樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話 作:exemoon
合宿が終わり、俺たちはいつもの学校生活に戻った。
いつもと変わらない、銀たちと過ごす日々。
やはり、こういう生活が一番心安らぐ。
今日も変わらず、三ノ輪家に朝からお邪魔し、銀と一緒に登校したのだが…
「仕方ない……拾っていくぞ頼人!」
「おー、まじか……」
まさかの捨て猫と遭遇。放っては置けず、拾っていくことになった。
とりあえず、学校にいる間は用務員さんにでも預かってもらおうということになり、俺たちは用務員室に向かった。
すると…
「二人ともどうしたの?もう朝の学活始まるわよ?」
何の因果か安芸先生と遭遇してしまう。
時刻はもう学活が始まる直前。訝しがるのも無理はないだろう。
なんと言い訳したものだろうか。
「あっ、ええっとですねぇ」
銀が誤魔化そうとした瞬間にランドセルの隙間から子猫の頭が飛び出す。
なんてタイミング。
ああ、これで誤魔化すという手段は潰えた。
正直に話すしかあるまい。
「すみません……実は通学路で子猫を拾ってしまいまして…」
「………可愛いわね」
「………先生?」
何か先生が小声で言った。聞き間違えじゃなければ可愛いとか言ってなかったかな。
「んんっ…仕方ないわね。放課後まで職員室で預かります。あなた達は教室に行ってなさい」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
まさかこうも簡単に預かってくれるとは…ありがたい限りだ。
それにしても少し意外だった。
てっきり怒られるものかと覚悟していたのだが。
そうして放課後。
俺は先日の件で話があると、安芸先生に呼び出された。
銀たちには子猫を連れて先に帰ってもらっている。
合宿以降、安芸先生に特に変化はなかった。
俺と話をするときも、以前と変わらぬ態度で接してくれている。
そんな彼女の真意を、今日知ることができるのだろうか?
「お待たせしました。それで先生、お話とは例の件でしょうか」
教室で、安芸先生と向き合う。
いつもより表情が硬い。今朝とは違う人のように見える。
「はい、赤嶺くん。結論として大赦は情報提供に条件付きで合意しました」
「なるほど、それで条件は?」
まさか、大赦が何の条件も出さずに一方的に情報を与えてくれるはずもない。
特にこのような危険な情報を、小学生相手に。
「はい、まず伝えられる情報はかつてのバーテックスとの戦闘に関わるモノのみになります」
当然だろう。これは想定内だ。
この情報は勇者の御役目にも役立つし、断る理由は少ない。
おそらく危険なのは、あくまでそれに付随した状況の情報だろう。
大赦としては、余計な情報を与えて、問題を起こされるわけにもいかないだろうし。
「二つ目は?」
「この情報を勇者と共有することは禁じます。古い情報も多く含まれているので、余計な先入観を勇者に与えるリスクは犯せません」
そう来たか。
確かに正論だが、それはバーテックスの来襲が相当古いことを認めてしまっているようなものだ。
やはり、神世紀とバーテックスには深いかかわりがあるらしいな。
「なるほど、それだけですか?」
「いえ、あともう一点あります」
さて、これが本命か。
幾つか考えてはいたが、俺に最も効果的な条件は
「……三ノ輪さんとの接触を今より控えてください」
やはりこれか…
「…………………一応、理由をお聞きしても?」
「現状、あなたと三ノ輪さんの距離は近すぎます。大赦としてはあなたが御役目の際、三ノ輪さんの身の安全のために適切でない指示を下す可能性が懸念されています」
そう、この条件こそ難敵。
特に、銀は近接戦闘を主とした勇者だ。
身の危険性は他の勇者よりも高い。
そんな銀を必要な状況で、危険を負わせる指示が俺に出来るか、という点が問題となる。
面白いのは、この件に関して俺がどんなに言葉を尽くして問題ないと主張しても、実際の戦闘において証明できなければ意味がないというところだ。
もっとも、大赦の本音としては大方、勇者の条件である無垢を少年が穢さないか心配だといったとこだろうが。
なら、こちらの出方は…
「すみません、先生。確かに自分と三ノ輪は親しい間柄です。しかし、そういった理由であれば、今更距離を置いたところで、解決にはならないのでは?」
条件そのものに疑問を呈する。
これならば、先ほどの理由は意味が無くなってしまう。
「ええ、ですがあなたが三ノ輪さんと距離を取ることで、あなた自身の視野が広がるのではないかという意見もあります。特に赤嶺くんはこれまでの振る舞いからも、大赦関係者からの評価は高く、三ノ輪さんと距離を取ることで、御役目においてもより客観的な立ち振る舞いができると期待されています」
酷い詭弁だ。
大赦の本音を隠すための言葉。
此方をおだてているつもりなのだろうか?
それで銀と距離を取らせようとは、少し腹が立つ。
「詭弁ですね。その程度の理由のために、個人の交友を制限すると?」
「ええ、ですので断っていただいても構いません」
この言葉で己の過ちを自覚する。
しまった…これは乗せられた。
最後のは、俺を試すための言葉だ。
大赦としては、俺が真に勇者たちに情報を漏らすかどうか確かめたかったのだろう。
仮に、俺が情報を漏らした場合、勇者と大赦の信頼関係にひびが入り、結果として勇者を危険にさらす恐れがある。
この危険を、俺が犯すことができるかどうか確かめられた。
そして、俺は即答してしまった。少しでも考えるそぶりを見せるべきだったのに。
おそらく、俺の銀への執着からそれはあり得ないと思われた。
なら、この取引を大赦は行わなくてもまるで問題はない。
………してやられた。
「少し……考えさせてください」
今はこのように言うほかない。
普通に考えれば、今後の御役目のためにも情報を得ることが先決だろう。
しかし、今の俺に銀のいない生活はあり得ない。
なんて体たらくだろう。
赤嶺の麒麟児が聞いてあきれる。
本当に銀のこととなれば、頭に血が上ってしまうからいけない。
あの程度のブラフは読めてしかるべきだ。
ある意味、安芸先生の言っていた詭弁染みた意見は正しいのかもしれないな。
…まったく、この手の情報が赤嶺の管轄ならもっと楽な方向に話は進んだものを。
考えを練り直す必要があるな。
そうして、答えの出ぬまま日曜日を迎えた。
俺はいつものように、三ノ輪家でお手伝いをしている。
無論、いかなる状況で樹海に入ってもいいよう、装備を詰めたバックパックは持って来ている。
学校にも置いているし、ランドセルの中にも常備している。
あんまり気は張りたくないのだがなぁ…
さて、これからどうしようかな…
俺は台所の掃除をしながら、今後の動きを考えていた。
正直、三ノ輪家の手伝い自体はそう問題ではない。
このまま放っておいても、大赦からお手伝いさんが派遣されるだろうし、そうなれば手伝いは不要となる。
もっとも、三ノ輪家の面々と顔を合わせられなくなるのは問題だ。
特に、銀と会えなくなった場合の俺のメンタルがどうなるかは推して測るべしだ。
とはいえ、みすみす情報を見逃す手も…
かといって、条件を踏み倒して情報提供後に銀とまた距離を詰めたら俺の信用にかかわる。
今後のことを考えたらそれは避けたい。
………難しい。
そうこう考えていると、台所掃除が終わってしまった。
いいタイミングなので、と金太郎を愛でにいこうとすると、ちょうど銀が買い物に出かけるところだった。
「ああ、銀今から買い物行ってくるのか。何かあったらすぐ電話するんだぞ?すぐ飛んでいくから」
「はいはい。まったく、頼人は心配性だなぁ。たかが、買い物でそんなに心配してたら胃潰瘍になっちまうぞ?」
「銀はいつも何かしらに巻き込まれてるからなぁ。いつかなるかも」
そう軽口をたたきながら銀を見送る。
さっさとほかのとこの掃除も済ませてしまおう。
そうして、家の掃除をあらかた済ませたところで、突如時間が止まった。
日曜に来るとは嫌な奴だ。三人も合流に少々時間が取られるだろうし。
そう考えながらも、体は動く。
樹海化する前にバックパックに手を伸ばす。
インカムを装着し、樹海化の完了と同時に勇者たちに通信を飛ばす。
「こちら、頼人。銀、須美、園子。それぞれ現在地を教えてくれ。」
まずは、それぞれの現在地を訪ねる。合流が先決だ。
それにしても、インカムをつけるとどうしても口調が芝居がかったそれになってしまう。
『ああ、頼人か。こっちはもう三人集まってる』
意外なことに、もう集結しているそうだ。
遭遇したとなると、現在地は…
「了解。そうなると、今三人はイネスか。それじゃあそのまま大橋へ向かってくれ。こちらは三ノ輪家周辺の位置から敵の観察を続ける」
耳に元気な声が届く。
さて―――
双眼鏡から覗くバーテックスは巨大な四つの角をぶら下げていた。
四本角とでも呼称すべきか。
須美が様子見のために矢を放とうとしたその時、四本角はおもむろに角を地面に下ろす。
途端、地震が起き始めた。
大橋から離れたここでさえ、かなりの揺れを感じる。
大橋上の振動はこの比じゃないだろう。
事実、今須美が放った矢も振動により弾かれてしまったようだ。
なんて、防御力。
しかし、これは同時にチャンスでもある。
奴らは神樹への到達を目標としている。
ならば、この地震は必ず止み、再び四本角は移動を開始するはずだ。
その瞬間を狙えば、容易に敵を崩せるはず―――
「園子!狙うのは―――」
『うん!地震が収まった瞬間だね!』
流石、真の天才少女。此方の考えも簡単に理解してくれる。
やがて、地震が収まる。と、同時に奴が角の一本を三人に繰り出した。
あれが奴の攻撃か…
だが、園子も然るもの。盾を素早く展開し、角を弾く。
『よぉし、敵に近づくよぉ!』
園子が叫び、三人が四本角に接近していく。
しかしその瞬間、敵は空高く飛翔した。
同時に角を銀と園子に向かって叩きつける。
幸い、二人は素早く回避したが、問題はそこではなかった。
直後に須美が矢を放つが、四本角には届かない。
『制空権を取られた!』
……まずい。このままでは手が出せない。
「園子!須美を……!?」
言いかけて、四本角が何かを仕掛けようとしているのが分かった。
角を束ねて、何かを狙っている?
奴の角の先にいるのは……銀!?
悪寒が体を貫く。
「―――銀!防御!!」
叫んだ瞬間、四つの角が射出される。
『根性ぉおおおお!』
高速回転した角を銀がかろうじて防御している。
まずいまずいまずい。
このままでは銀が殺られる!
どう考えてもあれでは横からの救助は無理だ。
なら――
「園子!須美!お前らで奴を叩け!弓を届かせろ!銀はあと三十秒持たせろ!」
『がぁあああああ!!りょう、かいぃいいい!!』
銀の苦しげな声に心臓が止まりそうになる。
だが、これしか方法はない。
指示と呼べるかも怪しい無茶苦茶な言葉だったが、果たして園子は理解したようだった。
『うん!わっしー上!』
『りょ、了解!』
園子は槍で足場を作り、須美はそれを駆けあがり矢を放った。
『届けぇええええええ!!』
矢が命中し、四本角が体勢を崩す。
おかげで、銀への攻撃も中断された。
『ここから、出ていけぇ!!突撃ぃいい!!』
間を置かず、園子が四本角に突撃し、奴の体に大穴を空ける。
そして、四本角が墜落していき、決定的な隙をさらす。
園子と須美が何かを叫ぶ。
『三倍にして返してやる!釣りはとっとけぇえええええ!!!』
須美と園子の叫びに応えるかのように、銀が四本角の体を中心から破壊していく。
紅い閃光が四本角を駆け、その閃光が消えた瞬間、辺りが明るくなってきた。
やがて、樹海化は解除されていく。
気が付けば、大橋近くの公園にいた。周りを見渡せば三人もいる。
「あいててて」
銀の声を聞き、慌てて医療キットを取り出す。
「ほら、銀。座って?」
「ミノさん、大丈夫ー?」
銀を座らせて怪我の手当てをしていく。
何たる様だ。
今回の戦闘で、俺は何の役にも立っていない。
傍から声だけ聞けば、冷静に指示を出していたように見えるだろうが、今回敵を首尾よく倒せたのは園子の力が大きい。
おそらく、園子ならもっと冷静に、そう、銀にあとどれだけ持つか確認したりして、俺が指示を出さなくとも素早く四本角の撃破に至っただろう。実際、槍で足場を作るなんて発想、俺にはなかった。俺は、園子の槍で須美を上空に飛ばすなんていう非効率的な考えをしていた。園子は俺以上の発想力を持つことをその行動で証したのだ。
それに比べ、今回の俺の指示は間違えなく銀の命を危険に晒した。
焦って、銀の状況も確かめず、まるで具体性のない指示を出してしまった。
何が実績だ。何が俺の立場を盤石にできる、だ。
己の自惚れに吐き気を催す。
「おーい、頼人ー?頼人ー?」
「ん?」
「どうしたんだ?呼びかけても全然返事しないし」
「ああ、ごめん。考えごとしてた」
自己反省と治療に意識をやりすぎて周りの声が聞こえていなかったらしい。
俺も焼きが回ったものだ。
と、そこで須美が泣き始めた。
「どうした、須美!?どこか痛いのか!?」
慌てて、銀と園子が須美に寄る。
「違うのぉ…私…次からは…初めから息を合わせる…頑張る…」
彼女の言葉に心を打たれる。
ああ、そうか。彼女も俺と同じだったんだな。
自惚れと失敗。
だが、俺に比べ、彼女は立派に結果を出している。
今日だって須美がいなければ、四本角の打倒はなしえなかった。
もっと、自信を持ってほしいと思う。
やがて、彼女はおもむろに園子をあだ名で、銀を呼び捨てで呼び始めた。
彼女たちの喜ぶ声が聞こえる。
――そうだ。
彼女のように、変化を恐れずに一歩踏み出す勇気を持たなければならない。
俺も、今の甘さを持ち続けていてはきっといつか後悔する。
なら、俺は選択しなければならない。
後悔しないで済む道を……
自分は大人だなんてプライドは最早持ってても、何の意味もないんだから。
「あっ、頼人が自分だけ名前呼んでくれなくて拗ねてるぞ!?」
「え?」
また思索にふけってしまっていたようだ。
意識を目の前に戻す。
「あっ、ご、ごめんなさい…よ、頼人君…」
唐突に名前で呼ばれる。
だけど、なんだろう?思っていたよりも嬉しい…
「うん、これからもよろしくね。須美」
やっぱり、変化というものは良いこともいっぱいあるみたいだ。
俺も…頑張ろう。
こうして、三体目のバーテックスとの戦いは幕を閉じた。
次の日。
放課後、俺は安芸先生を呼び出していた。
「待たせたわね。それで、前回の答えを聞かせてくれるのかしら?」
今日の安芸先生は、前と違い表情は硬くなかった。
すこし、安心する。
「はい、その前に一つだけ。安芸先生、先日の合宿では大変失礼しました。あのような態度を取り、誠に申し訳ありません」
まず、謝罪する。あの時の俺はどう考えても、脅迫するような態度で先生と話していた。
その非礼を詫びる。正直、あれは無かった。
まるで、ド生意気なガキだ。
反省しても、し足りない。
「ええ、確かにあの時は驚いたわね。いきなりあんなこと言いだすから、何事かと思ったわよ?」
「面目次第もございません………」
「だけど、赤嶺くん。あなたはもっと純粋に頼ってくれてもいいのよ?大赦のことを抜きにしても、私はあなたたちの先生なんだから」
先生は優しい言葉を俺にかけてくれる。
ああ、やはり俺は間違っていたんだな。
頼るのが怖くて、つい取引という手段をもってしか、先生を信じられなくなっていたんだ。
何が信頼できる、なんだろうか。
俺が、もっと純粋に安芸先生に頼っていたらこんな取引は起きていなかったのかもしれない。
だけど、過ぎ去った時間は元には戻せない。
俺は今できることをしよう。
「ありがとうございます、安芸先生。それでは早速お言葉に甘えてしまいます」
さて、ここが分水嶺となる予感がする。
深呼吸して―――
「あ、ちょっと、待って。赤嶺くん。先に取引の変更点を伝えるわ」
おや、出鼻をくじかれた。
つい、生返事をしてしまう。
変更点か…条件の上乗せだろうか?
「前回話した、三ノ輪さんとの距離を取る条件は撤回することになりました」
「―――え?」
これはさすがに想定外だ。
もしや…昨日の戦闘か?
「昨日の戦闘での貴方の指示は、三ノ輪さんが危機的な状況であったにも関わらず、迅速かつ的確だったわ。なら、距離を取ってもらう理由はないでしょう?」
正直心外ではあるが、理由は分かった。
それにしたって、この早さはないだろう。
それ以外の理由でも、俺を銀から引き離したい連中は多いだろうし…
「………まさか…先生?」
「ふふ、言ったでしょう?私はあなたたちの先生だって」
やられた………。
完敗だ…。
今度こそ、俺の歪んだプライドは吹き飛んでしまった。
「まったく、安芸先生には敵いませんね。感謝の言葉もありません」
きっと、安芸先生がいろいろ手を回してくれてたんだろう。
こんなにすごい人がいるのに、なんであれほど自惚れていたんだろうか。
やっぱり、この人は真に信頼できる人だ。
銀がいなければ、まず間違えなく惚れてたな…
「それじゃ、こちらも本題をお話ししましょうか。まず、条件を飲みます。そして、図々しいですが、一つお願いがあります」
正直、今のやり取りをした後にいうのは少しはばかられる。
が、どうしても話す必要がある。
さて、これは受け入れられるだろうか。
多分これなら大赦にデメリットはあまりないし、受け入れてくれると信じたいが…
おそらく、これが分水嶺。
意を決して話す。
「勇者システムの開発に自分も立ち会わせてください」
―――火色舞うよ。
心で呟く。
これからが俺の御役目だ。