「うぅん。朝やぁ」
獅子王未来は草の布団の中で目を覚ました。
目を覚ますというのは、彼女にとってはいつ体験しても気持ちのいいものであった。
6年間の意識不明から回復して、十数日も経過していない体は、目を覚ますという当たり前の行為のありがたみをしっかりと覚えていた。
目を覚ませば、隣には兄の司が・・・いない。すでに起きて生活の準備を始めているのだ。
そう、ここは町中の病院でもなければ彼女の家でもない。
伊豆諸島のどこかの島。ざっくり距離感で言えば、九十九里浜から数100kmも南の孤島である。
兄の司とその友人、7人での遭難生活。その最初の朝を迎えた。
助けが来る日を信じて・・・
「SOS発信機を作る」
朝食を皆で囲む中、今日は何をしようかと話し合っている時に千空の口から出たトンデモ発言に、6人は口からポロリと食べ物をこぼした。
何言っちゃってんの、この人? と絶対に言いたげな顔を向けられた千空であったが、そのキョトン顔はむしろ『当たり前だろ』とでも言いたげであった。
「俺らを運んだ命の舟“なんちゃってソユーズ”。あたりまえだが、本物じゃなくただの箱モノ。だと俺も今朝まで思ってたんだが、そこは開けてビックリ玉手箱ってな具合だ」
千空がニヤリと笑いかけた相手。正常位置ソユーズ装置の出資者であり、なんちゃってソユーズを用意した龍水は指をパチンと鳴らした。
「はっはー、どうせなら本物に近づけなければ意味がない。使用済みの宇宙ポッドを競り落としたぞ」
「まぁ機密機器のトップシークレットの類は全部外されちまってたが、市販レベルの近代部品が残ってたんだよ、あの宇宙船にはな」
まるで、楽しみにしていたゲームをプレイできるワクワク少年のようなウキウキ感を醸し出す千空。だが、その高度な技術クラフトについて行けない者には、どこにウキウキできるのか理解できなかった。
「部品? まさか千空くん、それを組み立てて発信機を作れるの?」
「じゃなきゃ言い出さねぇだろ」
千空がニヤリと笑うと、5人は歓声をあげた。
「これで助けを呼べるのか! 凄いぞ!」
「と、都合よく行けば人生楽なんだが・・重大な欠陥があんだよ」
そう言うと千空は人差し指を立てて神妙な顔つきになった。
「電気がねぇ」
比較的想定範囲内の問題であった。
「っつうわけで、SOS発信機は作るが、使えるとは言ってねぇ」
「意味のないモノを作られるおつもりなのですか?」
「まぁ、山掘って天然の磁石でも見つけるか、鉄の棒に銅線巻き付けて雷に打たせて作るかすれば、手回し発電機が作れるからな。それか別の策もあるが、とりあえずはそのために作っておきたいもんがある」
そう言って千空は木の家の壁を指さした。
「モルタルだ」
もる? たる? と、聞き慣れない言葉であるがどこかで聞いたことのある言葉に首を若干かしげる6人。
「砂の接着剤みたいなもんだ。三匹の子豚でレンガの家のつなぎに塗ってるヤツをイメージすりゃいいだろ。今の俺らの長男次男の家じゃ、狼の息みたく雨風にも耐えられやしねぇ。壁に囲まれた安定した空間が必要なんだよ。生活衛生的にな」
大樹がなるほどと手を叩く。
「それで千空。そのモルタルはどうやって作るんだ?」
千空の提案に感心した司が尋ねると、千空は未来の首に巻かれた貝殻のネックレスを指さした。
「モルタルは昨日みたく貝殻を粉砕した炭酸カルシウムを、焼いて砂と混ぜればできあがる。大量に必要だがな」
「なるほど、体力仕事なら俺に任せろ!」
大樹以外に任せられる仕事ではないのは最初から皆分かっていた。
こうして遭難2日目。千空たちは更なる生活基盤の安定化を目指し活動を始めた。
そんな中、食料調達班の龍水とフランソワは森へ入っていた。
「フランソワ、俺は今まで電気が“欲しい”と思ったことはない。そこにあって当たり前のものだからな」
「執事の仕事は主が望まれるものをご用意することです。電力の当ても既に」
「ならば、必要なものは・・・キッチンだな。違うか?」
龍水が指をパチンと鳴らすと、フランソワは「その通りであります」と頭を下げた。
それから時間は経ち、昼休憩の時間となり拠点に集まる7人。
「とりあえずしばらくの食糧調達には困らない量を採ってきたぞ」
「貝殻も、こんなもんでどうだ?」
海チームの司・大樹の成果に、「この辺りの生態系ブチ壊しじゃねぇか?」とニヤッと笑う千空。籠いっぱいの貝殻は、誰の目から見てもモルタルにするには十分な量が詰め込まれていた。
「ちなみにだが千空・・・あれは何だ?」
司が目を白くさせて指さす先にあったものは、とぐろを巻いた土の塊。
言葉を誤魔化さずに言うならば、どう見ても教育上よろしくない巻きグソ型の土器である。
「輪っか繋げて円柱型の樽土器にしようとした成れの果てだ。焼く前に乾燥させんの忘れたから、巻いたもんが縮まってウンコ型になっちまった」
千空が苦笑いして答えると、杠が「失敗は誰にでもあるよぉ」とフォローにまわった。
だが、よく見れば隣には立派な樽土器もあり、それは、焼成前の乾燥を省きながらも見事に形作られた杠の作品であった。
「小さい樽は未来が作ったものかな? 上手いじゃないか」
「台所のコンロにするの。フランソワさんに頼まれてたんだ」
得意気に微笑む未来の頭を、司が優しく撫でる。
で、その当のオーダー主であるフランソワはと言うと、何やら大量の食材を抱えてキッチンスペースに陣取っていた。
「焼き魚に焼き魚のサラダ、焼き魚のスープに焼き魚のデザート。こんな無粋な食事では何日ももたん! よってこれより、ビストロ・フランソワの営業を開始する!」
龍水が指をパチンと鳴らすと、フランソワは石の包丁をグルグルと回して木のまな板の上に掲げた。
「食は人間の三大欲求の1つ。満たすことは心の余裕を生み出し、我々の生存確率を引き上げることでしょう」
現状のマンパワーと化学力さえあれば、生存確率の心配をしなくてもいいのでは?と思う一同。
だが、料理の質が上がるとなれば、そこに興味が生まれてくるのは必然である。
「1品目は、豆腐ステーキ」
「と・・・」「とうふ?」
「大豆は自然に自生しているツルマメから採ることができます。洗って水に漬けて膨らませたら、潰して煮詰めて、布で絞ります。すると豆乳ができあがるのです」
フランソワの説明に「おぉ!」と感心する大樹。
だが、この説明の“水に漬ける”工程は9時間ほど必要なもの。
「なので、あらかじめ作っておいたものがコチラになります」
そう言ってフランソワが昨日のうちに用意しておいた豆乳を取り出すと、大樹はズコーッとコテコテの転び方をした。
「豆乳に火をかけながらゆっくり混ぜ、にがりを加えます」
「ちなみににがりは、昨日の蒸留水作ってる時の副産物な」
「あとは成型してアクを抜き、完成です」
こうして出来上がった白く美しい固形物に、6人から歓声が上がる。
「では次の料理を」
豆腐一品だけでも、サバイバル生活では驚きの一品であるにもかかわらず、フランソワはすぐさま次の料理に迷いなく取り掛かっていた。
「次はコチラを使います」
そう言ってフランソワが取り出したモノを見て、司と杠は目を丸くした。
「小麦か!?」
「ねこじゃらしだろ」
大樹の無知を千空が指摘した通り、それはネコ遊び好きの常識的アイテム・エノコログサであった。
「それを俺たちは食べさせられるのか?」
「でもフランソワさんが言うんだから、きっと外国の料理では使うんだよ・・・エスカルゴとかみたいに」
未来が「えすかるご?」と首をかしげると、杠は「カタツムリだよ」と苦笑いして教えた。
「ようは粟の原種だ。縄文時代から日本人にゃ信頼と安心の食用ブランド・・・つっても、俺も食ったことはねぇけどな」
興味ありげにエノコログサを眺める千空。
「まずはこちらを脱穀して実を取り出し、石で挽いて粉にします。そこに野鳥の卵とにがりを合わせて生地を・・・作った物がコチラになります」
そう言ってフランソワが取り出したのは、製麺された緑色の美味しそうな麺であった。
「ぉおお! 美味そう!」
「あとは森で見つけたショウガやラッキョウ、ネギ類で味をつけて完成です・・・が」
ふわぁと漂う香しいスープ、浮かぶ翡翠色の麺が食欲をそそる。
「ラーメン!? ワオだね、こんな無人島で」
「実はまだ味見をしていないのです。毒味もですが」
「ということで、俺の出番だ」
そう言って龍水がズルズルと麺をすする。
バタンと倒れた。「龍水様!」とフランソワが駆け寄る。
「とてもではないが、食糧として耐えられたものではない」
ようは不味いということだ。毒の心配はないようだ。
「そうか? まぁ意外とイケるぞ」
続く大樹がズルズルと麺を口に運んでいく。
「うどんとそうめんの間ってところか。ショウガとかで臭み消しが効いてっから、まだ食えなくはねぇな」
「美味しいよ」
未来の場合はおそらくは空腹が調味料として作用しているのだろう。
だが、この味は龍水の“手に入れたいもの”に到達できるレベルではない。
「腹を満たしたら研鑽だフランソワ!」
顔を上げた龍水が拳を突き上げると、「かしこまりました」とフランソワは頭を下げる。
「龍水の向上心は凄いな。こんな状況でも向上心を忘れないとは」
「ただ欲しがりなだけだろ」
効率重視主義の千空が面倒くさそうに麺をすするが、そんな千空に対して龍水は食ってかかった。
「はっはー、お前は自分が欲しいモノを忘れたのか? このラーメンと豆腐料理は“懐柔策”に使うものだぞ!」
龍水の笑い声にピンと何かを察する千空は「なるほどな」とつぶやいた。
「ああ。この島の先住民、あの御老人を篭絡し、俺たちは電気を手に入れる!」