アイリスフィールがいった言葉で連想したのは1人の小柄な騎士のことだ。
『切嗣は少女であるあなたに重責を強いた当時の人々に怒っているの。』
サー・ダゴネット。私の宮廷道化師にして円卓の騎士。彼女は臆病で優しい性格であった。
<王さま、王さまでいるのが疲れたときには私を呼びつけてください>
どうしてか、料理が得意で照れ屋で放っておくと消えてしまいそうな雰囲気を持っていた。忠実な犬というよりは奔放な猫。
<王さま、騎士となれと言われましても。私には剣一本ございません。>
彼女の周囲には知らずのうちに笑顔が増えていった。彼女本人は抜けているところがあるし、臆病が過ぎるところもある。しかし、彼女に魅了された者は彼女のためにと動く。彼女は自分を愛した者のために動く。
<やっぱり、あなたのそばは居心地がいい。>
私は、彼女と二人きりになると必ず道化の仮面を剥ぎ取る。彼女は聡明であったが、子供のようでもあった。その仮面に隠された表情は内面を写し出す鏡のようですらあった。雪のように白い肌に絹のように艶やかな髪。
<お褒めいただき有難うございます。>
そんな彼女の十八番は魔術を用いた変装だった。取分け好んだのはサー・ランスロット。普段優秀な騎士である彼を茶化すのが楽しいらしい。ギネヴィアも彼女のことは大変気に入っていた。
<お前に、王の心はわからない。>
サー・トリスタンと言い争う声を聞いた。トリスタンの竪琴を聞いて楽しそうに踊る彼女の姿を知る人間からすれば、それはあまりにも異質なやり取りであった。
<ごめん、なさいっ…>
トリスタンが立ち去ってからすすり泣く声が聞こえた。声を圧し殺し、誰もいない場所で静かに泣いていた。
<なんだか、寂しいですね。>
円卓の騎士が聖杯探索に出た。ダゴネットは留守番を任されている。彼女は長旅に耐えられるだけの体力を持ち合わせていない。騎士としても強くない。それに何だか嫌な予感がして手元においておきたかったのだ。
<お休みなさい。王さま。>
最後の言葉はそれだけだった。その日、私が彼女を引き留めていたらどれだけよかっただろうか。
遠くから勢いよく振られた腕も。華麗な躍りを得意とした足も。美しい音色を奏でた細い指も。
もう、二度と見ることはできなかった。灰の山に突き刺さった剣が誰の灰であるかを語っていた。
翌日、湖の魔女のエレインがドアを叩いた。彼女は泣きながら言う。『私の娘はどこですか?』そして変わり果てたダゴネットを壺に納めて城を出た。
ギネヴィアは現実を受け入れられず、サー・ランスロットをダゴネットと誤認するようになった。
聖杯探索から戻らない騎士もいた。蛮族は毎日のように押し寄せる。ブリテンの滅びの足音が聞こえるようであった。
…もし、私以外の王であったならば彼女を守りきることができただろうか?
…あるいは、滅びを穏やかな終わりに変えることはできないだろうか。
そのための聖杯だ。万能の願望器。決して負けるわけにはいかない戦争がここにある。
「どうしたの、セイバー?」
アイリスフィールが問う。
「いえ、一人の騎士を思い出していたのです。」