寄生型宇宙生物ヤドリの手から逃れる中、禁断の星に漂着してしまったドラえもんたち。
「そういえば、千空は腹を空かせていないだろうか?」
普通に御馳走レベルの保存食スパゲッティを啜りながら、コハクはふと千空を心配した。
ヤドリに寄生され操られている千空は今、客車の中に縛り付けて放置されている。
「そのあたりどうなのドラちゃん?」
「体は人間ですから、お腹は減ると思いますよ」
「ご飯を持って行ってあげたいんだよ」
スイカが口にしている途中のハンバーガーから手を離し、不安そうに未開封の非常食を指さす。
それをコハクが優しく受け取り、スイカにハンバーガーを握らせた。
「それではスイカ、食べてから一緒に千空のところに行こうではないか」
「でもそれって危険じゃないのかなぁ?」
ヤドリの出方が分からないと、のび太が危惧する。
「問題あるまい。単独行動では危ないのなら、様子見の斥候を用意すればいいのだ」
そう言ったコハクから離れようとするゲンを、コハクはしっかりと捕まえてニコリと笑った。
「千空ちゃ~ん。いやヤドリちゃんかな? おひさ~」
客車に戻ったゲン、コハク、スイカ。
ゲンは腰に紐を結び付けられながら、恐る恐る客室に入っていった。
客室の中は墜落の衝撃で天井と床が逆転し、部屋の中が散乱していた。
そんな中、千空は机に縛り付けられたまま、グッタリとしている。
「千空ちゃん大丈夫? 起きてるかな~?」
千空の体をチョンチョンと触りながら安全を確認していくゲン。
すると、千空の体がバッと起き上がり、ゲンに向かってニヤニヤとした不敵な笑みを向けた。
「へっ? せんく・・・」
その時、千空の額から何かが発せられた。そう、ゲンが認識した時には既に遅し。
「どうかしたのかゲン?」
「千空、お怪我でもしてるの?」
心配するコハクとスイカの目の前で、ゲンはスクッと立ち上がる。
「ガハハハハハ! 油断したな。体は簡単に乗り換えられるのだ!」
高笑いするゲン。ヤドリに寄生された千空の笑い方に、コハクは一瞬いつもの彼の悪ふざけではないかと疑ったが、ただちに状況を察した。
「よもや、ゲンも操られたのか!?」
「その通り。“非力な”女ども、覚悟しろ」
指をワキワキと蠢かせ、コハクとスイカに迫るヤドリゲン。
男と女であれば力の差は歴然。それが千空から得た生命体としての“人間の平均”の情報。
スコーン
その気持ち良く入ったムーンサルトキックは、ゲンの顎を起点に月弧を描くように体を回転させ、ヤドリの意識と体を脳震盪的に分離したのだという。
「ん゛あぁ・・・」
「気が付いたか千空。いや、千空なのか?」
頭を抱え起き上がった千空を警戒し、半歩下がった位置から声をかけるコハク。
千空はそんなコハクや周囲の状況を見回し、人差し指を立てて数秒推理してから口を開いた。
「いや、やっぱ意味不明だわ。コハク、スイカ。状況は?」
「いつもの千空なんだよ!」
ヤドリの演技とは思えない千空らしい様子に、スイカは涙ながらに駆け寄った。
「私たちもよく分からんが千空、キミは今まで寄生生物とやらに操られておったのだぞ?」
「ゲンがおかしくなっちゃったんだよ。コハクちゃんが蹴って気絶させたんだよ」
スイカが指さした先でノビて倒れているゲンを確認するや、千空は頭を掻いた。
「あ゛~、なるほっどっ。なら話は早ぇ。ゲンを風呂場に運ぶぞ」
千空の指示に迷いなく従うことを決めたコハクは、すぐさま気絶したままのゲンを抱え、客車の風呂場へと走った。
「チッ、湯船が逆さになってやがる。仕方ねぇ、スイカ。そこの石鹸やら入浴剤やら、ありったけゲンにぶっかけろ」
千空の指示に、スイカは「わかったんだよ」と洗い場に置かれた容器をゲンに投げつけた。
千空が「コイツを外してからだ」とキャップの外し方を教え、コハクがシャワーヘッドを構えた。
「俺の予想じゃ、こいつをぶっかけりゃ」
ソープまみれのゲンにシャワーが注がれ、その体がたちまち泡まみれになる。
「ブハァッ! うわっうわ、ジーマーで何? 何? 」
正気に戻ったゲンが、水の冷たさに驚き飛び上がる。
「ゲンが正気に戻ったんだよ!」
「千空、キミはこうなると分かっていたのか?」
コハクの問いに千空が「ああ」と当然のように答えると、その様子を見たゲンが「千空ちゃん! 戻ったの!?」と歓声を上げた。
「今朝・・・じゃねぇようだが、コハクの風呂を覗いたUFOあったろ? あん中に小さなエイリアンが入ってたんだが、多分ソイツがヤドリだ」
風呂から出たゲンの服を乾かしている間、4人は逆さの脱衣所でこれまでの状況を整理し、千空が推理を語りはじめた。
「泡に包まれて動かねぇし、光やら熱にも反応がねぇからな。22世紀の風呂の泡で死ぬんだっつことは予想できた。一応、テメェらが遊びに行ってから職員に確認しに行ったんだが、そっから記憶がねぇ」
「なるほどねぇ。そこで寄生されちゃった感じだね。でもまぁ、触手っぽいのが脳に入ったりして寄生したんじゃなくて、超能力っぽく触れないで憑りつくパターンみたいなのが、グロくなくてジーマーよかったね~」
ゲンが冷汗だらだらで胸をなでおろすと、千空も「後遺症が無いのはおありがてぇ話だ」と苦笑いした。
「でもよかったんだよ。これで科学王国のみんなが揃ったんだよ!」
スイカがもろ手を挙げて喜ぶと、千空は「クロムは小便か?」とつぶやいた。
「「・・・・・・・そういえば」」
一方その頃、クロムの姿は炭鉱内にあった。
暗闇の中、ヘッドライトと地図モニターの光が炭鉱内とクロムの顔を照らしている。
自分の足元も見えない闇の世界。舗装されていない岩の道。長年放置され落盤だらけの極狭空間。
常人であれば恐怖と不安で押し潰されそうになる洞窟世界を、探検のプロのクロムは鼻歌混じりで歩んでいた。
「ヤベーな22世紀。電球も明るすぎ。洞窟なのに歩きやすすぎ。地図も分かりやすすぎ。選べる道も多すぎ。至れり尽くせりすぎんだろ」
クロムの足取りは軽かった。
58世紀の洞窟探検の経験の中で、トップクラスに楽な探検であった『鉱山探索』よりも遥かに楽。
それどころか、自らの功績で発見した鉱山から鉄鉱石を発掘した際の経験が活きた。
禁断の星は元々、メズラシウムという鉱石を発掘するために掘りつくされた星。
掘ったもの運搬するには、どう掘り進めて、どこに運搬のためのトロッコ(機関車)を配置すれば効率が良いかを、クロムは経験から推理できた。
ヒョイヒョイと難所を突破し、落盤で潰れた道を迂回していく。
「おお! 見つけたぜ機関車! これでこの星から脱出できるぞ!」
クロムの歓喜がターミナルエリアに響き渡った。
気持ち良く反響する声の中、立派な(古ぼけた)機関車の車体がクロムの目には輝いて見えた。
その時
「おーい助けてくれぇ」「誰かいるのね!?」
どこからともなく子供の声が聞こえてきた。
「おう! こっちだこっち」とクロムが呼ぶと、エリアに続く入り口から2人の子供が飛び込んできた。
それはランドに来てすぐと西部の星でクロムたちを昔者と馬鹿にしてきた22世紀の子供であった。
「あっ! アンタは20世紀の?」
「いや、たしか58世紀だ。それよりお前らこんなところで何してんだ?」
2人はクロムに事情を語った。2人自身もよく分からないのだが、友達に宇宙で放置され、漂流していたところを宇宙船に衝突し、気が付いたらこの星の穴の中に落ちてしまったのだという。
通常であれば宇宙空間での漂流、超重量物との衝突、大気圏突破、クレーター発生レベルの落下。これらを経験し無傷で生還した2人に驚くところであるが・・・
「そうか大変だったんだな」と、クロムは1ミリも気づかなかった。
その後、クロムは自身の目的が2人の救助ではなく、機関車の発見と星からの脱出だと説明した。
「でもさ。この機関車で宇宙に出るって、出口も無いのにどうやるんだ?」
迷子の男の子の質問に女の子も頷く。
「そこは、超ヤベェほどデキる科学使いのクロム様よ。こいつを使うのさ」
そう言ってクロムが取り出したのは、忍者の星で彼が獲得した仮免許皆伝の忍術書。
口に咥えて呪文を唱えれば、『壁抜けの術』が使える代物だ。
「これで鉱山だろうが何だろうが、通り抜けて地上まで脱出できるんだぜ!」
そう言って巻物を口に咥え、機関車の操縦室に乗り込むクロム。
だが・・・
「これ、どうやって動かすんだ?」
そこにあるのは22世紀の操縦席。当然、科学王国で0から必死に作り上げた車やモーターボートの操縦方法とは次元が違う。根本的に運用理念の違う操縦メカニズムがそこにはあった。
「いやこんなもん、玩具みたいなもんだろ」
そこに男の子がキョトンとした顔で割り込んできた。
パチポチと操縦席のボタンを操作すると、瞬く間に機関車が煙を上げ、警笛を鳴らしながら動き始めた。
「スゲェじゃねぇか! こんなデカイやつを動かせんのかお前!」
「あ、ああ。こんなのゲームより簡単だぜ」
こうして、廃鉱の奥深くに眠っていた機関車が地上へと姿を現す。
機関車の警笛の音に気付いたボームたち、ドラえもんたち、千空たちが炭鉱の元に集まった。
「うわぁ!」「こ、これは機関車!?」「すごいです! これで助かります!」
歓声に出迎えられ、地上の日の下に現れ出でたるクロムたち。
その中にはコハクやスイカ、ゲンと。千空の姿があった。
「千空! お前、元に戻ったんだな!」
「ああ。でもって、やるじゃねぇかクロム」
「お、おうよ! 俺らの科学を原始的だっつったヤドリ野郎どもに、科学王国の底力を見せてやる時だ。そうだろ、千空!」
拳を高くつき上げるクロムに、千空はニヤリと笑って答えた。
これでこそ千空。そしてクロムなのだと、安心感を持ってコハク、ゲン、スイカも拳を握る。
「ああ。こっからが速攻、反撃逃亡の開始だ」
応うよ! と意気込む4人。であったが千空の撤退宣言にズルッとずっこけた。
「それはそうだよ。だってボクらそもそもヤドリから逃げて警備隊に救援を求めなきゃいけないんだから」
ドラえもんのもっともな正答に、ボームや車掌ロボも頷く。
「では早速、こちらの機関車に客車を接続して、この星を脱出しましょう!」
車掌ロボが主導し、客車の連結作業が始まる。
だが、そこで千空は車掌ロボにある質問をした。
「こっちのミステリーツアー用の機関車は動かねぇのか?」
「ええ。ヤドリに燃料を抜き取られていましたので」
そう車掌ロボが答えると、千空はニヤリと笑った。
「じゃあ燃料を分けりゃ、両方とも動かせるっつうことだな? 片方を囮に使えんだろ」
千空の作戦にクロムやのび太が「それだ!」と飛びつく。
「たしかに古い機関車の燃料を少なくすればスピードは落ちますが、そのほうが囮になりますね。それなら私が運転しますよ」
「そんな! 車掌さんを犠牲にして僕らだけ逃げるなんて・・・」
反対するのび太に、クロムやスイカも「可哀想なんだよ」と同調する。
が、「いや、ロボはロボだろ」と、機械は機械と割り切って考える千空、コハク、ボームはむしろ賛成した。
「っつうか最悪のパターンは警備隊にたどり着けずに銀河もろとも全滅だろ。この作戦なら上手くいきゃ二手とも生還コースがありうる。最悪でも、“俺らだけヤドリに追いつかれ”て、車掌の機関車が警備隊にたどり着いて銀河全体救われる」
この千空の提案に、クロムたちは渋々ながら賛成した。
こうしてツアー用の列車はエネルギーを十分に充填し、千空たちを乗せ警備隊の星へと向かって飛び立った。
遅れて車掌は古い機関車に1人で乗り込み、ヤドリたちが追ってくるであろうルートに掠るように少し迂回したルートで同じ星を目指した。
だが、ゲンだけは嫌な予感がしていた。
科学王国で何度か経験した、運試しに限って千空は悪いパターンばかりに遭遇する傾向。
千空の運の引きが、ドイヒーなことが多いという事を。