樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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勇者史外典発売記念。
注意:この回は勇者史外典のネタバレがあります。
未読の方は、本日発売の勇者史外典の上下巻をお先に読まれることをお勧めします(ダイマ)


疑惑

「頼人君、今日は付き合ってくれてありがとうね」

 

「いいんだよ。勝手についてきただけから、礼を言われるようなことじゃない」

 

丸亀城の本丸城郭で、友奈と二人で歩きながら話す。

今日は休日。

普段は所用で外出したり、一人で鍛練することが多いが、今日は友奈のトレーニングに付き合っていた。

友奈が休日に丸亀城の外周を走ったりと、普段よりも負荷のかかるトレーニングをしていると小耳に挟み、友奈と話したいこともあったのでついていった形だ。

今はトレーニングを終え、食堂からもらってきた昼食を持って部屋に戻るところ。

 

「それにしても、頼人君ってホントに何でもできるよね!剣術に柔術に……そういえば、合気道とかもやってたの?」

 

「合気は軽くだけど。なんで分かったんだ?」

 

「さっき立ち会った時ね、ふわって身体が流される感じがしたから、もしかしたらそうなんじゃないかなって」

 

「その感覚はよく分からんな……。友奈は昔から空手とか習ってたのか?」

 

「うん。少しだけだけどね。頼人君は昔から色々やってたんでしょ?すっごく強いもんね!」

 

適当に返事をしながらも、まただな、と感じる。

自分に関する話題が出てもすぐに流して、できるだけ聞き手に回ろうとする。

自分のことをまるで出さない。

悪い事ではないが、この年代の子供なら、本来自分のことを知ってほしい、自分のことを見てほしい、という意識が言動に色濃く出やすい。

逆に、自己主張できない子供は、家庭環境や人間関係に何か問題がある場合が多いのだが、そういう場合だとコミュニケーション能力自体に問題があるケースが多い。

例えば……千景のように。

友奈は人とのコミュニケーション自体は得意なので、全てが当てはまるわけではないが……何かあったとすれば、四国への避難時だろうか。

場の雰囲気に過敏なところも、関係しているかもしれない。

もっとも、友奈のように自分を出さない人間は社会全体で見ればそう少なくないし、気にしすぎだと言われればそこまでだ。

ただ、戦う理由を含め、友奈には分かりにくいところがあり、それが何故だか気になる。

深入りは避けるべきだが………。

そんなことを考えていたら、目的地に到着していた。

 

「ぐんちゃーん。おまたせー!」

 

「ああ、高嶋さん、赤嶺君………。ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」

 

友奈が元気よく部屋の扉を開けると、千景が出迎えてきた。

少々ぐったりとした様子だ。

 

「謝らないの。誘ったのは俺の方なんだからさ」

 

「それに、迷惑だなんて全然思ってないよ?ぐんちゃんの部屋で一緒にご飯が食べられて嬉しいよ!」

 

「そ、そう……?」

 

「そうだよ!それより体調は大丈夫?」

 

「ええ……。もう、大丈夫……」

 

そう言って千景は微笑んだ。

実は、今日のトレーニングには千景も参加していた。

しかし、友奈のトレーニングメニューは中々にきつく、先にグロッキーになってしまい、こうして部屋で休んでいた。

なので、俺と友奈で昼食を取りに行っていたという訳だ。

なお、千景のことを友奈がぐんちゃんぐんちゃんと相変わらず呼ぶので、俺も千景を名前で呼ぶことにした。

他の勇者も名前で呼んでいるし、なにより千景が距離の近さを感じられる呼び方の方がいいと思ったからだ。

あと、信じられないことだが、友奈は郡をぐんと呼ぶと思っていたらしい。

目の前で俺は郡さんと発言していたはずなのだが……。

まあ、結果的に千景がぐんちゃん呼びを許可したので、問題はなかったようだが。

 

「そういえば、頼人君、また明日大社の本部に行くんだよね?」

 

「ああ。会議があるから。まあ俺はオブザーバーなんだけど」

 

「おぶざーばー?」

 

友奈が首をかしげる。

 

「高嶋さん……。オブザーバーというのは、会議の見学者みたいなものよ………」

 

「へー、そうなんだ。やっぱりぐんちゃんは物知りだね!」

 

「た、たまたま知ってただけだから……」

 

千景が顔を赤らめて俯く。

悪くない傾向だ。

千景はどんどん心を開いていってくれている。

若葉や球子達にはまだまだだが、光明が見えてきた。

 

「それで頼人君。会議ってどんなことを話すの?」

 

「色々。簡単に言うと、この先どうやってバーテックスを倒そうかとか」

 

かなり端折った言葉だが、あまり小難しいことを話しても仕方がない。

そう間違っているわけでもないし。

もっとも、実現可能かは別だが。

歴史を見ても、あの手の会議が有用な結論を導き出すケースは稀だ。

あまり期待するものでもない。

だが、今度の会議はいつもと毛色が違う。

気合を入れなければならない――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「郡様の御家族を、移住させる?」

 

次の日。

ある神官の提出した議題に、大社の会議室は困惑に包まれた。

無理もないだろう。

大社の定例会議の議題は、いつも代わり映えしない。

そんな中で、このような議題が上がるなど、神官達にとっては青天の霹靂と言えよう。

 

「はい、開発中の勇者システムを使用できるかは、勇者自身の精神状態に左右されると聞き及んでいます。特に郡様の御家庭には問題が多く、郡様の精神面も考えますと御母堂には入院して頂き、御尊父には香川に移住して頂くのがよいかと」

 

言い出しっぺの神官が思い切りのいい言葉を吐く。

よしよし、悪くない。

鋭すぎず、なおかつ鈍すぎない。

だが同時に、分をわきまえない人間にしかこの発言はできないだろう。

 

「しかし、この資料によると、御母堂は天恐とはいえステージ2なのだろう?入院させるわけにはいかんだろう」

 

「それに、いくら何でもこのような村八分が現実に起こるとは思えん。過剰な報告ではないのかね?」

 

「ですが、それなりに証拠も揃っています。信じてよいのでは?」

 

「ええ。事実だとすれば、問題は根深いでしょうし」

 

にわかに、会議は騒がしいものになる。

ここまで上手くいくとは。

思わず頬が緩みそうになる。

何とかとハサミは使いようと言うが、まさしくその通りだろう。

 

「あなた方はこの事実を知っていて黙っていたでしょう!その責任逃れがしたいだけでは!?」

 

「なっ!?発言を撤回しなさい!あんな話を真に受ける馬鹿がどこにいる!?」

 

いいぞいいぞと心中で言い出しっぺの神官を応援する。

まさか、ここまで直截的に批判するとは思っていなかった。

ここまで考えなしの人間だとは、思ったよりもツイている。

気がつけば、会議は喧々囂々の汚い議論になっている。

水掛け論の応酬。

最早、誰も収拾がつけられなくなっている。

さて、いい感じに混乱が広がってきた。

そろそろ頃合いだろう。

正直なところ、でしゃばりたくはないが必要である以上、仕方がない。

万が一にも、議題が却下されるわけにはいかないのだ。

 

「失礼」

 

少しだけ前に進み出て、手を挙げる。

まさか、俺が出て来るとは思っていなかったのだろう。

途端に、神官達は静まり返る。

 

「先の議題に関しまして、同じ勇者として意見を述べさせて頂きたく存じます。皆様の参考にもなるかと思いますので、どうか発言の許可を」

 

しばし、重たい静寂が会議室を包む。

どう言うべきか、誰も分からないのだ。

俺が只のオブザーバーであるなら、黙っていろの一喝で済むのだろうが、生憎俺は勇者。

彼らにとって、尊崇するべき存在。

内心では兎も角として、公的な場では俺に対して迂闊な発言はできない。

故に、肯定の言葉も否定の言葉も発することができない。

言ってしまえば最後、発言した本人に責任がいきかねない。

実体のない、責任が。

これはまさしく、権力はなくとも権威だけはある勇者だからこそできることだ。

 

「却下の声がありませんので、許可を頂いたものと解します。さて、本件についてですが、私自身、郡本人より聞き及んでおります。彼女が出身地に忌避感を持っているのは事実です。そのため、先のご提案に基本的には賛成致します」

 

「し、しかし……勇者様のご家族とはいえ、ステージ2で入院させるのは……」

 

この緊張感の中、一人の老神官が口を出した。

しかし、会議全体は重苦しい緊張感に包まれたまま。

いい感じだ。

 

「おっしゃる通りです。しかし、母君は現状、満足な治療を受けておらず、このままでは病状が悪化する可能性は非常に高い。母君の病状が悪化すれば、郡も動揺し、精神的に不安定になる危険性があるでしょう。そのため、予防措置として早期の入院は有効ではないでしょうか?流石に、一人くらいは捻じ込めるでしょうし」

 

「では、ご家族の移住は……?わざわざ移住させる必要はないかと思いますが……」

 

「確かに、郡本人が実家へ戻らなければそれで済む話かもしれません。ただ、郡は他の勇者に比べ、精神的にやや不安定な面があります。ご家族とはいつでも会えるようにしておくべきではないでしょうか」

 

「……丸亀で同居させるべきだと?」

 

「いえ、他の勇者との信頼関係を醸成する為にも、郡には引き続き丸亀城で生活してもらうべきでしょう。ご家族は……そうですね、高松辺りに移住して頂いてはどうでしょう?高松ならば、丸亀もそう遠くはありませんし、何より医療機関が充実していますから」

 

この言葉を言い終わると、また重苦しい沈黙が戻る。

この期に及んで、殆どの神官は躊躇して発言できない有様だった。

仕方ない。

 

「以上が、私の意見となります。皆様のご参考になれば幸いです」

 

そうして、元の位置に戻る。

それからしばらくして、議論が再開するも、俺の意見が尾を引いたらしく、先のような熱は失われていた。

彼らも皆、内心では俺の意見など無視したいだろう。

実際、彼らが俺の意見に耳を傾ける理由は、本来ない。

一オブザーバーの意見など、普通なら重視されるはずもない。

しかし、公的な場で勇者の発言を無視してしまえば、それは自身の弱点になりかねない。

他の派閥から指摘されるのではないか。

自分達の発言力が失われてしまうのではないか。

そういう恐れが、彼らの発言を抑制する。

言ってしまえば、彼らは俺の裏に別派閥の人間を見ているのだ。

その結果が、勇者への消極的な忖度。

美佳の訴えを無視していた者たちもこうなってしまえば、俺の意見に合わせるしかない。

今ならば、勇者の意思を優先するべきだとして、美佳の訴えを無視したという事実を有耶無耶にできる。

言い出しっぺの神官も、この件を持ち出したのが自身である以上、反対意見を言えるはずもない。

結果、勇者の言葉を尊重するという線が、彼らにとっていい塩梅の落としどころにもなるだろう。

そうして―――――この議題は、俺の言った通りの結論になった。

 

 

 

 

 

 

「すごいです赤嶺様……!あの神官達をあんなに簡単に黙らせられるなんて……!」

 

会議の後に、美佳が俺の部屋にやってきて、興奮した様子でまくし立てた。

例の話が通ったことを、随分喜んでくれている。

 

「ここまで準備を進めてきた、美佳のおかげだよ。俺は最後の詰めをやっただけだ」

 

「ですが、この結果は赤嶺様の御指示があってこそです!私一人ではとても……」

 

美佳はそう言うが、正直なところ、これはかなり運頼りな計画だった。

そう褒められた代物でもない。

簡単な流れとしては、まず、美佳が郡さんのことを話した神官をリストアップし、彼らの派閥について調べ、彼らと対立する者達を調べる。

次に、その派閥の中から、比較的派閥争いに拘り、なおかつそれなりに頭の回る人間を探す。

点数稼ぎをしたがっている人間ならなおよし。

そうして、選定した神官の周りに、噂を撒く。

内容は、美佳の話を一部の神官が却下したというものを主に、この情報を利用した方がよいと思わせるような話。

事前に俺の方からも、メンタル問題に関する大赦の見解を各方面に尋ねておく。

ここまですれば、多少頭が働く者なら、これ等の情報を利用し、派閥の発言力を強化しようと考えるだろう。

ああいう人種は、自分達の権力の為なら途端に働き者になる。

案の定、一人の神官が美佳の父に連絡を取り証拠を求めた。

その神官には、とある興信所を紹介し、そこから一連の証拠を提出。

なお、その興信所には事前に話を通しており、提出する証拠は興信所が集めたモノではなく美佳の知人が集めたモノばかり。

ここまで揃えば、連中の誘導など容易い。

自分の気に入らない連中の脚を掬い、同時に派閥の点数稼ぎも出来るとなれば、実行に移さないはずもない。

結果、今日のあの会議と相成ったわけだ。

 

こう纏めると、つくづく酷い作戦だと感じる。

そもそも連中が食いつくかどうかがかなり運頼りだし、彼らが動く時期も不透明。

なのに、美佳の父や興信所への根回し、その他もろもろの工作はとても大変。

興信所へはそれなりの額を支払ったが、連中が口を割る危険性もないではない。

そもそも、大社から支給された金の使途を調べられたらまずいことになるし、色々と動いていたのがバレたらこの先の構想は大きく崩れる。

中々のハイリスク。

言ってしまえば、この作戦は金のかかった釣りだった。

まったく、坊主で終わらなくて良かった。

一度通ってしまえば、こっちのモノだし。

 

「……と、美佳、時間は大丈夫なのか?確か、授業があるとか」

 

「ご安心ください。まだ時間はありますので」

 

「ならいいけど。……そういえば、教師はどうしてるんだ?外から雇ってるとか?」

 

「いえ、神官が教師を兼任しております」

 

「へえ、教員免許を持ってる神官とかいたんだ」

 

「そういう訳ではないのです。先生は元巫女で、以前は優秀な大学院生だったため、巫女の教師を任されているんです」

 

本職の教師じゃないのか……。

それじゃあ、学校というよりも私塾だな。

と、そこでおかしなことに気付く。

 

「待った美佳。元巫女?大学院生だったのに?」

 

おかしい。

それじゃあ、成人してから巫女になったことになる。

 

「はい。巫女の能力が発現した時期が遅かったため、四国に来て間もなく、巫女の能力は失われたそうです」

 

「四国に来て……?」

 

まさか。

 

「お察しのとおりです。烏丸先生は、高嶋様を導いた巫女です」

 

 

 

 

 

 

「ここか……」

 

夕方になり、大社のとある神官の部屋を俺は訪れた。

部屋をノックしてしばらくすると、二十代半ばくらいの白衣を着た女性がでてきた。

 

「お前は……」

 

烏丸久美子。

友奈の巫女とされている人物。

 

 

 

 

「へえ、本当、先生みたいな部屋ですね」

 

部屋を見渡し、感想を述べる。

先生っぽいと言った理由は、大きな本棚に文化人類学の研究書や論文集が詰まっていたからだ。

それ以外は、わりかし普通。

ソファや冷蔵庫などの家具は揃っているし、壁にはヘッドホンがかかっていたりなど、普通の二十代の部屋という感じだ。

 

「そう面白いものでもないだろう。神官と言っても、特別な部屋があるわけじゃない。興味を持つ意味が分からん」

 

「人の部屋を見るのも、結構好きなんですよ。人柄が分かりますし、本棚を見れば、趣味も知れますから」

 

「あまりいい趣味とは言えないな」

 

「そうかもしれませんね。これからは隠します」

 

適当な言葉を返しながら部屋を観察していると、ふと小さな違和感に気付いた。

違和感は本棚。

本棚の中身の殆どは学術的な本だが、一冊だけ雰囲気の違う本がある。

背表紙を見ると、『幸福の王子』。

ワイルドの短編の名だ。

気になって手に取ると、どうやら絵本のようだ。

著者名は――――

 

「人のモノを勝手に触るな」

 

と、そこでその絵本を取り上げられた。

 

「あ、すみません。少々物珍しくて」

 

謝って、本棚から離れる。

不審がられたかもしれないが、これくらいなら、子供の好奇心と思ってもらえるだろう。

 

「で、赤嶺頼人。話とは何だ?こんなところまでわざわざ来るとは」

 

彼女は絵本を机の上に置くと、気だるげな様子で尋ねてきた。

美佳から聞いた通り、およそ教師らしい態度ではない。

 

「すみません急に。烏丸さんに、どうしても聞きたいことがありまして」

 

「聞きたいことか……。そうか、友奈のことか」

 

「ええ。よく分かりましたね」

 

「他の神官じゃなく、わざわざ私を選んだんだ。簡単なことだ。大方、友奈本人や上里には聞けない話を聞きに来たんだろう?」

 

「お察しのとおりです。四国に来る前のことは、あなたに聞いた方がいいと思いまして」

 

「四国に来る前……か。なんでまたそんなことを聞く?」

 

「友奈と話していて、ちょっと気になったことがあったんですよ。烏丸さん、友奈は前からあんな感じなんですか?」

 

「あんな感じ、か。一応聞いておくが、何が気になった?」

 

「そうですね……。自分を出さないところ。極端に場の空気を気にするところ。勇者の使命を当然のように受け入れているところ。この辺りですかね」

 

そう言うと、彼女の眠たそうな目が変わった。

どうでも良さそうな、気だるげな様子から興味を持ったようなそれに。

やはり、彼女が何か知ってるのは間違いない。

 

「ほう。そんなことを聞いて何になる」

 

「何になるもなにも、この先友奈と一緒に戦うんですから、事前に仲間の性格だとか、そういうものを知っておこうとするのは当然じゃないですか。烏丸さんは友奈の巫女なんですよね?なら、友奈のことをそれなりに知っているんじゃないですか?」

 

「巫女だからといって、勇者のことを深く理解できるはずもないだろう。上里が特別なだけだ」

 

「それでも、友奈を四国まで導いたんですよね?その道中についても色々と聞きたいんですよ」

 

「ふむ…………」

 

そう言うと、彼女はしばし考える様子を見せた。

 

「いいだろう。だが、代わりに幾つかこっちの質問にも答えてもらう」

 

「構いませんが……。一体何を聞きたいんですか?」

 

自分の過去のことが頭を過る。

流石に、そっちはあまり聞かれたくない。

だが、彼女は予想外の話をし出した。

 

「さっきのあれ、狙ったのか?」

 

「……あれってなんです?」

 

「会議のことだ。お前、途中で割り込んだだろ?あの瞬間、会議を支配していたのはお前だ。あれは狙ってやったのか?」

 

予想外の反応。

何故そんな疑問を持てるのか。

こっちは一応、小学生なのに。

いや、誤魔化せる質問なのだから、良しとすべきか。

 

「まさか。場の空気にあてられて、ついしゃしゃり出てしまっただけですよ。思い出すだけで冷や汗が出ます」

 

「ふぅん……。そうは見えなかったがな」

 

「質問は終わりですか?なら―――」

 

「まだだ。赤嶺頼人、お前はここに来て花本と会っていたな。何を話していた?」

 

さっきに続いてこの質問。

これは……嫌な感じがする。

 

「郡千景のことですよ。彼女は精神的に不安定な面が見受けられますから、彼女の巫女から話を聞いていたんです」

 

「それだけか?」

 

「そうですが。むしろ、他に何を話していたと?」

 

「そうだな………。郡千景の家族を移住させる、なんていうのはどうだ?」

 

まずい……。

この人、かなりキレる。

会議でしゃしゃり出たのは軽率だったか。

子供だと油断してくれることを期待していたのだが……。

 

「その件を言い出したのはあの神官さんですよ?自分が関わる余地はなんてありません」

 

「普通に考えればそうだろうがな。だが、この件で一番喜ぶのは花本だ。それに、ここ最近のあいつの様子は、少しおかしかった。ちょうど、お前と会った頃からだ。花本はお前のことを絶賛していたみたいだしな。想像するのは容易だ」

 

「なるほど。あの神官さんは小学生の子供に誘導され、あんな真似をしでかしたという訳ですか。証拠集めから会議に提出されるまで、そのことにまるで気付かなかったと。……出来の悪い話ですね。あの神官さんの独断専行と考える方が余程自然に思えますよ?」

 

「確かにお前の言うとおりだ。なら、調べてみても問題はないな?」

 

「お好きにどうぞ。ただ、そんなことをすれば、烏丸さんが恨みを買うと思いますけどね」

 

そう言うと、彼女は面白いものを見るように笑った。

 

「私が恨みを買う理由が分からないな」

 

「嘘ですね。あなたのような人が気付かないはずもないでしょう」

 

そう、彼女は気付いているはずだ。

神官が正式に動いてしまった以上、その行動が誰かの作為によるものだったと分かれば、連中の面目は丸つぶれになる。

面子は発言力にも深く影響する以上、この件に要らぬ見解を差し込む者は、必然的に敵視されるだろう。

故に、この件が追及されることはない。

神官が保身を図る以上は。

まあ、そもそも過程がどうであれ、連中が自発的に動いたのだから、俺にたどり着ける可能性は低いとは思うが。

 

「その物言い。やはり、お前はこの件に関わっているんだな」

 

「勘違いですよ。買い被らないでください」

 

「……確かに、考えてみればそうかもな。勇者があんな趣味の悪い真似をするはずがないか」

 

切り口を変えたな。

理論でなく感情で攻めるつもりか。

なら……。

 

「そのとおりですよ。自分なら、本人の意思を聞いてから行います。そうでなければ、独りよがりの偽善でしょう?」

 

この程度のことは、常に考えてきた。

理由はどうあれ、こっちの都合で、他人の住居を決定させるのは本来許されない。

彼らの居住移転の自由を侵害しているとすら言える。

それでも行ったのは、美佳の信頼を得、同時に千景があの村に近付かなくても済むようにするため。

言ってしまえば、俺のエゴだ。

 

「……お前は賢いな。おまけに口が堅い。花本から聞き出すしかないか」

 

この人、やっぱりやばいな……。

こっちが無理だと分かった途端、標的を美佳に切り替えた。

他の神官相手ならいくらでも誤魔化しはきくが、この女性を相手に誤魔化しきれるかと言うと微妙だ。

まったく、知らなかったとはいえ、無警戒過ぎた。

こうなると、仕方ない……。

こんな分の悪い賭け………やるものじゃないが………。

 

「そうですか。いい話を聞けるといいですね」

 

「なんだ。止めないのか?」

 

「ええ。ただ……一つだけ。深淵をのぞく以上、ご自身ものぞかれている事は覚えておくべきですよ」

 

「……ニーチェか。そんなものを引用して、どういうつもりだ?」

 

「さあ?……話は変わりますけど、その絵本、よくできてますね?巫女か誰かの手作りですか?」

 

そう言うと、彼女の眉が微かに動いた。

しばし、沈黙が部屋を包み、互いの視線が交錯する。

十秒、二十秒と時間が経っていく。

静けさに包まれた部屋で、時計だけが動き続ける。

 

「…………なるほど。どうやら、私の勘違いだったらしいな」

 

やがて、彼女はゆっくりと、そして静かに言った。

 

「そうですか。なら良かった。……じゃあ、今日はこれくらいで失礼します」

 

「友奈のことはいいのか?」

 

「また今度にします。そんな雰囲気でもなくなっちゃったので」

 

そうして、俺は彼女の部屋を後にした。

 

 

自室に着いた俺は、すぐベッドに寝転がり、枕に顔をうずめた。

 

「危なかった………」

 

溜息と共に、そんな言葉が漏れた。

ああいう緊張感は久しぶりだった。

あんなに肝を冷やしたのはいつぶりだろう。

本当、最初に彼女の部屋をチェックしておいて良かった。

妄想に近い想像が、俺を助けてくれた。

あの絵本のことを思い出す。

一目見て、気になった絵本。

本棚の内容から、ああいう絵本が烏丸久美子の趣味ではないことはすぐに分かった。

手に取った時の手触りなど、装丁が市販のそれに比べて粗かったため、プロの品でない。

おそらく手作り。

七・三〇天災以前の思い出の品かとも思ったが、汚れもなく、真新しかったため、あれを手に入れたのはここ最近。

少なくとも四国に来てからの品だろう。

では、誰が彼女にあの絵本を贈ったか。

著者名は、横手茉莉。

自分の知る限り、そんな人物は大社にいなかった。

では、横手茉莉とは誰か?

烏丸久美子は四国に来て以来、大社で住み込みで働いており、外部の人間と新たに知り合う可能性は極めて低い。

また、彼女は四国外の人間であるため、交友関係が四国に拡がっているとも考えにくい。

となると、どこで出会ったかは必然的に絞られる。

一番可能性があるのは……四国への避難時。

そうであれば、横手茉莉なる人物が友奈と行動を共にしていた確率は非常に高い。

これらの情報を纏めると、一つの想像が生まれた。

妄想に近い産物。

――――横手茉莉が巫女である可能性。

 

だが、妄想と気軽に言えない根拠がいくつかあった。

一つは、横手という姓だ。

大赦の名家の中には、横手という巫女を輩出している家があった。

初代勇者の巫女を輩出したと聞いたことはないし、偶然同姓なだけかもしれない。

しかし、巫女の才能が希少ということを考えれば、単なる偶然として処理すべきかという話になる。

もう一つは、烏丸久美子の年齢だ。

自分の知る限り、神世紀でも成人してから巫女となった者はいない。

その為俺は、美佳から話を聞いた時、彼女は本当に巫女かと疑いを持った。

話を聞きに行った本当の目的は、その辺りの探りを入れる為だ。

そして、最後の根拠は、彼女の言動。

……と言っても、ほとんど感覚的なモノだが。

先程の会話で、烏丸久美子は不必要なまでに、俺を追い詰めるような発言を繰り返した。

あれは多分、俺のことを試していたのだろう。

笑っていたくらいだし、もしかすればあの状況を楽しんですらいたのかもしれない。

そういう言動を含め、烏丸久美子からは、勇者や巫女に共通する清廉さや純粋さのようなものが感じられなかった。

酷く感覚的なそれだが、勇者や巫女とそれなり以上に過ごしてきた自分の感覚だ。

そう馬鹿にならない。

極めつけに、烏丸久美子の最後の反応。

あれは、ほぼほぼ黒だと考えるべきだろう

故に、殆ど確信に近い推論が完成した。

 

――――烏丸久美子は巫女でない

 

おそらく、横手茉莉が、友奈の本当の巫女。

まあ、現段階では只の推論に過ぎない。

そもそも巫女でない人間が何故、元巫女として大社で働いていられるのか。

こういった過程がまだまだ不透明だし、確たる証拠は何もない。

しかし、少なくとも彼女一人だけで隠蔽したというのは無理があるだろう。

協力者がいるはずだ。

それは、これから考えなければならないが……まずは横手茉莉を探るべきか。

さて……どんな人物なのだろう?

巫女ならば、十代の女性であるのは間違いない。

絵が上手なのは絵本を見て分かった。

絵本作りが趣味なのだろうか。

それにしても『幸福の王子』を選ぶとは、お世辞にも趣味がいいとは言えない。

特に、こういう状況では。

だって、あの話は………。

と、考えたところで気付く。

そうだ。

わざわざ手作りして贈るくらいだ。

題材にあの短編を選んだのには、間違いなく理由がある。

あの短編の内容からして………。

『幸福の王子』の内容を思い出し、話の解釈を複数思い浮かべる。

同時に、今日までの友奈の言動を思い出し、話の解釈と重ね合わせていく。

やがて、一つの想像が頭を過った。

主流ではない解釈……だが、その解釈を友奈の行動原理に当てはめると、不思議なほどに納得してしまう。

 

「そういう、事なのか……?」

 

友奈の行動原理。

その一端を、ようやく理解できた気がした。

 

 

 

 

 

気がつけば、小さく歌を口ずさんでいた。

ドヴォルザークの『家路』。

交響曲第9番『新世界より』の第2楽章をベースに、アメリカ人が編曲し、歌詞をつけた曲だ。

気分がいい。

こういう気分は、随分と久しぶりだ。

机の引き出しを開け、二重底の上底を取り外す。

その下には、タバコやスマートドラッグの錠剤が隠されている。

大社に来る前に世話になっていたものだ。

PTPシートから錠剤を取り出し、口に放りこむ。

使用期限は覚えていないが、この手の錠剤は一般的に数年はもつ。

特に問題はないだろう。

まあ、タバコは兎も角、こっちがバレたら、流石に安芸でも顔をしかめるだろうな。

花本はタバコでも嫌な顔をするだろうが。

手元の絵本を、しばし眺める。

最近になって、茉莉から贈られてきたものだ。

私たちへの皮肉か、あるいは忠告か。

意味はともあれ、茉莉自身を危険に晒す代物になってしまうとは、あいつも夢にも思わなかっただろう。

だが……。

 

「……久しぶりに、面白かったな」

 

呟くと思わず、笑みがこぼれた

あの少年の顔を思い出す。

赤嶺頼人。

今年になって見つかった、唯一の男性勇者。

勇者になるのに会議への出席権など、変わった条件を付けたという変人。

以前は、性別は違えど、他の勇者や巫女の例に漏れず、変な奴だなぐらいにしか考えていなかった。

そもそも、私が赤嶺頼人と接触する機会がない以上、興味を抱いたところで仕方がない。

しかし、今日一日でその認識は大きく変わった。

今朝の会議から、赤嶺頼人の言動は異常だった。

子供とは思えない理路整然とした主張に、毅然とした態度。

それだけならば、上里という前例がある以上、納得もできただろう。

問題は、赤嶺頼人が動いた瞬間、会議の支配者があいつに変わったことだ。

あれをもし狙ってやったのだとすれば、大した玉だろう。

大の大人たちが子供の意見に振り回され、嫌な顔をしている場面なんて、そうそう見られるものではない。

正直、かなり笑える光景だった。

もっとも、この時点でも赤嶺頼人にちょっかいをかけるつもりはなかった。

勇者に手を出して、上里の不興を買っても面倒だ。

だから、赤嶺頼人がわざわざ訪ねてきたときは驚いた。

しかも、友奈のことを教えてほしいとは。

おかしな話だ。

奴は友奈の異常性に気付いて、その上で友奈を理解しようとしている。

普通なら、友奈の異常性を認識するのも難しいだろうし、気付いても理解できないだろう。

それほどに、友奈は分かりにくい子だ。

私自身、高嶋友奈という少女について、何も説明することはできない。

質問を返したのは、結局のところ、私の中に答えることの忌避感があったからかもしれない。

あの問いかけだって、最初は揶揄う程度のつもりだった。

あらぬ疑いをかけられた赤嶺頼人の、狼狽える姿を見てやろうと。

面倒な質問に答える駄賃程度に。

予想に反して、赤嶺頼人は冷や汗一つ流さず、質問全てに理路整然と返してきた。

おまけに、深入りすれば恨みを買うと脅しすらかけてきた。

大人ですら中々できない、常軌を逸した反応。

あの反応……どんな手練手管を使ったのか、あの神官を裏で操ったのは赤嶺頼人で間違いないだろう。

そうなると、赤嶺頼人はまさしく、友奈や上里と同じか、それ以上の異常者だ。

策を弄する辺りは、上里と似ているところもあるが、決定的な違いがある。

上里は大人を信じて、出来るだけ大社の味方であろうとしているが、赤嶺頼人はそうじゃない。

今日の奴の言動を見るに、赤嶺頼人はまともに大人を信頼していない。

極端に弱みを見せないようにするあたり、利用する対象としか見ていないのだろう。

余りにも歪な子供。

そういう訳の分からない奴だからこそ、もっと追い詰めればどんな反応をするのか、どんな顔を見せるのか気になって仕方がなくなった。

質問を重ね、気がつけば追い詰めすぎたのだろう。

まさか、茉莉の絵本に言及してくるとは思わなかった。

今になって思えば、赤嶺頼人にとって友奈のことなど、口実に過ぎなかったことが分かる。

でなければ、本題を聞かずに帰ることなどありえない。

少なくとも、私に何らかの探りを入れに来たのは間違いない。

どこからか、情報が漏れたのだろうか?

他の避難者たちを思い浮かべるも、それは違うだろうと結論付ける。

連中と赤嶺頼人に接点はないし、そこからバレるようでは、とっくの昔に私は大社を追い出されているはずだ。

ならば、上里だろうか。

それもないだろう。

この情報は、場合によっては上里自身のアキレス腱になり得る。

そう簡単に漏らすはずがない。

それに、確証があるのならば、赤嶺頼人はわざわざ私のところに来る必要はない。

好きな時に自分の手札に出来るのに、私に勘付かれるリスクを負う必要はないからだ。

直接接触してきたということは、つまり、奴はまだ証拠を手にしていない。

なら、やりようはある。

口元がまた、自然と笑うように歪む。

茉莉が普通に生活できるように、大社では派手に動くつもりはなかったが、こうなった以上は仕方がない。

そう、仕方がない。

 

段々と、クスリが効いてきて、思考が纏まっていく。

奴がどういうつもりであれ、茉莉が普通の生活をする為には、私が巫女でない事実は隠さなければならない。

勘付かれた以上、赤嶺頼人とはそのうち決着をつけなければならないだろう。

それまでに、どれだけ準備ができるか。

まったく、こういうスリルのある状況は久しぶりだ。

ああ、本当に楽しくなりそうだ。

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