樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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変革

でかでかと主張する入道雲。

無限に広がっている青の色。

八月に入ってしばらくしたある日、安芸は頼人のいる病室を訪ねていた。

あれから彼はまだ、目を覚ましていない。

昏睡状態に陥ったままだ。

医者によると、精霊を宿した際の脳の負荷が原因だという。

医者にはもう目を覚まさないかもしれないとすら言われていた。

 

「結局、ほとんどあなたの思い通りに事が運んだわね…………」

 

安芸が眠る頼人の髪を撫で、独り言ちる。

 

あれから、大赦は大きく揺れ動いた。

バーテックス三体による襲来、そしてその顛末。

それによる衝撃は大赦全土を巻き込んだ。

特に、頼人が用意していた仕掛けによる影響は大きかった。

赤嶺の当主が勇者輩出家を中心に改革のための説得を開始したのである。

頼人が用意していた材料は、まさしく劇薬だった。

赤嶺がこれまでに収集した内偵情報や、頼人がまとめた大赦の問題点とその改善案などが記された資料、さらには改革の大義名分となる過去の秘匿情報。

 

反応は劇的であった。

乃木家を中心に、大赦の組織構造を抜本的に改革しようとする派閥が急速に拡大した。

いわば、大赦を本来のバーテックス対策を中心にする組織に、つまり勇者の支援を中心にする組織へと先祖返りさせようという動きであった。

勿論、その動きに反対する勢力も出現する。

 

老人を中心とした現状維持を望む者たちの連合派閥。

今まで大赦内で権勢を誇っていた彼らの拒絶反応は凄まじいものであった。

反抗や妨害工作を繰り返し目論見、改革派の台頭を何とか防ごうとした。

しかし、大赦内で最大級の発言力を持つ乃木を中心に鷲尾や赤嶺、三ノ輪など力のある家が多く集まった改革派に対して、反対派の発言力は低く、また赤嶺の内偵により反対派に所属する者の弱点は筒抜けとなっていた。

反対派は完全に準備の差で負けており、徐々に駆逐されていった。

四国全土を対象とした勇者の新規増員案もすぐに可決され、改革も順調に進むかと思われた。

 

しかし、一つだけ誤算もあった。

反対派の一部の人間が、大赦関係者内の勇者適正値の高い少女たちを、改革派に先んじて取り込もうとしたのだ。

改革派に勇者輩出家が集中していたことから、反対派でも勇者を擁立することで権力の保持を狙ったのだ。

この動きは、事前に赤嶺の手の者が察知して阻止できたものの、改革派に大きな衝撃を与えた。

権力のために勇者すら利用しようとする反対派の人間は、勇者の親である者の逆鱗に触れたのだ。

結果として反対派の排除はより苛烈なものとなったが、同時に問題も生まれた。

勇者の新規増員に向けた動きに大幅な遅れが発生したのだ。

 

大赦内の権力闘争が沈静化しない限り、勇者の新規選定は反対派に利用されかねない。

もしそうなった場合、反対派が息を吹き返し、権力闘争は長期化することになる。

さらに、勇者候補に危害が及ぶ可能性を考慮すると、改革派はどうしても不安因子を先に取り除いておく必要がある。そして、四国全土の調査の場合、どれだけ注意しようと必ずどこかに反対派が介入できる隙が生まれてしまう。

可能な限り適正調査を急がせてはいるが、その動きはどうしても慎重なものにならざるを得なかった。

 

結果、この問題への対応策として、一つの案が進められることとなる。

大赦関係者内の勇者候補から一名だけを選抜し、四国全土の調査結果を待たずに先んじて勇者とする。

大赦内ならば、現状でも改革派の手のもので勇者候補者は保護できるからだ。

既に選抜は始まっており、その責任者として安芸が選ばれていた。

 

このように非常に大きいトラブルはあったものの、勇者への大幅な情報開示が行われたり、頼人の研究データを参考に基に戦術研究部が新たに設立されるなど、変革は着実に始まっていた。

多少の誤算はあったものの、凡そ頼人の望んだとおりの展開となっている。

 

 

 

「……まったく、こうも見事だと怒る気持ちもなくなっちゃうわね」

 

今ならばわかる。

あの遠足の日、あの時点で頼人の準備は完了していたのだ。

だからこそ、あそこまで落ち着いていられたのだろう。

あの日のことを思うと、安芸はどうしようもなくやるせない気持ちになった。

 

「あ、安芸先生。来てたんですね」

 

ふと、声をかけられる。

銀だ。

どうやら、花瓶の水を入れ替えていたらしい。

 

「ええ、最近忙しくて来られてなかったから」

 

「まったく、頼人も罪作りな奴ですよねー。こんだけ皆を待たせておいて、まだ眠りこけてるなんて」

 

「………そう、ね」

 

銀は明るく言っているモノの、その心中を察すると、どうしても辛くなる。

彼が意識を取り戻さないまま一か月近くが経過している。

その間、彼女は毎日欠かさず、頼人のもとを訪れているのだ。

ましてや、最後に頼人と話したのは彼女だという。

辛くないはずがないだろう。

 

「そういえば、乃木さんと鷲尾さんは?今日は一緒じゃないのかしら?」

 

安芸はふと気になり尋ねる。

彼女たちも銀と共にこの病室に通い詰めていたはずだ。

 

「ああ、須美と園子なら家の方で用事があるみたいで、アタシだけ先に来てるんです」

 

「そう………それじゃあ私はもう行くから、二人によろしくね」

 

「あれ、もういいですか?先生来たばっかりじゃ?」

 

「いいの、少し赤嶺くんの顔を見に来ただけだから。仕事も残ってるしね」

 

そう言って、安芸は病室を出ていった。

病室が静まり返る。

その静けさに耐えられなくなったのか、銀が頼人に話しかける。

 

「やっぱり、先生も大変そうだよなー。そんな先生の仕事を増やしてたなんて頼人の問題児っぷりには頭が下がるよ」

 

そう言って、頼人の頬をつつく。

そうして、銀は自分の手にマメができてることに気が付いた。鍛錬によるものだ。

いつもは頼人がケアしてくれていた手。

その手は以前よりも傷が目立つようになっていた。

 

「……早いとこ起きてくれよ寝坊助さん。アタシの手がカサカサになっちゃうだろ?そうなったらもう撫でてやらないぞ」

 

冗談めかして銀は言うが、その言葉に反して表情は暗くなっていく。

医者に刺激を与えて続けてやるのがいいと聞き、様々な方法を試した。

しかし、効果はなく、頼人は目覚めないままだ。

それでも、彼女は話しかけ続けた。

たとえ、返事はなくとも………

 

「金太郎さ、ハイハイしだすようになったんだ…。見るのが楽しみだって言ってただろ?鉄男だって、お前と遊べなくて寂しがってるんだ………。須美や園子も、学校の奴らだって待ってる。何より……アタシは頼人と…。だから……………よりとぉ……」

 

一滴の涙が頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

―――声が聞こえた。

 

 

何か、酷く懐かしい声。

言葉の内容は分からなくても聞いてるだけで安心してしまう。

 

ふと、気付く。

 

闇の中だ。

 

死後の世界?いや、前に死んだときにはこんなものは見ていない。

 

前に死んだ?

 

おかしいな、そんな人間いるはずもないのに。

 

何か…忘れている気がする。

 

この声は誰だっけ?

 

とても大切な人だった気がするのに。

 

思い出さないといけない。

 

確か……そう、女の子だった。

 

とても可愛くて、凄くかっこよくて、誰よりも優しい女の子だった。

 

そんな彼女に俺は救われたんだ。

 

……………銀。

 

…そうだ。彼女の名は三ノ輪銀だ。

 

俺の一番大切な女の子。

 

これは銀の声だ。

 

寂し気な泣き声。

 

銀のこんな声は初めて聞いた。

 

銀には泣き声よりも笑い声が似合ってるのに。

 

何とかして、彼女を笑わせてあげたい。

 

だけど、このままじゃどうにもできない。

 

なら、起きないと。

 

生きてるのか死んでるのかも分からない。

 

銀を守れるのなら死んでもいいと思った。

 

でも、声を聞いたら、未練ができてしまった。

 

銀の涙を拭ってやりたい。

 

もっとずっと、あいつの傍に居たい。

 

あいつを俺の手で幸せにしてやりたい。

 

何より、もし今中途半端に生きているのなら、彼女を不幸にしてしまう。

 

それだけは嫌だ。

 

やっぱり俺は、銀が不幸になるのだけは許せない。

 

なら、死んでいようと生き返るしかない。

 

どうやって?

 

銀ならこう言うだろう。

 

―――気合と根性だ。

 

起きろ

 

起きろ!

 

起きろ!!

 

瞼をこじ開けろ!!

 

体を起こせ!!

 

喉を震わせろ!!

 

俺がまだ生きてると世界に証明して見せろ!!

 

 

 

 

「…………ぃ…………ん………」

 

微かな…本当に微かな声が漏れ出る。

その直後、はっきりと声が聞こえた。

必死な声。

銀だ、銀の声だ。

早く、彼女の姿が見たい。

瞼にすべての意識を集中させる。

開け 開け 開け

―――瞼がゆっくりと持ち上がっていく。

途端、閃光が俺の眼を焼く。

この眼は随分光を捉えていなかったらしい。

白い世界に包まれる。

やがて、光に包まれた世界が少女の姿を映し出した。

涙にぬれた銀の顔。

そっか、俺のために泣いてくれたのか。

左目は未だ白い世界から抜け出せていないが、それでも俺の右目ははっきりと彼女の姿を捉えていた。

 

「頼人…!!よりとぉ…ああ、よかった…よかったよぉ…」

 

銀が泣きながら俺を抱きしめてくれる。

ああ、温かい。

やっぱり、俺が欲しかったのはほかでもないこの温もりなんだ。

 

「………ぎ……ん…ぁ……りが…と…」

 

駄目だな、まだうまく言葉が出せない。

銀に伝えたいことがいっぱいあるのに、もどかしい。

 

「もう……もうどこにも行かないでくれ…!ずっと、傍に居てくれ…!!」

 

だけど………いっか。

焦らないで、今はただ、この温もりを感じていよう。

俺にはまだ時間があるのだから――――

 

 

 

しばらくすると、銀は落ち着きを取り戻してくれた。

同時に自分の状態もなんとなく分かった。

両手両足共に、感覚はあるがうまく動かせない。

自分としては四肢がつながってるだけでも儲けものだが…まともに動くようになるんだろうか?

少なくとも、今は駄目そうだけど。

とりあえず、声はまともに出せるようになってきた。

それにしても―――

 

「あの……銀?いったん放してくれない?少しだけでいいから」

 

「…………やだ」

 

銀が俺を抱きしめたまま、放してくれない。

こうしているのは俺も嬉しいんだけど、抱きしめられてからもうかなり時間が経ってる。

医者も呼ばなきゃダメだろうし、ちゃんと銀の顔も見たい。

 

「銀の顔を見たいんだよ。大丈夫、どこにも行かないから………ね?」

 

「…………………うん」

 

そう言うと、ようやく銀は俺から離れた。

そして、可愛らしい顔が俺の眼に入る。

だが、左目は相変わらず白い闇ばかりを映している。。

左目は駄目か……。まあ、でも聴力は生きてて、口も利ける。

死を覚悟した身だったんだ。

生きてる歓びに比べれば、些細なことだ。

そうだ。

本当に………俺は生きてるんだ。

銀とまた会えたんだ。

 

「頼人………?」

 

銀が不安そうにこちらを見つめる。

しまった。すこし、不安にさせてしまったか。

 

「ああ、ごめん。銀の顔に見惚れてた」

 

くさい台詞で誤魔化す。

どうやら俺も少し舞い上がってるみたいだ。

 

「………バカ。どれだけ心配したと思ってるんだ。このまま起きなかったらどうしようって……」

 

そう言って、また銀の瞳に涙が浮かぶ。

 

「ごめんごめん。もう大丈夫だから、泣かないで」

 

「………泣いてない」

 

そう言うと、銀はぷいと顔をそらしてしまった。

珍しく拗ねてる。

そんなとこも愛しく思える。

 

「………ありがとう、銀。声、聞こえたよ?そのおかげで戻ってこれた」

 

そう言うと、また銀に抱きしめられた。

 

「アタシの方こそ、ありがとな。これまでずっと守ってくれて。これからはアタシが頼人を守るから」

 

「何言ってるんだ?銀はずっと俺を守ってくれてたじゃないか。怖い思いまでして頑張ってくれてたじゃないか」

 

「……知ってるからさ。アタシたちのために頑張ってくれてたこと。感謝の一つくらい、素直に受け取ってくれ」

 

そっか、色々知られちゃったか。

そういわれてしまえば、どうしようもない。

とそこで、扉の開く音がした。

 

「やっほ~、ライ君。ミノさんいる~?」

「遅くなって、ごめんなさい。思ったより時間が―――」

 

いつかの合宿を思い出す展開だな。

 

「あ、須美!園子!頼人が、頼人が起きたぞ!」

 

銀が俺を放して、二人に呼びかける。

途端、駆け寄ってきた二人にまたもや抱きしめられた。

 

「頼人君!心配したんだから!本当に心配したんだから!!」

 

「ライ君、良かったよ~!本当に良かったよ~!!」

 

「須美も園子も、心配かけたね。ごめん」

 

須美と園子は泣いて喜んでくれている。

ああ、腕が動かないのが残念だ。

頭を撫でてあげたいのにできない。

まあ、この先の楽しみにとっておくか―――

 

 

それからいきなり騒がしくなった。

銀の叫びを聞きつけた医者がやってくるわ、俺が起きたと聞いて両親がやってくるわ、大騒ぎとなった。

騒ぎが収まったと思ったら、いろんな検査させられ大忙しになるし。

とてもゆっくり話せる状況じゃなくなった。

検査の結果、やっぱり俺の左目は失明していた。

どうやら左の視神経が駄目になったらしい。

一先ず、医療用の眼帯をつけることになった。

あとは、聴力も若干落ちていたが、これは日常生活ではあまり問題にならないそうだ。

顎の方は、俺が寝ている間に大方治ったらしい。

聞いたとこによると二週間ほど、俺の口はワイヤーで固定されていたそうだ。

顎の骨折治療は辛いと聞いてたからその間、眠ってて良かったかも。

あとは四肢についてだが、これから様子を見ていく必要があるとのことだ。

今は、骨へワイヤーを通して固定しているらしく、うまく動くようになるかは術後のリハビリ次第だという。

どのみち、以前のようには歩くのはむずかしいとのことだが……。

検査も多くしなければならないらしく、まだしばらく入院生活は続くようだ。

多少の苦労は覚悟しないとな。

 

 

――――と、思ってたんだが

 

「ほら、頼人。あーんしてあーん」

 

「頼人君、ぼた餅もあるわよ」

 

「ライ君のために~小説を書いてきたんだぜぃ。今度感想聞かせてねぇ~」

 

数日後……俺はもの凄く甘やかされていた。

 

本当は、入院している間に大赦の改革に関する資料を作ったり、戦術の研究とかしておきたかったんだけど三人に禁止されてしまった。

曰く、入院してる間ぐらいは休めとのこと。

最近、忙しすぎたから少し落ち着かない。

おまけに須美から―――

 

「次に私たちに隠れて危ない事したら、監禁するわよ」

 

との非常に怖い脅しを受けてしまった。

冗談だと思いたいが目がマジだった。

銀と園子に助けを求めるも―――

 

「まあ、それくらい言わないと頼人はまた何かやらかしそうだし」

 

「ライ君、そろそろ年貢の納め時だよ~?」

 

などと完全に須美の側に回ってる。

恐ろしいことに、秋隆にもすでに話が回っていて、俺がこっそり秋隆に仕事を頼もうとするとやんわり断られてしまう。

この子たちの手腕怖すぎなんだけど。

そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼女たちは楽しそうに俺の世話を焼いてる。

このままじゃ堕落一直線だ。

 

「三人とも、気持ちは嬉しいんだけどそんなに過保護にしなくても………」

 

「両手ともほとんど使えないのに何言ってんだ?ほら、おとなしく甘えてな」

 

「そうよ、頼人君。それに放っておいたらまた無茶なことするでしょう?」

 

「ライ君もこんな時ぐらい、頼ってくれていいんだよ~?」

 

「だけど、そういうわけには……」

 

「いいからおとなしくしてなさい。でないとほんとにお灸よ?」

 

そう言うと、須美はいつぞやのでかいお灸を取り出す。

何故ここにあるんだ…

 

「………まだ持ってたのか、そのでかいの」

 

「ええ、使いどころがなくって」

 

おいおい、院内は禁煙だぞー

 

「頼人―、これ以上須美を刺激しないほうがいいぞー?」

 

「そうだよライ君~。おとなしくしていたほうが身のためだよ~?」

 

刺激するなって、須美はテロリストか何かなのか……。

 

「そんな事より、わっしーのぼた餅美味しいよ~?はい、あーん」

 

「ちょっと、そのっち。勝手に取らないの!」

 

やっぱり園子はマイペースだなぁ。

少し安心してしまう。

お、このぼた餅うまいな。さすが須美だ。

 

「ありがと須美。このぼた餅、凄い美味しいよ」

 

「本当!?なら頑張った甲斐があったわ」

 

そう言って須美が微笑む。

いつぞやの俺が作った洋菓子の礼だとか言ってたけど、須美のぼた餅はあれのクオリティを超えてると思う。

 

「やれやれ、頼人もアタシたち三人に看病されてんだ。こんな贅沢なことないぞー?それとも、嫌なのか~?」

 

「そうじゃないけどさ……」

 

むしろ、甘えすぎてて不安なくらいだ。

 

「なら、決まりだな!」

 

うーん、快適すぎて少し怖いくらいだけど、ここまでされちゃ仕方ないか。

おとなしくすることにしよう。

甘えるのが癖にならなければいいけど…。

 

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