じる事もなく、懐のポーチに指を潜り込ませて中に紅い液体が揺れる小瓶を差し出す。

 

「誰が小瓶で渡せと言った。構わんが」

「いやそれは緊急用の触媒だ。もしもの時の為に別途保管してるんだ。幸い使ったことはないんだが」

 

 軽い説明を聴きながら主人は受け取った小瓶の蓋を開け、しばし固まる。

 

「………………うん? …………お前【龍】だったの?」

「……………………は?」

「ミスラル化してるぞコレ……【龍】としての判別は余裕でされる。まあ使う分には問題無いどころかより便利だが」

 

 思いもせぬ主人の言葉にユドラもまた固まり、やっとの事で絞り出した言葉はといえば。

 

知らなかったそんなの……! 

 

 と、非常に間抜けなものであった。

 

いや知っとけよお前の身体だろうが!? 

「永らく生きたが病の類いからは無縁でな。血を流すのも自分から傷付けるくらいだったし……今はご主人の物だしぃ……」

 

 ユドラが主人の言葉にぶつくさと反論するわずかな間、主人はコリコリとこめかみの辺りを指先で掻いて彼女へ訊ねた。

 

「……この小瓶、まだあるか?」

「あるが……足りなかったのか?」

 

 いや、と主人は否定した。

 

「娘っ子の手土産に持たせる。エルフの【龍】の血なんてもんを持たせるならもう一つアテがあるからな。其方の方がずっとまともな所にもなるし」

「そんなに珍しいのか? エルフの【龍】は」

「珍しいなんて通り越して()()()()()()()()()よ。理論上存在しうるとかの類だ」

 

 主人の言葉を受け、なるほどとユドラは得心がいった。思い返してみれば、同族の中にも己と比肩する者は一人も居なかったからだ。今までは偶々自分が才に溢れていたのだろうと考えていたものの、永い夜を迎えた自分でさえ底が見えないこの男をして唯一と言わしめるのであれば、然もあらんと納得もした。

 

「……その割にはご主人は私を雑に扱うよな」

 

 そしてそれはそれとして文句は言った。

 

「俺にはそこまで必要じゃないからな。研究したくもあるがこの手の研究は俺より上の奴が居るしそいつに任せる……よし、描けたぞ。転移陣も準備完了だ」

「ぷはっ! ふぅ、ふぅ〜。もう少しで意識が飛ぶかと思いました……!」

 

 肩で息をするシフォネーの様子を、二人は胡乱な視線で見やってひそひそとやりだした。

 

「なぁご主人この娘……」

「ちょっと頭が残念だな……念の為手紙を書いておこう……」

 

 それからそれから。支度を終えたシフォネー(新生)は燐光を洩らす転移陣の上で、ペコペコと頭を下げていた。

「それでは、何から何までお世話頂いてありがとうございました!」

 

 彼女の服装には性質が変化したためか心なし白の色合いが増え、先の姿よりはずっと明るく感じられる。主従の目からしても、当人の気性もあってずっと似合っている様に思えた。

 そもそも以前は目に見えて暗くなっていたのだが、それは害のある魔力波のせいであるからその(くびき)から開放されればこの結果は当然である。

 

「通りがかっただけだし気にしなくていいぞ……送った先でちゃんと手紙を渡せよ?」

「はい! それではお元──!」

 

 ご機嫌な竜種の如くにブンブン腕を振るシフォネーが言いきる前に主人は陣を起動させる。途端地下空間に静寂が戻ったのち、ぽつりとユドラは呟いた。

 

「…………とても不安なのだが?」

「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」

「とりあえず、此処はエンシトのギルドに報告しておくぞ」

「でもよ、此処報告すると馬鹿みたいな事故について報告書書かないといけないんじゃねえか……?」

 

 主人の言葉に、ユドラはたっぷりと二分ばかり考えて答えた。

 

「……………………私は何も見なかった事にしておくよ」

「俺たちが立ち寄った痕跡消して、匿名で報告しとくか……」

「それは良いな、そうしよう。そのお礼に宿の選択と支払いは私に任せてくれ」

「ふむ、今日は疲れたから旨い飯が食える上等な宿にしてくれ……」

()()()()

 

 と、そんなやりとりをしながら二人は地下空間を後にした。

 

 地下に残るは、物言わぬ屍達の間抜けな所業だけである……。

 

 XX

 

 TIPS リッチクイーン

 一般的な生まれの死霊の分類における最上位種。個体にもよるが理性が残っている場合がある。

 活動するだけで生命に害のある魔力波を垂れ流し、亡骸を操ったり術式を運用して害を為す。理性が残っている場合は高度な知性を活用しようと魔界に隠遁する者も居る。

 魔力への高い抵抗を持つものの、最上位種とはいえ死霊であるので召喚術式と討滅術式が確立されている。

 

 XX




この後ユドラは無事キングサイズベッド一床の部屋を取る事に成功したが慢心したので強化罠にも掛かった。
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