樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話 作:exemoon
遅筆すぎてごめんなさい……。
ふと、目が覚めた。
瞳に映るのは無機質な白。染みまで見飽きた天井だ。
どうやら、いつもの病室らしい。
病室に明かりがないところを見るに、今は真夜中のようだ。
ふと、違和感を覚え右手で自分の頭に触れる。
「いっつ……!」
触った途端、鋭い痛みが走った。
そういえば頭を怪我してた気がする。
この痛みはそのせいだろうけど…まぁいいや。
普通の病室ってことはそんなに大したことないはずだし。
とそこで、左手の温もりに気付く。
―――銀だ
丸椅子に座った銀が俺の左手を握りながら、ベッドに頭をのせて眠っている。
病衣を身に纏っていることから、銀もまた入院しているのだろう。
見たところ大した怪我もなさそうだし、少し安心する。
本当にこいつは一番いてほしい時に傍に居てくれる。
顔を見るだけでほっとして、帰ってこれた実感が湧いてくる。
本当に……長い…戦いだった。
きっと、凄く疲れているはずだろう。
それでも、俺のところに来てくれた。
それがどうしようもなく嬉しくて、銀のことがたまらなく愛しくなってきてしまう。
「まったく、風邪ひいちゃうぞ?」
ゆっくりと体を起こして、空いてる右手で銀の髪を優しく撫でる。
銀の髪はさらさらしていて、撫でてるこっちも気持ちがいい。
そういえば、髪を下ろしてる銀を見るのは結構久しぶりかもしれない。
ここ最近はまともに三ノ輪家にも行けてなかったからか、酷く懐かしく感じる。
それにしても、薄着だし少し寒そうだ。
何かブランケットでもかけてあげようと辺りを見回すが、残念ながらそういうものはなかった。
仕方がないので、布団をかけようとするも、流石に右手だけじゃうまくかけられない。
「ん………あ…れ……より……と…?」
そうやって、布団と悪戦苦闘していると、銀が起きてしまった。
「ごめん……起こしちゃったな」
「…よりと………頼人!体は大丈夫か!?痛いとこはないか!?」
一瞬、寝ぼけ眼で俺を見つめた後、銀はすごい勢いで俺の両肩を掴み、矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「大丈夫だから落ち着いて。まだ夜中なんだし」
「あ…ああ、ごめん。でも、ほんとに大丈夫か?看護師さん呼んでこようか?」
「大丈夫だよ。少し頭は痛むけどそれだけ。それより、銀の方こそ平気?」
そう言うと、銀は安心したようで、ほっとした表情を見せた。
「アタシは全然へーきさ。結構疲れたけどな!」
銀は明るく笑って言う。
見る者全てを元気にするひまわりのような笑顔。
ずっと見たかった笑顔。
銀の言葉とともに、その笑顔は俺の心を溶かしていく。
「だったらいいんだ。他のみんなは?」
今回の戦いでは、皆にかなりの負担をかけてしまった。
戦っていた時間も過去最長だったし、どうしても心配になってしまう。
「ああ、頼人を救急車に乗せた後アタシらみんなぶっ倒れちゃって、まだみんな寝てるよ。大丈夫、疲れてるだけで大したことないって」
「そうか、良かった……」
安心してつい吐息が漏れる。
皆無事だったか…。
胸のつかえが取れる。
本当に良かった。
「それで、アタシだけちょっと早く目が覚めたから、頼人の様子見に来たんだ」
「なるほど、病室を抜け出してきたわけだ」
「うげ、ばれてらっしゃいましたか」
「銀は分かりやすいから。でも…嬉しかったよ、すごく。目が覚めた時、銀が傍に居てくれて本当に安心した」
「アタシも……頼人が無事でいてくれて安心したよ。ほんと一時はどーなるかと思ったんだからな」
「ごめん、心配かけちゃったな」
そう言って、また銀の髪をなでる。
昔はずっと心配する側だったのに、気が付けば心配をかける側になってしまった。
少し、申し訳なく思う。
と、そこで銀がくしゅん、と可愛らしいくしゃみをした。
薄着でしばらく寝てしまってたせいだろう。
「ほら、こっちおいで、銀」
体を少しベッドの右側に寄せ、空いたところをポンポンと叩く。
「い、いや、いいって。アタシはもう自分のとこに戻るからさ」
銀はそういうけど、俺は銀と離れたくない、もっと傍に居てほしい、なんて欲求に心を支配される。
ここ最近、あまり銀に甘えていなかったせいか、どうにも気持ちを抑えきることができない。
考える前に、引き留めるように銀の手を掴む。
「お願い。一緒にいて」
気付けば、そんな言葉を口にしていた。
銀は少し目を瞬かせた後、頬をほんのり赤く染め、しょうがないなと笑った。
ただそれだけで、心は浮き立ってしまう。
本当、これは一生治りそうもないな。
とことん、こいつにいかれちまってる。
そして、銀がそろりとベッドに入ってきた。
しばし、身を寄せ合い、互いの手を握る。
「まったく、頼人は甘えん坊さんだな」
「甘えられるのは嫌?」
「そんなことないよ。頼人が傍に居てくれるだけで嬉しいから」
銀はそう言うと、ゆっくり俺を抱きしめる。
銀を抱きしめ返し、その体温を確かめる。
温かい…。
互いの心音を感じられ、鼓動が否応なしに速くなっていく。
「頼人、ここにいるんだよな…?どこにも行かないよな?」
「うん、ここにいるし、どこにも行かないよ。……どうして?」
「……怖いんだ。目を離したら、頼人がいなくなっちゃうんじゃないかって……。また、アタシを置いてどこかに行っちゃうんじゃないかって……。今日だって、またこんなになって……」
「……大丈夫、銀を置いていなくなるなんてことはしないから。なにがあっても、絶対銀のところに帰ってくるから」
「本当だよな……?もう、あんな思いするの嫌だからな……?」
銀が手に少し、力が入ったことを感じた。
その力と共に、銀の想いが感じられて、より一層こいつのことを愛おしく感じてしまう。
「本当だよ。……ごめん、不安にさせてばかりで」
「約束だからな。絶対破るんじゃないぞ?」
「ああ、約束するよ」
「じゃ、じゃあ……証明してくれ」
「ん、証明?」
「ああ……その、あ、あ、あああいし…………いや、ええと……」
「銀?」
「………あの時のあれ」
少し、慌てた様子を見せた後、銀は顔を薔薇色に染め、小さく言葉を発した。
「あの時って……」
「………あの日、樹海で最後に言ってくれた言葉……ちゃんと……言ってほしい」
「―――――――」
刹那、あの日の出来事がフラッシュバックする。
覚えていてくれたのか……。
「駄目……か……?」
いつになくしおらしい様子で聞いてくる銀。
少し不安そうに俺を見つめてくる。
その顔で、ありったけの勇気を出して言ってくれたのだということが分かった。
―――まいった。
いくら何でも反則過ぎる。
なんていじらしいのだろう。
なんて可愛いのだろう。
なんて愛おしいのだろう。
必死で押さえていた感情が溢れだして止まらなくなる。
これじゃあ、まるで耐えられない。
「頼人……?」
動きを止めた俺の顔を、銀が不思議そうにのぞき込む。
このタイミングでそんなことされたら――駄目だ。
もう一秒だって我慢がきかない。
「もし――んんっ―――!?」
――――瞬間、俺は銀の唇を奪っていた。
小さくて、柔らかい唇の感触が伝わってくる。
半ば強引で、少しぎこちないキス。
それは余りにも甘美で、信じられないほどの多幸感が胸の内に広がる。
もう、この一瞬が全てでいいとすら思えてしまう。
そうして、ゆっくりと口を離し、告げる。
「愛してる」
あの日。
どうしようもない状況で銀に伝えた言葉。
ずっと、ずっと銀に言いたくて、けれど何かが変わってしまいそうで言うのを躊躇っていた言葉。
ようやく、ちゃんと言えた。
きっと、傍から見れば子供の戯言に見えるだろう。
そんなことは分かっている。
だけど、この想いは嘘偽りのない俺の真実だ。
今更、誤魔化すことなんてできやしない。
「え……え…?頼人……今……」
だけど、銀は何が起こったのか分からないようで、呆然としている。
だから、もう一度ゆっくりと伝える。
「愛してる、銀。この世界で一番。誰よりも、何よりも、愛してる」
そうして、再び唇を奪う。
ほのかに感じる銀の温もり。
その全てを愛おしく感じ、感情がさらに昂っていく。
しばし、その感触を味わった後、ゆっくりと離れる。
すると――――
「え……あ……あぅ……」
銀はさっきよりも、ずっと顔を赤く染め、俯いてしまった。
見れば、耳まで赤くなってしまっている。
可愛いくて仕方がない。
またキスしたくなって、顔をあげてもらおうと頬に手を伸ばすと、銀は顔を隠すように、俺の胸にしがみつく。
「や、やめてくれ頼人……アタシ……今、顔見せられない……」
やはり、銀は恥ずかしがって、意地でもこの体勢から動かないつもりのようだ。
ならばと、逆に銀が逃げないようにしっかり抱きしめ、耳元に唇をよせる。
「銀、可愛い。大好きだよ」
優しく、耳元で囁く。
途端、銀はびくりと震え、俺にしがみつく力が強くなる。
その力の分だけ、愛おしいという想いが強くなっていく。
やがて、もっと色んな反応を見たい、なんておかしな欲求が脳髄を支配し、思わず、耳を甘噛みしてしまう。
「うひゃぁああっ!?」
銀が奇声を上げ、身をよがらせる。
すると、銀に一瞬の隙が生まれた。
その隙に、再び銀と唇を重ね合わせる。
柔らかで、温かくて、銀の匂いがする。
銀は微かに震えるも、脅えた様子はなく、だんだんと俺を受け入れていく。
そうして、銀の両手が俺の背中に回される。
本当に、なんて幸せな時間なんだろう……。
「ば、ばかぁ……。よりとのばかぁ……。アタシ……はじめてだったんだぞ……」
そっと、離れると銀は頬を薔薇色に染め、恥ずかしそうに言った。
少し涙目になり訴えかける、その姿はたまらなく可愛しい。
「うん、知ってる。嬉しい」
「う、嬉しいってなんだ!?」
「銀はこうされるの、嫌?」
「えっ……えと……い、いやじゃ……ない……けど……」
目をそらしながらも、そう言ってくれる。
その言葉にまた、心が昂る。
「じゃあ、いいよね?」
「で……でも……」
「銀は俺のこと好き?」
「え………ええええと……!ア、アタシは……!アタシ……は……」
銀は慌てたように言葉を発した後、俯いて沈黙してしまう。
思えば、銀は俺の好きだという言葉に応えてくれることはあっても、直接、俺に好きだといったことはなかった。
少し、意地悪な質問なのは分かってる。
だけど、どうしても、銀から直接聞きたかった。
静かに、銀の返答を待つ。
心の焦りや不安を、柔らかく押し潰して。
「……好き」
やがて、銀は言葉をぽつりと零した。
その小さな言葉が、全身を駆け、心を潤していく。
銀は呟くように言葉を発した後、ゆっくりと顔をあげ、俺の目を見つめる。
「…………アタシも……頼人のこと好きだよ」
そう、銀ははっきりと言ってくれた。
とても、恥ずかしそうだったけれど、その言葉は真剣で、とても真っ直ぐな想いが伝わってくる。
嬉しくて、言葉も出なくて、少しの間互いに見つめ合う。
ああ、愛おしい。
この少女の全てを守りたい。
この女の子の全てを愛したい。
様々な想いが体中を巡り、心まで支配する。
どれだけ、こいつにいかれてしまってるんだろう……。
ただ見つめ合っているだけで、お互いの想いが通じているように思えてしまう。
それぐらい、温かい時間。
「ん……」
そうして、気が付けば唇が重なり合っていた。
どちらかから求めたわけではなく、本当に自然に……。
……信じられない。
もうこれ以上ないってほどに銀にいかれていると思っていたのに、さらに深く魅了されていく。
あんなに愛おしかった銀のことが、もっともっと何倍も愛しく感じられる。
嬉しかった。
銀をこんなにも感じられることが。
銀が俺を受け入れてくれたことが。
この温もりは、二度と離したくないほど、大切でかけがえがない。
守り抜こう。
何があっても。
暖かな日差し。
まぶしさを感じ、意識が戻ってくる。
朝か……。
されど、もう少し眠っていたいという欲が瞼を開けることを拒否する。
と、そこで隣にある温もりに気付く。
そうだった、銀が……。
ゆっくりとその温もりを抱きしめ、その髪を撫でる。
長く、柔らかい絹のような髪。
撫でるのが癖になりそうだ。
…………………長く?
銀の髪が突如伸びたんだろうか?
……そんなことあるはずない。
もしかして…………。
恐る恐る、瞼を開ける。
「Zzz……すぴ~」
「…………園子?」
何故か、園子がいた。
すやすやと眠っている。
うん、状況が全く分からん。
「ふぇ~ライ君~?ご飯はまだだよ~?」
と、声をあげたせいか、園子が目を覚ましてしまった。
完全に寝ぼけていらっしゃる。
「失礼します」
「頼人ー来てやったわ……よ……?」
そこで、須美と夏凜が病室に入ってきた。
タイミング……ひどい……。
「…………」
しばし、空気が凍る。
「あ、あああんた達、病院で何やってんのよぉおお!?」
夏凜が顔を真っ赤にして叫ぶ。
どう考えても、誤解されておられる。
「いや、これは…………」
とりあえず、弁解しようと体を起こすも…。
「頼人君、目が覚めたね!?大丈夫!?体に異常はない!?」
言い訳する前に、須美が詰め寄ってきた。
近い、距離が超近い。
「す、須美。俺は大丈夫だから……」
とりあえず須美をゆっくりと落ち着かせる。
「でも、昨日はあんなに血を流してたじゃない……!病院に行かないと!」
「ここが病院よ!」
やばい、須美がかなり混乱してる。
「あ、わっしーとにぼっしーだ~。おはよ~」
「あんたはマイペースか!」
園子はまだ寝ぼけてる……。
なんだか、かなり混沌とした状況になってきた。
少しして、ようやくみんな落ち着いてくれた。
園子は落ち着きすぎて、俺の膝の上でまた寝てしまったが……。
まあ、昨日一番体力を消耗したのは園子だし、これぐらい大目に見てあげよう。
「まったく、朝っぱらからあんたら自由過ぎんのよ」
夏凜が頭を抱えながら言う。
「病院で騒いでしまうなんて……面目ないわ……」
「まあ、須美は心配してくれただけなんだし、気にしないでくれ」
「でも……」
「いいから、須美はそういうの気にしすぎだぞ?」
「頼人君……」
「ふぉ~、わっしー……でれでれ~……むにゃむにゃ……」
と、そこで園子が寝言を言い、弛緩した空気が流れる。
「器用な寝言だな……」
「ええ。さすが、そのっちね……」
「ほんとに寝てるのかしら……」
起きてるんじゃあるまいな、とも思うが園子のことだ。
寝ながら、周りの言葉に反応するくらい、普通にやってのける。
「んで、頼人。怪我の方は問題ないのね?」
「ああ、ちょっと痛むぐらいだし、心配ないよ」
と、そこで須美の顔がまた、暗くなっていく。
「……ごめんなさい頼人君。……私が守れなかったせいで……また、怪我をさせてしまって……」
そういうと、須美は涙まで浮かべてしまう。
どうやら、俺の怪我にかなり責任を感じているようだ。
本当、気にしすぎる子なんだから。
「何言ってるんだ。須美が守ってくれたから俺は助かったんだよ?だから、ありがとう」
そう言って、須美の頭を撫でる。
あの時須美が庇ってくれなかったら、間違いなく俺は死んでいた。
本当に、須美には感謝してもしきれない。
「頼人君………」
また、須美の目に涙が浮かぶ。
むぅ、どうすれば泣き止んでくれるだろうか。
と、そこで園子が起き出して、須美の頭を撫で始める。
「よしよし、いいんだよ~わっしー。わっし―、いっぱい頑張ったもんね~」
軽く寝ぼけてるようだが、須美の声に反応して起きたようだ。
まったく、優しい子だ。
「胸を張りなさい須美。獅子座を仕留めて、頼人を守ったのはあんたなんだから」
「そうだな。須美は本当に頑張ってくれたから。勿論、園子も夏凜も。本当にみんな、よくやってくれた。ありがとう」
空いてる手で園子の髪も撫でながら言う。
「今まで、ライ君が頑張ってくれてたからね~。そのおかげだよ~」
「………ええ、頼人君が頑張ってくれたから、私たちもここまで頑張ってこれたのよ。だから、お礼を言うのはこっちのほうよ」
「ま、まぁ私がいたから勝利は当然だったけど、あんたの力が役立ったのも事実よ。だから感謝してやっても…」
「ほんと、にぼっしーは素直じゃないんだから~」
「そうね。こんなこと言いながら、夏凜ちゃんもすっごく頼人君のこと心配してたのよ?」
「うっさい!だからそういうこと言うんじゃないわよ!」
夏凜が顔を赤く染め、怒鳴る。
皆慣れたもので、ただただ微笑ましいものにしか映らない。
「……ところでそのっち、何で頼人君のベッドにいるの?」
須美がジトッとした目で園子を見る。
「今更!?」
「えへへ~。ライ君がすっごく気持ちよさそうに寝てたから、つい私も眠くなっちゃって~」
「だからって、頼人君は怪我人なんだから勝手に潜り込んでは駄目よ?」
「まぁまぁ、俺は全然平気だから大丈夫だぞ?」
「もう、頼人君は甘やかしすぎよ。そのっちの教育によくないわ」
「あんたは母親か……」
「甘やかしてるつもりはないんだけど……。……ところで、銀はどうしたんだ?」
「そういえば、ミノさんどうしたんだろ~?ライ君のことならすぐ飛んでくるはずなのにね~?」
「銀なら途中まで一緒だったんだけど……」
「銀の奴、ここに来る途中でいきなり用事を思い出したとか言って、どっか行ったのよ」
「用事ねぇ…」
「ええ、ただ少し様子がおかしかったのよね。銀が頼人君より他の用事を優先するなんていうのもおかしな話だし……」
「ふむ……ちなみに様子がおかしかったってどういう感じで?」
「なんだかあいつ、頼人の病室に行くの避けてるみたいだったわね。なんか顔赤かったし、いつもよりおとなしいっていうかぼーっとしてるっていうか…」
「う~ん。ミノさん、風邪でも引いたのかな~?」
「でも、銀に体調のこと聞いても大丈夫って言ってたのよね……。一体どうしたのかしら…?」
須美が心配そうに言う。
風邪じゃない。
途中まで一緒に来てた。
ということは………逃げたか。
おそらく、今更になって、また恥ずかしくなってきたのだろう。
分かりやすい奴だ。
大体俺のせいではあるが。
流石に昨夜は少し、暴走しすぎた。
……いけない、昨日のことを思い返すだけで顔が弛緩してしまいそうになる。
気を付けておこう。
「それじゃあ皆でミノさんを探しに行こっか~。直接色々聞いた方がきっと早いよ~」
「だめよ、そのっち。私たちにはこれから検査があるのよ?検査が終わったら自然に合流できるはずだから、その時に聞きましょ?」
「ったく、銀も世話が焼けるわね」
と、そこでまた病室の扉が開いた。
「やっぱり赤嶺君、起きてたんですね……」
「あ……」
入ってきたのは、いつもお世話になってる看護師さんだった。
そういえば、目が覚めたこと病院側に話してなかったな……。
少し騒がしくしてたから、それで気付かれたらしい。
看護師さんから目が覚めたのならすぐナースコールを押してください、と怒られてしまう。
それ自体はいいのだが、問題は須美が結構気にしてしまったことだ。
「頼人君の体を思うなら、すぐに看護師さんを呼ぶべきだったのに……何たる不覚……!」
「須美、そんなに気にしなくても……」
「いいえ頼人君。頼人君の身の安全を預かる立場として、こんな失態は許されないわ…」
「いつからそんな立場になったのよ……?」
「わっしーは気にしすぎだよ~」
「園子はもう少し気にしなさいよ……」
「まあまあ、とりあえず自分も検査うけなきゃみたいだからまた後でな」
そう言って、検査を受けるため、看護師さんにより移動させられる。
検査を受けた後、医者から話を聞くと、頭の怪我は意外と軽傷だったらしい。
派手に出血はしたものの、頭蓋骨や脳に損傷はなく、ひとまず安心していいそうだ。
ただ、念のため数日間入院してもらうという話をされた。
ほんと、何度入院すればいいのだろう……。
「すまん、秋隆。また心配をかけたな」
病室に戻った後、俺は秋隆を呼び出していた。
あいつらが検査に行っている間に聞きたいことがあったからだ。
「お気になさらないでください。若が無事であればそれでよいのですから」
「そう言ってもらえると助かる。それで……被害は?」
「………瀬戸大橋の崩壊、沿岸工業地帯での火災、その他、大規模な山火事が発生しました。火災はいずれも、今朝までに鎮火されています」
「……人的被害は?」
「重軽傷者、多数。また、大橋において行方不明者が二名とのことです」
「――――そう……か……」
急激に体が、心が重くなっていく。
行方不明者…事実上、死者を出したということだ。
……覚悟はしていた。
否、していたつもりだった。
満開の機能を排除することで、結果的に被害が大きくなる可能性も。
犠牲者が出る可能性も………。
分かっていた。
分かっていて、自分は満開を否定した。
そのことに何ら、後悔はない。
だが、見誤っていたことがあるのも確かだ。
俺は、獅子座の攻撃力を実際よりも低く見積もっていた。
だが、それでもバーテックスの知能を考えれば、獅子座が大橋が破壊を図る可能性は小さくなかった。
それを予測すらできなかったとは……。
仮に、想定できていたならば、大橋周辺の立ち入り禁止区域をさらに拡大することもできたはずだ。
想像力が足りなかったせいで、犠牲者を出してしまう羽目になった。
今まで、バーテックスについて研究し、そして、直接その戦いを見たのは俺しかいない。
この事態を予見できたとすれば、俺しかいなかっただろう。
たらればに過ぎないことは分かっている。
だが、防げたはずの被害を防げなかったのは事実だ。
全くなんて、無能だ。
自分の馬鹿さ加減に吐き気を催す。
「そのお二人について聞いても?」
「大赦に勤めていた犬吠埼夫妻です。民間人を避難させていたそうですが、夫妻は逃げ遅れ、犠牲になったと」
つまり、自身の無能のツケを彼らに押し付けてしまったということだ。
どうしようもなく胸が痛む。
「―――ご遺族は?」
「ご息女がお二人いらっしゃったとのことです」
「歳は?」
「お二人とも、若とさして変わりません」
つまり、銀とさして年の変わらない少女が、一夜にして両親を失ったということだ。
ますます、気分が悪くなる。
幼い子供にとって、親は自分の世界のほとんどを占める存在なのだ。
彼女達の心中は察して余りある。
今、彼女達はどれほど辛いのだろう。
どれほど、不安なのだろう。
「そうか。………その姉妹が大人になるまで生活に不自由をしないよう取り計らっておいてくれ」
本当に、嫌になる。
ご夫妻は多くの人を救ったというのに、その行為に報いるために出来ることはこれくらいしかない。
「かしこまりました。ただ、一点問題が……」
「なんだ?」
「この姉妹の勇者適正値は高く、姉妹ともに有力候補に挙がっています」
嫌な情報。
また、頭が痛くなる。
どうすべきだろうか……。
少し、考える。
「――――候補から外せ」
「……よろしいのですか?」
「かまわん。二人ぐらいならさして問題はない。それに、バーテックスに復讐心を持ちかねない。危険だ。」
両親の死の原因となったバーテックス相手に、その少女たちがどのような感情を抱くかは分からない。
だが、両親の死の真実を知れば、復讐心を持つ可能性は十分にある。
仮に、復讐心を持った者が勇者になれば、厄介なことになりかねない。
復讐にとらわれ、勝手な行動をし、他の勇者に危険が及ぶ可能性は排除しなければならない。
現に、西暦では初代勇者が復讐のために動いた結果、問題が生まれたケースもある。
英雄とされる、乃木若葉さんですらそうだったのだ。
可能性は摘んでおくに越したことはないだ。
「ご当主は快く思われないのでは…?」
至極当然の指摘。
結局、俺個人には大した権限はない。
それでも、色々動けているのはあくまで家の力が大きいからにすぎない。
特に、重要な事項について家の力を使う場合、父の説得と根回しは必須。
このような場合、少々面倒なことになりかねない…が、これについては仕方がないのだ。
特に、もう一つの理由が大きい。
「これくらいしなければ、ご夫妻が浮かばれないだろう……。親父には直接話す」
きっと、夫妻は娘を戦わせたいとは思わないだろう。
彼らが正しく親だったのならば、きっと娘の幸せを第一に考えていたはずだ。
偽善だと言われるかもしれないが、ご夫妻が安心できるように取り計らうべきだと思う。
「……僭越ながら、若はご自分の責務を拡大解釈しすぎているように思われます。ご夫妻の犠牲をご自分の責任だと考えられているのでしたら、それは見当違いです」
と、そこで突然秋隆が声をあげた。
珍しいことに、俺を慰めてくれてるようだ。
気持ちはありがたいが、無用のものだ。
「慰めならやめてくれ。俺がほんの少し、想像力を働かせていれば、この事態は避けられていたんだ。責任がないはずもない」
「そうではありません。若、このように動いていれば事態を変えられた、と思われるのは自己過信が過ぎると言わざるを得ません。それに、若の理屈なら、大赦の人間にも、考え方によっては勇者の皆様にすら責任があると言えてしまうでしょう。若は彼らの責任まで問うおつもりですか?」
驚いた。
秋隆にこのように諭されるとは、初めてのことだ。
おかげで、少し冷静になれた。
確かに、自惚れが過ぎた考え方だ。
挙句、秋隆の言を慰めだと勘違いするとは……。
なんて様だ……。
「…………すまない。少し、傲慢になっていたらしい。反省する」
どう取り繕っても、今の俺は十二のガキなのだ。
なんでもかんでも、自分の思い通りになるはずもない。
なんて、傲慢な考えをしていたのだろう。
我が事ながらぞっとしてしまう。
注意しなくては……。
「いえ、私の方こそ出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。お許しください」
「いいんだ。それに、少し気が楽になった。秋隆のおかげだ。だが、勇者の選考からお二人は一度外す」
「若?」
「勘違いしないでくれ。流石に考慮すべき点が多すぎるからな。どのみち、一度見直すべきだろう」
「そういうことであれば、かしこまりました」
「すまんな………そういえば、親父や安芸先生は病院には来ていないのか?」
「はい。今朝から、本庁にて緊急の会議があり、お二人ともそちらに出席されています」
確かに、現状況下だと今後の方針を定めるのは急務だ。
考えてみれば当然のことだった。
流石に、上もこれほどの事態になるとは予想しえなかっただろうし。
「わかった、会議の内容、結果共に詳細が分かり次第教えてくれ」
そう言って、秋隆を下がらせる。
正直、気は重いままだが………今後のことを考えよう。
頭を無理矢理切り替える。
今回の襲来により、大赦は瀬戸大橋を失うこととなった。
この事実がもたらす影響は凄まじい。
即ち、これまでの迎撃パターンは役に立たなくなるということだ。
今までの戦術研究の殆どは、大橋を主戦場と想定してのものであった。
バーテックスの侵攻ルートを限定することにより、常に待ち伏せが可能。
また、敵の行動も把握しやすかった。
そして、何より被害の抑制が可能であった。
大橋を失ったということは、つまり、これらのアドバンテージもまた、失ったという事実を示している。
大橋の再建は最早、不可能だろう。
何しろ、西暦においても、着工から竣工まで十年かかっているのだ。
地質調査なども含めるとさらに時間はかかっている。
さらに、大橋のシステム復旧のことまで考えた場合、いったいどれほどの時間がかかることか…。
再建してるような、時間は最早ない。
幸いにも、『封印の儀』のおかげで、大橋のシステムがなくとも、迎撃自体は可能だ。
戦術について、大幅な見直しが必要になるだろう。
そもそもの話、大橋付近の地域は人口密度も高く、戦場としては正直、向いていない。
戦域の再設定もまた、必要になる可能性が高い。
救いがあるとすれば、次の襲来までには勇者の増員が可能であることくらいか。
おそらく、会議でも似たような話をしているのだろう。
「あとは、この結果が改革を加速させる一助になってくれれば……」
今回の襲来は様々な点で大赦に影響を与えることになるだろう。
敵の殲滅に成功したという観点から見れば、改革の成果の一つとも考えられ、また、甚大な被害を被ったという点は今後の反省材料にもなりえる。
故に、この襲来を材料に、さらに組織全体としての意識改革を図ってくれれば、と思うのだが…。
無論、被害や現在の状況を考えるに、まるで楽観することはできない。
なにしろ、今回の戦いもぎりぎりでの辛勝だったのだ。
また、根本的に結界外の状況も変わっていない。
全てはこれからなのだ。
……こんな考え方はいけないな。
分をわきまえなければならない。
俺は扇動しただけで、実際に改革を推し進めたのは親父たちなんだから、彼らを信じるべきだろう。
いらないところにまで気を回すのは自重しなければ。
いずれにせよ、俺は俺に出来ることをやるだけなのだから。
とはいえ、何をするにしても親の力任せなのだから、少々締まらないけれど。
と考えに耽っていると、唐突に病室の扉が開いた。
「さあ着いたわよ、観念しなさい」
「うぅ…だから何もないって……」
「嘘おっしゃい。何かあったのは分かってるの。銀にも頼人君にも根掘り葉掘り聞かせてもらうわ…!」
「この感じ、特ダネの匂いがするんだぜぇ~」
「園子はいつ記者になったのよ…?」
「う~んと、今日から~?」
「完全に素人じゃない…。まあいいわ、じっくり聞かせてもらうわよ、銀!」
「だから、やめてくれぇ…」
恥ずかしそうにしている銀を三人が連行してきた。
楽し気にしているこの子たちを見ていると、心が重くなってしまう。
あれほどの被害、この子達が気付くのは時間の問題だろう。
気付いた時、どのように思うだろう……。
無論、彼女達はただ最善を尽くしただけだ。
被害の責任が問われるはずもない。
それでも、この子たちは優しすぎる。
きっと、責任を感じてしまうはずだ。
特に、犠牲者が出ているのだから……。
この子達に人の死を背負わせたくはなかった……。
きっと、すぐに話すべきなのだろう…。
だけど、もう少しだけ……もう少しだけ、こういう時間があってもいいはずだ。
この子達は、何も悪くないのだから。
「おいおい、突っついたってなにも出ないぞ?」
そうして、彼女達と談笑する。
いつものように、顔色を変えず。
大切で温かな日常をゆっくりと感じる。
だけど、覚えておかなければならない。
そういう日常を奪われた人たちがいるのだということを。
失われた命はあまりにも重い。
だから……だからこそ、もう二度と犠牲者を出さぬよう、さらに努力を重ねなければならない。
……頑張ろう。もっと、ずっと。