樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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大満開で情緒がぶっ壊されたので初投稿です。
まさかのわゆまでアニメ化されるとは……。

のわゆ編の設定についてですが、アニメ版の設定に準拠した場合、かくみの内容が大きく変わるなど、問題が多々ありますので原則として書籍版の設定を主軸に致します。
その上で、アニメ版の設定を矛盾がないよう取り入れていく形になるかと思いますので、よろしくお願い致します。

なお、くめゆ編に関しましても、主要な設定は原作に準拠しつつ、結界外探査の設定などは、アニメ版のモノを取り入れる予定です。


小器大用

ふと、気がついた。

目の前には、茜色に染まる道。

いつもの、帰り道。

 

「頼人、今日はどうするんだ?」

 

「え……?」

 

ふと隣を見ると、制服を着た銀が歩いていた。

いつもの神樹館の制服。

銀にとてもよく似合っている。

 

「え、じゃないだろ?今日は泊まるって言って、わざわざ朝に着替え一式置いてったじゃん」

 

「あ、ああ……そうだったな」

 

そう返事はしたものの、頭はぼーっとしていて、うまく思い出せはしなかった。

 

「それで、何作るんだ?そろそろ教えてくれてもいいだろ?」

 

「作るって……何を?」

 

「おいおい忘れたのかー?今日、お父さんとお母さんが遅くなるって話聞いて、夕ご飯を作るって言ったのは頼人じゃんか。材料だって、朝持って来てたし」

 

「それは……後でのお楽しみだな」

 

「いやいや、どうせ一緒に作るんだから、今更隠しても意味ないだろ……」

 

そう言って、笑う銀のその姿が、可愛くて、嬉しくなる。

けれど、同時にチクリと胸が痛んだ。

何故だろう。

銀も俺も、いつも通りのはずなのに。

今は愛おしくて、抱きしめたくて仕方がない。

でも、急に抱き着いたら、きっと変な誤解をさせてしまう。

もしかしたら、心配させてしまうかもしれない。

だから……代わりに、その小さな手をそっと握った。

 

「ど、どうしたんだ?急に……」

 

「繋ぎたくなったから。駄目?」

 

「だ、ダメじゃないけどさ……うー……」

 

銀が赤くなって、唸っている。

その横顔を見ながら、きゅっと、銀の手を握る。

柔らかくて、温かくて、優しい手。

ああ……本当に、俺はこいつのことが……。

 

「銀」

 

「何だ、頼人?」

 

「好きだよ」

 

「……知ってる」

 

そうして銀は、俺の手を優しく握り返してくれた。

銀の体温も、心臓の音すらも伝わってくる。

温かくて、優しい時間。

本当に……この時間が、ずっと続いてくれれば良いのに―――

 

ああ……。

なんて、甘くて。

なんて、心地よくて。

なんて、残酷な夢だろう―――

 

 

 

 

そうして―――目が覚めた。

 

「……あ」

 

ぼやけた視界が、天井らしきものを捉える。

繋いでいたはずの手が空を切る。

傍らには誰もいない。

たった一人の寒く、狭苦しい部屋。

不思議だ。

視界が、あんまりにもぼやけている。

気になって目をこすると、指先が濡れた。

……そうか。

なんてことはない。

寝ている間に、泣いていたらしい。

頬にまで、涙が伝っている。

寝ている間は、感情を抑制できないということか……。

自嘲するかのように、口元が歪む。

本当に、なんて女々しいのだろう。

出来ないと分かっているはずなのに、帰りたい、なんて思ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

脚が徐々に重くなり、呼吸が荒くなっていく。

肺に僅かな痛みが走る。

心臓が早鐘を打つ。

走る。

走る。

もっと前へ。

もっと速く。

公園の雑木林を抜けると、視界がまばゆい光に潰された。

日の出だ。

壁から上る日に背を向け、また来た道を戻る。

一の門から出発し、丸亀駅を越え、蓬莱海浜公園に向かい、そこから丸亀城に戻る。

このコースを三周。

ここに来てからは、毎朝、日の出前にこうして走り始める。

走り始めた頃から既に一月近く経ち、早朝は涼しさを感じてくるようになった。

そうして、気がつけば丸亀城まで戻ってきている。

ラストスパート。

一の門に戻り、そこから一気に本丸まで駆け上がる。

この上り坂は、程よい負荷を体にかけてくれる。

余分な思考も、感情も、消し去ってくれる。

 

その後はまず、居合を抜く。

体捌きの稽古には、やはり、居合が最も良い。

ある達人は、居合は最も優れた一人稽古だと語っていたが、斧を振るうようになってからは、その意味が今までよりもずっと分かった。

結局、どんな武器で戦うにしても、それらの技法は、体捌きそのものが中心となる。

言ってしまえば、柔術にしても、剣術にしても、その本質は同じもの。

知っていたはずなのに、斧の巨大さゆえに、そのことをすっかり忘れていた。

気付けたのは、身体が覚えていてくれたからだ。

斧を振っていると、自然に剣術のそれに近い動作をとっている。

無論、多少の工夫は必要であったが、分かってしまえばなんてことはない。

昔の人は、現代人よりも遥かに身体の使い方が上手かったのだと、あらためて思い知らされた。

とはいえ、その武術と勇者の力が嚙み合わない時もある。

いわゆる、瞬歩だとか、無足だとか言われる足捌きでは、膝を抜くという技術が前提にあるわけだが、これらの足捌きでは足に力を籠めない。

言い換えると、動くときに、地面を蹴らないのだ。

では、どうやって移動するかというと、体重を進行方向に傾ける、いわゆる重心移動により動く。

これにより、地面を蹴るという過程がなくなり、初動が極めて速くなる。

しかし、勇者の戦闘になると、事情が変わる。

勇者はその身体能力の高さから、地面を強く蹴って、その反動で移動する。

俺が三体のバーテックスと戦った時もそうだが、勇者の持つ力なら、この方法が最も効率よく彼我の距離を詰められる。

しかし、この移動方法では、初動が少し遅くなる。

この辺りのバランスをどうとるかが、今後の課題といえるだろう。

と、そこで、背後に気配を覚え振り返ると、生太刀を持った若葉が立っていた。

 

「早いな、頼人。いつもこんな時間から鍛練しているのか?感心だな」

 

「早起きは三文の徳ともいうから。そういう若葉こそ、今日はやけに早いな」

 

互いに名前で呼び合う。

理由といっても大したことでない。

乃木という姓で呼び続けるのが、少し嫌になったため、互いに名前で呼び合わないかと若葉に提案し、それが認められただけのことだ。

それならと、上里さんまで名前呼びしてほしいと言ってくるとは、思わなかったが。

まぁ、下の名前で呼び合うほうが、相手と素早く親密になれるのだから、断る手はないのだが、若葉に近付く俺にちょっとした警戒心があるのかもしれない。

まぁ、どうでもいいことだが。

 

「今日はひなたが大社に行く日だからな。見送るために早起きしたんだ。お前もひなたについていくんだろう?」

 

「そうだけど、見送るにしては早くないか?まだ出発まで時間があるし」

 

「少し早起きしすぎたんだ。二度寝するのも不健康だから、稽古でもしようとな」

 

なるほど。

健康的で結構なことだ。

 

「それで、だ。頼人、よかったら、出発する前にまた立ち会ってくれないか」

 

「またそれか。飽きないな、若葉も」

 

「流石に、負けっぱなしは嫌だからな。今日こそは、勝たせてもらう……!」

 

若葉はやる気満々だ。

仕方ない。

付き合うほかなさそうだ。

 

「あんまり時間がないから、一本だけだぞ?」

 

そう言うと、若葉はああ、と返事をし、半身になり、立居合の構えをとった。

 

「ここでするのか……」

 

「常在戦場だからな。当然だ」

 

「考え方が武士のそれだな……」

 

まあいい。

互いに得物は、日本刀。

こっちのは刃引きした練習刀だが、向こうは真剣。

中々にスリルがある。

それにしても、居合で来るとは。

完全に、後の先を狙っている。

本気で勝ちに来たという訳か。

 

少しだけ大変だな。

というのも、居合という技術において、何が一番怖いかと言うと、気配がないことだ。

無論、速さだけでも十分脅威なのだが、攻撃の気配が存在しないことの方がさらに危険だ。

そもそも、居合においては、相手が刀を先に抜いている状態から、後出しで勝利をもぎ取る技術だ。

そして、人間の身体は危険に対して酷く敏感だ。

武術の経験がない人でも、大きな音が鳴れば身体がびくりと反応するし、身体に虫が這う感触がすれば、反射的に払う動作をする。

こういった動作は大抵無意識で行うものであり、そのため、非常に俊敏だ。

そして、武術の心得がある者はさらに気配に敏感で、動きも普通の人とは比較にならないほど素早い。

ともすれば、先に構えている武術家に対して、普通に抜いても反撃はまず間に合わない。

先に斬られるは必定。

だが、全身が一つの術として機能し、気配のない、迫力のない、静かな動きが実現すると、相手はその抜刀に反応できない。

眼で抜刀自体は認識できるが、身体が危険を察知できずに、動く前に斬られる。

こんな技を編み出せる辺り、つくづく武士のバケモノ具合がよく分かる。

とまれ、この態勢をとられれば、こちらとしても対応は限られる。

少しだけ思案し、対応を決めた。

相手が居合なら、こっちも居合で行こう。

若葉と同じ構えをとる。

 

「ほう。お前も居合で来るのか」

 

「これならもし負けても言い訳が立つからな」

 

「ふっ。そんな事を言って、お前は負ける可能性なんてまるで考えていないだろう」

 

「ばれたか」

 

会話を交わしつつ、じりじりとにじり寄る。

やがて静止し、にらみ合う。

どこかの達人が語っていたことだが、武術の世界では、先んずれば負ける。

不思議なことだが、この法則がまかり通る。

つまり、これは我慢比べだ。

我慢できずに先に抜いたほうが負ける。

若葉は強い。

そう簡単に手は出さないだろう。

しかし、付け入る隙はある。

今の若葉は未熟。

居合を成立させることはできても、完全に扱いきれている訳ではない。

故に――――

 

「なっ………!!」

 

気当て(フェイント)をかければ、後の先は容易に取れる。

 

 

 

 

「また、負けたか……」

 

眼前で制止する刃に、若葉が肩を落として呟く。

交錯は一瞬。

フェイントをかけ、若葉の居合を誘い、その抜刀にこちらの居合を重ねた。

抜くタイミングをこちらでコントロールできれば、若葉の抜刀に合わせるのはわりかし簡単。

若葉の刀を流してしてしまえば、その隙に一本取るのは容易だ。

 

「そう気にすることじゃない。若葉の居合が真っ直ぐだったから、こっちの剣が間に合ったんだ。若葉の技量が高い証拠だ」

 

納刀しつつ、若葉を慰めるように言う。

 

「しかし、こうも負け続きでは……。居合で負けるとなると、中々に悔しいな……」

 

そう言うと若葉はまた、ため息を吐いた。

本当は、落ち込むことでもないのだけどな………。

実際のところ、確かに俺の方が若葉よりかは多少、腕はある。

だがそれは、前世の経験と、赤嶺家での鍛錬によるものが大きい。

言ってしまえば、若葉よりも俺の方がスタートラインが随分前にあり、鍛錬する環境もこちらの方が整っていただけのこと。

さすがにこの時代では、幼少期から居合を稽古していても、実戦を想定した稽古があるはずもない。

こういった環境や経験の差がある以上、力量差が出るのは当たり前だ。

だが、若葉にこれまで勝ち続けてこられたのは、単純な力量差によるものだけではない。

彼女と立ち会って気付いたことだが、おそらく、赤嶺家の居合術、剣術の源流は『乃木若葉』さんだ。

先祖のスタイルからして、弥勒家経由で伝わった気はするが、なんにせよ彼女の剣の完成形を赤嶺家は受け継いだのだろう。

結果、俺もまたその居合術、剣術の双方を受け継ぎ、結果として今の若葉の手の内を、若葉以上にこちらは把握することになった。

故に、完成形を身体で知っている分、彼女の動きの甘い部分は鮮明に見え、立ち会う際も、こちらが有利になる。

正直、酷いハンデだとしか言いようがない。

もっとも、彼女が俺に勝てない最大の理由は他にあるのだが……。

ともあれ、若葉の才能はここ最近の立ち合いでよく理解できた。

 

「そんなに気にするな。この調子で鍛えていけば、若葉はこの先、もっと強くなれるよ。実際、立ち会うごとに強くなってるし」

 

これは間違いのないことだ。

立ち会うごとに若葉は、それまでの動きの甘さに気付き、次に立ち会う時には修正している。

こっちの技術を吸い取るかのように成長してくる。

おそらく、流派が同じな分、色々と良い見本になっているのだろう。

この調子なら鍛練を続け、実戦経験を積めば、あっという間に若葉は俺を越えるかもしれない。

まったく、才能というものは恐ろしい。

 

「そうだろうか……。一つ動きが良くなったと思っても、涼しい顔で凌いでくるじゃないか……。こんな調子では、私は……!」

 

若葉はそう言って、悔しそうに歯噛みした。

思ったより、自信を失っているな……。

 

「まったく……」

 

仕方のない子だ。

 

「なっ、なんだ……!?」

 

わしゃわしゃと頭を撫でると、若葉は素っ頓狂な声をあげた。

 

「それだけ悔しがれるなら、若葉はもっと強くなれるよ。俺よりずっと、な」

 

本当に、こんな子が世界を守るために戦わないといけないなんて、何かが狂っている。

園子みたいな子が………。

……園子みたい?

 

「あ、頭を撫でるな……!」

 

「ああ、悪い……」

 

若葉の言葉で我に返り、手を離す。

気がつけば、若葉の頭を撫でていた。

何故だろう?

いや……理由は分かりきっている。

 

「頼人、どうかしたか?」

 

「いや……何でもない。そろそろ行くよ。着替えないといけないし」

 

「あ、ああ……」

 

困惑した様子の若葉を置いて、俺は本丸を立ち去った。

本当ならこの後、斧を用いた稽古をするつもりだったが、続ける気にはなれなかった。

道すがら考える。

やはり、若葉とは距離を置くべきかもしれない。

じゃないと……取り返しのつかないことになりかねない。

 

 

 

 

「あの、頼人さん。何かありましたか?」

 

大社へ向かう車内で、ふとひなたから尋ねられた。

 

「ん?特に何もないけど、どうかした?」

 

「いえ、何か考え事をしてるように見えたので……」

 

つくづく、この子は周りの人間をよく見ている。

若葉がいる前でも、こういう風に周りに声を掛けられるのなら、もう少し皆も纏まるのかもしれないが、巫女という立場上、ある種の遠慮があるのかもしれない。

ともあれ、ちょうどいい。

揺さ振るには、いい機会だ。

 

「ああ……。ちょっとね、若葉のことを考えてた」

 

「若葉ちゃんのことですか?頼人さん、まさか若葉ちゃんに……!?」

 

ひなたが冗談めかした様子で驚く。

 

「そんなんじゃないよ。ただ、立ち会ってて思ったんだけど、若葉は随分強さに……いや、復讐に執着してる感じがしたからさ。ちょっと危ないなって。ひなただって、気付いてるんでしょ?」

 

「それは……」

 

ひなたが口ごもる。

やっぱり気付いていたらしい。

立ち会っていると、若葉の剣に殺気や怒りがにじみ出る時がある。

怒りは闘争の原動力ともなるが、同時に必ず隙を生む。

彼女の行動原理は、復讐。

故に、剣に怒りが切り離せない。

これが、若葉が俺に勝てない最大の理由だ。

怒りが技術を殺している。

事実「記録」でも、彼女は一度暴走している。

 

「まあ、結局これは若葉の内面の問題だから、今すぐどうって話じゃないけど」

 

正直なところ、この件は、「赤嶺頼人」にとっては優先順位の低い話だ。

彼女達の問題に、個人的な関心を持つつもりもない。

ある程度、精神的な余裕を持たせるように立ち回るつもりではあるが、干渉は最低限度に留めることが望ましい。

 

「そう、ですね……。若葉ちゃんの問題は、若葉ちゃん自身で答えを出さないといけないでしょうし………」

 

「そうだね。だけど、若葉一人で答えを出せるかどうかが問題だ」

 

「大丈夫ですよ。若葉ちゃんなら、きっと自分で乗り越えられるはずですから」

 

そう言って、ひなたは俺を安心させるかのように、微笑んだ。

ひなたは本当に、若葉のことを信じているのだろう。

心の底から。

だが……。

 

「かもね。けど、若葉はリーダーだ。大社の決めたことでも。だから、戦いが始まった時、若葉が復讐心に呑まれれば周りも危険に晒すことになる。……どうする?もし……若葉の行動が原因で、誰かが傷つけば。……誰かが死んだら」

 

その言葉に、ひなたは息を呑んだ。

可能性は考えていても、口に出されるとは思っていなかったのだろう。

人間というものは往々にして、最悪の事態というものを考えはしても、口にはできないものだ。

だからこそ、言われてしまったら中々に衝撃を受けてしまう、

自分でも考えていたことなら、なおさら。

 

「そうなってしまえば、取り返しがつかない。そういう最悪の事態を、俺達はよく考えとかないといけない。今の内にどうするかも含めて。若葉の復讐心は、若葉自身すら殺しかねないんだから」

 

「………」

 

そう言うと、ひなたは俯いてしまった。

揺さ振りをかけるのは、これくらいにしておこう。

必要とはいえ、流石にいい気分はしない。

 

「ごめん。ちょっと脅かしすぎたね。大丈夫。若葉が答えを見つけるまでは、若葉は俺が守るから」

 

「頼人さん……」

 

「ただちょっと、ひなたには、自分達が何をするべきかをよく考えておいて欲しかったんだ」

 

安心させるように笑う。

これは、遅効性の毒だ。

一度生まれた不安は、徐々に胸の内で育っていく。

徐々に点滴することで、いずれは大社を食らう毒にもなるだろう。

度し難いやり方だが、いずれ、俺の保険にもなりうる。

まったく……これでは若葉に斬られても文句は言えないな……。

 

 

 

 

 

 

「やはり、諏訪に頑張ってもらうほかないでしょう。現時点では、我々に対抗策はない以上、現状維持しかないかと」

 

「しかし、四国政府からは再三、反抗計画の進捗はどうかと尋ねられています。無視するわけには……」

 

「その前に、天恐については如何しますか?また医師会から有効な治療法はないかとの要請が」

 

「別に感染しないんですから、放っておいてよろしいでしょう。それよりも、今は勇者システムを――――」

 

これは、思ったよりもひどいな………。

神官達が会議を進める様を見ながら、苦労してため息をつきたいという衝動をこらえる。

 

今日大社に来たのは、この会議にオブザーバーとして参加するためだ。

会議への参加権も勇者になる際の条件の一つだったのだが、少し後悔しそうだ。

今後の方針というあやふやな議題について話し始めて、早一時間。

堂々巡りの話し合いを続けて、何の結論にも達しない。

聞こえてくるのは、現状の確認や、いたずらに積極的行動を求める声ばかり。

会議は踊る、されど進まず。

こういうことは、どこの世界にもある。

企業でも、政府でも、どこでも。

合衆国のとある人物が語っていたことだが、たいてい、重要な事柄はタブーでフォーマルな会議では明らかにしづらく、公的な会議に出席するときも、本当に貴重な情報は会議中には得られず、そういった情報は、休憩時間に廊下で交わされる会話の最中で学び取るという。

その筋の専門家や政治家たちの会議ですらこれなのだから、戦争という専門外の分野に取り組む神官達が上手く出来るはずもない。

おまけに……既に派閥力学が、この組織にも働いている。

 

長曾我部、大津、釈迦堂。

神官の中ではこの三人が指導者的な立場にあり、派閥も大きくこの三つに分かれているようだ。

だが、彼らのうち誰が議長だとは決まっていない。

それが問題だ。

しばらく見ていれば気付くことだが、特定の人物にだけ反応し、その意見に絶対的に反対する者や、周囲の様子を伺いながら、多数派に回ろうとする者がいる。

つまり、そういうことなのだろう。

それでも会議が実のあるものならば良いのだが、肝心の話し合う内容に中身がない分、派閥の力関係や発言力の競い合いの方が重視されているようにしか見えない。

悪い言い方をすれば、政治ごっこに終始しているようにすら見える。

まさか、ここまで酷いとは………。

頭を抱えたくなる。

この時代の大社は多少マシだと思っていた分、落胆も大きい。

というのも、この大社は大赦と違い、戦時下での運営を前提としている分、意思決定や問題への対応が比較的柔軟かつ迅速であると考えていたのだ。

しかし、実態としては、組織体制は平時のそれで、動員されている者は皆神職。

ついでに、彼らは現時点での状況や研究を独占する権利を得ていると考えており、実際にそう振舞っている。

バーテックス対策を四国政府から委託……というよりも丸投げされているようなものだ。

さらに、指導者層にあるはずの三人は、リーダーシップを発揮できているとは到底感じられず、戦略も欠如している。

 

どこかの本であった話だが、日本ではいわゆる和を重視する分、強力なリーダーが発生しにくいという。

所謂、出る杭は叩けの思想。

実際、太平洋戦争の際の日本は、この悪しき風習がまかり通っており、さらに各々の偉い方が自分の面子を重視して、外交的、軍事的な失敗を繰り返していた。

帝国海軍と帝国陸軍の仲の悪さや、日独伊三国軍事同盟締結時の国内のごたごたなどは有名であろう。

仕方がないとはいえ、この体制は余りにもそれらの失敗を踏襲している。

歴史は同じようには繰り返さないが韻を踏む。

トウェインの言葉通りかもしれない。

もっとも、この時代に生まれた人間は須らく平和に慣れ切っている上に、争いを避ける能力や争いを覆い隠す能力が重視されてきた。

そのために、戦争向きなリーダーは生まれにくい面があるのかもしれない。

 

バイアスがかかっているのかもしれないが、考えれば考えるほど、粗しか出てこない。

思えば、神職にも階級というものがあった。

その階級を、大社に持ち込んだこと自体が間違いだったのだろう。

結果、連中は、自分が何者であるかも理解できていない。

神職であるのに、政治家のように振舞う者。

神職だったのに、戦争とは……などと偉そうに講釈を立てる者。

彼らは、神社というある種、俗世間から隔離されてきた者たちだ。

無論、例外もあるが、それでも彼らは政治、経済や法律などの専門家では決してなく、戦争についても指揮ができるほどの知識もない。

これで、彼らが若い世代の人間であれば伸びしろがある分まだよかったのだが、残念ながら老人。

ボーヴォワールによると、老人に欠如しているのは力と健康であり、また新しい事物に適応する能力、さらには発明する能力であるという。

そして、孫子曰く、彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず危うし。

この面々の指揮下に入るのは、あまりに危険だ。

だが、大社には権威があり、他の組織の人間がこの問題に対応できない以上、この国の人間は皆、大社の決定を待つ以外にない。

その決定が、どれほど愚かであろうとも、この国の人間は従うだろう。

神職のみで構成された、大社の決定に。

まぁ、つまり………この状況は悪夢以外の何物でもない。

 

もっとも、俺のこの見解は、どうしようもなく結果論に基づいている為、悪し様に言うのはフェアじゃないだろう。

この時代の人間からすれば、大社に丸投げするのは、むしろファインプレーにすら見えるかもしれない。

それほどまでに、人々にとってバーテックスとは未知の存在なのだ。

少しでも知識のある人間に行ってもらいたいと思うのは道理といえよう。

とはいえ、こんな体制で、よく世界が滅びなかったものだ、と思うのもまた事実。

せめて神職のみの閉鎖的な組織でなく、あらゆる分野の人間が協調できるオープンな組織であるべきだったとも思うが………。

いや、無いものねだりは止めよう………。

 

とまれ、退屈な会議だったものの、かろうじて出席した意味はあった。

勇者システム開発の進捗情報を把握できたし、大社全体の問題点もある程度把握できた。

この調子なら、俺の個人的な構想にもギリギリで間に合う。

だが、言うは易く行うは難し。

問題は、それをどう実行に移すかだが………。

 

「ともあれ、今は勇者計画が最優先です。それ以外については、後日、改めて対応を協議しましょう」

 

結局、会議はこう言う風に纏まった。

問題はすべて先送りにして、何かあった時にまた考える。

こういう組織の悪い癖だ。

やはり、対症療法では駄目かもしれない。

 

 

 

 

長い会議が終わると、来客用の部屋に案内された。

どうやら神官連中は、あまりこの建物でうろついてほしくないらしい。

まぁ、大方の理由は分かるが……。

と、大事なことを聞いていなかったことを思い出す。

 

「すみません。巫女の花本美佳さんに会わせて頂けると伺っていたのですが、いつ頃、話せますか?」

 

彼女には色々と聞きたいことがあるので、話せるようにと要望を出していたのだが、ここに来てからその話を聞いていない。

念のため、案内してくれた神官に聞いてみる。

 

「ええ、と……申し訳ありません。確認してまいりますね」

 

ちょっと困惑した様子を見せた神官は、そうして部屋を出ていった。

情報共有ができてないのか、あるいは意図的か。

いずれにしても、あまりよろしくない。

やはり、連中の敬意は表面だけのものと考えるべきだろう。

結局、確認が取れて、花本さんがここに来たのは、それから二時間後のことだった。

 

 

 

 

「花本美佳と申します。赤嶺様、お目にかかれて光栄です」

 

部屋に入ってきたのは、おさげの髪に眼鏡をかけた一人の少女。

少しだけ、硬くなっている。

彼女の立場を考えれば、当然のことだろう

 

「よろしく花本美佳さん。自分は赤嶺頼人です。そんなに硬くならないでいいよ」

 

椅子をすすめながら、いつも通り、最大限優しく、穏やかに接する。

会って間もない人間には、こういう風に接するのが一番いい。

 

「そういう訳には参りません。勇者様に敬意をもって接するのは、巫女として当然のことですから」

 

「勇者だからって、それだけで畏まらなくてもいいよ。自分も花本さんも、対して年齢は変わらないし」

 

「ですが……」

 

「本当にいいんだよ。同じ子供だし、自分と花本さんには共通点もあるから」

 

「共通点……ですか?」

 

目の前の少女が、怪訝な顔をする。

強引な話題転換だが、少しでも早く人との距離を詰めるには、共通点を作るのが一番だ。

共通点はどんなことでもいい。

それは共感を生み、警戒心を一気に溶かす。

例えば……。

 

「うん。花本さんってさ、名字や名前以外の呼ばれ方をしたことってないかな?」

 

「はい……。ミカ、とよく呼ばれていました」

 

彼女は少し曇った表情を見せ、そう言った。

この反応ならば……。

 

「自分もね、昔はライトって呼ばれてたんだ。皆、そっちの方がかっこいいからってさ。まぁ、自分の名前を気に入ってたから、そう呼ばれるのは嫌だったけどね」

 

「私もそうでした……なんというか、自分の存在がなくなるような気がして……」

 

「分かるよ。ちょっと、悲しくなるよね」

 

そう言うと、彼女はまた頷いた。

これは僥倖。

大当たりだ。

ネガティブな言い方をしたのは正解だったらしい。

この手の話題は特殊で、共感されづらい。

だからこそ、共感してもらった際の反応は強烈。

自分の気持ちを分かってくれる、という感覚には、抗いがたい魅力がある。

いくつか話題を振るつもりだったが、一発目から当たりを引けるとはついている。

 

「そういえば、花本さんのお父さんも、大社で働いてるんだよね?」

 

「ええ。それが何か……?」

 

「いやね、お父さんもここで働かれてるのだったら、花本さんのことを名前で呼ばせてもらえたらなって。でないと、お父さんの方と分かりにくくなっちゃうからさ。いいかな?」

 

「あ、赤嶺様がお望みでしたら………」

 

結果、彼女は承諾してくれた。

声色や表情からしても、戸惑ってはいるものの、特別嫌がっている様子はない。

結構。

強引かつ性急なやり方ではあるが、大社にいる彼女とは、接触しづらいのだから、距離は詰められるときに詰めとかなければならない。

ナンパ師染みた手法は好きではないが、こういう状況では効果的だ。

ともあれ、これで下準備はよし。

 

「それで美佳。今日呼んだのは、聞きたいことがあったからなんだ」

 

「聞きたいこと……。何でしょうか?」

 

「郡千景さんのこと」

 

途端、彼女の表情が変わった。

 

「郡様に何かあったんですか!?」

 

先程までとは目の色が違う。

激烈な反応だ。

なるほど。

この少女は、思った以上に郡さんにご執心らしい。

 

「安心して。特に何かがあったわけじゃないから」

 

「そう……ですか。では、何故お聞きに?」

 

「郡さんが周囲と距離を置いてること、知ってるでしょ?」

 

はい、と彼女が頷く。

 

「このまま孤立させてたら、戦いが始まった時、郡さんの身が一番危険になる。だから、今の内に打ち解けておこうと思ったんだけど、どうも様子がおかしい」

 

「おかしいというと、どういったところがでしょうか……?」

 

「反応がなさすぎるんだ。あの感じだと、おそらく彼女のこれまでの境遇が関係している。そうなると、郡さんと接するためには、郡さんの情報を事前に知っておくべきかと思ってね。どこに彼女が傷つく要素があるか分からないし、場合によっては、彼女をカウンセラーに診せる必要もある」

 

「カウンセラー……ですか?」

 

「そう。最悪、PTSDの可能性も考慮しないといけないから。こういう対応は、戦いが始まってからでは遅すぎる。だから、美佳が郡さんに会った時の話を聞かせてくれないかな?少しでも情報が欲しいんだ」

 

彼女の目を見て、はっきりと尋ねると、しばらく彼女は逡巡する様子を見せた。

言うべきかどうか、迷っているのか。

しかし、この程度の情報を話すのに、そこまで迷うこともないはず。

何かあるな。

やがて、彼女はぽつりと言った。

 

「………………カウンセラーでは、ダメだと思います」

 

「ダメって、どういうこと?」

 

「…………赤嶺様。本当に、これは郡様の為になるのですね?」

 

「そのつもりだよ。少なくとも、これ以上、彼女を苦しませることはしない」

 

「そうですか……。分かりました。私の知る全てを、赤嶺様にお話しさせて頂きます」

 

それから、彼女は本当に、色々なことを教えてくれた。

彼女が初めて郡さんと会った日のこと。

そして、郡さんが元々いた村についての、詳細な情報。

その情報は、大社が入手していた情報よりもずっと詳しく、生々しかった。

学校でのいじめの度合いは、俺が考えていたモノよりもずっと酷く、辛いものだった。

郡さんへの生徒のいじめは、傷害罪として刑事事件が成立するレベル。

教師すらも、いじめを黙認し、事実上いじめに加担していたようなもの。

外をただ歩いているだけで、町人の陰口が絶えない。

本当に……酷すぎる。

俺の想像など、生温いものだったと思い知らされた。

 

「――――以上が、私の知りうるすべての情報です。郡様にとって、周囲の人間全てが敵でした。そんな郡様が、見ず知らずのカウンセラーに心を開かれるとは思えません」

 

「そう、か……。……ねぇ、美佳。これだけの情報、どこから集めたんだ?」

 

「……私は、小さな神社とはいえ、宮司の娘ですから。私がお願いすれば、多少は動いてくれる人がいるんです。だから……」

 

「その人たちに頼んで、村の情報収集を頼んだのか」

 

「はい。郡様の村と私の実家は徒歩で行き来できるほど近かったので。小さな田舎村では、住人同士の生活の情報は殆ど共有されてしまうんです。内部に入り込んでしまえば、驚くほど細かな情報すらも手に入ります」

 

「そうか……。けど、ここまで情報を集めるのは一苦労だったでしょ?どうしてそこまでしたの?郡さんとは一度会っただけなんだろ?」

 

「……私は、郡様の巫女ですから。会ったのはたった一度だけでも。理由なんてそれだけで十分なんです」

 

彼女は、なんでもないように淡々と言って……それで、分かった。

きっと……この子は……。

 

「ああ、そっか……。好きになっちゃったんだ。郡さんのこと」

 

「いえ……!私のは好きというより敬愛で―――」

 

「分かるんだよ。初めて会った時から、何故かその人の為に何でもしてあげたくなって、傍にいたくて、どうしようもなくなっちゃうんだよね。理由なんて抜きに」

 

「え……?」

 

美佳は、面白いほど驚いた表情をしていた。

なぜそこまで分かるのか、と言わんばかりだ

 

「ふふ。俺も同じだったからさ、分かるんだよ」

 

そう、初めて会った時から、どうしようもなく惚れていた。

大人ぶった、灰色の世界をぶっ壊された。

自分の全てになってしまった。

 

「……だから、美佳のこと、凄いと思う。これほどの情報を集めた手腕も、大切な人の為にここまでできることも」

 

「そんな……こんなこと、褒められた行為ではありませんし……」

 

「一面的に見たらそうかもな。けど、勇者はこの世界を守る存在だ。その勇者の為になるのなら、多少のことは許されるはずさ。だろう?」

 

そんな事を言えば、俺が神世紀がやったことの方がもっと褒められない。

 

「ですが……」

 

「それに、このことを話すのにも、勇気が必要だったはずだ。下手をすれば、自分だけじゃなく親やその人たちにまで迷惑が掛かってしまうし。だから、ありがとう美佳。話してくれて」

 

「赤嶺様………」

 

本当に、この子の姿はかつての自分に重なる。

もしかしたら、美佳に気持ちを一番理解できる人は、自分かもしれない。

そう思ってしまうほどに、美佳に感情移入してしまう。

 

「それにしても、残念だ。俺が上の人間なら、美佳にも丸亀城に来てもらってるんだけどな」

 

「いいんです。私なんかよりも上里さんの方が余程、勇者様たちのお役に立てるでしょうから……」

 

「そう謙遜しなくていい。ひなたは確かに賢いし落ち着きがあるけど、行動力は美佳の方があると思うよ。それにひなたは良くも悪くも若葉が一番大事だから、少なくとも、郡さんには、ひなたよりも美佳の方が必要だ。そもそも、お目付け役はひなた一人だけじゃなくてもいいんだし」

 

「いいんです……。そのお言葉だけで、十分ですから」

 

そう言うと美佳は、瞑目し満足そうに頷いた。

こっちは本気だったのだが。

 

「さてと……それで美佳。この話は他の人にはしたのか?」

 

「何人かには。ただ……信じてもらえませんでした。村ぐるみのいじめなんて、大昔ならともかく、今の社会で起こるはずがないと」

 

思わず、呆れてしまう。

そりゃまた、能天気というかなんというか。

 

「いやはや、現実の情報より、自分の常識を信じるとは……」

 

「赤嶺様は、信じて下さるのですね……」

 

「信じるさ。神官の言葉が正しければ、同和団体なんてモノが残ってるはずがないし、村八分を巡る裁判だって発生していないはずだ」

 

この程度のこと、少し調べるだけで分かりそうなものだけどな。

大社への評価がまた下がる。

組織人の質が、想像以上に低い。

美佳のような子がいても、その資質を活かせていない。

ともあれ、これで差し当たりやることは決まった。

 

「それじゃ、これからどうするか考えようか。郡さんの両親は、二人ともあの村にいるんだろ?」

 

美佳の情報によると、郡さんの両親とも、今は村にいるそうだ。

母親が四国外でバーテックスに襲われ天恐を患い、最近になって村に戻ったという。

現在はステージ2で夫の介護を受けており、その為に夫はパートタイムの仕事をしているが、生活は困窮しているらしい。

酷い親だとしても、勇者の家族だ。

彼らには優先的に便宜を図るべきなのに、大社はそういった対応をまるでしていない。

おそらく、メンタル問題というものにまで、意識が回っていないのだろう。

上がこの手のことの素人であることを如実に示している。

 

「ええ、そうですが……。それより、どうするって……どういうことですか?」

 

「美佳。郡さんがあの村にまた戻ることになったら、どういうことが起きると思う?」

 

「そんなの決まってます……!郡様がまた……!」

 

「そういうこと。で、現在の、郡さんと村の繋がりは何だと思う?」

 

「郡様の両親……。………!そういう、ことですか」

 

「ああ。こういう事も今の内にしなきゃいけないから」

 

「ですが、私達にそんなことができるのでしょうか……。神官達はまともに取り合う気はなさそうですし」

 

「大丈夫。その辺りのことも、考えがあるから。ちょっと時間も手間もかかるけど」

 

話しながら自覚する。

「俺」が彼女に流されていることに。

だが、大した問題ではない。

幸い、まだ時間はあるのだから――――

 

 




大満開、六話辛い……辛い……。
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