…死んだっていいと思った。その人のためだったら即座に自害できるだけの何かがあった。その人が幸福だったなら幸福な様を眺めることが許されるだけでもよかった。触れてくれなくても抱き締めてくれなくても満たされるような気がしていた。
だから、ここに帰ってこれた。本当は怖い。全身を舐め回されるような不快感と身体を内側から食べられる苦痛は今でも夢に見るほどだ。
でも、それが葵さんの幸福に繋がるのなら我慢できる。桜ちゃんのためなら耐えきれる。こんな私を助けてくれた。そばにいてくれた。私は、貴女のためなら死んだっていい。
「…私が、出ます。」
生きることは死ぬこと。なら、私は葵さんのために死にたい。陽だまりのような彼女に報いて死にたい。
「ほぉ、不良品が大きく出たな。」
怖い。怖い。人間じゃない。でも、でも私にもう失うものなんてないから。怖くない。怖くない。今、本当に怖いのは桜ちゃんのことだから。
「私が、とります。」
意見1つ言うことがこんなに恐ろしい。情けない。本当に情けない。クックッと笑う妖怪。
「じゃが、雁夜。お前はいささか遅すぎたようじゃぞ?」
「えっ?」
まさか、まさかまさかまさか…。
「桜はもう地下室じゃ。もう手遅れじゃよ。すでに悲鳴もあげなくなったわ。お主よりもよほど頑丈じゃ。」
…うそ、でしょ?
「嘘、嘘嘘嘘…。だって、まだ幼すぎる。」
「お主は虚弱だからなぁ。準備に手間取ったが桜は違う。こちらのが、よほど楽であったわ。」
私の、せい…?私が弱くて意気地無しで逃げてばかりだから?だから桜ちゃんが地下室送り…?
「…じゃあ、私が変わります!桜ちゃんの代わりに私が!」
「お主をいじったところで肝心の胎盤としての機能が失われているだろうに。」
…それは、そうだ。私の身体では無理だ。その機能は剥奪されて久しい。私のそれは目の前の妖怪に素材として消費されてしまったのだから。
「でも、聖杯を入手すれば…。」
「此度の聖杯は諦めておる。狙うのは次かその次だ。桜の子か孫の代じゃ。」
そんなの、酷い。酷すぎる。この人は、桜ちゃんの未来まで縛り付けようというのだ。
「そもそも、何をそんなに騒ぎ立てておる。まさか、桜を助けたいとでも?」
「…そう、だといったらどうしますか?」
震える声で返せば。妖怪は心底愉快そうに私を笑った。
「なるほどなるほど。死に急ぐか雁夜。つくづく、魔術師に向かぬ性質よのう。しかして、お主の身体じゃ勝てるものも勝てぬ。」
“1年だ。1年で聖杯戦争に向けての調整をしてやろう”
調整。地下室。虫。
「…よろしくお願いします。」
好評ならば、続きます。