樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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過去最長。
分けるべきかどうか悩んだものの、まとめて投稿。


選択

その日は、朝から小雨が降り続けていた。

肌寒さを感じる十一月の秋の日。

ただその分、家では少し早めに暖房を入れており、暖かさは損なわれてはいない。

だが、そんな中でも目の前の少女は、赤い顔をしている。

 

「バーテックス……?世界が滅んでる……?何よそれ……!」

 

犬吠埼風さん。

先の合戦で亡くなられた犬吠埼夫妻の長女。

結局、俺は彼女にすべてを伝えることにした。

この世界の全てを。

 

「そいつらのせいで………お父さんとお母さんは…………!!」

 

彼女は肩を震わせ、拳を強く握りしめ、その瞳には、涙さえ浮かんでいる。

無理もない。

只の事故なら、誰かを憎むことはできない。

怒りという感情は、抑えねばならない。

しかし、その原因がバーテックスだと分かれば話は違う。

これまで溜め込んでいた、理不尽な状況への怒りや両親を失った悲しみが、一気にバーテックスへの憎しみに変換される。

どれほどの辛さだろうか、俺には想像することしかできない。

 

「………赤嶺さん、お願いがあります」

 

やがて、犬吠埼さんは静かに、しかし強い口調で話しかけてきた。

その内容は凡そ、予想がつく。

 

「……勇者になりたい……と?」

 

「分かってるのなら、話は早いわ。アタシには適性があるんでしょ?あの時は意味が分からなかったけど、今なら理解できる」

 

「犬吠埼さん、申し訳ありませんが、今ここで返答はできかねます」

 

「……何でよ?私の適性値は高いんでしょ?勇者になれる可能性はあるはずよ」

 

犬吠埼さんはゆっくりと、何かをこらえるように言葉を紡いでいく。

その様子は危うげで、今にも感情を爆発させかねないように見える。

 

「ええ、ですが、もう少しよく考えてください。勇者になるということは、国を守る責任を負うということです。それに、今の犬吠埼さんは、冷静ではありません。感情的にならないでください」

 

こんな冷や水をかけるようなこと、本当は言うべきじゃないし、言いたくはない。

けれど、こうでも言わなければ、彼女は何があろうと勇者になろうとするだろう。

まずは彼女に冷静になってもらわないといけない。

 

「……なら、なんで教えたのよ!!こんなこと聞かされたら、誰だってこういうに決まってるわ!教えておいて、戦うなってどういう神経で言えるのよ!」

 

彼女の言うとおりだ。

こうなる可能性が十分にあると、分かったうえで俺は話した。

 

「はい。その通りだと思います。ただ、勘違いなさらないでください。貴方に戦うなと言ってるのではなく、もう少し考えてから答えを出していただきたいんです。どうか、お願いします」

 

頭を下げ、お願いする。

我ながら、酷い事を言ってる自覚はある。

だが、どうか一時の感情だけで、全てを決めてほしくはない。

随分、勝手な話ではあるが、そう思ってしまう。

 

「………また、来ます」

 

犬吠埼さんが立ち上がり、そう言う。

 

「なら……」

 

「今日は送ってくれなくていいわ……」

 

「分かりました……何かあれば、いつでも連絡してください。力になりますから」

 

犬吠埼さんは少し立ち止まった後、結局、何も言わずに部屋を出ていった。

部屋がしんと静まり返り、空気が冷たくなる錯覚を覚える。

ああ、こうなったか……。

犬吠埼姉妹を勇者に、という真鍋さんの言葉が頭に浮かぶ。

返事はしていない。

結局、俺は取引に応じないことにした。

可能な限り、彼女たちの意思を尊重することに決めた。

そして、彼女達がどちらを選ぼうとも、大人になるまでの生活を保証する。

甘さは承知している。

矛盾した行為であることも。

だが、けじめをつけるにはこうするべきだと思う。

きっと、両親をなくすというのは想像を絶する苦しみだろうから……。

故に、彼女が真実を知ってもよいように根回しをし、今日ここで話した。

偽善であることは、承知の上だが、彼女のああいう表情は思った以上に堪えるな……。

ああいう顔をさせてしまうのは、心苦しい。

とそこで、端末に電話がかかってきていることに気付く。

電話をする気分じゃないが、内容が内容なので出なければならない。

 

『横手です。頼人様、今お時間はよろしいですか?』

 

「ああ、横手さん。大丈夫ですよ。何か分かりましたか?」

 

横手さん。

俺の協力者の一人で、比較的若い男性の神官さんだ。

大赦内での地位はそう高くはないものの、今まで改革などに際しても、多々お世話になった。

様付けは止めてと言っても聞いてくれないのはあれだけど。

今回に関しては、一定以上の地位の方に箝口令が敷かれていることが分かったため、その箝口令が行き届いていない横手さんに、情報収集を依頼していた。

幸い、箝口令の件以外は、自分の協力者の方たちは驚くほどに要望に応えてくれ、犬吠埼さん関係の工作は容易に為った。

本当に、あの夏以降、彼らは本当に協力的で、頼りになる。

故に、その彼らが答えくれないレベルの情報が非常に気になるのだが……。

 

『ええ、ある程度はですけど。やはり、議題は頼人様のお立場についてのようですね』

 

「ふむ、具体的なところは分かりましたか?」

 

『いえ、そこまでは。ただ、二つの意見が対立してるようです。安芸さんが片方の立場を代表しているような話を聞きました』

 

「安芸先生が……?」

 

『ええ。噂レベルの話ですが、安芸さん側の方が立場が悪いとのことで』

 

きな臭い。

あの安芸先生の立場が悪いと言うのなら、問題は想像以上に深刻かもしれないな。

 

「他家の様子についてはどうでしょう?」

 

『すみません、そこもまだ詳細は分かっておりません。ただ、今日にも議論に決着はつくかもしれないとだけ……今日も早朝から会議が始まってるようですし。……中途半端な情報で申し訳ありません』

 

今日にでも、とは動きが早すぎる。

いや、違うな。

ここまで話が進行したタイミングで、俺が首を突っ込んだというだけ。

むしろ、俺の動きが遅かったことを意味している。

非常にまずい……。

 

「いえ、無理を言ったのはこちらなのですから、謝るのは自分のほうです。それより、犬吠埼姉妹の扱いについては?再度検討されたはずですが」

 

俺が家の力を使えなくなる直前に頼んでおいたプロセスは実行されたらしいが、その結果については聞き及んでいなかった。

 

『ええ、その結果、さらに勇者候補としての評価が高くなったとのことです』

 

「高く……?理由をお聞きしても?」

 

『はい。両親を亡くしたのが原因ですね。バーテックスに対する敵愾心を持つ可能性などから、戦意も他の少女より高くなるのではと考えられた結果です。また、次点の楠芽吹に比べ、姉妹ともに非常に勇者適正値が高いので、そちらも考慮されてのことですね。姉妹をセットで考えたら、結城友奈と併せて、定員の三名がちょうど埋まりますし』

 

やはり、追加の勇者が合計で三名だというのが少々ややこしいな。

最も、結城さんはマストで必要だから、こちらで誘導できるのは二名。

満開をオミットしないフルスペックの勇者システムなら、追加できるのはせいぜい二名だったそうだけど……。

もし二名なら、犬吠埼風さんの選択次第でどうとでもなったんだが、三名となると、妹さんをこの件に関わらせるかどうかという話になる。

もし、風さんが戦うことを決意したのなら、楠さんと一緒に勇者になってもらうか?

しかし、正直なところ、楠さんは能力的に、防人の隊長に向いている。

次点だとは言え、一時的に施設で暴れたことが響いて、勇者候補としての受けが悪いのもよくない。

残念ながら、犬吠埼姉妹が勇者になるのが、最もおさまりがいいというよくない状況にある。

そもそも論になるが、姉妹に匹敵する適正値の持ち主がそういないのが問題だ。

 

「やはり、今のところ、適正値が優先されるという動きは変わらず……ですか?」

 

『ええ。どうやら、最近になって、例の次世代型に光明が見えてきたそうです。そちらの運用を前提にすれば、やはり単純な能力よりも適正値の方が優先されますからね』

 

「ほう。あれって、実現は難しいと言われていたのでは?」

 

『おっしゃる通りなのですが、先日の合戦のデータなどで一気に研究が進んだらしく』

 

「なるほど……ということはそちらの定員も?」

 

『ええ、むしろ同人数でも、こちらの方が余裕を持てる計算になるらしいですよ。まだまだ完成には程遠いようですけどね』

 

まずいな…。

こうなると、姉妹の価値はさらに高まることになる。

楠さんをごり押しして、妹さんだけでも戦わせないようにはできるだろうが、そうなれば、相当立場が悪くなるのは目に見えている。

やはり、彼女達を戦わせないという選択は難しいのか……?

……必要以上に肩入れはすべきでないと分かっているが、先ほどの彼女の顔を思い出すと、辛くなる。

これ以上、姉妹を苦しませたくはないが……覚悟はしておいた方がよいのかもしれない。

秋隆の言を思い出すが、自分の意志で犬吠埼さんに真実を話した以上、これからの彼女たちに俺は責任を持たねばならない。

恨まれることも覚悟しないといけない……。

 

『頼人様?如何されましたか?』

 

考え事をして、沈黙した自分に横手さんが話しかける。

やはり、これはいけない癖だな……。

 

「……それは一先ずいいです。復讐心による暴走の危険性についてはどうでしょう?」

 

『ええ、そちらも検討されたようですが、暴走されたのが乃木若葉様だったのが問題ですね。むしろ、英雄との共通点として評価が上がる要因になってしまっています。また、頼人様ならその危険性を抑えられるとも言われているようで』

 

「そうですか………」

 

しまった……。

初代勇者への信仰を甘く見ていたな……。

この国は、過去の偉人と同じ特徴があることを喜ぶ傾向にある。

それが、国を守った英雄ともなれば、かなりの理由となりうる。

あと、俺の存在も考慮されてるとなると……再検討は悪手だったか?

 

『……どうなさいますか?なにか、こちらから働きかけておくこともできますが』

 

「そうですね……。その前に、横手さんのご意見を聞きたいのですが?」

 

『そんな。私の意見など……』

 

「横手さんの立場からしか見えないモノもあると思うんです。どうか、聞かせてもらいませんか?」

 

『……かしこまりました。正直なところ、今動かれるのは得策ではないかと思います』

 

「というのは?」

 

『あまりにもきな臭い雰囲気がありますし、状況が急変しそうな気配もあります。今動けば藪をつつくことになるのではないかと』

 

「蛇を出す必要もなし……ということですか。……姉妹を確保しようという動きについては?」

 

『そういった動きは今のところ確認できてませんね。噂レベルでもそういったことは』

 

……やはり、真鍋さんは嘘を言ってると考えるべきか。

無論、全てが嘘ではないんだろうけど、犬吠埼さんに関することは話半分に聞いていたほうがいいだろう。

 

「……分かりました、そちらはノータッチでいきましょう」

 

『……本当に、よろしいのですか?私の意見など採用して』

 

「自分も同じ考えでしたし、横手さんの見解を信じてますから」

 

『頼人様……』

 

「引き続き、情報収集をお願いします。短い時間でありがとうございました。何かあれば、また連絡を。それと、万一の場合は自分の名を出してください。責任はこちらで取りますので」

 

『ですが……いえ、かしこまりました』

 

「すみませんが、今後もお願いします。それでは」

 

電話を切り、手に入れた情報についてゆっくりと考える。

俺の立場か……。

大橋が破壊された責任を取らされるのか、もしくは、指揮の功が認められ出世でもするのか。

ただ、俺に都合のいい話なら、真っ先に知らされているはずだ。

となると、責任を追及されていると考えるべきか?

そうならば、親父が俺の交渉ルートを潰そうとした理由にもある程度筋が通る。

俺がその責任から逃れるような手を打ち、結果として余計に傷が増えるという状況を作らなせないという考え自体は分かるし。

だが、俺が連絡を取った面々はそのような様子を見せなかった。

そもそも、責任を取らされるのであれば、彼らは俺の味方をするはずで、そのことも俺に教えてくれるはず。

なぜなら、俺がやってきたことは彼らの協力なしではできなかったからだ。

俺の責任が追及されるならば、彼らの責任も問われることとなる。

自身の身を守るためにも俺の身を守ろうとするはずだし、俺には少々特殊な人脈があるため、彼らはそれを利用しようとするはずだ。

しかし、そうなっていない。

それに、もしそうなら、真鍋さんは真っ先にこの事実を利用するはずだしな……。

もっとも、横手さんの情報などからも、真鍋さんの言を信用するのは危険ではあるが……。

やはり、安芸先生や春信さんに、この件について尋ねるのが手っ取り早いな。

ただ、春信さんからは、メールが返ってきてないし、安芸先生にしても、連絡はとれない。

明日は学校だし、その時に安芸先生に聞くのが一番だが……

だがその前に、議論が終わってる可能性が高い。

さて……どう動くべきか……。

しばらくの間、考え込みながら、端末の待ち受け画面を見ていると、不意に軽やかな音が端末からした。

見れば、春信さんからのメールだ。

内容は……これから、この家に来るとの連絡だった。

このタイミングで春信さんから……まさか………裏で糸を引いていたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、数名の神官が俺の下を尋ねてきた。

見知った人も、その中にいたが、俺と話をするのは春信さん一人のようだ。

応接室で、二人だけになる。

 

「それで、説明していただけるんですね?」

 

「ええ、勿論です。まずは、大赦内で行われていた会議。その詳細をお話いたします」

 

春信さんの雰囲気や口調が以前と違う。

なるほど、今日は神官としての立場で来たということか。

ならば、俺も口調などをとやかく言うべきではないだろう。

 

「……お願いします」

 

「事の発端は『瀬戸大橋跡地の合戦』の勝利にあります。過去最高の質を持った敵、過去最大の数を誇った敵。その双方の殲滅は、大赦にとっても非常に喜ばしい結果と言えました。ですが、その勝利により、新たな問題が生まれました」

 

「問題……?」

 

「バーテックス対策よりも大赦組織の安定を優先すべきなどといった楽観論を唱える者が急増し、同時に、再び権益を手にしようという動きも一部の者には見られるようになったのです」

 

「……あれほどの犠牲を払ったのに……ですか?」

 

「残念ながら、敵の規模が想定よりも遥かに大きく、むしろ、あの程度の被害で済んだと思う者は多いのです。この程度の被害は必要経費だと言う者や、結果だけ見たら大勝利だと言う者も……」

 

「必要……経費……?」

 

人が死んでいるのに、必要経費で済ませるのか……?

あの少女の表情が思い出され、ふつふつと怒りがわき上がる。

 

「頼人様のお怒りも最もです。ですが、この見解自体は大赦内で根強くなっております。問題はむしろ、楽観論者の方です」

 

「政治上の改革は一日にして行われるが、人間の変化はそうは行かない……ですか……」

 

無理矢理、怒りを抑え、呟く。

やはり、組織改革を行っても、どうしようもなく現実を直視できない人間はいる。

いや、違うな。むしろ、目の前の現実しか見えない者というべきか。

未だ、危機的状況にあるのは変わりないのに……。

 

「堕落論ですか。おっしゃる通りですね。お分かりのとおり、このまま、楽観論が広がれば、近い将来問題となり、我々の計画にも影響が出かねません。故に、我々は行動を起こしました」

 

「……何をしたんです?」

 

「ある提案が首脳部に通るように取り計らったのです」

 

「提案……?具体的には?」

 

「現在進行している、バーテックス対策部署の一元化はご存じでしょう?頼人様に、これらの部署の統括を行って頂いてはどうかというご提案です」

 

「―――――」

 

余りの事に絶句する。

何故、どうして、と頭の一部が疑問符で埋め尽くされるが、同時に妙な納得も覚えた。

だが、納得はできても理解はしきれていない。

 

「それほどまでだとは、考えていませんでした。……本気ですか?国防の要ともいえる実務の統括を小学生にやらせるなんて、正直、正気の沙汰とは思えませんが」

 

「恐れながら、頼人様はご自身の立場を正しく理解されていないようですね。貴方の卓越した先見の明、人を動かす力、そして、御一人で三体のバーテックスから国を守ったという事実から、既に頼人様は救国の英雄とされています」

 

「持ち上げすぎですね。大体、常に戦ってきたのは彼女たち勇者です。救国の英雄とされるのは彼女たちの方でしょう」

 

そう、いつだって、恐怖を押し殺し戦い続けてきたのはあの子たちだ。

真に称賛されるべきは、彼女達であるはずなのだ。

 

 

「貴方を崇拝している面々にとっては違います。元々、大赦内でも今の人類の状況の拙さを理解している層はある程度いました。彼らの心を救ったのは貴方です」

 

「救った……自分が?」

 

「彼らは、状況の悪さを正しく理解し、何とかしようと常に行動していました。しかし、藻掻けば藻掻くほど、立場は悪くなり、周りに押しつぶされていく。しかも、対応できる唯一の組織は、腐敗し、硬直化しており、戦争指導もほとんど行われていないに等しい。そもそも、名家出身でなければ、余程の才を持たぬ限り、組織の意思決定に関わることは難しく、たとえ、組織の中枢に食い込めたとしても、一人で大赦の方針を変えることなど不可能に近い。他ならぬ、人間の手によって、首を絞められているも同然だったと言えるでしょう。そこにあなたが現れた、数百年、変わらなかった体制が数ヶ月で変わってしまった。彼らが貴方を見る目がどうなるかは、お分かりでしょう?」

 

「待って下さい、彼らというのはもしかして」

 

「ええ、貴方にこれまで協力してきた面々です。もっとも、全員がそうだという訳ではないのですが」

 

そうか……彼らが春信さんに協力していたのならば、全て説明がつく。

俺を上にあげる為に、一時的に俺に協力しなかったのか……。

しかし……。

 

「ですが、そんな名声があったとしても、実務を小学生に任せる理由にはならないと思いますが?自分は余りにも若輩です。納得しない方も多いはずです」

 

「その点についても、頼人様は勘違いなされています。大赦の人間は神事の専門家ではありますが、戦争に関して門外漢なのです。そして、三百年前の終末戦争は、そういった門外漢たちによる戦争指導が行われた結果、巫女様にクーデターを決意させるほどの失敗が生まれました。同じ轍は踏めません。戦争指導は戦いの現実を知る方にこそやっていただかなければならないのです」

 

「それは……」

 

「頼人様以上に、戦争に知悉している人間は大赦にはいませんし、貴方の指揮能力、戦略眼などは既に実績を持って証明されています。何より、貴方は勇者の称号を贈られた、国防の最前線に立つ人物です。この人事が不適格だと口を挟める者はおりません」

 

「……しかし、そう思わないものも多いのでは?組織運営に関しては自分とて素人ですし」

 

「その点も、御心配には及びません。細部の調整は我々が行いますのし、これから学んで頂ければ結構です。それに、神世紀初頭、大赦の実権を握った巫女様は、当時十代半ばでした。そして、頼人様は既にその巫女様に劣らぬ実績をあげています」

 

「だとしても、この件で再び大赦に不穏分子が現れる可能性を考えれば、リスキーでは?」

 

「確かに、赤嶺家や乃木家などがこの件を持ち上げた場合、面倒なこととなります。故に穏健派を使いました」

 

「穏健派を?しかし、楽観論者は穏健派の者が主なのでは?一番、その人事に反対するように思えるのですが」

 

「ええ。そこに、彼らからこの案が提案してもらう意義があったのです。無論、全ての不満を消せるわけではありませんが、軽減させることなら可能ですから」

 

「それは分かりますが、実行するのは難しいでしょう。どういう手品を使ったんです?」

 

「簡単なことです。彼らは自らの立場の弱さを自覚しています。そこに隙がありました。今の状況を打開したいのならば、頼人様を出世させるように、提言するべきだと。頼人様が要職に就き結果を出せば、あなた方の手柄になるでしょう、と情報を片手に言えば、すぐに話に乗ってきました」

 

「……逆に、何かしらの失敗をすれば、上層部の自分に対する信頼も揺らぎ、赤嶺と乃木との間に楔を打ち込むことができる。結果として、穏健派の発言力が上がるか、赤嶺の発言力を衰えさせる結果を齎せる……ということですか。春信さん、ひょっとして、自分がそのどちらかに傾くように工作するとか言ってるんじゃないですか?」

 

「おっしゃる通りでございます」

 

「酷い詐欺ですね……」

 

春信さんには、前あった時に彼らとの接触をお願いしていたが、まさか、こんな形で彼らの力を利用するとは……。

一歩間違えれば、春信さんこそ不穏分子として処罰されかねないのに、よくもまあこんな無茶をできるものだ。

 

「返す言葉もありません。ともあれ、このように、穏健派から提言が出されるように手を打ち、いくつかの家にも根回しを済ませておきました。……が、そこで問題が」

 

「安芸先生……ですか」

 

「はい。正直なところ、彼女があれほど頑なに反対するとは読めませんでした。彼女は我々に反対する者を糾合し、また乃木や鷲尾、御父上などに、根気強く説得を行っていました」

 

「それで、これほど議論が長期化したわけですか」

 

「はい。なので、我々もある策を用いました。頼人様もご存じかと」

 

俺が知ってる?

一瞬分からなかったが、この数日間で変わったことが続いていたと気付く。

そして、そのきっかけが誰であったかも。

 

「あぁ………そうか、真鍋さんですか………」

 

「ええ、そうして、貴方が犬吠埼の長女に真実を伝えるために行った工作、それを利用しました。既に頼人様は次の勇者候補に接触し、連携を取ろうとされている。家の力を封じられているのにもかかわらず、この国の未来のために動かれている。なのに、我々はこの会議で無為に時間を消費している、と。これが決定打になりました」

 

ああ、そうか、真鍋さんの思わせぶりなセリフも何もかも、俺に行動を起こさせるための仕込みだったのか。

完全に前の意趣返しだな……。

俺の癖を利用された形だ。

俺が行動を起こした時点で彼女の目的は達せられていたなんてな……。

しかも、箝口令の影響下にあった俺の協力者も、春信さんに協力していたとのいうのなら、どうやっても、この状況を変えられなかっただろう。

……やってくれる。

と、そこで気付く。

俺が接触したことを理由にするのなら……。

 

「と、いうことは…………あの姉妹は……」

 

「ええ、勇者になって頂きます。そうでなければ、この件を正当化できませんので」

 

途端、頭に血が上る。

利用したのか、あの姉妹を?

両親を亡くしたばかりの二人まで……?

そんな勝手が―――いや、落ち着け。

落ち着いて、まずは話を聞け。

状況を把握しろ。

どの道、俺に怒る資格はないんだ。

深呼吸し、荒くなりかけた呼吸を整える。

 

「意外と、落ち着かれていらっしゃるのですね。もう少し、お怒りになるかと思いましたが」

 

「まだ……全てを聞き終わっていませんから。…………それで、自分を、これからどうするんですか?」

 

「先ほども申し上げた通り、これまで分散していた、国防にかかわる部署を一元的に統括できるよう、構造改革を行い、頼人様には、以後、大赦にてこれ等の部署を統括して頂くことになります。差し当たって、大赦に居を移して頂き、まず、大赦で働くにあたり必要なことを学んで頂きます。しかる後に、実務に移って頂く形になるかと。衣食住など、必要なものは全て大赦で用意します。可能な限り、執務に専念して頂ければと存じます」

 

「なるほど、自分に自由はないという訳ですか。学校に通うこともできなくなるんですね。大赦の外に出る機会は、どれくらいありますか」

 

無言の返答。

やはりか。

考えてみれば当然のことだ。

こういう立場になる以上、覚えることは大幅に増えるし、学校で勉強している暇などない。

特に、俺に高等教育レベルの学力があるのは随分前に知れ渡っている。

つまり、小学校で教育を受けてもらう必要性は低い。

彼らからすれば、無駄な時間に見えるだろう。

それに、俺を快く思わない連中もいる。

この体制を盤石にするには、ある程度の時間がいる。

トップである以上、その期間を含め、大赦から動くことはほとんどできなくなる。

つまり、俺の日常は無くなる。

……やっぱり、安芸先生は俺の為に動いてくれてたのか。

俺の日常を守るために、反対してくれてたんだ。

ここ最近の態度にも得心がいった。

ありがたく思う気持ちと申し訳なさが胸に募る。

 

 

「…………自分でなければならない理由を、聞かせてください」

 

「頼人様もご存じのとおり、これまでの平和な時代と違い、今は戦時なのです。指導者に求められる資質も要因も、これまでとは、大きく異なります。現実を見据えながらも、緻密な計画を練られる構想力、皆を纏め上げ、納得させられる指導力、どんな状況でも、自ら動く果敢な行動力。これらの資質が必要不可欠なのです。しかし、これらを兼ね備えている者は今の大赦にはおりません。貴方だけなのです」

 

「買いかぶりすぎです。それに、その要素は、春信さんにもあるのでは?今回の件にしても、貴方が主導したのでしょう?」

 

ここまでの状況を整えるには、今、春信さん自身が口にした資質が必要のはずだ。

ならば、彼自身にもその資質があると思えるが。

 

「いえ、私は以前の大赦の在り方に反感を持ちながらも、体制を覆そうというまでの気概を持つことはできませんでしたし、何よりこの件は、貴方に上に立っていただきたいという面々の協力なしには実現しませんでした。その点だけでも貴方の方が指導者にふさわしいと言えるでしょう。それに、私はあくまで一人の神官にすぎません。やはり、頼人様が上に立たれるのがよろしいかと」

 

「………………違いますね。本当は誰でもいいんでしょう?組織の意思統一を図れるなら。貴方は指揮系統の一元化の大義名分として、自分を使いたいだけ。そうでしょう?」

 

最後の抵抗。

ちょっとした八つ当たり。

けれど、聞いておく必要のある話。

 

「そのようなことは……」

 

「自分に箝口令が敷かれてた理由、今なら分かりますよ。建前としては、自分がこの件を知っていれば、その会議がどちらに傾いたとしても、自分の関与が疑われる。自分に権限を与える結論が出れば、赤嶺頼人は権力を得るために動いたと言われ、その逆になれば、責任を放棄したと言われる。それを防ぐためでしょう?表向きは。と言っても、安芸先生がこの件を黙っていたのはまさしくそれが理由なのだと思いますので、あながち建前とは言い切れないでしょうが」

 

春信さんは黙して、何も語らない。

ここまでは、正しいらしい。

 

「しかし、あなた方は違う。むしろ、自分にこの件を知らせ、協力させた方が都合がいい。安芸先生への牽制として非常に有用ですし、力を手にすれば多少の批判など、どうとでもなりますから。だが、そうはしなかった。何故か?それは、自分をあくまで、形式的な指導者にするためですよね?自分が協力の見返りとして、実権を要求すれば、困る方が増える。権力は自ら握っておきたいのが人の性ですから。自分を人形にしておきたかったのでしょう?」

 

事実、先ほど、春信さんは俺の生殺与奪の権を握ることを条件に、穏健派の協力を取り付けた。

そして、そのためには、俺に実権を握らせないことが必要条件になる。

統括というのも名ばかりだろう。

 

「そもそも、楽観論の蔓延を防ぐための人事だとおっしゃっていましたよね?つまり、彼らがいなければ、自分を上にあげるつもりはなかったということ。違いますか?」

 

結局、俺は能力ではなく、英雄というイメージや有力な名家との繋がりが深いことを理由に選ばれたのだろう。

他の勇者ではなく、俺なら、まだ彼らも納得するから。

とどのつまり、彼らは俺の能力ではなく、俺の影響力が欲しかっただけだ。

英雄とやらの名声が持つ影響力を……。

幼君を盾に権力を得ようとする摂政とさして変わりない。

 

「……少しだけ、間違っておられます」

 

「と、言うと?」

 

「確かに、頼人様を快く思わないものも存在します。実際、頼人様のおっしゃったこと通りのことを考えている輩もおりましょう。しかし、我々は、この大赦を導くことができるのは、頼人様以外にいらっしゃらないと確信しております。故に、そういった者たちの思惑を利用させてもらったのです」

 

「……………」

 

「そして、恐れ多い事ですが、敢えて申し上げます。現在、大赦内で立案されている反抗計画は事実上、頼人様が主導し生まれたものです。この先の、明確なビジョンを描いているのは貴方だけなのです。なのに、今の頼人様個人には殆ど権限はございません。これでは本末転倒です。我々は頼人様に表舞台に立って頂きたいのです」

 

確かに、俺が始めたことである以上、俺がやらねばならないのだろう。

なのに、今の俺はどうしようもなく、日常に溺れている。

あいつらと過ごす日々が温かくて、親父の休めという言葉を免罪符にしていた。

……理由はどうあれ、俺は多くの者の人生を狂わせた。

そして、これからも……。

そんな俺が、安穏と日常を送り続ける訳にはいかないのは分かっている。

だけど……ほんの少し、ほんの少しだけの猶予も認められないのだろうか……?

ああ、認められないだろう……それほどまでに、事態は逼迫している。

事実、日常のなかで休んでいた期間、行動することを選んでいれば、このような結果にはならなかっただろう。

因果応報……か。

 

「伏して、お願い奉ります。我らの上にお立ち下さいませ」

 

春信さんが頭を下げ、そう言う。

 

「大赦も改革が進んでいるとはいえ、結局は組織です。上に立たれる方の力により、麒麟が駑馬になることもあれば、その逆にもなります。頼人様なら、この大赦を麒麟に出来ると、我らは信じております。どうか、御決断を」

 

君ならできる……か。

全く……酷い殺し文句だ。

この言葉に踊らされた人間はどれほどいるだろうか?

だが……分かっている。

これは、最早、提案というよりも通知に近い。

俺に断る道など、残されていない。

確かに、この人事はこの先も動いていくことだけを考えれば、喜ばしいもののはずだ。

バーテックス対策の全てを統括する立場となれば、これまで以上に、迅速かつ効果的に動けるようになる。

最初の内は形式的な立場となるだろうが、実権を握れるように工作すれば済む話だ。

喜ぶべきだろう。

これほど、出世できるのだから。

どの道、上で決まったことである以上、俺に選択肢はない。

けれど……どうしようもなく、断りたい気持ちが離れない。

自身を持ち上げる言葉の全てが気持ち悪く感じる。

国防の指導者という立場。

俺に与えられた勇者の称号と併せれば、これ以後、俺は大赦内で最も力を持つ存在になりかねない。

当然、権力を持った以上、敵も増える。

責任もさらに大きくなる。

俺のミス一つで………誰かが死ぬ。

俺の所為で、犬吠埼さんのような人を増やしてしまうかもしれない。

世界が……滅んでしまうかもしれない。

この世界の全ての人の行く末に、責任を持たなければならない。

それに、何より、大赦に行けば、俺に日常が戻ってくることは無くなるだろう。

銀にだって、あいつらにだって、ほとんど会えなくなるだろう。

あの温もりを感じられなくなると思うと、目の前が暗くなるような思いになる。

けれど、断ることはできない。

ここで断れば、今までの努力が水泡に帰す。

俺がここまでやってこられたのは、一重に協力してくれる方たちの信頼があったからだ。

俺のお願いを聞いてくれていたのも、そうすれば、もっと状況がよくなると信じてくれていたからだ。

その人たちが、俺がこの立場に立つことを望むのなら、断れない。

彼らの信頼に背くことはできない。

もし、彼らの信頼を裏切れば、これからの計画も大きく後退することになる。

それだけはできない。

弱気な心に活を入れる。

そう、今までだって、俺のミスで世界が滅ぶ危険性はあったんだ。

今更、責任が増えるからと言って、怖気づくわけにはいかない。

深呼吸して、春信さんの目を見る。

春信さんは既に覚悟をしている。

自分がしていることの意味を理解しながらも、躊躇わずにいる。

なら、俺がここで躊躇するわけにはいかない――――

 

「――――分かりました。その御役目、謹んでお引き受けいたします」

 

そう言うと、春信さんは再び頭を下げた。

しばらくして、頭をあげると、春信さんは矢継ぎ早に話し始める。

 

「早速ですが、無駄にできる時間は最早、一刻とてありません。今日にでも、大赦に来ていただきたく存じます」

 

「急な話ですね……。なるほど、準備はとっくにできてたわけですか」

 

「はい、会議をしている間に済ませておきました」

 

全ての準備は整えてあるということか。

この周到さ、流石だと言うしかないな……。

結局、全てこの人の手の平の上だったわけだ。

 

「そう……ですか…………分かりました。ただ、その前に三日……いや一晩だけで結構です。どうかお時間をいただけませんか?」

 

「………かしこまりました。明朝、お迎えに上がります」

 

「ええ。……と、帰られる間に少々よろしいですか?安芸先生と……少し、話をさせてください」

 

 

 

 

 

 

春信さんが去った後、間を置かずに安芸先生が部屋に入ってきた。

やはり、さっきの神官のうちの一人は安芸先生だったらしい。

 

「赤嶺君……。ごめんなさい、私は……」

 

先生は少し躊躇いを見せた後、目を伏して、悲しそうに謝ってきた。

それだけで、この人がどういう気持ちで、戦ってきてくれたのかがよく分かった。

ただ、この人にこんな顔はさせたくなかったな……。

 

「気にしないでください。それより、嬉しかったです。守ろうとしてくれたこと」

 

俺が今の日常が大事だと思っているから。

新たな立場になれば、この日常が失われるから。

それを分かってくれていたから、安芸先生は俺のために動いてくれた。

それが嬉しくて……少し辛かった。

 

「赤嶺君……」

 

「ありがとう、安芸先生。俺のために」

 

先生の手を握り、心からの感謝の気持ちを伝える。

いつも、この人は俺のことを考えてくれていた。

一人の人間として、俺と向き合ってくれていた。

 

「だけど、私は貴方を、貴方の日常を守れなかったわ……。ごめんなさい。私達が、背負わなければならないことのはずなのに……」

 

「いいんです。どの道、誰かがしなきゃいけない事なんですから。だけど、一つだけお願いがあります」

 

「…ええ、何でも言って」

 

「あの子たちを…お願いします。どうか、傍で見守ってあげてください」

 

安芸先生は、俺の人事に反対の立場をとっていた。

そのせいで、今、安芸先生の立場は随分と悪くなってしまっているはずだ。

無論、勇者のお目付け役の任が解かれることはないだろうが、今後、俺の傍で働いてもらうのは難しいだろう。

だからこそ、この先も安芸先生には彼女たちを見守り続けてもらいたい。

安芸先生ほど、優しくて、信用できる人はいないから。

 

「……分かったわ。あの子たちのことは任せておいて」

 

「ありがとうございます。これで安心して行けるってものです」

 

俺がそう言うと、安芸先生が俺の体を抱きしめた。

温かく、優しい力。

ああ、本当に優しい人だな。

だからこそ、傷つきやすいはずだ。

それが分かって、少し悲しくなった―――

 

 

 

 

 

 

家で荷造りを終えた後、俺は三ノ輪家を訪れた。

いつも通り、何気なく。

今日は皆、銀の家で集まってて、晩御飯も、三ノ輪家の面々に加え、園子や須美、夏凜たちと一緒に食べた。

やがて、明日は学校だからと、三人が家に帰ったあと、ご両親に、泊まりたいと言ったら、鉄男たちと優しく受け入れてくれて、一緒に喜んでくれた。

猫を撫でてたら、鉄男がとびかかってきて、反撃するためにもみくちゃにすると、楽しそうに笑った。

金太郎がハイハイしてきて、可愛くてつい抱くと、嬉しそうに笑いながらに俺の指を握ってくれた。

嬉しかった。

ずっと、ここに居たいなと思った。

そうして、夜いつものように銀や鉄男と川の字になって寝ていると、ふと銀が俺の傍に来た。

 

「頼人、ちょっと来な」

 

銀が部屋の襖をあけて、縁側へと俺を誘う。

 

「ん、どうして?」

 

「いいから」

 

少し強引だったけど、結局俺はその言葉に従った。

銀の手を借りて、縁側に出ると、綺麗な三日月が夜空に浮かんでいる。

 

「頼人、何かあったんだろ?ほら、この銀様に話してみろって」

 

隣に座った銀が、俺の手を握りながら聞いて来た。

なるほど、鉄男を起こさないように、ゆっくり話すために移動したのか。

それにしても、本当に勘のいいやつだ。

 

「………やっぱり、分かっちゃうもんだな」

 

「見てれば分かるって。今日は中々うまく隠してたみたいだけど、アタシの目は誤魔化せないぞ?」

 

銀が誇らしげな顔で言う。

それが嬉しくもあり、少しだけ辛くもある。

言うべきかどうか、悩んでいたから。

けど、やっぱり言わなきゃダメなんだよな……。

 

「……大赦の本部に行くことになった。しばらく、会えない」

 

その言葉で、銀の表情は一変した。

穏やかな表情から、焦ったような驚いたような顔に。

 

「え……本部って………ど、どういうことだよ!?当分はゆっくりできるって言ってただろ!?」

 

「ああ、そのはず……だったんだけどね。事情が変わっちゃって。ごめんね、銀」

 

銀は、俺が思っていた以上に動揺していた。

少しでも、動揺を鎮められるようつないだその手をぎゅっと握りしめ、謝る。

すると、銀は少しだけ落ち着いてくれた。

 

「……いつ、戻ってくるんだ?学校だってさ、もうすぐ卒業だろ?」

 

「……ごめん、いつになるかは分からない。もしかしたら、もう神樹館には戻らないかもしれない」

 

「そん……な……」

 

銀が顔を歪めて、悲しげな声を出す。

その顔をどうにかしたくて、無理矢理明るい声を出す。

 

「みんなにもよろしく。俺がいなくても、遅刻するんじゃないぞ?金太郎が可愛いからって、構いすぎて学校に遅れたら駄目なんだから」

 

「なんで……なんで頼人が行かなきゃいけないんだよ!?そういうのは、大人の仕事だろ!?」

 

「色々あって、ね。ごめん……」

 

再び動揺した様子を見せる銀に、俺はただ、謝ることしかできない。

それが辛くて、つい顔を伏せてしまう。

 

「………頼人が謝ることじゃ…ないだろ?ごめん、困らせたよな」

 

「銀……」

 

俺の表情を見たせいか、銀が謝る。

気を遣わせたくないのに、気を遣わせてしまった。

銀が謝ることじゃないのに……。

 

「………アタシのとこに帰ってくるんだろ?大丈夫、待っててやるからさ」

 

そう言うと、銀は淋しそうに笑った。

痛い。

心が痛い。

銀にこんな顔をさせてしまう自分が恨めしい。

今すぐ、全部嘘だと、どこにも行かないと言いたい。

だけど…言えない。

きっと、その言葉は皆を、自分を、銀を裏切る言葉になってしまう。

今までの全てをなかったことにしてしまう。

だから、その言葉だけは絶対に言えない。

 

「……銀、渡したいものがあるんだ」

 

ポケットに入れていたものを銀に手渡す。

 

「これって……」

 

「ちょっと早いけど誕生日プレゼント。作っておいたんだ」

 

小さなヘアゴム。

誕生日に渡すつもりで、用意していた物。

本当は、別のモノも渡すつもりだったけど、今日すぐに用意できたのはこれだけだった。

 

「……結んでくれ」

 

銀が俺に背を向けてそう言う。

銀のその言葉に応え、その髪にゆっくりと指を通し、少しずつ髪を纏めていく。

風呂上がりの銀の髪を乾かしたり、梳かしてあげたりしていたことを思い出す。

こういう時間を得られるのは次はいつだろう。

そんな事を考えながら、手を動かしていると、あっという間に結び終わっていた。

 

「……できたよ」

 

「ん、ありがとな。……似合ってる…か?」

 

銀は振り向いて尋ねてくる。

その様子がまた、似合っていて、とても可憐だった。

 

「ああ、似合ってるよ。すごく可愛い」

 

「へへ、そっか」

 

素直な気持ちを伝えると、銀は、はにかんだ様子で微笑んだ。

その笑顔に、また心が奪われる。

本当に、銀のことがどうしようもなく愛しく感じる。

 

「ありがとな、頼人。手作りなんて超嬉しいよ」

 

「いいんだよ。……誕生日は会えないだろうから、せめてこれくらいはね」

 

「……ったく、なんて顔してるんだ?そんなんじゃ、色んな人に笑われちまうぞ?」

 

「ごめん、心配かけてるよな」

 

「いや、そうだけどそうじゃなくって……あーもう!」

 

不意に、銀が俺を抱きしめ、キスをしてきた。

そして、唇を離すと、銀は俺の目を見て、こう言った。

 

「アタシは大丈夫だ!だから、頼人もシャキッとしろ!ずっと、待っててやるから、安心して行ってこい!」

 

赤く染まった頬。

恥ずかしさを、抑え込んで、俺に活を入れるために勇気を出してくれたんだとわかる。

その強い言葉に、優しさに胸が熱くなる。

 

「銀……」

 

「頼人にしかできない事なんだろ?だったら、アタシはそれが正しいんだって信じるよ」

 

銀の強い言葉が胸を打つ。

弱い心が薄れ、前向きな気持ちが生まれていく。

それが、嬉しくてたまらない。

 

「……ふふ、いつぞやの時は怒ってたのに」

 

「あの時はアタシに嘘ついてただろ?今度はちゃんと言ってくれたからな。黙って行ってたら、殴り込みに行くとこだ」

 

「あーあ、じゃあ黙って行けばよかった。そうすれば、いつでも会えるようになってたのに」

 

「おいおい……本当に甘えん坊だな、ならこうしてやる!」

 

銀に、唐突に抱き寄せられる。

気付けば、銀にしがみつくような体勢になっていて、その温かさをじかに感じられるようになっていた。

 

「元気出せって、今生の別れじゃあるまいし。いつでも電話で話せるんだから……。それでも、どうしても、辛くなったら呼んでくれ。何処に居たって、絶対迎えに行くからさ」

 

銀が俺の髪を撫でながら優しく言う。

本当に、こいつには敵わない。

俺なんかよりもずっと強い。

ああ、話してよかった……。

俺がなんで頑張ってこられたのか、なんのために頑張るのか、その理由を再び確認できた。

 

「ありがと銀。大好き」

 

「ああ、アタシも大好きだ」

 

銀はそう言うと、向日葵のように明るく、可愛らしい笑顔を俺に見せた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、銀が目覚める前にそっと、三ノ輪家を後にした。

外は、随分寒くなっていて、鼻が少しツンとした。

家までの道のりを杖を突きながら、ゆっくりと歩いていく。

いつもの道。

もしかしたら、この道を歩くのは、これが最後かもしれない。

彼女達の中学はきっと、大橋から離れた場所になる。

そうなれば、銀の家は引っ越すことになるだろうし、俺がこの道を歩くこともなくなる。

道中、何度も立ち止まりかけた。

何度も振り向きたくなった。

けれど、振り返ったら、立ち止まったら、あの家に戻ってしまう予感があった。

だから、歩き続けた。

家の前に着くと、既に多くの神官が待っていた。

お早いことだ。

 

「お待たせしました。それでは、お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦に来た翌日。

夕暮れ時のその時間、俺は多くの人々の前にいた。

眼前には多くの神官が集まっている。

自分がここに来た瞬間などは皆、平伏していた。

過剰すぎるほどの敬意。

およそ、人間に向けるようなものではない。

平伏されている間、まるで自分が人でなくなったような気がして――酷く、気分が悪くなった。

そうして、気付いた。

これが全ての原因だと。

大赦の人間は、神樹の力を最も近くで、文字通り肌で感じている。

なるほど、神樹の力は凄まじい。

少女に超人的な力を与え、この四国の全ての人間が暮らせるだけの恵みを与えている。

まさに神様だ。

故に、人間の力と言うものを信じられなくなる。

人間という存在を軽視し、無力感に苛まれ、人としての努力を怠っていく。

その結果が、あの腐敗につながったのであろう。

勇者にしても、巫女にしても、彼女たち自身が凄い、というよりもその力が凄いという考えが根強く存在している。

凡そ、俺がこの立場に据えられたのも、俺が今までやってきたことが何らかの形で神に結び付けられ、正当化されたからなのだろう。

結局、今の大赦の首脳部も、以前のパラダイムから抜け出せきれていない面が存在する。

……意識改革が必要だ。

三百年にも及ぶ歳月により醸成された、神への盲信。

少しずつ、改善へと向かっているが、より一層変えなくてはならない。

これには、時間がかかるだろう。

だが、それでも、行わなければならない。

俺もこれまで以上に成長しなければならない。

ここが本当のスタートラインだ。

状況は依然として最悪だが、希望はある。

 

火色…と、呟こうとして、やめる。

これからは、これが日常になる。

一々、頭を切り替えていても仕方がない。

息を深く吸い込む。

さて、道化になる時間だ。

 

 

―――始めよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦内部に存在する社殿。

いくつかある社殿の中でも、特に大きいその場所に、多くの神官達が集まっていた。

彼らの前に少年は静かに座っていた。

その日、彼らはこの少年が行う新たな御役目の就任挨拶のために集められていた。

しかし、少年は現れてから一言も発せず、瞑目するばかり。

沈黙のまま、ただ座しているだけ。

それだけで、神官達は息苦しさを感じていく。

既に少年が、為した実績のその全ては、先の会議の結果が通知される際、共に明るみになっていた。

齢十二の少年の行動が、大赦の多くの人間を動かし、ついにはその体制すら変えたという冗談のような実績は、一度、世界を救ったという事実と共に、少年にある種のカリスマ性を付与し、その姿を実際よりも大きくみせ、少年の端正な容姿と、社殿の雰囲気に似合わぬ眼帯が少年をさらに非現実的な存在のように感じさせていた。

そんな少年がもたらす無言の圧迫感に彼らは徐々に飲まれて行き、緊張感が高まっていく。

やがて、赤嶺頼人はゆっくりと口を開いていく。

 

「人類が天の神に赦しを請い、およそ三百年間。人類は徹底して、天の神に恭順の姿勢を示してきました」

 

神官達は、その張りつめた緊張感を保ったまま、少年の言葉に引き寄せられていく。

 

「バーテックスは余りに強大で、人類は、多くのモノを奪われました。尊い人命、国土、そして、人としての誇りを。それからの歴史は皆さん、ご存じのとおりです」

 

屈辱の歴史。

多くの神官たちが忘れかけていたそれを、少年は思い出させていく。

 

「それから数百年経ち、神世紀二七〇年代には壁外でバーテックスが観測され、ついにはこの年、再び、バーテックスの侵攻が始まりました。残念ながら、当初は準備も万全でなく、その結果、一時は世界が滅びかけるという事態にまで陥り、多くの被害も生まれました。犠牲となった方もおられました―――」

 

少年の言葉を、多くの神官が聞き入っている。

既に、この場は少年により支配されていた。

 

「それでもなお、人類が危機にある状況は変わっていません。神樹様の御寿命は迫っており、バーテックスは襲来のたびに強大となっていきます。このまま、事態を静観していれば、世界が滅ぶのは明らか。我々は圧倒的に不利な状況にあります」

 

暗く、辛い現実を少年は語っていく。

絶望的な状況を神官たちが直視していく。

そこで、少年は一際声を大きくして告げた。

 

「ですが、大赦は変わりました!平和な世をただ維持する組織ではなく、バーテックスに立ち向かう気概を持った組織に!そして、ついには、過去最悪の襲来をも乗り越えられるまでに人類は成長を遂げた!」

 

一気に場の空気が熱を帯びる。

それまで身じろぎ一つしていなかったはずの神官が、その迫力に圧され、体に動揺が現れる。

 

「先の『瀬戸大橋跡地の合戦』一番の勝因は何か!勇者の奮闘でしょうか?勿論、彼女たちの限界を超えた奮闘がなければ、勝利はあり得なかったでしょう!ですが、一番ではありません!それでは、指揮か?これも、違うでしょう!勇者の力が前提である以上、一番の勝因とは言えません!一番の勝因、それは、一重に戦いの前の準備、すなわち、我々皆の努力の積み重ねにあったと、自分は確信しています!神託に基づく敵規模の事前調査、勇者システムの改良、戦術の研究、これら全ての積み重ねがあの戦いの勝利へと導いたのです!そして、その立役者は、他ならぬ我々なのです。確かに、我々はバーテックスと直接戦う力を持ちません!しかし、我々には戦う力こそなくとも、このように、勇者を勝利に導く力があるのです!」

 

この空間に、轟くのは少年のよく通る声のみ。

しかし、その声一つで、言葉一つ一つが、聞く者の心を熱くさせていく。

 

「かつて、初代勇者である乃木若葉様はおっしゃいました!我々一人一人が天敵に立ち向かう勇気を持つ勇者だと!瀬戸大橋が崩壊するという甚大な被害が発生しながらも、何故あれほど被害が少なかったか!それは、犬吠埼夫婦の勇気ある行動があったからに他なりません!彼らは現実と戦える人間の力を証明したのです!!」

 

場は異様な熱気を漂わせていた。

 

「なればこそ!我々もまた、現実と戦わなければならない!我々は只、少女達に守られるだけの存在なのか!?ただ、与えられた平和を甘受するだけの存在なのか!?否、断じて否です!我々は守られるだけの存在ではない!我々こそが勇者と共に、世界を救う存在新たな勇者とならねばならない!身を挺して、多くの人々を救った夫妻の為にも!バーテックスと戦う少女たちの為にも!そして、友人や家族や恋人が生きる未来の為に!我らは団結しなければならない!我々が団結し、反抗計画に全力を注げば、必ずや我らの愛する人々が生きる道は拓けます!」

 

既に神官たちは、完全に少年の演説に呑まれていた。

ある者は、前のめりになり、又ある者は、少年の言葉に頷きを見せる。

 

「自分が皆さんにお願いしたいのは、ただ、一点です!我々こそがどんな時でも諦めない勇者であると!世界を救う勇者であるとの自覚をもって共に戦って頂きたい!世界を取りもどすために!人々の未来を守るために!」

 

 

そうして、四半刻程、少年の挨拶という名の演説は続けられた。

少年の演説の評価は様々なモノであったが、概ね好意的にとらえられた。

少なくとも、少年への信望はこの演説により、また高まったと言えるだろう。

多くの者が大赦がこれからより一層変化していくことを、肌で感じた。

だが、この状況は、計算されていたものであった。

この時間帯に定められたのも、演説の声の抑揚、間のとり方、構成、その全てが演出されたものであった。

この技法は、西暦で最も有名な独裁者が使ったものとしてよく知られ、初代勇者もまた使用した演出であった。

これら全てが大赦の人間の心をつかむために行われていた。

赤嶺頼人は誰よりも、大赦で働く人々の力が重要であると理解していたのだ。

頼人が行ってきた工作も何もかも、彼らがいなければ成立することはなかった。

故に、新たな御役目を効率的にをこなすためのイメージ戦略として、同時に彼らを奮い立たせるために、このような神官達向けに調整された演説を行った。

 

 

 

「素晴らしい就任挨拶…いえ、演説でございました」

 

演説を終えてしばらくした後、頼人に春信が声をかけた。

 

「皮肉ならよしてください。道化なのは自覚してます」

 

頼人は疲れを交えた声で答えた。

体力が戻っていない中、長時間演説をしたことで疲労していたからだ。

 

「率直な感想でございます。意識改革の第一歩としてはこれ以上ないものでしたから」

 

「………で、反応はどうでしょう?」

 

頼人が春信に尋ねる。

春信に事前に、演説を聞いた者たちの反応を探るように頼んでいたのだった。

 

「凡そですが、好意的な反応をしたものは七割。今後の動き次第だと、慎重な反応が二割。否定的反応をしたのが一割といったところです」

 

「……想像以上ですね。半分の方が好意的にとらえてくれたら万々歳だと思っていましたのに」

 

頼人は少し苦い顔でそう言った。

どのような形であれ、亡くなった犬吠埼夫妻を利用したことに罪悪感を感じていたのだ。

また、演説自体にはあまり中身がないと頼人は思っており、故に、演説が好意的に受け取られても、素直には喜べなかった。

 

「頼人様の勇者としての信望は頼人様が思っていらっしゃる以上に、厚いのです。無理もないでしょう」

 

春信の言葉に、頼人は黙して返事を返さなかった。

今まで会ったこともない者たちからの信望というものが、どうにも実感できなかったからだ。

とはいえ、その信望とやらを利用したのだから、それをとやかく言うこともできない。

しばし、場を沈黙が支配する。

やがて、頼人はおもむろに口を開いた。

 

「……春信さん、まずは、国防に関わる全権を手に入れます。手伝ってもらいますよ」

 

旧態依然とした神官が聞けば、間違いなく後ろ指をさされるような言葉。

だが、春信は平然とその言葉を受け入れた。

頼人は、国防の指導者という立場を手に入れたが、それはまだ形式的なモノで、全ての実権を手に入れたわけではない。

無論、形式的なモノであれ、遠回しに工作すれば、凡そのことはできる。

しかしながら、それでは時間が余計にかかり、動きに迅速性が失われる。

いわば、今までと違い、立場に縛られる形となったのだ。

それを解決するために、頼人は実権を手に入れるべきだと考えたのだった。

 

「その言葉をお待ちしておりました。既に手はずは整っております」

 

「ここまで予想済みってことですか。まあいいです。それより、そういう仰々しい話し方は肩がこるのでやめて下さい。かしこまった態度も。すみませんがお願いします」

 

「……分かりました。ただ、流石に敬語は崩せませんので、その辺りはご勘弁を」

 

春信の声が変化する。

硬かった敬語から、やや砕けた柔らかいそれに。

 

「ありがとうございます。それで結構です。あと、信用できる方を集めてください。此方でも、集めますので。今はとにかく一人でも多く味方が欲しい」

 

「ええ、骨太な連中を知ってます。ご期待に添えるかと」

 

「お願いします。これから忙しくなります。これまで以上に、貴方を酷使すると思いますのでお覚悟を」

 

「望むところです。新たな時代の為にも、出来る限りのことはさせて頂きます」

 

春信が笑みを浮かべて言う。

春信は、他の名家の下で働くよりも、この少年の下で働く方が、自分の力を発揮できるだろうと感じていた。

 

「お願いします。全てはこれからなのですから」

 

かくして、赤嶺頼人は自ら英雄として振舞うことを選んだ。

英雄という名を利用することを。

大赦はこれまで以上に大きく変わっていく。

そして、働く人々もまた同様に。

世界を救うという大義名分の下、多くの者が動き始める。

だが、その道は長く険しい。

それでも、彼らはその道を選んだ。

絶望的な状況にあっても、未来を見据え戦う、苦しみと希望に満ちた道を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頼人が大赦に向かったその日。

神樹館の教室に、一人の教師と四人の生徒が集まっていた。

話している内容は、赤嶺頼人の処遇について。

銀たちが安芸に尋ね、詳しい話を説明してもらっていたのだった。

 

「そっか……ライ君が……」

 

「……何で…何で頼人君ばっかり、苦労しなくちゃいけないの?頼人君が一番傷ついて、頑張って来たのに……!」

 

「アタシの所為だ……アタシが背中を押したから……」

 

「三ノ輪さんの所為じゃないわ。これは、本来、私達大赦の人間が背負うべきものなんだから……」

 

話を聞いた少女たちは、一様に暗くなる。

皆、頼人が何よりも日常を大切にしていたことを知っていた。

だから、どんな無茶をしても日常だけは手放さないと、思い込んでいた。

しかし、頼人はもう学校に通うことはないだろうという。

この事実は、彼女たちを大いに動揺させた。

頼人は、頼人が思う以上に、彼女達の精神的支柱となっていたのだった。

特に、銀は、頼人は自分の意志で決めていたのだとばかり思っていた分、祭り上げられる形になっていたことや、また、これほど根の深い問題だと知って、安易に背中を押すべきじゃなかったのかと、より一層悩んでいた。

 

「なんで、こんなことになったんですか?」

 

夏凜が安芸に問いかける。

 

「あなた達も、壁の外のことは知ってるでしょう?神樹様の御寿命のことも」

 

四人の少女はそれぞれ肯定の意を示す。

絶望的な真実。

だが、彼女達は真実を知ってなお、希望を失っていなかった。

その状況を変えようと抗う人達を知っていたからだ。

 

「私たち、大赦の人間はそれまで、世界をどうにかできるなんて希望する勇気すら持てていなかった。目の前の現実に誰も真剣に向き合えていなかった……。だけど、あの子は一人で立ち上がって、みんなを奮い立たせて、たくさんの結果をあげていった。この世界を守り抜いた。だから、みんな思ってしまったの……。この人についていけば大丈夫って。この人に任せておけば大丈夫って……」

 

「それじゃあ……それじゃあ、皆、頼人君に全部押し付けて、楽をしたいみたいじゃないですか!?」

 

須美が怒りを露わにそう言う。

 

「…………その通りよ」

 

「そんな!?」

 

須美が悲しげな表情で叫んだ。

それは、どうしようもない人の性であった。

非情な現実を直視して、それでも未来を見据えられる人間はごく僅かだ。

そして、世界の行く末が絶望的な以上、現実を直視できる者すら本当に稀だ。

だからこそ、そのような状況を変えようと立ち上がり、道を指し示す者が現れれば、人々は容易に夢を見る。

結局、大多数の人間は、根本的に自主的思考とそれに伴う責任負担よりも、命令と服従とそれに伴う責任免除を好む。

言い換えれば、全ての苦労を英雄なり勇者なりに背負ってほしいと考える者の方が、殆どであるのだ。

 

「……私、ちょっと兄貴に詳しい話聞いてくる!」

 

夏凜が端末を握り締め、駆け出そうとする。

 

「待って、にぼっしー」

 

それを園子が呼び止めた。

 

「なんでよ!?」

 

「話があるんだ、みんなに。それを、にぼっし―にも聞いてほしいんだ……」

 

いつになく、真剣な口調で園子が語り始める。

いつものような、ぼんやりとした雰囲気は感じさせず、戦場にいる時のような超然的な雰囲気を漂わせている。

 

「……園子、どうしたのよ?」

 

「ちょっと待ってね、にぼっしー。……ねえわっしー、ミノさん。私達で決めたよね。ライ君をみんなで守るって」

 

「ええ、勿論よ。何があっても守るって決めたもの」

 

「……ああ、アタシも忘れてないよ」

 

「うん。私は、ライ君の日常も守りたいんだよ。だからね―――みんなに、ライ君が少しでも普通の日常を送れるように手伝ってほしいんだ!にぼっし―にも、安芸先生にも!」

 

「そのっち……だけど、そう簡単には……」

 

「大丈夫。私に考えがあるから」

 

「でも園子、安芸先生ですら駄目だったのよ?悔しいけど、私達だけじゃ……」

 

夏凜が悔しそうな声で言う。

 

「うん、確かに私もライ君が今までみたいに学生生活を送るのは難しいと思うよ。だけどね、ライ君の立場を変えずに、ある程度、日常を送れるようにすることはできるんじゃないかな?」

 

「乃木さん……本気なの……?」

 

「勿論だよ、安芸先生。それにね、ライ君はずっと前からこういうことしてたんでしょ?たった一人で、私達の為に」

 

「だけど、あれは……」

 

あれは、多くの人を納得させられるだけの大義と材料があった。

故に安芸は、頼人のようなことをするのは難しいと言おうとして、その前に園子が口を開いた。

 

「うん。私一人じゃライ君みたいにするのは無理だと思うよ。だけどね、みんなが一緒ならできるって思うんだ!」

 

園子の強い言葉が、心が、周囲に伝播する。

園子は、頼人の手伝いをすると決めて、その約束を守りたいと思っていた。

だからこそ、頼人の動きには注意していたのだが、頼人にばかり気を取られていたせいで、この件に気付くことはできなかった。

きっと、頼人だけでなく、頼人の周りの人間にも気付かれないように大赦は注意を払っていたのだろう。

こんな状況では約束の守りようもない。

だから、まずは動こうと思った。

かつて、彼がしたように。

 

「園子……ああ、そうだな!そうだよな!アタシたちが一緒なら何でもできるよな!」

 

その言葉で銀は、再び元気を取り戻した。

もとより、銀は悩んだまま、何もしないなんてことはできない。

そして、頼人に関わることなら、何でもやろうと決めていた。

 

「ごめんなさい……少し弱気になってた。私も覚悟を決めるわ!みんなで力を合わせて頑張りましょう!」

 

須美もまた、決意を述べる。

須美は常々、頼人に恩を返したいと思っていた。

守ってあげたいと思っていた。

今度こそ、その誓いを果たしたかったのだ。

 

「ったく、しょうがないわね!私も一肌脱いでやろうじゃない!」

 

夏凜も、そう宣言する。

出会って、あまり時間は経っていないが、それでも夏凜は頼人を友達だと思っていた。

頼人の人柄が好きだと思っていた。

友達の為にも大切な仲間達の為にも手伝いたいと思ったのだ。

 

「安芸先生も……協力してくれる?」

 

「…………ええ、乃木さん。私も、協力させてもらうわ」

 

安芸も腹を括った。

元より、頼人がいなければ、大赦の歯車に過ぎなかったのだ。

それが、改革の立役者の一人にまでなりえたのだ。

だからこそ、頼人の為に動きたいと思っていた。

一時は、諦めかけたが、勇者達の言葉により、再び決意を新たにしたのだ。

 

 

 

「待っててねライ君。すぐ迎えに行くから」

 

園子は少し前から、いつでも頼人の手伝いができるように準備を進めていた。

それを利用し、動き始める。

大切な友達と共に―――

 

 

 




日常壊れる。壊れた。
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