龍水とフランソワの言いたいことは単純であった。
ラーメンで電気を手に入れる。
「・・・・意味が分からない」
司の言う事はもっともである。大樹や未来はともかく、杠もちんぷんかんぷんである。
千空だけは理解が追い付いているようだが怪訝な顔を見せる。。
「理屈は分かるが、てめぇらの現代人舌唸らす食材がねぇだろ」
「欲しいを追求するため、あらゆる手段を駆使するのが私たちの役目です」
美味しい料理を作るのが問題だと提起する千空に対して、フランソワが胸を張るが、そもそも『美味しい⇒電気』の構図から理解できていない4人を置いてけぼりにしているのが大問題である。
「貴様らも見たであろう? 海岸のボートを。摩耗具合からみて、あのボートは最低でもそう何十年も前に使われたものではない。ごく最近、数年前だ。使用者は十中八九あの老人とみた」
龍水が指折りしながら解説していく。
「年齢と体力を考え、この孤島に人力でたどり着いたとは考えにくい。つまり、電動のモーター装備が存在するのだ。この島にはな」
龍水が指をパチンと鳴らすと、大樹と杠と未来が歓声を上げた。
「つまりだ。旨い飯食わせて篭絡して、その電源をまるっと頂こうっつうことだろ」
「ろうらく?」
難しい言葉の出現に首をかしげる未来に、フランソワはやさしく「美味しいご飯を食べて仲良くなりましょう、ということです」と教えた。
「策は理解した。キミらが味の向上を目指すのであれば、俺たちに手伝えることはあるのか?」
「食材集めだ。万一、毒があったり食えるかどうか分からん物があっても、俺とフランソワが仕分けしてやる。遠慮なく根こそぎ取ってこい」
「生態系は大事にしようよ」
高校生程度の収穫能力で崩れるほど自然界はヤワではないが、杠は一応心配する。
「言葉のあやだろ。まぁデカブツならリアルにやらかしかねんが」
大樹以外の5人が容易くその様を想像すると、千空はクックッと笑った。
その後、各班が森や草むらへと分け入り、キッチンに籠って美味い飯探求を開始した。
「兄さん、この葉っぱ見たことあるよ。お芋が掘れるんだよね?」
森へ入っていった未来が見つけたのは、特徴的な葉っぱであった。
「そうだね。だが、少し大きすぎる気もするが」
「いいじゃねぇか。タロイモか里芋ってところだな。時期的に収穫には少し早いだろうが、米に並ぶ世界的主食様だ。やるじゃねぇか」
千空が称賛すると、未来はニパァと明るく笑った。
司が「なら早速掘ろうk・・・」と蔓を引っぱると、千空が「おっと、待ちな」と制した。
「お兄様が手柄を横取りするもんじゃねぇな」
「むっ、そうか。だが土を掘るのはなかなかの重労働だぞ」
大事な妹の手を土で汚したくはない、石や砂利で怪我をさせたくない司は口をムッと尖らせる。
「ケケケ。ま~さか、こんなところで出番とは思わなかったぜ。刮目しな」
そう言うと千空は小脇に抱えた籠から、仰々しくあるモノを取り出した。
「テッテレ~、モグラてぶくろ~!」
精一杯の濁声で千空が楽しげに取り出したのは、中世の騎士が着けていそうな鉄の手甲であった。
千空のワクワク感を見て、司は『ドラえもんの道具を再現したのか』と推測した。正解。
「モグラてぶくろ?」
「なんちゃって、だがな。掘削用とまではいかねぇが、土を掘る分にゃ十分に負担軽減できるはずだ」
そう言って未来に鉄の手袋を着せる千空。
グーパーと握り離しはスムーズに行える。
「サイズ、ピッタリやぁ」
「この手袋、未来のために作ってくれたのか?」
「いいや、単純に作っててミスっただけだ」
おそらく自分用に用意していたのであろう千空は、名残惜しそうに自身の手を眺めた。
それからしばらくして日が落ち始めた頃、島に何とも聞き慣れた音楽が流れはじめた。
「む? この音は?」
この島を終の棲家にと考えている世捨て人である老人は、この郷愁を誘う音楽の出所を探し周囲を見回した。
「まさか」
音に導かれるままに走ると、そこは昨日、新参者たちを追い出した海岸線であった。
前日に引いた境界線の近くに建てられた木のフレームには見覚えがある。
「これは・・・ラーメン屋台?」
老人のつぶやきに呼応するように、屋台から人影がヌッと現れた。
「いらっしゃいませ、七海拉麺です!」
杠が目いっぱい可愛らしく挨拶すると、未来が竹の笛をチャルメラ風に吹きながら現れた。
老人は前日、若い男3人の漂流は確認していたため、感情を存分にぶつけるつもりでいたが、想定外の少女たちの出現に呆気にとられ言葉を失った。
「よぉ、ご注文は? つっても拉麺くらいしか出せねぇけどな」
ニヤニヤと現れたのは千空。同じく昨日には見なかった顔である。今度は男だからと、老人は顔を強張らせた。
「お主は、ここで何をしておる?」
「あんたの領地にゃ足を入れちゃいねぇぜ? 匂いだけは領空侵犯しちまうかもしれねぇけどな」
そう言うと千空は樽の中を木の棒でグルグルとかき回し始めた。周囲に何とも懐かしさを覚える匂いがたちこめる。
「ぬぅ・・・」
老人はその香りに腹の虫を鳴らす。だが、若い者の誘惑に屈したくはないというプライドが境界線を越える一歩を思いとどまらせた。
「おじいちゃん、一緒にラーメン食べへん?」
未来がそっと背中を押すと、老人は渋々といった表情で、その一歩を比較的軽く踏み出した。
「少々お待ちください」
何処からともなく現れたフランソワが手際よく麺を茹で、スープを注ぎ、具を盛り付けていく。
その豪華な食事が目の前に現れると、老人はふと疑問を投げかけた。
「お主ら・・・本当に遭難したのか? 昨日の今日でこれだけの料理を用意できるはずがないじゃろう」
老人は、自分が何か騙されているのではないかと疑い、一度手にした竹の箸を手放した。
「いいや。こいつは俺らの創意工夫の成果だ」
「創意工夫?」
「はい。こちらは“ねこじゃらし”を粉にした拉麺でございます。試作段階ではボソボソでニチャっとした、とても客人に提供できる代物ではありませんでした」
フランソワの謙遜に、未来は「最初のも美味しかったよ」とフォローする。
「試作2号には、つなぎに里芋を混ぜてみました。すると幾ばくか食べやすく、ツルッとした触感を楽しむことのできる麺に仕上がりました」
「ほほぅ」
老人は感心したように、再び箸を手にした。
「そして完成形が、只今提供いたしました最終麺でございます」
フランソワにすすめられ、老人は麺をツルンと啜り上げた。
「ん!? 美味い。美味いぞ!」
ストッパーが外れたように、一心不乱に麺をかきこむ老人。スープもゴクゴクと飲んでいき、あっという間に空の皿が残った。
「ふぅ~、なんじゃこの麺は。本当にねこじゃらしと里芋だけで作ったのか?」
「いんや、普通の麺みたく、粉に卵とにがりも加えてある」
「そして、この麺には豆腐をブレンドしてあります。配合比率は企業秘密ですが」
フフと笑う千空とフランソワ。ニコニコと笑う未来と杠。
老人は幸せを感じた。久しく味わっていない“もてなし”に、感動を覚えていた。
そのため、頃合いを見て現れた先日の男衆3人が現れても、その表情が曇ることは無かった。
「若さとは素晴らしいな。何でもできる」
「いや、俺なんかは何もできんぞ。何をしたらいいか千空や皆が教えてくれないとな」
「それは俺も同じだが、千空も同じじゃないか? パワーが無ければ作れなかったもの多い」
「誰が欠けても今は存在しない。人間社会とはそういうものだ」
3人の明るく力強い仲間意識に、老人はふと顔に影を落とした。
「誰かの役に立てる人間に、お主たちならなれるぞ。誰の役にも立てんワシと違ってな・・・」
そう言うと老人は語り始めた。
「ワシは何の技術も無ければ、誇れる経験も無い。何の役にも立たんから、人と関わるのが怖くなった。だからこの島に逃げてきた・・・そうなんじゃろうな」
老人が胸の内を明かすと、千空は興味無さげに「あぁん?」と首をひねった。
「役に立たねぇ人間? その考え方が非合理的すぎんだろ」
千空の言葉を皮肉と思ったのか、老人はムッと顔をしかめた。
「何かで役に立たなかったら、別のところで役に立てばいい。役に立つ分野が全くのゼロっつうこと自体、100億分の1の確率っつうレベルのクソほどレアケースだ」
「言うは易いが、ワシは自分に自信が無い」
「無人島で1人で年レベル生活経験。俺だったら無理だろうな」
「たしかに。千空、キミでは生活基盤の確立だけで疲労で倒れるだろうな」
7人のブレーンである千空の謙遜ではない断言に、老人は胸を打たれた。
「・・・そうじゃの。来い、イイモンをやろう」
そう言うと老人は千空たちを手招きして、境界線の向こう側へと誘った。
老人が1人で何年も生き延びた秘訣を紹介しようというのだろう。
これはシメシメ、狙い通りの展開だと、見えない所で千空と龍水はほくそ笑んだ。
「嫌いな、食べられないモンはあるか?」
老人が案内した先に広がるのは野菜畑であった。目の前に鮮やかな赤・黄・緑。
千空と龍水は「こっちの展開かい!」とドテーンとひっくり返る。
「みんな、好き嫌いは?」「無い!」「無いよ」「偉いぞ未来」「好みに関わらず美味しく召し上がっていただけるものを作るのが私の仕事です」
今までキノコか食べられる野草ばかりであった7人にとっては、安心と信頼の緑黄色野菜の登場が何よりも嬉しい知らせであった。
「これ全部、おじいさんがお一人で?」
「試行錯誤の連続じゃった。痩せた土地を拓いて、3年かかったわい」
畑仕事の経験のない7人であったが、老人の顔つきを見れば、そこに流れた汗と涙の量が想像できた。
「偏りがちな栄養を補えるのはとてもありがたいお話です。御隠居、さすがです」
「ハハハ。ワシでも役に立てるものがある。それを気付かせてくれた礼じゃ」
老人が快活に笑う中、せっかちな千空は口を開いた。
「バッテリーは無いのか?」
「単刀直入!」
杠のツッコミが入ると、老人はキョトンとした顔で小屋を指さした。
「バッテリー? 不要な粗大ゴミはあそこに集めてあるが」
「あるんですね! うぉおおお あったぞぉ!」
大樹が小屋へと疾走し、箱を抱えて飛び出してきた。
「これで発信機が動く!」と喜ぶ龍水であったが、司が「粗大ゴミと言わなかったか?」と冷静に指摘すると、老人が口を開いた。
「そうじゃ。とっくに電力切れしとるぞ」
その一言に、大樹は豪快にズザザァとすっ転んだのだった。