雁夜おばさんと道化の騎士   作:バイオレンスチビ

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愉悦と神父

「…愉悦だと?」

 

目の前の男は自分の主を退屈だと言い捨てた。魔力を供物として献上し、自らに仕えるから共にあるに過ぎないと。そして、私に興味を持ったという。

 

「そうだ、お前はそれを知らねばならない。」

 

英雄王、ギルガメッシュ。今回の聖杯戦争ではアーチャーとして召喚された。自らが唯一の王だと自称し、己を法であると述べる古代ウルクの王。

 

「それは、悪だ。神に仕える聖職者である私に愉悦…?そんな堕落に手を染めろというのか。」

 

私は“愉悦を知らない”と。愉悦とは、それは明らかに悪であろう。信仰に生きる身としては愉悦とは許しがたい悪行であり堕落である。

 

「愉悦とは、謂わば魂のカタチよ。故に愉悦は有無ではなく、知るか知れないかを問うべきものだ。綺礼、お前は魂の在り方が見えていない。愉悦を持ち合わせぬなどと抜かすのはそういうことだ。」

 

「何を…!」

 

私の私物である秘蔵のワインをグラスに注ぎ、優雅にそれを傾ける人類最古の王。

 

「そうだ、綺礼。お前に課した課題の件だ。そろそろ調査が終わったのではないか?」

 

アサシンに各陣営のマスターを調査させて私がアーチャーに報告する。そういう課題だ。それならば、伝え聞くよりも己の耳で暗殺者たちから聞けばいい。それをどうして回りくどいことを…。

 

「あぁ、報告するが。」

 

どうしてだろう。とても嫌な予感がした。楽園でリンゴを手にするような感覚。先に進んではいけない気がした。決して口にしてはいけない果実を口元に差し出されるような感覚。

 

 

 

「…気付いているか、綺礼。バーサーカーのマスター。たしかカリヤとか言ったか?奴のことに関してはずいぶんと詳細に語ったではないか。」

 

間桐雁夜。一年前に間桐の家に戻り、自分の幼馴染みである遠坂葵の娘を解放するために聖杯戦争に参加した。遠坂家の当主を嫌っている。遠坂の娘を救うという目的を持ちながら魔術師の天敵であるセイバー陣営と同盟関係にある人物だ。

 

「…事情の複雑なマスターだ。それなりの説明を要しただけだが。」

 

そう、彼女の経歴もまた普通ではない。複雑な事情のあるマスターである。説明が細かくなるのは当然のことではないか。

 

「違うな。お前はアサシンに調べさせたのだ。お前の無自覚な興味によってな。」

 

私が、彼女に興味を抱いた…?

 

「自覚がなくとも、魂とは本能的に愉悦を求めるもの。そう、まるで血の臭いを辿る獣のようにな。そうした心の動きは無意識に抱く興味や関心として表面化する。つまり、綺礼よ。お前が見聞し理解した内容を我に語らせる行為には既に十分な意味がある。」

 

あの死にかけの女と道化師の陣営に興味を抱いたというのか。いったい、どうして…?

 

「さて、ここからは仮定の話だ。万が一の奇跡と数多の偶然が加わってバーサーカーの主従が勝利するシナリオを想定するといい。」

 

「それは…」

 

おそらくは、誰も救われない。救われることはないだろう。参加者の願いを踏みにじり血塗れの勝利と聖杯を手にしたとして彼女が直面するのは己の闇。自分の焦がれた存在のとなりにある人間への妬み。幸福を手に入れた人々への嫉妬。他者に劣ることを自覚させられる劣等感。そして、残された時間への絶望。

 

「そろそろ、いい加減に気づいてもいいのではないか?この問い掛けに関する本質的な意味に。」

 

「お前は、カリヤに対しての執着を見せた。普段の無駄のない思考に蓋をして延々とカリヤに関する意味のない妄想を行った。苦にならない徒労、無意味さの忘却。すなわち、これは『遊興』である。祝うといい、綺礼よ。お前はついに『娯楽』のなんたるかを理解したのだ。」

 

「娯楽…すなわち愉悦であると?」

 

…だが、間桐雁夜の生に『悦』と呼べるような要素は皆無だ。彼女は時間と共に苦痛を積み上げていくしかないのだから。いっそ、早々に落命した方が救われるかもしれない人物だ。

 

「綺礼、どうしてそう思い悩むのだ。なぜ愉悦を狭義にとらえる必要がある?」

 

アーチャーは溜め息混じりに言う。

 

「苦痛や嘆きを『愉悦』とすることに矛盾はないだろう。愉悦のあり方に型などありはしない。それがわからんから悩むのだ。お前は。」

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