樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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interlude IV

一.

 

 

神世紀二九八年十月中旬

 

大赦内の一室で、複数名の神官が集まっていた。

彼らは穏健派と呼ばれ、改革においても日和見を決め込み、改革後も強大な権力を自分達から求めようとしなかったために、一定以上の権力を保持しえたという共通点を持っていた。

一見すると、ただ幸運を拾った立場のようにも見受けられるが、当人たちにそのような意識はない。

なにせ、大赦内で最高の権力を誇った上里ですら、御老体が失脚し、赤嶺の言いなりとなっているような状況下において、一時の過失で容易く破滅する(少なくとも、彼らにはそのように思えた)彼らはどうしようもなく薄氷の上に立つ存在であったからだ。

それ故に、乃木や赤嶺に権力が集中している今、自分達の身の振り方をどうすべきか、度々集まって討議していたのである。

ある種、大赦内で最も不穏分子に近い存在とも言えよう。

 

「やはり、このまま赤嶺との協調路線を取り続けるべきだろう。最早、今の大赦は赤嶺の独裁に近い。我々が生き残るためには、如何に彼奴から不興を被らないかではないか?」

 

「言いたいことは分かるが、流石に卑屈が過ぎるのではないか?確かに、赤嶺の動きは目に余るが、それでも乃木の顔は立てておる。流石に、大義もなしに動くことはないはずだ」

 

「どうだかな。昨今の会議でも、乃木や鷲尾の面々はしきりに、赤嶺の意見を気にするではないか。上里の件もある今、赤嶺の意見ならばどのようなものでも通りかねん。もし、彼奴が我らのような存在を排除しようとしても止められるかどうか」

 

場に重苦しい空気が漂う。

いまだ、表向きの立場としては乃木や上里のツートップ体制というのは崩れていないが、晩夏の一件により上里は赤嶺に頭が上がらず、また乃木や鷲尾といった有力な名家が過度に赤嶺の意見を求める為、事実上、赤嶺の発言力が最も強くなっているというのは最早、周知の事実であった。

とはいえ、赤嶺が発言力を強めただけであるなら、彼らもあまり反応しなかったであろう。

なにせ、前々から有力な名家が権力を握っている構図自体はあったのだ。

組織の構造が変わったとはいえ、考え方によっては、頭がすげ変わっただけとも言える。

それでも、ここまで彼らが反応する理由は、強硬に改革に反対した者たちの末路にあった。

名家としての特権を失い、職を追われた者たち。

赤嶺の主導による徹底した腐敗の排除と、粛清。

流血こそ伴わなかったものの、一連の改革は上からのクーデターと揶揄されるほど苛烈なモノであった。

 

「しかし、身内大事さにここまでやりおるとは……」

 

満開の排除は一定以上の立場の者には通知されていた。

それは、通知を決定した少年の意図した結果を完全にはもたらさなかった。

むしろ、改革自体を身内大事さに行ったものではないかという見方を、現首脳部を快く思わない一部の者達にさせてしまったのである。

しかし、話の筋自体は通っていたこと、そして、表だって少女を犠牲にしろ、などと言えるようなものが殆どおらず、また言えたものの多くは反対派として排除されたことから、この話は余り表沙汰にはなっていない。

とはいえ、そのような見方をするものが一定数いるのは確かであった。

 

「しかも、随分と外様の者が増えたではないか。このままでは、我らの居場所はいずれ……」

 

「ふん。中途半端に能力主義的になったのは確かだが、実権は彼奴らが握っておるのだ。いずれ、歪が生まれよう。焦ることはない」

 

「だが、歪が生まれたところで、我らの状況が変わるわけでもあるまい。やはり、何かしらの手を打つべきだろう」

 

「だが、どうするのだ?あの赤嶺だぞ。少しでも、怪しげな動きをすれば、我らとてただではすむまい」

 

「うむ。上里ですら一杯食わされたのだ。慎重になるべきだろう」

 

「何、そうと分からなければよいのだ。やりようはある」

 

「自信ありげだな。何か策でもあるのか?」

 

「そうだ。あの救国の英雄などと持て囃されている赤嶺の子倅を使えばいい」

 

「あの小僧か。だが、あれは今や勇者の称号を与えられているではないか。迂闊には手を出せぬぞ」

 

「まぁ聞け。先日、面白い話を耳にしてな。その子倅が、実質的に赤嶺を動かしているというのだ。あろうことか、改革を乃木に吹き込んだのはその子倅だと」

 

「馬鹿な。子供としては、確かに聡いとは思うが、そのようなことができるはずなかろう。第一、あの男がそんな真似を許すはずもあるまい」

 

「左様。作り話にしても精彩に欠けるな。そもそも、そんなことをする理由があの子倅にはないだろう」

 

「出来の悪い与太話のように感じられるのも無理はない。だが、この話の出所を聞けば、気も変わろう」

 

「ほう?赤嶺から息子の功績でも自慢でもされたか?」

 

「……これは三好春信からの情報だ」

 

瞬間、空気が張り詰める。

その名前は彼らにとって重大な意味をもたらすものであった。

 

「それは真か?」

 

「ああ、彼奴から直接聞いた話だ」

 

「……だとしても、俄かには信じられん。仮にそれが真実だとすると、あの男がたかだか十二の小僧に手玉に取られたことになるぞ?」

 

「待て、そもそも情報の出所はどこだ。我らでも知りえなかった事実を、三好春信は何所から手に入れた?奴からの情報だとしても、詳しい出所を聞かぬことには……」

 

「そのことか。どうやら、赤嶺の部下に裏切り者がいるらしくての。そこから情報を得たそうだ。情報の裏付けも行ったが、虚偽のモノはなかった。信じてよいだろう」

 

「あの赤嶺だぞ。罠の可能性は―――」

 

「だから、罠だとしても問題ない方法を取ればよいのだ」

 

「そのような方法が本当にあるのか?一歩間違えれば我らは破滅だぞ?」

 

「まあ待て。まずは話を聞いてみようではないか。……して、どうするつもりだ?」

 

「簡単な話だ。まずは――――」

 

 

それは、傍から見れば間違いなく権力にすり寄る行為であり、改革後の大赦においてはとても褒められたものではなかった。

この年に起こった改革において、瑕疵があったとすれば、改革を迅速かつ確実に実行するために、改革派に属する権力者たちの既得権益をある程度認めてしまったことであろう。

実際問題、この手段を取らなかった場合、反対派の数はさらに増加し、改革に要する時間がさらに増え、最悪の場合、大赦内外においても混乱が波及したであろう。

それ故、一概に批判できる類のものではなかったが、それでもこのような問題が生まれる遠因になったのは確かなことであった。

時代はまた、動いていく―――

 

 

 

 

 

 

 

二.

 

真鍋美奈津は、昔から人の心に入り込むのがうまかった。

相手の表情を観察するのが得意で、相手が求めるような言葉を昔から簡単に分かった。

だから、自分の居心地のいい空間を作って、いつもそこでぬくぬくと過ごしていた。

工夫すれば簡単に都合のいい友達はできたし、学生生活でも人間関係に困ったことはなかった。

それなり以上に成績も優秀で、家も大赦に関係しているところだったから、卒業後は大赦で働けることになった。

大赦で働き始めても、私は人の心に入り込んで、うまく立ち回っていた。

おかげで、あの上里家に目をつけられ、職員としての仕事に従事しつつ、上里の命で様々な部署との裏取引など工作員のようなことをし始めた。

そのことに疑問は抱かなかった。

むしろ、あの上里の下で働けることに優越感すら抱いていた。

順風満帆な人生。

このままいけば、栄達の道が拓けると本気で思っていた。

事実、私は上里の役に立つ仕事ができたらしく、日に日に重要な仕事を任せられるようになっていた。

そうして、幾つもの部署を転々としながら人脈を作り、上里の仕事に従事していたとき、あの夫婦に出会った。

 

犬吠埼夫妻。

夫婦ともに大赦で働いているという、たまに見かけるような組み合わせの二人。

その二人は、今まで会ったどんな人たちよりもお節介で……優しかった。

仕事の中だろうがそうでなかろうが、彼らはよく私を気遣って、世話を焼いてきた。

私が毎日、スーパーの弁当ばかり食べていることを気にして、わざわざ弁当を作ってきてくれて、それを恩に着せることもなく、二人分作るのも三人分作るのも一緒だからと笑いかけてくれた。

きっと、私が色々な部署を転々としていると聞いて、何か別の想像をしたのだろう。

けれど、嬉しかった。

両親は物心ついた頃には、事故で失っていて、祖父母に育てられたから、きっと両親がいれば、こんな感じだったのだろうと思えて、本当に。

二人はよく、二人の娘の話をしてくれた。

姉の方は、明るくていろんな人と仲良くなれる子で食費がかかることだけが悩みだと言って、妹の方は、少し臆病だけど歌がうまくて実は芯が強いところもあると。

そして、二人ともとても優しくて可愛い子だと。

本当に、子供のことを語る夫婦は幸せそうで、自分も、こんな家庭を作りたいなと思った。

 

そんなある日、大きな事件が起きた。

バーテックスが三体同時に襲来し、大赦が擁していた勇者三人が事実上の敗北を喫したのだった。

それでも、世界が存続しえたのは、赤嶺の一人息子の手によるものだった。

この一件で赤嶺の息子は一躍、救国の英雄として祭り上げられることになった。

同時に、これまで勇者の増員やシステムのアップデートに反対していた面々の発言力は大きく低下し、反対に赤嶺の発言力は爆発的に向上した。

だが、話はここで終わらなかった。

この事件を契機に、大赦に大規模な改革の動きが見られるようになったのだ。

 

上里はこの動きに何とか対抗しようとしたが、準備の段階から改革派に後れを取っていたらしく、その危機感は真鍋自身すら感じられるものであった。

そんな折、勇者適正値を反対派に流すように指示された。

真鍋は上里の意図を完璧に読み取り、上里が関わっていると周りに気付かれないように、なおかつ、反対派の工作が露見するように立ち回った。

それがおかしいことなどとは一切考えなかった。

世界の危機なのは自覚していたが、この一件だけで、それほど事態が変わるとも思っていなかったし、どの道、自分は上の指示に従うだけの存在である以上、考えても仕方ないと思っていたからだ。

 

しばらくして、勇者候補の訓練所に訪れる赤嶺頼人の世話役となり、同人にある情報を流すように指示された。

流石に、この件の意図は真鍋自身も正確には読み取れなかった。

しかし、仕事は仕事。

真鍋は完璧にやり遂げる自信があった。

そして、順調に仕事を進めていった。

触れ合ってみると、少年は優しく、まるで、自分のように相手の求めることがよく分かっているような気がした。

故に、ちょっとした親近感を覚え、少年にある種の好意を持った。

随分、仲良くなれてきたと感じ、少年を謀っていることに罪悪感を覚えてしまうほどであった。

だが、それらはすべてまやかしだった。

嵌められていたのは、自分だった―――

 

少年が自身を追い詰める様を見ていて、気付いた。

この少年は自分とは違う。

少年は自分の信念の為なら、文字通りなんでもやってのける。

人を動かし、必要なら自分を囮にすらする。

私のように、ただ上からの指示に従うだけの人形じゃない。

人の上に立つような人物。

少年はわずか数ヶ月で、私が今まで必死に積み上げてきた物以上のモノを手に入れ、上里すら追い詰めて見せた。

その時、自分が何年も時間をかけて得た信用も地位も、何の意味もないのだと言われたような気がした。

だから………私は少年を憎んだ。嫉妬した。嫌いになった。

まさしく、少年は私にとって悪魔のような人物だった。

 

 

 

それからは、赤嶺で働くことになった。

皮肉なことに、赤嶺の仕事は性に合っていたらしく、待遇も周囲からの評価も以前よりも向上した。

 

 

そして、あの日が来た。

過去最悪の襲来。

多くの被害がでて、犠牲者も出た。

当初はこれほどの被害が出たのだから、犠牲者が出るのも当然かと、どこか他人事のように感じていた。

……亡くなったのが、仲良くしてくれた犬吠埼夫妻だと知るまでは。

 

 

事実が受け止めきれなくて、頭の中で色んな事を考えた。

大赦への八つ当たりのような感情、残された娘たちはどうなるのかという心配、色んな感情がごちゃ混ぜになり、そうして、気付く。

気付いてしまった。

自分が勇者適正値のリストを流したことを。

そのせいで、勇者の増員が遅れ、この戦いに間に合わなかったことを。

彼女の中で、様々な想いが交錯し、嫌な想像が膨らんでいく。

もし、勇者の増員が間に合っていたら、もし自分がリストを流していなければ、もし自分の行為をもっと真剣に考えていたら………被害はもっと、少なかったのではないか?

 

―――あの二人も亡くなっていなかったのではないのか?

 

―――それじゃ……あの二人が死んだのは……私のせい……?

 

それは、彼女の思考を飽和させるに十分すぎるモノであった。

 

 

どうしてもっと真剣に考えなかったんだろう?勇者の戦力が減れば、被害が拡大する可能性なんていくらでも考えられたのに。ああ、畜生。こんなことなら、あんな命令に従わなければよかった。これもすべて上里のせいだ。あいつらがあんなこと指示しなければ全て収まったのに。いや、違う。違う。違う。私だ。やったのは私だ。私のせいで二人が死んだ。優しかった二人が死んだ。折角、今度家においでと言ってくれてたのに。なんで行かなかったんだろう。私のせいで、私のせいで、私のせいで―――――

 

 

後悔した。

後悔した。

後悔した。

這いつくばって、涙を流し、赦しを乞うた。

しばらく、働けるような状態ではなかった。

そうして、後悔に苛まれていた時、私に三好春信が接触した。

春信は私にこう告げた。

後悔に苛まれるぐらいなら、夫妻の為に動け。

世界を残せるよう努力しろ。

彼らの娘を勇者にすることで、守れ。

どの道、彼女達はこの先、危険な御役目を背負う。

ならば、少しでも彼女たちが優遇されるように手を貸せ、と。

当然、怒った。

両親を亡くした少女たちにこれ以上、何をさせるのかと。

だが、自分が怒れる立場かと問われると、何も言えなかった。

しばらく、色んな事を考えた。

今、自分が何をすべきなのか。

どうすれば償えるのかと考え続けた。

そうして、結局、償える道なんてないと気付いた。

けれど、今、自分の意思で動かないと、私は一生人形のまま。

また、無責任に誰かを傷つけるかもしれない。

けれど、どの道、生きていかないといかないのなら、もう決して、後悔しない道を選ぼう。

自分の為すことの意味を考え、前へ進もう。

どうしても、人を傷つけてしまう道であるなら、せめて自分の意思で傷つけよう。

 

そして、真鍋美奈津はもう一度、歩み始めた。

これまでと違う道を。

もう二度と、間違えないために。

悔恨を背負いながら、生きていく―――

 

 

 

三.

 

 

 

犬吠埼さんと会った翌日、俺達は予定通り、イネスに遊びに来ていた。

昨夜中に、何とか犬吠埼さんに真実を話せるよう、根回しを終わらせられたおかげで、時間ができた。

こっちの都合で予定をすっぽかせば、みんなが怖いことになるのは目に見えているから、時間ができて良かった。

特に、夏凜にあんなこと言った翌日なのに、自分だけすっぽかせば、恐ろしいことになる。

まあ、自分が遊びたかっただけというのもあるけど……。

そんなこんなで、イネスに来たわけだが、ゲームだったり、雑貨屋だったりを一通り回って今はお昼時。

皆でフードコートに昼ご飯を食べに来ていた。

ざるに載ったうどんを、素早くつけ汁につけ食べる。

うむ、うまい!

 

「あんた、もう十一月だってのに、よくそんな冷たいもの頼めるわね」

 

「頼人は、昔から冬でも平気でざるうどん頼むからな。謎のこだわりがあるらC」

 

「ざるうどんはいいぞ。うどんののど越しや食感を一番味わえる至高の食べ方だ。薬味で味を変化させられるし」

 

「でも頼人君、冷たいものばっかりだとお腹壊しちゃうかもしれないわ。ほら、温かいお茶よ」

 

須美が湯呑に温かいお茶を入れて、持って来てくれる。

気遣いが身に染みるなぁ……。

 

「ありがと須美。助かるよ」

 

「お~。わっし―流石~。良妻賢母だね~」

 

「そのっちったら、お茶くらいで大げさよ?」

 

と言いながらも、須美は嬉しそうにしている。

 

「相変わらず過保護ね……」

 

夏凜が呆れたように言う。

うん、俺もそう思う。

ただ、一番怖いのは、これがデフォルトになりつつあることだ……。

いけないと分かってるのに、つい甘えてしまう。

この調子で大丈夫かな……。

 

「まあ須美だしな。それでさ、この後なんだけどアタシ、ちょっと行ってみたいところがあるんだ!」

 

「あれ、銀?今日はイネスフルコースなんじゃなかったのか?」

 

「アタシも最初はそのつもりだったんだけどさ、昨日、お母さんがこんなのもらってきたんだ。期限が明日までだったから使っていいってさ。皆で行ってみないか?」

 

銀が差し出した紙を見ると、それは水族館のチケットだった。

どうやら、これ一枚で五人とも入れるらしい。

 

「わ~!ここ行ったことないとこだよ~!」

 

「あら、いいわね。私も久しぶりに行ってみたいわ」

 

「ん、いいんじゃない?私もそういうとこ、あんまり行ったことないし」

 

「じゃあ決まりだな!」

 

ということで、俺たちは、午後からは水族館に行くことにした。

中に入ってみれば、意外と広くて人も結構な数が入っていた。

 

「へぇ、こういう風になってるんだ。にしても意外と盛況なのね」

 

夏凜が物珍しいように言う。

やっぱり、あんまり来たことはないのは本当らしい。

 

「ええ、休みの日だからか人が多いわ」

 

「だね~。ここの水族館初めて来たけど人気なんだ~」

 

「おぉ!!みんな水槽を見てみろ!マンボウがこっちに向かってくる!」

 

銀が俺の車椅子を押しながら言う。

 

「わぁ!!可愛いね~。あ、口をパクパクさせてるよ~」

 

「ふふ…私達とお話ししたいのかしらね」

 

結構みんなはしゃいでいる。

平和で良いことだ。

 

「あ、そっか。ん~……マボマーボマボマボ~」

 

「なんだ園子、新手の呪文か?」

 

おかしな言葉を発し始めた園子に、銀が尋ねる。

 

「マンボー語喋れないかなぁと思って。マボマーボマボマボ~」

 

「あんた、いつから魚類になったのよ!?」

 

「待って夏凜ちゃん、そのっちは人よ?この場合は半魚人になるじゃないかしら?」

 

「須美はツッコミどころがおかしすぎるわよ!?」

 

「落ち着け、夏凜。周りに見られてるぞ」

 

銀が夏凜を落ち着かせる。

 

「そうよ、夏凜ちゃん。公共の場では静かにしないと」

 

「くっ……なんで私が……」

 

夏凜が三人に思いっきり振り回されてる。

不憫だ……。

 

「どんまい、夏凜」

 

「うっさい!あんたがツッコミなさいよ!」

 

励まそうとしたら怒られてしまった……。

 

「まあまあ。機嫌を直せ、夏凜!次のクラゲのとこ行ってみよ、不老不死だって」

 

「そ、そうね。せっかく来たんだし、楽しまないと損よね……」

 

銀がなんとか別に注意を引いてくれ、夏凜の調子が戻る。

よかったよかった。

そうして、銀が言ったクラゲのコーナーへ移動する。

そのコーナーは他に比べて人もあまりおらず、水槽から漏れる照明だけが光源となっていたため、どこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。

そうして、水槽に目をやると可愛らしいクラゲがたくさんいた。

ほう……ベニクラゲか……。

ゼリーのような半透明の体に綿毛のような触手を出したクラゲ。

中心が薄い赤に染まっていて水中をふわふわ漂っている。

結構可愛い。

 

「わぁ……ユラユラ綺麗だね~」

 

「あぁ、すごい……光が透けてきれいだ」

 

気が付けば、園子と銀が見入っている。

 

「タンポポの綿毛みたいね……。確かにきれいだわ……」

 

「……ん。本当ね」

 

須美と夏凜にも好評のようだ。

それにしても、マンボウやベニクラゲなど、結構、色んな生き物が残っているんだなと感心する。

世界が滅んでも、ここの生き物たちは滅びずに、三百年間、種を存続させてきたんだな……。

ベニクラゲは不老不死だというから、ひょっとしたら、ここのクラゲも西暦の時代から生き続けているのかもしれない。

そう思うと、少し、感慨深く思えた。

 

「ん~………」

 

「どうかしたか、園子?」

 

いつもと少し違う表情でクラゲをじっと見つめる園子に銀が尋ねる。

 

「……このクラゲさんたちね、長生きだし色んな海を泳いでここにやってきたのかな~?」

 

どうやら、園子も俺と似たようなことを考えたらしい。

 

「そうかもしれないわね」

 

「何しろ、不老不死だからな」

 

「…だとしたら、壁の外の世界も見てきたのかもしれないね~。それとも、この水族館で生まれて育って……私達と同じなのかな」

 

「同じってどういうことよ?」

 

「…壁の中の世界しか、知らないのかなぁって」

 

夏凜の質問に園子が答える。

そうか……。

考えてみれば、この子達は四国以外の世界を見たことがない。

世界の事もだし、日本のことですら、知識でしか知らないことが多い。

新幹線や、大きな飛行機、城や古くからの史跡など西暦では当たり前に見られたものの多くもこの子達は、いやこの世界の人々は見たことがない。

そのことが、何故かとても寂しく思えた。

だから、つい言葉が転がり出ていた。

 

「………じゃあさ、向こうの世界を取り戻したら、皆で見に行こうか。色んな所をさ」

 

「え、頼人君?」

 

「みんなに見せたいところがいっぱいあるんだ。景色だとか建物とか、一杯……」

 

富士山とか日本アルプスとかの山々だったり、沖縄の綺麗な海だったり、北海道のラベンダー畑とか冬景色とかも見せてあげたいし、横須賀の三笠や、色んな城も見せてあげたい。

外の世界はすっごく広いんだって、一緒に行って、教えてあげたい。

色んな所に連れて行ってあげたい。

前世、俺が居たところを案内したい。

 

「うん……そうだね!その時はみんなで一緒に行こうね!」

 

「ああ、みんなで一緒なら、面白そうだ!」

 

「外の世界か……。悪くないかもね」

 

園子が嬉しそうに言い、銀や夏凜も同意する。

そうして、皆が、楽しそうにする中、けれど、須美は浮かない顔をしていた。

気になってふと、声をかけた。

 

「どうした須美?」

 

「……少し、怖いって思ったの」

 

須美は少し不安げな顔でそう言った。

 

「怖いって、どうして?」

 

「ひょっとして、外の世界が怖いのか?まあ確かに今はあんなだけど」

 

銀がそう言う。

まあ、今は灼熱状態だしな。

 

「そうじゃなくて……みんながどこか遠くへ行ってしまいそうで……」

 

「まったく、何、不安になってんのよ?そんなわけないでしょ?」

 

夏凜が優しく言う。

 

「そうだよ~。不安にならなくて大丈夫だよわっしー。行くときはみんなで一緒だから~。みんなで一緒じゃないと楽しくないもんね~」

 

「みんなで一緒……?」

 

「ああ、そうだ!言っただろ?ずっと一緒だって」

 

銀が須美を安心させるように言う。

 

「え、ええ……」

 

「そうだ、須美は外の世界で行ってみたいところはないのか?」

 

須美なら、古風な建物とか好きそうだなと、聞いてみる。

 

「………え、英霊の墓参りには常々」

 

「渋いわっ!」

 

夏凜が突っ込む。

うん、俺も史跡あたりだと思ってた。

予想の斜め上だ。

 

「あはは、でも須美も考えてたんじゃん!アタシはやっぱりイネスだな!世界中のイネスを回ってみたい!」

 

「外行ってもイネスかい!もっと他にあるでしょ!?っていうか、旧世紀にイネスってあるのかしら……?」

 

「なければ作ろう!」

 

「なんでそうなるのよ!?」

 

銀までボケに回り、夏凜が苦労している。

いや、半ば本気だなあれ。

 

「ふふ、じゃあ、行くときはみんなで一緒に沢山回らないといけないね~」

 

「そうね……。でも、みんなで一緒なら、沢山回っても退屈しなさそうだわ」

 

「だな!」

 

須美の言葉に銀が同意する。

世界を取り戻す理由がまた一つ増えたな……。

きっと、こいつらと一緒ならどこでだって、楽しいと思えるはずだ。

ずっと、一緒に居たいと、本当にそう思う。

 

「それにしても頼人、あんたってたまに、旧世紀を見てきたようなこと言うわよね」

 

と、そこで夏凜がよろしくないことを言い出す。

その話題は非常によろしくない。

 

「確かに、頼人のそっち方面の知識、謎に濃ゆいからな。須美ともタメ張れるくらいだし」

 

「怪しーね~。もしかして、ライ君って前世の記憶あったりしない~?」

 

まさかのドストライク。

え、怖っ!?

もしかして……園子気付いてる?

 

「何言ってるの。確かに頼人君の話はためになることが多いけど、そんなことあるはずないでしょ?」

 

ごめん須美。

それ当たってるんだよ……。

 

「ま、そりゃそうよね。もし頼人に前世の記憶があったら、こんな風に遊んでられないだろうし」

 

あかん。

夏凜の言葉がグサグサ刺さる。

 

「そうかな~?ライ君に前世の記憶があったら色々納得できるんだけど~」

 

やめて園子。

そんな目で俺を見ないで。

 

「ま、頼人に前世の記憶があってもなくても関係ないけどな!頼人は頼人だし!」

 

あ、銀好き。

ちょっと泣きそう。

銀の言葉にみんなも納得した様子を見せる。

嬉しい。

 

「それより、次のとこ見に行こう!あっちは熱帯魚だって!」

 

そう言って、また銀が車椅子を押してくれる。

その横顔を見て想う。

本当、どれだけこいつの好きなところが増えてしまうんだろう。

どれだけ大切になっていくんだろう。

それだけに、こんなことでも、隠し続けるのは少し嫌に思える。

言ったとき、どんな反応をされるのかが怖くて、ずっと言えてなかったけど……うん、いつか、この事を伝えよう。

もっとずっと、先の事だろうけど、いつかは。

大丈夫。

銀なら、大丈夫。

ずっと一緒なら、どんなことがあっても大丈夫だ―――

 

 

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