樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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更新遅すぎ問題。
本当に申し訳ない……。



魚の木に登るが如し

居場所がない。

そう思うようになったのは、いつからだろう。

昔から、家には居場所がなかった。

お父さんやお母さんも、すぐに怒って、殴ったり、色んな痛いことをしてきたから。

私は、愛されてないのだと、思った。

静かにしてても、何もしなくても、痛いことをしてきたから。

もう一人の私、シズクが生まれて、少しは耐えられるようにはなったけど、それでも苦しかった。

それに、お父さんとお母さんは結局、心中しちゃったから、苦しい思い出しか残らなかった。

学校でも、居場所はなかった。

いじめられることはなかったけど、友達はできなかった。

ずっと、独りぼっちだった。

そんな時―――

 

「ねぇ、山伏さん。ちょっといいかな?」

 

クラスメイトの一人が話しかけてきた。

私の、シズク以外に出来た最初の友達。

赤嶺……頼人が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

芽吹の朝は早い。

日の出前には起床し、トレーニングウェアに着がえて、タワーを出る。

最初にするのは、ジョギング。

近くの臨海公園から駅まで線路沿いと海沿いを通って向かい、そしてまた臨海公園に戻る。

それを二周。

防人になって以来の日課だ。

そうして、芽吹は、走りながら考え事をする。

昨夜のしずくの言葉を、ゆっくりと考える。

 

 

「楠じゃ、赤嶺に勝てない。私達がやる」

 

しずくは芽吹に向かって、そう言い放った。

正直なところ、怒りよりも先に、困惑が胸を支配した。

確かにしずくは、防人の中での序列は高く、銃剣型の防人の中では最も評価されている。

芽吹自身も、しずくの判断力の高さなどは認めていた。

だが、戦闘や運動の能力は低く、その序列番号も高すぎると芽吹には思えた。

そんなしずくが、突然、このような発言をしたのだ。

発言の意図も意味も分からず、どういう意味か訪ねても、そのままの意味だとしか答えは帰って来なかった。

結局、その後すぐにしずくは立ち去ったため、芽吹は発言の意図を図りかねたまま。

ただ、去り際に、「明日の放課後……。道場に、来て」と言われた。

自室で芽吹は、しずくの発言について考えたが、あまり実りはなかった。

左目の視力はなく、左足にも問題を抱えている相手に、芽吹が負ける道理はない。

むしろ、赤嶺頼人が勝てる要素の方が稀だ。

しずくに関してもそうだ。

では、ただ馬鹿にされたのだろうか。

そう考えた途端、無性に腹が立ってくる。

が、それにしては妙なことを口走っていた。

しずくは、私がやる、とは言わなかった。

私達がやる、そう言っていた。

私達とは、どういう意味だろうか。

複数でかかる……?

いや、模擬戦は一対一のはずだ。

そうでなければ、そもそもこの模擬戦の意味がない。

 

「ふぅ………」

 

気付けば、コースを走り終えていた。

次は、訓練施設の道場で、銃剣術の訓練を行う。

木銃を振るいながらもう一度、しずくの発言を考える。

きっと、馬鹿にしてきたわけではないのだろう。

高々、数ヶ月の付き合いではあるが、しずくがそういうことをするとは思えない。

だが、それでもしずくの発言を認めるわけにはいかない。

しずくの発言は、芽吹の方がしずくや赤嶺頼人より弱いという意味にも受け取れる。

もし、そうなのであれば……そう思うと、芽吹はまた、腹が立ってくる。

なにせ、芽吹には、防人の中では最も優秀だという自負があった。

個人の技量なら、勇者にも引けはとらないだろうと思うほどに。

事実、芽吹が隊長であるという事実が、その自負に説得力を与えている。

芽吹は非常に負けず嫌いな性格だったのも、怒りを生む原因になった。

それに加えて、芽吹の中には、自分は落第者とは違う、自分は勇者になるんだ、という激情があった。

いつまでもこんなところにはいない、という想いもあった。

防人の中ですら、頂点に立てないようでは、大赦が自分を認めるはずもない。

ましてや、怪我人ごときに負けるようでは、勇者になど成れるはずがない。

いずれにせよ、今日の放課後になればわかる話だ。

そうして、芽吹は再び木銃を振るった。

 

訓練を終え、朝食を食べ終えた芽吹は教室に向かった。

教室に着くと、既にある程度の人間が集まっていた。

 

「あ、メブ。おはよー。今日はゆっくりなんだね」

 

いつものように、雀が気付いて話しかけてきた。

 

「きょうはいつもより訓練を長めにしてたのよ」

 

「や、普段から、十分長いじゃん。メブ、訓練のしすぎとかで倒れないでよ?」

 

「これくらいじゃ倒れないわよ。というか、守ってくれる人がいなくなるのが怖いだけじゃないの?」

 

「えへへ、ばれた?」

 

「はぁ……。全く……」

 

芽吹は、言葉を返しながら、鞄の中から教科書を取り出す。

ゴールドタワーは、防人と巫女だけが集められた特別学校という側面も持ち、義務教育としての授業は普通の学校と同じように行われる。

 

「はい、皆おはよー!授業始めるから席ついてー」

 

しばらくすると、芽吹達の学年の担当である、烏丸が教室に入ってきた。

途端、たむろしていた他の少女たちも、慌てて席に着く。

こういう光景は、どこでも変わらないらしい。

と、そこで、芽吹は席に空白があることに気付いた。

あれは確か……しずくの席だ。

芽吹は少し気になって、烏丸にしずくはどうしたのかと聞いた。

 

「ああ、山伏ちゃんは風邪ひいて休むって、さっき連絡あったよ。今頃、医務室じゃないかな?」

 

「そう……ですか……」

 

昨夜、あんな事を言ったばかりなのに病欠とは……。

いや、タイミングが良すぎないだろうか。

本当に風邪なのだろうか……?

だとしたら、間の抜けた話だが……。

 

「はい、それじゃあ教科書の五五ページ開いてー」

 

思索の世界に入りかけた芽吹を、烏丸の良く通る声が現実へと引き戻した。

どの道、後で様子を見に行けばわかることだ。

今、考えるべきことでない。

そう思い、芽吹は授業に集中することにした。

 

 

 

 

「えー、バーテックスには種類が結構いるけど、四国に攻めてくる個体と他のバーテックスとの間には、明確な差異があります。その差異が御魂の有無。この御魂は、完成体のコアみたいなもんで、ここを破壊されると、バーテックスは完全に消滅するわ。頼人様がサジタリウスを殲滅した時に、初めてその存在が確認されて、そこから封印のシステムが完成したのよね。おかげで、それまで撃退しかできなかったのが、現在では封印により、御魂を引き釣り出して連中を殲滅できるようになったのよ。封印の有用性が、瀬戸大橋跡地の合戦で証明されたのは、みんな知っての通りね」

 

烏丸が、板書をしながら御霊について語っている。

バーテックスなど御役目に関わる座学だ。

このように、御役目の為の訓練が課せられることが普通の学校との違いだろう。

ただ、この座学に参加しているのは防人のみで、今の時間、巫女達はそれぞれ巫女の為の座学を受けている。

神に関する知識や、儀式のための教育が多いらしく、正直なところ、話を聞いても門外漢の芽吹にはあまりその内容は理解できなかったが……。

 

「せんせー。その瀬戸大橋跡地の合戦の映像なら何度も見ましたけど、赤嶺様が戦った時の映像ってないんですかー?」

 

一人の少女が、唐突に烏丸に質問した。

そう。バーテックスと勇者との戦闘は、そのほとんどが記録されている。

芽吹達も、授業ではそれらの映像を何度も見せられたが、赤嶺頼人が戦った日の記録映像は見ることがなかった。

データや文書で、どういう戦闘が行われたかは分かるものの、映像は見れていない。

 

「あるけど見るのはだーめ」

 

「えー。何でですか?」

 

「あの映像はかなりショッキングだから、そう簡単に見せる訳にはいかないのよ。貴女達だって、見たらトラウマになって、夜トイレに行けなくなるわよ」

 

「むぅ……」

 

少女が押し黙る。

データで、赤嶺頼人がどれだけ傷ついたか知っているため、見るのが少々怖くなったのだろう。

烏丸も、実戦前にそのような映像を見せても、ただ恐怖感を与えるだけだと考えているのかもしれない。

 

「はい、じゃあ続けるわよ。この封印という概念が生まれて以降、対バーテックスの戦術も随分変わって―――」

 

そうして、烏丸は勇者の基本戦術を話し、続けて、防人の戦術を話し始めた。

群を活かし、陣形を構築しての戦い。

勇者を前面に出し、防人はその後ろから援護と採取作業を行う。

安全ではあるが、同時に屈辱的だ。

こんな御役目で、本当に、勇者に昇格できるのか。

一瞬、不安がよぎるも、芽吹はそれをすぐさまかき消し、決意を思い出す。

 

私は勇者になるんだ……!

そのためにも、この程度の御役目は完璧以上にこなしてやる!

 

 

 

一通り授業が終わり、やがて訓練も終わった。

あっという間に放課後だ。

普段なら、すぐに芽吹は道場に向かうところだが、昨夜の件がある。

結局、しずくは病欠、食堂にも姿を現さなかった。

芽吹は少し考えると、一先ず、しずくの部屋に行ってみることにした。

 

「しずく、いる?」

 

部屋の扉をノックして尋ねるも、返事はない。

しーんとしたままだ。

寝ているのだろうか。

なんとなしに、ドアノブを回してみると、鍵はかかっていなかった。

入るかどうか、芽吹は一瞬迷うも、念のため、見ておいた方がいいだろうと、部屋をのぞき込んだ。

一見、人の気配はない。

中に入って、一通り調べるも、いない。

もしかすると、医務室にいるのかもしれない。

そう思い、医務室に向かうも、そこにもいない。

医務官に話を聞くも、そもそもここには来ていないという。

 

おかしい。

しずくが本当に病欠ならば、自室か医務室にいるはずだ。

だが、大束町を離れているわけでもないだろう。

離れていれば、大赦の連中は気付くはずだ。

なら………やはり…………。

 

 

 

 

「メッ、メブ~~~~!!」

 

ゴールドタワーを出て、道場に向かうと、雀が急に抱き着いてきた。

 

「私を守ってメブ!今守って!すぐ守って!!」

 

「ちょ、ちょっと雀。どうしたのよ」

 

「し、しずくが……しずくがおかしくなっちゃったんだよ~~!もう鬼みたいな感じで!」

 

「しずくが……?」

 

「うぉおおおい!誰が鬼だ!」

 

道場の奥を見れば、戦衣を纏ったしずくが叫んでいた。

が、その様子は普段とはまるで違う。

確かにおかしい。

いつものしずくとは、まるで別人だ。

しずくの近くには、何人かの防人が倒れていた。

皆、戦衣を纏っている。

指揮官型の少女が多かったが、弥勒など銃剣型もいる。

 

「ひっ、ひぃいいいいい!!!メブ、お助け~!」

 

雀が芽吹を盾にして叫ぶ。

普段なら呆れるところだが、しずくの様子は尋常でなく、呆れるような暇はなかった。

 

「しずく、風邪って聞いていたけど、元気そうね」

 

「あ?あんなもん仮病に決まってんだろ」

 

「やっぱりね……。で、約束通り来たけど………随分、暴れているみたいね」

 

「ああ、お前がくるまで暇だったから、軽く揉んでやったんだよ。骨のない連中だったぜ」

 

「ま、まだ、終わってませんわぁああああ!!」

 

瞬間、しずくの言葉に呼応するように弥勒が立ち上がり、しずくの後ろから銃剣で刺突した。

見えない位置からの攻撃。

だが、しずくは体を半回転させ躱し、その勢いのまま弥勒の腹を蹴り上げた。

 

「うぐぅ!」

 

弥勒が吹き飛ばされ、床に転がる。

 

「気配がバレバレなんだよ。ったく、つまんねぇ」

 

シズクがため息交じりで言う。

やはり、どう見ても別人だ。

 

「……それで、その様子は何?あなた、二重人格だったわけ?」

 

「お、よく分かったじゃねえか。確かに、俺はあっちのしずくとは違う。もう一人の山伏シズクってやつだ」

 

半ば、冗談で言った言葉が当たるとは。

芽吹は驚いたものの、同時にどこか納得もいった。

倒れている防人は、指揮官型……つまり、上位の防人が多い。

彼女等を一人であしらえるということは、それだけ戦闘力が高いことを意味する。

もう一人のシズクという存在が、彼女の序列の高さの理由なのだろう。

 

「で、私を呼び出した理由は何?道場ってことは……」

 

「ああ、お前と闘り合うために呼んだ。俺が勝ったら、赤嶺と闘るのは俺になるからな」

 

「なんで、あなたが赤嶺頼人と戦いたがるのよ。そんなことしても意味がないはずよ」

 

「意味ならあるぜ。俺なら、赤嶺に勝てる。だが、お前にゃ無理だ」

 

その言葉に、芽吹のこめかみに青筋が立つ。

 

「私が、負けるですって……?怪我人相手に……?」

 

芽吹は、怒りを懸命にこらえて、言葉を絞り出す。

 

「ああ、お前じゃ赤嶺には勝てねえ。踏み台になるのが関の山だ」

 

「え?え?どういうこと、めぶ?」

 

雀が、訳が分からないと言った様子で尋ねるも、芽吹はそれを無視して、話を続けた。

 

「意味が分からないわね。私が負ける要素はない。どういうつもりで、言ってるの?」

 

「はっ。お前が勝てない理由が聞きてぇか。なら、俺に勝ちな。そうすりゃ教えてやるよ」

 

明らかな挑発。

普通に考えれば、乗るべきではないのだろう。

だが、芽吹はかなりの負けず嫌いだった。

こんな事を言われて黙ってはいられない。

 

「いいわ。上下関係を教えて込んであげる」

 

詳しい事情は後でいい。

どの道、こんな様子では今後、まともにこちらの指示を聞くかも分からない。

放っておくのは良くない。

今は、この獣に上下関係を叩きこむべきだ。

話はそれからでも遅くはない。

 

 

 

 

芽吹とシズクは、互いにアプリを起動し、戦衣を身に纏った。

今回、芽吹は銃剣型の戦衣を使うことにした。

しずくが銃剣型の為、装備で性能差が出ないようにするためだ。

なお、他の少女は既に道場にはいない。

皆、医務室に行ったのだ。

雀には、彼女等の付き添いを頼んでいた。

 

「お前は指揮官用の戦衣でもいいんだぜ。そっちの方が性能がいいんだろ?ちょうどいいハンデだ」

 

「負けた時の言い訳にするつもり?通常装備で十分よ」

 

「ふん。そうかよ」

 

その言葉を合図にするかのように、互いに銃剣を構えた。

しばしの間、沈黙と共に、対峙する。

芽吹は小さく深呼吸し―――先手を取った。

一気に彼我の距離を詰め、直突から横薙ぎに刃を振るい―――。

 

「っ―――!」

 

――――首元に飛んできた刺突をぎりぎりで躱した。

 

「おっ、今のを避けたか」

 

芽吹は三歩下がり、再び銃剣を構える。

……なんて奴。

シズクは芽吹の刺突を最小限の動きで避け、片腕だけでカウンターを放ったのだ。

何という身のこなしだろうか。

慎重に行かないと……やられる……!

 

「なんだ、来ないのか?じゃあ、今度はこっちから行くぜぇ!」

 

瞬間、シズクは芽吹との距離を詰め、連続で刺突を放つ。

 

「ちぃ……!」

 

芽吹は後退しながらもその刺突をよけ、打ち払い、何とか凌ぐ。

だが、やられっぱなしではない。

芽吹は相手の刺突を自身の後ろに打ち払い流し、間髪を入れずにシズクの胴へ刺突した。

しかし、シズクは身をよじり、簡単にその刺突を避ける。

返す刀で、シズクは袈裟斬りに銃剣を振り下ろした。

 

「ほらよっ!」

 

「くっ……!」

 

芽吹は銃身でその一撃を受け止める。

 

重い……!!

彼女の体格からは想像もできないほどの膂力……!

それに、凄まじく速い……!

突きの鋭さも、身のこなしも尋常じゃない……!

 

身体の重心や関節の移動が、天才的に巧いのだろう。

それに加えて、シズクは芽吹の動きを読んでいる節があった。

おそらく、これまでの訓練中に芽吹の動きを見て、癖などを読んでいたのだろう。

しずくの経験が、シズクに活かされているのは明らかだった。

間違いなく不利な状況。

それでも、芽吹は負けるわけにはいかない。

こんなところで負けるようでは、勇者は夢のまた夢なのだ。

 

芽吹とシズクの振るう刃が、何度も何度も交差する。

シズクの攻撃は鋭く正確で、芽吹は押されるも、懸命に刃を振るう。

 

「気合入ってるじゃねえか!絶対負けちゃダメだって、自分に言い聞かせてるみたいだぜ!?」

 

「あなたこそ、随分懸命ね!そんなに赤嶺頼人と戦いたいの!?」

 

「そんなんじゃねえ!俺達はあいつを戦わせる訳にはいかねえんだよ!」

 

「なら、私に任せておけばいいでしょ!ただ、自分の力を誇示したいだけじゃないの!?」

 

芽吹は一際強く、銃剣を振るい、シズクと距離を空ける。

 

「やっぱり、お前は何もわかってねえ。赤嶺がお前を選ばなかった理由がよく分かるぜ」

 

「何を……!?」

 

シズクが再び、銃剣を横薙ぎに振るい、芽吹がそれを受け止める。

つばぜり合いの形となり、二人の視線が交差した。

 

「お前は自分のことしか見えてねえ!いつもいつも自分のことばかりだ!視野が狭いったらありゃしねえ!」

 

「……だから……だから何!?それと、選ばれなかった理由に、何の関係があるのよ……!」

 

「分からねえか?赤嶺はな、あいつらの背中を守れる奴を選んだんだ!お前じゃなく、三好をな!」

 

「…………!」

 

「お前だって知ってるだろ。三好は、素直じゃなかったけどな、困ってるやつを放っておけない奴だった。勇者って奴はみんなそうだ。自分より他人を大事にしちまう、馬鹿で、けどすげえカッコいい奴らなんだよ!」

 

シズクは思い出す。

神樹館で、ずっと独りぼっちだったころ、初めて赤嶺が声を掛けてきたときのことを。

しずくは自分が話しかけられるとは思わなくて、嬉しくて、でも、うまく話せなくて……急に怖くなってしまった。

話しかけてくれたのに話せなくて、結局、拒絶されてしまうことを。

そこまでなら、まだ良かっただろう。

だが、しずくはつい、思い出してしまった。

拒絶という言葉から、両親のことが頭に浮かんでしまった。

そうして……シズクが出てきてしまった。

シズクは、赤嶺を敵だと思った。

シズクを怖がらせる悪い存在だと。

普通なら、シズクを相手にした子供は逃げだすだろう。

粗暴で荒々しいシズクを好きになってくれる子供は、殆どいない。

けれど、それでも赤嶺は、正面からシズクとぶつかった。

シズクを一人の人格だと、人間だと認めた。

嬉しかった。

しずく以外の人間に、自分を認めてもらえるとは思ってもみなかったから。

しずく以外に、友達ができるなんて思っていなかったから。

そうして、赤嶺と一緒にいる内に、友達もできるようになった。

だから、しずくと、シズクは赤嶺のことを好きになった。

恩義を感じるようになった。

だから、しずくとシズクは決めた。

赤嶺に何かあった時、力になろうと。

無茶なことをしようとしてたら、二人で止めてあげようと。

 

シズクは強引に銃剣を振り払い、再び芽吹と距離をとった。

 

「だがな楠、今のてめえは違う。力を認めさせるためだとか、プライドのためにって息巻いて、周りがまるで見えてねぇ。自分が自分がって駄々をこねるガキだ。そんな奴が、あいつらの背中を守れるはずがねえ。赤嶺が力を託すわけ、ねえだろうが!!」

 

シズクが踏み込む。

そこから一気に距離を詰め、シズクは逆袈裟に銃剣を振るった。

芽吹はぎりぎりで受け止める……が。

瞬間、受け止めた芽吹の銃剣が大きく上へ弾かれた。

 

「しまっ―――!」

 

これまでの打撃よりも、さらに重い一撃。

途中まで加減をし、ここぞというところでの最大限の攻撃。

シズクはこの一撃に懸けていたのだ。

そう気づいたところでもう遅い。

芽吹の胴ががら空きになる。

次の一手でやられる……!

芽吹がそれを自覚した瞬間―――

 

「あなた達!!何やっているの!!!」

 

突如、二人に割って入る声が響いた。

声のした方向を見ると、烏丸が腕組みして立っていた。

 

「なんだぁ?急に邪魔しやがって」

 

芽吹から距離を置き、シズクは烏丸を睨みながら言った。

 

「なんだじゃないでしょ!?今すぐ、止めなさい!」

 

シズクの言葉に烏丸は怒りをあらわにして答える。

 

「これは防人同士の模擬戦です。何故、止めるんですか?」

 

芽吹もまた、苛立ちを籠めて言う。

芽吹はさっきの一瞬、助かったと、ほっとした。

そして、ほっとしたこと自体に腹が立った。

それは、まさしく自分の負けを認めることに他ならなかったからだ。

芽吹の態度は、その苛立ちが転化したものであった。

だが、そんな二人の様子に動じず、烏丸は声を張り上げた。

 

「ええ、模擬戦結構!訓練としては確かにいいわ!でもね、模擬戦にモノホンの銃剣使っていいわけないでしょ!怪我したらどうすんのよ!」

 

「「……………」」

 

芽吹とシズクは、思わず押し黙る。

互いに熱くなっており、木銃を使うという発想がまるきり抜け落ちていた。

 

「ちっ、白けちまった」

 

シズクはそう言うと、戦衣を解除し、道場を立ち去ろうとする。

 

「待ちなさい!まだ勝負は……!」

 

「明日やってやるよ。俺は腹が減った」

 

「待ちなさい、山伏ちゃん。今日、仮病を使ったのは……って、速っ……!?」

 

芽吹と烏丸が呼びかけるものの、シズクはあっという間に道場からいなくなってしまった。

随分と足が速い。

 

「はぁ……。あれがもう一人の山伏ちゃんか……」

 

烏丸が頭を抱える。

どうやら、烏丸もシズクを見るのは初めてだったらしい。

だが、芽吹にはそんなことはどうでもよかった。

そんな事よりもただ、今は一人になりたかった。

芽吹もまた、道場を立ち去ろうとする。

 

「待ちなさい楠ちゃん。あなたからは詳しく事情を聞くわよ」

 

「知りません。向こうが勝手に、赤嶺頼人と戦うのは自分だって突っかかって来たんです」

 

芽吹が不機嫌さや苛立ちを隠さずに言う。

 

「えっ……山伏ちゃんが?……なんで?」

 

「だから知りません!そんなことはしずくに聞いてください!」

 

そう言って、芽吹は道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「くっ………!」

 

芽吹は大浴場の壁に、自分の拳を叩きつけた。

他に人がいれば迷惑になる行為だろうが、今の時間、大浴場に人はいなかった。

 

自分しか見えていない。

その言葉が何度も頭の中でリフレインする。

考えないようにしようとしても、どうしても考えてしまう。

赤嶺頼人が自分を選ばなかった理由。

自分しか見えてないことがそうだと、シズクは言った。

だが、それは芽吹にとっては、あまりにも当たり前のことであった。

それは、勇者になるために、必要なことのはずだったから。

 

勇者になるためには、最も優れていなければならないと思った。

勇者になるためには、誰よりも自信を鍛え上げなくてはと思った。

だから、芽吹は、勇者になるために他人との関わりを徹底的に排除した。

他人に構わず、自身を鍛え上げることにのみ集中するべきだと、余分な贅肉は切り捨てるべきだと、そう思ったから。

他人との関わりだけじゃない。

芽吹は勇者になるために、多くのモノを切り捨ててきた。

娯楽も、友情も、恋愛も、何もかもを捨て、針のように鋭く鋭く自らを高めてきた。

そうすれば……勇者になれると信じて………。

 

けれど、シズクの言葉がもし当たっていたのならば…………その芽吹が切り捨てて来たモノこそが、勇者になるのに必要なモノだったのではないか―――

 

「なら……なら……最初に言いなさいよ…………!どういう人間が必要かって………!!」

 

芽吹が八つ当たりのように、小さく叫ぶ。

それが何にもならないことは、芽吹自身が一番よく分かっていた。

だが、叫ばずにはいられなかった。

そうしなければ、不安に押しつぶされそうだったから。

 

 

芽吹は、あまりにも多くのモノを捨ててきた。

それ故に、切り捨てたモノの山に、勇者になるために必要な要素がどれほどあるのか、分からない。

取り戻し方も分からない。

そもそも、そういった要素なしに積んできた、自分の努力が正しかったのかも分からなくなっていた。

足元が崩れていくような感覚がする。

芽吹が挫折を味わったのは、これが初めてではない。

芽吹は何度も、期待を裏切られてきた。

だが、それでも、こんなことは初めてだった。

 

今までずっと、芽吹は自分の生き方が正しいのだと信じてきたし、誰にも否定させるつもりはなかった。

勇者に選ばれなかったものの、自分の努力は間違いではないと信じていた。

だが、シズクと戦い、彼女の言葉を聞いて、芽吹は思ってしまった。

 

自分の生き方と、勇者になる条件とは、どうしようもなく相反しているモノではないかと………。

 

そんなはずがない……!

あり得ない……!

芽吹は不安をかき消そうとする。

……けれど、その不安は心中にこびりついていた。

心の片隅に、もしかしてという想いが燻ってしまっている。

芽吹は初めて……自分の生き方の疑問を覚えてしまっていた……。

 

「あれ、芽吹先輩?」

 

その時、亜耶が浴場の扉を開けて入ってきた。

 

「珍しいです。芽吹先輩が大浴場を使っているなんて」

 

亜耶が無邪気な顔で言いつつ、かけ湯で体を流す。

そして、湯船に入り、芽吹の隣に座った。

 

「ええ。たまにはね……。それじゃ、私はもう出るから……」

 

芽吹は湯船から立ち上がり、浴場を出ようとした。

あまり、人と話したい気分ではなかった。

できるだけ、一人で居たかった。

 

「待って下さい。芽吹先輩、辛そうな顔をしています。なにか、あったんじゃないですか?」

 

だが、亜耶がそれを引き留めた。

 

「私は大丈夫よ。気にしないで」

 

「でも、芽吹先輩、何か悩んでますよね?よかったら、話してくれませんか?きっと、少しは楽になるはずです」

 

亜耶がそっと寄り添うように言う。

亜耶は、巫女の中でも特に、防人の御役目のことを、自分のことのように思っている。

それ故に苦しむ、誰よりも優しい少女だった。

だから、芽吹の苦しみを理解しようと思ったのだ。

 

「本当に、大丈夫だから……!亜耶ちゃん、悪いけど疲れてるの。それに、亜耶ちゃんには分からないことだから」

 

けれど、芽吹は、そんな亜耶の言葉にさえ苛立った。

巫女である亜耶が、芽吹の挫折を、苦悩を分かるはずがない。

そして、亜耶の言葉に甘えてしまったら、シズクの言葉を認めたことになってしまうのではないか、という根拠のない不安があった。

 

「だったら五分だけでいいんです。私には分からなくても、ほんの少しだけでも誰かに話せば、気持ちも整理しやすいと思いますよ?」

 

「………」

 

だが、芽吹の拒絶の言葉にも、亜耶は動じなかった。

余りにも優しく、温かいその反応に、流石の芽吹も毒気を抜かれてしまう。

 

「はぁ…………」

 

気が付けば芽吹は、再び、亜耶の隣に座っていた。

なんだか、急に色んなことが馬鹿らしくなってきた。

 

一瞬、話すべきかと悩んだが、最早どうでもいいと、亜耶にすべてを話し始めた。

半ば、自棄だった。

シズク言われたこと、圧倒されたこと。

今までの努力に意味はなかったのではないかという不安。

芽吹が今までに捨ててきたモノの話。

洗いざらいを芽吹は吐き出した。

その全てを、亜耶は黙って聞いていた。

 

 

そうして、話し終わったころ、亜耶は芽吹の手を包み込むように、そっと握った。

 

「芽吹先輩、話してくれてありがとうございました」

 

「亜耶ちゃん……?」

 

「大丈夫です。芽吹先輩の努力は、決して無駄じゃありません。現に今、防人の隊長に選ばれてるじゃないですか。これは、芽吹先輩の努力に意味があった証拠です」

 

「でも、私は……」

 

「先輩が防人になる前のことも大体、聞いています。それに、ここで芽吹先輩が頑張ってる姿をずっと見てきました。だから言えます。芽吹先輩は、また立ち上がれます」

 

「――――!」

 

「芽吹先輩は一生懸命に頑張って……期待して、期待して、でも期待通りにならなくて、その分だけ傷ついてしまう。けど、芽吹先輩は、今まで一度も諦めなかった。何度も立ち上がって、地道に努力してきたじゃないですか。だから……今度だって、絶対大丈夫です」

 

その言葉で、芽吹はそれまでの苛立ちが不思議と消えていくのを感じた。

同時に、心にゆとりを持つこともできた。

そうして気付く。

最初から、悩む必要はなかったことに。

 

「芽吹先輩が自分を否定することなんてないんです。目標のために一生懸命になれるのは先輩の美徳ですし、芽吹先輩のそういうところ、私はすごく好きですから」

 

そうだ。

自分は、この生き方を今まで貫いてきた。

それは、尊敬する父の生き方でもあったから。

確かに、父のようなストイックな生き方は、人間性が欠けていたかもしれない。

周囲から理解されなかったかもしれない。

けれど、どんなに酷い事を言われても、どんなに理不尽な依頼があろうとも、ただひたむきに仕事を行うその姿を、神聖なものだと感じてしまった。

その背中に、どうしようもなく憧れてしまった。

私も、そういう風に生きたいと思った。

だから、決めたのだ。

何があっても、この生き方を貫こうと―――

 

「ありがとう、亜耶ちゃん。私、大事なことを忘れてたみたい」

 

そうだ。

この生き方だけは、誰にも否定させないと決めたのだから、この生き方が正しいのかなんて思う必要はなかった。

それは、自分で自分の全てを否定する行為だ。

そんな事をしても意味はない。

芽吹のやることは―――決まった。

 

 

「でも、確かに、もう少し周りを見れるようになるべきなのかもね」

 

「視野だったら、これから広げていけばいいじゃないですか。私達はまだ子供なんですから、これからいくらでも広げられます。それに、今の芽吹先輩は一人じゃないんですから」

 

「そうね。ただ、いざ広げようと思っても、やり方はよく分からないから、これから考えなきゃいけないけど」

 

「そうですね……。あっ。そういえば、過去の経験を思い出すことでも、視野は拓けるという話をこの前聞きました」

 

「過去の……経験。温故知新といったところかしら」

 

「ええ、頼人さんはそうされているそうですよ?」

 

「また、赤嶺頼人なのね……」

 

芽吹は少しげんなりする。

ここ数日で、その名前は聞き飽きた。

正直、しばらくは聞きたくもないが、それはさておき、その言葉を聞いて、一つ思いついたことがあった。

シズクは強い。

天才的な戦闘センスに加え、銃剣術の技量も優れている。

普通にぶつかっても、勝つのは難しいだろう。

だが、今話しをしていて、シズクに勝つ算段が生まれた。

 

「本当に、ありがとう亜耶ちゃん。おかげで、何とかなりそうだわ」

 

もう二度と、遅れはとらない。

 

 

 

 

 

「あれ、楠ちゃん?どったの急に」

 

「いえ、ちょっと聞きたいことがあったので」

 

「あら、そうなの。珍しいこともあるわねー。とりあえず、入って入って」

 

芽吹は、烏丸の部屋を訪ねた。

昨日の部屋とは違って、彼女の私室だ。

芽吹は少し躊躇してから、おずおずと言葉を紡いだ。

 

「あの、先ほどはすみませんでした。八つ当たりのようなことをして……」

 

「………」

 

反応がなく思わず顔を見ると、烏丸は少し驚いた顔で、黙って芽吹の顔を見ていた。

まるで、固まっているかのようだ。

 

「あの……?」

 

「ふふっ……ふふふ……」

 

しばらく肩を震わせたかと思うと、烏丸は声をあげて笑い始めた。

 

「な、何がそんなにおかしいんですか!?」

 

「い、いや……。あ、改まって何を言うかと思えば……お、大真面目に謝られるなんて思ってなかったから……」

 

烏丸が肩を震わせて言う。

随分と壺に入ったらしい。

 

「私が謝るだけで、そんなに面白いんですか」

 

「いやね、てっきりまた怒鳴られるかなって思ってたからさ」

 

「私、そんなに普段から怒ってますか?」

 

「ええ、常に怒ってるように見えてたわよ。勝手な感想だけれどね」

 

失礼な。

自分が、そんなに癇癪持ちだと思われているとは……。

芽吹は少し、イラっとした。

 

「ほら、また怒ってる」

 

「それはあなたが……!」

 

「ごめんごめん。でも、怒鳴られるって思ったのは本当。山伏ちゃんの件、黙ってたから」

 

「……そういえば、彼女のあれ……なんで黙っていたんですか?」

 

「あら、理由を聞いてくれるのね」

 

「当たり前です」

 

芽吹はため息をつきながら答える。

一体、人をなんだと思っているのだろうか。

 

「答えは簡単、本人の希望よ」

 

「本人の希望……大人しい方のしずくの?」

 

「そ。話すときは自分で話すから、黙っててほしいって」

 

「話すときは……自分で……」

 

ならば、ある意味でシズクはその約束を守ったとも言える。

 

「もう一人の山伏ちゃんはね、おとなしい方の山伏ちゃんが、追い詰められたり、強いストレスを感じたりすると出てくるらしいのよ。めっちゃ荒々しくて暴れん坊だから、もしかしたら、出てこない限り話すつもりはなかったのかもね」

 

「ストレスを感じると………。自分で切り替えられるわけではないんですか?」

 

「そういう制御はできないって聞いたけど?」

 

「そう、ですか……」

 

芽吹はそう答えたものの、心の内には疑問を感じていた。

さっきの話からするに、シズクは自分から戦う為に出てきたような印象を受けた。

それに、昨日の晩の話を考えると、粗暴なシズクが出てきたのは、彼女の意志としか思えない。

だが、制御はできないという……。

シズクが出てきたのは、偶然なのだろうか……?

 

「何か、気になるの?」

 

「昨夜、しずくに言われたんです。今日の放課後に道場に来てほしいと。それで、行ってみれば、シズクがああなっていたので、自分で切り替えたんじゃないかって」

 

「ふむ……。じゃあ、今日の仮病は……」

 

「心当たりが?」

 

「いや、山伏ちゃんもしかしたら、自分で自分に強いストレスを与えたんじゃないかしら。人格を交代するために」

 

「自分で……」

 

自分で自分にストレスをかけるなんて、そう簡単な話じゃないだろう。

きっと、精神にかなりの負担がかかるはずだ。

何故、シズクはそこまでするのだろう……?

 

「頼人様と戦うのは自分って言ってたのよね?」

 

「ええ。……そういえば、赤嶺頼人との件、しずくにも話してたんですか?」

 

「楠ちゃんにしか話してなかったんだけどね。別ルートで話を仕入れたみたい」

 

「別ルートって……」

 

「多分、大赦の上の方。神樹館には大赦関係の人も大勢いたから、そこからでしょうね。……で、よ。頼人様との模擬戦……明日のあなたたちの決闘次第で、相手は決まるわ」

 

「そうですか」

 

「……怒らないの?今度こそ、ぶん殴られるものと覚悟してたのよ?」

 

「だから、人をなんだと思っているんですか……!?」

 

自分はそれほど暴力的じゃないはずだが……。

芽吹はまた少しイラっとした。

 

「いや、だって結果的には嘘吐いたようなものなのよ?」

 

「確かに少しは腹が立ちます。けど、最初からシズクは倒すつもりでしたから。結果は変わりません」

 

どの道、シズクに負けた場合、赤嶺頼人と戦うつもりはなかった。

それでは、自分自身に納得がいかないからだ。

それに、こんなところで負けているようでは、この先、防人の隊長が務まるわけがない。

勇者も夢のまた夢だろう。

 

「そっか。……なんだか、今日は驚きの連続ね。楠ちゃんにこんな一面があるなんて、思ってなかったわ。頼人様にも報告しとかなくちゃ」

 

「あの、お願いですから、赤嶺頼人の話はしないでください……」

 

芽吹は少し、げんなりした。

 

 

 

 

次の日。

芽吹は道場に来ていた。

シズクと再戦するためにだ。

既にシズクは準備運動を始めている。

それはいいのだが……。

 

「メブ、大丈夫なの?あいつ、メッチャ強いんだよ!いくらメブでも今度こそ……」

 

「ええ、今の彼女はわたくしと同じくらい強いですわよ、芽吹さん」

 

「いや、弥勒さん昨日ボコボコだったじゃん……」

 

「わ、わたくしはまだ本気を出してないだけですわ!!」

 

「ねえ……。なんで、あなたたち、ここに来ているの?」

 

道場には雀、夕海子、亜耶も来ていた。

 

「皆、芽吹先輩が心配で見に来たんですよ」

 

「違いますわ、国土さん!わたくしは単なる興味本位ですわ!」

 

「とにかく、芽吹先輩。怪我には気を付けてくださいね……?」

 

亜耶が、しっかりと芽吹の目を見て言った。

 

「心配しないで。獣は人間様に勝てないってこと、教えてくるだけよ」

 

 

 

 

シズクと向かい合い、戦衣を纏う。

昨日と同じだ。

 

「んじゃまぁ、ささっと決着をつけるか。どうせ、俺が勝つけどな」

 

シズクが不敵に笑う。

それが、強さに裏打ちされた自信によるものだということがよく分かる。

 

「好きに言うといいわ。勝つのは私だから」

 

「まだ自分の方が強いと思ってるのか。昨日、散々思い知っただろ?」

 

「そうね、確かに昨日は危なかったわ。けど、今日も同じとは思わない事ね」

 

銃剣を実際に使用するのは禁止されたため、互いに木銃を構える。

シズクは構えたまま動かない。

余裕の証か、先手は譲ってくれるようだ。

舐められている……。

その事実に、芽吹は頭に血が上りそうになるが、冷静さを失わないように小さく深呼吸した。

いいだろう。

舐めてかかったことを後悔させてあげる……!!

 

「ふっ――――!」

 

芽吹は、一気に踏み込み、シズクの首元を狙い刺突を放った。

だが、シズクは芽吹の動きに合わせ木銃を振るい、その刺突を左に打ち払い流し、そして、そのまま木銃を半回転させ、銃床で芽吹の顎を狙う。

 

「くっ!」

 

芽吹はそれを上体を反らして回避し、同時に後ろに下がって距離をとる。

 

銃床……!?

まさか、ここに来て、新たな技を使うなんて……!

 

芽吹は、少し驚く。

というのも、日本の銃剣道などでは、そもそも銃床を使った技は教えられていないからだ。

これは、日本の銃剣術が槍術の流れを汲む技術であり、他国の銃剣術とは根本的に考え方が違ったためであった。

 

次の瞬間、シズクが動いた。

刺突からの横薙ぎ。

芽吹は銃身で受け止めるも、シズクはお構いなしに、木銃を振るい続ける。

芽吹はその一つ一つを必死に迎撃する。

道場に、木銃がぶつかり合う音がこだまする。

 

「へっ、執念を感じるぜ、お前。昨日、勇者になれねえって教えてやったのに、まだ戦うつもりか!?どうして、そこまでするんだよ!?」

 

「ええ、確かに昨日のあなたの言葉には、ドキッとさせられたわ。正直、私が間違ってたんじゃないかとも思った……」

 

「だったら――――!」

 

「でもね、それでも……それでも私はこの生き方を続ける!否定するならいくらでもしろ!私は、絶対に勇者になる!!誇りも、この生き方も絶対に捨てない!!」

 

シズクを真っ直ぐに見据えて、芽吹が咆哮するように叫ぶ。

 

「はっ、開き直っただけじゃねえか!!」

 

「それがどうした!どの道、勇者になるための王道なんて存在しない!だったら、この生き方でこのやり方で目指してもいいはずよ!!」

 

「相変わらず、ぎらついてるなてめえは。他人の芝生を見て、よだれ垂らしてるガキのままだ。そんなままで……!」

 

シズクが一歩下がり、木銃を構える。

……来る!

芽吹がそう考えた瞬間、シズクが踏み込んだ。

 

「そんな格好悪いままで、勇者になれるわけねえだろ!」

 

一瞬で間合いに入り、シズクは鋭い刺突を繰り出した。

圧倒的な迅さ。

まさしく、シズクの才能を証明する一撃。

避けられるタイミングではない。

 

その一撃を目にした瞬間、なぜか芽吹の頭はしずくの攻撃ではなく、シズクの言った言葉について考えていた。

格好悪い、か……。

芽吹は、今までずっと愚直に、がむしゃらに頑張ってきた。

勇者になりたくて、どうしてもなりたくて、その為だけに頑張ってきた。

確かにそれは泥臭くて、傍から見れば、格好悪いかもしれない。

けど―――!

 

――――格好悪くて上等!私は私のやり方で勇者になる!!

 

 

思考する前に、身体が動く。

芽吹は、自身の銃身を握っていた左手を銃床まで移動させる。

そして、迫りくる木銃の銃身の下部に、自身の木銃の銃身を添えるように押し当て、切っ先が直撃する瞬間に力を籠め、刺突を弾くようにずらした。

これは、厳密には銃剣術の技術ではなかった。

以前、芽吹が学んだ、剣術の技を銃剣に応用したもの。

だが、成功したのは、芽吹の努力によるものだった。

シズクの一撃は強力かつ精密で、コンマ一秒でも、動きが遅れれば、力を籠めるタイミングがずれていれば、芽吹の体に命中していただろう。

まさしく、鍛えぬいた芽吹の反射神経と動体視力、そして腕の一部のように感じるほど、何千何万と銃剣を振るってきた経験が実現した絶技であった。

シズクは木銃が弾かれた反動で、一瞬体勢を崩す。

それは、どうしようもなく致命的な隙。

芽吹は体を回転させながら、木銃の握り方を変えた。

銃剣の握り方でなく、刀の握り方に。

そして、身体を回転させたことにより、芽吹は最も木銃を叩きこみやすい位置に移動した。

シズクが体勢を立て直すよりも速く、回転させた勢いのまま、逆袈裟に木銃を振るう。

 

「ぐっ、ふぅ……!」

 

シズクの脇腹に木銃が叩きこまれた。

シズクの刺突を受け流してから、瞬く間のことでった。

勝敗は……決まった。

 

 

「……シズク、あなたの言う通り、私は勇者になりたいって駄々をこねているのかもしれない」

 

「なんだ、急に……?悟りでも開いたか?」

 

「いいえ、でもこれだけは言っておくわ。勇者になる条件があろうとも、上の都合があろうとも、何もかも全て、私の努力で捻じ伏せる。無理だと言われようが、周りからどう思われようが、成し遂げて見せるわ」

 

芽吹は、そうシズクに宣言した。

それは、芽吹の覚悟であり、決意だった。

ある意味では、シズクに感謝しなくてはならないだろう。

この決意を、覚悟を、再確認できたのだから。

 

「……何とかの一念ってやつか。本当に面白いなお前」

 

そう言うと、シズクは道場に大の字で寝っ転がった。

 

「あ~くそ!わりい乃木、負けちまった~!ったく、なんだよ最後の出鱈目な動き。あんなもん隠してやがったのか」

 

「あれは奇跡みたいなものよ。同じことをもう一度してと言われても、おそらく出来ないわ」

 

芽吹にあれができたのは、事前に剣術の技を使用を想定していたからだった。

過去の経験から視野を拓く。

その一方策としてのものだったが、シズクは隙がなく、使う機会はほとんどなかった。

だが、あの動きはまさしく、身体が勝手に動いたとしか言えない。

よくあのように体が動いてくれたものだと、芽吹自身も驚いたほどだった。

 

「けど、芽吹先輩、すごくきれいな動きでした。私はカッコよかったと思いますよ?」

 

気が付けば亜耶がやってきて、芽吹にそんな言葉を投げかけた。

 

「亜耶ちゃん……。ありがとう」

 

芽吹は、心の底からそう言った。

今日、シズクに勝てたのは、亜耶のおかげでもある。

それに、なんだかんだで芽吹も、からかいや皮肉が微塵もない、亜耶のそんな言葉が嬉しかったのだ。

 

「確かに、最後の芽吹さんは中々いい動きでしたね。流石、わたくしのライバルですわ」

 

「あ、弥勒さん。いたんですか」

 

「ちょっ!いたんですかって、扱いがぞんざい過ぎませんこと!?」

 

「すみません、存在を忘れてました」

 

「なっ……!」

 

芽吹がそう言うと、弥勒は愕然とした表情を浮かべた。

やがて、小さく咳ばらいをし、自分に何かをいい聞かせ始めた。

 

「……こ、こほん。わたくしは弥勒家の娘……この程度で怒るほど器は小さくありませんわ……!」

 

「ところで、雀は?」

 

「やっぱり無視ですのね!?」

 

やかましい弥勒は置いといて、芽吹は亜耶に尋ねた。

気が付けば道場に姿はない。

 

「雀先輩なら、『巻き添えを食う前に帰る』と言ってましたよ」

 

「やっぱり、そんなとこだと思ったわ……」

 

あんなに憶病で、この先やっていけるのだろうか。

芽吹はほんの少し、心配になった。

 

「はぁ……。ったく、騒がしいったらありゃしねえな」

 

芽吹達の様子を見ていたシズクが溜息交じりでそう言った。

 

「意外ね。てっきり、亜耶ちゃんや弥勒さんには嚙みつくと思っていたわ」

 

先ほどまでの粗暴さから、二人に対しても威嚇するものかと思っていたが、意外とおとなしい。

芽吹には、それが少しだけ不思議に思えた。

 

「………昔、お節介な野郎に言われたんだよ。無闇矢鱈に人を威嚇するなって」

 

「その割には、昨日は随分暴れてたわよね」

 

「守るのは思い出した時だけだからな」

 

「結局、気分次第ってことじゃない……」

 

「ですが、思い出した時はちゃんと守っているんですよね?だったら、気にする必要はないんじゃないですか?」

 

亜耶がシズクをフォローするかのように、言葉を紡ぐ。

見たところ、亜耶はシズクに対しても警戒心はなさそうだ。

 

「お前……俺が怖くないのか?」

 

その様子を見たシズクが亜耶に不思議そうに尋ねる。

 

「怖くありませんよ。口調は悪くても、きっとあなたは善い人ですから」

 

「……お前、昨日のあれ見てねえのかよ」

 

「昨日のことでしたら、あなたが手加減していたことは知っていますわ。あなたは私達に怪我がしない程度に力を抑えていました。悔しいですが、それは事実です」

 

横から、夕海子が口をはさんだ。

シズクは意外と芸が細かいらしい。

 

「……勘違いしてんじゃねえよ。本気になるまでもなかったってだけだ」

 

シズクがそっぽを向いて言う。

 

「あら、素直じゃありませんわね。それはともかく、あなたはそんなに悪い人じゃないと、わたくしも思いますわよ」

 

「弥勒先輩の言う通りです。勇者でなくとも、防人になれたということは、あなたも神樹様に選ばれたということです。いつものしずく先輩も、今のあなたも、どちらも善い人じゃなければ、神樹様がお選びになるはずがありませんから」

 

「……お前ら、随分なお人好しだな」

 

「何はともあれ、これで二人はもう友達ですね。仲良しです」

 

亜耶が優しく言うと、シズクは少し照れていた。

粗暴なシズクでも、亜耶のようなタイプには弱いのかもしれない。

 

「一件落着ですわね。………って、大事なことを聞き忘れていましたわ!」

 

と、そこで夕海子が突然叫び出した。

 

「どうしたんですか、弥勒さん。急に大声を出して。大事なことって何ですか?」

 

「ええ、頼人さんと芽吹さんが決闘されるという話をお聞きしたのですが、それは本当ですの?」

 

「おいおい……今更かよ」

 

「というか、私達は戦ってた理由の半分はそれなんですが……」

 

シズクと芽吹が揃って呆れる。

ここに来た理由はそれだったらしいが、ズレてるとしか言いようがない。

 

「え、マジですの?」

 

「本当ですよ、弥勒先輩。頼人さんのお相手を、お二人で決めてたんです」

 

「わ、わたくしには何も……。こ、こうなったらわたくしとその権利をかけて……!」

 

「いや、お前には無理だろ。弱かったし」

 

シズクの言葉で、夕海子が「ガーン!」と言って、その場に崩れ落ちる。

この人は一体何をやってるんだろう。

 

「ところで、シズク。赤嶺頼人に私が勝てないって言った理由、聞かせてもらうわよ。そこまで拘る理由も含めてね」

 

「あぁ。こうなった以上、お前には、赤嶺を倒してもらわねえとなんねえからな。……っと、その前に、弥勒起きろ」

 

「へ?わたくしですの?」

 

声を掛けられた夕海子が、不思議そうに顔をあげる。

 

「ああ、お前、赤嶺が受けた訓練って奴知ってるんじゃねえか?それを俺達に教えな。そっちを知っといた方が、話は早い」

 

「ふふ、仕方がありませんわね。この弥勒夕海子が、頼人さんがどういうことができたか、教えて差し上げますわ!」

 

シズクに声を掛けられた途端、元気よく立ち上がり、嬉しそうに話し始めた。

頼られるのが嬉しかったらしい。

そうして、もったいぶった後、夕海子は赤嶺頼人の情報を口にしていった。

そして……しずくがどういうつもりで、勝てないと言ったか、朧げながらも理解していった。

 




ちゅるっとの防人組回を見る。

くめゆ一話読み返す。

ゆゆゆいのイベント見る。

昔の尖ったナイフのような芽吹はどこへ……。
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