「すげぇぞ地球! 何処見ても海しかねぇ!」
大樹の叫びが大海原にこだました。
「反射物もねぇ海上で、どんだけアホみてぇな大声出したらこだますんだよ。しかもそりゃそうだ。地表の7割支配してる大海原様を舐めんなよ」
隣に立つ千空は耳を押さえながら冷静に指摘し罵倒し、杠がいつものように「あはは」と笑う。
彼らが立つのは小型帆船の上。伊豆諸島クルーズを航行中である。
ことの経緯はドラえもん騒動の夜、追加戦士からの連絡であった。
七海財閥。七海学園。七海龍水。執事。フランソワ。
聞き慣れぬワードの連呼にも、千空は冷静に「南海大冒険だったか?」と分析していた。
その後、話の早い男・龍水に繋がり。
現在に至る。
現在に至るまでに説明を付け加えるなら・・・
千空たちはこの世界軸でも友好を深めるために、龍水の“個人”所有する“小型”帆船のクルーズに招待されていた。
「はっはー。さすがじゃないかドラえもん。俺の自室のセキュリティを難なく突破するとは」
「そうでなくては説明がつかぬ失態。助かりました」
操舵輪を握る龍水に、フランソワは手を軽く腰に当てて同意する。
「すごいね兄さん。こんな大きなお船に乗れるなんて」
「あぁ。俺も初めての体験だ」
水面を飛ぶカモメたちを眺め喜ぶのは獅子王未来とその兄・司。2人もまたクルーズに招待されていた。
「だが残念だな。聞いていた美女の数が1人足りん」
「ニッキーさんも災難だったな。注意した立ち小便男が警官で、取っ組み合いの喧嘩になるなんてな」
「そのようなことが・・・花田様は御無事でしょうか?」
「ニッキーさん、柔道の選手だからね。ケガさせちゃって、下手したら裁判になるかもしれないって・・・」
「目撃者いんのに公務執行妨害とか冗談だろ。まぁ俺らと遊んで心証悪くすんのも最悪だから、今日は欠席だとよ」
千空たちとのクルーズを楽しみにしていたニッキーであったが、裁判が長期化してリリアンの地球帰還イベントに間に合わなくなることを危惧し、苦渋の決断をしていたのだ。
「ならば七海財閥の顧問弁護士を紹介してやろう」
龍水が胸をドンと叩くと、千空たちは「弁護士費用で旅費が飛ぶわ!」とツッコミを入れた。
「そういえば足りないと言えば、この船の人員だが。俺たちを除けばキミら二人しかいないじゃないか」
司から出た当然の疑問に、龍水はフンと鼻を鳴らす。まるで“こんな小さな船なら俺一人で動かせるなんて当たり前だ”とでも言いたげである。
「まぁ、考えて見りゃゴーイングメリー号だって、その気になりゃナミ一人で動かせんだ。素人でもパワー馬鹿2人いりゃ十分だってことだろ?」
「その通りだ。とはいえ諸君らはそもそもゲスト。労働人員数には入っておらん」
妙に自信満々な嫌味さが鼻につく。司はあまり龍水のことを好きになれなかった。
そもそも財閥の御曹司という時点で既得権益の申し子。幼き頃の苦い思い出を抱く司にとっては関わり合いになりたい人種ではない。
それでも彼がこのクルーズに参加したのは、妹の未来に注げなかった6年間の愛情のため。彼女に色々な景色を見せてあげたい想いからであった。(あとは千空のトレーニングのため。不安定な海上では自然と体幹の筋力が鍛えられやすく、トレーニング効率が良いのだ)
と、司の事情はさておき。彼よりもこの場に似つかわしくない人間がいる。
効率厨の科学オタク、千空だ。
たまの休みにわざわざ海洋でバカンスというタイプでもなければ、大樹や杠が楽しむ姿を見て悦に浸るタイプでもない。
ドラえもんに導かれた仲間として龍水やフランソワと交流を深めるなら、自宅に案内しておしゃべりでもすれば十分というタイプ。
よほどの理由がない限り、彼が伊豆諸島の海上に赴こうなんていう事態は不自然だ。
では自然な理由とは何か。それは彼が今手にしている物である。
「千空・・・その物体は何なんだい?」
「ソユーズ。1/2スケールのな」
メカメカしい寸胴状の物体を千空が平然と手で叩きながら言うと、耳慣れないが耳にしたことはあるワードに司は目を丸くした。
「本物のソユーズは地上からの管制ありきが大前提だ。もしも支援無しに転倒姿勢で海にでも落ちたら最後、ハッチが開かずに自力脱出できずに9時間で酸欠のオダブツ。自己完結してねぇんだよ。そこでコイツには勝手にハッチ上向きで航行できるように、船代わりの機能を持たせた。勿論、本物と同じ比重を再現してな。ちなみに、3人くらいだったら入れっぞ」
千空の口からペラペラと語られる説明に、辛うじてついて行く司。隣で聞いていた未来や大樹は早々に諦めて耳の機能を停止させていた。
「理解できたのは、このソユーズの機能実験のために、キミはクルーズに参加したということだけだな」
「だけで十分だ。あとは司先生、大樹先生の馬鹿力で放り投げてもらえばいい」
「一生懸命作ったものを、そんなぞんざいに扱っていいのかい?」
「ほぼ出来合いの箱モノをちょっと弄っただけだ」
「その箱代は俺が出資しておいた。気にするな!」
ならば遠慮なくと2人が1/2ソユーズを大海へと投げ込むと、その物体は荒波の中でも安定してハッチ部の扉部を上に向けたままドンブラコした。
「綺麗な放物線だったね」
「おぉ! 成功だな千空!」
「ったりめぇだ。そうなるように作ってんだ」
己が成果の達成にニヤッと笑う千空。
だが、そのソユーズに繋がっているはずの紐の端を、大樹が「これだと投げ辛いな」と解いていたことに時間差で気付くと、一気に青ざめさせた。
「大丈夫だ千空! 俺が泳いでとっ捕まえてくる!」
「いや待て!」
上着を脱ぎ捨てた大樹を、龍水が慌てながら止めに入った。
「ブツが流されるのが早すぎるぞ。波が強すぎるんだ」
龍水が空を見上げると、遠くに巨大な積乱雲が現れた。
「ここまでの急変は久々だな。この俺が読めんとは」
「こいつは、ヤベぇんじゃねぇか?」
遠くから見ても分かる稲光の巨大さは、都会の空ではお目にかかれぬ大自然の猛威をマジマジと知らせていた。
急いで帆をたたみ、救命胴衣を身にまとう面々。
「未来、早く船室に!」
「止めといたほうがいい。この嵐は・・・デカすぎる。下手すりゃ沈むぞ」
龍水の予言の通り、大きくうねる高潮が船上を洗い、柱に掴まっていないと流されてしまうほどに帆船は荒らされていった。
適切に沈没を防ぐ行動をとるには、経験のある人員が足りない。
大樹は杠を、司は未来を支えるので必死。フランソワは執事であって肉体労働の船員ではない。
「くっ。皆、耐えてくれ!」
龍水の懇願の目に移ったのは、男子高校生の平均体力で計算していた龍水にとっての計算外。見事に耐えられずに海へと吹っ飛ぶ千空の姿であった。
「せ」「千空ぅ!」
杠と大樹が手を伸ばし、千空を追って海へと飛び出す。
千空の運動神経では、いくら救命胴衣を着けていたとしても生き延びることができないと考えたのだ。
だからといって3人でも生き延びることができるとは思えない。
「兄さん!」
未来の指さした先、荒波に浮かぶソユーズを発見した司は決断した。
「未来、俺を信じて掴まってくれ」
未来の手にギュッと力が込められたのを確認し、司は荒波の中を泳ぎソユーズにたどり着いた。
そして千空、大樹、杠の元へ届け、弱者3人をソユーズの中に放りこむ。
「た、助かったぁ」「大樹くん! 司くん!」「兄さん!」
2人の心配はアホほど無意味であった。救命浮き輪よりも遥かに頼りになるソユーズに掴まり、波の中を漂うだけなら一日中でも続けられる2人だ。
「大樹、大丈夫か?」「俺なら大丈夫。それより船は?」
ソユーズよりも安全な場所にいるかと思われた龍水とフランソワであったが、すでに大きく傾いた船からの脱出を試みていた。
荒波に飛び込む2人であったが、沈む船の渦に巻き込まれつつあった。
「うぉおおお!! 待ってろ!」
待つ暇もなく差し伸べられていた大樹の手が2人を掴むと、一気に海面へと持ち上げていた。
「助かりました大樹様」
「この俺もさすがに死を覚悟したが・・今はフランソワをソユーズに乗せろ!」
体力の残量をすぐに判断した龍水が有無を言わさずフランソワを安全地帯に送り込む。
その龍水の両脇を司と大樹が支え、7人は嵐の中を揺られ続け・・・4時間
「はぁっはぁ、どうにか」「助かったぁ」「助かったのかどうかは、分からねぇけどな」
海岸にソユーズを漂着させ、7人はへたり込んでいた。
体力馬鹿の大樹以外、千空は言わずもがな、龍水、フランソワ、杠、未来、霊長類最強の高校生・司ですら疲弊しきっていた。
嵐を乗りきり、晴れ間の広がる空の下でようやく安息を得たものの、事態はそうも安心していられない。
ここは周囲に有人島の無い絶海の孤島。名もなき無人島。
彼ら7人の遭難生活が、今ようやく始まったばかりなのだ。