樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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投稿頻度上げたい……。


interlude V

一.

 

神世紀二九九年、春―――。

黒髪の少女が新たな住居を、感慨にふけるように眺めている。

少女の名は東郷美森。

少し前まで、鷲尾須美と呼ばれていた、勇者の一人。

彼女は進学に際し、東郷に名を戻し、讃州市に引っ越しをしたのだった。

 

「うちもずいぶん大きくなったものね……。頑張ったご褒美のつもりなのかしら……?」

 

美森が腕を組みながら、誰に言うわけでもなく呆れたように呟く。

だが、その声に戸惑いなどはなかった。

いくら大きいとはいえ、今まで住んでいた鷲尾の家に比べれば小さかったし、それに、彼女は一人でこの讃州に来たわけではなかった。

大切な友達とこの地にやってきた。

それ故に、不安なんてものは殆どなかった。

ただ、気がかりなのは―――

 

「こんにちはー!」

 

と、不意に、後ろから能天気な声が聞こえた。

思わず振り返ると、花びら状の髪飾りをつけた少女がいた。

 

「もしかして、あなたがこの家に住むの?」

 

「……ええ。もしかして、隣の家の方ですか?」

 

「うん。新しいお隣さんになるね」

 

少女が手を差し伸べてくる。

 

「私は結城友奈、よろしくね」

 

そう言って、少女は微笑んだ。

知っている誰かの笑顔に似ていて、緊張がほぐれる。

美森はその手を取り、微笑みながら言った。

 

「よろしく結城さん。私は鷲尾――いえ、東郷美森です」

 

「東郷さん!わぁ、カッコいい名字だね!」

 

少女が興奮した様子で言う。

 

「あ、ありがとう。結城さん」

 

はしゃぐように名前に反応する少女。

苗字が褒められたことや、その無邪気な様子が微笑ましくてつい、美森は笑ってしまう。

 

「そうだっ。この辺よく分からないでしょ?なんだったら案内するよ!任せて!!」

 

「そんな……悪いですよ」

 

「そんなの気にしないで!私、東郷さんのこともっとよく知りたいんだ!」

 

美森は思わず遠慮するも、友奈はおかまいなしだった。

いっそ馴れ馴れしいと言えるほどの距離の近さ。

けれど、美森は不思議とそれが嫌ではなかった。

むしろ、友奈の言葉が嬉しく思えてしまった。

 

「……あの、だったら私の友達も一緒にいいですか?私と一緒に三人もこの辺りに引っ越してきてて……」

 

そうして、気が付けばこんな言葉を美森は口走っていた。

美森にとって彼女達は大切な友達で、こういうことも一緒に経験したい。

別々でなんて、考えられないことだったのだ。

 

「うん、勿論いいよ!大勢のほうが楽しいもんね!」

 

厚かましいと思われてるんじゃないだろうかという、美森の心配をよそに友奈は嬉しそうに笑って快諾した。

この笑顔で美森は、皆も自分も、きっと友奈といい友達になれるだろうなと思った。

 

 

 

 

 

 

「アタシは三ノ輪銀。よろしくな、結城さん!」

 

「銀ちゃんだね!私の方こそよろしくね!」

 

「おお、いきなり名前呼びとはロックだな!じゃあ、アタシも友奈って呼ばせてもらおう!」

 

「わぁ!嬉しいよ銀ちゃん!」

 

近くの神社を目印にして、友奈と勇者四人は集まった。

早速、友達付き合いの上手い銀が友奈と挨拶している。

 

「えへへ~、友奈ちゃんか~。じゃあ、ゆーゆだね~」

 

「ゆーゆ?それって私のこと?」

 

「ああ、園子はよく変わったあだ名をよくつけるんだよ」

 

「それって素敵!じゃあ私は園ちゃんとか」

 

「お~、それでお願い~」

 

「うんっ!」

 

友奈が園子ががっしりと握手している。

と、思ったら踊り始めた。

「ゆーゆー」「そのちゃーん」と最早二人だけの世界に入っている。

 

「馴染むの早っ……」

 

その様子を見て夏凜は小さく呟いた。

以前のことを思い出して、自分では、ああはいくまいと呆れ半分、関心半分といった様子だ。

 

「夏凜の言う通りだな。園子のペースについていけるとは中々の逸材だ。何処で拾ってきたんだ、須美?」

 

「うちのお隣に住んでいたのよ」

 

「ほほう、これは運命だな」

 

顎に手をあて、銀は面白そうに言った。

 

「いやいや、結城友奈って新しい勇者候補じゃなかった?運命っていうより仕組まれてただけじゃないの?」

 

「おいおい、夏凜は夢がないなー。夢はでっかくないとつまらないぞ?」

 

「なんで夢の話になるのよ……?」

 

「でも……そうね、どちらにしても仲良くなれそう。すごく優しそうな子だもの」

 

そうこう話していると、不意に園子が夏凜の後ろに回り、その背中を押してきた。

 

「ほらほら~、にぼっしーもごーごー!」

 

「ちょ、ちょっと、園子!押すのは―――」

 

「ん?にぼっしーちゃん?」

 

園子に抗議の声をあげようとした夏凜に、友奈が疑問を投げかける。

 

「にぼっしーはね~煮干しを主食にしてるんだよ~」

 

「私はペットか何かか!?っていうか、その呼び方移っちゃうじゃない!」

 

へー、と感心する友奈を横目に夏凜が園子につっこむ。

 

「ふっふっふ~。この隙に、にぼっしーを定着させるんよ~」

 

「地味な計画だな……」

 

「だけど、そのっちらしいわね……」

 

銀と美森が呆れ交じり、感心交じりで呟く。

引っ越ししても園子は園子だった。

 

「にぼっし―ちゃん!確かに可愛いね!」

 

「やめて。普通に名前で呼んで。だからにぼっしー呼びはやめて」

 

「夏凜……そんな食い気味に……」

 

「分かった!よろしくね、夏凜ちゃん!」

 

「え、ええ……。よ、よろしく……」

 

そうして、友奈は弾けるような笑顔を夏凜に向けた。

夏凜はその笑顔に少し照れてしまった。

 

「よしっ!挨拶が済んだところで、友奈、この辺りにイネスはないか!?」

 

「早速それかい。銀、あんたほんとにイネス好きね……」

 

「ミノさんのイネス好きは筋金入りだもんね~」

 

「あったり前だろ?イネスは……人生だっ!」

 

「無駄に熱いわね……」

 

「その情熱を少しでいいから勉強に向けてくれたらいいのに……」

 

熱く語る銀を見て、夏凜や美森が疲れたように言う。

 

「えーと、ごめんね銀ちゃん。イネスはこの辺りにはないんだ……」

 

「……え?」

 

「一番近いイネスでも結構距離があって、車じゃないと少し遠いんだ……」

 

「なん……だと……。イネスが……イネスがない………?」

 

銀が愕然とした様子で呟く。

現実は無常だった。

 

「そんな世界の終わりみたいな顔しなくてもいいでしょ……」

 

夏凜が呆れたようにつっこむ。

 

「あっ、でもでも商店街とかカラオケとか映画館とかイネスじゃないけど楽しいとこはいっぱいあるよ!」

 

友奈が慌てたようにフォローするも、銀はイネス欠乏のショックから立ち直れていない。

「アタシは……アタシはイネスまで失うのか……」と茫然としている。

 

「こら、銀。結城さんが困ってるでしょ?」

 

そんな銀を窘めたのは美森だった。

銀が正気に戻る。

 

「おっと、ごめんごめん。いやぁ、思ったよりも衝撃うけちゃったよ」

 

「でもこればっかりは仕方がないね~」

 

「こうなったら園子にイネスを作ってもらうか!」

 

「できる訳ないでしょ?いくら乃木の家がでかくても限度ってもんがあるわよ」

 

「ですよねー。冗談冗談――」

 

「あっ、そうだね~。作ればいいんだ~。電話電話~」

 

園子がスマホを取り出し、どこかに電話を掛けようとし始める。

 

「えっ、嘘!?ほんとに作れるの!?流石に無茶が過ぎるわよ!」

 

「待て園子。アタシが悪かったから待ってくれ」

 

「え~なんで~?」

 

園子が不満そうに声をあげるも、銀と夏凜はそれどころじゃ無い。

下手すれば、本当に工事が始まりかねない。

改めて、乃木家の大きさを思い知らされた二人だった。

 

「三人とも、そろそろ移動しましょ?せっかく結城さんが案内してくれるっていうんだから。それで結城さん。桜が綺麗な場所があるのよね?」

 

「うん!す~っごく綺麗に咲いてるよ!」

 

 

この日を境に友奈も四人と一緒に行動するようになった。

友奈の生来の気質もあって、入学式を終える頃には、友奈は四人の勇者とすっかり馴染んでいた。

そうして、学校が本格的に始まり、部活の勧誘も多くなってきた頃、彼女達の話題も当然部活のことが多くなってきていた。

 

「友奈ちゃん、チアリーディング部に誘われたんでしょ?入らないの?」

 

美森が友奈たちと校舎内を歩きながら訪ねる。

友奈は先日、チアリーディング部に誘われていたのだ。

 

「押し花部からの誘いだったらなー」

 

「そんな部活聞いたことないわよ……。っていうか、御役目がある私たちが部活にうつつを抜かすなんて駄目に決まってるじゃない」

 

「夏凜……。そうはいっても、アタシらも花の女子中学生だぞ?貴重な青春を帰宅部で浪費するのは如何なものかね?」

 

「そうだよ~。せっかくだから~、皆で何かやりたいよね~?」

 

「そうね。安芸先生に相談してみましょうか?」

 

「アタシとしては思いっきり体動かしたいな!運動系とかどうよ?」

 

「運動部か~私はもうちょっとのんびりした部活がいいな~。お昼寝部とか~」

 

「そんな訳分からない部活もないでしょ」

 

そうして、部活について話し合っていた五人の前に、突如、一人の少女が立ちはだかった。

おさげで少し身長が高く、手にはチラシを持っている。

 

「貴女達におすすめの部活は他にあるわ!」

 

「うわ出た」

 

五人の前に現れた少女に夏凜がさりげなく酷い事を言う。

 

「うわとは何よ、うわとは!?結構傷つくわよ!?」

 

彼女達の前に現れたのは、犬吠埼風。

次期勇者の一人。

彼女達は風とその妹である樹と、少し前に顔合わせをしていたのであった。

 

「こんにちは風先輩。ところで、先日は勧誘などされてませんでしたよね?風先輩はどこの部活に入ってらしたのですか?」

 

美森が気になって尋ねる。

 

「勇者部よ!今日の私は、勇者部の部長としてここに来たのよ!」

 

「「「勇者部?」」」

 

現勇者達の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「あんた、他にもうちょいましな名前なかったの?流石にそのまんま過ぎるでしょ?」

 

「い、いいじゃない、まんまでも!それに分かりやすいでしょ!?」

 

「いや、活動内容まるで分らないじゃない」

 

「うっ……!」

 

夏凜のツッコミに風がダメージを受ける。

 

「でっ、でも、とってもワクワクする響きですよね!」

 

「そっ、そうですよ!勇者らしいというかなんというか……」

 

友奈と銀がとっさにフォローする。

若干、フォローになっているのか分からなかったが、それでも風は元気を取り戻したようだった。

 

「そ、そうよね!いい名前よね!?」

 

「はい!なんか凄そうです!ゆうしゃ―って感じで!」

 

「友奈、適当に言ってない……?」

 

「シャラップにぼっしー!!」

 

ツッコミを入れた夏凜に風が叫ぶ。

 

「な……!にぼっしーっていうな!」

 

「やかましい!先輩を敬わない後輩なんて、にぼっし―で十分なのよー!」

 

夏凜と風がじゃれ合いだす。

 

「あはは、風先輩と夏凜ちゃん仲いいねー」

 

「あれ見てそれ言えるの友奈ぐらいだと思うぞ……」

 

笑顔で見守る友奈に、銀が小さくつっこむ。

それを横目に、園子がふと疑問を口にした。

 

「それでふーみん先輩。結局、勇者部って何をする部活なんですか~?」

 

「おっ、いい質問ね、乃木さん!勇者部の活動目的は、世のため人のためになることをやっていくこと。各種部活の助っ人とか、ボランティア活動とか」

 

風が夏凜から離れ、一転、機嫌よさげにチラシを配り始める。

 

「世の為、人の為になること……!」

 

チラシを見た友奈が興奮したように呟く。

 

「うん、神樹様の素敵な教えよね。といっても、私らの年頃はなんかそういうことしたいけど、恥ずかしいって気持ちあるじゃない?そこを恥ずかしがらずに勇んでやるから勇者部!勇者の御役目は関係ないのよ!」

 

「っていう建前なのね」

 

「たっ、建前じゃないわい!」

 

「でも、そういうのカッコいいですね!アタシ、やってみたいです!」

 

「みんなのために頑張るってすっごい勇者らしいもんね~」

 

銀と園子が、乗り気な様子で話す。

だが、夏凜はそれでも不安そうだった。

 

「だけど、私達には鍛錬もあるじゃない。本当に部活なんてやってていいの?」

 

「あ、その辺は大丈夫よ。安芸さん…もとい安芸先生が顧問だからその辺りのスケジュール管理もしてくれるって」

 

「用意周到ですね……」

 

美森が呟く。

そして、風は意外と抜け目のない人物なのかもしれないと思った。

 

「でも、安芸先生が顧問してくれるんだったら安心だね~」

 

園子の言葉に、銀や美森は頷く。

三人は特に、これまで安芸のサポートを受けてきた分、安芸への信頼感が強かったのだ。

 

「どのみち、校内でも集まれる場所は必要だってことで、話してみたら快く協力してくれたわ。いやー、ほんと足向けて寝れないわ」

 

「すっごくいい先生ですから。安芸先生が顧問してくれるってんなら、夏凜もいいだろ?」

 

「まあ、そういうことなら……」

 

銀に促され、夏凜も渋々と頷く。

 

「じゃあ決まりだね!みんなで勇者になろー!」

 

「なろ~!」

 

友奈が手を突き上げ、園子も一緒になってやる。

 

「ったく大げさなんだから」

 

夏凜が微笑ましいものを見る目で言う。

他の三人も楽しげにその様子を眺めていた。

話は纏まった。

神世紀二九九年四月、讃州中学勇者部はこうして結成されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

二.

 

「はい先生、珈琲です」

 

おさげの少女から、温かなコップが差し出される。

そのことに安芸は、小さな疑問を覚えた。

 

「ありがとう。でも貴女達、珈琲は飲まないんじゃ?」

 

「ええ、アタシも樹も飲みませんけど、先生は飲むでしょ?この前、スーパーで安いのがあったから買っておいたんです」

 

「また、そんなことして……。いいのよ、そんなことに気を回さなくても」

 

「普段のちょっとしたお礼なので、安芸先生こそ気にしないでください。それに、買ったと言ってもインスタントですから」

 

「インスタントで十分よ。でも……そうね、そういうことならありがたく頂くわ」

 

「はい。頂いちゃってください」

 

「ふふっ。そういう言い方、生意気よ」

 

安芸はそう言って、少女の頭をこつんと叩く。

優しく、軽く。

すると、少女はえへへ、とはにかむように笑った。

ここは香川県讃州市にあるマンションの一室。

勇者に選ばれた、犬吠埼姉妹が住む部屋だ。

安芸は昨年の秋から、度々この部屋を訪れていたのだった。

それにしても……よくここまで心を開いてくれたものだと、安芸は思う。

初めて顔を合わせた時、彼女は手負いの虎のように、警戒心と不信感をむき出しにしていた。

当然のことだろう。

突然両親を亡くし、その上、勇者になることを勝手に決められたのだ

しかも、姉妹ともに。

そこをいきなり訪ねても、信じてもらえないのは当たり前だとしか言えない。

それに、風には守るべき妹がいた。

だが、頼ることのできる者はなく、守ってくれる存在もない。

だから、この少女は気丈に、強くならねばならなかったのだ。

妹を守るために、安心させるために……。

安芸は、この小さな、されど大きくあろうとする姉の姿を見た時、心が締め付けられるような思いを抱いた。

そして、罪の意識も。

 

安芸は思う。

大赦は確かに変わった。

腐敗は取り除き、組織形態を改革し、人事の刷新を行い、以前とは比べ物にならないほどの柔軟性を有している。

だが、少女達に国を守ってもらわねばならないという、その事実は変わっていない。

親を亡くした少女にも、戦いを命じなければならない。

代われるものなら代わってあげたい。

そうは思うものの、口に出すことは偽善に思えて憚られる。

きっと、あの子達の親も似たようなことを思っていただろう。

そして、彼も。

もし、彼と勇者の親の間に違いがあったとすれば、それが仕方のないことだと、思考停止したか否かにあるのだろう。

非常識な手段を用いてでも、劣悪な状況を変えようとした。

彼女達に寄り添おうとした。

そして、彼は成功した。

自分の体と、日常を犠牲にして……。

最後に彼は、あの子たちを頼むと言った。

その言葉に、どれほどの想いが籠っていたのか、その温もりを通して痛いほどに伝わってきた。

その想いが、安芸に決意をさせた。

彼の代わりに、勇者である少女達に寄り添おう。

先生として、彼女達が間違った方向へ向かわないように、見守り続けよう……と。

安芸が犬吠埼家を訪れたのは、その決意を偽物にしたくなかったからだ。

 

だが、最初からうまくいったわけではなかった。

最初に訪れた時には、帰ってほしいと言われた。

話し方はもう少し丁寧だったが、自分達だけで生活はできる、と明確に拒絶をされた。

その時は、連絡先を渡し、困ったことがあれば連絡してほしいとしか言いようがなく、辛かった。

拒絶されたことが、ではない。

誰にも頼れない、彼女の苦しみが分かったから辛かったのだ。

確かに、誰にも頼らずとも、赤嶺からの援助があるため金銭面では困らないだろう。

だが、まだ中学生の彼女が、一人で全てを抱え込もうとしても、ただただ彼女が辛いだけだ。

心はきっと、磨り減っていく。

だから、安芸は再び犬吠埼家を訪れた。

連絡が来ることはなくとも。

そうして、家を訪れた時には姉の風は留守で、妹の樹しか家にいなかった。

人見知りだったのだろう。

玄関を開けた時、彼女は小さく震えていた。

両親の喪失、環境の変化。

生来の気質もあったのだろうが、そういった面が彼女に負担をかけていたのだろう。

きっと無理を言えば、樹は家に入れてくれただろう。

それほどに、彼女はか弱かった。

だが、安芸は少女を怖がらせたくなかった。

それに、ここで無理に入っても、返って姉妹と壁を作るだけ。

故に、安芸は買って来ていた洋菓子だけ渡して、その日は帰った。

すると、その日の夜、意外なことに風から電話が来た。

お菓子の礼だという。

なんとなく、彼女の律儀さと、優しさを垣間見た気がした。

洋菓子の話をきっかけにしばらく話すと、彼女は少しだけ、普段の悩みを話してくれた。

家事の難しさや、お金の管理、親がいれば感じなかったはずの不安を、ほんの少しだけだが話してくれた。

それに、安芸は真剣に向き合い、社会人の先輩として、助言をしてあげた。

その安芸の真摯な思いが伝わったのか、最後に風は、また電話をしてもいいかと聞いた。

そうして、電話でのやり取りを重ね、いつしか家を訪ねることを許してくれるようになった。

 

家に出入りするようになっても、しばらく風の態度は頑なだったが、会うたびに徐々に柔らかくなっていった。

理由は簡単だ。

結局、犬吠埼風も普通の中学生。

突然両親がいなくなって、苦労しないはずもない。

彼女の悩みを聞いたり、生活面でのサポートをしているうちに打ち解けるのは当然のことだった。

妹の樹もそうだった。

転校したばかりで小さな悩み事があったり、引っ越しのごたごたで勉強についていけなくなりそうだったりと、そういった悩みを安芸は解決してあげたのだ。

安芸の教師の経験が役立った瞬間だった。

そうして、四人の勇者と共に安芸も讃州へ引っ越し、距離が近くなったことで姉妹の部屋を尋ねることが増えていったのだった。

 

「安芸先生?どうしたんですか、ぼーっとして?」

 

その言葉で安芸は、自分が随分と浸っていたことに気が付いた。

 

「いえ、風がこんなに家事が上手になるなんて、ってちょっと感傷に浸ってしまったのよ」

 

「えへへ、女子力上がってますかね?カッコいい彼氏できますかね?」

 

「そういうこと言う前に、学校の成績を気にしなさい。鍛錬や部活が始まってから徐々に成績が落ちてるみたいじゃない」

 

「あ、あはは……。そこは安芸先生のお力で……ほら?」

 

「なるわけないでしょ?しょうがないわね、分からないところ見てあげるから問題集とノートを持って来なさい」

 

「あっちゃ~、藪蛇だった~」

 

「いいから持って来なさい」

 

安芸がそう言うと、風は「イエス、マム!」とふざけながら教材を取りに行った。

こういう時間も悪くない。

風の後姿を見ながら、安芸は珈琲を啜った。

 

 

「あの、安芸先生……」

 

しばらく勉強を続けていると、不意に風が口を開いた。

 

「ん、またわからないところがあったの?」

 

「いえ、そうじゃなくてですね……」

 

風はしばらくもじもじと逡巡した様子を見せ、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「あの……いつも、本当にありがとうございます」

 

「どうしたの?また、かしこまって」

 

安芸は、不思議そうに尋ねた。

実際、安芸はこんな風にお礼を言われるとは思っていなかったのだ。

 

「いえ、ちゃんとお礼を言えてなかったなって。ずっと、アタシ達の力になってくれて、勇者部のことも任せっきりですし」

 

「……私はあなたたちのお目付け役なんだから、気にすることないのよ。それに、大したことはしてないんだから」

 

「そんなことないですよ。安芸さんにはすごい……なんというか、救われたんです」

 

「……そんな大層な話じゃないわよ」

 

 

 

「アタシたちにとってはそうだったんです。……あの頃、自分も樹も勇者になるようにって言われて……アタシ、皆が自分達を利用しようとしてるんじゃないかって、怖くなってたんです。だから、それまで力になってくれた人とも関わりを断って……」

 

「……気に病むことはないわ。一度にあんなに多くのことが起きたら、誰だって受け止めきれなくなるのは当然よ」

 

「けど、やっぱり人との関係を断つのは良くなかったんだと思います。結局、ただの八つ当たりで、自分達を追い詰めるだけだったんですから。正直、すごく不安になりましたし……。だから、安芸さんがアタシ達に正面から向き合ってくれて……本当に、嬉しかったんです」

 

「気にしないで、本当に。私は……私達は貴女達に戦いを強要してる身なんだから」

 

「でも、あれは私が……!」

 

安芸はポンと、手の平を風の頭に乗せた。

 

「風、貴女はね、誰かに助けられることに慣れていないのよ。貴女だって勇者部で色んな人を助けてるのに、貴女だけが助けてもらってはいけないなんて、そんなはずないでしょう?」

 

「安芸……先生……」

 

「まったく、貴女は早く大人になろうしすぎなのよ。大人に無条件で頼れるのは子供の特権なんだから、もう少し甘えてなさい。私はこれでも教師をしながら御役目をやってきたんだから、あなたたち二人くらい、どうとでもなるわ」

 

安芸はそっと、風の頭を撫でる。

優しく、暖かく。

 

「……あ、あはは。やっぱり、先生は凄いですね。ほんと、教えてもらう事ばっかりで」

 

「……私の方こそ、貴女達には色んなことを教えてもらってるのよ」

 

安芸は小声でそう呟いた。

 

「ん?安芸先生何か言いました?」

 

「いいえ。それより、勉強はここまでにしましょうか。もうすぐ樹も帰ってくる時間でしょ?」

 

「あ、そうですね。安芸さんもご飯食べていってください。今日は腕によりを掛けちゃいますから!」

 

「何か手伝うことはあるかしら?」

 

「大丈夫です。安芸先生は座って待っててください」

 

そういうと風は、いそいそと夕食の準備を始めた。

その背中を見て、安芸は思う。

風が勇者部を作りたいと言ってきたとき、安芸は正直驚いた。

ただ、勇者の集まれる場所を作りたいというのなら、すぐに納得できただろう。

だが、風は真剣に世の中から困っている人を無くしたいと、人助けをする部活を作りたいと言った。

あれだけ辛い目に遭ったのに、それでも自分以外の誰かの為を想える。

そして、そのために行動を起こせる。

そういう強さと優しさを、教えてもらえた気がした。

彼にしても、彼女達にしても、多くのことを教えてもらった。

御役目だったとはいえ、この子達の先生になれて良かった。

心の底からそう思える。

 

「ただいま~。お姉ちゃん、ご飯……あ、安芸さん。来てたんですね!」

 

と、そこで樹が家に帰ってきた。

安芸を見つけた途端、喜色をあらわにした。

 

「ええ、おかえりなさい」

 

「樹おかえりー。先にご飯もうすぐできるから、着替えときなさーい」

 

「はーい。安芸さん、ちょっと待っててくださいね!話したいことがあるんです!」

 

樹が、小走りで駆けていく。

ふと、胸がチクリと痛んだ。

ああ、私は……自分を慕ってくれる子供を死地へ送り出すのだ。

安芸は、唐突にそのことを思い出した。

今更、そのことに罪悪感を覚えることは許されない。

それは分かっている。

だけど、私ですらこうなら……彼の苦しみはどれほどのものなのだろう。

彼以外の大赦の人間なら、こう言い訳できる。

上が決めたことだから仕方ない、人類の為に勇者様が決めたことだから正しいことのはずだ、と。

だが、彼は全ての責任を負う立場だ。

彼だけは、言い訳することができない。

正しさを確信することも、他人のせいにすることもできない。

本当に……誰もかれもが彼にすべてを押し付けすぎる。

確かに、彼の独裁的とすらいえる急進的なやり方は、圧倒的なまでの成果を生んだ。

だが、それにより彼への依存が生まれ、大赦の人間、特に上層部の者は次々と責任を手放している。

それでいて、身勝手に彼を恨む人間すらいる。

彼と風の間にも、小さくない壁が生まれてしまった。

 

「私達こそが、責任を取らないといけないのにね……」

 

今の大赦は残念ながら、考えることも悩むことも決断することも、何もかもを彼に押し付けている。

彼らは、その罪の重さに気付いているのだろうか……?

 

「ん?安芸さん、何か言いました?」

 

風が振り返って、安芸に尋ねる。

 

「何でもないわ。それよりいい匂いね。中華系かしら?」

 

「ふふ、今日はチンジャオロースですよ」

 

「チ、チンジャオ……ふ、風……私は」

 

メニューを聞いた途端、安芸の頬は引きつった。

ピーマンが苦手な安芸にとって、チンジャオロースは天敵ともいえる存在。

出来るだけ避けたい料理だ。

 

「駄目ですよー先生?今日こそ、ピーマンを克服してもらうんですから。樹の前で、好き嫌いはいけませんよ~?」

 

風がいたずらっぽく笑う。

どうやら逃がしてはもらえないらしい。

これも責任という奴の一種なのだろうか?

確かに、安芸は二人の顧問であり、彼女達の先生でもある。

模範を示す立場である以上、まさかピーマンを食べれないなんて言えるはずもない。

 

「大丈夫ですよ、安芸先生。おかわりもたっぷりありますから」

 

「わ、私は少しでいいわよ?さ、最近、食べる量を減らしてるから……」

 

「駄目ですよ先生?勇者部の顧問なんだから、たっぷり精をつけないと」

 

風がにっこり笑う。

しかし、安芸の頭の中では、何故かピーマンの精が襲ってくるイメージが湧く。

ああ、赤嶺君……あなたがいてくれれば……。

安芸は現実逃避染みたことを考えてしまう。

あの時、ピーマンを食べてくれた彼はいない。

自分を守ってくれる人はいないのだ。

……責任って苦いものね……。

その日の晩、安芸はチンジャオロースを頬張りながら、責任の苦さを思い知った。




最近、無性にのわゆif書きたくなってきてヤバイ。
本編終わるまでは自重せねば……。
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