“騎士なんかに世界は救えない。”
乾いた顔で切嗣は言う。彼が目指すのは恒久的な世界平和だ。そのためならば如何なる犠牲をも厭わない。
“高尚な英雄サマは戦場に秩序と正義があるなんておっしゃる。そんなものは、まやかしだ。そこにあるのは、垣根なしの絶望だけ。”
私は、そんな彼の一部になれているだろうか。彼を完成させるための部品になれているだろうか。
名前を与えられた。生き方を教えてもらった。“私”を与えてくれた。
“この聖杯戦争における流血を人類最後の流血にする。”
その夢のために願望のために死んでいけるなら本望だ。それだけあれば。彼のためになるならば、私は人外の怪物とだって代行者とだって戦える。結果として死んでしまうとしても切り捨てられるとしても。…それだけで私の命に価値があったと誇ることができる。
だから、
「こちらが、鍵になります。」
今は任された役目を全うしよう。
「アイリスフィール、隠し事をするのはやめてほしい。私には、あなたを守るという任務がある。」
アイリスフィールの様子がおかしい。身支度に時間がかかるのは貴婦人には珍しくないことだ。しかし、『キリツグがくれた玩具の中では、一番のお気に入りなの!』そう言って楽しそうに運転を行っていた彼女。それが、今日は私にハンドルを握らせて助手席で舟を漕いでいた。さらにマスターの助手であるマイヤから屋敷の鍵を渡されたときも私に預からせた。
おまけに今度は私に魔方陣を描けと言う。
「なんのことかしら?」
明らかにおかしい。
「今日の貴女は物に触れることに対して酷く慎重になっている。」
彼女はホムンクルスで活動時間は10年にも満たない。よって彼女にとって出会うものは、その殆どが今までに出会ったことのない新しいものになりえるのだ。彼女が町を歩いたときも少女のように楽しんでいたはずだ。
「…そうね、隠したって仕方ないものね。」
彼女は儚く笑う。
「セイバー、手を出して。」
その白い指。その細い指は不思議なことに小さな道化師を思い出させる。
「私は、今から精一杯の力で手を握るわ。」
「…アイリスフィール?」
何の冗談だろうか。これで精一杯?いや、精一杯やっているようだ。しかし、わずか数日でここまで衰えるものなのだろうか?
「これが今の私。指先に引っ掻けることならできるんだけど…。着替えるのとかは、大変だったわ。」
なぜ冷静にいられるのだろうか。これは、明らかな異常だ。
「でも、これは私の構造的な問題。それに私はホムンクルス。いったでしょ?私は人間じゃないの。だから、病気になったり怪我をしたりしても病院にいったりはできないわ。」
多くのホムンクルスは人間よりはるかに優れた魔術の才能を持つが、基本的に脆くて儚い存在だ。
「そう、ですか…。」
彼女達は寿命を活動限界と呼ぶ。しかし、人間よりも短いそれを悲嘆することはない。