樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話   作:exemoon

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遅くなってすみませぬ……。
執筆時間が、執筆時間が欲しい……。

※作中の貨幣価値は分かりやすさを重視するために現在の通貨価値と同じにしております。


激震

諏訪からの救援要請が届くと、大社は瞬く間に混乱に陥った。

これまでより会議は頻繁に開かれるようになったが、諏訪からの救援要請をどう処理するかという結論は一向に出なかった。

ただ、諏訪はまだ持つのではなかったのか、という諏訪に対する筋違いの恨み言を言う者や、勇者システムの完成をもっと急がせられないのか、などといった意見が目立ち、有用なアイデアは生まれない。

救援要請についても、正式に受諾し、『現在作戦を検討中のため、今しばらく耐えてほしい』という趣旨の返答を行ったものの、具体的な援護案も救出活動案も検討すらされていない。

誰も、本気で諏訪を助けようだなんて考えてはいない。

四国や人類のことを考えての結論。

今までは、諏訪が囮だなんてことが会議などで言われたことはなかったが、最早、誰もそのことを隠そうとすらしていない。

そもそも方法がないのだから仕方がない。

誰も口にせず、しかし誰もが考えていた言葉。

それは、巫女たちにも例外なく伝わっていた。

四国で反撃の準備が整ったら、諏訪と挟撃して国土を取り戻す。

そう信じていた子は、特に衝撃を受けていた。

神官たちからも、余裕が失われてきている。

事実、日を追うごとに会議では、彼らの焦りが見て取れるようになってきた。

不安、焦燥、恐怖。

それら全てが神官の精神を蝕み、会議を迷走させる。

今の最大の議題は、勇者システムが完成するまでの間、いかにして諏訪を延命させるかという話だ。

もっとも、大した話にはなっていない。

いつも通り、何の結論にも達することのない会議。

今日も、そうなるはずだった。

この提案がなされるまでは。

 

 

「諏訪撤退作戦……?」

 

神官が、『諏訪撤退作戦(仮称)概要』と書かれた書類を手に、疑問符を浮かべた。

 

「現時点ではあくまで仮称ですが」

 

久美子が表情を変えずに答えると、困惑した声が神官達から漏れる。

あまり期待はされていない様子だ。

そんな神官達を無視して、久美子はページをめくる。

途端、神官たちも一斉にページをめくり、紙の擦れる音が会議室に響く。

そうして、久美子は説明を始めた。

この作戦を簡単にまとめると、四国内の空港に残された旅客機を使い、諏訪の人間を数日間に分けてピストン輸送するというものだった。

四国には各県に一ヶ所ずつ、計四ヶ所に空港がある。

高松空港、徳島空港、高知空港、松山空港。

そして7・30天災時、四国上空を飛行していた機体の多くはこれら四ヶ所の空港に緊急着陸したため、四国にはそれなり以上に多くの旅客機が存在していた。

また、諏訪からそう遠くない位置には、松本空港がある。

バーテックスは建築物を破壊するケースは多々確認されているが、地面のみを狙って破壊するケースは今のところ確認されていない。

つまり、滑走路が生きている可能性があった。

確認の為、諏訪の勇者に松本空港の調査を依頼すると、多少の損傷はあるものの、諏訪だけで充分修復はできる程度の損傷だったという。

滑走路が使用可能であれば、諏訪の約十万の民衆を救出することも可能だろう。

そう久美子は主張した。

そして―――

 

 

 

 

 

 

 

「ボツになりましたね……」

 

会議が終わった後、ひなたは小さく漏らした。

提出された概要書には、多くの反対意見が寄せられた。

飛行中にバーテックスの攻撃を受ける可能性が高いのでは?

諏訪と松本空港の距離が近いとはいっても、十万の人々を結界外で移動させるのには危険ではないか?

天に近い航空機などは優先的に狙われるだろう。

第一、天恐患者をどうする?

避難者やパイロットが天恐を発症したらどうする?

そもそも作戦の規模が大きすぎて、大社の権限の範疇には収まらないだろう。

などなど、至極もっともな批判が相次いだ。

無論、それらへの対応策もある程度用意されていた。

中国、九州地方に、残存する自衛隊部隊と勇者を展開し、陽動を行う。

それにより、諏訪の人間が避難する時間を稼ぐ。

また、天恐患者には鎮静剤を投与するなどして、輸送すればいい。

政府には、大社として正式に協力を要請すれば、作戦の性質上、断られはしないだろう……と。

しかし、バーテックスのもつ、人口が多い地域を優先して襲うという性質上、陽動の効果がどこまであるのか分からないと反論され、また、一部神官の政府に遠慮する姿勢から、結局、議論は纏まらなかった。

結果として、神官達はこの案を却下した。

当然だろうな、と久美子は思う。

これほど手間がかかり、リスクも高い作戦を、上が認めるはずもない。

 

「まあ、こうなるのは分かっていたことだ。良くも悪くもな」

 

ひなたの言葉に、久美子がどうでも良さそうに答えた。

この案が通らないことは最初から分かっていた。

今回提出された作戦概要書は実際穴も多く、現実的に可能な作戦案とは、久美子自身も考えてはいなかった。

航空機を使うというのは盲点だったが、そもそも松本空港が結界外に位置している以上、作戦を実施しても犠牲者が出るのは避けられないだろう。

もっとも、いくら優れた案でも作戦の性質上リスクが大きいのに変わりはなく、誰かが責任を負わなければならない以上、今の大社では纏まる可能性は低い。

何しろ、この作戦を実行して四国に被害が来ないのか、勇者に被害が出ないか、など自分たちの身を心配している神官が多い。

言い換えれば、リスクを負ってでも諏訪を助けたいと思っている者は少ないのだ。

だが、頼人はそれを承知でこの概要書を提出させた。

今回は没になったが、奴はこの作戦を上に通すつもりだ。

そのために必要な手段は、既に講じている。

しかしながら、諏訪の人間を脱出させるとしても、本当にこの作戦のまま実行するとは、久美子には思えなかった。

おそらく、何か自分達の知らない情報を握っているのだろう。

でなければ、こんな不完全な作戦を立案するはずもない。

つくづく、本心が見えない奴だ。

 

「この計画、本当に通るのでしょうか……?」

 

ひなたがまた疑問を漏らす。

まあ、さっきの会議の様子を見れば、そう思うのも無理はないだろう。

実際、会議ではボツになったのだから。

しかし……。

 

「最終的には通るさ。業腹だが、あいつのやり方は有効だ。まあ、政府が余程の馬鹿じゃなければの話だが」

 

久美子は頼人の計画を思い出しながら言った。

頼人の仕込みは、大社や社会に混乱をもたらすのは間違いない。

その時、神官達がどんな顔をするのか楽しみだ。

 

「政治……ですか」

 

「ああ、そうだ。お前も少しは政治について学んでおいた方がいい。これからのことを考えるのなら、な」

 

と、言って久美子は自分の言葉に少しおかしくなる。

小学生に政治を学んでおいた方がいいとは、随分間抜けなアドバイスだ。

いや、おかしいのはこの状況か。

子供の計画に翻弄される神官のことを考えると、久美子は思わず笑ってしまいそうになる。

全く、最近は面白い事ばかりだ。

 

「烏丸先生、どうかしましたか?」

 

と、そこでひなたが疑問の声をあげた。

久美子が笑いをこらえていることに気付いたのかもしれない。

 

「いや、何でもない。それより、お前はもう丸亀に戻るんだったな」

 

「ええ。諏訪からの救援要請で、勇者達に少し不安が見受けられますから、なるべく傍に居てあげたいんです」

 

「そうか。なら、赤嶺に伝言を頼む。覚えていろ、とな」

 

今回の件も含めて、最近は何かと無茶を押し付けられている。

いいように利用されているようなものだ。

まあ、この状況を楽しんでいるのも確かだが、つい言ってやりたくなったのだ。

ひなたは、そんな久美子の言葉に、苦笑しながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

「へえ……。そっかそっか。いきなりボツにしちゃったか」

 

丸亀城に戻ったひなたが、会議のあらましを頼人に伝えると、頼人は少しだけ驚いた反応を見せた。

その反応を、ひなたは意外に思う。

そう。

頼人はここ最近、会議には出席していない。

結局、頼人は会議を外されたからだ。

といっても、これは頼人の意図によるものだった。

会議に出席できる有力な協力者ができた以上、自分が会議に参加するメリットは少なく、むしろ悪影響の方が大きい。

それに、こういう形で会議から退場すれば、所詮は子供だったと侮ってもらえる。

周囲の油断を誘える。

そのため、能動的に会議から追い出されることにしたのだ。

結果的にだが、烏丸のかつて計画が役に立ったのだ。

 

「どうして驚くんですか?この結果は、頼人さんだって予想してたじゃないですか」

 

「ああ。確かにこの作戦が通るとは思ってなかったよ」

 

「なら、どうして?」

 

「いやなに、完全に却下とならずに保留扱いされると思ってたんだ」

 

「保留、ですか……?」

 

「ん。他に良案もないし、救出作戦を考えているっていうポーズを形だけでも取るかなって」

 

「ポーズ……なるほど。アリバイ作りということですか」

 

ひなたが気付くと、やっぱりひなたは賢いね、と頼人は満足そうに頷いた。

 

「そういうこと。そんでもって、検討しましたがリスクが高すぎるのでやれませんでした……って残念そうに言うのがよくあるやり方」

 

そう言って、頼人は楊枝に刺さったぼた餅をぱくりと咥えた。

そうして、政府から圧力でもあったかな、とぼやいている。

大事なことのはずなのに、妙に能天気に見える。

本当に、頼人は時と場合で雰囲気がまるで違う。

こういうギャップは、ほんの少しだけ若葉に似ているかもしれない。

ひなたがそんな事を考えていると、ぼた餅と楊枝が乗った皿が差し出された。

 

「ほら、ひなたも食べて。割と自信作だから」

 

そう言って頼人は、ぼた餅を勧めてくる。

最近、頼人はお菓子を作ることが増えた。

聞いてみれば、先日の友奈の誕生日にお菓子を作ってあげた時、そのお菓子が随分好評だったそうで、それ以来、度々作るようになったらしい。

何故ぼた餅なのか、ひなたはよく分からなかったが……。

まあ、とても美味しいのは間違いないので、気にすべきではないだろう。

そう思いながらひなたはぼた餅を咀嚼していると、頼人が紅茶を淹れてきた。

爽やかな花のような香りが漂う。

確か、ダージリンのファーストフラッシュ。

少し渋みがあって、和菓子にも合う紅茶だという。

礼を言って少し紅茶を啜ると、仄かな香りと渋みが、口に残ったぼた餅の甘さと混ざり合う。

美味しい。

そういえば、あの日もこうだった。

ぼた餅と紅茶の香り。

そうして、ひなたは話に戻る。

 

「それで頼人さん。これからどうするんですか?あの作戦は色々と変更すると言ってましたよね?」

 

「勿論修正はするつもりだけど、今まだしない。とりあえず、こっちにボールが来るまでは待ちだな」

 

「頼人さん……やっぱり、あれをやるんですね……」

 

頼人の計画を思い出すと、ひなたの声色は少し暗くなった。

 

「ああ。不安?」

 

「ええ……。皆さんが、ショックを受けてしまわないかと考えると……」

 

「こうでもしなければ、国は動かないだろうから。それに、どのみち政府は俺達を利用する気だったろうから、早いか遅いかの話だ」

 

「ですが、こんなことをしなくても動いてくれるんじゃありませんか……?」

 

ひなたには、未だに国や大人へのある種の期待が残っていた。

救援要請を出している国民を見捨てはしないだろうという思いが。

それは、子供が無意識に抱く、大人への幻想にも近かった。

 

「それはないな。断言するよ。このままいけば、政府も大社も、絶対に諏訪を見捨てる」

 

だが、頼人はあっけなくその幻想を否定した。

 

「どうしてそこまで言い切れるんですか?」

 

「簡単に言えば、お金と政治の問題」

 

こういう話は本当はあまりしたくないんだけど、と前置きしてから頼人は語り始めた。

 

「ひなた、諏訪の人口がどれくらいだったか覚えてる?」

 

「……はい。大体十万人くらいでしたよね」

 

「ああ。この十万の民衆が四国に来たとして、どれくらいお金がかかると思う?」

 

「それ、は………」

 

「まずは食事だ。最初の内は国が全部用意するしかないから、それだけでお金がかかる。一日三食で一食……そうだな、安く見積もって二百円だとしよう。十万人だから一日六千万かかる。一ヶ月で、約十八億円だ」

 

「そんなに……」

 

突如現れた天文学的な額に、ひなたは絶句する。

それなり以上にかかるとは思っていたが、実際の数字を聞くと背筋が凍る。

だが、この数字は序の口だった。

 

「それだけじゃない。十万人の受け入れ先なんてそう簡単には決まらないから、仮設住宅も用意しなくちゃいけないし、それらを用意するための費用もいる」

 

頼人は簡単に言ったが、これ等の費用は膨大だ。

災害救助法においては食糧や飲料水の供給並びに避難所や応急仮設住宅の設置は、いずれも「救助」の一種として扱われ、かかる費用は災害救助費に計上されるのであるが、以前に起きた大震災では災害救助費は4800億に上った。

無論、災害救助費にはガレキの撤去や住宅の応急修理費用なども含まれているため一概に同じにはできないが、それでもなお、諏訪の人口からするととんでもない費用が掛かることは間違いない。

バーテックス襲来前の、四国のGDPが日本全体の僅か三%弱であったことを考えると、四国政府の負担が額面以上のものになることは明らかだった。

 

「そもそも、この作戦の実行にはもっとかかる。この作戦は、航空機の使用が不可欠だから、燃料費だって馬鹿にならない。この作戦では五十万ガロン……リットルで言うと、大体二百万リットルは使う。運用費や人件費とかの諸経費を纏めたら、数百億は確実に吹っ飛ぶ。今の国力からするとかなり厳しい。おまけにただでさえ四国は狭い。食料に燃料と多くの人が不安を抱えている中で、こんな作戦をしたら四国の人々はどう思う?十万人も人口が増えたら」

 

聡いひなたには、その言葉の続きが理解できた。

ひなた自身、この一年間で四国外からの避難民が、どういう状況に置かれていたかは嫌というほど見てきたのだ。

それに、作戦実行のための天文学的な金額。

特に、ガソリンなどの化石燃料が貴重となった今では、調達するだけで一苦労だ。

確かに、課題はあまりにも多すぎる。

 

「分かるだろう?今のこの状況を支えることで精一杯な政府が、諏訪を助けようなんて言えるはずがない。残念だけど、目先のことしか考えられないだろうから」

 

頼人は、諭すようにひなたに告げた。

 

「……それでも、やってもらうんですよね?」

 

「実際に動くのは俺達だけどね。ただ命じてもらって、金を払ってもらうのさ」

 

「本当にそうなるんでしょうか……?」

 

今の話を聞いていると、だんだんひなたも実行できるのかが心配になってきた。

最初は、政府が国民を見捨てるような選択をするなんて信じたくはなかった。

この国が、人々を見捨てるような国だとは思いたくなかったからだ。

はいそうですかと受け入れるには、ひなたはまだ幼すぎた。

とはいえ、同時にひなたは聡かった。

状況の厳しさは痛いほど理解できたし、今話したこと以外にも数多の問題があるであろうことは想像に難くない。

そんなひなたが、政府がこちらの思い通りに動いてくれるのだろうか?と不安になるのも当然のことであった。

 

「払ってもらうさ。じゃないと白鳥さんも藤森さんも、諏訪の人たちもみんな死ぬ。それは許容できない」

 

しかし、頼人はあっさりと答えた。

 

「ただまあ、正直政府の人たちには申し訳ないことをするよ。進むも地獄退くも地獄な選択を迫るわけだから」

 

そうしてまた、頼人はぼた餅を頬張った。

のんびりとしたその表情から、こんな過激な言葉が出て来るとはつくづく信じがたい。

この数か月間、頼人と行動を共にしてきたが、いまだにひなたは赤嶺頼人という少年を計りかねていた。

能力は大社の大人と比べても高いと思う。

特に、その視野の広さには目を見張るものがある。

丸亀城でも大社でも、物事のいい面も悪い面も、誰よりも理解している。

それがわかるからこそ、ひなたは尋ねずにはいられなかった。

 

「それで、もし作戦が上手くいったとして、頼人さんはその問題をどうするんですか?」

 

「……基本的には政府に任せるけど……まあ、上手くはいかないだろうな」

 

「上手くいかないって―――」

 

と、言いかけて気付く。

政府に余力がない以上、どうしても避難者の対応には限界が生まれる。

国力があった以前の震災の時ですら、避難には多くの問題が生まれたのだ

今の四国に、万全の対応を求めるのは難しいだろう。

 

「……大社として動くわけにはいかないんですか?」

 

「大社はあくまでもバーテックス対策の組織だよ。政治にあれこれ口を出すのは越権行為になる」

 

「それでは、事態の悪化を黙って見てるんですか?」

 

「しばらくはね。だけど、いずれ綻びが生まれる。その時に生まれる状況を最大限利用する。……諸々の問題の解決はそれからでも遅くはない」

 

あまりにも簡単な言葉。

先程の話を聞いた後では、ひなたもにわかには信じられなかった。

なぜこうも自信ありげに言えるのだろうか。

もしくは、既に算段がついているのか。

と、そこで頼人がまた口を開いた。

 

「まあ、そういう話は結局、作戦が無事成功すればだから。作戦を実行するかどうかすら決まっていない今は、そう考えすぎなくていいよ」

 

「そう、ですね……」

 

頼人の言葉に、ひなたは顔を俯かせた。

考えてみたらそうだ。

まだ何も始まっていないのに、先のことを心配しすぎている。

今に集中しなくてはいけない……。

こういう問題も、作戦が失敗したら考えることすらできないのだから。

 

 

 

 

 

「にっしてもさー、結局タマたちはどうすればいいんだろうなー」

 

それからしばらく経ったある日、球子は教室でぼやいていた。

内容は勿論、諏訪のことだ。

諏訪からの救援要請が出て以来、丸亀城の職員たちも騒がしくなってきていて、勇者達にも動揺は広がっている。

 

「やっぱり、今は待つしかないんじゃないかな。大社でも作戦は纏まってないみたいだし」

 

「作戦も何も、タマたちが諏訪に行って、あっちの手伝いをして来ればいいだけなんじゃないか?」

 

杏の言葉に球子が答える。

 

「土居。言うのは簡単だが実現するのは容易い事じゃない。移動には時間がかかるし、何より四国を空ける訳にはいかないだろう」

 

「じゃあ、どーするんだ。若葉は何か考えがあるのか?」

 

「それは……ないが……」

 

若葉は言葉に詰まった。

本音を言えば、若葉だって今すぐにでも諏訪を助けに行きたい。

しかし、勇者システムは完成しておらず、作戦案も定まっていない。

今は待つしかないのだ。

 

「じゃあダメじゃんか。大社だって作戦立てられてないんだし」

 

「……今は大社の決定を待つしかないだろう。その間に、私達は少しでも鍛錬しておけばいい」

 

「だからって、準備してる間に諏訪がやられたら―――!」

 

「二人ともその辺で。まだ何も決まってないんだから、熱くなりすぎない」

 

と、熱くなりかけたところで、二人の間に割って入る声が響いた。

声の主は頼人だった。

 

「頼人……」

 

「だけど……」

 

球子はそれでも不満そうだ。

それも仕方ないだろう。

諏訪からの救援要請で、戦闘が一気に現実味を帯びてきたのだ。

不安にもなるだろう。

 

「球子の言い分もよく分かるけど、しばらくは諏訪も大丈夫だから、焦る必要はないぞ」

 

その球子の不安を察したのか、頼人は気軽そうに口を開いた。

 

「大丈夫って、救援要請が出てるんだろ?だったらタマたちも急がないといけないんじゃないか?」

 

「確かに救援要請は出てるけど、それでもあと一年はもつよ」

 

「一年……?」

 

勇者達の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「頼人さん、一年ってどうして分かるんですか?」

 

ひなたが尋ねた。

確かにそうだ。

そんな情報は聞いたことがない。

なぜそんなに自信を持って言えるのか、若葉も不思議になる。

 

「諏訪の安全な区域、そこの広さから分かるんだよ」

 

「広さ……あっ、速さですか?」

 

と、そこで杏が声をあげた。

 

「今ので分かるとは、やっぱり杏は賢いな。ご褒美にぼた餅を進ぜよう」

 

頼人がタッパーを開き、中からぼた餅を取り出し、小皿の上にのせ杏に差し出した。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

杏は少し困惑した様子で受け取った。

 

「ど、どういうことだ?タマにも分かるように説明しタマえ!あとぼた餅もくれ!」

 

「ふふふ、正解を当ててみタマえ。さすれば、ぼた餅を一緒にあげよう」

 

「頼人君!私も食べたいでーす!」

 

友奈も手を挙げて参加を表明する。

 

「よしよし、なら考えてごらんなさいな」

 

そうして、あ―だこうだと騒ぎ始める。

中々正解は出ないようだ。

 

「何をやっているんだ……」

 

「いいじゃないですか若葉ちゃん。皆楽しそうなんですし」

 

呆れたような声をあげる若葉に、ひなたが言う。

確かに、気が付けば、さっきまでの険悪な空気は払拭されていた。

この短い時間に、クイズ大会のような和気あいあいとした雰囲気になっている。

 

「う~~~!頼人先生!ヒントをお願いします!」

 

「いいでしょう友奈君。ヒントはここ一年の諏訪の変化です」

 

「変化ぁ?どういう意味だ?」

 

「ヒントなのでこれ以上は教えられないな」

 

「ふっ、私には分かったわ……赤嶺君。結界に守られた地域がどれくらいの速度で減っていくのかを計算したのね……」

 

そこで、携帯ゲーム機に向かっていた千景が声をあげた。

ゲームをしながらも、しっかり話は聞いていたようだ。

 

「おお。千景、正解だ」

 

「さすがぐんちゃん!凄いよ!」

 

「侵攻速度……なるほど、それで一年はもつと計算したんだな」

 

若葉がなるほどと呟く。

結界は狭まれば人の住める地域は減るが、同時に強度が上がる。

自分には出来ないが、頼人なら結界が狭まる速度を計算し、諏訪がどれくらいもつのか想定することも不可能ではないのだろう、と若葉は思った。

 

「はい千景。ご褒美のぼた餅だ」

 

頼人がぼた餅を二つ小皿に乗せると、千景は慌ててゲームをポーズ画面に切り替えカバンにしまい、ぼた餅の乗った皿を受け取った。

 

「あ、ありがとう赤嶺君……」

 

千景は受け取ったぼた餅をしばし眺め、やがて、おずおずと友奈に声を掛けた。

 

「た、高嶋さん……あの、よかったら……一緒に食べない……?」

 

「え!いいのぐんちゃん!?」

 

「ええ。ちょうど……二つ貰ったから」

 

「ありがとうぐんちゃん!嬉しいよ!」

 

千景は顔を赤くしながら言うと、友奈は満面の笑みで礼を言った。

その表情を見て、千景もまた嬉しそうに微笑んだ。

そうして、千景と友奈は二人でぼた餅を食べ始める。

 

「あ、あんず~。タマにもちょっとわけてくれよ~」

 

「ご、ごめんねタマっち先輩。もう食べちゃった」

 

「な!どうしてタマの分を残してなかったんだ~!」

 

「これはご褒美だから。それに、頼人さんのぼた餅美味しいんだもん」

 

その言葉に、ガーンといった様子で球子は頭を抱える。

随分ショックを受けているようだ。

だが、すぐにきょろきょろと周りを見渡し、やがてその視線は千景をロックオンした。

 

「ち、ちかげ~。タマに―――」

 

「嫌よ」

 

「即答!?まだ何も言ってないじゃんか!?」

 

「どうせ分けてとか言うのでしょう?これは私がもらったものだから駄目よ」

 

千景の視線は友奈や頼人に向けていたそれと違い、まさに絶対零度と言えるものだった。

最近になって千景はクラスにもなじんできたが、こういう所のディスコミュニケーションは相変わらずだった。

だが、球子はその冷たい視線にも屈しない。

 

「そんな~。ちょっとでいいからさ~」

 

「やめなよタマっち先輩。意地汚いよ~」

 

「土居……食い意地を張りすぎじゃないか……?」

 

杏に注意されても食い下がる球子。

若葉も呆れている。

それを見かねた頼人が声を掛けた。 

 

「まったく……。安心しろ球子。全員分あるから」

 

「それを先にいいタマえ!」

 

途端、球子は元気になる。

つくづく、球子は分かりやすい性格をしていた。

 

「ほら、若葉もひなたも」

 

頼人は、若葉やひなたにもぼた餅を差し出した。

そうして、教室には和やかな時間が流れだす。

そこでふと、ひなたは思った。

侵攻速度の計算。

そんなに簡単に割り出せるのなら、大社でも気付きそうなものなのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

切り分けたぼた餅を口にすると、小豆の風味と甘みが口いっぱいに広がった。

咀嚼するごとに、米の旨味とあんの甘味が口の中で混ざりあう。

甘くてけっこう美味い……だが……。

 

「何かが足りない……か……」

 

ぼた餅の感想をぼそりと呟く。

中々、須美のようにはいかないものだ。

全く……こんなことならレシピを聞いておけばよかった。

やはり、色々試すしかないか。

そんな事を考えた途端、溜息をついてしまう。

大社の会議に出席しなくなり、空いた時間に気まぐれで始めたお菓子作りなのに、必要以上の時間を割こうとするとは……。

「俺」の感傷的な部分が、つくづく邪魔に感じる。

「赤嶺頼人」にそんなものは不要だというのに。

とはいえ、目の前のぼた餅を残すわけにもいかない。

残ったぼた餅を、纏めて口に放り込む。

 

それにしても、バーテックスの侵攻速度で、諏訪がどの程度持つか分かる……か。

即興の嘘にしては、なかなか上手くいったな。

珈琲で口の中の甘さを洗い流し、思い返す。

諏訪に襲来するバーテックスの数は徐々に増えてきている中で、どれほど土地を守れるかは白鳥さんの力次第なのだ。

そう簡単に計算などできない。

一応、侵攻速度に絞って計算もしてみたが、そうなると、諏訪の予想陥落時期は二〇一七年の夏頃になった。

しかしながら、記録では陥落したのは二〇一八年の九月。

これは則ち、白鳥さんが計算以上の健闘を果たしたということになる。

このことを考えると、白鳥さんの価値は想像していたよりもずっと貴重なものになる。

やはり、今後のためにも彼女は失うことができない。

その為にも……。

 

「さて、と……」

 

大きく伸びをしてから、食器を片付ける。

明日は、ひなたが大社に行く日。

大社で会議がある日だ。

完全ではないにしろ、ひなたや烏丸さん達はこれでアリバイができる訳だ。

問題は、政府が想定通りに踊ってくれるか。

それに尽きる。

最早、大社の意向など関係ない。

もっとも、政府が想定外の動きをする可能性もないわけではないが……。

まあ、その時はその時だ。

いずれにしても、彼らの取りうる手段は限られている。

 

「はぁ……」

 

そこまで考えて、また溜息をつく。

笑ってしまいそうになるほど、現実感のない話だ。

勇者という立場。

未来という名の過去を知る今。

そして、それらを利用し、策謀を巡らせる。

馬鹿みたいな話だ。

そもそもが、想定外の状況だ。

本来、関わるはずもなかった過去の出来事。

歴史として語られるはずだった事象。

しかし、それは今、どうしようもない現実として襲い掛かってきている。

あまりにも厳しい現実。

何か一つ行動する度に、自分は何をやっているのだろう、と虚無感に支配されかける。

それでも行動し続けられるのは、銀の斧があるからだ。

この斧を手にした以上、やらねばならないことがある。

それが、地獄への片道切符であったとしても……。

ふと窓から空を眺めると、空から灰雪が舞っていた。

まったく、このタイミングで降るとは……。

はは、と乾いた笑いが溢れた。

 

 

 

 

二〇一七年一月末日。

大社の会議室には、午前から多くの神官が集められていた。

主要となる議題は、やはり諏訪問題の対処について。

ここ最近で、諏訪からの救援要請をどう対応するかについての議論は、急速に纏まりつつあった。

その原因は、勇者計画の進捗。

ようやく、勇者システム完成の目途が立ったのである。

だがそれは、諏訪の救援を意味しなかった。

大社は、諏訪の救援要請に応えるつもりはなく、したがって、烏丸から提出された撤退作戦が再度議題に上がることもなかった。

ある意味では、当然の流れであった。

何故なら、諏訪を囮にして時間を稼ぐのは、当初からの方針であったからだ。

救援要請が出された直後の混乱は、それまでの神官達の楽観にあった。

諏訪が予想以上に善戦していたことから、まだまだ耐えられるだろう、という根拠のない楽観視が蔓延していた時に、突然救援要請が出されたため、混乱が余計に広まった。

それは、大社という組織がまだまだ出来上がっていない証拠でもあった。

しかしながら、それらの混乱も、勇者システムが完成するとなると、急速に収まっていった。

装備が貧弱な諏訪の勇者一人ですら、一年半もバーテックスを撃退し続けられているのだ。

神樹の力を科学的・呪術的に効率よく利用できる勇者システムと、六人もの勇者。

戦争を知らぬ神官達が、安易に楽観視するのも無理のない事だった。

危機的状況に陥ると、誰しも楽観論に縋りたくなる。

大国の指導者ですら、楽観論で戦争を始めるも、厳しい現実に打ちのめされることがあるのだ。

虐殺の場から遠ざかると、楽観主義が現実にとってかわる。

素人たる大社の神官達がそうなるのは、歴史の必然とすら言えよう。

そうして、神官達は会議を終わらせようとする。

諏訪を見捨てるという結論の下。

そんな空気感の中で、久美子は異端的な言葉を発した。

 

「―――つまり、諏訪を騙すという訳ですね。陥落するまで助けがあると言って」

 

その言葉が会議室に響くと、空気が凍った。

誰もが思いながらも口にしなかった言葉。

聞きたくなかった言葉。

それは、神官達を鼻白ませるには十分すぎた。

やがて、一人の老神官が重々しく口を開く。

 

「……烏丸様。我らとて心苦しいのです。非情に思われるのも仕方のない事です。ですがこれも、より多くの人々を想えばこその判断だということを、どうかご理解ください」

 

しおらしく謝るような言葉。

老人のこんな姿を見れば、多くの者は同情し、責める者は気勢を失うだろう。

実際、会議室には、久美子の方にこそ反感を抱く空気が生まれつつあった。

だが……。

 

「なるほど。救援作戦もまともに検討せず、十万の命と勇者を見捨てるのは、確かに心苦しいでしょうね」

 

烏丸久美子はその程度の空気を気にするような女ではなかった。

 

「なっ……!?」

 

思わず絶句する神官達。

一瞬の沈黙、そして決壊。

 

「烏丸様!それはあまりに言葉が過ぎます!」

 

「まだ撤退作戦にご執心なのか!?」

 

喧々囂々。

神官達の怒りの声の中、それでも久美子は声をあげる。

 

「しかし、諏訪からは救援要請が出ています。勇者システムが完成するのなら、今こそ諏訪に援軍を出すべきではないのですか?」

 

「烏丸様。勘違いなされているようですが、大社はあくまで四国内のバーテックス対策を任された組織。諏訪の救援をするべき組織ではなく、あくまで四国の防衛を―――」

 

「四国防衛を考えるのなら、それこそ諏訪の勇者を四国に回収する手段を考えるべきはずです。白鳥歌野ほど、実戦に精通した勇者はいません。失うのはあまりに惜しいのでは」

 

「ですが―――」

 

老神官が言い淀んだその時、扉が突然開け放たれ、職員が飛び込んできた。

 

「なんだね?騒々しい」

 

咎めるような声に、酷く慌てた様子で報告する。

 

「新聞に情報が流れています!勇者の存在と、諏訪の救援要請が……!」

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、成功のようだな。

丸亀城の教室でスマホの画面を眺めながら、ふぅと息を漏らす。

SNS上では、とあるニュースの話題でもちきりだ。

きっかけは、高知の地方紙と、複数の大手ニュースサイトが掲載したとある記事。

記事の内容を簡単にまとめると、勇者というバーテックスと戦える者が存在し、諏訪にも生存者がいる。

現在諏訪とは連絡が取れるものの救援要請が出されており、状況は良くない。

だが、政府も大社も救援の用意をまるでしておらず、諏訪を見捨てる腹積もりである。

この記事が報道されると、あっという間に議論が電子掲示板やSNS上で見られ始めた。

ここまでは予想通りの展開。

問題は、この情報がどれほど政府や人々に影響を与えるか。

そこに尽きる。

だが、俺には確信があった。

この情報が、四国中を揺るがすものになると。

近いうちに、政府は作戦を実行せざるを得なくなるだろう、と。

この情報にはそれだけの力がある。

何故かと問われれば、こう答えるしかないだろう。

この情報が真実だからだ。

真実ほど残酷で……人を魅了するものはない。

良くも、悪くも……。

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