樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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楠芽吹の章
ゴールドタワー


神世紀二九九年五月。

まだ日も昇っていないような早朝。

薄暗い道場で一人の少女が木銃を振るっている。

直突、脱突、下突、連続突き、それらを組み合わせた応用技。

その技のどれもが素早く無駄のない動きで、彼女が銃剣術を学び始めて日が浅いとは誰も信じないであろう。

しかし、少女の顔に満足の色はない。

一動作ごとに筋肉や関節の動きを調整し、より理想的な動きへと昇華させていく。

少女の名は楠芽吹。

人並外れた努力家である少女。

勇者に選ばれなかった少女。

彼女の胸には強い怒りが渦巻いていた。

 

 

 

 

 

勇者の選抜。

誇りと陶酔と勝利への意欲に満ちた、夢のように不思議な時間。

そのなかで、芽吹は学校や試験や全てを超えて、より高い存在に思いを馳せ、憧れに胸を焦がした。

夢や願望や予感に身を任せ、鍛え続けた日々。

だが、そんな時間は余りにもあっけなく去っていった。

芽吹は勇者に選ばれなかった。

 

どうすれば良かった……?

どうすれば私が勇者に選ばれた……?

成績は負けていなかった。

むしろ、私の方が一部では優れていた。

だったら、どうやったらあの時、私が勇者になれていたのよ……!?

 

芽吹は選抜の後、実家に戻されてからも、芽吹は延々と答えの出ない疑問を考え続けた。

なぜ、どうして?

私は車輪の下敷きになったのだろうか。

そんな屈辱的な思いが芽吹を支配し、惨めで苛立たしい気分になってしまう。

だが、現実は変わらない。

無意味な行為を、芽吹は延々と繰り返していた。

 

そんな芽吹の下に、大赦の使者が再び訪れた。

新たな御役目の為に訓練を受けるようにと、使者は告げた。

その御役目とは防人と呼ばれるもので、結界外の探査を行うことが主な任務だが、勇者と同じく、極めて危険な御役目であるため、今の内から訓練をしておく必要がある。

だが、今現在、防人の拠点となる施設は完成していないため、それまで学校に通いながら大赦関連施設にて訓練を行ってもらう。

そして、使者はこう続けた。

場合によっては、新たなる勇者として選ばれる可能性もあるため、心して訓練に励むように、と………。

この訓練は新たなる勇者の選考にも関わるのだと芽吹は思った。

淀みかけていた精神に火がつく。

まだ、自分は車輪の下敷きにはなっていない。

まだチャンスはある。

そう、思ってしまった――――

 

それからと言うものの、芽吹は再びかつてのような、鍛錬に打ち込み続ける日々に戻った。

勿論、小学校には通い続けていたが、少しでも鍛える時間を増やすため、課題などは全て学校の休み時間などに済ませ、放課後は全てトレーニングに費やした。

食事にも気をつかい、ほとんどの時間を銃剣術の訓練にあて、ひたすらに自分を鍛え続けた。

それは今までよりもずっと厳しく、ずっと無茶な生活であった。

だが、芽吹は止めなかった。

今度こそ、勇者となるために。

その為だけに、血を吐くような努力を続けた。

そして、神世紀二九九年、春。

芽吹はゴールドタワーに呼び寄せられた。

防人の御役目に就く為に……。

芽吹はまたも、選ばれなかったのだ――――

 

集まった少女たちの前に一人の女性神官が現れた。

顔を見て、以前、大赦の使者として楠家に訪れた神官だと分かった。

神官は語った。

集められた少女達に、御役目の詳細を。

防人達は勇者システムを量産化したものを用いて、結界外の調査を行う。

そして、調査に際しては、勇者が護衛をする、と。

その言葉で、周りの少女たちが少し安心した様子を見せる。

だが、芽吹にとってはこれほど屈辱的なことはなかった。

その言葉は、芽吹を激怒させるに足る十分すぎるモノであった。

 

大赦は私を失格にした。

そのくせ、人手が必要だからと別の役目を与えた。

都合のいい道具扱いだ……!

しかも私達は勇者じゃない。

量産型のくだらない役目………そのうえ、勇者に守られながら働け……!?

目の前で格の違いを見せつけられながら下らない役目をさせられ続ける……これほど屈辱的なことがある……!?

どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むの……!!

 

だったら―――

だったら、認めさせてやる。

 

勇者と共に御役目を果たすことになるというのなら、好都合だ。

この御役目で、大赦の連中の想定以上の成果を、勇者以上の成果をあげてやる……!

私の力を認めさせ、勇者にふさわしかったのは私なのだと教えてやる……!

私を選ばなかったのは間違いだったと思い知らせてやる!!

 

その日から芽吹は、凄まじい速度で組織的な戦い方を身につけていき、やがて防人部隊の隊長に選ばれるまでに至った。

だが、芽吹の顔に満足の色はなかった。

彼女の目標はもっとずっと先にある。

 

私は、必ず勇者になってやるんだ……。

そのためなら、どんな事だってやってやる……!

 

芽吹は怒りに突き動かされ、今日も自らを鍛え続ける。

自らの誇りの為に、自らの生き方を誰にも否定させないために―――

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

一息つき、タオルで軽く額の汗をぬぐう。

もう昼時だ。

今日は神官たちの打ち合わせがあるらしく、午前の授業がなかったため、芽吹は昼までずっと訓練を行っていた。

芽吹も流石に空腹を消すことはできない。

昼食を採るためタワー内の食堂に移動すると、既に多くの防人が集まっていた。

どうやら出遅れたらしい。

いつものメニューを注文して、空いてる席を探す。

 

「おーい、メブーこっち空いてるよー!」

 

と、そこで後ろから声を掛けられる。

見れば、同い年の加賀城雀が芽吹に手を振っていた。

二年生の弥勒夕海子や、同級生の山伏しずくもいる。

妙な感じだと、芽吹は思う。

今までこんな風に、他人と関わりを持つことはなく、全てが自分一人で完結していた。

それが隊長になり、徐々に変化が生まれてきている。

 

「ありがとう、雀」

 

「いいのいいの、気にしないで。ただ、御役目の時は守ってね!」

 

「またそんなことを……」

 

「雀さん、安心なさいな。わたくし弥勒夕海子がいる限り―――」

 

「ほんと頼むよメブ。メブが守ってくれないと私死んじゃうからね」

 

「大丈夫よ。私の部隊で死者なんて出さないから」

 

「流石メブ、頼もしいよう!」

 

「ちょっと!わたくしを無視しないでくださりませんこと!?」

 

無視された夕海子が怒って立ち上がる。

 

「弥勒……。うるさい」

 

「弥勒さん、食事中なのでお静かにお願いします。周りの迷惑にもなります」

 

途端、しずくと芽吹から逆に注意される。

 

「なんでわたくしが怒られてますの!?」

 

納得いきませんわー!と頭を抱え叫ぶ夕海子の隣に不意に小柄な少女がやってきた。

 

「皆さん、仲良しなのはいいですが、ケンカはいけませんよ?」

 

国土亜耶。

小学六年生でゴールドタワーで生活する巫女の一人だ。

 

「ケンカなんてしてないわよ亜耶ちゃん」

 

「ええ、それに仲良しというのも違いますわ」

 

「ふふっ。そういうところが、仲良しに見えますよ」

 

亜耶の笑顔に皆、毒気を抜かれ、皆おとなしく食事に戻る。

 

「あやや、そういえば今日、巫女の子達が神官さんたちと打ち合わせするとか言ってたけど、何かあったの?」

 

このゴールドタワーには、防人だけでなく、多くの巫女たちも生活している。

元々、巫女はその性質から世界の真実を知ってしまう為、世間一般から隔離され、家族とも中々会えない生活を送っていた。

だが、防人などにも世界の真実を教えることとなった以上、巫女の管理を緩めるべきだ、という意見が大赦に通った結果、今までとは随分その扱いも変わったそうだ。

変化の一つとして、芽吹達と年の近い巫女たちはゴールドタワーで生活し、世間に慣れてもらうこととなった。

いわば、ゴールドタワーは防人の根拠地であり、世間と巫女を繋ぐクッションのような役割を担っている……らしい。

とはいえ、巫女が必要な大赦の仕事も多く、巫女たち全員がゴールドタワーにいる訳でなく、大赦に残っている人数の方が若干多いらしい。

それでも、巫女の自由は増えたらしく、条件付きなら、休日なども出かけても良くなったと聞く。

なかなか思い切ったことをするものだ。

 

「来週、頼人さんがゴールドタワーを視察しにいらっしゃるそうで、お出迎えの準備について話し合ってたんです」

 

「頼人……赤嶺頼人?」

 

亜耶の言葉に芽吹は少し驚いた。

赤嶺頼人。

曰く、例外中の例外。

曰く、天才。

曰く、神に己を認めさせた少年。

事実上、国防に関わる全権を委ねられている勇者。

今もなお、大赦で大きな力を持ち、その発言力は大赦で随一だという。

先の、巫女の扱いを変えたのも、大赦の体制を変えたのも彼だという。

そのことに加え、容姿が良く、権力を持ちながらも偉ぶらず、とても優しいと巫女からの人気は特に高いと聞く。

だが芽吹の赤嶺頼人への感情は、その評判とは裏腹に非常に複雑なモノであった。

赤嶺頼人と話したのはほんの一瞬。

だが、その短い時間で芽吹は、それまで誰にも話さなかったことまで彼に話してしまった。

きっと、無意識に彼に親近感や憧れのようなものを抱いてしまい、口が軽くなったのだろう。

彼は、自分の力で大赦から教師を任されるほどにまで認められていた。

その姿に、未来の自分の姿を重ね合わせていたのだと思う。

けれど、真実は少し違っていた。

ゴールドタワーに来てから、芽吹は勇者選別の事情を聞いた。

昨年の勇者選別、赤嶺頼人が大きな影響力を持っていたこと。

赤嶺頼人は自身の身分を隠していたこと。

そのことを知った時、芽吹の怒りは頼人に向けられた。

選ばれなかったという行き場のない怒りに、赤嶺頼人という指向性が与えられたのだ。

そして、防人を用意するように仕向けたのも赤嶺頼人。

自分達を道具扱いしている存在でもある。

他人を道具扱いするなんて、何様のつもりだ……!?

一時は赤嶺頼人を憎みさえした。

けれど、その憎しみも長続きはしなかった。

芽吹の中に、ある疑問が生まれたからだ。

一年だ。

赤嶺頼人はたった一年で、名家のお坊ちゃまから天上人に駆け上がった。

大赦というあまりに大きな組織を変えてしまった。

防人を用意できるほどの力を手にした。

一個人に、しかも自分と同じ年の子供にそんな真似ができるのか、芽吹は疑問を覚えずにはいられなかった。

たとえ、勇者だとしても子供に従うなんてこと、大人は面白いと思うはずもない。

それとも、勇者に対する信仰は自分が考えている以上のモノなのだろうか?

いや、それでも能力がなければ、聞いているような発言力は得られまい。

やはり、話を聞けば聞くほど違和感しか覚えない存在だ。

そもそも、子供が国の要職を務められること自体がおかしい。

どういった経緯でそうなったのか、その詳細は芽吹には分からなかった。

ただ、赤嶺頼人への疑問を纏めるうちに気が付けば、憎しみという感情は薄まっていた。

赤嶺頼人は芽吹を選ばなかった。

防人を用意するように仕向けた。

そして、昨夏、赤嶺頼人は自身の身分を隠していた。

確かに信用するのは難しい。

けれど、彼がその身を使い潰し、世界を救ったこともまた事実なのだ。

その結果として、今の立場に立った。

ただ憎むのではなく、自分の力を赤嶺頼人に認めさせなければいけない。

自分を選ばなかった理由も問い質したい。

もしかすれば、この機会にそれができるかもしれない。

芽吹はそう思い、詳細を聞こうとすると――――

 

「まぁ、頼人さんがこちらにいらっしゃるんですの!?」

 

その前に夕海子が声をあげた。

 

「弥勒……。赤嶺のこと知ってるの?」

 

なぜだか、しずくが反応して聞き返す。

 

「ええ!なんといっても、わたくしと頼人さんは盟!友!なのですから!」

 

「盟友?」

 

やけに盟友という部分を強調して叫ぶ夕海子。

芽吹は少し違和感を覚え、そのことを尋ねた。

 

「ええ、かつて弥勒家は赤嶺家と共に世界を救ったのです。まさに、盟友なのです!」

 

「へー。だけど弥勒家って没落したんでしょ?まだ付き合いが残ってたんだ?」

 

雀が不思議そうに聞いてくる。

 

「え、ええ……。最近まで連絡を取り合ってた仲ですから……。それはそうと雀さん。弥勒家は没落なんてしてませんわ!ただちょっと落ちぶれただけです」

 

「いやそれ没落じゃん」

 

「違いますわ!」

 

「でも、赤嶺様って他の勇者様と一緒に香川にいたんでしょ?高知にいた弥勒さんと会う機会なんてあったの?お嬢様設定といいどうにもウソ臭さが……」

 

「赤嶺家の本家は高知にあるのです!設定だとかウソ臭いなどと失礼なことを仰るのはお止めなさい!」

 

「そうなの、あやや?」

 

「何故私の話を信じないんですの!?アルフレッド!雀さんに弥勒家の偉大さを教育して差し上げなさい!」

 

「いや、アルフレッドいないじゃん」

 

「いるったらいるんですわ!高知にはいるんですわ!」

 

わーきゃー騒ぐ夕海子を傍目に亜耶が答える。

 

「本当ですよ、雀先輩。赤嶺家の方はバーテックスが観測されてから、他の名家と連絡を取りやすくするために大橋市に移住されたそうです。高知の本家は先代の御当主の方がお住まいになっているそうですよ」

 

「ほら見なさい雀さん。国土さんもこう仰っているでしょう?」

 

ふふんと胸を張る夕海子。

と、そこで芽吹は小さな疑問を覚えた。

 

「ちょっと待って下さい、弥勒さん。だったら勇者選抜の時、彼の正体を知っていたんじゃないんですか?」

 

「……えっ!?」

 

途端、夕海子の動きが固まる。

 

「ん?どういうことメブ?」

 

「赤嶺頼人は、勇者選抜の時に自分の身分を偽って、勇者候補生に戦術の授業をしに来たのよ」

 

「あー、他の子が言ってたあれね。だけど、あれって選抜に影響が出ないようにとかそういう理由じゃなかったっけ」

 

「そうよ。でも、弥勒さんは以前から彼と親交があったんですよね。だったら、知ってたんじゃないですか?」

 

「ええと…………そうですわね…………」

 

露骨に夕海子の目が泳ぐ。

 

「あ、それ私も聞きたいかも」

 

雀がそう言い、しずくもじっと夕海子を見つめる。

 

「弥勒さん、答えてください!」

 

芽吹が強い口調で夕海子に詰め寄る。

 

「え、なになに?」

 

「頼人様の秘密を弥勒さんが知ってたかもなんだって」

 

「これは尋問の必要がありますにゃー」

 

気付けば、騒ぎに気付いた少女達も集まり始め、増々夕海子への圧が強まる。

おまけに話を勘違いしている少女も多くいた。

皆、一様に期待した様子で夕海子を見つめている。

 

「……しょうがありませんわね。いいでしょう。今こそ、頼人さんがあの場にいた真の目的を教えて差し上げますわ!」

 

夕海子が高らかに宣言し、芽吹達は固唾を呑んで言葉を待つ。

夕海子の言葉に、周囲の者も反応し、芽吹たち以外も聞き耳を立てている。

本来、喧騒が漂う食堂の中で、芽吹達のテーブルの周辺だけが異様な静寂に包まれていた。

 

 

「頼人さんの真の目的、それは訓練所に忍び込んだスパイを倒すことだったのですわ!!」

 

 

「「「……………」」」

 

瞬間、張りつめた空気が四散し、白けた雰囲気が漂う。

 

「それでさっきの話なんだっけ?」

 

「ああ、この前イネスに遊びに行った時なんだけど―――」

 

気が付けば、食堂は活気を取り戻しており、さっきまでの空気が嘘のように喧騒が場を支配する。

聞き耳を立てていた少女達もすっかり自分達の話に戻っていた。

 

「弥勒さんも聞かされてなかったんですね。疑ってすみませんでした」

 

「……うん、辛いよね。弥勒さん。何も聞かされないより、嘘吐かれるほうが辛いよね」

 

「弥勒……。これあげる。……元気、出して」

 

芽吹や雀が普段より優し気に声を掛け、しずくも自分用のプリンを夕海子に差し出し、元気を出すように言う。

 

「ちょっ、ちょっと待って下さいな!なんでそんなに優しく……って、まさか、わたくしが騙されてたと思っていらっしゃいますの!?」

 

その言葉に芽吹や雀が視線を逸らす。

ついで、夕海子がしずくを見ると…。

 

「弥勒………大丈夫。赤嶺はいい奴だから……きっと何か理由があったんだと思う」

 

「違いますわ!!わたくしは……わたくしは騙されてなどいませんわぁああああ!!」

 

夕海子は叫んだ。

だが、その様子が痛々しく芽吹は顔を合わせられない。

信じてた友人に、それも盟友とまで言う人に騙されるなんて、さぞ辛いだろう。

芽吹は夕海子を哀れに思った。

 

「皆さん。決めつけるのはよくありませんよ。赤嶺家は以前よりそういった御役目を引き受けていましたと聞きますし、頼人さんはそんな嘘を吐かれる方ではありません。私は本当だと思いますよ?」

 

「ああっ……!やはり、国土さんは本当にいい子ですわね!弥勒家の偉大さもわたくしの言葉も理解してくれるのは貴女だけですわ!」

 

夕海子が感激して亜耶を抱きしめる。

亜耶は少し照れながらもされるがままだ。

 

「………まあいいわ。それで亜耶ちゃん。赤嶺頼人はいつ来るの?私達の訓練も見にくるのよね?」

 

「はい。来週の金曜日、二時間程ゴールドタワーを見回られるそうです」

 

亜耶が夕海子に抱きしめられたまま答える。

 

「たった二時間?この二ヶ月一度も来なかったのに?」

 

いくらなんでも短すぎる。

やはり、彼にとって防人はその程度の存在なのかと、自分達はやはり軽視されているのではないかと芽吹は疑ってしまう。

 

「何分お忙しい方ですから。ですが、決して皆さんを軽んじていらっしゃるわけではありませんよ」

 

「…………」

 

亜耶にそう言われても、芽吹は納得することはできなかった。

なにせ、自分を認めなかった相手だ。

そのことを考えると、再び腹が立ってくる。

 

「そ、そういえばさ、しずくも赤嶺様と知り合いなの?さっき、知り合いみたいな口ぶりしてたけど」

 

芽吹の剣呑な雰囲気を察してか、話題を変えるように雀が言う。

 

「……友達。小学校が……同じだった」

 

「あら、そうだったんですの?」

 

「それじゃあ、弥勒先輩もしずく先輩も以前から頼人さんとお知り合いだったんですか。凄い巡り合わせですね。あれ?頼人様と同じ学校でしたのなら、しずく先輩、他の勇者様ともお知り合いだったんじゃ……?」

 

「うん。三ノ輪と乃木とは……何度か、同じクラスにもなった」

 

「はぁ~……。なんだか驚きました。しずく先輩が勇者様方とお知り合いだったなんて」

 

亜耶が感嘆した様子で言う。

芽吹は、真剣な目でしずくを見つめた。

 

「どんな人だったの、勇者って……どんな人が勇者になれたの?」

 

今でも、芽吹は、自分が勇者に選ばれなかった理由が分からない。

勇者という御役目の責任感も充分にあったし、訓練成績だって三好夏凜より悪くなかった。

勇者がどんな人物か知れば、選ばれなかった理由の一端くらいは分かるかもしれない。

だが、聞くことはできなかった。

 

「楠ちゃん、ここだったのね」

 

ジャージ姿の女性が突然、芽吹に声を掛けたからだ。

 

「……何の用ですか?」

 

芽吹は大儀そうに返事をした。

聞きたかった話の邪魔をされたことが芽吹を苛立たせたのだった。

 

「あら、ご機嫌なこと。お邪魔だった?」

 

「いえ、それより用件を」

 

「ここじゃちょっとね。私の部屋まで付き合ってくんない?」

 

そう言われて、芽吹はちらりとしずくの方を見た。

しずくにはいろいろと聞きたかったが、それでも今すぐ聞く必要のある話ではない。

昼食だって食べ終えている。

芽吹は少しだけ考えるそぶりを見せたあと、「分かりました」と女性の言葉に従った。

 

 

 

案内された部屋はそれなりに広く、彼女が仕事でよく使っている部屋だった。

中央には小さなテーブルをはさむようにソファが設置されており、奥には執務机がある。

芽吹は初めてここを見た時、昔見た学校の校長室のようだと感じた。

 

「とりあえず掛けてちょうだい。紅茶かほうじ茶どっちがいい?」

 

「……ほうじ茶でお願いします」

 

ソファに腰掛けながら芽吹は答えると、「了解」と女性は手慣れた様子で茶の用意をし始めた。

彼女の名は烏丸梨乃。

このゴールドタワーの責任者を務めている女性。

芽吹達の学年の教師を担当しており、芽吹の家に使者として来た人物でもある。

使者として芽吹の家に来たときなどは、大赦の神官らしく非常に硬い人物だと思っていたが、TPOを使い分けているだけらしく、ゴールドタワーでは非常に気さくな人物として知られる。

休みの日など、防人や巫女の少女を引き連れ大束町のイネスに遊びに行ったりしているらしい。

それでも本当に神官なのかと疑ってしまうほどのフランクさだ。

芽吹はゴールドタワーに来てしばらくたつが、時々疑問を覚える。

ここの神官は余りにも大赦の神官らしくないのだ。

父の仕事が大赦関連のものであったため、芽吹は大赦関連の情報を一般の人々よりも知っている。

だから、大赦の神官についてもある程度のことは知っていた。

多少の差こそあるものの、彼等は大抵仮面をかぶり、感情を隠して話す。

おそらく、そのように教育されているのだろう。

だが、ゴールドタワーの職員はどうにも毛色が違う。

仮面をかぶっている神官がほとんどおらず、神官としての装束を着ていない者すらいる。

烏丸も、今はジャージ姿だ。

事情を知らない人がゴールドタワーの日常を見ても、誰も大赦の施設だとは思わないだろう。

以前、ふと気になって亜耶にそのことを尋ねると、ゴールドタワーを含めて、赤嶺頼人が長を務める大赦の内部組織では可能な限り形式というものが排除されているという。

 

「本当は、あの仮面にも意味があるんですが、本庁から離れた場所であるゴールドタワーでは無理にする必要がないとの頼人様のご判断だそうですよ。民間から入ってこられた方へのご配慮だと思います」

 

亜耶はそう言っていたが、伝統を崩すような行為、当然反発も大きいはずだ。

ゴールドタワーでは赤嶺頼人を評価する声が多いが、もしかすれば、赤嶺頼人の管理してるところだけの話で、大赦の他の人間からは正反対の評価を受けているのかもしれない。

そもそもが若すぎるのだ。

嫉まれない方がおかしいだろう。

だが、そういった話はまるで聞かない。

ゴールドタワーが特殊な環境なのか、それとも……。

芽吹の疑問は尽きない。

 

「はいお待たせ。あつあつよ」

 

そうこう考えていると、目の前のテーブルに湯呑が置かれ、烏丸が反対側のソファに腰掛けた。

 

「それより、こんなところまで連れてきて用とは何ですか?」

 

湯呑に口をつけずに、芽吹は疑問をぶつけた。

 

「こんなとこなんて言うんじゃないの。校長室っぽくて気に入ってるんだから」

 

「いいから、用の方を話してください」

 

「せっかちねえ。そんなんじゃ彼氏の一人もできないわよ?」

 

「……無駄話をするつもりなら戻らせていただきますが」

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいって。……実はちょっと頼みたいことがあってね」

 

「頼みたいこと……ですか?」

 

「ええ。頼人様がここを視察しに来るって話は聞いた?」

 

「はい、先ほど聞きましたが……それが何か関係あるんですか?」

 

「まあ、ね」

 

烏丸はそう言うと、小さく溜息をついた。

 

「……そのタイミングで頼人様と防人との模擬戦が行われることになってねー。頼人様のお相手を楠ちゃんに頼みたいのよ」

 

「模擬戦……?どういう意味ですか?」

 

今の赤嶺頼人は勇者の力を扱えないと聞いている。

それなのに模擬戦とはどういう意味なのか。

 

「順を追って話すわ。事の発端は、数ヶ月前の頼人様の発言。頼人様ってば結界外の探査に参加するって言いだしちゃったのよ」

 

「それって……つまり」

 

「想像通り、勇者と防人の指揮を執られるおつもりらしいわね。流石、勇者様というべきかしら」

 

「そんな話……聞かされていませんでした……!なぜ今になって……!?」

 

芽吹は苛立ちを隠さずにそう言った。

このような防人全体に関わるようなことを隠されていたという事実は、芽吹に大きな怒りの感情を呼び起こした。

同時に、今になってこんな問題を持ってきた赤嶺頼人にも腹が立った。

だが、そんな芽吹を相手に、烏丸は表情を変えずに口を開く。

 

「周りが隠していたからよ」

 

「隠していた……?」

 

「あなただって知ってるでしょ?調査への参加は危険と負担を伴う。頼人様には過去の後遺症が残っているし、鎮守府での御役目の負担も大きい。皆、頼人様には危険すぎると思って、そのお考えを変えて頂こうとしてたのよ」

 

「だから、表には出さないようにしていたと?」

 

「参加を断念しても周囲に影響がないように、ね」

 

「じゃあ、なんで……?」

 

「頼人様が意地を通しちゃったのよ。調査への参加は絶対に必要だってね。普段は周囲の意見もよく聞いてくれる方なんだけど、この件に関しちゃ頑ななのよ。ほんと、困っちゃったわ」

 

「…………ですが、あんな怪我をした人間が調査に参加することなんてできません。以前に資料を見ましたが、あんな体ではまともに戦えるはずが……。そもそも、装備はどうするんですか?」

 

「頼人様には運動補助機能付きの専用装備が用意される予定よ。基本性能は防人の戦衣と似たり寄ったりみたいだけど」

 

防人と同じ……だとすると、精霊が存在しない分、調査は命がけのものとなる。

周りが行ってほしくないと言う訳か。

 

「……そんなに赤嶺頼人が大事なら、籠にでも閉じ込めておけばいいじゃないですか。私達のように」

 

「あいたた……そこを突かれると痛い痛い。……そりゃ、突然こんな御役目に就かされたんだもの、私達のこと、許せないわよね」

 

「そういう問題じゃありません。中途半端に手を出してほしくないだけです」

 

いくら赤嶺頼人が命を懸けて戦おうとしているのだとしても関係ない。

彼は彼で大きな御役目を背負っているのだからそちらに専念するべきだ。

中途半端に手を出されても、現場は混乱するだけだし迷惑にしかならない。

 

「楠ちゃんの気持ちも分かるけど、頼人様には頼人様のお考えがあるし、一応筋も通っちゃってるから。そう言ってあげないで」

 

「………そういえば、模擬戦をするんでしたよね。そちらの説明もして下さい」

 

「あ、そうだった、そうだった。頼人様に調査に参加できるほどの力量があるかどうかを確かめるため……ってことになってるわね」

 

「……ということになってる?」

 

「実際は頼人様が調査に参加できなくするための方便よ」

 

「方便……!?じゃあ……!」

 

「無理に参加を阻止しようとすると何かと問題だから、こういう条件が作られたって訳。結界外で足を引っ張らないよう実力を示す必要があるっていえば、頼人様は呑まざるをえない。麒麟児とすら言われた頼人様であっても怪我の後遺症がある以上、まず良い成績は出せないでしょうから」

 

「そのために……私を使いたいって訳ですか」

 

「そんな言い方しないの。まぁ、穿った見方なのは認めるけど」

 

烏丸の言葉は芽吹を苛立たせた。

結果が既に決まっている出来レース。

それを知らされずに射幸心を煽られるという赤嶺頼人の状況が、勇者を目指す自分の姿と少しだけ重なって見えたのだ。

無論、それぞれの扱いには天と地との差がある。

だが、人をいいように使って、自分達の目的を遂げようとしている点は同じだ。

 

「赤嶺頼人を騙すんですか?貴方の上司なのに……いいんですか?」

 

烏丸など、このゴールドタワーにいる神官、職員たちは皆、鎮守府所属だ。

その鎮守府の長である赤嶺頼人の意向に反した行いである以上、一歩間違えれば裏切りとも捉えられかねないだろう。

 

「騙す……というのは少し違うわね。頼人様なら、これくらいのことは気付いているはずだから」

 

「なら、なぜ赤嶺頼人はこの条件を受けたんですか?不利なのは決まってるのに」

 

「勝算があるんじゃない?頼人様は勝算のない戦いはされないから。まぁだからこそ、こっちも最高の人材を用意したいわけよ」

 

「おだてれば私が素直に従うとでも思っているんですか?」

 

だとすれば馬鹿にしている……!

芽吹は言葉に出さず、けれど目でその意を示した。

 

「そんなつもりはないわ。信じられないだろうけど、貴女がこの役目に適任だと本気で思っているのよ」

 

「………………」

 

「これ以上、頼人様の負担を増やすわけにはいかない。ただでさえ鎮守府の御役目は激務なのに、調査任務にまで手を出されては、とてもじゃないけど頼人様の身が持たない。先日も過労で倒れられたばかりなのに」

 

「そんな自己管理もできない人間に、なぜ大それた御役目を続けさせているんですか?別に、赤嶺頼人じゃないといけないわけでもないんでしょう?」

 

「逆よ。鎮守府の御役目こそ頼人様にしかできない」

 

「彼だってまだ私達と同じ年齢です。そんなはずないでしょう」

 

「そう簡単な話じゃないの。権威、実力、政治……色んな問題が複雑に絡み合っててね。あの役割を果たせるのは頼人様をおいてほかにいない。残念ながら……というべきか、頼人様がいて良かったというべきかは分からないけど……」

 

「…………あなたでも……ですか?」

 

「まさか。私じゃ三日も持たないわよ。頼人様しかいない。私達には、どうしても頼人様が必要なのよ」

 

「………………」

 

「だから……お願い。この御役目、どうか引き受けて下さい」

 

目の前の女性はそう言うと、深々と頭を下げた。

さすがの芽吹もこの行動には少し驚いた。

大の大人に、こんな形で頭を下げられるとは思わなかったからだ。

 

「今回の件、あなたにはメリットもなにもない。けど、どうか引き受けてほしい」

 

「……一つだけ、聞いてもいいですか?」

 

しばらく考え込んだ末、芽吹はゆっくりと口と開いた。

 

「何かしら?」

 

「どうして、こんな事情を話したんですか?」

 

自分を戦わせたいのなら、わざわざ事情を話す必要はない。

ただ命令することだってできたはずだし、適当な理由をつけて戦いたがるように仕向けることもできたはずだ。

他にもっと楽な方法があっただろう。

 

「こういうのは事情を話しておかないとフェアじゃないでしょ。それに、頼人様からお願いされたことでもあるから」

 

「赤嶺頼人に?それは、どういう……?」

 

「ゴールドタワーにいる全ての子達と、誠実に向き合ってほしい。一人の人間として、尊重してあげてほしいって」

 

「一人の……人間として……」

 

「そういう方なのよ、頼人様は。……楠芽吹さん。貴女が頼人様に複雑な感情を抱いている事は知ってる。けど、頼人様は貴女達のことを大事に思っている、優しい方なの。頼人様が調査に参加する理由も、貴女達の為なんだから」

 

「……ですが、私達に危険な御役目に就くよう命じたのも赤嶺頼人です!それに、貴女自身は赤嶺頼人に誠実に向き合ってるようには思えません!そんな人の言葉が信じられるとでも……!?」

 

芽吹の脳裏には、勇者になれる可能性があると烏丸に言われた頃のことが色濃く焼き付いていた。

無論、彼女は上からの命令に従っただけに過ぎないだろう。

芽吹もそれは分かっていたが、それでも彼女に対して無意識に不信感を覚えてしまっていた。

 

「ええ、貴女が私を信じられないなんてことは分かっているわ。これが矛盾した行いであることも。だから、私を信じてなんてことは言わない。それでも、お願い。頼人様だけは危険に晒すわけにはいかないの」

 

「……そんなに……彼が大事なんですか?」

 

「ええ、私達にとっても、この世界にとっても。この状況をどうにかできるのは、頼人様において他にいないって私達は信じている。貴女からしてみれば、異常に思えてしまうかもしれないけど」

 

芽吹は返事をどうすべきか迷った。

烏丸の言は、確かに異常だと思えてしまう。

だが、彼女は巫女からの信頼も厚く、ここの管理を任される立場にある。

そんな彼女がここまで言わせたこと、それが芽吹の、赤嶺頼人への興味を引いた。

このゴールドタワーに来て以来、赤嶺頼人の話はよく聞いて来た。

けれど、その像はどうしても以前会った時の彼と重なりきらなかった。

知りたい。

赤嶺頼人のことを。

彼が何を考え、私を勇者に選ばなかったかを。

それが聞ける機会が得られると考えれば、この模擬戦を受けるのは悪い事ではないのかもしれない。

芽吹の返事は、決まった。

 

「……ふぅ、分かりました。引き受ければいいんでしょう?」

 

「ありがとう。本当に助かるわ」

 

芽吹が大儀そうに言うと、烏丸はほっとした様子で礼を言った。

普段なら、その様子にも苛立っていたかもしれない。

けれど、不思議と腹は立たなかった。

ただ、この人もこんなに安心した様子を見せるんだなと、ほんの少しだけ驚いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「楠。ちょっと……いい?」

 

「しずく?どうしたのこんな時間に?」

 

その日の夜、鍛錬を終えた芽吹が部屋に戻ると、部屋の扉の前にしずくがいた。

ひょっとして、昼の話をわざわざしに来てくれたのだろうか。

いや、それにしては時間が遅い。

 

「赤嶺と模擬戦するって。……本当?」

 

「ええ。彼がここに来た時に行われる予定よ」

 

どうやら、しずくは赤嶺頼人に関する話がしたかったらしい。

そういえば、しずくは彼と同じ学校だったという。

興味があったのだろうか?

そんな風に考えていた芽吹に、しずくは思いもよらない言葉を投げかけた。

 

「楠じゃ、赤嶺に勝てない。私達がやる」

 

しずくは、いつになく断固とした口調で想いを述べた。

 

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