ついに念願の宇宙へ。
ISSへ到達した宇宙飛行士・石神千空。
石神百夜、七海龍水、伊東せりか、ダグ・ホワイトの5人で過ごすそこでの日々は、夢と希望と忍耐とが入り混じったものであった。
・日課その1.筋力トレーニング。
無重力空間で3か月も滞在するのだから、地上で自然に得られる重力に抵抗する筋運動が無く、当然と筋力は落ちていくばかりだ。
何の対策もしなければ、地上に降りた瞬間にミジンコほども動けなくなってしまう。
そのためISSには筋力トレーニング専用のエリアが存在する。
ランニングマシン、サイクリングマシン、ダンベル上げ風の筋トレマシン等などを、計2時間。
これを毎日だ。
・日課その2.実験(易)
宇宙飛行士の大事な仕事、それは一般の人たちに宇宙を伝えるプロモーション活動だ。
カメラ越しに世界中の人たちに伝えるメッセージ。宇宙はこんなに不思議で楽しいぞ、と。
「っつうかんじで、宇宙食は大昔は流動食のクソマズイもんばっかだったが、今じゃ飛び散らなきゃ何でもOKだ。ちょっとの刺激で水分全部バラけっから、こうやって粘性マックスでいきゃあラーメンがイケる。食いたきゃJAXA関連の通販で買いな」
千空のチャンネル『SENKU‘s LABO』はズバズバとした物言いで人気の番組であった。
・日課その3.各種メンテナンス
老朽化したISSにおいて、メンテナンスは必須業務であった。
ISS修理担当は龍水。船外活動は百夜がサポートにつく。
この日のために寝る間を惜しんで修理マニュアルを読み漁り、ロボットアームを熟達した龍水を、NASAは正式に採用したいくらいだと評価していた。
一方で千空は、ISSに到着してから“ある物”をイジりまくっていた。(物というべきか者というべきか・・・)
「おっ? 千空、完成したのか?」
「ああ。百夜、お前が10年前にISSに持ち込んだ無重力駆動ロボット・レイ。その2号だ。その名も・・・」
「そう俺がヤベーほどデキる支援AIロボット、クロム様だ!」
球体の鉄の塊が胸を張って名乗った。
それは宇宙飛行士をバックアップする目的で作られたAIロボット。
管制との連絡やスケジュール管理、地上のニュースの読み上げを担当するサポートの専門機である。(なお、月面基地にも似たような機体が存在する)
千空はそこに手を加え、子供向け科学教室用の教材になるように改造していた。
「なあ千空、そりゃ何だ?」「どういう仕組みだ?」
と、このようにISS内の実験に付き添い宇宙飛行士たちに子供のように遠慮なく質問を投げかけ、その答えをまとめる機能を備えている。
(ちなみにクロムの人格と名前は瑠璃のお気に入りのアニメのキャラクターから採用している)
・日課その4.実験(難)
これが千空の主な目的である。無重力環境を活かした科学実験・医学実験を、これでもかと実験しまくる。
各種薬品・薬液と細胞との科学反応。専門知識が無ければ頭がパンクするような濃厚なトライ&エラーも、千空にとってはテレビゲーム以上の快感刺激であった。
せりかは特にALSの治療薬の実験に大忙しであった。
地上で待つシャロン博士だけでなく、世界中のALS患者の希望となるため。幼くして亡くした父のため。彼女は奮闘していた。
千空もまた、ゼノから言いつけられていた実験をクロムの協力の元で速攻で終わらせ、彼女の手伝いをしていた。
だが、実験は思っていた以上にうまくいかず、狙った反応が確認できない日々が続く。
そんな中、せりかを中心に波乱が訪れようとしていた。
それはある日のJAXAからの一報から始まった。
『伊東せりか裏取引疑惑』
日本のネットで、せりかが製薬会社から個人献金を受けたという話題で大炎上していた。
証拠写真も上がっているが、それは以前、彼女が大学の先輩からALS研究データを受け取った際のもの。
それが裏金の取引の証拠写真として批判の的になってしまっていたのだ。
もちろん、全くの事実無根である。
それは規定を無視して彼女と個人契約をしようとしていた製薬会社が腹いせにネットに流した“でっちあげ”の内容から始まったものであった。
だが、世間の声は悪意を拾い集めどんどんと膨れ上がっていき、今では収拾がつかない状態にまで広がってしまっていた。
『処分がないなんておかしい』
『今すぐ研究を止めろ』
『宇宙飛行士のイメージが悪くなった』
『日本の恥』
罵詈雑言。書いた本人たちに怒りと呼べるほどの怒りは無い。悪意のない悪意がネットに溢れていた。
そんなニュースをせりかに見せないようにと、JAXAは動いてくれていたが、どうしても気になってしまった彼女は、見なくていいものを見てしまった。
「中止って、何ですか! ネットが荒れてることが原因ですか!? それだけのことで、この大事な実験をやめろって言うんですか!?」
せりかに通告されたのは、ALS実験の中止命令。
文科省からの通達であった。
無視して実験を強行した場合、今後の宇宙飛行士生命全てが断たれる可能性もある、と。
道は、残されていなかった。
せりかが休憩している間、残る4人は密かに相談しあった。
「なるほど。今は耐えて何年待たされるか分からないが次のチャンスに賭けろということか。実に合理的だ」
龍水は感心しながらも、この不条理に歯噛みした。
「無視すりゃいいだろ。カメラ隠して結果だけ報告すんだよ。そのほうが合理的だ」
「いや駄目だ千空。それでは成功しても発表ができない。せりかちゃんの将来が終わってしまう」
百夜の指摘に、千空は「分かってる」と言いながら、打開策の無い状況に苦悩し首を横に振った。
「っつうか俺らの今回の成果すら、下手すりゃ悪評で評価ダダ下がりになるわな」
「今、ワタシたちにできるのは、せりかちゃんを休ませてあげることだけね」
千空たちにできることは、せめて彼女の気が紛れるようALS実験以外にやることを用意することだけ。
だが解決策は見つからず、苛立ちがストレス値を高め、ISSに陰鬱な雰囲気が流れ始める。
何をしていてもALSの実験が頭をよぎる。
休んでも、休む前よりストレスが溜まっていく。
そんな中、龍水が指をパチンと鳴らした。
「千空。この状況を打破する方法だが、貴様は何か忘れていないか?」
「あ゛? 俺らに打てる手の話だろ? 今こうして、俺がアホみたく研究しまくって他の研究を全部潰す。そうすりゃALS実験以外何もやる事なくなって、帰還までの時間に“仕方がねぇから”ALSの実験やるしかねぇな、っつう言い分ができる。だろ?」
そう言って千空はAIロボット・クロムにロボットアームを装着し、強引に実験の手伝いをさせていた。
一般向け教材計画ガン無視のプランである。
「それはそれで正解かもしれないが・・・」
と龍水は苦笑いするが、すぐに真顔に戻って話をつづけた。
「いや、そもそも俺たちにはいるだろ? 頼れる仲間が。当たるぜ、船乗りのカンは。“奴ら”はすでに行動を始めている、確実にな!」