伊東せりか闇献金疑惑に端を発したISSの暗雲。
宇宙にいるせりかや千空たちに手を出せる話ではない。
そんな中、せりかの元に月面基地にいる南波六太から応援メッセージが届いていた。
せりかのことを知らない人が好き勝手に色々言っているが、言うだけだったら誰でもできる。だけど、せりかの代わりは誰にもできない、と。
彼女のか細い心に、このエールは大いに励ましになった。
依頼された他の実験を凄まじい集中力で次々に終わらせていく。
残すところはALSの実験だけ。
それを彼女は強行実施しようとしていたのだ。
この先、誰が何を言おうと。何を言ってくれなくても。この唯一のチャンスに賭けてみるために。
一方、日本では相変わらず、せりか批判一色であった。
「ご覧ください。伊東飛行士の様子を。今回の騒動に我関せずといった様子なのです」
ニュース番組で、せりかに関する特集が紹介されていた。
「収賄疑惑が未だ不透明なままの伊東飛行士ですが、『ALSタンパク実験を中止する』という声明が文科省のHPに掲載されました」
「恥ずかしいと、思わないんでしょうか? ALS患者の皆さんが、こんな汚い金で研究されると知ったら何と思うでしょうね」
NASAのサイトから確認できるISSの内部映像をモニターに流し、彼女の様子をキャスターたちが好き勝手にコメントしていく。
そんな中、ゲストの1人が静かに手を上げマイクを手に取った。
メディアへの露出を嫌う彼であったが、この問題に特に関心を持ち、自ら番組に出演希望を出してきた。
それは、霊長類最強の男、総合格闘技不動のチャンピオン、獅子王司である。
「獅子王さん。10年来、ファイトマネーの大半を難病治療や患者家族支援に寄付されてきた貴方の御意見は? この伊東飛行士の汚いお金が難病研究に使われている問題に関しては、獅子王さんの今までの功績に対しても無礼だと私は思うのですが」
「うん。俺としては興味深い話だね。まず言わせてもらうと、疑惑なんだよね? これってまだ」
司がギロリと睨むと、キャスターは「えっと・・・そうですね。疑惑がもし本当だったらで、御意見を頂きたくて・・・」と焦りながら訂正した。
「僕は当事者じゃないから患者さんの気持ちを代弁できるとは思えないけど、正直に言えば“関係ない”かな」
司の言葉に他の出演者たちは「えっ?」とつぶやく。
「何処から出たお金であろうと、今苦しんでいる人たちを救うための研究には変わりないんだよね? だから俺としては、成功して欲しいという気持ちはあるけれど、中止してほしいという気持ちは微塵も無いんだ。難病に苦しんでいる人たちも、そりゃ気持ち良く病気を治したいのかもしれないけど、俺としてはどんな手段でもいいから救われるべきだと思うんだ」
司の正論に静まりかえるスタジオ。「ですが・・・」と反論しようとするキャスターもいたが、当事者意識に欠けた自らの発言を思い返し、言葉が続かない。
「じゃあさ~俺からもコメントいいかな~? 司ちゃん」
司に続いたのは、その正面の席に座るゲストであった。
数年前に一世を風靡したメンタリストであるが、最近はメディア露出も減り『懐かしのあの人』といったイメージが強い。
飄々とした雰囲気で常に周囲に媚びながら、決して敵を作らないタイプだった男。
浅霧ゲンである。
そんな男がこの司の正論に何を言って返すのか、皆の注目が集まった。
「いや~俺ってあんま興味ないのよ。そもそもこの伊東ちゃんが何してるとか」
それは期待外れの発言であった。
キャスターからも『何、映りたいだけ?』と冷たい視線が向けられる。
「俺としてはね~。このスキャンダルの出所とかが気になっちゃってるのよ~。これだけ連日騒がれてる話題だから、どこの週刊誌がスクープしたのかなぁ? って」
ゲンの発言に、ADたちが動く。
ニュースの情報源について即興で調べ、カンペに出してみせた。
「えっと、一般の方からのネット投稿から始まったみたいですね。特定の週刊誌がスクープしたとかではなく」
キャスターがたどたどしく答えると、ゲンは間髪入れずに口を挟んだ。
「ええ? それってちょっとおかしくない? こんなに大きなスキャンダルだよ~。売るところに売ればゴイスーな情報料もらえちゃうかもしれないのに?」
「そう・・・ですね。でも、もしかしたらここまでの話題になるとは思わなかったんじゃないですか?」
キャスターが絞り出すように出した反論に、ゲンは再び間髪いれず口を出す。
「でもさー、そんな素人ちゃんだったら、どうして取引してる人のこと分かっちゃったんだろうね? 伊東ちゃんは分かるよ。有名人だし。でも製薬会社の人のこと、知ってるってどういうこと?」
「それは・・・同じ会社か・・・別の製薬会社の人だったから・・・とか?」
「同じ会社は無いよね~。だってこの話題で大変になっちゃってるじゃん。メリットがゼロでしょ。なら、他の会社の人かな~、ライバル会社とか。それって、“相手が困っちゃう”って想像できちゃうんじゃない? どうよ?」
「えっとぉ・・・それは・・・」
「まぁ、こんな程度のこと誰だってすぐに気付くから今さらだけどね~。あれ~? そうじゃないのかな~?」
そう言ってドヤ顔を全国ネットに晒したゲンの顔を最後に、番組はCMへと入っていった。
この日から、日本の論調は少しずつ変化していった。
司に賛同し、ALS実験中止は行き過ぎた処分だと指摘する声が3割ほど。
せりかへの批判は1割ほどに減少。
そして、ゲンの発言が炎上しまくって、彼に反発する声が5割ほどに膨れ上がっていた。
『最近見ないと思ったら。話題作りでもしたいのかコイツは』
『獅子王司の正論に乗じて、調子に乗った推理で出しゃばるな』
『無関心なのはアウト。ALS患者に謝れ』
『結局、お前の意見は無いのか。蝙蝠野郎』
『上から目線で不愉快。全国民に謝れ』
せりかへの風当たりがほとんどそのままゲンに向かい、次なる“贄”として日本中の暇人の標的になったのだ。
「いや~、俺ってば今やジーマーで悪者だね~」
「大丈夫だ。俺たちはお前が悪い奴じゃないと知っている!」
居酒屋街の1軒の飲み屋でコーラを片手にヘラヘラと笑うゲン。
それに付き合うのはワインをゴクゴクと飲む大樹であった。
「しかし、俺はネットというものをやったことは無いが、そんなに千空たちが嫌われていたのか」
「いやいや。嫌われ者になっちゃってたのは千空ちゃんと一緒に行ってる伊東ちゃんって子ね。千空ちゃんなんかは気にしないタイプかもしれないけど、このままじゃISSのお仕事そのものが印象最悪になっちゃうでしょ」
「そういうものなのか・・・。それで今はゲンが嫌われ者になっていないか?」
「まぁね。結局さ、世間の皆って悪者が欲しいのよ。自分以外のね」
そう、ここまではゲンの狙い通りであった。
世間を挑発し、妬みや怒り、ストレスの発散先を自分に向け、ISSへの話題を逸らす。それが彼の魂胆であった。
「にしても、日本人ってお馬鹿さんが多いよね~。いや~分かるでしょ。誰が得して誰が損するとか、ちょ~っと考えればさぁ」
これ見よがしに大声で笑うゲン。騒がしい居酒屋で、その声が嫌に響き渡る。
「おい、テメェ浅霧ゲンだな。随分調子に乗ってんじゃねぇのか? 芸能人だか何だか知らねぇが、俺らみたいな馬鹿を見下してんじゃねぇよ」
その時、ゲンの存在に気付いた酔っ払いが、いかにもイライラしながら絡んできた。
「あらら~?」
酔っ払いはゲンの胸ぐらを掴み、強引に立ち上がらせた。
「調子に乗ってんだろ。な?」
「あ~。手を出した方が負けって、普通は言うよ~。大丈夫? ちょっと考えればわかるよね~」
ジトッとした目で睨み返すゲンを、酔っ払いは苛立ち露わに店の入り口に向かって突き飛ばした。
椅子を蹴散らして道路に転がってしまうゲン。
「止めろ! 人を殴ることは良くないことだ!」
「何だテメェはよぉ!」
大樹が酔っ払いの前に割って入るが、酔っ払いは構わずに大樹にまで掴みかかった。
一切反撃に出ず「良くないことだ!」の一点張りの大樹に、更に苛立つ酔っ払い。
「馬鹿にしてんだろ? そうだろ? ぁあ!?」
防御する大樹の腕に殴りかかり、遂には腹に向けて足蹴まで飛び出す。
周囲の人々もこの騒動に気付くが、関わり合いになりたくないと見て見ぬふりで通り過ぎていく。
「大樹ちゃん・・・逃げたほうがいいよ。こういう輩って、何するかわかんないから」
倒れたまま冷たい視線を送るゲンの言葉に、酔っ払いの怒りは更に逆撫でされる。
そして、パイプ椅子を振り回し始めた。
このままでは大樹やゲン以外の誰かに当たって怪我をしてしまうかもしれない。
「ちょっと、これをお借りしますよ」
その時、居合わせた通行人の1人が店の宣伝旗を掲げたポールを引き抜いて酔っ払いに近づいていった。
「ぁあん!? テメェ何d・・・」
瞬間。酔っ払いが手にしていたパイプ椅子は、ポールに弾かれて床に叩きつけられていた。
その衝撃でコンクリートに弾かれ飛ぶ椅子を、通行人に付き添っていた女性が軽やかに華麗にキャッチする。
「凡夫は怒りのコントロールもままならない。全然ダメじゃないですか」
酔っ払いは呆気にとられ、酔いが一気に冷めてしまった。
ポールの先を鼻先に突き付けられると尻尾を巻いて逃げ出した。
残されたポール使いはゲンに歩み寄って手を貸す。
「いや~助かっちゃったよ。ありがとね」
「浅霧ゲンくん・・ですね? テレビ拝見しましたよ。いや、貴方は実にちゃんとしてる。僕も貴方と同意見です。それに今の貴方の挑発も、すごくちゃんとしてる。脳の溶けた凡人の発想とは大違いです」
「あらら? バレちゃった?」
「ええ。応援していますよ」
そう言い残し、ポール使いの男は付き添いの女性と共に去っていった。
「だ、大丈夫だったかゲン?」
男の勢いに圧倒され、話しかけるタイミングを見失っていた大樹は、ゲンの元に駆け付けた。
「そうね~。大丈夫だけど、“大丈夫じゃないってこと”にしようかな~って思ってるとこ」
そう言うとゲンはスマホを取り出し119を押した。
次の日のニュースは大きく手のひらを返していた。
『伊東飛行士裏金疑惑の真犯人説提唱の浅霧ゲン。暴漢に襲われ負傷』
『日本人に不寛容さが蔓延していないか?』
『贈賄疑惑そのものにも猜疑的な意見が噴出』
人間、怪我をした側を自然と被害者として捉えるもの。
被害者というネームバリューは強烈であり、同情から擁護の声が一気に増えるものだ。
そんな被害者ゲンの発言にも、支持する声が広がっていき、『投稿者の追跡調査をするべき』という声が上がり始めた。
この投稿が【真】であれば、ゲンの努力は無に帰していただろう。
だが、ゲンは千空の仲間を信じていた。この件がでっちあげであると、最初から賭けていた。
でっちあげ犯は自ら名乗り出ることができない。
つまり、この仕掛けに何者も名乗り出て来ない以上、ゲンの勝利なのだ。
とはいえ、ゲンの態度が気に食わないという意見は相変わらずであり、結局は痛みわけなのかもしれないが・・・
「ということで、伊東ちゃんの疑惑のお話だったのを、推理合戦にすり替えてみちゃったわけなのよ。ちなみに大樹ちゃんがボディガードしてくれるって分かってたから、俺も体張って頑張れたんだけどね」」
大袈裟な特大絆創膏を顔に貼って入院するゲンの元に、大樹が見舞いに来ていた。
「まぁ、こうやって一躍時の人になったわけだから、あとは俺のプチブレイクにでも繋がってくれればジーマーの完全勝利なんだけどね~」
「う~ん、難しい話は俺には分からんが、とにかくこれで千空たちへの悪口が減るということなのか?」
「まぁ千空ちゃんはそういうのに無関心だろうけど、隣にいる子が泣いてちゃ実験もやりにくいだろうね」
そう言ってゲンは、この暴行事件の記事をいち早く報道・・・というより、事前予告してタレコミをしていたからこそ速報で出してくれた知り合いの記者・北東西に「ありがと」のメールを送った。
こうして、依然としてせりかへの否定意見がゼロになっていないとはいえ、世間の主な声は『疑惑』から『冤罪説』に移っていった。
ALS実験中止の命令もまた一転して許可されることとなり、ISSのせりかたちの元に雑音が届くことは無くなったのだ。