樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話 作:exemoon
『幸福の王子』
十九世紀末頃に、オスカー・ワイルドが執筆した短編小説。
幸福の王子と呼ばれたその像は、動けないが自我を持ち、多くの貧者たちを見て、苦しんでいた。
そこで彼は、道行く燕に、自身を彩る煌びやかな宝石や金箔を、貧しい人々に配ってもらうように頼む。
始めは嫌がっていた燕だったが、やがて人に施す喜びを知り、自ら王子像の傍に居るようになる。
最後には冬が来て、燕は寒さで死に、それを見た王子の鉛の心臓は二つに割れる。
そして、煌びやかさの欠片もなくなった王子像は溶鉱炉で溶かされ、それでも溶けなかった彼の鉛の心臓は、燕と共にごみ溜めに捨てられる。
やがて神が、あの町で最も貴いものを二つ持ってくるように天使に命じると、鉛の心臓と燕の亡骸を天使は持ってくる。
神は天使を褒め、王子と燕は楽園で永遠に幸福になる。
簡単にまとめると、こういうお話だ。
一見すると、この物語は自己犠牲の物語であり、思いやりの大切さを説いているようにも見える。
実際、そう語られることも多い。
しかし、この物語はそう単純な話ではない。
むしろ、多面的な解釈ができる、難しい物語とも言える。
例えば、王子の宝石や金箔を手に入れた貧者たちのその後が描かれていないことから、彼らの行く末には、議論の余地があるとされる。
また、王子の行いを、キリスト的な自己犠牲だと捉えることもできるが、一方的な施しで満足する独善に過ぎないと解釈する者もいる。
ワイルドの作品は、その描写の一つ一つが極めて緻密であり、また作品中に様々な隠喩を隠している。
その結果として、こういった解釈が数多く生まれ、ある者はキリスト教的な価値観を否定した作品とし、ある者は個人と社会の対立を描いた作品だとするなど、考え方にはきりがない。
考えすぎと言われる可能性もあるが、そもそもワイルドが、自身のエッセイにおいて、慈善行為こそを国の貧困問題がなくならない諸悪の根源、とまで断定したという事実を知っていれば、最初のような解釈をするのは、むしろ難しいだろう。
話はそれたが、ともあれ、この話は様々な解釈できるという点が重要だ。
十人いれば、十人色に。
それでは―――絵本を描いた横手茉莉の解釈は?
夕日が目に染みる。
この時間でもここまで日が落ちてきた辺り、随分と日が短くなってきたと感じる。
ここは、とある田舎の中学校。
既に放課後だが、まもなく、最終下校時刻になる。
その証に、学校のスピーカーから、郷愁を誘う曲が流れてきた。
ドヴォルザーク交響曲第九番「新世界より」第二楽章。
誤解ではあるが、ドヴォルザークの「家路」とも呼ばれる曲だ。
この学校でも世間の例に漏れず、最終下校の合図には、この曲を流しているらしい。
しばらくすると、多くの中学生たちが、校門から出ていくようになった。
それを少し離れたところから見ていると、ようやく目当ての人物が現れた。
友達と話をしながら歩いてくる少女。
なるほど、あの探偵は、仕事をしっかりしてくれたらしい。
写真通りの容貌だ。
それにしても、これではストーカーの謗りを受けて仕方がないだろうな。
そんな事を考えながら、俺は彼女の前に立った。
「こんにちは、横手茉莉さん。少々、お時間をよろしいですか?」
当然のように、彼女は怪訝そうな顔をした。
「あの、どちら様ですか?」
不安に揺れる瞳。
ごく普通の女子中学生の反応。
俺はそれに、奇妙な納得感を覚える。
「赤嶺頼人と申します。勇者、といえば分かりますよね?」
瞬間、彼女の顔は凍り付いた。
「どうぞ、好きなものを頼んでください。支払いはこちらで持ちますから」
ここは、近くにある喫茶店。
ゆっくり話すならこういう場所のほうがいいと思ったから、ここを選んだ。
今の時間帯は、空いているようで好都合だったのだ。
しかしながら、彼女の警戒した様子は変わらなかった。
当たり前の反応だろう。
「……それじゃあ、紅茶をお願いします」
「他にも頼んでもいいんですよ?」
「いりません。今はあまり、お腹は減ってませんから」
「そうですか」
店員を呼んで、珈琲と紅茶を注文する。
すると、あっという間にテーブルに届けられた。
やはり、空いている時間帯に来てよかった。
「それで……話って何ですか?ボクを、大社に連れていくつもりですか?」
「そんなことはしませんよ。ただ、少しあなたに聞きたいことがあったんです」
「聞きたいこと……?」
「ええ、四国まで避難してきたときのことです。あなたは、友奈の本当の巫女なのでしょう?」
「………久美子さんから聞いたんですか?」
「いえ、彼女とは別に、大社には親しい友人がいましてね。その人に教えてもらったんですよ」
「まさか、上里さんですか……?」
表情を変えずに頷く。
彼女は、あっさりと俺のブラフに引っ掛かった。
烏丸久美子の協力者は、有力な神官か、巫女か、そのどちらかだと思ってはいたが……ひなたか。
あのひなたがこんなリスクを冒すとは、結構意外だ。
勿論、可能性が高いのは分かっていたが、正直、協力者は神官であって欲しかった。
「さっきも言いましたが、あなたを大社に連れていくつもりはありません。ただ、いくつか質問に答えて頂ければ、それで自分は帰ります。二度と、あなたには近付きません」
「……どうして、ここに来た時のことなんて知りたいんですか?久美子さんに聞けばいいじゃないですか」
「彼女の主観じゃ、話が少々おかしくなりそうなので」
「ああ、確かにそうかもしれませんね」
俺の言に、横手さんは不思議なほど納得してくれた。
烏丸女史は、思った以上にやばい人だったのかもしれない。
そんな事を考えていると、彼女は俯き、暫く黙り込んだ。
何かを必死に考えているようだ。
やがて、彼女は何かを決意したかのように顔をあげた。
「…………話すのは構いません。ただ………お願いがあります」
「……なんでしょう?」
彼女は、躊躇いながらも、振り絞るように口を開いた。
「ゆうちゃんを……高嶋友奈さんを、戦わせないでください……!勇者を、やめさせてください……!」
「――――」
一瞬、言葉を失う。
まさか、そんな言葉が出て来るとは思わなかった。
横手さんは言葉を続ける。
「無茶を言っているのは分かります!けど、ゆうちゃんは、まだ十一の女の子なんです。あなたのような勇者が他にもいるんだったら、ゆうちゃんが戦う必要はないんじゃないですか……!?」
横手さんが、必死に言う。
まるで、妹を守ろうとする姉のように。
こんな反応は、全く予想していなかった。
だからといって、彼女の言葉に応じることは不可能だ。
まず、彼女の論理は破綻している。
この国が、世界が滅びかけている今、人類に戦力を手放す余裕はない。
他に勇者がいるから、なんて言葉が通じるはずもない。
それは分かる。
けれど……。
俺は内心の動揺を、熱い珈琲を嚥下することで、どうにか誤魔化す。
「誤解なさっているようですが、自分以外の勇者は皆、友奈と同年代の少女です。そもそも、自分にそんな権限はありませんし、第一、友奈が戦わない選択をすると思いますか?」
「なら、他の手段を考えるべきです!子供を戦いを押し付けるなんてこと、許されるべきじゃありません!赤嶺さんも、ボクと同じくらいの年齢ですよね?だったら、おかしいと思わないんですか!?」
真っ直ぐな言葉。
彼女は正しい。
人として、どうしようもなく正しい。
彼女は、友奈のことが大切だったのだろう。
誰が何と言おうとも、大切な人の安全を第一とする。
そして、子供が戦うべきではないという言葉。
等しく、人として正しい。
羨ましい程に。
「………残念ですが、他に方法はありません。バーテックスからこの国を守れるのは、勇者だけです。あなただって、分かっているでしょう?」
そう言うと、横手さんは黙り込む。
残念だが、これは三百年経っても変わらなかったことだ。
この時代に、他の方法なんてものが見つかるはずもない。
しかし、横手さんはそれでも諦めきれない様子だった。
友奈が勇者になったのは間違えだと、強く信じているらしい。
だが同時に、今という時には、人類は勇者を、子供を前に立たせるしかないということも分かっているのだろう。
だからこそ、苦悩している。
その気持ちは痛いほど理解できる。
しかし……。
「なら……ならせめて、ゆうちゃんを守ってください……」
やがて、彼女はそんな言葉を、辛そうに言った。
きっとここが、彼女の中の妥協点なのだろう。
認めたくないけれど、それでも認めざるを得ない境界線。
この約束は、するべき……なのだろう。
友奈は自分が守ります、安心してください。
そう言えば、彼女は多くの情報をくれるだろう。
「赤嶺頼人」は、そうすべきだと考えている。
けれど………その約束は………。
「…………」
「…………言ってくれないんですね。守ってくれるって」
「………いえ、分かりました。可能な限り、友奈が傷つかないようにすることを、お約束します」
努力して、その言葉を絞り出す。
すると、横手さんはほんの少しだけ安心した様子を見せた。
今の答え方が、玉虫色なことを知ってか知らずか。
そも、こんな約束は、ただの気休めにしかならない。
実際の戦場では、不測の事態などいくらでも起こり得る。
そんな言い訳を頭の中で重ねるも、俺が汚い人間であることには、変わりはない。
やがて、彼女は四国に来るまでの事を、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
俺は、それをただ、黙って聞いていた。
話が終わる頃には、窓から差し込む光は、温かな陽光から無機質な電灯のそれに変わっていた。
随分と遅くなった。
「すみません。辛いことを思い出させましたね。話してくれてありがとうございました」
「いえ、いいんです……」
横手さんは暗い顔で言う。
随分と、無理をさせてしまったようだ。
絵本の話題は、避けるべきだろう。
彼女が何を考えてあの絵本を描いたにせよ、今の話で俺の中での解釈は固まった。
「横手さん、お礼といっては何ですが、これを受け取ってください」
持って来ていた紙袋を手渡す。
「これは……?」
「三輪素麺です。香川に残っていた、本物の」
乾麺の賞味期限は約三年。
おかげで四国にも、ごく少数だが残っていたのだ。
もっとも、価格は非常に高騰していたため、手に入れるのは一苦労だったが。
「え、いいんですか……?」
「勿論ですよ。そのために持ってきたのですから、受け取ってください。」
彼女はお礼を言って受け取ると、少し考えた様子を見せ、それから俺に尋ねた。
「あの、一つだけ聞いていいですか?」
「何ですか?」
「赤嶺さんは、なんで戦うって決めたんですか?普通に暮らそうって思わなかったんですか?」
その質問に、息が詰まる。
普通に暮らす幸せ。
昔の俺は、確かにその為に行動し続けていた。
けど、今は………。
「……こういう状況ですから仕方ありませんよ。この世界に滅んでもらっては困りますし」
「………それが、自分を犠牲にすることでも、ですか?」
「…………そんなつもりはありませんよ。普通に暮らすのが一番だと思いますし。俺も大切な人達と、普通の日常を送りたかった」
「だったら」
「けどね、横手さん。………俺の日常は、もう戻ってこないんですよ。絶対に」
「え…………?」
口が滑ったな。
「今のは忘れてください。そろそろお暇します。それと、これは自分の連絡先です。友奈に会いたくなったら、ここに連絡をください」
小さなメモ用紙を彼女に手渡す。
「赤嶺さん。あなたは…………」
彼女は、何か言いたげな表情を浮かべるが、俺はそれを敢えて無視する。
言ってはならない事を言ってしまった。
「こちらからは、以後あなたに近付くことはしません。大社に連れて行くようなこともしません。それは、お約束します。……それでは」
伝票を手に取り、席を立つ。
会計を済ませ、店を出ると冷たい風が頬を打った。
歩き始めると、ちりんという音が背中から聞こえた。
喫茶店のドアベルが鳴った音だ。
振り向くと、横手さんがいた。
「あの……!」
何か言いたいことでも残っていたのだろうか。
彼女の言葉に耳を傾ける。
「えと、ボク、絵本作家になるのが夢で……。だから………」
彼女は、何かを頑張って言おうとして、それでも口ごもっている。
きっと、言うべきことが纏まっていないのだろう。
「だから、本を出したら読んで下さい……!きっと、赤嶺さんも、ゆうちゃんも笑顔にするような本を出しますから………!だから―――!」
その後に続く言葉は分かっていた。
後に続く言葉の重みを感じて、彼女はそれを口に出せなかったのだろう。
彼女はつくづく良い子だ。
察しもいい。
だからこそ……。
「……ありがとう横手さん。その時は、きっと読みますよ」
そう言って、俺は彼女の前から立ち去った。
今度は、振り返らなかった。
帰り路を歩いていると、少しだけ寒気が走った。
もうすぐ、冬が来る。
いよいよ時間が無くなってきた。
夜空を見上げ、思う。
どうして、俺はああなれなかったんだろう、と。
次の日の夕方。
丸亀城の本丸。
ここからの眺めは悪くない。
瀬戸内海が一望でき、遠くには微かに本州が見える。
三百年も昔に行ったきりの、本州が。
この光景を見るたびに、胸がざわめく。
多くの醜い思考と感情が入り乱れ、不安さえも生まれる。
果たして自分は、最期まで「赤嶺頼人」を貫けるのだろうか、と。
考え終えると、深呼吸をして集中する。
水のように平らかに、揺らぎがないように心を落ち着ける。
そして、感情を完全に切り離す。
理性だけで動けるように、自らを調整する。
これで、ちゃんと話せるはずだ。
「あ、頼人君、おまたせー!」
やがて、遠くから声が響いた。
友奈の声だ。
見れば、ジャージ姿。
小走りでこちらに向かってくる。
「ああ、悪いな。急に呼び出して」
「気にしなくていいよ!それで、話って何かな?」
息を弾ませて友奈が言う。
人を疑うことを知らないような、純真な瞳。
今は、その瞳を見返すのが、少しだけ怖い。
「ああ、とりあえず……組手でもしながら話そうか」
「うん!……って、ええ!?」
友奈が素っ頓狂な声を出す。
そりゃそうなるだろう。
突然呼び出されたかと思えば、組手をしようと言われても、普通は混乱するだろう。
「ほれほれ、どこからでも掛かってきていいぞ?」
簡単に構えながら、お気楽風に言うと、友奈も構えた。
つくづく、順応が早い。
「う、うん、分かった!じゃあ、思いっきり行くね!」
「ああ、どうぞ」
そう言うと、友奈は飛び掛かってきた。
中々早い。
正拳突きのワンツーに回し蹴り、様々な技を組み合わせてくる。
それを俺は、前腕や手の平を使って捌きながら、質問を始める。
「なあ、友奈。お前はなんで戦うことを決めたんだ?」
「え、どうして?」
「友奈のこと、知りたいんだ、よっ!」
言葉と共に、牽制のジャブを放つも、友奈はそれを防ぐ。
友奈の心の、柔らかい部分。
そこに触れるために、まずは簡単な問答によるウォーミングアップを始める。
他の勇者は、友奈とは少し違う。
若葉は復讐の為に、球子は杏を守るため、戦うことを決意している。
杏もまた、球子を気遣って戦おうとしている。
千景は逆に、戦うことには消極的だ。
なぜ自分達が戦わないといけないのかと、考えている節がある。
このように彼女達にはそれなりに理由があり、逆に理由がなければ戦うことに消極的だ。
しかし、友奈は他の少女たちのように、戦う明確な理由が見えない。
けれど、千景のように戦いに消極的でなく、普通に受け入れている。
神世紀なら兎も角、この時代においては珍しい。
どう答えるか、と考えていたら………。
「そんなの決まってるよ!だって私、勇者だから!」
すがすがしい程に、真っ直ぐな言葉。
誰かを思い出しそうになり、誤魔化すように、掌底を友奈の顔面に見舞う。
「わっ……!」
それを友奈は、状態を反らして躱す。
いい動きだな。
逸らした直後に、蹴りを放ってきた。
後ろに跳びのき、距離をとる。
「別に勇者の力があったって、戦わなくてもいいはずだ。その力を、自分の為だけに使うことだって」
「でも、私が戦えば、少しでも傷つく人が減らせるから……!」
友奈が地を這うように走り、跳び蹴りを放つ。
瞬間、俺はその足を掴み、放り投げる。
友奈はくるりと回転し、地面に着地した。
「そんなに、本音を言うのは怖いか?」
「え?」
その瞬間、初めて友奈の顔色が変わった。
「私、嘘なんて言ってないよ?」
「かもな。けど、本音だというわけでもない。今まで見てきて分かった。お前は極端に自分を出さない。雰囲気を悪くしたり、そういうのが嫌なんだろう?」
「それ、は………」
一気に、友奈の隠したい心を暴く。
友奈の柔らかい部分に、立ち入る。
同時に、一気に踏み込み、ジャブを放つ。
当たらないように調整したそれを、友奈は防ぐ。
防いでしまう。
判断力が落ちている証だ。
「そんなに仲間が、周りの人間が信用できないか?確かに、一人で背負うのは楽だもんな。誰も信じずに済むから」
「ち、違うよ……!みんなを信じてない訳じゃ……!」
「でも、ぶつかるのは怖いんだろ?今、この瞬間だって、お前はこの空気を変えたいと考えている。和をもって貴しとなせ。日本人らしい考え方だが、それじゃあ何も変わらない。ただの、馴れ合いにしかならない」
断定し、友奈が言い返せないよう矢継ぎ早に言葉を紡ぎ続ける。
彼女の根っこに揺さ振りをかけ続ける。
友奈が正常な思考を取り戻さないよう、適度に腕を振るう。
「自己犠牲に酔っているのなら、戦うのを止めろ。そんな考え方は、自分を殺すぞ」
まったく、道化のようなセリフだ。
厚顔無恥にも程がある。
されど、友奈は反応した。
「……違うよ」
「何が?」
「私が戦うのは自己犠牲とか、そういう綺麗な理由じゃないんだ……。ただ、人が傷ついたり、苦しんだりするのを見るのが嫌で……。だから……だから、決めたんだ!全部背負うって……!!」
瞬間、友奈が一気に踏み込み、拳を放つ。
今日一番の速さだ。
刹那、俺はあの絵本のことを思い出した。
『幸福の王子』
絵本ではこう訳されることが多いが、小説として収録される際は、『幸福な王子』と訳される場合が多い。
この訳を踏まえて物語を読んだとき、ふと思った。
人々に財宝を配っていて、本当に幸せだったのは、王子自身だったんじゃないかと。
『幸福の王子』の作中では、王子は貧しい人々の苦しみを見て、それを何とかしたいと思い、燕に自分の装飾を人々に与えるように言う。
心理学的にも、他人を救うことで自分が救われる、だとか身近な話では、人に奢られるよりも人に奢る方が、幸福感を感じる、なんて話がある。
つまり、俺の解釈はこうだった。
王子は、自分が幸福を感じるために貧者に財を施すが、結果として、燕を死に追いやってしまう。
そのため、王子はより一層苦しみ、その心は割れてしまった。
この解釈を、友奈に当てはめ考えると、ある推測が生まれた。
エンパス、という呼ばれる人達がいる。
彼らは、非常に高い共感力を持っていて、感情や思考を読み取る力に長けており、非常に空気を読める人間、とも言える。
反面、彼らはその高すぎる共感力故に、他人の痛み、苦しみを自分のものとして認識してしまう。
酷い場合には、近くの人の体調が悪かった場合、自らも同じ症状で体調を崩してしまう。
そういう気質も相まって、彼らは自分よりも他人を優先する傾向が強く、争いごとも嫌う。
友奈の特徴とも一致する。
無論、これは憶測にすぎない。
全てが当てはまるわけではないし、第一、俺は心理学者ではない。
多分に誤解はあるだろう。
だがそれでも、友奈はそれに近い気質はあるのだろう。
この考えに基づくと、やはり、友奈は周りの人間の苦しみを、自分の苦しみとしてとらえてしまう子だと考えられた。
そのため、他人が苦しむのを恐れる。
見方によっては、勇者として周りの人々を守っていたのは、自分が苦しみたくないから、怖い思いをしたくないから、とすら言えるだろう。
少なくとも、本人はそう思って戦っていたのではないか。
王子が、苦しむ人たちを見たくなかったように。
故に、友奈は自分勝手な理由だと言った。
綺麗な理由じゃないと。
しかし、現実には、一番傷つくのは友奈だ。
そのため、矛盾した理由のようにも見られ、理解もされない。
それが、俺の、「高嶋友奈」という少女の解釈だった。
俺は身を捻り、その拳を避け、同時に友奈の頬を手の平で包み込み、ひょいと押す。
同時に足を払うと、途端に友奈は体勢を崩し、倒れ込んだ。
その直前に、俺は友奈の腰を抱きとめた。
「知ってたよ」
「え……?」
「自分が辛い思いをするより、誰かが苦しむ方が辛いんだよな。友奈は」
友奈が体勢を立て直したところで、手を離す。
そうして、俺は少し離れ、本丸の石ベンチに腰掛ける。
隣をポンポンと叩くと、友奈はおずおずと座り込んだ。
「だけどさ、友奈。そうやって、友奈が苦しい思いをして、それを見て、辛い思いをする人もいるんだ。横手さんもそうだっただろ?」
「横手……。頼人君、茉莉さんのこと知ってたの?」
「烏丸さんに聞いてね。昨日、会ったんだ。友奈のこと、心配してた」
「そうなんだ……。元気にしてた?」
「ああ、学校も楽しそうだったよ」
「そっか。よかった……。頼人君。さっきの話、もしかして……?」
「ああ、茉莉さんに色々聞いたんだ」
そう言うと、友奈は少し驚いたような納得したような表情を見せた。
そして、いつもと違い、少しだけ緊張した面持ちになって、口を開く。
「じゃあ、頼人君も、私が戦わない方がいいって、思ってるの……?」
「そうは言ってないよ。さっきのことなら……ごめん。嫌な思いをさせたな」
「ううん。私が本音で話さなかったから、頼人君は怒ったんだよね」
「それもあるけどさ、俺が言いたかったのは、友奈は一人で抱え込みすぎだってことだよ。さっきなんか、自分で全部背負うなんて言ってたし」
「え……?」
「だからさ、友奈の荷物を一緒に背負うって言ってるんだ。同じ勇者なんだから、頼ってくれよ。友奈が一人で背負い込んでるところを見るほうが苦しいんだから。拒否すれば、これからの会話が気まずくなっちゃうぞ?それは嫌だろ?」
少しだけ、ふざけた様子で問いかける。
「頼人君………」
「言ってほしいんだ。怖いなら怖いって、苦しいなら苦しいって。皆に言うのが怖いなら、俺だけにでも言ってほしい。友奈の本音を聞いても、俺は絶対、嫌な気持ちにはならないからさ」
友奈の手を握って、可能な限り優しく語り掛ける。
「ほら、試しにここに来るまでの事、話してくれないか?どうせ俺は、横手さんから色々聞いてるんだから、どんな話でも、驚かないし、嫌な気持ちにならないよ」
「でも……」
「思い出したくないかもしれないけど、こういうのは、誰かに話した方がすっきりするもんだよ。だから、ほら」
友奈はそれでもなお、逡巡する様子を見せた。
もう少し、声を掛けるべきか。
いや、待つべきだろう。
ここで焦っては、全て水の泡だ。
しばらく迷った末に、友奈はゆっくりと話を始めた。
御所から四国までの道中の話。
両親を助けられなかったこと。
どんどん人々の雰囲気が悪くなっていったこと。
それが、たまらなく嫌だったこと。
多くの哀しみや苦しみを、友奈は語ってくれた。
話が終わると、俺は友奈を抱き寄せて、頭を撫でた。
「怖かったな」
「……うん」
「辛かったな」
「……うん」
「頑張ったな」
そう言うと、友奈は俺の服に顔をうずめた。
暖かいものがジャージに染み込んでいく。
ふと、思う。
きっと、友奈には、自分を理解して、共感してくれる人がいなかったのだろう。
こういう風に、苦しかったね、辛かったねと、頭を撫でてあげる人がいなかったのだろう。
胸の内に、あらゆる不安や苦しみを抱え込んで、どうしようもない状況の中、戦っていたのだろう。
弱音も吐かず、たった一人で。
それは、なんて孤独だったのだろうか。
しばらくして、俺達は本丸から離れた。
寄宿舎の近くで離れる間際、友奈は頬を少しだけ赤くして言った。
「今日はありがとう、頼人君。一緒に背負うって言ってくれて、すごく嬉しかった」
「気にするな。仲間なんだからさ」
「それでも、すごく嬉しかったよ。ありがとう」
「なら、今度はもっと昔のことを教えてくれ。友奈が昔、どんな感じだったかとかも知りたいしさ」
「うん。また、今度ね」
友奈は嬉しそうな、照れたような様子で言った。
そうして、俺と友奈は別れた。
友奈が去った後、本丸に戻る。
石ベンチの裏に隠しておいた荷物から、ボイスレコーダーを取り出して、録音を終了させる。
音声を確認すると、果たして友奈の四国までの道中の話は、全て綺麗に録音されていた。
つくづく、己の汚さに吐き気を催す。
これが、こんなものが勇者か。
ふと、酷薄な笑みがこぼれた。
ああ、「赤嶺頼人」。
「俺」は……お前が許せない――――