樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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歴史的遅筆。
この回の分だけで、まさか8万字も没にするとは……。
おまけにかなり長いです。
ごめんなさい……。


模擬戦

「あれは、七年前のことですわ……」

 

弥勒夕海子はうっとりとした表情で語り始めた。

 

「……は?」

 

「暑い……、とても暑い夏の日に、私と頼人さんは運命的な―――」

 

「どっから始めてんだお前は!?話すのはあいつの訓練だけでいいんだよ!訓練だけで!」

 

「ふふっ。シズクさん、分かっていませんわね。こういうのは馴れ初めから語るのが筋なんですのよ?」

 

シズクが怒鳴り声にも、夕海子は涼しい顔を崩さない。

 

「んなわけあるか!何時間演説するつもりだてめえは!?」

 

シズクが怒る。

赤嶺頼人の訓練を聞こうとしたら自分語り染みた話が始まったのだ。

そりゃ怒りたくもなるだろう。

芽吹も、肩透かしを受けた気分になった。

 

「安心してくださいまし。精々二時間程度で終わりますわ」

 

「十分なげえよ!」

 

「……ねえシズク、これ人選間違えたんじゃないの?」

 

「あぁ……。こいつなら、俺達の知らない話を知ってると思ったんだけどな……」

 

シズクが疲れた様子で言った。

この言からするに、赤嶺頼人の話はシズクもあまり知らないらしい。

 

「まぁまぁ、お二人とも、たまにはゆっくり話を聞くのもいいと思いますよ?」

 

「亜耶ちゃん……」

 

「だけどよぉ……」

 

いくら亜耶の言葉でも、二時間も話を聞き続けるのは流石にしんどい。

芽吹としても、無駄な時間は極力なくしたかった。

 

「はぁ……。お二人とも、我儘ですわね……。いいでしょう、かいつまんでお話しいたしますわ」

 

「最初からそうしろって言ってんだろ……」

 

仕方ない、といった夕海子の言葉にシズクが頭を抱えて言う。

ここまで図々しく話せるとは、意外と夕海子は大物なのかもしれない。

やがて夕海子は表情を少しだけ真面目にして語り始めた。

さすがにこれ以上引っ張るつもりはないらしい。

 

「芽吹さんは、頼人さんがかつて、赤嶺の麒麟児と呼ばれていたことはご存じですか?」

 

「ある程度は聞いています。小学校に入る時点で、高校レベルの数学や英語の問題を簡単に解けるぐらい頭がよかったとか。……そういう話ですよね」

 

ゴールドタワーでは、赤嶺頼人のそういう噂に事欠かない。

芽吹も初めて聞いた時には驚いたが、同時に妙な納得もあった。

以前会ったときに感じたことだったが、赤嶺頼人はまるで同年代の少年とは思えないほどに落ち着きがあった。

それに、曲がりなりにも教師役を務めていたのだ。

天才という理屈がなければ、この違和感に説明をつけられるはずもない。

 

「確かに、それは間違いではないですわ。頼人さんが麒麟児と呼ばれた理由の半分くらいはそこにありますし」

 

「……半分?」

 

夕海子の言葉に、芽吹は怪訝な顔を浮かべた。

それほどの天才ならば、麒麟児という呼び名には十分だと思ったのだが。

 

「ええ、ただの天才であれば、その説明だけで十分ですわ。けれど、頼人さんは『赤嶺』の麒麟児だったんですの」

 

「……どういうことですか?」

 

「赤嶺がどういった御役目で力を得たか、芽吹さんもご存じですわよね?」

 

と、その言葉で芽吹も夕海子の言わんとする言葉が分かった。

様々な名家が属する大赦。

その中でも一部の名家には、専門とする御役目がある。

赤嶺家の専門は……。

 

「……対人の、御役目ですか」

 

「その通りですわ。そして、勇者の御役目とは違い、対人の御役目はいつの時代も必要とされます。そのため、七二年のテロ事件以降、赤嶺の歴代当主は皆、幼少より厳しい訓練を受けていたそうです。特に、対人技術を念入りに」

 

「そういうことか……」

 

「シズク先輩、どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもねえよ……」

 

芽吹はちらりとシズクを見ると、何やら複雑そうな顔をしている。

何やらその表情に違和感を感じたが、芽吹はそれを無視して夕海子の話に集中した。

 

「頼人さんは、異常に呑み込みがよかったそうです。本来、経験でしか得られないはずの技術を、生まれた時から知っていたようだったと」

 

「それで、麒麟児……」

 

「わたくしも、頼人さんの訓練を直に見ることは殆どありませんでしたが、どのような訓練だったかは、少しだけ聞き及んでいますわ」

 

そうして、夕海子はその内容を語り始めたのだが………

 

「稽古をさぼるようになった……?あの赤嶺がか?」

 

「正確には、稽古の時間を減らしてほしいと、ご家族に望まれていたそうですわ。高知に来ていた時には、特に稽古の時間も減らしてはいませんでしたし。ただ、その分、要求されるハードルは高くなっていったみたいですわね」

 

「高く……どういう風にですか?」

 

「そうですわね……太い木――直径で五十センチくらいでしたか――を刀で斬らされたり、暗室の中、気配だけで斬りあう稽古をさせられたりとか」

 

「気配だけで……芽吹先輩、そんな事本当にできるんですか?」

 

「正直、かなり難しいわね。ある程度気配を察することならできるけど、気配だけで互いに斬りあうとなると、相手がどう動くかとかも察知できないといけないから」

 

「んで、弥勒。他にはねえのかよ?」

 

「他には……ああ、猫を斬るとかもありましたわね」

 

「「猫を斬る!?」」

 

夕海子の驚くべき発言に、芽吹とシズクは思わず叫んだ。

傍らの亜耶を見ると、「よ、頼人さんが猫ちゃんを……」と、青ざめた顔をしている。

これを知ってて話させたのかと、非難するようにシズクを見ると、シズクが知らなかったと言わんばかりに首をぶんぶんと振っている。

 

「勘違いしないで下さいまし。頼人さんが斬ったのは、猫の髭だけですのよ」

 

一気に空気が緩む。

 

「テメェ!勘違いさせるようなこと言うんじゃねえぇええ!!しずくを滅茶苦茶怯えさせちまっただろ!!」

 

シズクが夕海子の首元を掴み、大きく揺する。

 

「そうです弥勒さん!亜耶ちゃんも怖がらせちゃったじゃないですか!」

 

「お、お止めなさいな!わたくしはただ……!」

 

「だ、大丈夫ですよお二人とも。ちょっとびっくりしちゃっただけですから」

 

その言葉で、シズクは弥勒から手を離した。

 

「あぁ……。みょ、妙に疲れましたわ……」

 

弥勒がぜーはーぜーはー息を吐いている。

 

「それにしても、どうしてそんなことをさせられたんですか?」

 

芽吹は気になって尋ねた。

猫を斬るようにと言われていたのなら、いくら何でも残酷すぎる。

そんな稽古を平然とやらせるのが赤嶺家であるのなら、見方を変えなければならない。

 

「昔から猫を斬れたら免許という話があるそうで、それで、稽古の時間を減らしたかったら、猫の一匹でも切って見せろとお爺様がおっしゃられたそうですわ。まあ、頼人さんは動物好きでしたし、出来ないと思って言ってしまったのでしょうね」

 

「だけど、あいつは出来ちまったって訳か」

 

「ええ。ただ、お爺様はそれでも認めたくなかったらしく、最後には真剣を持って頼人さんを追い掛け回していましたわ」

 

「「うわぁ……」」

 

ついつい、声をあげてしまった。

流石のシズクもこれには引いている。

 

「あの、それで頼人さんはお怪我などされていなかったのですか?」

 

「ご安心なさいませ。その後頼人さんは、その刀を奪ってましたから」

 

「なんて、出鱈目な……」

 

「とりあえず、これで大体のことは分かっただろ?赤嶺は、対人に関しちゃ俺たち以上だ。油断してるとばっさりやられちまうぞ」

 

確かに、何も知らなければ、油断していたはずだろう。

事実、芽吹には怪我人相手に自分が負けるはずはないという想いがあった。

もし、赤嶺頼人がこの話通りの相手なら、芽吹の隙や油断を見逃さないだろう。

 

「確かに、心してかかるべきね」

 

芽吹はそう呟き、身を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神世紀二九九年五月。

大束町。

車の中から景色を眺めると、ゴールドタワーが、温かな日差しを一身に受け、その巨体を輝かせていた。

その輝きで、今日の温かさもよく分かって、少し辟易する。

最近は随分暑くなってきたもので、今日は夏日になるという。

その分、この格好だと少し暑いだろうな……。

自分の格好を見て、そう思うが、少し見ていると、笑いがこみ上げてしまいそうになった。

真っ白な紋付羽織袴に、杖、その上、眼帯ときた。

時代劇じゃあるまいし、こんな大げさな服装にどれほどの意味があるのか。

とは思うものの、こういう立場に立った以上、それ相応の服装はしなければならない。

それが、如何に馬鹿げたことであっても……だ。

例えば眼帯。

元々は、上里を騙すためにつけていたものだったが、今では示威的な目的のためにつけている。

この眼帯一つでも、大赦の人間に与える心理的効果は中々のものだ。

正直、蒸れるからはずしたいけど………。

つくづく、住む世界が変わってしまったことを実感する。

もう少し、所帯じみた生活の方が性にはあってるのに……。

 

そうこう考えていると、ゴールドタワーの入り口に着いていた。

車が小さく揺れ、止まる。

扉が開かれ、車を降りると、一列に並んだ神官の方達が、一斉にお辞儀をしてきた。

ゴールドタワーで働いている面々だ。

指示通り、皆、仮面はつけていない。

だが、正装。

御大層な神官服に身を包まれている。

この暑い中、大変だろうから服装も自由でいいし、仰々しい出迎えは必要ないと事前に言っておいたのだが、聞き入れてはくれなかったらしい。

まあいいか。

この辺りは、彼女達の裁量に委ねているのだから、強制するべきではないだろう。

と、そこで、こういう出迎えに慣れてきている自分に気付いた。

全く……随分、感覚が麻痺してきたな……。

俺はこんな待遇を受けるべきでないし、受けたくもなかったはずだ。

なのに、今はそれを当然のように甘受している。

権威にまみれた自分が、少し嫌になる。

 

「頼人様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 

と、そこで烏丸さんが近づいてきた。

仕事の時間だ。

カチリと頭を切り替える。

 

「ええ、今日は色々と見させていただきますね」

 

とりあえず、今日の目的は二つ。

一つは、関連施設の視察。

防人の子達が過ごす環境は、自分の目で見て確かめなければならないと、常々思っていたし、近々、鎮守府関連の施設の殆どはここに移設される。

そういった施設の視察も行わなければならない。

目的はもう一つある。

正直なところ、そちらの方が、視察よりずっと大事だけれど。

 

 

 

 

 

「来たわね……」

 

芽吹は、教室の窓から、ゴールドタワーに向かってくる車列を見つめ、呟いた。

あんな御大層な車列、テレビの中でしか見たことがない。

おそらく、真ん中の黒塗りの車に、赤嶺頼人が乗っているのだろう。

まさしく、VIPという訳だ。

そのVIPと、自分はこれから戦うのだ。

自分を選ばなかった勇者と……。

考えるだけで、芽吹の胸中に熱い闘争心が宿る。

 

「ん、どうしたのメブ?景色を眺めてるなんて珍しいじゃん」

 

車列を眺めていると、雀が話しかけてきた。

今は、授業間の休憩時間だった。

 

「違うわよ。あの車を見て」

 

芽吹は努めて冷静に、黒塗りの車の集団を、指し示した。

綺麗に一列で走っているが、その分、威圧感も凄い。

 

「え、あれ……?うわぁ……、物々しすぎるね。あれに乗ってる人達、絶対やばいよ。まさか……こっちに来るとかないよね……?」

 

「どう見てもこっちに向かってきてるじゃない……」

 

「で、でも、私達には関わらないよね……?」

 

「多分、あれに乗ってるのは赤嶺頼人よ。今日視察に来るって言っていたでしょう?……ほら、降りてきたわよ」

 

見れば、白い和服を着た少年が、杖を突いて車から降りている。

他の車からも、黒服の大人たちが次々と現れている。

確かに物々しい……というよりも厳つい。

 

「あら、頼人さんがいらっしゃったんですのね」

 

「ん……。国土たちも、迎えに行ってるらしい………」

 

「ふふん、戦術の授業においても、この弥勒夕海子が優秀であると、頼人さんにはたっぷりと見せてあげなければなりませんわね」

 

「弥勒……。できないことは、言わない方がいい」

 

「しずくさん、辛辣過ぎませんこと!?わ、わたくしだって座学なら……!」

 

気付けば、しずくと夕海子も窓際に来ていた。

周りを見れば、ほとんどの子が、赤嶺頼人を見ようと窓際に集まっていた。

また、一部の子は身だしなみを気にしている。

普段、男性と接する機会が少ない分、余計に気にしているのだろう。

だが、そんなことはお構いなしに、雀はぶるぶる震えていた。

 

「どうしようどうしよう……。噂じゃあの人たち、気に入らない人を消してるんだよね!?私臆病だし絶対目、つけられちゃうよ!そんなことになったら……!」

 

「消してるって……あの方たちは別に殺し屋じゃありませんわよ?……多分」

 

「多分ってどいういうこと~!?やっぱりやばいじゃん!!」

 

「落ち着いて、雀。赤嶺頼人がここに来るのは、前から知ってたことでしょう?」

 

「でもでも、来るのは赤嶺様だけだと思ってたのに……。あんな集団なんて知らなかったんだよぉ!」

 

雀が頭を抱えて、わ―きゃー言っている。

 

「雀さん、そういう時は、あの人たちをカツオだと思えばいいのですわ」

 

「弥勒さん、それは演劇とか人の前に立つときにやるやつでしょ!しかも、そこは普通カツオじゃなくてかぼちゃ!」

 

「おぉ……。加賀城が、少し、元気になった……」

 

「ふふ、その元気があれば、問題ないですわね」

 

「問題大ありだよぉおお!絶対やばいって、取って食われるって!」

 

「いつから、勇者はそんな化け物になったのよ……」

 

確かに、防人の間では一時期、勇者が素手で岩を砕けるだとか、カリスマオーラで光り輝いているだとか骨董無形な噂があった。

が、巫女をはじめとした、勇者を知る子たちから否定され、そういう噂は減っていたのだが……。

どうやら、雀の中では勇者は未だに怪物みたいな存在らしい。

 

「最早、臆病というよりも妄想になってる気もしますわね……」

 

どうしようどうしようと唸る雀を見て、夕海子が呆れたように呟く。

そんなに怖がるようなことではないと思うのだが……。

と、そこで、雀が急に静かになった。

 

「あ、そうだメブ。私、お腹が痛くなったから医務室にいってくるね」

 

どうやら、医務室へ逃亡を図る気らしい。

 

「じゃあ、病欠するって言ってきたら?ちょうど来たみたいだし」

 

芽吹が入り口に目を向けると、その時、一人の大柄な女性が教室に入ってきた。

それを見て、さっきまで窓際にいた少女達は皆、席に着いた。

芽吹、しずく、夕海子もまた、席に戻る。

彼女は普段、二年生達の教師をやっており、防人の訓練に携わっている、いわば、教官にも近い存在だ。

今日は烏丸の代役で、戦術科目の教師を務めている。

ちなみに、訓練を厳しく課す女性で、防人の中では彼女は中々恐れられていたりする。

もっとも、芽吹は彼女よりも厳しい訓練を防人に課すのでさらに恐れられているのだが。

 

「よ、よし、行ってくるねメブ。……って、やっぱり無理だよ~!怖い怖い怖い!あの人絶対仮病に気付くって!メブが代わりに言ってきてよ~!!」

 

「いやよ」

 

「そんなご無体な~~!!」

 

雀が芽吹に縋り付く。

こんなに大声を出しておいて、今更教室を抜けだすのは無理だろうに。

 

「ほらそこ!騒いでないで、さっさと席に着きな!」

 

「はっ、はい~~~!」

 

案の定、雀は怒られて、すぐさま席に着いた。

全く、こんな時でも変わらないのだから、困ったものだ。

 

「さて、聞いての通り、今日は頼人様がこのゴールドタワーにいらしている。おそらく、この教室の前も通られるだろう。だが、その時もいつも通りに授業を続ける。いつも通り、真面目に……な?」

 

教壇に立った臨時教師は有無を言わぬ迫力でそう言った。

どうやらこの教師も、いろいろと抱え込んでいるらしい。

もっとも、芽吹はあまりに気にしなかった。

周りを気にせずに没頭するのは、芽吹の得意分野なのだから――――

 

 

 

 

チョークが黒板を掻き鳴らし、一人の肉声が教室を支配する。

多くの学校で変わらぬ光景が、今日もこのゴールドタワーに拡がる。

されど、教師が語る言葉は、普通の学校とはかけ離れていた。

 

「―――従って、対バーテックス戦においては、既存の戦術論が適応されにくい。ここで、だ。『戦場』という観点から見た場合、結界外と、一般的な『戦場』との大きな違いは何か。楠、二つ答えろ」

 

「はい。第一に、地形が完全に一定であること。これにより、地形を利用した既存の戦術は役には立ちません。第二に、環境の性質。結界外の過酷な環境下では、部隊に休息をとらせることはほぼ不可能です」

 

芽吹は椅子から立ち上がり、素早くはっきりと答えた。

 

「その通りだ。細かい違いは多々あるが、大きなものはこの二点だな。特に、環境の影響は極めて大だ。日をまたぐ作戦は不可能だし、星屑が充満している以上、途中で休憩することもままならない。反面、地形が一定であることや、主だった敵戦力が星屑であることから、想定される状況が非常に限られることになる。言い換えれば、対応する戦術も覚えやすい。考えようによっては、利点と言えるだろう」

 

教師の言葉を聞きながら、芽吹は再び席に着く。

そこで、廊下から多くの足音が響いてくることに気づいた。

芽吹の席は廊下側だったため、ほかの子が気付くまでには少しの時間があった。

が、それも一瞬。

気づいた者たちがつい声をあげ教室がほんの少しざわめき、少女たちの視線が、自然と廊下のほうへ向けられる。

 

「んんっ!」

 

と、そこで臨時教師が咳払いをし、少女たちの視線を自らに向ける。

次いで、分かってるだろう?と言わんばかりに、口だけの笑みを浮かべ、少女たちを静かにさせた。

そして、再び口を開く。

 

「さて、クラウゼヴィッツは、陣形は防御のことを考えて組み立てられるべきだとした。規模は違うものの、防人の戦術においてもこの思想を基に、陣形と言うモノは考案されている。なぜなら、防人の任務はあくまで調査であり、大前提として、被害を最小限にすること自体が目的の一つだからだ。だが、忘れてはならないのは、陣形に拘泥すべきでない状況もあるということだ。あくまでも、陣形は被害を抑制するための存在であり、陣形によってそれが望めない場合であれば、陣形を崩し、脅威に対して柔軟に対応しなければならない。事実、旧世紀においても、世界大戦以降は陣形よりも、訓令戦術が重視されるようになっていった」

 

授業は、そうして再開した。

だが、その間も、廊下の足音は大きくなっていく。

多くの足音の中に、一つだけとん、とんと、小さく低い音が混じる。

この音は………。

我慢できずに芽吹は、ちらりと廊下を盗み見た。

多くの神官と、スーツ姿の大人たちの姿が目に入る。

その中心に、あの少年がいた。

眼帯に杖という現実離れしているとさえ思える、非日常的な姿。

その姿は、初めて会ったときよりも、随分大人に見えた。

昨年会った時には、車椅子だったから、余計小さく見えていたのだろうが、それでも前とは印象がまるで変っている。

杖を突きながらゆっくり歩く姿は、本来弱々しい印象を見るものに抱かされせるはずなのに、柔弱な印象はまるでない。

むしろ、同年代とは思えないような落ち着きや、威厳のようなものすら感じる。

眼帯という特徴がなければ、同一人物だとは思わず、高位の神官か何かだと思っただろう。

それほどまでに、赤嶺頼人は成長していた。

芽吹の中に様々な感情が生まれ、そして消える。

羨望、同情、怒り。

もやもやとした想いが胸の内を駆け巡り、何か叫びたくなるも……何も言えない。

何を言えばいいのかも分からない。

そういう複雑な心境のまま見つめ続ける。

 

そうして不意に、芽吹と頼人の視線が交錯した。

 

おそらく、偶然。

頼人は教室の方を眺めていただけで、別段、誰かを探している風ではなかった。

だが、芽吹には気付いたのだろう。

目が合った瞬間、頼人は軽く微笑んだのだから。

だが、それで芽吹は気付いた。

今日の模擬戦、あの少年は既に、自分が勝つものだと信じているのだ。

でなければ、あんな風に微笑むはずもない。

なんて、余裕。

もう勝った気でいるのか。

だとすれば……許せるはずもない。

 

 

 

 

 

「あ~、怖かった~~!ねえメブ、見た?さっきの先生の目、超怖かったんだよ!?あれ絶対、視線合わせてたら殺されてたって!」

 

授業が終わると、雀はすぐに芽吹に駆け寄ってきた。

どうやら雀には、臨時教師が世紀末的な悪党に見えたらしい。

 

「目が合っただけでって、そんなわけないでしょ……」

 

「それはそうと、メブ。さっき何か呟いてたけど、何かあったの?」

 

「大したことじゃないから、気にしないで」

 

「ええ~?そういわれるときになるじゃんか~?」

 

「それより芽吹さん。そろそろ時間なのではありませんの?遅れたらきっとうるさいですわよ?」

 

「ええ、もう行きます」

 

気が付けば、しずくと夕海子も集まっていた。

この後、他の防人は野外での訓練となるが、芽吹は別だ。

赤嶺頼人との模擬戦のために、芽吹は道場に移動しなければならない。

 

「楠……。赤嶺をお願い。今の赤嶺は……」

 

しずくは少し暗い顔で言葉を紡いだ。

どうやら、赤嶺頼人に思うところがあったらしい。

 

「分かってるわよ。シズクに勝った以上、赤嶺頼人にだって絶対に負けないわ」

 

「ふふん。まあ、この私が色々とご教授して差し上げたのですから、勝って当然ですわね」

 

「弥勒さんがメブに?逆じゃないの?」

 

「す、ず、め、さん!それは一体どういう意味ですの!?」

 

「雀、一応本当よ」

 

「一応とはなんですの!?一応とは!?」

 

「弥勒さんうるさいよ?これって秘密なんじゃなかったの?」

 

「うぅ……釈然としませんわ……」

 

弥勒がげんなりとした様子で呟く。

全く、いつも通りだ。

と、そこで芽吹は、程よく緊張がほぐれていることに気付いた。

ここ最近、気付いたことではあるが、どうやら自分は、この空気を案外気に入っているらしい。

これは、今までにはなかった感覚だ。

 

「それじゃあ、行ってくるわね」

 

そう言って、芽吹は教室を後にした。

 

 

 

「芽吹先輩!」

 

道場へ向かっていると、ふと後ろから呼びかけられた。

振り返ってみれば、亜耶が立っていた。

 

「え、亜耶ちゃん……?どうしてここに……?」

 

芽吹が疑問を口にする。

亜耶は他の巫女と一緒に、赤嶺頼人の出迎えに行ったはずだ。

 

「えへへ、芽吹先輩を応援したくて、少しだけ抜けさせてもらいました」

 

「そうだったのね……」

 

「頑張ってください、芽吹先輩。いつもの芽吹先輩なら、大丈夫です。きっと皆さん、芽吹先輩が凄いって認めてくれるはずです」

 

「うん。ありがとう亜耶ちゃん。亜耶ちゃんの為にも、頑張るわ」

 

そう言うと、亜耶は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

道場に到着してからしばらくすると、頼人達一行が道場にぞろぞろとやってきた。

その中には、烏丸もいた。

芽吹は小さく深呼吸をして、考える。

既に準備は済ませた。

戦衣だって、もう纏っている。

……よし。

 

「遅かったわね、勇者様」

 

芽吹は、道場に入ってきた少年に向かって、挑戦的に言い放った。

 

「楠さん、口の利き方には―――」

 

「早乙女さん」

 

頼人の傍に居た女性神官が一歩前に出て、何かを言おうとしたが、頼人が遮った。

すると、その神官は口をつぐんで一歩下がった。

随分と飼いならされているみたいだ。

 

「久しぶりだね、楠さん。元気そうで良かったよ」

 

「ええ、あなたが私を選ばなかったおかげよ」

 

牽制のように、皮肉を口にする。

すると、周りの神官は、芽吹の言葉が癪に障ったらしい。

微かに怒気を感じる。

 

「手厳しいな。まあ、そう言われても仕方ないけどね」

 

周りの反応に反して、頼人は微笑んだ。

少し、寂しげに。

その微笑みに、芽吹は妙な感覚を覚えるも、その感覚を無理矢理振り払う。

 

「それより、ごめんね楠さん。わがままに付き合わせちゃって」

 

「いいえ、ちょうど良かったわ。あなたには、色々と聞きたかったから」

 

「そっか、じゃあ自分と同じだね。自分も、楠さんとは色々と話したかったから」

 

「そう?てっきり、私達のことなんてどうでもいいのかと思っていたわ」

 

「どうでも良かったら、ここには来てないよ」

 

「……どうだか」

 

頼人は優し気に答える。

どうやら、皮肉くらいでは、動揺はしないらしい。

反応を見るための言葉だったが、効果は薄かったようだ。

と、そこで、頼人に烏丸が声を掛けた。

どうやら、時間が押しているとのことで、この模擬戦にすらあまり時間はかけられないらしい。

 

「………それじゃあ、始めようか」

 

頼人はそう言うと、隣にいた女性神官が恭しくスマホを頼人に差し出した。

頼人は礼を言ってスマホを受け取ると、戦衣を身に纏った。

見た目は、防人のモノと酷似しているが、細部にやや男性的な意匠が施されており、序列番号も刻まれていない。頭部もまた、戦衣に覆われていない。

違いと言えばそれだけだったが、なぜだか頼人の装備が、防人のモノとはまるで別物のように思えた。

そうこう考える内に頼人は芽吹に近付き、銃剣を構えた。

合わせるように、芽吹も銃剣を構える。

 

そこで、烏丸が二人の間に立ち、説明を始める。

制限時間は五分。

胸部に一撃を入れられるか、コートを出た場合、その時点で敗北。

事前に聞いていた通り、基本的には銃剣道に近いルールだ。

芽吹にとっては、やりやすくて都合がよかった。

なお、銃剣道とは違い、喉部への攻撃は禁止されている。

頼人が怪我をする可能性を下げたいがためだそうだ。

つくづく、連中は目の前の少年が大事らしい。

彼らは暗に、赤嶺頼人に怪我をさせるなと芽吹に示しているのだ。

芽吹はそのことに苛立ちを感じるも、目の前のことに意識を集中するため、苛立ちを抑え込む。

この通り、赤嶺頼人の敗北という筋書きは整っている。

これで負けるようなことがあれば、芽吹の評価は文字通り地に堕ちるだろう。

 

本当に気に入らない。

連中は、私に興味がないくせに、私が勝つことに期待している。

道具扱いそのものだ。

だからこそ、負けるわけにはいかない。

ここで勝って自分の価値を証明しなければならない。

私を勇者に選ばなかったことを、後悔させてやる。

 

―――捻じ伏せてやるわ、何もかも……私自身の力で!

 

「始めッ!!」

 

烏丸の声が、道場に木霊した――――

 

「ハァアアアッ!!」

 

芽吹が一気に踏み込み、刺突を放つ。

何千何万と繰り返し鍛え続けた突き。

それはまるで、雷のように鋭く迅い。

目標は頼人の左胸。

命中すれば、その時点で勝敗は決する。

速攻で、実力を発揮される前に倒す―――!

 

「―――ッ!!」

 

頼人は銃身の腹で何とかその刺突を払う。

その捌き方は、芽吹から見ても拙い。

膂力も、瞬発力も芽吹に比べれば劣っている。

腕の動きは遅く、芽吹の刺突に間に合っているのが不思議なほどだ。

だが、芽吹は微塵も油断をせず、冷静に刺突を繰り返す。

頼人の動きは緩慢だったが、それでも芽吹の猛攻を何とか凌ぐ。

だが、それでも徐々に圧されていき、後ろへ一歩二歩と下がっていく。

そうして、頼人はじりじりとコートの端まで追い詰められていった。

芽吹の眼が、歪みゆく頼人の表情を捉える。

このまま行けるか―――?

 

「くっ―――」

 

「甘いっ―――!!」

 

頼人も突きを返すが、芽吹からしてみれば大した速さではない。

少し左に動いて、余裕で頼人の突きを躱す。

そして、再び胸部を目掛けて刺突する。

頼人は慌てて木銃を引き、銃身を盾にするようにして芽吹の刺突を逸らす。

だが、芽吹は木銃を返し、銃身を頼人の木銃に潜り込ませ、再び頼人の左胸へ刺突を放った。

頼人は身をひねり、かろうじてその刺突を躱すも、その瞬間、芽吹は木銃を跳ね上げた。

下からの打撃を受けた頼人の木銃は、大きく上方に弾かれ、頼人の両腕は万歳するかのように、虚空に逸れた。

その衝撃で頼人はバランスを崩し、たたらを踏む。

それは、まさしく致命的な隙。

隙を見逃さず、芽吹は刺突を放つ。

最早、頼人は後ろに下がることもできず、また、その体勢では刺突を避けることもかなわない。

 

――――終わった

 

模擬戦を見ていた、誰もがそう思った。

 

 

 

――――瞬間、頼人の腕が(しな)った。

 

「なっ……!?」

 

芽吹の持つ木銃が、頼人の左肘と左膝に挟まれ、止められていた。

挟み殺し。

芽吹の刺突は迅く、重い。

寸分でも、挟み込むタイミングがズレていればその刺突は止められず、間違えなく頼人は敗北していた。

戦衣の力だけでは、とても説明できない絶技。

それはまさしく、頼人の卓越した技量を証明するものに他ならなかった。

 

「ちぃ……!」

 

芽吹は、この体勢ではこちらが危険だと悟り、木銃を引いて距離を取ろうとする。

だが、芽吹が一歩下がった瞬間、頼人は体当たりするように踏み込みつつ、芽吹の左胸に向かって叩きつけるかのように、右手の木銃を振り下ろした。

その一撃は先ほどまでの気の抜けた刺突とは違い、素早く、力強い。

 

「くっ……!」

 

命中する寸前で、芽吹は後ろへ大きく飛びのき、なんとか頼人の攻撃を振り切った。

 

「……ようやく、本気を出したのね。さっきの必死な表情も、無様な戦い方も、全部演技だったなんて馬鹿にしてくれるわ」

 

芽吹は木銃を構え直しながら言った。

弱い振りをされていたという事実に怒りを覚えるも、懸命に抑えこむ。

今、怒りに呑まれては勝てない。

呼吸を落ち着かせ、冷静さを保つ。

 

「……正直、驚いたよ。今のを避けられるとは思っていなかった」

 

「ええ、事前に話を聞いていなければ、さっきので終わっていたでしょうね。私も騙されかけたわ」

 

それほどまでに、頼人の一連の動きは完成度が高かった。

徹底的に相手を油断させ、敢えて隙を晒す。

そして、勝利という脂の乗った餌に食いついた瞬間、一気に畳みかける。

油断していれば、いや、油断してなくとも、それまでとは速度の緩急がありすぎて、並の者では対応できないだろう。

芽吹も、先ほどの一撃には背筋がひやりとさせられた。

何も知らないまま戦っていれば、間違いなく先の一撃で敗北していたに違いない。

自身の後遺症すら、相手に先入観を抱かせる道具として利用するとは……。

本当に食えない相手ね……。

だからこそ油断できない。

芽吹はそう思うと、再び気を引き締めた。

 

「そうか、弥勒さん辺りが教えたのかい?」

 

「ええ、それとしずくもよ」

 

「道理で………。それじゃあ、戦い方を変えざるを得ないな」

 

頼人はそう言うと、木銃を構え直した。

その構えは、銃剣術の常識とはかけ離れている、あまりにも異様な構えだった。

左半身を前に、腰を落として銃床を前にして脇構えに取っている。

両手はそれぞれ、木銃の中三分の一を、親指が向き合う形で握っている。

どう見ても、普通の木銃の持ち方ではない。

おそらく、棒術か何かの持ち方なのだろう。

だが、芽吹はこの程度のことは想定していた。

これは模擬戦であって、銃剣道の試合ではない。

芽吹自身、木銃を本来とは違う形で振るったことがある。

本気で勝つつもりならば、それくらいはするだろう。

問題なのはむしろ時間。

道場の時計をちらりと盗み見ると、残り時間はおよそ三分半。

まだ半分も過ぎていないが、守りに入られると面倒だ。

もう一度踏み込むべきか。

 

と、そこで芽吹はあることに気付いた。

 

「あなた……なんでそこから動かないの?」

 

赤嶺頼人は、コートの端からまるで動いていなかった。

 

「動かないのが一番速いからね」

 

「……意味が分からないわね。背水の陣でも気取っているつもり?」

 

「そんなところかな」

 

頼人が涼しげな顔で言う。

その言葉で芽吹の心は決まった。

こうも甘く見られて、許せるはずもない。

 

いいわ。

お望みどおりに、踏み込んであげる。

あと少しでも押し出してしまえば、それで終わるのだから。

私を甘く見たこと、後悔させてやる……!

 

そうして、芽吹は距離を詰める。

ゆっくりと、確実に。

頼人は先ほどの姿勢のまま、微動だにしない。

余裕の表れか、それとも誘っているのか。

いずれにしろ関係ない。

一息で仕留めるのみだ。

そうして、距離が徐々に、徐々に縮まっていく。

まだ……まだ……もう少し…………今!

 

点火。

芽吹は弾丸のごとく頼人に迫る。

避けられぬよう横薙ぎに木銃を振るおうとし―――瞬間、頼人の姿が掻き消えた。

 

「はっ―――!?」

 

ぞわりとした感触が背中を駆け抜け、勘のままに咄嗟に右へ跳ぶと、それまでいた場所を木銃が切り裂いた。

気付けば、頼人は芽吹の左後ろに回り込んでいた。

だが、途中の動きがまるで見えなかった。

避けられたのは奇跡だ。

一体、どのような動きをしたのか。

だが、芽吹が考える間もなく、頼人は追撃をかけた。

木銃が縦横無尽に芽吹を襲う。

振り下ろされた銃床を避けたと思えば、逆袈裟の斬撃が迫る。

先ほどまでとはまるで違う迅さの連撃。

今度は芽吹が必死で迎撃を行う。

だが、それも一筋縄ではいかない。

頼人の木銃は、芽吹の間合いよりも遠くから襲ってくる。

しかも、受け止めたと思った瞬間に、するりと姿をくらます。

そして、気が付いた時には、再び芽吹に食らいついてくる。

 

 

やりづらい……!!

同じ木銃を使っているはずなのに、間合いがまるで違う……!

目の前で木銃が伸びてくる……なるほど、一瞬ごとに手を滑らせて、間合いを調整してるのね。

おかげで目にとらえることすら一苦労だわ……!

おまけに……!

 

芽吹が木銃を横薙ぎにして反撃しようとすると、振り抜く前に、銃身が頼人の木銃に抑えられた。

そして、木銃を押さえたまま体ごと回転させ、芽吹の左胸に向かって、銃床を叩きつけようとする。

それを芽吹は、身をよじって無理矢理避けた。

 

さっきから反撃の芽がことごとく潰されてる……!

信じられないけど、こっちの動きを読まれている……!

 

芽吹が反撃しようとする度に、頼人は先んじてその動きを封じてくる。

動きを読まれている、という芽吹の勘は当たっていた。

孫子曰く、彼を知り己を知れば百戦殆からず。

彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。

頼人は、前者が自分で、後者が芽吹にあたると考えていた。

そもそも、防人の訓練課程は鎮守府が用意している。

頼人が長を務める鎮守府が、だ。

つまり、防人に叩きこまれる銃剣術を頼人は熟知しており、また、防人の練度なども烏丸などの神官を通して、簡単に知ることができた。

そして、データだけでは分からない癖をも、敢えて相手の攻撃を受けることで学習する。

事前に研究を行い、実物を観察、分析し、予測を立て、勝利という方程式を導き出す。

赤嶺頼人の常套手段。

さらに芽吹は、頼人が行っていたような対人戦を想定した訓練を行っておらず、頼人の訓練についてもある程度の概要しか知りえない。

故に、頼人は、頼人だけはこの模擬戦が、自分にとって圧倒的に有利な条件であると考えていた。

 

 

膂力は私の方が上なのに……!

なのに……ここまで追い込まれてる……!

つまり……技術にそれだけの差がある……!?

 

芽吹の心に焦りが生まれる。

肉体的にハンデを抱えながらも、純粋な技術だけで追い込む。

それほどの技が一朝一夕で身につくはずがない。

怪我を負う前から努力を重ね、怪我を負ってからも鍛練を続けていたのだろう。

千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす。

これが、練に至ろうとする人間の強さか。

身体にハンデを負ってもなお、この強さとは。

一方で芽吹はまだ、鍛にも至っていない。

この時、芽吹は初めて理解した。

誰よりも努力の価値を知っていたから、気付いた。

自分以上に長い間、努力を重ね続けてきた者がいたことに。

 

「っ―――!?」

 

突如、芽吹は姿勢を崩し倒れ込んだ。

上体に気を取られすぎ、足を払われたのだ。

 

脚を刈られた―――!

追撃がくる―――!

 

倒れた瞬間に身をよじって、素早く飛び跳ねる。

直後、木銃が芽吹の前髪を掠めた。

芽吹は後ろ向きに跳び、再び距離をとろうとする。

だが、頼人は距離を空けさせてはくれない。

下がる芽吹の胸目掛け、素早く打突を放つ。

芽吹は無理矢理身をよじり、左肩で頼人の打突を受けた。

 

「っつぅ……!」

 

鈍痛が左肩に走る。

その痛みを無視し、刺突を放つ。

すると頼人は刺突を銃身で捌き、そのままくるりと身を回転させ、芽吹の右肩を銃床で強打した。

 

「ぐぅ……!」

 

さらに卂さが増した。

明らかに決めに来ている。

まずいまずいと、脳裏に警鐘が鳴り響く。

 

動きが読まれている。

なのに、相手の動きは予測できない。

技術が違いすぎる。

このままでは……。

このままでは……負ける。

 

 

負ける………?

こんなところで……?

負けたらどうなる……?

きっと、怪我をした人間に負けたと囁かれることになる。

大赦の連中からは失望され、赤嶺頼人の名だけが上がる。

そうなれば私は、噛ませ犬に墜ちる。

勇者を格の違う存在として、見上げ続ける羽目になる。

二度と…………あの地平には立てなくなる。

 

―――――冗談じゃない!!!

 

瞬間、芽吹に修羅が宿った。

身体中が燃え盛り、熱気を纏う。

芽吹は無理矢理、体当たりを仕掛けた。

すかさず頼人は迎撃に移る。

芽吹の突進に合わせて、銃床を使って打突を放つ。

狙いは胸部。

 

「―――!」

 

「なめるな!!」

 

芽吹は左腕を盾にし、銃床を逸らす。

鈍痛が左腕に走るが、芽吹は痛みを無視する。

頼人の攻撃を、芽吹は最初から受けるつもりだったのだ。

間髪入れずに、芽吹は木銃を振るう。

それをまずいと思ったのか、頼人が一歩下がって避けた。

瞬間、芽吹はさらに距離を詰め、木銃を片手で袈裟に斬る。

さらに頼人が後ろに跳んで避ける。

距離が一瞬空いた。

これで、初動は邪魔されない。

追撃。

芽吹は間合いを読み、横一文字に、木銃を両手で振り抜いた。

頼人はその一撃を、木銃を盾にして受け止めた。

 

「ぐぅ……!」

 

手応えあり。

頼人の口から呻き声が漏れる。

先ほどまでは、芽吹の一撃の全てを頼人は避け、受け流し、初動を抑えることで、芽吹に十分な力を出させなかった。

まともに受け止めればまずいという判断が、頼人にあったからだ。

それほどまでに、両者の膂力には差があった。

だが今、頼人は芽吹の一撃を受け流しきれず、受け止めてしまった。

横一文字斬りは、右から左へ水平に振り抜く動作。

頼人からすれば、左側からの攻撃。

視界の利かぬ、左側からの。

先程までは、気配と芽吹の動きを読んで受け流していたが、今の芽吹の動きは、銃剣術のそれとはかけ離れており、頼人の読みに僅かなズレが生じた。

先程までなら問題にすらならぬズレ。

その小さなズレが頼人の体が軋ませ、動きを鈍らせた。

生まれた隙を見逃さず、芽吹が何度も何度も木銃を振るい、その全てを頼人がぎりぎりで受け止める。

一撃ごとに、頼人の体力は奪われていく。

頼人には怪我と、一ヶ月にわたる昏睡の影響が未だに残っており、あまり持久力や膂力がない。

膂力のなさを補うために、頼人は相手の動きを見切って、先手先手を打っていた。

だがそれは、極度の集中力を要する戦い方だ。

そして今、芽吹の一撃をまともに受けてしまったため、体力が一気に持っていかれた。

体力が削られれば、集中力も失われ、技も鈍る。

持久力のない頼人は、時間が経てばたつほど不利になっていく。

芽吹は図らずも、頼人の弱点を攻めた形となっていたのだ。

 

「どうして私を選ばなかったの!?どうして……どうして!?答えなさい!!赤嶺頼人ぉおお!!」

 

「ちぃ……!」

 

神官が見ていることも忘れ、芽吹が叫ぶ。

頼人への複雑な感情と、勇者になれぬ口惜しい感情があふれ出ていた。

その間も、芽吹は何度も力任せに木銃を振るい、頼人を追い詰めていく。

 

だが、頼人もそのままでは終われない。

大振りになった芽吹の真っ向斬りを紙一重で右に避け、迷わずに芽吹の左胸を狙い、打突を放つ。

芽吹はぎりぎりで避け、逆袈裟斬りを返す。

それに、頼人は打突を重ね、互いの木銃が後ろに弾かれる。

 

そうして、二人は再び木銃をぶつけ合い始めた。

何合も戟を重ね、互いに攻め合う。

芽吹が力で押す。

これまで培った技術と、鍛えてきた身体能力を総動員し、木銃を振るう。

頼人は技だけで凌ぐ。

機械のように、芽吹が持つ木銃の同じ部分に、何度も何度も自身の木銃を合わせる。

木銃が悲鳴を上げるように軋んでいく。

それはまさに、殴り合い。

周りの人間は、最早身じろぎ一つできず、その迫力に呑まれている。

やがて、制限時間が迫ってくる。

時間切れで終わるのか、と誰かが思ったその時、事は起こった。

 

 

 

木銃。

銃剣道に使用される武道具。

元々、この武道具は、突くことを主軸にしており、打撃を行うことは余り想定されていない。

無論、ゴールドタワーの木銃は防人用に多少、頑丈に作られている。

それでも、木銃は木銃。

人の領域を超えた力を持つ、防人同士が全力で打ち合い続ければただでは済まない。

故に、この結果は必然と言えるものであった。

 

 

 

 

 

「なっ―――――!?」

 

二人が木銃を切り結んだ瞬間、芽吹の木銃が中ほどで折れた。

べきり、と嫌な音が響き、折れた半分が宙を舞う。

だが、頼人の表情は変わらず、木銃を再び振るおうと腕を引いている。

瞬間、芽吹は理解した。

頼人がこれを狙っていたことに。

木銃の同じ部分を何度も何度も強打することで、意図的に芽吹の木銃を折ったのだ。

事実、頼人の木銃はまだ折れていない。

その隙を見逃さず、頼人はすぐさま二度目の打突を繰り出す。

自分の木銃だけが折れているという、致命的な状況。

銃床が迫る。

だが、木銃は折れても、芽吹の闘志は折れてはいなかった。

 

それでも………!

それでも、負けられない……!!

 

他の防人なら、間違えなく回避を選択しているこの瞬間。

だが、芽吹は下がらずに、床を蹴り前に踏み出した。

芽吹は右手に残された木銃の残骸で、打突を受け止め、そのまま頼人の木銃を強引に抱え込む。

 

「これで動きは!」

 

「―――!」

 

頼人は銃剣を離し、距離を取ろうとする。

だが―――遅い!!

頼人が離れるよりも早く、芽吹は奪った銃剣で、刺突を繰り出した。

必中のタイミング。

こうも近ければ、先ほどのように手足で刺突を止めることもできない。

 

取った―――!!

 

芽吹に勝利の確信が生まれた。

 

そして――――――視界が反転した。

 

「かっ―――はぁ―――」

 

何かに背中から叩きつけられ、肺の空気が絞り出される。

 

何……?

何をされた……!?

何がどうなって……?

 

芽吹は混乱した頭で、自分が何をされたのか考えるも、まるで分らなかった。

手品にかけられたような気分だった。

確か木銃を奪って、それから……。

と、そこで芽吹は我に返った。

そうだ、今はそんなことを考えている場合では――――

 

そう思った瞬間、こつんと胸に何かが当たった。

芽吹が目を開けると、頼人が木銃の先端を芽吹の胸当てに突き付けていた。

そうして、芽吹はようやく事態を把握した。

投げられたのだ。

あの刹那、木銃ごと腕を取られ、床に叩きつけられた。

そして今、一撃を入れられた。

つまり――――

 

「負け……た……?」

 

芽吹は茫然と呟いた。

あの状況で。

あんなに優位な状況で。

 

「どうして……?」

 

疑問が口から零れる。

投げられたことは分かった。

だが、あの瞬間、どうやって投げられたかが、芽吹にはまるで分からなかった。

魔法のように、気付けば倒れていた。

 

「楠さん、大丈夫?」

 

ふと見れば、頼人が芽吹に向かって、手を差し伸べていた。

肩で息をしており、如何にも疲労困憊といた様子だ。

 

「何を……したの……?」

 

「企業秘密。それより、ほら」

 

頼人は再び手を差し伸べた。

 

「……一人で……立てるわ」

 

芽吹は頼人の手をとらず、ゆっくりと立ち上がった。

負けた相手の手など借りたくはなかった。

 

「痛いところはない?必要なら―――」

 

「平気よ。気にしないで」

 

「念のため、診てもらっても―――」

 

「本当に!……大丈夫だから」

 

声を荒げそうになって、無理矢理自分を抑える。

惨めだった。

強さを証明すると、意気込んでおいてこの結果。

悔しい。

苦しい。

そしてそれ以上に、自分を許せなかった。

最後の瞬間、取ったと、赤嶺頼人に勝ったと思ってしまった。

なんて、油断。

木銃を折られた自分が巻き返せたのに、どうして相手はそれができないと思ったのか。

口惜しさに、顔をあげることすらままならない。

その様子を見ていた頼人は、駆け寄ってきた神官に何かを言う。

途端、神官達次々と道場を去っていった。

ぽつんと、芽吹と頼人だけが残される。

芽吹が不審な目で頼人を見ると、よっこいしょ、と頼人はその場に腰を下ろしてしまう。

そして、「それじゃあ、楠さん。ちょっと話をしよっか」などと言い始めた。

 

「……あなた、忙しいんじゃないの?余計な時間を使う暇なんてないでしょ」

 

意識せず、芽吹の口調は乱暴になった。

話したくない。

悔しさや苛立ちで構成されたその思いが、芽吹の言葉に影響を与えたのだ。

当然のことだろう。

勇者に選ばれなかった芽吹だが、それでも実力は自分が一番だという自負があった。

単純な強さなら、夏凜にも、他の勇者にも劣らぬ自信があった。

しかし、その自信は、今日打ち砕かれた。

他ならぬ、勇者の手によって。

敗北感、無力感は今までの比ではなかった。

だというのに、頼人は先ほどまでと変わらずに接してくるのだ。

苛立たぬわけもない。

 

「今は楠さんと話がしたいから。それに、結構疲れちゃってね」

 

そんな芽吹の感情を知ってか知らずか、頼人は神官が置いていったスポーツドリンクを芽吹に差し出しながら言う。

無神経すれすれの対応。

なのに、不思議と嫌みのようなものは感じない。

 

「ほら、ちょっと座って話してみない?こっちも少しくらい休憩したかったから、お願い」

 

「………私は休憩の口実って訳?」

 

口調がまた、厳しくなる。

 

「話したかったのは本当だし、休憩もしたかったから。ほら、一石二鳥でしょ?」

 

そんな芽吹の様子も気にせず、頼人は話す。

何故だか、その言葉からは勝利の優越感も、傲慢さも感じられない。

まるで、勝負などなかったかの様子だ。

その様子にまた苛立ちそうになるも、芽吹はその怒りを抑える。

怒りをぶつけて出て行くのは簡単だ。

だが、目の前の少年は、自分の知りたいことを知っており、こうして話す機会はほとんどない。

ここは我慢だ。

 

「…………」

 

ペットボトルを頼人から受け取り、腰を下ろす。

そうして、甘く冷たい水を喉に流し込む。

冷気が身に染みこみ、芽吹を少しずつ冷静にさせていく。

飲み切るころには、心の整理がついていた。

 

「……で、何を話したいのよ?」

 

「色々話したいことはあるけどね。まずは……まだ勇者をまだ目指しているのかとか」

 

その言葉に、芽吹は思わず身を固くした。

 

「神官から聞いたの?」

 

「いや、なんとなく。楠さんが、そう簡単に夢を手放さない人だってことは分かってたから。……その様子だと、やっぱりそうなんだ」

 

「………ええ、そうよ。私は勇者を諦めない。無理だと言われても、他人からどう思われても、成し遂げてみせる」

 

はっきりと言う。

隠すことでもないし、どうせ知られることだ。

 

「……もう覆らないと言われたら?そもそも、どうやって成し遂げるつもりなの?」

 

「……この御役目で、私を勇者にせざるを得ない実績を作る。それだけよ」

 

「そっか……」

 

芽吹の言葉に、頼人は馬鹿にするでもなく、ただ優し気に微笑んだ。

その様子に、芽吹はふと亜耶を思い出してしまった。

脈絡なく生まれた、よく分からない思考を頭から追い出す。

なんとなく、考えてはいけない気がした。

 

「私の方からも聞かせてもらうわ。どうして、あの時私を選ばなかったの?成績は私の方が上だったはずなのに……!」

 

妙な思考を追い出し。芽吹は本題を切り出した。

シズクとの問答を越えてもなお、選別の基準は分からなかった。

今でも、選ばれるべきは自分だったと芽吹は思っている。

 

「成績、か………。ねえ楠さん。さっきの模擬戦、負けた理由は何だと思う?」

 

「聞いてるのは私よ。質問に答えて」

 

「答えに関係してることだから。ほら、教えて?」

 

負けた理由なんて分かりきっているのに。

芽吹は怒りたくなる気持ちを抑えて、ゆっくりと答えた。

 

「…………あなたの方が、技術が上だった……から……」

 

悔しいが認めざるを得ない。

赤嶺頼人の技術は、芽吹のそれよりも数段上をいく。

今の芽吹では、勝てないほど。

 

「違うよ。それは、敗因の一つかもしれないけど、根本的な理由にはなりえない」

 

「じゃあ、何?言っておくけど、私は油断しなかった、全力で戦ったつもりよ」

 

「ん、そこだよ」

 

「は?」

 

意外な返答に、間の抜けた声が出る。

 

「楠さんが全力で戦おうとしてくれたのは、自分が一番よく分かってる。ただ……楠さんは自分の力を見せることだけを考えていた。それにしか、意識が回っていなかった」

 

「それの何が悪いの?全力を出すこと以外に、考えることなんてない!それとも、あなたは違ったの!?」

 

「ああ、違った」

 

その言葉はどうしようもなく気に障った。

まさか手加減でもしていたというのか。

それとも、神官の目を気にしていた?

そうだとすれば、人をコケにしているのにも程がある……!

芽吹が怒りをあらわにしようとし、その前に頼人が口を開いた。

 

「俺はずっと、君を見ていた。君がどう動くか、どう考えるか。君のことだけを考えていた」

 

「……………!」

 

喉元まで来ていた言葉が急激に引っ込む。

告白にも似たその言葉に驚くあまり、怒りが行き場をなくす。

 

「俺を見ていて分かったはずだよ。今の俺に持久力がないことも。左足の動きが鈍いことも。やろうと思えば、持久戦に持ち込むなり左半身をもっと狙うなりして十分俺に勝てた」

 

「………弱点を狙われて負けた、なんて言い訳をされたくなかっただけよ」

 

「そう。そのこだわりこそが、君の動きを単調にさせた」

 

「どういう意味?」

 

「……君は俺の弱点を無視して、正々堂々と戦おうとした。だが、俺の弱点を無視しようと意識するあまり、俺の左半身への攻撃を無意識に避けてしまっていた。その結果、攻める部位は限られ、動きも単調になった」

 

「違う!そんなこと………左半身だって狙っていた!あなただって受けていたでしょう!?」

 

「ああ。だけどそれは、君が追い込まれてからの話だ。それまでの攻撃は、ワンパターンそのもの。楠さんだって気付いているだろう?自分がやったことの矛盾に」

 

その言葉に歯噛みする。

確かに芽吹は、頼人の弱点を意識して突くことはなかった。

なのに、途中からは一変した。

ただ、勝つことだけに頭がいって、そういったこだわりを忘れていた。

真っ向からぶつかって、打ち勝つはずだったのに……。

確かに、矛盾しているのかもしれない。

 

「………今日立ち会ってよく分かった。今の楠さんは我に縛られている」

 

「我……?そんなものに縛られているつもりはないわ」

 

「本当に?相手に勝つ、自分は強い、自分を認めろ……。そう思ったことは全くなかった?」

 

「………何?それが悪いって言いたいの?」

 

微かに言い淀む。

何も悪くはないはずなのに、何故か後ろめたくなる。

 

「単純に悪い、という訳でもないよ。そういう精神の持ち主は目標の為ならどこまでも努力ができるから、スポーツだとか芸能だとか実力がものを言う世界では大成もする。実際、楠さんは技術も肉体も驚くほどに鍛え上げていたしね」

 

「なら……!」

 

「けどね……その世界は、どこまで行っても『我』だ。自分を越えた大きさにはならない」

 

「っ……!私の……私の生き方が間違ってるとでも言いたいの!?」

 

芽吹は不快感を隠さずに言った。

自分の心が見抜かれているようで、どうしようもなく嫌な気分になる。

 

「生き方じゃない。心、技、体。その中でも一番重要な所。心の問題」

 

「心……?」

 

「……楠さんは、自分と同じ生き方をしていても、違う心を持っている人を知っているでしょ?」

 

「そんな人、知らないわ!それに、生き方と心がどう違うのよ!」

 

「分からない?」

 

「ええ、分からないわ!」

 

「君のお父さんのことじゃないか」

 

「………え」

 

しばし、言葉を失う。

何故そこで父が出て来るのか、芽吹は分からなかった。

いや、分かりたくなかった。

 

「君のお父さんが作った社殿を見て、分かったことがある。あの人は自分の命を、作るモノに全力で込めている。だからこそ、尊敬される。多くの人の心を動かせる」

 

芽吹の父を褒める言葉。

それは、芽吹にとっても嬉しいはずのものだった。

なのに、今日に限っては、なぜか喜ぶことができない。

 

「ねえ楠さん。君のお父さんは、本当に、自分を認めさせたいって思いだけで、仕事をしてたのかな?それだけであれほどのことができたのかな?」

 

「それ、は………」

 

「今の君は、お父さんの生き方を表面的になぞっているだけだ。お父さんに憧れるのは分かるけれど、一番大事なところが追いついていない」

 

穏やかな声。

けれど芽吹は、その言葉にガツンと頭を叩かれたような気がした。

怒るべきだろう。

否定するべきだろう。

そんな、簡単に口にできる動機ではないと。

けれど、喉はひりつき、言葉が口から出てこない。

 

「そう言えば、ちゃんと聞いていなかったね。………楠さんは、どうして勇者になりたいの?」

 

「…………」

 

咄嗟には、答えられなかった。

一口で言えるようなものじゃないから?

それとも、その理由が漠然としすぎているから?

どちらも、違う気がする。

 

「自分を認めさせたいから?名声や栄光が欲しいから?もし、そういうモノが欲しいのなら、他にも道はある。楠さんなら、どういう道を目指してもきっと成功するから」

 

赤嶺頼人が、褒めるような、諭すような言葉を口にしている。

されど、その裏にある意図も分かった。

きっと、その程度の理由で勇者を目指すなと言いたいのだろう。

だけど、私は……。

私は………。

私が勇者になりたかったのは………。

 

ゆっくりと、思い返す。

自分を認めさせたい。

そういう気持ちがあったのは、認めざるを得ない。

芽吹の夢は、人々に尊敬される仕事をすることだったから。

なにより、勇者の素養があると大赦からの使いが来た時、初めて父は褒めてくれた。

誇りだと、言ってくれた。

嬉しかった。

それまでの、自分の努力が認められたと思えて。

だから、赤嶺頼人の言ったことは、紛れもない真実なのだろう。

認めたくはないが、目の前の少年は、ある一面において、芽吹のことを芽吹以上に理解している。

 

けれど……それだけじゃない気がする。

ここまで頑張ってこれたのは、勇者になりたいと思ったのは、認められたいというエゴだけじゃなかった気がする。

世界を守るという御役目。

人々からの尊敬を一身に集める存在。

その在り方に、あまりにも大きな責任に、胸を焦がすほど憧れた。

美しいと思った。

かっこいいと思った。

そんな存在になりたいと、無邪気にそう思った。

かつて、父に見た神聖性。

勇者という御役目は、それを体現したものだと感じた。

だからこそ、父に憧れたように、勇者に憧れた。

憧れが、芽吹の力になった。

 

………そうだ。

勇者を追い求める内に、自分の最初の想いを見失っていた。

シズクには自分しか見えていないと言われたが、きっと自分自身すらも見えていなかった。

改めて、感じる。

自分の努力を認めてもらいたいという気持ち。

勇者への煮えたぎるほどに熱い想い。

きっと、どちらも真実なのだろう。

ただ、こういう理由が混ざり合って、固まって、今の芽吹に宿ったのだろう。

自分ですら忘れていた、この気持ち。

この気持ちを、言葉にするなら――――

 

「なりたいからよ」

 

「ん?」

 

「憧れだとか、理屈はつけられるでしょうけど、やっぱり、ただ勇者になりたいから目指す。それだけだとしか言いようがないわ」

 

そう。

この憧れは、理屈などでは説明できない。

もっと不条理で、残酷で、感情的なものだ。

 

「けど、名声が欲しいのなら……」

 

「スポーツ選手にでもなれって?お断りよ。そんなことで諦められるほど、私の夢は安くないわ」

 

はっきりと宣言する。

この程度のことで諦められるのなら、そもそも最初から勇者を目指してはいない。

それに、芽吹は負けず嫌いなのだ。

このまま黙って引き下がることなど、出来るはずもない。

 

「そうか………ならあえて聞こう」

 

その言葉と共に、頼人は姿勢を正し、芽吹を見据えた。

 

「怪我人に負け、強さをはき違えている今の君が、勇者になれるとは思えない。こう言われても、まだ勇者を目指すのか?」

 

先程までの優し気な口調から打って変わった、厳しい口調。

されど、芽吹は動じなかった。

 

「甘く見ないで。私はもっと強くなる。心も……体も……!勇者を……あなただって越えてみせる!」

 

そう。

確かに今は、勇者にはなれないかもしれない。

けれど、防人の御役目は、まだ始まってすらいない。

次にバーテックスが襲来するまでの時間も、まだ余裕があるという。

ならば、まだ目指せる。

シズクとの決闘も、今日の模擬戦も、無駄じゃなかった。

今日の敗北は、芽吹にとって屈辱だったが、同時に、言い訳できない敗北を知れた貴重な経験でもある。

こうして、話していることで気付けた。

楠芽吹は、まだまだ強くなれる。

 

「きつい道だよ」

 

「承知の上よ」

 

「無理かもしれない」

 

「だけど、挑戦しない理由にはならない」

 

「勇者は、君の思うような、君の望むような存在じゃなかったら」

 

「たとえそうだとしても、構わない。勇者になって見せると、決めたんだから」

 

そう言って、頼人の眼を見据える。

しばし、沈黙が広がる。

芽吹は瞬きすらせずに、頼人の眼を見つめ続けた。

そうして、しばらく見つめ合った後、頼人は諦めたかのようにため息をついた

 

「……全く、自信家だな。おまけに、人の話を聞いてたのか聞いてないのか」

 

「お互い様じゃない」

 

「ふふ、そうかもね。……うん、分かった。もう君が勇者を目指すことには口出ししない。ただ、一つだけアドバイスをしておくよ」

 

「アドバイス……?」

 

「ああ。もう少し、友達や仲間との繋がりを深めてみるといい。楠さんに必要なものは、きっと人との関わりの中にあるはずだから」

 

「人との、関わり……」

 

ぼんやりと呟く。

脳裏に、よく知る少女たちの顔が浮かぶ。

 

「とりあえず、防人や巫女の子達の為になにかしてあげるのがいいかもね。そうすれば、もっと周りと打ち解けられると思うよ」

 

「意味があるとは、思えないわね……」

 

「そのうち分かる。とりあえず信じてみて」

 

「……考えておくわ」

 

「ん。今はそれでいいよ」

 

頼人は頷くと、よっこいしょと言いながら立ち上がった。

 

「それじゃあ楠さん。俺はこれで失礼するよ。また、近いうちに、ね」

 

そう言って、頼人は道場を立ち去ろうとし、不意に振り返った。

 

「……と、そうだ。最後の、木銃を奪った時のあの動き。あれは見事だった。そうだな………うん、いいセンスだ」

 

悪戯っぽく微笑みながらそう言うと、頼人は今度こそ、道場を立ち去っていった。

芽吹は、しばらく頼人の言葉を反芻し、そして、新たな木銃を道場の備品室から取り出した。

そうしてまた、トレーニングを始める。

イメージするのは、先ほどの模擬戦。

次に戦う時は、絶対に負けない。

彼に勝つことができた時、楠芽吹は成長したと、胸を張れるはずだから……!

 

 

 

 

と、思っていたのだが………

 

「何でいるのよ………」

 

「ああ、楠さん。お疲れ様。やっぱり、あれからずっと稽古をしてたんだ。流石だね」

 

夕食を食べに食堂に行くと、赤嶺頼人がひらひらと手を振っていた。

流石の芽吹も唖然とせざるを得なかった。

おまけに、頼人の席の両隣も問題だった。

 

「さっきから言っているでしょう!頼人さんは元々高知の方なのですから、高知県民は高知県民らしく、夕食にはカツオを食すべきなのですわ!!」

 

「赤嶺自身は高知出身じゃねーだろうが!そもそも、こいつは前々からラーメン党にしてやろうと俺達が眼をつけていたんだ!テメェは引っ込んでろ!」

 

カツオを持った夕海子とラーメンを持ったシズクがバチバチと火花を散らしている。

あの状況で、よくもまあ、のんきな声を出せたものだ。

周りを見れば、皆様子をうかがうように、遠巻きに頼人たちを見ている。

おそらく、勇者には興味があっても、シズクは少々怖いのだろう。

 

「あっ、メブーメブー!今守ってすぐ守って!このままじゃ絶対あの二人の巻き添え食らうからぁああ!!」

 

突然、横から雀が抱き着いていた。

 

「雀、暑苦しいからはなれて」

 

「そんなご無体なっ!?」

 

「で、なんでこんなことになってるのよ?」

 

「それがね、突然、赤嶺様がやってきたんだけど、あの二人が―――」

 

「ラーメンよりカツオですわ!」

 

「カツオよりラーメンだ!」

 

「ああ、うん。大体分かったからいいわ……」

 

食べ物の好みというものは、やはり恐ろしい。

これほどまでの争いに発展するとは……。

 

「そろそろ、弥勒さんもシズクも落ち着いてくれ。あんまり騒ぎすぎると、俺たち揃って怒られるんだからさ」

 

「じゃあ赤嶺、どちらがいいか選べ。当然、徳島ラーメンだよなぁ?」

 

「何を仰いますの。当然、カツオのたたきですわ」

 

「あー。両方食べるから、とりあえず今日のところはそれで勘弁してくれ」

 

頼人はそう言うと、ラーメンを啜り始めた。

合間合間に、カツオも口に入れている。

食い合わせは大丈夫なのだろうか。

 

「それで、どうしてここにいるのよ。大赦に帰ったんじゃなかったの?」

 

「さっきの模擬戦が意外と堪えたみたいでね。ここの医務室には、昔お世話になっていた先生もいたから診てもらったんだ。けど、診察が長引いちゃったから、ここで食べてから帰ることにしたんだよ」

 

「ああ、そう………」

 

何というか、さっきあんなことがあったばかりなので、非常に気まずかった。

もうすぐ帰るというのなら良しとしよう。

 

「まあ、もう少ししたら、ここで過ごす日も増えるから、その時はまたよろしくね」

 

「……は?どういうことよ?」

 

「いやね、うちの主要機関はこっちに移転するから、それに合わせて自分もここで仕事したりするんだよ」

 

「嘘でしょ……」

 

芽吹は頭を抱えてそう言った。

ただでさえこの勇者がいるとゴールドタワーの雰囲気が変わるというのに、入り浸られては、防人の訓練に支障が出かねない。

おまけに、色々と気まずい。

次に会うのはリベンジする時だと思っていたのに、梯子を外された気分だ。

芽吹としては、憂鬱になるのも仕方のない事だった。

なのに、目の前の少年はニコニコとしている。

こっちの気も知らないで……と少しイラっとする。

 

「だから、これからよろしくね。楠芽吹さん」

 

赤嶺頼人の笑顔に、また芽吹はため息を吐いた。

まったく……これからまた騒がしくなりそうだ。

 




やっぱり、大満開の章怖い……。
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