ヒューストン在住の宇宙飛行士、石神百夜。
その娘、石神瑠璃5歳と石神琥珀3歳。
妻の石神リリアン。旧姓ワインバーグ。
そして、4人と血の繋がりのない石神千空。
「石神一家、全員集合~♪」
百夜のテンションの高い声がリビングルームに響き渡る。
ヒューストン郊外、宇宙飛行士が多く住む住宅地に、石神家の一軒家は建っていた。
「ちったぁ落ち着きを覚えろよ。3児の父親だろ」
「お父様はいつもこんな感じです」
「百夜も千空も変わらないね~」
リリアンは長女の瑠璃を抱き上げながらにこやかに笑う。
千空はいまだに不思議に思っていた。何がどういう経緯でこうなった? リリアンと百夜の結婚報告を5年前に聞いた時、千空は手に持っていた液体窒素を盛大にばらまいてしまっていた。
片方いわく、男の魅力。片方いわく、何か分からないけど運命的なものを感じた。
5年経った今でも、千空は1ミリたりとも理解できなかった。
「あにうえは、ずっといるの?」
「あぁ、2か月滞在予定だ」
次女・琥珀は千空にとてもよく懐いていた。日本の大学に通う千空が、彼女に会えるのは数か月に1度ではあるが、会うたびに抱っこ抱っこの嵐である。
長女・瑠璃も千空には懐いているが、遠慮がちで我慢しがちな性格のためか、特に妹の琥珀の前では千空に素直に甘えることはなかった。
「瑠璃ちゃんは男の子たちからモテモテなの。琥珀ちゃんはワンパクすぎてね、この間もシャミールのとこの兄弟の下の子、泣かせちゃってね」
「あぁ、あの金髪のほうの」
姉妹の成長の報告は、千空にとって科学の研究の次に楽しみであった。
(次点である。父親? TOP10のランク落ちだ)
「じゃあな、行ってくるぜ千空」
「行ってくるね~」
千空滞在中毎朝の光景。
百夜はNASAへ訓練に。リリアンはスタジオへ打ち合わせに行きました。
残された千空は姉妹に『桃太郎』を読み聞かせ、その流れで桃の川の淡水に対してどんぶらこっこ可能な大きさとお婆さんの推定筋力の算出方法を、3歳児にも分かるように解説です。
「あにうえ~、抱っこ~」
からの、抱っこランニング。
『アルキメデスの滑車の法則』を琥珀が理解できるまで。
「お兄様、抱っこお願いします」
からの、抱っこランニング。
『抗生物質サルファ剤の作り方の過程』を瑠璃が理解できるまで。
百夜から言い渡されたトレーニングメニューがこれであった。
ちなみにではあるが、琥珀は少しでも抱っこ時間が長引いてほしいと考え、理解できたという申告が遅く。
瑠璃は少しでも負担を軽くしたいと早く申告するが、答え合わせをするとボロが出るため結局は2人とも同じくらいの時間ランニングに至る傾向にあった。
「お前の最大の課題は体力だ。計算ランニング程度でバテるとは、俺の息子ながら情けないぞ!」
「いや、初日んは宇宙食ん中に入ってたマンゴーのせいだ。ウルシ科の植物にゃウルシオールが入ってんだろ? アレルギーで喉がアンパンマン状態になっちまってた。まぁ体力モヤシご健在はミリほど弁明できねぇがな」
夜、ヘトヘトになった千空を、帰宅した百夜・リリアンが温かい食事で癒す。
「ところで最終審査って日本人宇宙飛行士が面接するんでしょ? アナタも面接官なの?」
「いいや、流石に親子はダメっつって断られた。出るのは、ミヤッチと紫と木崎と、吾妻さん、若田さん、星手さん、野淵さん・・・」
いや、立候補してたのかよ。というツッコミを入れる体力のない千空はソファーに寝転がる。
その上に琥珀がダイブして、彼の意識は光と闇の中に消えていった。
それから数週間後、千空の姿は最終試験会場にあった。
早く来すぎたため、他の参加者は1人しか到着していない。
「おっ、キミが石神千空くんか」
「南波六太だな。宇宙飛行士・南波日々人の兄貴の」
3次審査で別の班だった南波六太。
千空と同じく現役宇宙飛行士を家族に持ち、日本初の兄弟宇宙飛行士となる可能性を持つ男。
ヒューストンの弟の家に滞在していたため、千空と同じく会場に直行していた。
そんな2人が互いに顔を合わせて最初に思ったことは
『ブロッコリーみてぇな髪型だな』
『ダイコンみたいな髪型だな』
であった。
六太は3次審査で2人選出に選ばれていない。
つまり“JAXAから選ばれた”人材。JAXAが欲した期待の星。
にはとても見えない、なんとも頼りない31歳という見た目であった。
「ちなみにだけど・・・お父さんから最終審査の事、何か聞いてる?」
「あ゛? んなチート行為するわきゃねぇだろ」
「だよね・・・」
緊張と筋肉痛で顔を強張らせる六太。それに反していつも通りに気怠そうにする千空。
そんなテンションで迎える最終審査。
は、結局のところあまりにもあっけなく、2次審査の面接とあまり変わらなかった。
何のための面接だったのか・・・そんな疑問だけが頭に残る面接。
が終われば、お疲れ様会である。
「それでは、今日はパァーっとやろう。カンパイ!」
面接官の宇宙飛行士を交え、合格組の7人と関係者みんなで飲み交わすパーティー。
というのは建前。
実はこのパーティーこそが最終審査の会場なのだ。
面接を経て全てが終わったと、肩の荷が下りて油断しきって「素」に近い受験者たちを細かくチェックする舞台。
ここで、宇宙飛行士たちは受験者たちを見極める。
目の前の奴と宇宙で生活を送っていけそうか。
自分の命を、こいつに預けることができるか、を。
「よ~ケンジ、千空。面接どうだった?」
「やぁムッ君。順調だったよ」
「やる意味あんのか? っつう感じだったな」
千空は六太と、同じB班のケンジと一緒に楽しんでいた。
そこに宇宙飛行士の紫がイタズラでコーラ瓶にコーヒーを入れたロシアンルーレットを仕掛けに来たりと、終始和やかな飲み会が続く。
3人とも、すっかり油断して「素」の状態となっていた。
ふと、千空はパーティー会場に、強面の男性の姿を見かけ近寄った。
「吾妻宇宙飛行士、どうもです」
「・・・石神百夜の息子か」
吾妻滝生。ISSの長期滞在を3回経験し、月調査兼月物資運搬ミッションに参加した有名宇宙飛行士。その性格は百夜と正反対でクールすぎる男であった。
「何か用か?」
初対面の候補生にこの対応。他の宇宙飛行士も、吾妻とは仲良くなるのは無理だと諦めるほどの冷淡な男。それが彼であった。
「ISSにアサインされる最短ルートが知りてぇ」
冷淡にも物怖じしない男。それが千空であった。
この程度の冷淡な感じは、千空は親友の1人で幾度となく経験済み。今さら吾妻の冷淡さは慣れた者なのだ。
「そんなもの、あるわけがないだろう」
「だよな」
会話が続かない。続けるつもりもないであろう。
千空はあと一言くらい挨拶でもして去ろうとした。その時、吾妻が静かに口を開く。
「一つだけ答えてくれ。死ぬ覚悟はあるか?」
唐突な問いに、彼らを見守っていたJAXAの職員が目を光らせる。
「んなもんクソほども考えたことがねぇ。助かるルールを一から探す。死ぬ覚悟とか考えるだけ非効率的だ」
「・・・そうか。ビール、飲むか?」
千空の答えに、吾妻は小さく笑い、千空のコップにビールを注いだ。
吾妻には尊敬する宇宙飛行士がいた。今は亡きその飛行士から、かつて問われた命題。
死ぬ覚悟を、問われた時にたいがいは薄っぺらいYESを答える。
だが必要なのは生きる覚悟。NOと言える奴がいたら、そいつは信じていい。
この問いに、吾妻に対してNOと答えたのは、この夜までに3人だけ。
南波日々人と、石神千空。そして、南波六太だけであった。
「まぁ、つってもいざ死ぬのが確定したら、てめぇが死んでもOKプラン作ってから大人しく死ぬけどな」