世界中の新人宇宙飛行士候補生が集まる合同基礎訓練。
約2年間の戦いに今、千空は旅立とうとしていた。
渡米前夜。千空への送別会がレストラン貸し切りで開かれていた。
「ハッハー、俺たちの千空の無事を祈って、乾杯だ!」
主催者である七海龍水。本当なら船上パーティーにするつもりだったが、彼は千空たちを乗せた船を沈没させ遭難に追い込んだ前科があったため却下されていた。
乾杯の音頭と共に、8つのグラスが掲げられる。
「千空様、祝杯が遅れてしまったことお詫び申し上げます。そしておめでとうございます」
龍水の執事・フランソワが90度キチッとお辞儀すると、千空は「いいや構わねぇよ」とニヤリと笑った。
「うん。2年も訓練をするのは心配だが、千空ならやり通せると信じているよ」
「アタシらのスパルタ特訓の成果。他の国の奴らに負けんじゃないよ!」
「その通りだ!」
ゴリラ3人が豪語すると、千空は軽く手を挙げてハイタッチを求めた。
ゴリラ1号。未来の兄にして霊長類最強の男、獅子王司。高校生の時から霊長類最強だが、今でも霊長類最強・・・いや、下手をすると動物界最強のシロクマすら素手で倒しかねない。
ゴリラ2号。花田仁姫。通称ニッキー。元・女子柔道家で、引退した今はタレントとしてマルチに活躍している。見た目のゴツさとは裏腹のピュアな乙女な中身が人気である。千空の義母のリリアンが歌手をしていた頃からの大ファンで、今でも健在だ。
ゴリラ3号は、お馴染み大樹。説明不要。
そんなゴリラの手と衝突した千空の手からバチンと大きな音が3つ鳴り、痛みにうずくまった頃に未来が周りを見回して気付いた。
「そういえば1人足りないよ?」
「あ~それね~。自衛隊って簡単に休めないのよ~。だけど大丈夫、ちゃんと電報くれちゃってるから」
そう言ってゲンが取り出したのは1枚の手紙。
それはこの場に居ない千空の友人の最後の1人からの手紙であった。
(故人ではない。単純に職業上の都合で不在なだけである)
「『おひさ~千空ちゃん。ジーマーで驚きだけど、やっぱさすが千空ちゃんだよね~。とりま夜間訓練とかで夜空見る機会あったら、いつでも見上げちゃうよ~。あと、ドイヒーな落下して海に落ちちゃっても、すぐに助けにいっちゃうから安心してね~』ってさ」
「そんな文章を彼が?」
「翻訳だろ」
こうして笑い合う千空たち。だがこれもあと2年は・・・下手をすれば・・・いや、上手くいけば、もっと・・・
「千空くん。これをどうぞ!」
そう言って杠の手から渡されたのは、小さなお守りであった。
「みんなで一針ずつ入れたんだよ。訓練頑張れますように、って」
「御心配痛みうるぜ。ありがとな」
そう言ってお守りをしっかりと握りしめる千空。普段であれば迷信や信仰やらを一切気にしない彼であったが、仲間の想いは別・・・・
というのも別の話、お守りにでもすがりたい気持ちが一杯であった。
何故なら合同基礎訓練といえば、宇宙飛行士に必須のスキルと言えば・・・
そう、サバイバル能力。
自衛隊・軍隊のしごきレベルのハードな超・遠足が待ち構えているのだ。
次の日。
千空たち5人の宇宙飛行士は引率の職員と共にヒューストンへと飛び立った。
訓練開始までの10日間は各々が物件探し。
千空の元には、当然と言えば当然の、少女2人の抱擁と1人の大人の抱擁スルー、1人の女性不審者の抱擁が出迎えてくれる。
「千空がついにアスキャンか・・・大丈夫か? おめぇ」
「あにうえ~、アスキャンってなぁに?」
「宇宙飛行士候補生のことだ。俺と同じな。今回は30人が参加するってよ」
「百夜、それって大変なの?」
「ああ。毎回必ず数人は脱落者が出る。諦めちまうパターンだけどな、自分は宇宙飛行士に向いてない、って」
「お兄様なら、大丈夫そうですね」
そんな家族との時間も、あと10日ほどで一時おさらば。
ハードでドイヒーな日々が、これから始まる。
いよいよ始まる訓練。
厳しそうな訓練教官は最初に宣言した。アスキャンの訓練内容はムダが多い。よって彼は本来2年かかる訓練内容を1年半以内に終わらせる、と。
やる気はものすごく感じられる。が、つまりは通常の1.3倍はキツイ内容になる、ということだ。
そんな1.3倍訓練の最初の課題は、千空を殺しにかかるレベルの内容であった。
簡単に言えば、6日間で70キロの荒野を歩き切る、というもの。
・重さ約12キロの荷物を背負い、40度超えの熱射の下、ひたすら歩く。
・6人組5チームに分かれ、毎日リーダーを替える
・リーダーはタイムテーブル、道順、歩行距離、食事など一日の行動の全てを決める
・全班には指導員として2名の先輩宇宙飛行士が同行する
ルールはこの程度だ。
千空はEチーム。メンバーはJAXAの5人にインド人女性候補生を加えた6人である。
いざスタート。
他のチームは、やはり外国の血があるためか体格に優れたメンバーが揃い、Eチームの移動速度は5チーム内で最悪であった。
女性2人というハンデもあるが、それ以上に千空が足を引っ張った。
「ゼーゼー」
一切しゃべらない。しゃべる余裕が無い。
「石神くん、無理しないでいいからね」
「ジュニア、根性見せろよ」
リーダー・ケンジが千空のペースを気遣いながら進むこと、14時01分。昼食休憩と指導員合流のポイントに到着する。
そこで指導員から告げられたのは圧倒的最下位の事実。
さらに遅れた罰として腕立て伏せ33回を命じられた。
当然、体力残量わずかの千空は一発で成功させられるはずもなく、何度か土と接吻を交わすこととなった。
まだ全行程の5%にも満たないうちからこの仕打ち。
再出発後、リーダーのケンジは歩行スピードを上げていた。順位が気になるのもあるが、日が暮れる前に次のポイントにたどり着かなければならない。そこに夕食用の食糧があるからだ。
このサバイバル訓練には大きな意味がある。
宇宙から帰還した際にソユーズやオリオンが着地地点を大きくずれてしまい遭難した際に対応できるようにするためだ。
「あったよー、こっちこっち」
日が暮れ始めた頃、ようやくポイントにたどり着いた千空たち。草むらに隠された食料を発見したのは、こと食べ物に関して鋭い嗅覚とカンを持つ伊東せりかであった。
今日はここでキャンプとなる。
ケンジの指示のもと、テントを張り、薪を集め、食事を準備する。
ようやく一息つくことができた。6人の足は棒のように感じられていた。いや、千空に至ってはそれ以前というか、何というか。
「おいお前ら、順位が出たぞ。お前らEチームは歩行距離11.2キロぽっち。最下位だ」
指導員の叱咤が走る。他のチームは食料を手に入れてからさらに前に進んでいたのだ。
「ペナルティだ。リーダー以外の1人だけに罰を受けてもらう。ジャスト1時間『気を付け』の姿勢でつっ立ってろ」
最下位の罰。この最下位の原因は誰が見ても明らか。
「ククク、俺っつうことだr」「俺がやるよ」
戦犯千空が罰を受けようとした時、六太が挙手をして割って入った。
「心配ないって。石神君に負担を負わせないよ。フッ」
なかなかに男らしい姿であるが、その魂胆は『どうせ罰が回ってくるなら、まだ体力のあるうちにやっておこう』というものであった。
それからもEチームは最下位ロードを爆走。
3日目は千空がリーダーを務めてはいたが、こうも単純な体力勝負では得意の思考力の活きる機会はゼロ。
4日目に一時、4位に浮上することができたが、結局は最終日には最下位に戻っていた。
『情けねぇ。ここまでミジンコが足を引っ張って、あからさまじゃねぇか、おい』
千空は歯噛みしていた。この最下位の原因は自分にあるのだと。
仮に千空の体力面が人並み以上だったとして、結果が変わっていたかは誰にも分からないが、この6日間で千空が役に立った場面は1つも無かったのは紛れもない事実だ。
ゴール後、休む暇も無くジャンプスーツに着替えさせられ、次の課題の担当指導官、技術者と引き合わせられる。
次の課題は『カムバックコンペティション‘26』への参加。
キャンセットを打ち上げ、パラシュートで着地させ、ローバーを起動させ、フラッグを目指し距離とタイムを競う。
その打ち上げの方法は、ロケットだ。