「…待って、そこにいて。」
お茶を注いで下がろうとした葵さんを呼び止める。本当は、こんなことをしたくはないのだけれど。
「妙な真似をしない方がいい。君にとってここは敵地なのだから。」
言葉を無視してパーカーのチャックを下ろす。
「…勘違いしているようだけど、私は魔術師になったことはありません。」
冷静に。冷静になれ。私は、目の前に座る彼女のために死ぬんだ。
「雁夜ちゃん…?」
「私は、あなたが言うコンゲンとやらにも興味はありません。それに魔術の道を志したこともありません。」
そう、あの頃の私は間桐の胎盤として調整されていただけなのだ。あの拷問のような日々は今でも夢に見る。今でも身体に刻み込まれている。
「私のここ、空っぽなんですよ。」
飾り気のない無地のTシャツを捲りあげて、醜い傷跡が集中する腹部を見せる。私の身体では胎盤として強度が足りない。だから、妖怪は私の身体から引きずり出したのだ。この傷跡は一生消えることはないだろう。
「どういう、ことだ…?」
「私は、間桐の後継者を産み出す胎盤として育てられていました。でも、身体が弱いので子供を産むことは困難だと推測されて…。持っていかれました。私の中身。高笑いと共に私の中身は剥奪されました。」
あぁ、葵さんに見られている。以前よりも醜くなってしまった身体を。
「…自分の娘にここまでできる妖怪です。人を食べて生きる妖怪です。桜ちゃんは家族の助けを待っています。あの娘に必要なのは私なんかじゃない!髪色が変わった。目の色も変わってしまった。それでも、家族が助けに来るのを待ってるんだ。」
伝われ。伝わってくれ。どうしても伝わってほしい。
「間桐雁夜。君を落伍者などと侮辱したことは謝罪しよう。君は魔術を根本的に知らないようだからね。
…桜は、大事に扱われていないのか。これは、判断を間違ったかもしれないな。」
そう。重要なのは、遠坂の家に桜ちゃんが戻ること。そのプロセスにこだわりはない。どうせ、この聖杯戦争が終われば私も死んでしまう。ならば、戦後のことも考えておかねばならない。
「私は、そのために間桐に戻った。葵さんが大好きだから。助けになりたいから。聖杯を持ち帰れば、桜ちゃんを解放するって。そう言われた。あいつは、桜ちゃんも道具として見てる。彼女の未来を束縛するつもりなんだ。だから、頼みます。例え、私たちを殺したとしても根源を目指すにしても必ず桜ちゃんを助けてあげて。」
…恥も外聞もなく頭を下げる。魔術師なんてアイリさん以外は人でなしばっかりだ。私が知る魔術師は少なくとも鬼畜外道ばかりだ。でも、この人は葵さんの想い人であり桜ちゃんたちの父親でもある。好感は持てないし、彼の主義主張を認めることはできない。しかし、好きな人の幸せな家庭を破壊するほど私は壊れていないはずだ。
「わかった。」