無人島に遭難した千空たちはSOS発信機を作り、先住民の老人をラーメンで懐柔しバッテリーを手に入れた。
だが、電力は残っていなかった。
「まぁ、本体さえありゃ問題ねぇけどな」
バッテリーの切れた機械類を前に、千空はケロッとした顔で耳をほじった。
それは木製ボートに取り付けてあったモーターである。
「修理できるのか!?」
「リサイクルだな、今回の場合」
舌なめずりしてバッテリーのカバーを剥がす千空に、司は「できるのか?」と尋ねた。
「できるからやってんだよ。モーターやなんかが錆びたりしてなきゃ・・・おっ、こりゃおありがてぇ」
機械を分解している千空は、前日にこのクルーズに出航するときに皆がテンション上げている時に一人冷静だった彼と同一人物とは思えないほどに目がキラキラしていた。
「モーターとバッテリーの仕組みはわかるよな? 電気エネルギーを運動エネルギーに変えて、電気でこのプロペラを動かすんだ」
学校で聞いたことのある知識に、司や杠はホォとうなずき、龍水とフランソワは何かを察し、大樹と未来、老人は頭にハテナを浮かべた。
「っつうことは、逆に運動エネルギーを電気エネルギーに変換してやりゃあどうだ?」
「手回し発電だな。災害用ラジオなら市販でもお馴染みの」
「正解。100億点だ」
そう言っている間に、千空はバッテリー内の液体を移し替え、金属の板を差し替え、銅線を繋ぎ合わせ、プロペラに持ち手を作り・・・
「できたぜ、手回し充電器。あとはコイツをSOS発信機に取り付けりゃ」
「助けを呼べるんだな!」
大樹が食い気味に迫ると、千空は口をすぼめて「ブッブー」と不正解を示した。
「・・・座標か?」
司の指摘に千空は「大正解」とニヤリと笑った。
「電力ゲットしたからって、出力は微々たるもんだ。SOSしたところで、この島を見つけてもらうってのは厳しい話だ」
「そんなぁ。じゃあ私たち、ずっと帰れんの?」
「大丈夫よ未来ちゃん。だって千空くんだもの」
杠の信頼する声に、千空は懐からガサゴソと何かを取り出した。
「六分儀~!」
その濁声に大樹と杠が「ドラえもん!」と反応すると、千空は気分よく「あぁ」と答えた。
そして龍水は指をパチンと鳴らす。
「天測航法か!」
「正解だ。星と太陽で経度緯度を割り出す。つっても精度は保証できねぇぞ。ただでさえアナログじゃあ最低でも誤差5kmは出るからな」
「問題あるまい。水平線も5kmの視野だ。救助信号さえ届けば、モールスで座標を伝えることができる」
流石は海を制する男、龍水。千空とタッグを組めば何処に遭難したとしても安心であろう。
「とまぁ、ここまで俺のリサイクルが成功する前提で話進めてるんだが当然、ちゃんと電気が復活してるのか確かめなきゃなんねぇ。SOS信号は目に見えねぇからな」
「なるほど。どうやるんだ?」
大樹のストレートな質問に、千空は暗くなりつつある空を見上げた。
「竹を裂いて繊維にして、そいつを蒸し焼きにしておいてくれ」
「おう分かった」
大樹は千空の依頼に理由を問わない。とりあえず頼まれたら即行動、それでこの2人の間は良いのだった。
とまぁ、理由を聞いて説明を理解するまでに完結するような依頼であったためでもあるが。
とりあえず大樹は素早く竹を採ってきて、毟って裂いて、それを蒸し焼きにした。
日が沈み切るまでの短時間でやってのけた。
「あとはこの繊維に、デカブツのクッキングタイム中に司が回して充電してくれたバッテリーの銅線をつなげる」
夕闇が徐々に広がり、森を不気味な闇が包み始めた頃、千空は蒸した竹に電気を流した。
それは、ほんの1秒の出来事であった。
白く眩い科学の灯が、その闇を照らしたのだ。
「電球か・・」
「エジソンだな」
「明るいなぁ」
ほんの2日ぶり程度の文明的な照明の光であったが、寂しさと温かさを胸に思い出させるには十分な光量であった。
「呼べるぜ。明日には助けをよぉ!」
千空の言葉に7人は歓喜した。
その夜は、誰もが興奮でなかなか寝付けなかった。
助けが来るという実感。原始的ではあるが欲しいを達成した高揚感。発明がトントン拍子に上手く行く達成感。3年かけて建てた家よりも近代的なモルタルの家を目にした驚き。
様々な想いが渦巻きながらも、夜の闇と風のさえずりが8人をまどろみへ導き。
翌朝。
「SOS完了だぜ。半日もすりゃあ日本の優秀なレスキュー様がご登場だ」
本日最後のお寝坊さんの杠がカーテンを開けた時、千空の嬉しそうな声が聞こえてきた。
いや、お寝坊さんとはいえ8人中2人を除いて誤差5分程度の起床である。
千空と龍水だけが早起きして2人でサッサとSOSを発信していたのだ。
「いろいろ早っ!」
「助かる話だが。遭難している実感というものが無いな」
「んな非合理的な御感想は本土に帰ってから語ってくれ」
まだ寝ぼけ眼の面々を前に、目の下にクマを作った千空はおかしなテンションでテンポよく追信のモールスを叩いていく。
「ならどうじゃ? 無人島に漂着したという実感でも見に行かんか?」
モルタル小屋に泊まりにきていた老人が7人を誘った。
「見に、行くとは?」
「船で軽く30分くらいじゃが、絶景というものを見てみんか?」
朝食を終え、7人は老人に導かれるままボートのある海岸へと向かった。
ボートの定員もあり、全滅を避けるために3人・4人と分けて搭乗することにした。
第1陣の千空、大樹、杠はボートに揺られ、岩礁の間から島の横穴へと案内された。
「うぉおおおお!! なんだココは!」
「ワオ! 青くキラキラ光ってるね!」
そこはサファイア色の洞窟であった。
海からしか侵入できず、岩礁ゆえに小型のボートでしか進むことのできない先。
「波がエグった海触洞だ。自然様の数万年の結晶だぞコイツは」
青の洞窟として有名であるこの類の洞窟も、千空もまた生では初めて見る光景であり、感動を覚えずにはいられなかった。
「今日には助けが来ると言うなら、今のうちに見ておかねば損じゃろ?」
3人の興奮を前に、『ここまで連れてきた甲斐があった』と満足する老人。
「爺さん。アンタが見つけなきゃ、こういう景色は千年レベルで誰の目にも触れねぇで、下手すりゃ崩落してる。勿体ねぇ話じゃねぇか」
「こんなジジイを褒めても何も出んぞ?」
そう言う老人であったが、その表情には深い彫りの中に笑い皺がクッキリと映っていた。
その後、日が真上に昇り、島に真夏の日差しが照り付けた頃。
「みんな~! ついに来たぞ~!」
大樹の叫びが島中に轟き、森から鳥がバサバサと飛び立った。
「どこの爆音兵器だ。悪の帝国でも攻めて来たのか?」
「だったら俺が戦うから安心してくれ」
救助が来ない最悪の事態を前提に、モルタルを増産していた司と千空が手を止める。
2人の明るくない笑顔を見れば冗談であることは明らかだが、本当に明らかであってほしいと、隣で編み物をしていた杠は小さく願った。
大樹の声に導かれるまま海岸へと向かう一行。
するとそこには、見慣れぬ大きなゴムボートが。テレビでも見たことのある、洪水で浸水した町で活躍する災害救助のソレである。
「これで全員ですか?」
「はい! この島にいるのは俺たち8人です」
大樹が隣に立つ自衛隊の隊員に敬礼して報告している。
「やっと帰れるんや!」
「お爺さんも一緒に行かれるんですよね?」
「ああ。もう一度人生をやり直してみるよ」
いかにも遭難したてのちょっと汚れた程度の服装の未来と杠の隣に立つ、もう何年も遭難生活を潜り抜けていないと到達できないボロボロな服装の老人の取り合わせに、どうなっているんだ?と自衛隊員は首を傾げた。
「はっはー、俺の座標の計算が正確だったということだな!」
「千空様の発信機の功績と比率を考えれば、龍水様の貢献度は2割ほどでしょうか」
この場に似つかわしくない金持ち感の龍水とフランソワの組み合わせにも、ますます違和感しかない。
が、隊員は「ん? 千空?」とフランソワの言葉に眉を上げた。
そして、残る千空が現れると隊員はその顔をジッと見た。その視線に気づいた千空が「ぁあ?」と声を上げると、大樹は「これは千空の癖だ。不良のガンくれじゃないぞ!」とフォローした。
「いや、その声。やはりキミだったのか千空」
ニコッと笑う隊員が手を差し出すと、千空は「な~るほど」と握手に応じた。
「ん? 千空、知り合いか?」
「いんや、初対面」
千空の言葉にうなずく隊員。
「だね。あらためまして、僕は西園寺羽京」
「石神千空だ。これでドラえもん軍団の最後の仲間が揃ったってか?」
千空の言葉にニコッと笑いハイタッチする羽京。
「それにしてもつい3日前だよ、キミに電話したの。まさかこんなところでキミらと出会うなんてね」
「いかにも映画っつう感じだな」
羽京とハイタッチしてボートに乗り込む6人と老人。
こうして、千空たちの無人島生活は終わりを告げた。
だが彼らは知らなかった。
この島に数千年後、自分たちで作った大型帆船で乗り込むかもしれなかったことを。
そして、そのメンバーに決定的に足りない1人のメンタリストは、千空への連絡先のメモを自宅の冷蔵庫にとりあえず貼ったまま、すっかり存在を忘れていて合流できていないということを。
【完】