「…ありがとう、凛。」
また会える日が来るなんて思わなかった。暗い地下室の中で死んでしまうと思っていた。今でも夢に見ることはあるけれど、二度とあの地獄へは戻らなくていい。
「桜も一緒に押そうよ!」
お母さんは教会で大怪我をして下半身が麻痺。命こそ助かったものの、車椅子生活になってしまった。神父さんは申し訳なさそうに謝っていた。
「あ、雁夜ちゃん。」
雁夜さんも今は車イス。それでも、徐々に回復しているらしい。白くなってしまった髪の毛は戻らないみたいだけど、お母さんに誉められると嬉しそうに笑っていた。
「ダゴネットもいるみたい!」
本当なら外国に戻るはずだったダゴネット。雁夜さんが心配だから残ることにしたらしい。
「ちょっと、段差があるから気を付けてね。」
雁夜さんにもらったカメラを首から下げて色々なところに出掛けよう。お母さんやお姉ちゃん、雁夜さんと一緒に何処か遠くまで行きたいな。
今は無理だけど身体の調子が戻ったら、皆で楽しいことをたくさんしよう。
例えば、ダゴネットの故郷であるイギリスで湖を眺めながら、美味しいものをたくさん食べるの。
<星を見上げるパイ>とか名前からして素敵なパイ。名前しか知らないけれど、きっと美味しいはず。雁夜さんはなぜか遠い目をしていたけれど、どんなパイなのだろう。
「おーい、おーい!」
手を振って呼び掛ける。二人で仲良く何を話しているんだろう。気づいて!私も仲間に入れて!
「あら、気づいたみたいね。」
雁夜さんが少し遠慮がちにダゴネットは全力で手を振り返してくれる。ダゴネットは仮面をはずして雁夜さんのお下がりを着ている。
「すごい、すごいわ、桜!」
満開の桜。どんなに凄惨な出来事があろうと、人間の些細な都合には関係なく、桜は咲き誇る。
「桜、頭に花びらが…」
風が吹いて桜吹雪になり、桜は色々な表情を見せる。あぁ、まるで冷たい冬が終わったことを喜んでいるみたい。
シャッターを切る音がする。
雁夜さんの大きなカメラ。幸せを切り取って形にする魔法の道具。
傍らで三脚を組み立てているのはシンジ君。雁夜さんのお兄さんの子供。だから、雁夜さんからすると甥に当たるとか。
「ほら、できたよ。見たか、僕の腕前を。」
予備のカメラをセットして得意気な顔をしている。
「それじゃあ、線が引いてあるところにならんで。」
まだお父さんは帰ってこないけれど、まだお姉ちゃんと一緒には暮らせないけど。今は禅城の家にいるけれど。電車に乗れば、すぐに会える距離にいる。お父さんも仕事が終われば帰ってくる。
…私がいて、皆がいる。
それだけで、私は幸せなのだ。
「はい、チーズ!」
【雁夜おばさんと道化の騎士】は、ここで終わりになります。
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ありがとうございました。