『宇宙兄弟』を読んだことのない人でも、問題なく読めるような内容を目指しておりますが、読んだほうがより一層楽しめるかもしれません。
JAXA編 その1
時は2025年
JAXA(宇宙航空研究開発機構)では新規宇宙飛行士選抜試験が開かれていた。
書類選考を通過した参加者たちを1次審査、2次審査を経て15人に絞り3次審査に通す。
そんな中、今年の注目株が1人いた。
宇宙飛行士の父親を持ち、その父がかつてJAXAの面接で熱く語っていた愛息。
合格すれば日本初の親子宇宙飛行士となるであろう。
それだけでなく、20歳にして博士号を取得した秀才。
順調に行けば、最年少宇宙飛行士の名も彼のモノとなる。
だが、問題点も目に付く。
身体能力面が及第点。合格ギリギリのラインなのだ。
一定の水準以上を求めるだけであるため問題は無いが、20代なのに他の参加者の50代にも劣ってしまっている。
彼いわく高1の頃からスパルタで鍛えられた成果だそうだが、本当にそうならもっと体力があってもいい。でなければ元がミジンコすぎるということだ。
精神面においても不安が残る。
父親が明るいムードメーカーであったのに対し彼は真逆で覇気がない。倦怠感丸出しなのだ。
現役の宇宙飛行士にも似たようなタイプはいるため、元気がなければ不合格というわけではないが、第一印象としてはダメなタイプだと見えてしまう。
だが、面接を進めるにつれて見えてきたのは、彼の心の強さ。決して折れない芯の強さと、科学への情熱が溢れている。十分に採用意欲を掻き立てる人間性をしていたのだ。
あと審査しておきたいものがあるとすれば、他人との協調性。それを審査するのが、この次の3次審査。
こうして試験官は、彼の履歴書を合格と書かれたプレートの前にバサッと置いた。
それから数か月後・・・JAXA筑波センター3次審査。
3次試験はこれまで以上の長丁場。2週間の泊りがけで、内容詳細は一切明かされない。
誰もが不安と対峙する中、彼だけはその気怠そうな表情に笑みをこぼしていた。
ネギだかダイコンだか分からない髪型。ヒョロガリがスパルタトレーニングによって細マッチョに改造されたような体型。達観したような顔にワクワクと輝く目をもつ男。
石神千空である。
「唆るぜ、これは」
3次審査はバス移動から始まった。
窓も無く、運転席との隔離シャッターが設置された仕様の、完全に外の景色が見れない特注品である。
到着時刻も目的地も教えてもらえない。携帯や時計も出発前に回収され、情報シャットアウトのバス移動である。
『っつうことは、もう3次審査は始まってんのか』
という15人の推測の中、始まったのは『交流会』であった。
全員が自分以外の14人と順番に、1人10分話をするというもの。
全員がライバルであり、将来一緒に宇宙に行くことになるかもしれない相手。が、一癖も二癖もある人間ばかりであった。
「溝口大和です。よろしく」
「石神千空です」
千空の最初の相手はハキハキと話す青年だった。いかにもデキるタイプ。子供のころからリーダーシップを発揮してきたような人間であった。
「へぇ、キミはあの石神百夜さんの息子さんなんだ」
「ええ。まぁ」
千空が適当に相打ちをとるだけで、終始溝口ペースで話が進んでいく。
千空は正直言って溝口を好きにはなれなかった。
いかにも“自分が会話をリードしているぞ”という雰囲気を漂わせて、どこか相手より上に立ちたいという空気を宿らせている。
「有利だね。だってお父さんから試験内容を教えてもらっているんだろ? それに日本初の親子宇宙飛行士となれば、JAXAのステイタスにもなる」
「あ゛? ネタバレして何が面白ぇんだよ?」
千空は思わず反論していた。年下からの反応に、溝口は眉をピクッと動かす。
「第一、百夜とは血の繋がりはねぇ。残念だが、んな関係ねぇ優位なんてハナから存在しちゃいねぇよ」
「へぇ・・・そうなんだ。だけど周りはそう見てくれないかもね。まぁ頑張ろうよお互いに」
ちょうどその時、10分経過の合図が鳴り、2人は席を離れた。
『こりゃ10分、ちぃとキツいな・・・』
和気あいあいと過ごす場面か、そうでないか。それは相手次第。
そんな千空の次の相手は、ひたすら貧乏ゆすり男であった。
そんなストレスと緩和の2時間半が経過した後、試験官からある用紙が配布された。
「自分を含め宇宙飛行士に向いていると感じた人の優先順位をつけてください」
最後にとんでもないアンケートが渡されたものだと誰もが思った。
『こんなんが選考の何に役立つんだ?』
千空は少し悩みながらそれとなくアンケートに答え、配られた弁当を食べ、バス消灯と共に就寝。
何時間経過したか分からなくなってきた頃にようやく、不気味な倉庫の中に降ろされた。
細く長い通路に案内され、たどり着いたのは何もないつまらない部屋である。
『こんな場所が目的地か?』
そこで、15人にはある選択を問われた。『この試験を受けるか受けないか』である。
『んなもん一択じゃねぇのか? 今さらすぎんだろ?』
誰もが同じことを思ったが、その選択の前にある映像を見せられ、その意図が理解できた。
一般公開されていない『事故映像』。2023年、宇宙から帰還する際の着陸船のパラシュートが絡まり、3人の宇宙飛行士が死亡した時の内部映像。
3人の死の間際の一部始終であった。
「・・・なるほどな」
死の直前まで足掻き、“今後の事故調査で役に立つ”と最後までデータを取り続け、死を受け入れる3人の宇宙飛行士。
その姿に、千空は父や彼の仲間たちの帰還の瞬間を重ねた。
過去2回、立ち会った着陸の瞬間であるが、そこに不慮の事故が起こる不安が無かったわけではない。だが、実感としてここまでの覚悟があったかと問われれば、否定はできない。
「以上です。くれぐれもこれを見たことは誰にも話さないでください。彼らのように死を受け入れ行動し続ける覚悟ができたという方は、書類にサインをしてください」
すぐにペンを持たない者も数人。すぐにサインを書いた者も数人。
千空は、すぐにサインを書いていた。
『死ぬ覚悟。んな心配、今からしたところで何の意味もねぇ。地上にいたって死ぬ時ゃ死ぬ。宇宙に行く前に死ぬよりかマシだろ』
こうして15人全員が参加の意思を示し、次の試験が始まった。
5人1班、3班に分けられる。
千空はそのうちのB班。メンバーは千空の他は
31歳のキリッとした男性、30歳の頼りない男性、30歳の活発そうな女性
そして、交流会で千空が最初に相手をした溝口であった。
これから5人は、閉鎖環境ボックスという月面居住施設を模した狭い空間に入れられる。
この中で2週間、与えられる様々な課題を5人で協力し合ってこなし
最終日・・・
全員の意見一致のもと
5人の中から2人。宇宙飛行士にふさわしい者を選べというのだ。