樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話 作:exemoon
雲一つない青空。
鳴り響く蝉の声。
「夏だねぇ……」
空を仰ぎ、独り言ちる。
この時期に車椅子で外に出ると、色々蒸れて仕方がない。
まぁ我慢するしかないんだけど…。
「では若、行きましょうか」
「ああ、頼むよ」
秋隆に車椅子を押してもらい、学校に似た施設に入る。
俺たちは、大赦のある施設に来ていた。
勇者選別のための訓練場のような施設だ。
俺はこの施設に一週間ほど滞在させてもらい、どの人物が最も増員される勇者に適しているか報告書を書く。
本来なら、俺の意見は参考にしてもらいたいくらいにしか考えていなかったのだが、どうやら現状の俺の発言力というものは自分の思っている以上に大きいらしく、勇者選別が最終局面に入っていることもあり、俺の報告書は選別を左右するほどの影響力を持ちかねないとのことだった。
随分と俺のことを買いかぶってくれているようだ。
名誉勇者なんて称号がいい例だろう。
俺が寝ている間に上から与えられたらしい。
まったく、名誉称号とはいえ、勇者の名など俺には荷が勝ちすぎる。それでも、今までの行いが評価された証だと考えればそう悪い気がしないのも事実だけど…。
正直複雑な気分だ。
見知らぬ大赦の職員さんからかしこまった態度を取られるのも中々居心地が悪い。
それでも、発言力が上がるのは悪くない。
退院を無理矢理早められたし、この計画をねじ込めたし。
利用できるものは利用しないと。
ここに来たのも勇者の選定だけが目的じゃないんだしな。
正面玄関をくぐると、施設の中はシンと静まりかえっていた。
おかげで秋隆の足音と車椅子の奏でる不協和音がよく響く。
夏休み中の校舎はこんな感じだったなと、どうでもいい事を思い出してると事務室につく。
職員に挨拶を済ませる。安芸先生は、直接候補生の訓練を見ているそうだ。
今の時間だと訓練場所は屋外らしいので、その間に施設の内部を確認しておくことにした。
「それでは、私がご案内いたしますね」
そう職員の女性が申し出る。
二十代後半の幸薄そうな顔をした女性。確か名前は真鍋さん。
この後帰ってしまう秋隆の代わりに、この施設にいる間の世話を見てくれることになっている。
「若、やはり自分も残ったほうが……」
「いや、秋隆には秋隆の仕事があるんだし戻ってくれ」
「しかし……」
「大丈夫ですよ、私たちが付いてますから。安心してください」
「心配してくれているのは分かるが……頼む秋隆」
「………分かりました。失礼します」
それだけ言うと、秋隆は足早に部屋を出ていった。
本当に秋隆には苦労と心配を掛ける。
「それでは、お願いします」
「ええ、お任せください」
座学用の教室、医務室、武道場、食堂等々自分の目で確かめ、施設の形を頭に入れていく。
二、三十人ほどしか候補生はいないというのに思ったより広いな。
やはり、見取り図を只見るのとは印象が違うものだ。
「赤嶺様。これで、凡そ見て回りましたが、他に何か気になるところはございますか?」
「いえ、十分です。それより、真鍋さん。その呼び方と敬語はやめて下さい。俺はそんなに敬意を払われるような人間じゃないですし、候補生にも疑われてしまうので」
「あら、そう…。分かった、赤嶺君。これでいいかな?」
「ええ、ありがとうございます」
便宜上、候補生たちの前では俺は座学の講師として振舞う。
今の自分の立場を隠すための措置だ。
多少は不審がられるだろうが、騙す対象が勇者候補生に絞られている点、そして一週間しか俺はいないということを踏まえれば真実は十分隠し通せる。
それに俺が担当するのはバーテックス戦の戦術だ。奴らに関することなら授業をこなす自信はある。
万一疑われても、大赦からフォローを入れてもらえるから問題ない。
まあどのみち、傍から見たら俺は車椅子の小学生なのだ。
これだけ話を盛っておけば、俺の目的が悟られるはずもない。
ちなみに弥勒さんにはすでにカバーストーリーを話している。
騙す形になるのは心苦しいが、必要なことだ。
「ところで赤嶺君、いきなり授業なんて大丈夫?」
「ええ、既に準備してありますので問題ありません。今までの研究を纏めるだけだったので楽なもんです。」
「ほとんど用意する時間もなかったって聞いてたのに、すごいね。流石は天才ってとこ?」
「おだてないでください。それより、授業の時間まではまだ時間があるはずです。用意していただいたという部屋に案内していただけませんか?少し、休みたいので」
そうして、俺は用意してもらった部屋に来たわけだが、広いうえにバリアフリーに対応していて中々良い。
訓練施設だから多少の不便は覚悟していたのだが、これなら一人でもなんとかやれそうだ。
見れば、荷物ももう用意してくれている。
「赤嶺君、本当に一人で大丈夫?不安だったら、ここにいる間、傍についてるけど?」
「お気遣いありがとうございます。だけど、大丈夫です。これでも結構、体は動きますので」
「そっか、それでも困ったことがあれば何でも言ってね、力になるから。それじゃあ、一時間くらいしたら迎えに来るね」
「はい、ありがとうございます」
彼女はそう言って、部屋から出ていった。
人との距離を詰めるのがうまい人だな。
さて、一人になったし、やることをやってしまおう。
「それじゃあ、気合入れていきますか」
教室の扉の前で深呼吸する。
廊下が静かな分、教室の中の安芸先生の言葉がよく聞こえる。
これから、バーテックスについての講義を行う講師を紹介すると言ってる。
今、この中にいる候補生たちは既に勇者の御役目の内容を知っており、バーテックスについてもある程度聞かされているのだ。
彼女らはなかなか優秀で勇者の選考にあぶれても別の計画に参加してもらいたいと思っている。
そのため、本来予定されていた訓練には存在しなかったバーテックス戦に関する講義をすることにしたのだ。
このタイミングなのはそのためだ。
それにしても、まさかこの年で教師のまねごとをする羽目になろうとは、思いもしなかった。
今世は前世の十倍アバンギャルドなことしてるよな……。
やがて、教室の中から入ってくるよう呼ばれる。
「真鍋さん、お願いします」
「がんばろうね、赤嶺君」
そう言葉を交わした後、真鍋さんに車椅子を押してもらい教室に入る。
「え、男の子?」「なんでここに?」「誰?」
途端、教室をざわめきが包んだ。
車椅子の少年が入ってきたんだ。当然の反応だろう。
「静かに」
安芸先生の声が響いた瞬間、教室のざわめきが収まる。
規律正しく結構なことだ。
「彼は若くして大赦内でバーテックス戦の戦術研究をしており、その道の第一人者ともいわれています。故に、彼が講師を務めるのが最適だと判断されました。自己紹介を」
安芸先生が話を盛りながら俺を紹介する。
背筋がむずがゆくなってしまうな。
「赤嶺頼人です。歳は12と皆さんと近いので、気軽に接してください。一週間と短い期間ですが、どうぞよろしくお願いします」
簡単に自己紹介を済ませると、教室に静寂が訪れる。
中々居心地が悪い。
「先生、質問があります」
とそこで、候補生の一人が沈黙を破り手を挙げた。
この空気の中で発言できるとは肝が据わってるな。
「どうぞ、楠さん」
「失礼ですが、いくら優れた研究者であっても優れた教師たり得るとは思えません。それに赤嶺さんはまだ12歳です。バーテックスについても教職にある方が講義を行うほうがよろしいのではないですか?」
うーん。まごうことなき正論。
まあ、普通に考えたらそうだよな。
とはいえ、ここで引き下がれるわけもなく―――
「問題ありません。あらゆる角度から考慮した結果、最も彼が講師にふさわしいと判断されました。まずは彼の講義を受け、もし不満があればその時に改めて述べなさい」
流石は安芸先生。一歩も引かずに受け流した。
少女が分かりましたと席に着く。
意外と素直だ。
「それでは、あとは任せるわ」
そう言って安芸先生は教室を後にする。
さてと、授業の始まりだな。
講義の内容は大きく三段階に分けてきた。
まず、バーテックスについてその種類、行動、目的などの詳しい情報を覚えてもらう。
次に、実際の戦闘記録を参考にしつつ大まかな戦術の考え方を身に着けさせる。
最後に、こちらが想定した状況で兵棋演習を行わせ、自身で戦術を考えられるようにさせる。
ここまでを七日間でやるのは骨が折れるが、仕方あるまい。
幸い、真鍋さんがよく手伝ってくれることもあり、授業はつつがなく進行した。
自分で戦術を研究してた分、今楽ができているな。
候補生の中では特に、先ほども質問をしていた楠さんが熱心に取り組んでいた。
確か彼女は成績ツートップの内の一人で、かなりの努力家なんだっけ。
講義が終わると何人かの候補生に囲まれた。
「ねえ、赤嶺君ってどこから来たの?」「赤嶺ってやっぱりあの赤嶺?」「もう大赦で働いてるの?」
結構色々質問される。
「みんな、赤嶺くんが困ってるから落ち着いて。ほら、次の訓練すぐに始まるんでしょ?」
が、すぐに真鍋さんがを窘めてくれ、彼女たちは渋々といった様子で離れていった。
助かった。
やがて、次の訓練のために少女たちが次々と教室を出ていく。
講義の後片付けが終わったころには、もう教室に人は残っていなかった。
弥勒さんが約束を忘れて突っ込んでくるかもと思ってたけど、すこし安心した。
「赤嶺君、お疲れさま。いい感じだったよ。ちゃんと先生できてたし、やっぱりすごいね」
「いえ、真鍋さんに手伝って頂いたのでこんなにうまくいったんですよ。自分一人じゃ何もできなかったです」
「謙遜しないで。私も教職免許を持ってるから分かるんだ。長時間話し続けたり、生徒に気を配り続けるのは結構大変でしょ?」
「ええ、確かに少々疲れましたね。それでも、自分で研究してた内容でしたから授業はそんなに苦ではありませんでしたよ」
「そっか。だけど、あんなに堂々と話すことは大人でも中々できないよ。自信をもって」
「堂々としてたのは、ぼろが出ないようにするためですよ。大胆な嘘ほどバレにくいのと同じ理屈です」
「………赤嶺君って、意外と頑固なんだね」
真鍋さんが呆れたように言う。
「そうですか?自分は柔軟な人間だと思ってたんですが」
「意外と自分を理解できてる人は少ないの。赤嶺君は自分の頑固さも凄さも理解してないんだよ」
「はは、褒めても何も出ませんよ?それより、移動しましょう。彼女たちの訓練も見たいので」
「……はぁ。はいはい、分かりましたよ、赤嶺先生」
「その呼び方もやめて下さい……」
訓練場に行くと、候補生たちが剣術の訓練を受けていた。
今回の選抜では特に近接戦闘を重視している。
というのも、中、遠距離射程の武器を最大限活かすには高い連携能力が必要であるが、近距離戦闘を主とした場合、連携能力は比較的求められず、なおかつ新システムとの相性も良い。
要するに、近距離型の勇者が一番都合がいいという訳だ。
ちなみに新規勇者のシステムは準備期間短縮のため、銀のデータを流用することが決定してる。
そのため、銀のそれと似たシステムになるらしく、武装は双剣になるのだとか。
それはさておき、動きはやはり三好夏凜と楠芽吹の二人が断トツでいい。
事前にもらった情報のとおり、最有力はあの二人だな。
それにしても、この短い期間でよくあそこまで仕上げられたものだ。
弥勒さんは…………うん、普通だ。
とりたてて優秀という訳でもないが動きが悪いわけでもない。
むしろ、この短期間ではよくやっていると思う。
ただ上には上がいるというだけで………。
やがて、全ての訓練が終わり、放課後となった。
選別が最終段階に入っただけあって、殆どの候補生が訓練場で鍛錬を続けている。
俺はその様子を離れたところから観察していた。
こうしてみると、楠さんの必死さが際立っているのが分かる。
完全に自分の世界に没頭し、鍛錬を続けている。
三好さんも一見、同じように見えたが、何故か突然隣の人に話しかけた。
なんだろうと思って見ていると、隣にいた人の動きが少し良くなった。
まさか、アドバイスでもしていたのだろうか?
このタイミングでそれをしているなら、かなりのお人好しだな。
ライバルになる相手にアドバイスなんて、本来できるものじゃない。
訓練の様子からそんなに余裕があるようにも見えないし、真意はみえないけど…。
まあこの一週間で判断できるだろう。
しばらく放課後の鍛錬を見た後、部屋に戻り夕食を取ることにした。
食堂で食べないのにはいくつかの理由があるが、一番の理由は候補生たちとできるだけ距離を置くためである。
俺が食堂にのこのこ姿を現したらきっと声をかけてくる人がいるだろうし、俺から色々聞きだそうとする候補生も出てくるはずだ。
そうなれば、感情的な判断が混じるのではないかと思われたり、最悪俺の報告書の価値が下がりかねない。そういった事態は避けたい。
自分の立場を隠しているのもそのあたりが理由だ。
ところで…
「なんで、真鍋さんもここに?」
「いいからいいから、ご飯は誰かと一緒に食べるほうがおいしいよ?」
一人で食べるはずだったのだが、真鍋さんが二人分のご飯を持ってきた。
断るわけにもいかないので、二人で食事をとる。
今日のメニューは肉じゃがだった。
「赤嶺君って食べるの凄いゆっくりなんだね?」
「ええ、医者からしばらく食事には時間をかけるようにと言われてますから。そっちのほうが体にいいらしいですよ」
真鍋さんは色々俺に質問してくるから話が途切れることはない。
候補生の情報なども色々聞けるし有益だ。
「一つ聞きたいんですけど、真鍋さんから見て、三好さんと楠さんってどんな人ですか?」
「あ、やっぱり気になるんだ。そうだねぇ、二人ともアスリートみたいに自分に厳しい感じだけど、楠ちゃんは筋金入り。誰よりも長く一生懸命訓練してて、体調が悪かろうがお構いなしで訓練のしすぎで倒れちゃったこともあるくらいだよ。三好ちゃんも似てるけど、彼女は困ってる子とか悩んでる子がいたらほっとけないみたいなんだよね。時々、他の子のアドバイスをしたり、訓練を中断して具合の悪い子に付き添ってたこともあったね」
その話を聞いて、ふと銀のことが頭をよぎる。
少し、似ているかもしれない。
もしかして、今日のあれもそうだったのか。
ますます、三好さんに興味が出てきた。
それと同時に楠さんの徹底した態度にも、ある種の敬意を感じる。
普通の人間にできることじゃない。
「そうだ。聞きたいと思ってたんだけど、勇者様ってどんな人たちなの?」
「三人とも、とてもいい子たちですよ。三ノ輪さんは活発で誰とでも仲良くなれて、困った人を放っておけないかっこよくて頼りになる方で、鷲尾さんは規律には厳しいけど、人のために行動出来る友達想いの可愛らしい方です。乃木さんはとてもマイペースな方ですが、とっても賢くて、とってもみんなに優しい方です。本当に、神樹様が選ばれたのにも納得してしまいます」
「なるほどねぇ。だけどその饒舌具合。もしかして赤嶺君、三人の中で好きな子でもいるの~?」
「ええ、三人とも好きですよ」
「え~。もう少し照れてよ~」
「無茶言わないでください。小学生相手に何言ってんですか」
気が付けば弛緩した空気が漂っている。
お互いの表情も柔らかい。
「そういえば、赤嶺君って安芸さんと仲悪いの?あんまり話してなかったけど、たしか担任の先生でしょ?」
「ああ、前はもう少し話してたんですけど、最近は少しぎくしゃくしてまして……」
「あらまあ、何かあったの?」
「何かあったという訳でないんですが、最近避けられてるみたいで……。隠し事されてる感じもしますし…」
「そっか…。ねぇ、よかったら私が調べてあげよっか?これでも人から話聞くの、得意なんだ」
俺の深刻な顔に反応したのか、真鍋さんがそんなことを申し出てきた。
「いやいや、真鍋さんにそんなスパイみたいなことさせられませんよ」
「いーのいーの、気にしないで。それに私、昔はスパイに憧れてたんだ。」
「だけど……ばれたら真鍋さんの立場が……」
「大丈夫だよ。そんなに危険なことするわけじゃないし、知り合いに軽く話を聞くだけだから」
「…………それじゃあ…頼んでもいいですか?」
「ええ、任せて!」
真鍋さんが笑顔でそう言う。
やがて、食事も済み、真鍋さんは帰った。
部屋に一人取り残される。
ため息が出そうになる。
正直、今日は疲れた。
思っていたよりもかなり。
明日の講義の準備をしたらすぐ寝よう。
と、そこで銀から電話がかかってくる。
少しだけ迷った後、インカムをつけて通話に出る。
『もしもし頼人。ちゃんとおとなしくしてるかー?』
「おかげさまでね。やることがなくて暇してるよ」
言葉を発する度に胸がずきりと痛む。
銀たちには、高知の祖父の家で一週間療養することになったと嘘をついている。
『それならいいけどさ。高知土産、期待してるぞ?』
「確か塩ケンピで良かったよな、任せといてくれ」
『ほんとはアタシもついていきたいぐらいだったんだけどなー。頼人の爺ちゃんちも見てみたかったし』
「鍛錬があるんだから仕方ないさ。いずれ連れてくよ」
『約束だかんな。破ったら承知しないぞ?』
「勿論だよ。絶対、連れていくから」
そうして、俺たちはしばらくとりとめもないことを話した。
正直、直接会いたい。
会って、抱きしめたい。
今すぐ全部話してしまいたい。
そんな欲求を無理矢理抑え込み、別れの挨拶を済ませ通話を切る。
………駄目だな。少々弱気になっている。
切り替えなければ。
まだ、初日が終わったばかりなのだから。
暗闇の中、女性の声だけが響く。
―――はい、順調です。今のところ対象が警戒している様子はありません
………ええ、タイミングは…………はい
ええ、護衛はありません。やはり、外部に集中しているようです
資料は………分かりました。届き次第……
はい、すでに偽装の準備は整っています
ええ……そうなった場合には適切な形で処理します
……それでは