ついに念願の宇宙飛行士、アストロノートになった千空。
「おめでとう! 千空ッ!」
「おめでとう千空くん!」
ヒューストンまで飛んできた大樹と杠を、千空が空港で出迎える。
「っつうかどのみち取材やらでJAXAに戻る予定だっつって教えたよな? 再来週にゃ日本に行くんだ」
そう悪態をつきつつも、千空の顔はニヤリと笑い嬉しさを隠しきれずにいた。
「いやぁ、だがすぐにでも祝いたくてな」
「居ても立っても居られなくて来ちゃった」
ニヤけ顔が止まらない千空。親友2人の前だからできる顔だ。
「ったく、どいつもこいつもおありがてぇ。祝電で十分なんだがなぁ暇人ども」
「へっ?」
千空の言葉の意味に引っ掛かる杠。雑な頭の大樹は一切、そのことには気付かなかった。
「やあ、遅かったじゃないか」
「つ、司ぁ!?」
石神家に招かれた大樹と杠の目の前には、玄関先で瑠璃と琥珀を両肩に乗せて立つ獅子王司の姿があった。
「な、アホほどツッコミどころあんだろこの光景」
「ああ。司! その抱っこの仕方は危ないから止めるんだ!」
大樹の叫びに、高い所を全く怖がる様子の無い姉妹の姿を指さした千空が「そこじゃねぇよ!」とツッコミを入れる。
それを見て笑いながら、司は2人をゆっくりと下ろした。
「あの、司くんってたしかもうすぐ防衛戦があるんじゃなかったっけ?」
「うん。今夜だよ。だからあと少ししたら行かなきゃならない」
爽やかに言ってのける司であるが、総合格闘技世界王者の座を守る戦いの数時間前にウォームアップもせずに何をしているんだか、と杠は苦笑いしかできなかった。
「せっかく広末高校のメンツが揃ってんのに忙しねぇ話だな」
「司おじちゃん、もう行っちゃうの?」
まだ25歳なのだが、上目遣いの琥珀に言われてしまっては訂正できないと、司は彼女の頭を優しく撫でた。
「ああ。今度来る時はお土産に金のトロフィーを持ってきてあげるよ」
「やったぁ!」
司が手でトロフィーのシルエットを作ると、瑠璃と琥珀は手を握り合って喜んだ。
「おお、なんだそんなに嬉しいのか。女の子って、トロフィーとかが好きなんだな」
「なのかな? 私はそうじゃなかったかも」
大樹の天然発言に、杠は姉妹の様子に何か引っ掛かった感じを残して呟く。
「金だよ、金」
「溶かして金の糸にすれば、スターリング冷凍庫の材料になるわね」
目を輝かせる琥珀と瑠璃の口から出てきた初耳の単語に、目を丸くする3人。
「ポンプ2本でシュポシュポやって、金の糸をブチ込んだとこ通して空気を行ったり来たりさせりゃ熱が移動して、冷凍庫になんだろ? あれだよ」
さも当然のように説明してのける千空だが、3人の目は丸から元に戻らなかった。
「だがな瑠璃、琥珀。純金じゃなきゃ意味ねぇぞ。残念だがトロフィーは鍍金だ」
「うん。トロフィー溶かす前提をどうにかしようか」
というつかの間の休息を経て、ついに千空の宇宙飛行士としての日々が始まる。
宇宙飛行士千空の仕事、その1。基礎訓練。
宇宙飛行士全般に必須のステータスは体力。これに尽きる。
よって、候補生だったころと何ら変わらない体力訓練がこれからも引き続き続くのだ。
さすがに千空もこう毎日鍛えていれば体も慣れてくるもの。
相変わらずの体力最下位ではあるが、ぶっ倒れることは無くなっていた。
仕事その2。NASAの各部署に配属され、そこで研修。
宇宙飛行士たちの普段の仕事は様々な分野での研究・開発・雑務などの普通の会社のような業務だ。
実際に宇宙に行く任務にアサイン(任命)されれば、任務のための訓練だけにはなるが、その指示が届くまでは仕事をして待つしかない。
期限はない。数か月なのか数年なのか。いつアサインが来るのかは誰にも分からないのだ。
多くの宇宙飛行士にとって辛い時間でもある。
が、千空の場合は科学部署に配属されていた。
「ようこそ、千空石神」
白衣を着た職員たちに出迎えられ、千空は研究室へと足を踏み入れた。
「キミの噂はかねがね。歴代の候補生の中でもトップの成績だそうじゃないか。座学の」
「体力は歴代ワースト1だけど」
「それでもただの科学者の我々よりはマシだろう」
そう笑って盛り上がる研究所の職員たち。雰囲気としては明るく楽しい職場といった様子だ。
だが、部屋の奥でこの明るい雰囲気と交わるつもりの無さそうな、鋭い眼光の男が座っていた。
男はおもむろに立ち上がると、カツカツと千空の元へ歩み寄った。全くの新人に自ら接触するタイプではない男の普段の様子を知る職員たちは首をかしげる。
「やぁ、待っていたよ。Dr千空」
「待たせたな、Drゼノ」
ゼノが手を差し伸べると、千空はニヤリと笑って握手に応じた。
「さっそくだが、僕を宇宙に連れて行ってほしい。それがキミの配属先をここにした理由さ」
職員たちは頭にクエスチョンマークを並べた。
さっそくというか、さっそく過ぎるというか、意味が分からない。
だが千空は「なるほど」と言って理解してみせた。
「いやいや、何がどういうこと!?」
「分からないかい? Dr千空には僕になってもらうのさ」
「脳みそ切り開いて交換するってよ」
ケロッと言ってのけるゼノと千空のトンデモ発言に、職員たちは「マッドサイエンティスト!?」と叫んだ。
「まぁ冗談はさておき。僕は宇宙飛行士じゃないから、宇宙で実験ができないんだよ。いつもみたく宇宙飛行士に代理で実験をやらせるのにも限界があるのが不満なんだ。そこで彼の登場さ。Dr千空には、僕と同じレベルの科学力を手に入れてもらう」
「Drゼノと・・・同じレベル!?」
ゼノの頭脳の化物っぷりを間近で見てきている職員たちは「無理無理」と手を横に振る。
「それよか問題があんだろ。俺が宇宙に行けるかどうかだ。下手すりゃDrゼノ、お前が死ぬまでアサインされねぇ可能性だってあんだぞ」
何様のつもりだ! と職員たちのツッコミが千空に向きそうになる。だが、その様子からしてゼノと同程度の科学の知識を身につけることを現実的に考えていることがうかがえた。
「キミはISSのバックアップクルーに選ばれる。極秘情報だけどね。それが確実だから言っているんだよ」
「ほぉ」
ゼノの口から飛び出したトンデモないトップシークレットの情報に、職員たちは卒倒しそうになる。
バックアップクルーとは“控え”の宇宙飛行士のことである。
ある任務に対して、アサインを受けた宇宙飛行士が任務に対して長期間訓練を行う際に、バックアップクルーは同時に全く同じ訓練を受ける。
万が一、本来の宇宙飛行士に何かしらの支障が生じ、任務に参加できなくなった場合に、バックアップクルーが代わりにその任務に就くのだ。
よほどのことが無ければ支障が生じることは無く、控えの出番が来ることは無い。
だが通常、そのバックアップクルーは、その次の任務の際に正式なメンバーとしてアサインを受けるのだ。
「まぁ、現時点でバックアップ4名枠のうち、正式に決まっているのは1人だけなんだが・・・この時点でキミも確定だろう」
「ククク。あの親父、今頃サプライズで発表する気マンマンだぜ」
その光景を想像して笑うゼノと千空。
そう。ISSのバックアップクルーに、百夜が選ばれているのだ。
「順調に行けば2年後に親子で同じ任務に就きISSに行く。これはNASA史上初の快挙。宣伝効果抜群のイベント。ゲイツが食いつく話だろ?」
「ゲイツ?」
「NASAのマネージャーさ。言ってしまえば宇宙開発の全ての決定権を持つ男。合理主義の塊。Dr千空、キミも宇宙飛行士なら覚えておけ。ゲイツを敵に回すな」
このゼノの話を、千空は半ば本気には受け止めていなかった。
こうして、千空の宇宙飛行士としての進路は、ISSのクルーを目指す方向に舵を切ることとなった。
なお余談ではあるが、千空と同じJAXAメンバーの1人、南波六太もまたISSのバックアップクルーの声がかかっていた。
しかし、彼は月面活動を志望していたこともありこの話を断り、代わりに同期でISSへの熱意を持ち(ついでに意中の相手でもある)伊東せりかを推薦していたのだ。
その後、伊東せりかと石神千空が共にISSに向かうことを知った六太は、非常に複雑な想いに悩みまくったという。