樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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大満開の章が……大満開の章が終わってしまった……。
喪失感が………。


始動

「俺を会議から外す?」

 

『はい。父によると、そうすべきだという話が一部の神官の間に広がりつつあります』

 

美佳からの連絡に、思わず眉をひそめる。

内容自体には、驚きはない。

俺を会議から外したいと思う人間が出ることは織り込み済みだった。

まあオブザーバーに会議を引っ掻き回されたくないというのは当然の心理だ。

問題は……。

 

「早すぎるな……」

 

先日の会議から、そう日は経っていない。

それに、会議で毎回出しゃばっていたのなら兎も角、この一件だけで神官達がそういう動きを見せるとは想定していなかった。

意思統一には時間がかかるものだし、何よりこの状況でそんなことをしては、政争の火種にすらなり得る。

 

「美佳、難しいとは思うけど、話の発生源と範囲を探ることはできる?」

 

連中の反応は、いささか過敏すぎる。

特定の誰かの意思が介在していると考えるべきだろう。

 

『謹んで拝命いたします。調査には、一週間程かかりますので、それまでしばしお待ちくださいませ』

 

「ありがとう。美佳がいてくれて助かるよ」

 

『もったいなきお言葉、恐悦至極でございます』

 

………それはそうと。

 

「………あの、美佳?もうちょっと気軽にしてほしいんだけど……」

 

最近気になっていたが、なんかどんどん美佳の言葉遣いが仰々しくなっていってる気がする。

あの会議辺りからは特に。

正直、居心地があまりよろしくない。

 

『畏れながら、これでも敬意を表しきれていないのでございます。何卒、ご容赦くださいませ』

 

「うん、美佳の気持ちは嬉しいけど、正直肩がこるから、せめて前と同じようにしてくれない?」

 

『しかし……』

 

「強制はしたくないんだよ」

 

『……かしこまりました』

 

不承不承といった様子で、美佳は承諾してくれた。

俺でこうなら、千景と会った時、どうなることやら……。

それはさておき……。

 

「話を戻すけど、さっきの件、十分注意してくれ。俺達の動きに気付いている人がいるから」

 

『まさか、この件も……?』

 

「ああ。多分、烏丸さんが絡んでいる」

 

烏丸久美子。

彼女は友奈を導いた実績により、年齢に反して大社内では特別視されている。

その立場に加えあの頭脳なら、この程度はできるかもしれない。

先日の一件で、彼女の怒りを買った可能性が高い。

確証もない段階であれを話したのは、間違いだったかもしれない。

 

『烏丸先生が……』

 

美佳が少し暗い声で言う。

先日伝えたことではあるが、やはり消化しきれていないようだ。

仕方のない事だろう。

 

「ともあれ、気を付けてくれ。俺はいいけど、美佳に何かあっては困るから」

 

『ありがとう……ございます……』

 

「ん。それより、もう一つ頼みたいことがあるんだけど―――」

 

 

 

 

 

二〇一六年十一月中旬。

いよいよ風は冷たくなってきており、冬の訪れを感じされる。

そんなある日。

若葉がいつものように、諏訪との定期連絡を行っていて、ひなたはそれが終わるのを通信室の近くで待っていた。

若葉は、諏訪の勇者である白鳥歌野と話す時間を大切にしていて、よくその話をひなたにする。

二人が直接会ったことはないが、きっと若葉にとっては、白鳥は大切な友達なのだろう。

ひなたは待っている間、そんなことを考え、そしてぶれた思考を元に戻した。

先日、大社で烏丸に会った時のことを思いだす。

 

「烏丸先生。どういうことですか?頼人さんを会議から追い出すだなんて」

 

「言っておくが、これは上の連中の意向だ。私じゃないぞ」

 

「ですが、口火を切ったのは、烏丸先生ですよね?」

 

ひなたはそう言って、烏丸を問い詰める。

複数の神官から、烏丸がこの件に関わっていることを聞いていたのだ。

 

「よく調べているな。ああ、その通りだ。確かに私は連中を煽ったさ。だがな上里。遅かれ早かれこうなっていたのは、お前だって分かっていたはずだ」

 

「それは……」

 

「赤嶺は会議で目立ちすぎだ。郡千景の件なんて、明らかにオブザーバーの権限を越えた動きだ。誰だって、子供に会議を引っ掻き回されたくはないだろうさ」

 

「ですが……頼人さんは、会議への参加権を、戦う条件として提示しています。それを、大社の方から破るのは……」

 

「所詮、子供との約束だ。連中が大真面目で守りたいと思っているはずもないだろう」

 

烏丸の言は正しい。

確かに、子供の意見に振り回されるような会議は健全ではない。

それが、国防を担う大社の会議であれば、なおさらに。

しかしながら、頼人が会議で発言したのは一度。

それでここまで話を大きくするなんて、普段のやる気のない烏丸からは考えられなかった。

まるで、頼人に思うところがあるような行動だ。

 

「どうして……そこまで頼人さんを?」

 

「分かってないのか。やはり、お前じゃないんだな」

 

「……なんのことですか?」

 

「茉莉のことが、赤嶺頼人に漏れた」

 

「なっ……そんなはず……!?」

 

ひなたは思わず叫んだ。

烏丸を巫女と偽った一連の偽装工作は全てひなたがやったのだ。

それが、四国に来て日の浅い頼人にバレるなんて、とても信じられなかった。

 

「赤嶺頼人は一度、私の部屋に来たんだ。その時、あからさまに茉莉のことを示唆する発言をした。おまけに、茉莉から私に届いた荷物、その住所を嗅ぎまわっているやつがいたそうだ」

 

「……裏に、頼人さんがいると?」

 

「ああ。奴がどうやって突き止めたのかは分からないが、このままではまずい。もしかすると、お前との繋がりすらバレているかもしれん」

 

「ですが、何のために……?」

 

「さあな。私を手駒にしたいのか、もしくはもっと子供染みた理由か。どちらにしても、交渉材料は作っておく必要がある」

 

「本当に、交渉だけで済ませるつもりなんですよね?」

 

「交渉がまとまらなかったら、その時はその時だ」

 

「纏まってほしくなさそうな顔ですよ?」

 

「そう見えるか?」

 

「ええ。酷く楽しそうに見えます」

 

烏丸の口元は、笑いをこらえるように歪んでいた。

まるで、この状況を楽しんでいるかのようだ。

 

「そうか。だとしても、やることに変わりはない。お前も、何かしらの手を打っておいた方がいい」

 

「私が、あなたをこの場で切り捨てるとは考えないんですか?」

 

「あれは一種の化け物だ。正直、あそこまで理解できない人間を見るのは初めてだよ。私を切り捨てたところで、あれが止まるかは分からん」

 

その時、ひなたは頼人を化け物呼ばわりすることに、反感を覚えた。

けれど、同時にそれを咎めることもできなかった。

赤嶺頼人。

余りにも謎が多い勇者。

彼の経歴も、彼が何故男性でありながら神威を宿せるのかも、あの斧の正体も、一切が不明。

何故、烏丸のことを探っているのかも、まるで分からない。

謎だらけの人物。

優しくて良い人だとは思う。

正直なところ、ひなたも頼人には好感を持っている。

しかしながら、その人物像と久美子の語る人物像は一致しない。

考えたくはないけれど、もし頼人さんが良からぬことを考えていたら……。

ひなたが悪い方向へ物事を考えようとしていた時、物音がした。

若葉が通信室から出てきたのだ。

 

「すまない、ひなた。待たせたな」

 

「いえ、私が好きで待っていたんですから、若葉ちゃんは気にしなくていいんです。それより、諏訪の様子はどうでしたか?」

 

「ああ……。また、生活圏が狭まったらしい……」

 

「そうですか……」

 

諏訪の状況は厳しい。

諏訪湖周辺の結界は、御柱により形成されているが、その御柱の耐久力は無限ではない。

御柱がおられて結界が破壊されれば諏訪は壊滅する。

その為に白鳥が御柱を防衛しているが、戦える勇者は白鳥一人。

増えていく敵に対応するには、どうしても限界がある。

そのため、土地神は結界の範囲を縮小して、強度を高める判断を下し、諏訪は生活できる範囲が徐々に狭まってきているのだ。

失われる地域にも当然人が住んでいる。

諏訪の土地神の恵みは、四国に比べ少ない為、住居問題だけでなく食糧問題など、問題は山積している。

 

「だが、悪い事ばかりでもないらしい。最近は、白鳥さんと共に畑を耕す人が増えてきたそうだ」

 

「流石、諏訪の勇者ですね」

 

厳しい状況。

それでもなお、白鳥は希望を持って戦い続けている。

若葉もひなたも、そんな白鳥のことを尊敬し、同時に白鳥達の力になれないことを歯痒く感じていた。

 

「ああ。強い人だ。私も、そうありたいとよく思うが……」

 

「若葉ちゃん?」

 

「いや、最近思うんだ。私は果たして、リーダーに相応しいのかと……」

 

若葉は、自身の硬すぎる性格が周囲に誤解を与えてしまうことを理解していた。

実際、仲間全員と信頼関係を築けているかというと微妙なところだ。

この疑問は、最近になってさらに強くなってきていた。

理由は、あの少年だ。

高い身体性に、柔和で大人びた性格。

学業も優秀。

元から気さくな友奈は勿論、気弱な杏とも、活発な球子とも、周囲と壁を作っていた千景とすらも、仲良くなってしまった。

現状、最も統率力のある勇者だと、担当教員からも高く評価されている。

若葉は未だ、千景とはちゃんと会話ができていないし、また、得意分野である剣術ですら頼人に後れを取っている。

自信がなくなるのも、無理のない事であった。

事実、大社では一時、暫定リーダーを頼人に変更するべきではないか、という意見が出たこともある。

これは、先の事実に加え、リーダーとなる勇者が女性ではなく男性の方が、国民への心理的効果が高まるのではないかという考えがあったからだ。

神官達にはいわゆる古いタイプの人間が多く、無意識レベルでの男尊女卑的価値観がこの考えを後押しした面もあるのだろう。

だが、結局この案は流れた。

理由は頼人の言動。

会議への参加権を求めたことに加え、巫女との接触を望むなど、勝手な動きが多く、さらにオブザーバーの立場でありながら会議で発言を行ったことにより、一部の神官から顰蹙(ひんしゅく)を買い、リーダーにすればますます増長するのではないかという意見から結局、若葉が暫定リーダーに据えられ続けることとなった。

ひなたはそれを知っていたが、それでも若葉はリーダーとしてやっていけると信じていた。

 

「大丈夫ですよ若葉ちゃん。若葉ちゃんには、若葉ちゃんにしかない良いところがいっぱいあります。リーダーだって、立派に務めていますよ」

 

「……そうだろうか」

 

ひなたはそう言ったが、本当にそうなのか、若葉には分からなかった。

普通なら、頼人に嫉妬の一つでもするのだろうが、若葉は純粋に相手を尊敬し、それ故にこうして悩む。

それは若葉の長所でもあったが、同時に若葉自身をも苦しめていた。

そんな若葉の心を察して、ひなたは努めて明るく言った。

 

「さぁ、若葉ちゃん帰りましょう?今日の晩御飯は骨付鳥ですよ?」

 

「ああ、そうだったな」

 

そうして寄宿舎に戻る。

ひなたは思う。

いずれ、彼女達は勇者として戦わなければならない。

きっと自分では、本当の意味で彼女達の苦しみを理解してあげることはできないだろう。

なら、自分ができることは?

若葉の為に、勇者の為に、自分はどれほどのことができるのだろうか。

そこまで考えて、ふと思った。

勇者である頼人が何かをしようとしているとして、それを止める権利が自分にあるのだろうか、と。

 

部屋に戻ってからも、答えは出なかった。

そもそも、頼人が一体何を企んでいるのか、まるで分からない。

優しく良い人だと思うが、かといって何も考えず、この件を直接問い質すのも危険だと感じる。

どうしたものか……。

そこで、ひなたのスマホが着信音を鳴らした。

電話の発信者は、頼人だった。

 

 

 

 

 

それからしばらくしたある日の午後。

ちょうど、大社に頼人が訪れている日のこと。

頼人は、唐突にひなたと久美子に自分の部屋に来るように求めた。

この時点で久美子は、自分達の秘密が全て頼人に漏れていることを確信した。

おそらく、決着をつける気だろう、と。

 

「それで頼人さん。私達を呼び出した訳を聞かせてもらえますか?」

 

「ああ。その前に、こちらを聞いてもらおうかな」

 

そう言って頼人は、懐からボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。

レコーダーからは、友奈の声が響いてきた。

内容は、ひなたが久美子を巫女ということにしたという証言だった。

あの友奈から、情報を聞き出すとは……。

久美子は少しだけ驚く。

 

「頼人さん……まさか、友奈さんを……?」

 

「ああ。騙して情報を頂いた」

 

「頼人さん……!」

 

ひなたは非難するような声をあげるも、頼人の表情は変わらない。

 

「騙したのは悪いと思っているが、お前がやったのも同じことじゃないのか?」

 

「それとこれとは……!」

 

「違わない。お前なら分かっているはずだ」

 

「もういい上里。それで、赤嶺頼人。お前の望みはなんだ?」

 

「簡単な話です。お二人にご助力を願いたいと思いましてね」

 

「何のためだ?」

 

「仮にも自分は勇者ですよ?やることなんて決まっているじゃないですか。世界を守るためですよ」

 

「その割には、随分汚いやり方だな。人の弱みに付け込むことが、勇者のやることか」

 

「必要とあらば」

 

「必要か……。お前は必要ならなんでもやるのか」

 

「勿論。人を騙しもしますし、どんなことだってやりますよ。それが未来の為ならば」

 

「人殺しもか?」

 

「……どんなことも、と言ったはずですよ。この意味、分かりますよね?」

 

久美子はこの言葉の裏にある、危険な意味を感じ取る。

ひなたもそれが分かったのだろう。

しばし、沈黙が生まれた。

やがて、ひなたがゆっくりと口を開いた。

 

「それで、頼人さん。あなたは私達に、具体的に何を要求するんですか?」

 

「一言で言うなら、自分の部下として働いてもらう。大社内での根回しなどの工作だったりそういったことをメインで」

 

「逆らえば?」

 

「その時点で、二人の嘘を暴露する。横手茉莉は大社に巫女として縛られ、烏丸さんは追放。ひなたは、巫女としての信頼を全て失う。少なくとも丸亀城にはいられなくなるでしょう」

 

「それだけか?」

 

「今のところは。暴力は苦手でして」

 

先の言といい、明らかに頼人は茉莉への暴行を示唆していた。

少なくとも、勇者のやるようなことではない。

 

「なあ赤嶺。お前はなぜこんなことをする?」

 

「分かってるでしょう?上の人間ははっきり言って、指導者に向いていない。今は、無能が許される平和な時代じゃないんです。馬鹿の下で戦って死ぬのはごめんなんですよ」

 

「頼人さん……」

 

ひなたが少しだけ辛そうな顔を見せる。

ひなたは昔からの親友が勇者であるため、多少、頼人に同情的なのかもしれない。

だが、そんなこと、久美子には関係なかった。

 

「……赤嶺頼人。確かにお前の言う通り、神官達はこの戦争指揮に向いてないだろう。神官達は学者と同じで、自分の専門分野以外では無知無能だからな。だがな、だからと言って、お前の方が優れているとは言えないだろう。客観的に見てお前はまだガキだ。それに、いくら大義の為だからと言って、脅迫なんて手段をとるような人間を、どうしたって信用できない。やはり、この話は断らせてもらう」

 

「あら、いいんですか?」

 

「私がこの件について、全くの無策だとでも思ったか?」

 

「ふむ。例の、自分を大社本部から締め出すって話ですか?」

 

「知っているのなら話は早いな。仮にお前が全てを暴露したとしても、その後、大社にお前の居場所はない。お前が何をしようとしているかは知らんが、それは頓挫する。共倒れにはなりたくないだろう?」

 

「……なるほど。勝つのではなく負けない方法をとりましたか。中々いい考えですね。ですが……その程度のことはどうとでもなります」

 

「………ほう?」

 

「考えてもみてください。この件が明るみになれば、事は最早、巫女の一人二人程度の問題ではなくなります。最悪、巫女という存在そのものが疑問視されかねません。大社の混乱は、想像もつかないレベルになる。その状況で、一オブザーバーの会議参加権など、問題になるはずがない。間違いなく、有耶無耶になるでしょうね」

 

余りにも速い切り返し。

この程度の質問は読んでいたのだろう。

 

「あまりに楽観的な考え方だな」

 

「そうですかね?逆に、本当にそうなるとでも思っているんですか?」

 

互いににらみ合い、考えを張り巡らせる。

頼人は、終ぞ表情を変えなかった。

ブラフも何もかも、通用していない。

 

「………分かった。お前の勝ちだ。働いてやる」

 

「烏丸先生!?」

 

「おや、あっさり引き下がるんですね?」

 

「ここまで弱みを握られていれば、どうしようもない。上里、お前もこいつには逆らわない方がいい」

 

「そんな……」

 

「ふふ、烏丸先生。あなたは本当に賢いですね」

 

「昔から、それなりに要領はよくてな。つくべき相手は間違えない」

 

「そっちじゃありません。隠し持っているボイスレコーダーの方です」

 

「…………何のことだ?」

 

久美子は怪しそうに眉をひそめる。

本当に、何も知らないかのように。

 

「とぼけないでください。力づくで奪ってもいいんですよ」

 

「……やってみろ」

 

「そうします」

 

あまりにも短い、一瞬の交錯。

その二人の動きを、ひなたが見えなかったほどの刹那。

気がつけば、久美子は床に抑えつけられていた。

 

「頼人さん!?」

 

「ぐっ……」

 

「初めて見た時から思ってましたが、それなりに武術はやってたみたいですね。仮目録、といったところですか」

 

頼人はそう言いながら、烏丸の服をまさぐる。

 

「クソ……。婦女暴行で訴えるぞ」

 

「お好きにどうぞ。……ほら、ありましたね」

 

やがて久美子の白衣のポケットの中から、小さな機械が出てきた。

確かにそれは、ボイスレコーダーだった。

 

「やっぱり貴方は優秀だ。所詮、大社から赤嶺頼人を追い出す、なんて話はこうして自分と接触するための餌だったんでしょう?こういう脅迫現場の音声をこうして録っておけば、優位とまではいかなくとも、対等な立場にはなりますからね」

 

「……用は済んだだろ?さっさと降りろ」

 

「ダメです。他にも持ってるんでしょう?」

 

「それ一つでいくらすると思ってるんだ?一つしかない」

 

しかし、頼人はそんな言葉にも惑わされなかった。

 

「自分だって、これ以上あなたにひどいことはしたくないんですよ」

 

「………分かった」

 

久美子はズボンのすそをまくり上げ、服の下から小さな機器を取り出した。

 

「これでいいか」

 

「もう一つありますよね?そちらも、出してください」

 

「…………」

 

しばらく黙った後、久美子は髪の中から、レコーダーをもう一つ取り出した。

 

「これで全部だ。まだ調べるなら好きにしろ」

 

「結構です。それじゃあ、話の続きをしましょうか」

 

頼人はレコーダーを受け取りながら、何事もなかったかのように続けた。

 

「さて、これからすべきことですが、まず、大社の上層部を始末します。お二人には、その後の権力闘争に力を貸してもらうつもりです」

 

「……待て。始末とは……連中を殺すということか?」

 

「それ以外の意味に捉えられましたか?」

 

「頼人さん。それはいくらなんでも見過ごせません……!人を殺すなんて……!」

 

「断ると言うのか、ひなた」

 

「当たり前です!そんなこと……絶対にさせません!」

 

「本当にいいのか?そんな事を言って」

 

そういうひなたに、頼人は冷ややかに言った。

 

「友奈さんの証言を流したいのならどうぞ。ですが、大社での信用なら私達の方があります。思い通りにはさせません!」

 

「確かに、お前は賢いからな。すべてが思い通りに行くとは思ってないさ。だがひなた、これだけは保証しておいてやる。断れば、お前は二度と若葉と会えない。絶対に、どんな手段を用いても、再会できる可能性を徹底的に潰す。これだけは絶対に保証しよう」

 

「っ……!」

 

「烏丸さんも覚えておいてください。自分に逆らえば、どういうことになるか」

 

頼人がそう言うと、部屋は沈黙に包まれた。

静寂が部屋を支配する。

無音状態の部屋。

静けさのなか……カチリ、という音が鳴り響いた。

 

「さて、こんなものでいいか。ひなた、もういいよ」

 

頼人は、テープレコーダーの録音終了ボタンを押して、そう言った。

 

「頼人さん?いきなり取っ組み合いだなんてやめて下さい。何かあったらと思うと、冷や汗ものでしたよ」

 

打って変わって、親しげに話す頼人とひなたに、思わず久美子は困惑を覚えた。

 

「……どういうことだ、これは」

 

「失礼。これはちょっとした芝居ですよ」

 

「ごめんなさい烏丸先生。あまり騙したくはなかったんですが」

 

「……今までのは演技だったと?」

 

「ええ。流石に人殺しなんてしませんよ。それより、乱暴してすみませんでした」

 

頼人がそう言うと、久美子は思わず頭を搔きむしった。

どうやら、謀られたらしい。

 

「……なるほど。道理で、上里が鈍かったわけだ。手の込んだことを……。何のためだ?」

 

「横手さんから色々と話を聞きましてね。あなたが信用に足る人物かどうか、確かめる必要があったんですよ」

 

「茉莉か……。確かに、あいつから話を聞いたのならそう思っても仕方ないだろうな。それで?私はお前のお眼鏡にかなったのか?」

 

「ええ。結局、最後の最後まであなたはひなたを裏切りませんでしたから。なので、安心して最後のレコーダーも出してください」

 

「……何故分かった?」

 

久美子は、胸元からテープレコーダーを取り出した。

男性なら分かっていても、なかなか調べられない場所だ。

 

「人間、三という数字で安心するんですよね。不思議なことに。だから、こういうのは四つ用意しとくのが賢いやり方。たまたまそれを知ってただけです」

 

「………まったく、私は最初からお前たちの手のひらの上だったという訳か。馬鹿にしてくれるな」

 

ひなたとつながっている以上、頼人に久美子の手札は全てバレていたのだ。

そんな状況では、まともに交渉なんて成立するはずもない。

最初から、勝敗は決まっていたのだ。

 

「それくらいのことやりかけてたんですから、我慢してください。それに理由は他にもありますしね」

 

「ふっ。自分の力を自慢したかったのか?」

 

「違います。こっちですよ」

 

そう言って、頼人はボイスレコーダーを指で軽く振った。

 

「お前も持っていたんだな」

 

「ええ。万一自分が失敗した時、後を託せる人が必要ですから。この音声記録があれば、ひなたは脅迫されて従ったと言い訳できる」

 

「確かにお前の悪役ぶりは板についていたが……。それはともかく、上の連中を始末しないのなら、音声記録と矛盾するんじゃないか?」

 

「そこは、ひなたと烏丸さんが必死に止めたということにして下さい。恩も売れて一石二鳥です」

 

「……今から失敗する可能性を考えているとは」

 

久美子は呆れたように息をついた。

やはり、こいつは色々とおかしい。

この手のことをやらかす人間は、大抵自分の力を過信する。

失敗することは勿論、失敗した後のことなんて考えるはずがない。

 

「当然ですよ。さっきの烏丸さんの言葉は確かに正しい。勇者だと持て囃されても所詮は子供。大社は急ごしらえとはいえ、それなりに大きな組織です。万が一を考えるべきです。ですがね、それでもやらなければならないことがありましてね」

 

「やるべきこと、ね。結局、お前は本当は何をやろうとしているんだ?」

 

久美子の言葉を聞いた頼人は、しばし天井を見上げ、それから久美子に向き直り言った。

 

「………上は、貴重な勇者を見殺しにしようとしている。この状況では、そのようなことを看過できません」

 

「諏訪のことか?あれは時間稼ぎのための囮だ。お前だって、気がついてるんだろう?」

 

「勿論。時間稼ぎのために囮は必要です。ですが、勇者システムが完成してしまえば時間稼ぎの必要もなくなる。上のやろうとしていることは、実戦経験豊富な勇者と、約十万の民衆を見殺しにするのと同義。この状況で彼らを見捨てるなんて、戦略的にも、政治的にも悪手と言わざるを得ません」

 

「まさか、お前は……」

 

「ええ、諏訪にいる勇者と巫女と民衆。その全てを回収します」




諏訪の推定人口
原作の情報によると、二〇一五年時点では結界は諏訪湖全域を覆っていたという。
のわゆ漫画版一巻ではどのあたりまでの地域を覆っていたかが描写されている為、これを参考に、この地域における人口をガバガバフェルミ推定により算出してみた。
まず、諏訪結界の該当地域は、諏訪市、岡谷市、下諏訪町の三地区の平野により構成されている。
各自治体の二〇一五年時点での人口は、平成27年国勢調査によると、諏訪市、50,140、岡谷市、50,128、下諏訪町20,236。
合計すると120,504人。
約十二万人である。
ここで、三地区の中でも、諏訪湖結界の内部で生活していた人口を考える。
三地区にはある共通点がある。
それは、土地の殆どが山であり、生活圏が諏訪湖周辺の平野に集中しているという点である。(Googleマップとか見れば分かりやすい)
つまり、人口の殆どは結界内に収まっていたと考えられるのだ。
少なく見積もって、三地区合計人口の三分の二が諏訪結界内部で生活していたとしても、人口は約八万。
そこに、周辺地域からの避難民を計上すると、十万近くまで達するのではないかと推測。
その為、本作においては、諏訪の推定人口は約十万としている。
ちなみに、漫画版の描写を信じた場合、ごくわずかだが茅野市の土地も結界に入ってたりするし、三地区合計の三分の二、というのは割と少ない見積もりなので、ぶっちゃけ十数万人いてもおかしくないけど、十万以上は誤差だよ誤差(白目)。
まあ、どれほど少なく見積もっても数万単位の人口がいるのは間違いないから、四国への避難難易度的には極論数万も十万も変わらない。
そりゃ、うたのんも逃げられんわ。
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