知らないうちにJAXA宇宙飛行士最終審査を終えていた千空。
彼の姿はフロリダ、オーランドケネディ宇宙センターにあった。
ここから今日、有人ロケット・アレスIに搭乗した南波日々人が月へと飛び立つ。
最終審査の最後のイベント。この大舞台にJAXA受験者と共に立ち会う・・・ハズだった。
「千空! ここだここだ!」
用意された特等席というのが、打ち上げ現場から離れた宇宙センター内の管制室。
を、見るための客席の最前列の席であった。
百夜の粋な計らいという名のスタンドプレイ。当然、JAXAに許可を取ってはいるが、受験者の1人としてこの行動はどうなんだ? と千空としては疑問を残していた。
「ここなら色んなデータがリアルタイムで見れるだろ?」
「リアルタイムのロケット発射、シーンじゃなく生で見せろよ」
そう不平を言う千空であったが、むしろ生の方の会場はお祭り騒ぎムード。千空向きではない。
こちらの現場のムードの方が、千空の感性には唆るものが揃っている。そのことを当の本人もしっかりと自覚しているのだ。
「打ち上げ2分前」
慌ただしく動く管制室。その光景は、6年前に見た百夜帰還の時とはまた雰囲気が異なり、その生の臨場感が千空の好奇心をウズウズとさせた。
「打ち上げ10秒前・・・・3・2・1・イグニッション。リフトオフ!」
弾丸よりも早く、あっけなく、周囲に衝撃波をまき散らしながら、ロケットははるか彼方へと発射された。
この日のためにかかった準備期間は、5年かかっただろう。
だが、いざ本番となればたったの8分。
着陸船にドッキングし、月軌道へ。その過程の全てを、千空はその目に焼き付けた。
「どうだ千空。やっぱコッチのほうが正解だったろ」
「ああ。最高の土産じゃねぇか」
千空はこの夜、興奮の中で一睡もできなかったという。
その後、千空は日本へと帰国することとなった。
1週間後に、この最終審査の合否通知が自宅・職場に電話で伝えられる為だ。
「やだーーーー! あにうえといっしょににほんにいくーーーー!!!」
空港への見送りで、最後の最後まで粘ってゴネたのは琥珀であった。
下手すれば千空以上の力でしがみつき、千空の力では微塵も引きはがせない。
「心配すんな。JAXAに入れりゃ、そのうちNASAに来ることになる。そん時ゃ嫌っつほど顔合わせんだ」
「ハハハ。まぁ千空が合格すればの話だがな」
高笑いする百夜。千空が不合格という図を微塵も想像していないのだろう。
「琥珀。貴女がイイ子にしていれば、きっとお兄様が合格するわ」
瑠璃のナイスフォローにようやく涙を拭った琥珀。
「じゃあ千空。いってらっしゃい。またね」
そう言ってマスク&目深帽子の一見不審者のリリアンが千空を抱きしめた。
そんな名残惜しい妹と義母たちと分かれ、実父の熱~い抱擁をスルーして、千空は日本へと戻っていった。
それから1週間後。
千空の姿は広末大学の研究室にあった。
絶対にヤバイであろう薬に絶対にヤバイであろう薬を混ぜ、絶対にヤバイであろう機械にスイッチを入れている。
そんな素人立ち入り禁止どころか一目散に裸足で逃げ出すような研究を、その隣で目をキラキラと輝かせているのは、彼の友人の妹、獅子王未来であった。
彼女は実年齢18歳ではあるがそのうち6年も意識不明の状態にあった境遇の少女。
小学校6年間を丸ッと抜かして中学校へ就学。というのは不憫であるため、特別カリキュラムを受けて育ち、ようやく今、高校3年生相当の学力にまでたどり着いた頑張り屋であった。
中でも得意科目は科学。それは6年間、放課後に足繁く千空の元に通い詰めて、科学部や科学実験室のあらゆる実験を生で体験してきた成果からである。
「今日、合格発表があるんですよね? 千空さん。落ちちゃったらどうしようとか、ドキドキしてます?」
「まぁ・・・お前が兄貴の敗北報告の心配するくれぇにはな」
それなら心配ゼロミリだと、霊長類最強を兄に持つ未来はホッと胸をなでおろした。
TLLLLLL
突然鳴り響いた電話のコール音に、ビックリして椅子から転げ落ちる未来。
千空はそんな中でも、手にしたヤバイ液体の入った試験管を落とすことなく試験官立てに置き、受話器を手に取った。
「あ~もしもし」
「石神千空さんですね? JAXAの星加です」
千空の反応を、未来はジッと机に隠れながら見守る。
「石神千空さん。おめでとうございます。我々JAXAはキミを宇宙飛行士として迎えます」
千空は、その手をグッと力を込めて握り、未来は顔をパァッと明るくし、気付いた時には携帯を手に取っていた。
「兄さん。兄さん! やったよ、千空さんが!」
その夜、千空はJAXA宇宙飛行士新メンバーの1員として、記者会見の場に立っていた。
今回の合格者は5名。
新田零次、伊東せりか、南波六太、真壁ケンジ。そして石神千空。
色々な質問が記者から飛び、それに答えていく5人。
「じゃあまずはみなさんの今の心境を自己紹介を含めておねがいします」
記者たちの注目は当然、日本初の兄弟・親子宇宙飛行士となる六太と千空に向けられる。
『南波兄だ』
『百夜ジュニア』
『モジャモジャだ』
『ネギだ』
そんな中、千空に向けたのはマリリンモンローのような色気のある女性記者だった。
「石神千空さん。貴方を宇宙飛行士に導いてくれたものは何ですか?」
千空は彼女と顔を合わせ、互いにニヤリと笑い合うと、マイクを手に爽やかな表情で口を開いた。
「どうも、石神千空です・・・・・」
目を輝かせた爽やかフェイス。記者会見向けのお手本のような、千空らしくないその表情で一言呟いたが、彼はふと頭をボリボリとかいて、表情をいつも通りに戻した。
「っつうのは俺のキャラじゃねえわ。俺を導いてくれたモンに失礼だわな。だからこっからは、いつもソイツらに見せてる風にしゃべらせてもらう」
事前に会見なんだからお行儀よく! と釘を刺していたJAXAの職員たちの顔が凍り付く。記者たちも何事かとザワザワする中、会場で唯一、その女性記者だけがアハハと苦笑いして千空にカメラを向け続けた。
「話すとクソ長ぇが、一番最初はドラえもんだな。そっから今の俺が始まった」
記者たちが期待していた『初の親子宇宙飛行士なんだから、百夜の名前が出てくるはずだろ』という当たり前は、早々に消滅していた。
想定外すぎる千空のコメントに戸惑いが広がる。
そんなものに構うことなく、千空は話を続けた。
「そっから仲間が増えた。体力やら何やら、俺に無いモンを持った色んな奴ら。そいつらとの絆全部が俺をここまで支えてくれた。あぁ、親父の百夜もその1人だ。なら、今度は俺がそれに応える番だろ。絶対に宇宙飛行士になる。俺があいつらに返せてやれるのは、それだけだ」
千空の熱い思いに、カメラのフラッシュがこれでもかと光る。
まぁ、これはこれで良い記事が書けそうだ、と。
こうして、JAXA宇宙飛行士、石神千空が誕生した。
いや、誕生はしていない。
それはJAXAの新入社員の入社式で、説明された事実。
正式には、千空たちは『宇宙飛行士候補者』と呼ばれる段階なのだ。
JAXAでのオリエンテーションを経て、NASAでの基礎訓練がひたすら続く。
その期間、1年半から2年間。
それが終わってようやく、彼らは正式に宇宙飛行士に認定される。
とはいえ、実感が無いわけでもない。そりゃ“コスチューム”を配布されれば、実感してしまうのは間違いない。
ある日、千空たち候補生5人はJAXAの大会議室に集められていた。普段の講習のある小会議室ではなく、わざわざ5人を呼び出した理由。思い当たる節といえば、その直前に起きた月面の大事件。南波日々人が月面で事故に遭い、仲間を助けたことで勲章を授与されていたこと。
ではなく、5人へのコスチューム授与式だ。
「いやぁ、キミたちを見ていると戦隊ヒーローを思い出すよね。五人五色とでも言うべきか。真壁君はレッドだよね、リーダー的だし。新田君はクールだからブルーに決定。石神君はイエロー、一番若いし。伊東さんはもちろんピンク。で、南波君は・・ミドリ」
無意味な話は友達とするから楽しいのだが・・・理事長からされてどう反応すればいいのか。と、千空は退屈そうに欠伸をかみ殺した。
「とまあイメージカラーが決まったところで残念なお知らせです。みなさんにプレゼントを渡しますが、一色しかありません。昔から基本はこの色と決まっていんだってさ」
こうして大きな紙袋を渡された5人は中身を見て喜んだ。
「おっ」「やった」「カッコいい」「本物だ」
それは青一色のジャンプスーツ。宇宙飛行士のコスチュームだ。
「さてみんな、気分が高まってきたところだろう。その意気のまま我々は明日の朝、出発する。わかってんね。いよいよヒューストンでの合同基礎訓練が始まるよ」
合同基礎訓練とは、各国の新人宇宙飛行士候補生がNASAに集まり同メニューの訓練を行うもの。
低コストで短期間に一流の宇宙飛行士を育てるためのプラン。
そこで出会う各国の強者共は千空たちと全くの同期生。
一番の仲間となり、一番のライバルとなる奴ら。
そんな新たな出会いに、千空はこれから挑むこととなる。
次回、NASA合同訓練編へ