例えば、もし溺れている子がいたらどうする?
という質問を過去にされたことがある。
僕は笑って
「助けるわけがないだろ?そんなことをしたら僕まで巻き込まれる。私がやるのは野次馬だよ」
と答えた。
僕は日常が好きだ。
変わるのは周囲の景色だけで日々は変わらずあり続ける。
それが日常という奴ではないだろうか?
日常は普遍的であり、
ただ過ぎていくもの。
頭で変わることを願いつつも
変わらないでと本心で願い続ける。
そんな日々だった。
そんな日々でよかった。
どんなことがあってもそれを変える気なんてなかった。
変わることなんて願っていなかった。
なのに
どうして僕はこんなことをやっている?
と、僕は川に飛び込む寸前に考えた。
幻想入りするものが多かった年から数百年。
幻想郷でも化学は月の都と同じぐらいに、、、いや、それ以上に発展していた。
しかしそれと同時に人は機械で妖怪を相手にするようになり意味もないような争いを人間から起こすようにまでなり始めていた。
博霊の名も過去の栄光は懐かしく人里の人々はもはや博霊の名など忘れ去り機械しか信用しなくなっていった。
必然と人々の科学を発展していくにつれて治安もどんどん悪くなり今では妖怪が逃げる始末。もはやどちらが妖怪なのか判断がつかなくなりつつあった。
それを何とかするために、賢者である八雲紫は博霊の巫女を探すのに躍起になっていた。
いや、博麗の巫女という名にすがっていたという方が正しいだろうか。
しかし時を同じくして現世でも二つの問題が発生していた一つはオゾン層の消失。二つは人類増加である。
人類はオゾン層消失により地下生活を余儀なくされそれに加えて人類増加。それがあってか各国々の中でも反乱がおき続けていた。そのため、当然人類は一歩また一歩と滅亡へと歩みを進めていた。
このような現状を把握し八雲紫は頭を悩ませる。やはりあの時魔王を選ぶべきではなかったのだろうかと。しかし時はすでに遅くもう何百年も前のことである。今ではだれも彼らのことすら知らないだろう。
話を元に戻す。
このような現状を把握した八雲紫は現世の代表たちに幻想郷の存在を公表し代表たちと連携を取りつつ生き残るすべを検討し続ける。その時幻想郷でも現世でも生物が食い殺されるという事態が発生しており、すべてが後手に回ってしまっていた。
これらのことが同時に起こり、八雲紫の奮闘は虚しく、現世は問題の先送りで幻想郷はたった一つの選択ミスで二つの世界は滅びた。
これが過去。
しかし、世界が滅びたとて生物が滅びるわけではない。
世界が終わってしまうのなら。
それを知っている者たちが守ればいい。
それだけでしょう?
あの人がそれを教えてくれたから。
あの人が証明してくれたから。
読んでいただいてありがとうございます!!
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