合同訓練第2の課題は、2週間後のカムバックコンペティションへの参加である。
配布されたロケットを打ち上げ、パラシュートを展開させ、着陸したローバーでゴールを目指す。
各チームは順位に応じて、その製作指導の技術員を選ぶことができ、製作費用も高順位ほど多く与えられる。
となれば最下位の千空たちの境遇は最悪のものしか残らない。
資金面はまだしも、担当技術者が最悪であった。
「おめでとう、ある意味おめでとう。全5班の中で君らが一番自由だぜ。自由気ままにやってくれ。俺のスイッチは今オフなんでな。口も出さねぇし手も出すつもりはねぇよ」
サポート役のピコという飲んだくれ技術者が、まったくサポートする気が無いときた。
彼の言い分としては、このコンペのためにNASA候補生以外の参加者は半年以上前から準備をしている。そこに初心者が2週間で勝てるワケがなくテンションが上がらない、というのだ。
「とりあえず訓練手順書のルールをよく読んで考えよう」
ケンジがリーダーとなり、手探りで解決策を探り出す6人。
主に作るモノは空中でロケットから放出され自動制御で目的地に向かう『キャンサット』。ローバー+パラシュートである。
設計図は、去年の大会に参加した人がネットにあげていたため対応可能。
自動制御のプログラミングは、Eチームメンバーのインド人女性が小学校の頃から経験していたため担当。
ローバーは自動車設計の仕事をしていた六太がメインで担当することに。
残るケンジ・せりか・新田がパラシュートを担当したりサポートに回ることに。
「ん? 石神くんは手伝ってくれないのかい?」
ケンジがそれぞれの役割を明確にしていく中、千空だけはローバーにも自動制御にもパラシュートにも携わらないと宣言していた。
「俺が担当するのは、ロケットだ」
「ロケット? ちゃんとした物が支給されるから手を加えなくてもいいんだよ」
「手を加えんな、とは書かれてねぇ。アホほどスゲェ改造を施してやるぜ」
自信満々な千空であったが、ピコを含めたメンバーの視線は少し冷ややかであった。
「作ったことがあるってのか?」
「ああ。第1号は中1ん時な」
「ペットボトルとは勝手が違うんだけどな」
「あ゛? 工作の授業じゃねぇよ。自作の本物だ。たしかにそん時ゃギリでカーマンラインにゃ届かなかったが・・・」
千空の言葉に誰もが耳を疑った。唯一、ケンジだけは3次審査の時に話では聞いていたが、自作に至っていたとは夢にも思っていなかった。
カーマンラインといえば高度100km。宇宙空間との境目の概念。とてもではないがペットボトルロケットで届くような次元ではない。
「嘘つけ。そんな事、絶対に不可能だ」
そう言ってピコは声を荒げた。ピコ自身、15歳の頃に同じように仲間と共にロケットを自作したことがあった。故に千空の話が全く信じられないのだ。
「不可能? 技術者様の御意見じゃねぇだろ。姿勢制御と誘導のプログラムさえありゃ・・・・(云々)・・・・2段エンジン構造次第で、高校生の小遣いレベルのブツと燃料費でいけんだろ」
半分ほど単語レベルで理解できない候補生一同。
全てを理解できたピコだが、彼が思っていた以上に千空の知は深く正しいものであった。
とどめに、千空が取り出したスマホには、彼を模したぬいぐるみが地球をバックに低重力空間を漂っている写真が映し出されていた。ファイルの保存日時も、たしかにそれを裏付けている。
「まさか・・・本当に?」
「ロケットも斜めに飛ばしゃミサイルっつうのは強引だが、実は多少のノウハウは習ってある。多少イジって2段階エンジンにガソリンでもぶち込んで、2週間もあれば、目標はゴールの誤差200m程度へご案内だ」
千空の自信満々の宣言に、5人は思わず歓喜の声を上げていた。
「なるほどそれは頼もしいね」
「これって、ひょっとすると1位とか狙えるんじゃないですか?」
「いや、ローバーにパラシュート。ロケットも試したわけじゃねぇ。問題山積みだろ」
浮足立つEチーム。だが、まだ現状は絵に描いた餅。何1つ現物にたどり着いてはいないのだ。
実際に手を出すと、意外にも全てが高難度。
パラシュートは絡まって上手く開かない。
ローバーは障害物に当たると一切前に進まない。
そしてロケットは強風に左右され、キャンサットを射出ポイントが安定しなかった。
さらに言えば、会場周囲の上空はこの時期、強い風が吹くことで有名であった。
「まぁ、当日の強風は現地でデータを取るしかねぇ。前のチームの飛ばしたロケットの軌道を見てその場で修正する話だ。発射順を決めるくじ引きさえ1番目を引き当てちまわなきゃ大丈夫だ」
千空のぶっつけ本番計算への自信がどこから来るのか5人には理解できなかった。
とはいえ、他の2つに関しては初心者では手を出せない問題。千空にとっても専門外の領域。
そこに良案を出したのは、六太であった。
「ローバーはプログラムをいじるだけで回避できねーかな? 5秒以上進まなかったら少しバックするって命令を加えて、角度を軽くずらしてまた走り出す」
「タイヤの直径を大きくすればスピードも出るし障害を越えやすい。だけどシャトルの構造で限界もある。拡張型のタイヤにしたいけど、重量が気になる。なら、タイヤをスポンジで作ろう」
技術者の考え方ができる六太のアイディアは、どれもが最適な方法であった。
その活気に引っ張られ、飲んだくれピコも重い腰を上げる。
「パラシュートの『パ』ぐらいは教えてやってもいいかな」
ピコの指導員としての実力は本物であった。
パラシュートのたたみ方もそうだが、その考え方からしっかりしている。
帰還ロケットにも使われるパラシュートを意識して、仲間の命を預かっていると考えろ、ということだ。夫や恋人に無事に帰ってきてほしいと願う。その気持ちで作業をしろ、と。
そういうこともあり、女性メンバーのせりかがパラシュートの担当となった。
「隣の男の命を預かったつもりでやってみろ」
と指示され、彼女は六太に目を向ける。
「あ・・お・・・お願いします」
頬を赤らめ、胸をどきどきさせる六太。だが不安をぬぐえないせりかは「落ちたら・・・ごめんなさい」と声小さく答えた。
それからEチームの作業は順調そのものであった。
ロケットは無風であれば目標50mの地点に射出できるようになり、パラシュートもほぼ完璧に開き、ローバーも無事に走行するように。
この過程の中でEチームは宇宙飛行士の仕事ではないが、飛行士にとって大切なものを経験していた。
期日までに日程を決め、経費を予算内に収め、プログラミングをし、ロケットを打ち上げ、ローバーを無事に着地させ、目的地に誘導する。この一連の流れはまんまNASAの仕事。
地形や天候を熟知し、その環境に適したローバーを作り出す。パラシュートをたたみ、確実に開くようセッティングする。これは技術者たちの仕事。
そう、千空たちが体験しているのは、宇宙開発の縮小版。宇宙飛行士を無事に送るため、支える側の人たちがやってきた仕事なのだ。
当日。想定外は尽きないものだ。
滅多に降らないこの砂漠地帯でまさかの局地雨。地面が濡れて水たまりができていたのだ。
Eチームのローバーのタイヤはスポンジ。このままでは泥水を吸ってすぐに動かなくなってしまうのだ。
このピンチに、6人中一番くじ運の良さそうなインド人女性、前チーム観察用の千空以外の4人が手分けして代案を探し求めた。
そして見つけたのはシリコンボンド。ゴムのようなコーティングができる代物であった。
全て解決。
あとは本番が上手くいけば・・・
「今さらだけど、コイツに名前つけときゃよかったな」
発射前のローバーを見ながら、六太はふとつぶやいた。
「何がいいかな?」「ピコさんと僕たちE班のローバー」
せりかとケンジが口に出す中、六太はボソッと「ピエコ(PIECO)」とつぶやく。
「ピエコ・・・女だったのかこいつ」
こうして、ピエコは打ち上げられ、ゴールに向かって疾走した。
落下ポイントはゴールから150mの地点。そこから一気に駆け抜けて無事にゴール到着。
コンペ全参加者の中でゴール到着は2チームだけ。優勝は日本の社会人チームであった。
千空たちの敗因としてはローバーの性能。疾走と呼べるレベルに達していなかったことで、2秒のタイム差で敗北していた。
が、この成果で千空たちは、アスキャンにおいて一気に1位に浮上したのだった。
(ちなみに1位の社会人チームは、3次審査で六太、せりか、新田と同じA班にいた福田という人が務める『スイングバイ』という会社であった)
こうして、千空たちの約1か月の泊りがけ訓練はひとまず終了した。
ようやく家路につくことができ、玄関を開けると、千空とは正反対に元気溢れる足音が聞こえてくる。
「あにうえ~」
「おかえりなさ~い」
が、最愛の妹たちの到着を待たずして、千空の『疲労感なんざ無視が合理的』スイッチが限界を迎え、バタンと泡を吹いて倒れたのだった。