「みんな、聞いてくれ。今日は重大なお知らせがある。何かわかるか?」
石神家の夕食の席で、百夜がスプーンをマイク代わりにして演説を始める。
「なぁに? 父上」
「ひょっとしてお父様!」
「百夜に次のアサインが出たの?」
「ああそうさ。俺はISSに行く。コマンダーとしてな。すげぇだろ!」
コマンダーとは船長のことである。経験と統率力を評価されたパイロット宇宙飛行士だけに任せられる名誉中の名誉だ。
「まぁ、まだバックアップの段階だから、行けるのは先のミッションになるんだが・・・しか~も。しかもだ。それだけじゃない」
百夜のもったいぶった言い方に、千空の悪戯心がうずく。が、ここは家族で盛り上がる展開に持って行ったほうが得策と、静かに百夜の発表に耳を傾けることにした。
「しかも? 何ですかお父様?」
「???」
「ひょっとして。まさかだけど・・・」
「ああ。室長から聞いて、俺の口から伝えてやりたいと頼んできた。千空、お前も一緒だ。ISSのバックアップクルーに、お前も選ばれたんだよ!」
割れんばかりの喝采が石神家から溢れた。
「あああああ!! 兄上も、兄上も!」「お兄様!」「千空ッ!」
姉妹と義母が抱き着く中、千空はいつもの表情で座っていた。
「これほどの衝撃発表にもクールを貫くとは、さすがは千空」
と感動する百夜であったが、実は上司から半分ネタバレしていたとは夢にも思っていなかった。
JAXA5人衆のうち。千空、せりかのISS行きが決まり、他の3人もうかうかしていられない状況。
月ミッションを希望する六太は、自身の熱意を室長に伝えるため行動を起こしていた。
バーティカルクライムロール。ジェット機で垂直に、ロケットの打ち上げのように飛行する高等技術。宇宙飛行士には不要な技術ではあるが、彼の決意の現れとして、六太はこの技を室長に見せようとしていた。
そのついでに、ではあるが。六太はもう1つ挑戦していた。
それは難易度としてはバーティカル以下ではあるが、インパクトは時としてバーティカル以上の大技。
ジェット機の飛行機雲でハートの形を作るのだ。一流の飛行士が意中の相手をイチコロにする技。
「ぁんだ? その意味不明なメールは」
せりかと共にISSに向けた訓練に取り組んでいた千空は、彼女が六太から貰ったというメールを見て首をかしげていた。
「うん。そうなんだけど、何なんだろうね?」
恋愛経験に乏しい千空とせりかは、六太の意図を察することができなかった。
結論から言おう。六太は欲張りすぎた。運が悪かった。
彼はエーリントン飛行場に、室長とせりかの2人に時間差で、覚悟と告白の2つの飛行機雲を見せようとしていたのだ。
室長には「18時30分に上空を見上げてください」と。
せりかには「18時33分に空を見て」とメールしていた。
誤算の1つは、せりかの乗るバスが少々遅れてしまっていたこと。
2つめの誤算は、バーティカルを目撃した室長が、その場に留まってしばらく空を見上げてしまっていたこと。
よって・・・
「うわあ~スゴイ! 南波さん。でも、何だろあれ? よくわかんないけど、すごいアクロバットだね」
せりかのバスの位置から、ハートマークは斜め横から見えていた。ハートではなく、カニのハサミのような形に。
「バルタン星人だ!」
せりかはそう結論付けてしまっていた。
その場に居合わせた千空は一応、立体的にその正体を把握することはできたが、下手に恋愛脳に触れるべきではないと沈黙を決めた。
そして・・・室長は空を見上げ赤面していた。
「これは・・・ど、どーいうことだねミスタームッタ」
空に浮かぶガッツリのハートマーク。
「・・・まさかこれだったのか? 私に見せたいものって・・・それは、マズイでしょ」
その後、室長はしばらく六太を避けていたという。
そんなこんなもありつつ、六太・ケンジ・新田は月ミッションのNEEMO訓練に参加していた頃。
千空は訓練と業務、科学研究室の往復の日々を送っていた。
というのが本当に忙しい。
ロボットアームや実験装置の操作方法などの訓練で7日間。その足で雪上サバイバル訓練のためロシアに7日間というのはザワな話。
稀に日本に帰国してもそれは業務の時間。5日間の滞在で取材や会議に参加して、仲間と会う暇も確保できない。
「大丈夫かい? Dr千空。見るからにくたばる寸前のようだが」
「ククク。おありがてぇ言葉だが、とりま何とか大丈夫だ」
科学室の椅子にグッタリと座り込む千空。ゼノから砂糖たっぷりのコーヒーを貰いグイッと飲み干した。
「っつうか、本当に俺がISSに乗れんのかっつう不安はあるな。バックアップクルーが次のアサインっつうのは慣例だけの話で。俺の選抜理由は親子の話題性だけだろ?」
「そこは心配しなくていい。他に話題にできそうなモノが無いからね」
ゼノの言葉に引っ掛かる千空。
話題性で言えば、兄弟宇宙飛行士の日々人と六太がいるからだ。キャラクター性で言えば、この2人の方がテレビ映り的にも栄えるはず。
「キミは聞いていないだろうが。今、日々人を取り巻く状況が悪いんだ」
「状況が悪い? 兄弟で宇宙に行けねぇっつうのか?」
日々人は初の月面探査の際に遭遇した事故によってパニック障害になってしまっていた。
死の恐怖を思い出してしまい、宇宙服のような閉鎖環境でパニックを引き起こすため、宇宙飛行士としては再起不能と上層部から判断されていたのだ。
「なるほどな。兄弟の方がダメなら、親子の方は確実に話題にもっていきたい、っつう魂胆か」
「そういうことだ。キミは偶像的なものは気に食わないかもしれないが、宇宙飛行士になって5年も10年も話を貰えない者もいる中、これだけ早く話が来たんだから感謝するべきだろう」
「ああ。俺自身、初の親子宇宙飛行士なんつう肩書にゃあ1ミリも興味ねぇが。手早く行けるっつうなら、ありがたく頂戴するぜ」
「合理的だな。利用できるものは利用するべきだと、僕も思うよ。かく言う僕もキミを利用させてもらっているからね」
ゼノの魂胆としては千空を利用してのISSの“再生”があった。
かつてISSは貴重な無重力下での科学実験の場であった。
しかし今では老朽化に伴い維持費が負担となり、今では医学分野の研究施設として辛うじて存在意義を残すだけ。いつ廃止になってもおかしくない施設であった。
そこでゼノは千空をISSに送り、“普通の”宇宙飛行士では再現できない高度な科学実験を代わりに行わせ、ISSでの科学実験の意義をNASAにアピールするつもりでいるのだ。
そして千空は、その意図を十分に理解していた。理解した上で、ゼノの科学力を吸収するために協力していた。いわば互いを利用し合うWINWINの関係性。それが今の千空とゼノであった。
という殺伐とした関係性ばかりがNASAではない。
フレンドリーもまた必要な人間関係である。
この日、石神家に4人の宇宙飛行士が集まっていた。
百夜がコマンダーを務める(予定)のチームメンバー、せりかとダグ。そして千空である。
「それでは我々の今後ますますの発展を祈念いたしまして、乾杯!」
百夜の音頭に、4人と3人が手にしたコップを高く上げて「乾杯」と叫んだ。
「そりゃ一本締めの挨拶だろが」
千空の言葉に思わずせりかも頷いた。
「それにしても百夜ってば羨ましいわね。美女を“5人”もはべらせちゃってぇ」
少し猿顔の素敵なおじさまダグ・ホワイトが、百夜の肩を小突いた。
人数の計算が狂った人のために説明しよう。そう、彼の心は乙女である。
「そうなんだよ。俺の自慢の妻と娘たち。3か月も離れて美女2人と宇宙で過ごすっつうのは色々と辛いもんがあるんだよ。なっ、千空」
瑠璃と琥珀を抱きしめながらバカのように嘆く百夜に、千空の呆れた視線が向かう。
「お前は色々と自覚しろ百夜。ISSに日本人が3人も同時に乗り込むのは初なんだぜ」
「そうよ。私だけちょっとアウェイなんだから」
「ダグさん。私たち、足を引っ張らないように頑張ります!」
「えいえいおー」と拳を突き上げるせりか。それを真似て瑠璃も琥珀も拳を突き上げた。
「にしても、ほんとカワイイ娘たちね。リリアンちゃんに似て」
「ふふ。でも百夜に似てるところもあるのよ」
リリアンはそう言って瑠璃と琥珀の顔を百夜と見比べる。が、勢いで言ってしまっただけで、似ているパーツがあるかどうかは1ミリも考えたこともなかった。そしてやはり似ていなかった。
「えっとぉ・・・そう、千空のことが大好きっていうとこが似てるわ!」
「苦しすぎんだろ」
千空の的確なツッコミに苦笑いするリリアン。だが、娘2人が千空ラブなのは事実であり。
「兄上!」「お兄様!」と抱っこを求めて2人仲良く千空の腕の中に入っていった。
「仲のいい姉妹なんですね。ケンカとかするんですか?」
「う~ん、ほとんどしないわね。強いて言えば、どっちが千空のお嫁さんになるか? ってケンカしたくらいかな」
「「可愛い!」」
ダグとせりかが声を合わせると、千空は頭を掻きながら「何年前の話だ」とつぶやいた。
「その時は瑠璃が勝って、3分だけ結婚式したのよね。でも今じゃ恥ずかしがっちゃって。琥珀は、今でも将来は千空のお嫁さんになるのが夢なのよね~」
リリアンが琥珀に頬ずりすると、琥珀は満面の笑みを浮かべる。
「ん? そういやぁ一応できるぞ」
「えっ?」
百夜の言葉に目を丸くするせりか。
「血の繋がりはねぇからな」
「そういえば噂で聞いたことあるような。百夜と千空ちゃんって実の親子じゃないって」
ダグはそう呟くと、2人の顔を見て「マズイこと言っちゃった!?」とハッとなって口に手を当てた。
「いいや気にすんな。んなこと関係ねぇよ」
「そうさ。血の繋がりなんて関係ない・・・親子だからな、俺たちは」
互いを信頼しあう実の親子以上の関係をもつ百夜と千空の姿に、せりかは感動すら覚えた。
「でも、その割に娘との結婚はOKしちゃうんですね」
「まぁ、それはそれ。これはこれだからな」
ケロッと大前提を笑ってひっくり返す百夜に、6人は(娘2人だけ意味も分からずに)笑いあった。
しかし、この血縁関係の有無が後に一悶着を起こすことを、この時はまだ誰も気づいてはいなかった。