閉鎖環境ボックスで始まった試験。
平屋建ての家程度の広さしかないこの狭い空間を5人で過ごし、2週間後に自分たちで宇宙飛行士にふさわしい2人を選び出す。
一応、試験官は最後に「3チームで計6人が選ばれることになりますが、そのほかにJAXAからも数名選ぶ可能性があります。1人か2人かもしくは0か。未定ですが」と付け加えていたが、つまりは全員が敵ということだ。
作業着に着替え、ボックスの中に足を踏み入れると、そこは申し訳程度に凝っただけの普通の生活空間となっていた。
寝台ベッドに台所、ユニットバス、外部通信用の個室、運動スペースに作業スペース。
その、作業スペースには電池の抜かれたアナログ時計が置かれていた。
ここで早速、1つめの課題である。
「さて、今何時でしょう? 5人で話し合って時計を合わせてください」
最後に時計を確認できたのはバス移動の開会式前。そこからバスに揺られ、交流会。就寝時間が不明であるが、その後に意思決定の時間を合わせて計算すると・・・
「これを問題にするってことはある程度、アバウトじゃない答えが出せるように、ここに来るまでに時間のヒントが出てたと思うんだ。交流会以外にも」
B班でも溝口が仕切り、4人が自分の体感の計算以外の、JAXA側からのヒントを推理しようとし始めた。
「2時58分43秒」
そんな中で唐突に飛び出した千空の答え。4人は困惑せずにはいられなかった。
「・・・石神くん、時計を持ち込んでいるのかい?」
「いいや。単純に数えてただけだ」
さも当然のようにサラッと言ってのける千空。だが当然、そんな戯言を信じる人間はいるまい。
「数えていたってキミ・・・開会式から何時間経ったと思っているんだ?」
「秒単位でズレはねぇよ。ガキんころに馬鹿みたく2か月ずっと数えたこともあるが、そんときもミスってねぇぜ」
にわかには信じられない話である。最初は4人も信じられなかった。
「他の・・・みんなはどう思う? 自分の感覚で、今何時だい?」
溝口に問われ、残る4人も提示はするが、誰もが4時から7時とバラバラ。その根拠も自分の生活リズムから導いた今感じている眠気などといった体性感覚である。
だがそれも、日光から遮断されて何時間も経過した今では自信が無い。
「ここは賭けてみてもいいんじゃないかな? 試験はまだ2週間続くわけで、この1回で多少間違えても、これからの選考に大きく響くわけじゃない」
溝口の意見に3人も賛成を示す。
だが、これは裏を返せば間違えた時の責任が千空1人に向かうという話。
それが意図的かどうかは、誰もがハッキリと察することはできなかったが・・・
「では、正解を発表します。今、午前3時8分です! 正解したのはA班とB班。C班は2時間のズレ。しかもB班は秒単位で正解していました!」
ボックス内に流れる試験官からのアナウンスに、B班は歓喜した。
「すごい。これは本物だ」
「石神くん。ここまで来ると怖いくらいだよ」
手放しで褒める声と、驚愕の色を隠せない溝口の視線。そんな中でも千空は普段通りの平静とした表情を見せていた。
この日の課題はこれで終了となり、5人はベッドに向かう。
翌朝8時、アナウンスに起こされた5人。
この日の最初の課題は、朝食を作る事であった。とまぁ、課題ですらないことはアナウンスの声から判断できる。
ボックス内の台所には様々な食材が揃っており、中でも宇宙食のセットには誰もがテンションを上げた。
地球外での滞在を想定したボックス生活。最初の食事となれば、コレであろう。
「なんだか宇宙って感じだね」
「昔は水分の無いパサパサしたものばかりだと聞いたことがあるけれど、普通に美味しいな」
「ククク。そういやぁ百夜の奴がテメェの行きつけのラーメン店の味、再現して宇宙食に採用させてやがったな」
腹が満たされればストレスも軽減され、互いが敵同士だという事実も意識から薄れる。
和やかな雰囲気の中、軽い自己紹介もできるものだ。
溝口大和。小中高大学と、生徒会長や首席と、常にリーダー役だった28歳。
真壁ケンジ。2歳の娘をもつ爽やかな青年。A班の1人と試験中に意気投合。31歳。
北村絵名。5人兄弟の長女でしっかり者。面倒見の良い30歳。
手島有利。意志の弱そうな30歳。父親もJAXAの試験に3度挑戦している。
と、和やかな雰囲気もここで一区切り。避けては通れぬ話題があるわけだ。
この生活での一番の目的。
この5人の中から、3次審査の合格者を自分たちで、しかも全員納得したうえで2人を選ぶ。
その方法についてだ。
「点数制で行こうよ。これから出される課題の順位を集計する。それが一番わかりやすいだろ? 最終日に集計して高得点の2人を選出すると」
言い出したのは溝口であった。たしかに効率的ではある。5人全員の納得という点では点数ほど嘘をつかない選出方法は無い。
北村、手島もそれに納得する。
「僕は、ここまできたら点数じゃないような気もするんだけど」
そこに反対意見を述べたのはケンジであった。
「他にいい方法なんてないと思いますけど。真壁さん」
反論に対して沈黙を挟み、こう言い返した溝口。代案を出せないうちから否定することは良策とは言えない。
「石神くんは、どう思うんだい?」
溝口に意見を求められ、千空は人差し指を伸ばしてしばらく考えた後、静かに口を開いた。
「てめぇが宇宙に連れて行くならどの2人を選ぶか。で、いいんじゃねぇか?」
千空の提案に溝口は言い返した。
「そんなの人気投票じゃないか。5人ともが2週間、媚びを売ってしまうよ」
「試験官が言ってたろ? 俺らの選んだ2人×3班の6人以外にJAXAが選ぶって。なら、課題遂行能力なんつう客観的指標で選ぶなら、俺らの意味ねぇだろ」
「なるほど・・・それも一理ある。成績優秀というなら、ここで落選してもJAXAに後から選ばれるということか」
ケンジの解釈に千空は「そういうことだ」と笑う。
「っつうわけだ。俺らのオススメキャラっつうのに、パソコンに選ばせたほうが早ぇんじゃ話にならねぇ。最終日に投票っつうのが俺の案だ」
「・・・たしかにキミの言う通りだが、それだと同率票が溢れないかい? そもそも、そんな高校生の休み時間の無駄話みたいな決め方はどうかと思うな」
「ククク。否定はしねぇよ。まぁ案っつうだけだ。点数制、大いに合理的だ」
「それに今決めなくても2週間も時間があるんだ。それまでに代案が出なかったり、投票制が良いアイディアに思えてきたら、臨機応変に対応していけばいいと思うよ」
ケンジがまとめた総意見に、千空、北村、手島も賛成する。
溝口だけは頷くだけで声にして賛成を示さなかったが、まだ不満が残っているような雰囲気を漂わせていた。
その後、この日からの課題が始まった。
毎日の課題その1。『計算ランニング』。
運動スペースのランニングマシンを5分間走りながら、その間に読み上げられる計算を何問解けるか?というもの。
「はあっはあっ。良い運動になるね、これ」
40問を正解した溝口が軽く息を切らして爽やかに笑う。これは誰もが驚くほど早く優秀な成績である。
他の3人は彼に劣りはするものの、一般的に考えれば優秀な成績を叩き出していった。
では、千空はというと?
「ハチジュウサンカケルハチジュウナナh・・・」
「7221」
読み上げきる前に正答。早いという次元の話ではない千空無双であった。
「早い」
そう、早い。息が切れるのも早い。
5分走り切ったあとはゼーゼーと仰向けに倒れていた。
「キミ、本当に運動負荷試験をクリアしてきたのかい?」
「でも60問って、凄すぎですよね」
「しかも4分で・・・まぁ、残り1分は声が出なくなってたけど。つまり、万全だったら80問はいってたかもしれないってことかな」
「それにしても、走るフォームが綺麗だったね。誰かにコーチしてもらっていたのかい?」
凄いんだか凄くないんだかわからない千空に手を貸したケンジが尋ねると、千空は息を整えながら小さく答えた。
「しじぉうづかさ」
曰く、高校の時の科学部部員の1人の体表に筋電極を取り付け、効率の良い運動パターンを電気信号として解析し、同じパターンで千空自身の体に電気刺激を与えて、あらゆる運動を再現して練習した結果だそうだ。
嘘か真か、4人には知る由も無かったが。
毎日の課題その2。『打ち込み練習』
用紙に書かれた文字列をパソコンに打ち込んでいく。2時間も。
集中力と持久力の単純作業。アホほど地道で酷い作業である。
故に無言。5人ともが無言。
千空は、集中力だけであれば自信はあった。
だが、手先の器用さは別。タイピングのスピードが劣る分、この課題は5人の中では中間位ほどである。
というのが毎日。2週間、13回おこなわれるのだ。ドイヒーである。
そして日によっては別の課題も当てられる。
この日はとある反論文を考えろというもの。
あるニュース番組でキャスターが指摘した日本の宇宙開発の費用負担に関する議題。
『宇宙開発にかかる莫大な費用はすべて税金からまかなわれている。
その反面で科学的成果が上がっていない
地球上に様々な問題が山積する現状で、宇宙にお金をかけていていいのか?』
という問題提起であった。
このコメントが影響すれば、国民が宇宙開発を軽視してしまうと、JAXAは危惧していた。
よって、このキャスターを納得させられるような文章を作る事。それが千空たちに課せられた今日の課題となった。