樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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そのっち誕生日おめでとう!


interlude Ⅲ

side/三好夏凜

 

三好夏凜。

厳しい選抜を乗り越え、新たな勇者に選ばれた少女。

そんな彼女は今―――

少女たちに絡まれていた。

 

「なぁなぁ、三好さ~ん。一緒にイネス行こうぜイネスー。今日こそはイネスのジェラートを食べてもらう!」

 

「だから、私は行かないっての!」

 

「いいじゃんかー。これから一緒に戦う仲間なんだからさー。毎日毎日鍛錬漬けじゃ、肝心な時に持たないぞー?」

 

「私はそんなヤワじゃない!」

 

放課後の教室。

転校してから彼女は毎日のように、他の勇者にイネスへと誘われていた。

 

「みよっしー、行こうよ~。ジェラートすっごくおいしいよ~?」

 

「だからその、みよっしーってのやめなさい!」

 

「ええ~?みよっしーってあだ名、可愛くないかな~?」

 

「そのっち、多分かわいいとかそういう問題じゃないと思うわよ…?それはそうと三好さん、私も歓迎会を兼ねてイネスに行くのは賛成よ?」

 

「か、歓迎会なんて必要ない!私は私で鍛錬があるから、邪魔しないで!」

 

「ええ~?みよっしー、嫌なの~?」

 

園子が少し悲しそうな声をあげる。

途端、夏凜が慌て始める。

夏凜はこういう反応に弱かった。

 

「わ、分かったわよ…。連携のためにも今日だけ、今日だけなんだから!」

 

「やった~!みよっしーとイネスだ~!」

 

「イェーイ!早速行こう!」

 

「あ、待って、銀、そのっち!」

 

銀が夏凜の手を引き、教室を飛び出す。

 

(本当にこいつらが話に聞いていた勇者なのかしら…)

 

夏凜は、本当にこの少女たちが今までバーテックスと戦ってきた勇者なのか、疑問を抱き始めていた。

今まで抱いていたイメージと、あまりにもかけ離れていたからだ。

しかし、この疑問はすぐに消えることとなる。

後日、初めての合同訓練が行われた。

銀、須美、園子はいつものように各々の武器を振るう。

その姿は洗練されており、無駄な動きが一切なく、見るものに優美ささえ感じさせる。

 

(何よ……。いつもとまるで雰囲気違うじゃない!)

 

その光景は、今まで彼女たちの日常しか見ていなかった夏凜にはひどく衝撃的だった。

呆けていては、新参者である自分は足手まといになる。

そんな危機感が夏凜を襲い、同時に、彼女達を疑った自分を恥じた。

 

「悪かったわね…」

 

「ん、どーした―夏凜?」

 

訓練の後、夏凜は三人に話しかけていた。

ちなみに親睦会の後から、銀は夏凜を呼び捨てで呼ぶようになっている。

 

「あんたたちのこと、本当に勇者なのか少し疑ってたわ……」

 

「気にすんなって。ここ最近、アップデート前だからって休みが続いてたからな。そう思うのも無理ないよ」

 

「そうだよ、みよっしー。細かいことは気にしないほうがいいんだぜぇ~」

 

「そのっちの言う通りよ、三好さん。私も、最初は似たようなものだったから」

 

「懐かしいなー。あの頃に比べると、須美も丸くなったよな」

 

「そうだね~。こんなに仲良くなれるなんてあの時は思ってなかったよ~。だから、みよっしーとも、きっともっと仲良くなれるよ~」

 

「わ、私は馴れ合いなんて…!」

 

「まあまあ、そう言うなって。一緒にいたほうが絶対楽しいぞ?」

 

「……………」

 

この言葉に影響されたのか、これ以後、夏凜は彼女たちを行動を共にしていくようになっていった。

そうなると当然、銀たちから頼人の見舞いについてこないかと誘われる。

赤嶺頼人は夏凜にとってどうにも苦手な人物だった。

嫌いだという訳ではないのだが、その評判がどうにも兄を想起させて、あまり関わりたくないと思っていた。

おまけに、訓練所では短期間とはいえ、自分たちの講師までやっていた存在だ。

これから否応なしに関わっていくことは分かっていても、どうにも避けてしまい、見舞いの件も断り続けていた。

その意識が変わるきっかけになったのが、連携を深めるために行われた合宿だった。

合宿を一緒に過ごす中で須美と園子の夏凜への呼び方が少し変わるなど、少しずつ変化が生まれていたその日。

鍛錬が終わり、部屋で許されたわずかな自由時間に、ふと、園子が疑問を口にした。

 

「にぼっしー、にぼっしー。聞きたいことがあるんだけど~」

 

「だからにぼっし―って……まあいいわ。で、何よ?」

 

にぼしをたくさん食べるからにぼっしー。

みよっしーと語感が似ているからと付けられた新たなあだ名を、夏凜は最早諦めるかのように受け入れていた。

 

「どうして、にぼっしーはライ君のこと避けてるの~?」

 

柔らかな口調に反して、園子の言葉は鋭い。

園子と出会って間もないが、夏凜は園子の鋭さを正しく認識していた。

 

「…なんでそう思うのよ」

 

「だって、にぼっしー転校してきてからライ君に会ってないでしょ~?なにか理由があるのかな~って」

 

「確かに、夏凜ちゃんはまだ頼人君のお見舞いに行ってないわね」

 

「まさか…噂の訓練所で頼人がなにかやらかしたのか!?」

 

「…別にそんなんじゃない。会う必要がないだけよ」

 

夏凜が興味なさげに答える。

しかし、その答えに園子は納得しなかったようだ。

 

「そう~?でも、安芸先生に、ライ君とちゃんと話をするように言われてなかった~?」

 

「問題ない。私は訓練所であいつの能力を知ってるんだから、これ以上話すことなんてないわ」

 

「なあ夏凜。夏凜は頼人と会うの嫌か?」

 

「だから、なんでそんなに気にするのよ」

 

「だって、夏凜も頼人もアタシらの大事な友達で仲間だからさ。二人がぎくしゃくしてるってんなら、それをどーにかしたいって思うのは当然じゃん?」

 

「と、友達って…私は……」

 

当然のように言われた言葉に、夏凜は思わずたじろぐ。

 

「私もにぼっしーとライ君には仲良くなってほしいな~」

 

「ねぇ夏凜ちゃん、よかったら理由を聞かせてくれないかしら?理由が分かれば、きっと力になれると思うの」

 

「理由なんて………」

 

「そんな難しく考えんなって!夏凜が話したいことだけ話してくれればいいんだからさ」

 

銀の言葉が夏凜の胸を打つ。

銀のストレートな言葉には、いつも心を動かされる。

そして、彼女たち三人はいつも真っ直ぐに、色眼鏡をせず夏凜を見てくれる。

それが分かるからこそ、避ける理由を話しづらい。

けれども、それでも夏凜は自分のことを話したくなってしまった。

この三人になら話してもいい、聞いてもらいたいと思ったのだ。

 

「………それじゃあ、少し話聞いてくれる?」

 

夏凜は気が付けば、口を開いていた。

 

「もちろん!」

 

銀が力強く返事をし、須美と園子も口々に肯定の意を示す。

この返事で、夏凜は事情を話す決心がついた。

 

「……あいつは……赤嶺は、私の兄貴にちょっと似てたのよ」

 

夏凜がぽつりぽつりと話しはじめる。

 

「へぇ。夏凜って兄ちゃんいたんだ」

 

「ええ……優秀な兄貴でさ。はやくも大赦の内部で働いてるし」

 

「そっか~、エリートさんなんだね~」

 

「自慢のお兄さんなのね」

 

「優秀すぎてね…我が兄貴ながら。品行方正、文武両道。親も完璧超人の兄貴にばかり目をかけていてさ、兄貴の邪魔はするなってよく言われて……悔しかった、すごく」

 

夏凜がゆっくりと話していく。

誰にも話さないと決めていたはずだったのに、紡ぐ言葉は止められない。

 

「……夏凜」

 

「…だから、私は兄貴と話さないようにした。なのに、兄貴は何かと私に構ってきて、私のフォローをしてくれて…それがまた、なんか精神にきたわ」

 

三人は口を挟まず、じっと話を聞き続けている。

 

「そんな私に、勇者選抜の話が回ってきた。チャンスだって思って…必死に努力した。それで、選抜の終盤に赤嶺に会ったんだけど……どうにも、雰囲気が兄貴に似てて、おまけに超優秀、周りはみんなあいつを褒めてたし、兄貴を思い出さない方が無理だったわ………それで、選抜も終わりが近づいてて気が立ってた時、赤嶺に話しかけられたんだけど……それが兄貴に声を掛けられてるみたいで嫌になって……つい、あたるような返事をしてしまって…」

 

あの時、夏凜自身はそんなに強く当たったつもりはなかった。

しかし、翌日の頼人の調子がとても悪そうに見え、鍛錬を見に来ることもなかった。

その原因が自分が頼人の話をほとんど聞かずにあたるような返事をしたことによるものではないかと夏凜は思ってしまっていたのだ。

 

「それで、顔を合わせづらくなっていたのね…」

 

「ええ……きっと赤嶺も私になんか会いたくないって思ってるはずよ…」

 

そうして話を終える。

もしかしたら、この話のせいで軽蔑されるかもしれない。

けれども、何故か夏凜に後悔はなかった。

と、そこで銀が突然声をあげる。

 

「……よし!合宿が終わったら一緒に頼人のとこ行こう!」

 

「銀、あんた人の話聞いてたの…?」

 

「大丈夫だって!頼人はそんなことくらいじゃ夏凜のこと嫌いになったりしないからさ!」

 

「うんうん。それにライ君言ってたよ~。にぼっし―はストイックだけどいい子だって~」

 

「赤嶺が………?」

 

てっきり嫌われているものだとばかり思っていた夏凜にとって、この言葉は意外なものだった。

と同時に、いい子だという自身への評価が気恥ずかしく感じられた。

 

「ライ君は昔からちょっとやそっとじゃめげないからね~。喧嘩腰のシズシズを相手にしても気にせず話しかけるぐらいだもん~」

 

「そのっち、私それ初耳なんだけど」

 

「ああ、頼人がシズクと決闘したってあれだろ?軽く伝説になってるやつ」

 

「決闘って…何したのよ?」

 

車椅子姿の頼人しか記憶にない夏凜には、どうにもイメージが付かない話だった。

 

「アタシは見てないんだけど、教室でチャンバラ騒ぎになったんだって。しかも、超ハイレベルで先生も決着がつくまで止められなかったらしいよ」

 

「頼人君がそんなことを……想像もつかないわ…」

 

「まあでも、その後、友達になったって話だから、夏凜も安心しなって。それくらいで怒るような奴じゃないからさ?」

 

「なんだか、赤嶺が分からなくなってきたわ…。あいつ、優等生じゃなかったの?」

 

「まあ成績とか授業態度はいいんだけど、アタシに付き合って、遅刻したり先生に怒られたりなんてこともたまにあるからなー。一口に優等生とは言えないかも」

 

「昔はまさに優等生って感じだったんだけどね~」

 

「なんか意外ね…」

 

夏凜は、今まで抱いていた頼人のイメージが崩れていくことを感じた。

ふと、思い返すとこの三人に対しても、今と最初では持っているイメージが違う。

 

「夏凜ちゃん。やっぱり一度、頼人君とちゃんと話してみた方がいいと思うわ」

 

「そうだよ~。話してみないと分からない事っていっぱいあるからね~」

 

「……はあ。しょうがないわね。いいわ…会いに行ってあげる」

 

そう、返事をした途端三人が喜ぶ。

結局、夏凜は頼人に会うことを決めた。

この三人が信頼する少年が気になってしまったのだ。

 

「まったく…能天気な連中ね……」

 

この非常時に人の心配をしているなんて変わっている。

だが、悪い気はしなかった。

無意識のうちに、夏凜は彼女らと過ごす日々を心地よく感じはじめていた。

 

 

 

そうして、合宿が終わった次の日、夏凜は一人、頼人の病室を訪ねていた。

他の三人と来なかったのは、自分一人で頼人に聞きたいことがあったからだ。

ここに来る前、頼人の居場所を安芸に尋ねた際に、あることを聞かされたのだ。

息をのんで病室の扉を開ける。

 

「し、失礼します!」

 

上ずった声が出る。

少し気恥ずかしさを感じるも、意を決して病室の中へ入る。

 

「あれ、三好さん?」

 

すると、ベッドから少年が不思議そうに声をあげた。

少年は左目に眼帯をつけ、病衣を着ている。

ベッドテーブルの上には、パソコンや本、様々な書類が所せましと広げられており、病室でありながら仕事場のような印象を見る者に与える。

 

「ええと…その…そう!先生に言われて、顔を見にきてやったわ!」

 

「そっか、来てくれてありがとう。自分も三好さんに会いたかったから、嬉しいよ。だけど、なんでまた突然?」

 

「……ふ、ふん、ただちょっと話したいことができただけよ」

 

「それなら、そこの椅子に座って。お茶でも出すよ」

 

頼人がベッドテーブルの上を片付けながら呼びかける。

 

「いらない、長居するつもりはないから」

 

「そういわずに、ちょっと待ってね」

 

そう言うと、頼人は体をずらし、ベッド横の机の上から紙コップを取ろうとする。

だが、上半身だけで無理やり取ろうとしてる分、その動きは酷く不安定で見ているだけでも大変そうだった。

 

「ああ、もう何やってんのよ」

 

その有様を放ってはおけず、つい手を出してしまう。

結局、夏凜はコップや飲み物の用意を自分でしてしまった。

 

「ごめんね、お客さんなのにこんなことさせちゃって」

 

「いいわよ。突然押しかけたのはこっちなんだから」

 

「やっぱり、三好さんは優しいね」 

 

「なっ、何恥ずかしいこと言ってんのよ!それにやっぱりってどういう意味よ!?」

 

不意に優しいと言われて夏凜はつい照れてしまう。

 

「そのままの意味だよ。訓練所でもそうだったでしょ?」

 

「…あれはそんなんじゃない。あくまで自分の為よ」

 

「それでも、ああいう風に行動できるのはすごいと思うよ?それに、自分のことも気遣ってくれたし、三好さんは優しいよ」

 

「気遣ったって…何の話よ?」

 

「ほら、アミノ酸のサプリくれたでしょ?結構、驚いたけど嬉しかったよ。ありがとう」

 

「……あの時のこと、気にしてないの?」

 

「少しは。お礼を言いそびれてしまってたからね」

 

「そうじゃなくて、あの時あんたにあたるようなこと言ったでしょ?だから……その…」

 

「ああ、そんなこと全然気にしてないよ」

 

「でも、あの後から急に元気なくしてたじゃない」

 

「あー……ごめん、それ全然違う理由。あの日、つい徹夜しちゃって」

 

「…………………へ?」

 

完全に予想外の答え。

夏凜は呆気に取られ、つい間の抜けた返事をしてしまう。

 

「だから、三好さんが気にすることないよ。心配かけてごめんね」

 

「う、うっさい!そんなの分かってたし、別に心配なんてしてなかった!」

 

夏凜は真っ赤になって否定するも、照れ隠しなのはバレバレだった。

なぜだか、その反応を見た頼人の様子はどこか楽しげであった。

 

「そっか。ならいいんだ…それで聞きたいことって何かな?」

 

「……もういいわ。あんたに聞いても碌な答えが返ってこなさそうだし」

 

「あれま、じゃあ逆に自分の方から一つお願いしたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「……何よ?」

 

「これからは下の名前で呼んでもいいかな?」

 

「い、いきなり何でよ!?」

 

「ほら、これから一緒にやっていく仲間なわけだし……駄目かな?」

 

「…ふん、好きにすればいいわ」

 

「ん、そうするよ。改めて、これからよろしくね」

 

「安心しなさい。私の力見せてやるわ」

 

「ああ、そうさせてもらうね。……ところで、お前たちはいつまでそこにいるんだ?」

 

突然、頼人が部屋の扉に向かって呼びかける。

夏凜がぎょっとして、振り向くと、銀たち三人が部屋に入ってくる。

 

「あ……あんたたち……!」

 

夏凜が思いっきり動揺する。

 

「あはは、ごめんごめん盗み聞きするつもりはなかっただけど真剣な様子だったからさ」

 

「ええ、ちょっと入りづらくって。ごめんなさい二人とも」

 

「ごめんね~。でもでも~照れてるにぼっし―が見れて私は満足なんよ~」

 

三人が口々に謝る。

園子は謝ってるのかどうか怪しかったが。

 

「何言ってんの!私は照れてない!」

 

「そんなこと言って―、夏凜もまんざらでもなかったんじゃないのか~?」

 

銀が夏凜の肩に手を回す。

 

「そ、そんなことないわよ…」

 

「おぉ~いいよいいよ~そのアングル~創作意欲がわいてくるよ~!」

 

夏凜と銀の姿に何かを感じたのか、園子が端末で二人の写真を撮り始める。

銀はピースまでしている。

 

「園子!勝手に撮ってんじゃないわよ!」

 

「え~?いい雰囲気なのに~」

 

「そのっち、撮るならこっちのカメラに!」

 

須美がどこから出したのかプロっぽいカメラを構える。

 

「わっしー準備いいね~」

 

「須美もカメラしまいなさい!」

 

「いいじゃん、夏凜。…そうだ!折角、全員一緒に集まれたんだから、みんなで写真撮ろうよ!」

 

「そうだな。全員で集まったのは初めてだし、いい考えかも」

 

「あんたら本気…?」

 

とそこで、都合よく看護師さんがやってきた。

少々騒ぎすぎたらしい。

しかし、怒ってはおらず少し様子を見に来ただけだったようで、写真を撮ってほしいと銀が頼むとすぐに引き受けてくれた。

 

「それじゃあみんな、ライ君のベッドの周りに集まろう~」

 

「ほらほら、夏凜ももっと寄りなって」

 

「わ、私は……」

 

「いいからいいから」

 

結局、夏凜も流されるままベッドに寄ってしまう。

 

「それじゃあ撮りますよー」

 

「はーい、お願いします!」

 

準備ができたところで看護師さんが声をあげ、それに対し銀が元気に返事をする。

ハイ、チーズという使い古された掛け声とともにシャッター音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「この非常時に…ほんと、のんきな連中ね…」

 

その夜、夏凜はベッドに寝転がりながら、独り言ちる。

そうして、端末に映る今日の日の写真を眺める。

初めて、みんなで集まったから。

そんな下らない理由で撮った写真。

初めて、一緒に撮った写真。

下らないもののはずなのに、気付けばこの写真を眺めてしまっている。

 

「しょうがないから、付き合ってやるかしらね……」

 

小さな言葉。

夏凜の口元は自身も気付かないまま、自然と緩んでいた。

 

 

 

 

 

side/鷲尾須美

 

三度目の襲来を経て、須美は急速に銀や園子、そして頼人と仲が良くなっていった。

特に頼人は旧世紀の軍に関する知識もさることながら、かつての世界の様々なことを不思議なほどに知っていて、須美とは驚くほどに話が合った。

しかも、旧世紀の人々の暮らしのことや、昔の裏話などは、須美以上に知っていて、話すたびに様々な刺激を受けた。

なぜもっと早く話してなかったのだろうかと、軽く後悔してしまうほど、頼人との会話は楽しかった。

そんな風に思えたのはきっと、西暦のことを話す頼人が、とても楽しそうな顔をしていたからだろう。

頼人はただ知識を持っているだけでなく、まるで、西暦の時代をこの目で見てきたかのように話していた。

話しているその姿は、どこか嬉しそうで、だからこそ須美は少年と話すのが好きだった。

そして、その少年は本当に優しくていつでも力になってくれた。

そうやって、仲良くなってから気付いた。

転校してきてからしばらく、少年がよく親切にしてくれていたのは、自分が早く学校に馴染めるようにと思ってのことだったのだと。

本当に今更気付くとは鈍感だったなと須美は感じたが、それでも、少年の優しさに気付けたのは嬉しくて、須美は頼人のことを友達として好きになった。

銀といい、園子といい、本当にいい友達をもてたと、ただ、そう思っていた。

あの日までは。

 

あの遠足の日。

事実上、彼女達はバーテックスに敗れた。

そして、最終的に赤嶺頼人により世界は、彼女たちは守られた。

だが、埒外の力をその身に宿した代償は大きかった。

バーテックスからは一撃たりとも攻撃を入れられなかったのにもかかわらず、頼人は重体。

本来、自分たちが守るべき友人に守られて、挙句、その友人はそのせいで死にかけている。

それだけでも、自分を責めるのには十分に足る理由であったのに、さらに安芸から今までの頼人の行動を、その覚悟を知ってしまった。

この事実は、須美に計り知れないほどの衝撃を与えた。

 

 

やがて、少年が目覚めたとき、彼の体を抱きしめたとき、須美はあることに気付いた。

気付いてしまった。

ずっと、気付かないふりをしていた感情。

少年を大切に思う気持ち。

この気持ちのことをきっと―――

 

けれど、この想いは叶うことはない。

彼と銀がどういう関係なのかを知っているから。

だから、この気持ちを口にすることはないだろう。

ただ、彼を支えていこう。

彼を守り続けよう。

それだけでいい。

 

この日を境に、須美はある一つの決意をした。

許される限り、彼の傍に居続けよう。

たとえ、この気持ちが届かないモノであったとしても構わない。

彼の為ならば何だってしよう。

それくらいしか、恩を返す手段はないのだから。

 

 

そうして、九月のある日、須美は頼人の病室を訪れた。

今日は一人、他の面々とは時間が合わなかったのだ。

 

「頼人君、お邪魔します」

 

病室に入ると、少年はいつものように書類を広げ、パソコンを触っていた。

何かしらの仕事をしていたのだろう。

須美としては、入院している間ぐらいゆっくり休んでいてほしいのだが、少年は止めても聞かない。

それが辛くあるも、自分たちのためだと思うと、少し嬉しくもあった。

 

「ああ須美、いらっしゃい…と、髪型変えたんだ」

 

すぐに気付いてくれたことが嬉しくて、須美は少し頬が熱くなることを自覚した。

 

「ええ、そのっちから貰ったリボン、髪につけてみたの。どう…かしら…?」

 

次の戦いでは、須美が重要な役割を背負う。

そのことを少し不安に思っていた折、園子が須美にお守り代わりに自分の着けていたリボンをくれたのだ。

須美はそんな園子の優しさに感謝していた。

 

「ああ、とてもよく似合ってるよ」

 

「本当…!?」

 

「ああ、すごくいいと思う」

 

「ありがとう、とっても嬉しいわ」

 

それから、二人はいつものように他愛のない話をした。

二人きりで話をするのは随分久しぶりで、須美は頼人に話したかったことをたくさん話した。

頼人はどんな話でも聞いてくれて、その優しさが須美にはとても嬉しかった。

しばらく話した後、頼人があることを須美に尋ねた。

 

「須美、本当に良かったのか?元の家族に会いに行かなくて」

 

「ええ、会いに行くのは次の襲来を乗り切ったらって、決めているから」

 

この夏、須美の下に東郷の家に戻らないかという話が何度も来ていた。

どうやら、大赦の改革が進んだ結果、勇者が名家の者である必要性も無くなったらしく、鷲尾家の両親が気を利かせてくれたと須美は聞いていた。

しかし、須美はまだ東郷の家に戻る気も、元の家族に会う気もなかった。

 

「顔を見に行くぐらいはいいと思うけど?きっと、ご両親も安心すると思うし」

 

「それでも、今は会うつもりはないの。私はまだ、務めを果たせてないから」

 

「須美は十分頑張ってくれてると思うよ。須美がいなかったら危ないところなんていくらでもあったし」

 

「でも、私は一度負けた。負けてはならない戦いで…。このまま元の家に戻っても合わせる顔がないわ。だから…家族に会うのは、次の戦いを乗り越えて、胸を張れる私になった時。それまでは帰れないわ」

 

「そっか…須美は強いな……」

 

頼人はそう言ったが、須美にとっては頼人の方がよほど強い人だ。

大赦の改革に伴い、須美たちには世界の真実が明かされた。

旧世紀から神世紀への移り変わり。

その真実を。

人類が滅びかけたのはウイルスによるものなどではなく、天の神が作り出したバーテックスによるものなのだと。

壁の外は天の神により理が書き換えられ、炎の世界になっているのだと。

そんなひどい現実を知ってなお、彼女達が変わらずに居られたのは、他でもない彼が、それでもなお動き続けていたからだろう。

少年が諦めていなかったのに、自分達が現実に絶望してはいられない。

自分達は勇者なのだから。

けれど、真実を知ったのが、自分一人だったらどうしていたのだろう。

その真実を、友達に話せなかったらどうしていたのだろう、

そのことを考えると、本当に強いのはこの少年なのだと須美は思っていた。

 

「そんなことないわ。私より銀やそのっちのほうが、頼人君の方がすごく強いと思う」

 

須美は今までの襲来のことを思い出す。

とても、自分一人だけでは乗り越えられなかった。

仲間達がいたからこそ、ここまでやってこれたのだと痛感する。

 

「何言ってるんだ?須美は、いつだって、全力を尽くしてくれてきたじゃないか。それに、須美がしっかりしてくれていたから、ここまでやってこられたんだ。いまだって、よく助けてくれてるし、本当に須美はすごいよ」

 

そう言って、少年は微笑む。

その微笑みを見るたびに、彼女は胸が締め付けられるような思いを感じる。

須美は知っていた。

頼人が、鷲尾の両親に須美が元の家族と会えるようにしてあげてほしいと頼んでいたことを。

須美が東郷の家に戻れるようにと根回ししていたことを。

本当に…彼は優しすぎる。

駄目なのに、彼に対する想いがだんだんと強くなっていっている。

それでも、この想いを伝える訳にはいかない。

伝えればきっと、彼を困らせてしまう。

これ以上、彼を苦しめさせたくはない。

ただ、傍に居られればいい。

彼は自分たちから離れないと言ってくれた。

ならば、それだけで十分だ。

それ以上に望むことはない。

たとえ、それがどれだけ苦しくとも―――

 

 

side/乃木園子

 

―――夢を見た。

 

夢の中では、彼は私だけを見てくれる。

優しくぎゅっと抱きしめてくれる。

耳元でそっと愛を囁いてくれる。

 

そんな、あり得なくて、少し切なくて、とても幸せな夢―――。

 

目を覚ますといつものように自室の光景が目に入る。

カレンダーの表記は八月三十一日。

昨夜、彼と二人きりで過ごしたからあんな夢を見たのだろう。

園子はそのように結論付けた。

 

 

 

この夏で大赦は大きく変わった。

きっかけは一人の少年。

たった一人の小学生の献身が、壊死寸前であった組織を大きく変化させた。

言葉にすれば簡単だが、それがどれだけ難しい事であったか園子は知っていた。

あの遠足の日。

あれから、園子は多くを知った。

頼人が行ってきたこと。

この神世紀の成り立ち。

世界の真実。

これまでの歴史。

今までの大赦の行い。

満開と散華。

 

結局、自分達がどれだけ命を賭して戦っても、大赦はバーテックスとの戦いを儀式としてしか見ていなかった。

人身御供に選ばれた少女たちが、化け物を追い払うという儀式。

勇者を名家からしか輩出させず、満開というシステムが本気で考案されていたのがその証だろう。

バーテックスの戦いよりも秘密の保持を優先した大赦も、生贄を求めた土地神も、自分たちのことしか考えていなかった。

両親ですら、仕方のないことだと園子のことを半ば諦めていた。

 

―――彼だけだ。

 

彼だけが自分達のために戦ってくれていた。

彼だけが、諦めずに現実に向き合っていた。

ただ、延命だけを考える大赦を変えようと動き続けていた。

満開という手段を否定し、自分たちの力を信じてくれた。

結局、この改革の動きも彼抜きでは始まらなかった。

彼がいなければきっと―――

その先は想像したくもなかった。

 

だけど、園子には分かっていた。

きっと、根本的には、彼は銀のために戦っていたのだろう。

長年、園子は彼の近くにいた。

故に、分かってしまった。

確かに、彼は園子のことも大切に思ってくれている。

傍に居たのだからそれくらいは分かる。

けれど、彼にとって銀は特別だ。

本当に、どうしようもなく。

だからこそ、園子はこれまで、頼人と友達としての関係を維持していた。

園子は銀のことも大好きだったし、みんなで一緒にいる、心地いい時間を失いたくはなかったから。

ただ、傍にいられたら、それだけでいいと思っていた。

 

そんな想いもあの日、壊れてしまった。

園子は誰よりも後悔した。

頼人の行動の片鱗に気付きながら動けなかったことを。

彼に自分の想いを伝えられていなかったことを。

最早、園子は自分の気持ちを抑えきれなくなってきていた。

始めて友達になってくれた。

沢山の思い出と、居場所をくれた。

自分達のために命を懸けてくれた。

その彼の為だったら私は―――

 

 

そして、園子は決めた。

彼のために自分もできることは何でもしよう。

大切な友達と、そして、彼とずっと一緒に居られるようにしよう。

いつかきっと彼にこの気持ちを伝えよう。

彼を一番支えられる人間になろう、と。

幸い、彼は自分達の傍から離れるつもりはないと言ってくれた。

ならば―――

 

乃木園子。

富、名声、権力、知性、美、その全てを持ちうる少女。

普段はあまり、本気にならない少女。

その少女が今―――

 

「ライ君は次の襲来を乗り切ったらって言ってたけど、下拵えくらいならいいよね~」

 

園子は、本当に楽しそうに微笑んだ。

朝日に照らされて。

純粋無垢で、穢れの欠片も見当たらない、咲き誇る花のように―――

 

 

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