科学的成果の上がらない宇宙開発に多額の税金が投入されることへの不満を持つニュースキャスターを説得する文章。
それが、千空たち3次審査のメンバーに課せられた無理難題である。
「こういうのどう? 宇宙へ行く理由。『私たちが宇宙で仕事をすることは新しい知見、新技術を生み出すきっかけになる。人類にとって大事な仕事なんです』ってのは」
B班の1人、手島の意見に溝口が食ってかかった。
「手島さん、それ僕が言ったのとほとんど同じですよ」
「・・・あ、そう?ビミョーに違うんだけどな」
溝口は考えていた。このメンバーの中で自分が合格するのに障害となるのは誰か。障害とならないのは誰か。
ケンジは敵同士であるこのB班の雰囲気を少しでも良くしようと、必死に仕切ろうと頑張っていた。この課題はそもそも、現役の宇宙飛行士からの抗議文のほうが説得力があるわけで、候補生の自分たちが正解を出すことが重要なのではなく、むしろ話し合いをすることがJAXAの意図ではないのか? と。
そして千空は、面倒くさそうに、当該キャスターがコメントしたニュース番組の映像を眺めていた。
「石神くん、キミの意見はどうだい?」
千空がいまだに筆を走らせていないことを分かりながら、溝口が問いかけた。
「まぁ・・・そもそも興味ねぇわ。誰が金出して誰が文句言おうと」
思考停止の課題全否定。
そんな子供のような千空の意見を、溝口は小さく鼻で笑う。
「興味ないが答えじゃ意味がないよ。出された課題に取り組まなきゃ」
「そもそも意見の不一致なんだよ。このキャスターと俺は。金や科学っつうモンに対してな」
「それはどういうことだい?」
千空の言葉にケンジが興味を持つ。
「俺も人の受け売りだから偉そうなことは言えねぇが・・・金は人の意思をまとめるためのモンだ。皆の力を合わせるツールがあるからこそ、人類が最強たる所以。宇宙に行きてぇ、宇宙を知りてぇっつう意思が日本にどの程度あるか。税金の投入量なんつうもんは、その指標にしかすぎねぇ」
千空の言葉に、普段何気なく使っている貨幣の概念を再考するケンジたち。
「それに科学っつうのは“ただ知りてえ”っつうのが原動力だ。好奇心やら探求心っつう欲求に成果なんつうモンを問うなら、人間の三大欲求様の成果はどうだ? っつう話だ。そこに文句つけんなら、先に日本の少子高齢化と過労死問題対策の成果とやらを見せてから言いやがれ。ってな」
千空の言葉の芯の強さに4人は圧倒される。
一見すると屁理屈のようでもあるが、考えさせられる内容ですぐには反論できそうにない。
「おもしろい意見だと思うよ」
「ただ、今のを答えとしてまとめるのは難しいね。このキャスターに伝わりそうにないよ。出された課題は彼女を納得させられる抗議文を作ることだ。それこそ正解だよ」
その後も話し合いは一向に進まず、B班の課題は終了していった。
結局、採用されたのは文章としての完成度の高い溝口の抗議文。4人ともが賛成した結果であった。
だが雰囲気だけであれば、誰が見ても良くないまま終了という形であった。
その後も千空たちの試験は続いた。
毎日の課題と日替わりの課題。単調な作業と集団生活に溜まるストレス。
特にB班はストレスの影響が顕著で、日を追うごとに活動量が低下していた。
点数制に代わる2名選出方法が無い以上、毎日の課題に集中し自分の点数を上げることが、合格への唯一の道であるからだ。
課題に取り組む以外、他人との接触が少ない。他人と壁を作るギスギスした雰囲気が続いていた。
そんな中、試験開始5日目。千空にある課題が与えられた。
それは1日1回の健康チェックのため、個人問診のモニタールームに入った時のこと。
「石神千空さん、あなたにグリーンカードが出ています」
「あ?」
グリーンカードとはNASAの訓練中に取り入れられている極秘指令のこと。
訓練中にわざと仲間を妨害するような行動をとる命令である。
仲間のミスによるストレスをコントロールし、不測の事態を切り抜ける力を鍛えるための訓練形態である。
そんなグリーンカードで千空が指示された内容。
《指令》
・本日から最終日まで、他のメンバーが眠っている頃にアラームのリモコンスイッチを押しなさい
・アラームは1日最低20秒以上鳴らしなさい
・自分がリモコンスイッチを持っていることは他のメンバーに知られてはいけません
・このグリーンカードのこと、指令であることなどは、他言無用とします
「性格悪すぎんだろ、JAXA」
ただでさえギクシャクしたB班で、この指令が何をもたらすか。分からない千空ではなかった。
だが試験官が見たいのは、この事態を5人がどう乗り越えるか。その姿である。
そして夜になり、他の4人の寝息が聞こえてきた頃・・・
「そろそろだな」
拒否権の無い千空はリモコンスイッチを押した。
特に躊躇は無い。
『みんなに迷惑をかけるなぁ。心苦しいなぁ』という非効率的な逃げ道は余裕のガン無視だ。
ピピピピピ
「みんな、一回起きて!」
案の定、2日目にして溝口が怒りを露わに全員を起こして犯人捜しを始めた。
当然、千空は犯行を否定。全員が否定する中、溝口の苛立ちは増すばかり。
「誰もやってないって言うんだから、誰かを疑うのはやめよう」
ケンジが仕切って場を治めようとするが、溝口の怒りは収まらない。
千空は『いや、JAXAの試練っつう説くらい誰か思いつかねぇのかよ!』と叫びたくて仕方がなかった。だが、このアラームの件に触れることができないため、今は成り行きを見守ることしかできない。
「みんなで考えよう。解決策を」
「僕は犯人を割り出すのが解決策だと思いますけど。この中にいるんでしょう?」
収まらない事態に、千空は内心気まずさを覚えた。
仕舞いには、ケンジが通路で寝てアラームの出所を見つけると言い出し。
そのことに「正義の味方のつもりですか? 点数稼ぎですか?」と反発した溝口が結局、通路寝の任に就くことになってしまった。
溝口はますます苛立ちを覚えた。この屈辱は、ケンジに誘導された結果だと思い込んで一方的に恨みを連ねていたのだ。
『っつう思い込みの連鎖・・・確実に起きてんじゃねぇか? えぇ? JAXA様よぉ』
恨みの連鎖の発端はJAXAであるが、一端を担ったのは千空。
そのことを、千空は心の隅で気にせずにはいられなかった。
そして9日目。ストレスがますます拍車をかける。
この日の課題は『白一色のジグソーパズル』であった。
全180ピース。制限時間は3時間。
「これ・・・1つずつ当てはめていくしか方法がないよね」
「だな。最悪の地道作業。ククク、しかも100億%無理ゲーだろ」
千空すら冷汗を感じる狂気の作業。制限時間が180分なら、1ピース1分で正解を見つけるのが前提という話。それを100ピース以上4方向で試していくのだから、確実に不可能である。
そして3時間後・・・
千空ですら半分も完成させないうちに時間が来てしまった。
そんなパズルを、なんとケンジは「完成させたい」と管制室に提言して、回収延期を申請していた。
「うまいですね真壁さん。自分の頑張りをアピールするのが」
溝口のキツイ一言が、口数の少ないB班のボックス内でやけに大きく響き渡る。
「君は僕より4学年下なだけだけど、もっと下に感じるよ。君はまだ若すぎる」
ついにケンジもストレスを我慢できなくなっていた。大人げない反論で溝口を黙らせる。
『こいつは・・・絶対ぇヤベエ展開確定じゃねぇか』
そんなケンジが、今日の通路寝の当番の日である。
リモコンを持つ千空の手に汗がにじみ出る。
ピピピピピ
ケンジはアラームの出所を発見できなかった。
あれだけ大きな音が鳴って、アラームを見つけられないわけがないと、溝口はケンジを犯人と断定する。
『まぁ、妥当な推理だな』
そこで、別の事件が発生した。
なんと、ボックスで唯一の時計が無くなっているのだ。
全員で探すと、トイレの便器の裏で時計は発見された。
針が壊され、時間が確認できない状態で・・・
『ぁあん? 絶対ぇ犯人がいるパターンじゃねぇか。誰が次のグリーンカードを?』
千空が4人を観察する。すると、目に留まったのは1人だけ皆から目を逸らした手島。
『こいつか。まぁグリーンカードの話をするわけにいかねぇ。今は静観するしかねぇか』
だが、千空の思惑は甘かった。
「石神くん、キミが犯人だね?」
「出たぜ。名探偵溝口の名推理」
溝口が千空を疑う理由は明らかである。
「この中で時計を必要としないのはキミだけだ。秒もズレない自信があるんだろ? 今の時間も分かっているんだろ?」
「あぁ。3時12分13秒。だが、俺は犯人じゃねぇぜ」
溝口が険しい表情で千空を問い詰める。
涼しい表情で耳掃除すら始める千空であったが、今にも殴りかかってきそうな溝口の勢いに、その手はわずかに震えていた。
「待ちなよ。石神くんが犯人というなら、メリットが無いじゃないか」
「僕らを妨害する。ライバルのデメリットは自分にとってもメリットじゃないのかい?」
「そうか? こうなったら俺がタイムキーパーになんのは確実だろ。俺に余計な仕事は増えるが、そっちは正確な時間が分からなくなるわけじゃねぇ。天秤ガッツリ俺不利で傾いてんぞ」
千空の言い分は正しかった。そのことに気付いた溝口は唇を噛みながら、それ以上の追及はしてこなかった。
この日から、ますますストレスが加速していく。
3つ目のトラブル。3枚目のグリーンカード案件は『課題の順位データの消失』であった。
これで2人の合格者を選ぶ点数制が破綻。
当然、溝口の疑いの目は千空とケンジに向けられる。
最初から点数制に反対し、文句をつけてきた2人しか考えられない、と。
だがそんな中でケンジは「今まで起きたことは全て管制の指示かもしれない」と言い始めていた。
『ククク。正解、100億点』と言いたい気持ちを抑える千空。
2人の言いたいこととして、JAXAは合格者の選定を5人に一任してはいない。その説が濃厚になってきた、ということだ。
そのムードに反発する溝口は、最後にこう言い放った。
「わかりました。そう言うなら試しに真壁さん、石神くん。『2人選出』から、辞退してくださいよ」