樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話 作:exemoon
並行投稿が73%でしたので、以後は、本編とIFを並行投稿させていただきます。
ただ、くめゆがアニメ化されるという予想外の事態が起き、くめゆの設定が色々と追加されるのがほぼ確定なので、しばらくは本編の投稿よりもIFの投稿を優先させていただきます。
本当に申し訳ない……。
それはそれとして、勇者史外典の書籍版が、11月30日に発売されるので、未読の方は是非。
のわゆ編では、勇者史外典のネタバレが大いに含まれる可能性があります。
胡蝶の夢。
今の自分のことを考えるとふと思い出す、荘子の説話の中でも有名なそれ。
夢で蝶になった荘子が目覚め、自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのかと考えるという話。
この話を考えて、ふと思ったことがある。
夢の多くは、目覚めると忘れてしまう。
逆に、夢の中では、現実のことを忘れてしまいもする。
ならば………蝶であったことも、人間であったことも、等しく夢である可能性を、どうして否定できるのだろうか。
目が覚めても、悪夢は続いていた。
相も変わらない、ある意味で懐かしくすらある病室。
諦めきれずに、テレビを確認したり、新聞を読んだりもしたが、やはり、日付は2016年。
情報も、何もかも、西暦のそれだった。
そもそも、俺が生きていることが分かれば、銀達は真っ先にここに来てくれるはず。
なのに、いつまでたっても来ない。
結局、認めざるを得なかった。
この世界は、俺が居た世界ではない。
死んでいるよりはまし、と考えるべきなのかもしれないが、そんな風に考えられるほど、楽天的にはなれなかった。
まず、この世界には俺の知る人たちはいない。
前世の知人や家族も、その大半は殺されているだろうし、四国にいたとしても、顔も名前もほとんど忘れている。
それほどまでに、俺は『赤嶺頼人』に馴染んでいた。
第一、よしんば俺がそういう人たちと会ったとしても、向こうは俺を、前世の自分とは認めないだろう。
そもそもが、別人なのだ。
俺はこの世界で、どうしようもなく一人だった。
誰も、俺のことを知らない。
誰も、俺の出自を信じてはくれないだろう。
だって、証拠がない。
おかしな妄想癖を患った人間だと言われるだろう。
思い出の彼女達は、君の頭にしかいないのだろうと。
それに、よしんばこの世界に居場所を得たとしても、俺の辿るであろう道は知れている。
樹海に入ってしまう性質が、俺に残っていたとする。
今までは、この体質とやらのおかげで、色々と行動に幅が効いた。
けれど、今はこの性質に意味はない。
むしろ、俺の命を終わらせるだろう。
この性質が役立ったのは、銀達との信頼関係があったことに加え、赤嶺家が大赦で一定の力を持っていたからだ。
だが、今の俺は孤独で、家の力など存在しない。
培ってきた人間関係もなく、この時代の勇者と接触することすらない。
おそらく……終末戦闘の規模、バーテックスの物量からして、遅かれ早かれ俺は喰い殺される。
他人事であったならば、それでもこの世界にいる以上、この世界のために尽くすべきだとか言えるかもしれない。
けれど、そう簡単に、割り切れるものではない。
そもそも、客観的に見て、俺は十二の子供。
多少、大人びただけの小学生だ。
どんなに行動しようとしても、特別な力を持たない俺の言葉に、この時代の大人たちが耳を傾けるはずもない。
つまり………俺の未来はどうしようもなく終わっている。
夢ならば、醒めてほしかった。
安易に、死んでしまえば……と考えることもあった。
けれど、そんなことはできない。
銀の為なら、園子や須美や、好きな人たちの為なら、そういう覚悟もあった。
けれど、自分の為だけに、死ぬことはできない。
だって、命をただ粗末にすれば、きっと銀は怒るだろうから。
自分で死ぬことだけは、出来なかった。
だからと言って、生きていく自信もない。
つくづく、俺の存在理由は、まさしく銀達に集中していたのだと思い知る。
存在理由を失った途端、こんなにも自分が分からなくなるなんて、思わなかった。
……ああ、何にもない。
俺には、本当に何もない。
何かを変えようとする気力も。
今までの努力の成果も。
人生の意味も。
生きていく未来すらも。
どうしようもなく、失ってしまった――――
今日もまた、医者がやってきて、色んなことを尋ねてきた。
何を言っているのか理解はできたけど、まともな返事なんてできない。
俺にとっては、何もかもどうでもいい事だったから。
おかげで、色々と勘違いもされてしまい、多くの検査を受けさせられた。
検査を受けていると、いつぞやか、安芸先生に連れられて検査を受けた時のことを思い出す。
あの頃は大変だったけど、それでもみんながいて、楽しかった。
世界の危機なのは痛いほどわかっていたけど、それでも、幸せだった―――
病室でも、ただぼうっとして過ごしていた。
脳裏に浮かぶは、かつての日常。
繰り返し、繰り返し、思い返す。
園子から聞いた、変な夢な話。
須美とした、国防の話。
銀と過ごした、三ノ輪家の時間。
ただただ、思い返す。
何もすることがない時間を、過去を反芻して過ごす。
そうしていると、だんだん現実に無感動になっていく。
昔のように、現実感と言うモノが欠如していく。
ありとあらゆる行動に価値を見出せなくなってくる。
赤嶺頼人にとって、現実的なモノは思い出の中にしかなかった。
思い出に浸っている時だけ、赤嶺頼人でいられた。
数日経った頃、カウンセラーがやってきた。
言語聴覚士だという、若い女性。
その人は―――
「やぁやぁ少年。生きてるかーい?」
馬鹿みたいに明るく、軽薄だった。
これでカウンセラーだとは、中々に信じ難い。
「ほぉほぉ、中々以上のイケメン君じゃない。世が世ならトップアイドル目指せちゃうかもだよ?もうちょっと元気なら、文句なしだけどねー」
この人、遊びに来てるのではないだろうか。
少なくとも、仕事をしに来たようには思えない。
「聞いたよぉ、君、なぁんにも喋らないそうじゃない。おかげで、名前も何にもわからない、名無し君だ。けど、名無し君って言われるのはヤでしょ?お姉さんに、お名前教えてくれないかな?」
まぁ、どうだっていいか。
赤嶺頼人には話す意志もなければ、生きる気力もない。
かと言って、死ぬ意志もない。
けれど、数年で死ぬことが決まっている。
いわば、どうしようもなく行き詰った、無様な存在。
誰かと関わりをもっても、不幸が生まれるだけだ。
どの道、無感動で、無気力で、無力感に覆われた赤嶺頼人に、大したことができるはずもないのだか――――
「へぶっ!?」
「おー、ようやっとこっち向いたねー。うんうん、やっぱり可愛い顔してるねえ。あと何年かしたらモテモテ間違いなしだよ?」
顔を掴まれたと思ったら、先の女性が、顔を思いっきり近づけてきた。
彼女のかけたメガネが、鼻にあたって痛い。
「うりうりー。沈黙は金なんて言うけど、そんなの社会じゃつ―よーしないんだぞー?ほらほら、しゃべろーよー」
彼女は俺の頭をわしゃわしゃと撫でながら、変なことばかり言う。
とても、医者のやることじゃない。
距離も近すぎるし、流石に嫌になってきた。
「やめ―――げほっ、ぐほっ……!」
文句を言おうとして、むせ返る。
長らく声を発していなかったせいか、喉は正常に機能しておらず、ひりついた痛みだけが走った。
「よーしよし、久しぶりに喋ろうとしても上手くいかないのよね。身体機能は少し使ってないと、すぐ錆びついちゃうんだから。ほら、お水飲んだら、少し楽になるわよー」
女医が自分の背中を撫でながら、ペットボトルを差し出してくる。
素早く受け取り、水を喉に流し込んだ。
喉はまだじんじんとするが、多少、気分はましになった。
「………それ、で……なんなん……ですか。あなた、は………」
再び口を開くと、随分しゃがれた声にはなったが、発声自体はできた。
「うんうん、やっぱり、君話せるじゃない。私の眼に狂いはなかったのだ!」
「いや、だから……こんなの……」
「本業のカウンセラーからは程遠い?」
「……ええ」
息も絶え絶えに口にする。
頭が痛くてたまらない。
「そりゃ、私だって、ちゃんとした患者にはちゃんとするわよぉ?けど、君は正常。失声症じゃないもの」
「……失声症?」
「そうだよー。心の問題で、話せなくなる病気のこと」
「……あなたは、それのカウンセラーだったと」
なるほど。
確かに、医者との会話は殆どなかった。
そう思われるのも無理はないだろう。
「そゆこと。君は本州から来たっぽいし、相当なストレスを受けていたんじゃないかって。けど、生憎それは見当違い。失声症は、話したくても話せなくなる病気だけど、君のは只のだんまり。話せないんじゃなくて、話さないだけ。なら、話すように追い込んじまいましょー!ってわけ」
何という滅茶苦茶。
こんなやり方じゃ、苦情が出るに違いないだろうに。
ある意味成功している分、余計にたちが悪い。
はぁ……。
正直、今のやり取りだけで随分疲れた。
話したい気分でもないし、この人のこともどうでもいい。
けれど、口を開いてしまった以上、無視するわけにもいかない。
「………なんで、分かったんですか?」
興味はないが、聞いてみる。
会話と言うモノは、質問と相槌だけでも成立するのだ。
「んー、上手く言えないけど、経験かな?見ただけでビビってくるんだよね。なんというか、こう、波長がさ」
聞いた自分が馬鹿だったらしい。
電波系の医者なんてやっぱりおかしいとしかいえない。
「………すみません。疲れてきたので、帰ってもらっていいですか?」
「あーそうだよねー。了解了解、疲れさせるのは悪いしもう帰ろうかなー」
意外なことに、この人はあっさりと承諾―――
「ただ、その前に、お名前聞いておこうかな?って、人に名前聞くときには自分から名乗らなきゃだよねー。私は、三条葵。三つの条分に花の葵で、三条葵。見てのとおり、立派な先生なのだー!」
したとおもったら、一気にまくしたてられた。
見ての通りの意味が分からない。
「それで、君の名前は?」
「…………赤嶺……頼人です」
「ヨリト君か。漢字はどーかくの?名字は沖縄でよく見るあれだっての、分かるけどさ」
「……頼るに人で、頼人です」
「頼り頼られる人、か。うん、いい名前だ」
「……どうも」
「んじゃ、また明日来るね頼人君。お腹出して寝ちゃダメだよ?」
「……は?まだ来るつもりなんですか?」
「一週間は来るつもりだよ?最近はどこもブラックで、これも日給制だからねー。お姉さんのおまんまの為にも、一つ、よろしくー!あっ、失声症の振りは続けてね?じゃないと、私、クビにされちゃうから!じゃっ、そういうことでー!」
三条とか言う人はそうして病室を飛び出していった。
クビにされるから失声症の振りは続けろとは、なんて人だ。
まぁ、でも、確かに失声症の振りをしている方が楽かもしれない。
医者に一々、会話を求められることもない。
と、そこで視界が揺れた。
少し話しただけで随分と疲れたらしい。
眠ろう。
眠っていれば、この現実を少しだけ、忘れられるはずだから。
「でさでさ、その患者さん酷いのよー。せっかく回復させてあげたのに、金返せーだなんていうのよ?超酷くない?」
今日もまた、三条という人は、病室を訪れていた。
もうこれで六日目だ。
なのに、話す内容は下らない事ばかり。
流石に辟易してくる。
「三条さん。自分は仮にも患者ですよ。愚痴を垂れ流すなら余所でやって下さい。そんなんだから金返せなんて言われるんじゃないんですか?」
「酷い酷い!私は至って真面目なのです。なのに、頼人君が全然喋ってくれないんだから。話題が尽きて、愚痴しか残らないのも分かるでしょー?」
「なら、話題のレパートリーを増やして下さいよ。愚痴ばっかり聞かされるこっちの身にもなって下さい」
「はぁー。わがままだなー頼人君。それじゃ一つ、真面目な話でもしよっか」
「そんな前置きしたら、真面目にはなりにくいんじゃないですか?」
「まぁまぁ。……それでさ、君はこの一年、どうやって過ごしてたんだい?」
「――――」
核心に触れる言葉。
思わず、口ごもってしまう。
「君は瀬戸大橋の上で発見された。今は通行禁止になっているところでね。それで、君は本州から来たんじゃないかって、言われているわけだ」
瀬戸大橋の上で……。
俺が坂出の病院にいたのは、それが理由か。
「それで不思議になったのが、君の精神状態」
「精神状態……?」
「そうそう、精神状態。他の医者は、君が本州で余程つらい目に遭い、失声症になったと考えている。けど、君の状態からするに、その推定は成り立たないんだよ」
「……どういう意味ですか?」
「君が置かれていた状況を何パターンか推察したんだけどね。それらの状況が引き起こす結果と、今の君の状態が合致しないんだよ。言ってしまえば、因果が成立しない。例えば、君が生きるために四国に避難してきたとしよう。すると、頼人君には生きる意志があるわけだ。そのために逃げてきたんだから。だけど、今の君には生きようとする意志が殆どない。ほら、矛盾してるでしょ?」
「……ただ、死にたくなかっただけじゃ?生きたいのと死にたくないのは違うでしょう?」
「勿論、そっちも考えた。けど、そうなら、君は何もだんまりする必要はない。そのだんまりの原因が人間不信によるものかもと考えもしたけど、君は余り私に嫌悪感を持たなかった。初対面で抱き着かれても、正常な反応しか返さなかった」
「………意味が分かりませんね」
「要するにさ、君は矛盾しているんだよ。強烈なストレスを受けたはずなのに、今のところ、特定の存在への嫌悪感や罪悪感といった負の感情をまるで示していない。ストレスの原因が不透明なんだ。空も平気だしね」
「………こういうのはどうでしょう?本州で家族も何もかも失って、全てが嫌になったとか」
「最初はそうかもって思ったけどね、話していてその線はなくなったんだよねー」
「理由は?」
「君は酷く常識的だからね。嫌なことをされれば反応もするが、一線を守り続けている。すべてが嫌になってるような人間には、他人を相手できる余裕なんてないんだよねー」
「そうとは限らないんじゃないですか?誰だって気まぐれの一つぐらい……」
「君の言うとおり。けどね、そういう人種はそもそもだんまりなんてしないんだよねー。気分次第でホイホイ人と話す人間が、だんまりなどするはずがないから」
「………じゃあ、俺は一体何なんですか?」
「そうだねー。君には執着と言うモノがないんだろうねー。煩悩とも言い換えられるけど、欲がない。阿羅漢のそれに近いんだろうねー。けど、元来、そういう存在にはなろうと思ってもなれない。だから知りたいんだよ。君がどうしてそうなったのかを、ね」
「……自分にだって、欲くらいありますよ。人間なんですから」
嘘ではなく、かといって本当でもない。
されど、これ以外に言いようもないのも事実。
「そっかそっか。それじゃあ、やっぱり私は君は救えないねー」
「……なんだ。自分を救おうって思ってたんですか?」
「言語聴覚士って名乗ってるけど、私の仕事の本質は患者の心を救うことだからねー。とーぜん」
「なのに、さじを投げるんですか」
「ああ、だって君、この会話のことも、本当はどうでもいいんでしょ?」
「―――――」
この言葉は予想していなかった。
言葉に詰まる。
「欲がないってことは、ありとあらゆるものへの関心がないのと同じ。関心がないから、他人の言葉は届かない」
「……今日までの会話で、そう思ったんですか?」
「うん。結局君は、自分自身のことはまるで話さなかったからね。一定のパターンをなぞるだけ。これって人間との会話って言うよりもAIとの会話に近いよねー」
「……で、あなたは自分をどうしたいんですか?」
「どうしたいって訳じゃないんだよねー。正直、私の仕事は初日に終わってるし。ただ、一つだけ伝えておきたくてねー」
「……なんです?」
「今の君は、生きてるふりをしてるだけの屍。だからこそ、自分の生きる意味を探さなきゃいけない。じゃないと、いずれ本物の屍になっちゃうから。幸い、君は必要とされてるらしいから、その責務の中でそれを探すんだね」
「責務……?」
「明日、ここに胡散臭い連中が来るから、説明はそっちから聞いてねー。それじゃ、私はさよならだ」
そうして、彼女は不意に立ち上がった。
「三条さん……?」
「言ったでしょー?私の仕事はもう終わってるって。興味があって今日まで来てたけど、もうタイムリミットだから。縁があれば、また会おうねー。次に会う時は、もう少し人間らしくなってるんだよー?」
そう言って、彼女は病室を出ていった。
余りにも急なことに、俺はただその背中を見送ることしかできなかった。
もう少し、ちゃんと話すべきだったのかもしれない。
けれど、終ぞ、そんなことはできなかった。
今のこの状況に現実感と言うモノがなかったから。
目覚めてからずっと続いているこの感覚。
三条さんの言葉で、この感覚のことを思い出した。
ああ、そうだ……銀に会うまで、こうだったんだ。
今になってようやく気付いた。
今の俺は、銀に会う前の赤嶺頼人なのか……。
次の日、三条氏の言った通り、胡散臭い来客があった。
病室を訪ねてやってきたのは、複数の神官らしき者達と、長髪の巫女。
なるほど、この時代には神官はまだ仮面はつけていなかったのだな、と何となしに思う。
彼らが来た理由などには、大した興味は持てなかった。
やがて、巫女が口を開いた。
「初めまして。上里ひなたと申します」
驚きはなかった。
ああ、そうか。
この人が乃木若葉の巫女か、という奇妙な納得だけがあった。
やがて、彼女は本州から避難してきたばかりだろうからと、この国の状況について語り始めた。
その理由は分からなかったが、口をはさむ気にもなれないので、黙って話を聞いてみた。
と言っても、彼女は自分の知っていること以上のことは話さなかった。
いや、自分の知る情報よりも数段、情報の質は低かった。
天から現れたバーテックスが、日本全土を攻撃し始めたこと。
諏訪と四国には結界があり、今分かっている中ではその二つだけが安全地帯であること。
勇者と巫女の存在。
バーテックス対策の為に、大社なる組織が存在すること。
そういったあれこれについて語れはしたが、バーテックスが何なのかは分からず、人類がなぜ攻撃されているのかも分からないという。
答えを知っているせいなのか、酷く滑稽に思える。
一部の者は確実に気付いているはずなのに、それを明かさないなんて、全くお笑いだ。
正体が分からない?
よく言う。
バーテックスは天から現れ、神樹の大部分は地祇。
神職なら、この二つの要素だけでも、その正体を推察できないはずもないだろうに。
「……それで、どうしてそんなことを?あなたと違って、自分はただの子供ですよ?」
気がつけば、口を開いていた。
正直、言葉を返すことすら煩わしかった。
ただ、赤嶺頼人ならそうするだろうなと思ったから、そうしただけ。
こう考えるだろうという思考が走り、そういう風に口が動く。
俺自身は、何もかもがどうでも良かった。
この感覚を自覚したのは、きっと、彼女のせいなのだろうけど。
「その説明の前に、あなたに見て頂きたいものがあります」
「見せたいもの……?」
「ええ、申し訳ありませんが、大社の本部までご足労願います」
久しぶりに吸った外の空気は、酷く味気なかった。
外に出ることも随分久しぶりだ。
いやはや、全くおかしな話だ。
初めての外出が、そのまま退院となるとは。
もとより、俺は病人ではなかったため、いつ退院しても問題なかったが、まさかこんな形で出ることになるとは思わなかった。
車に乗せられ向かった場所は、以前に行ったことのある場所ではあった。
建造物などに、多少の違いがあっただけ。
神世紀がこの時代と地続きになっていることを思い知らされる。
そうして、大社に到着すると服装も、白衣に紋付の白い袴という、形式を整えたものに着替えさせられた。
つくづく、神道は、いや、この国は形式と言うモノに拘りすぎる。
終末戦争が始まったこの時代でも、そういうところは変わらないらしい。
やがて、薄暗い社殿へと案内された。
社殿には、多くの神官や巫女が集まっており、黙って俺を見ている。
まるで、見世物小屋の猿になったよう。
上里さんから、奥に進むように言われ、一歩、足を踏みだす。
そうして、一人で歩んでいく。
ゆっくりと。
一歩ずつ。
社殿の奥まで進んでいく。
やがて、祭壇が見えた。
その上には―――――
「え―――」
一振りの、大きな、とても大きな見覚えのある斧が安置されていた。
そんなはずはない。
こんな武器が、この時代に存在するはずがない。
予防線を張るように、頭がその可能性を否定する。
けれど、もしかしたらという想いが拭えずに、恐る恐る斧を握った。
瞬間――――体が燃えるように熱くなった。
同時に、理解した。
――――ああ、これは、この斧は
「あ……あぁ……」
こらえきれずに、涙があふれ出る。
斧を抱きしめて、ただ嗚咽する。
なんて、ことだろう。
夢は呑まれ、生きる意味は溶け、日常は彼方へと消えた。
俺は、俺自身の生すらも諦めた。
甘すぎる言い訳をして、自らを絶望の淵へと追いやった。
けれど、こいつは、こいつだけは、俺を見捨てなかった。
銀の想いは、力は、まだ俺を守ろうとしてくれている―――
本当に、ひどい。
せっかく、無力感に浸っていたのに。
自分の殻に閉じこもっていたのに。
これじゃあ、諦めることも、絶望することもできないじゃないか――――
「あの、大丈夫ですか……?」
気がつけば、上里さんが心配して声を掛けてくれていた。
「……ええ、もう、大丈夫です」
涙を拭い、立ち上がる。
斧は、軽々と持ち上がった。
神官達のざわめきが耳に届く。
なるほど、俺は試されていたわけか。
今日までの違和感にも、合点がいった。
何故、得体の知れない子供に、わざわざ個室が用意されていたのかも。
カウンセラーをわざわざ用意した理由も。
これまで、大社の面々が俺のところに来なかった理由も。
全て、今日の為だったのだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「あなた方は、自分を戦わせたいんですよね。勇者として」
彼らに問いかける。
返事すら不要。
ただの確認作業に過ぎない。
この斧を手にした時点で、俺のすべきことは決まっている。
「引き受けますよ。条件付きですけど」
どうせ赤嶺頼人に、それ以外の存在意義はないのだから―――――