樹海に入れる特殊体質の少年(前世持ち)が愛する三ノ輪銀のためにいろいろ頑張る話 作:exemoon
窓から海風が流れてくる。
そのさわやかな風はじめじめした教室の空気を洗い流してくれるようで、とても気持ちがいい。
季節はもう夏真っ盛り。
とはいえ、前世の夏よりかなり涼しく感じる。
これも、神世紀特有のものなのだろうか。
「………はい。これでいいよ」
「ありがとねぇ~、ライ君。助かったよ~」
神樹館の教室。
園子が手のまめが痛いというので、俺は手まめ用に加工したドレッシング材を巻いてあげていた。
銀も時々こうなるので、常に用意していたのが幸いしたな。
「だけど、頼人はこんなのどこで用意してくるんだ?そんなの保健室にもないじゃん」
「ネットとかで調べて事前に用意しとくのさ。これでも、サポート役ですので」
「お~、流石ライ君だね~」
まぁ、元々は赤嶺の訓練で自分もよくこうなっていたから、知っていただけなんだけど。
と、そこでドスンという重い音と共に、バカでかい本が三冊園子の机の上に置かれた。
本には旅のしおりと書かれている。
「三人にはこれを渡しておくわ」
「す、須美さん。なんすかこれは!?」
「見てのとおり、遠足のしおりよ。データ版は三人の端末に送っておいたわ」
「須美さんや。なぜ自分の分もあるのでしょうか?班はちがかったと記憶しておりますが……」
「それでも、行程はほとんど同じじゃない。二人分作るのも三人分作るのも大して変わらないわ」
………これを………持って帰るのか…………?
かさばり方がすごいことになるぞ。
というかこれ一人で作ったのか。何気にすごいな須美。
「わっしーは凝り性さんというか、のめりこむタイプだよねー」
「将来、須美の旦那になる奴は幸せだけど、苦労しそうだ」
まったくである。
このしおりを持って帰るだけでも一苦労だ。
…あれ?須美はこれ三冊も家から持ってきたのかな?
どう見てもランドセルに入る大きさじゃないんだけど…。
謎だ。
「なんでそういう話になるのよー」
「この三ノ輪銀のような男がいればなぁー」
「お似合いの二人だね~」
おお、須美が照れてる。
それはそうと今のは少し聞き捨てならないな。
「須美、銀を取らないでくれー」
「取らないわよっ!……んんっ。ともかく、このしおりを活用して遠足の準備を済ませておきましょう。遅れるとお灸よ」
そう言うと須美はお灸を取り出す。
それ言って本当に用意する人初めて見た。
しかもかなりでかい。俺の知ってるお灸じゃない……。
しかもこれ、イネスで売ってるらしい。
やっぱ須美おもしれーわ。
……それはそうと、三人とも程よくリラックスできている。
いい傾向だ。遠足では何もなければいいんだけど…。
家に帰って、遠足の準備を済ませてしまう。
ふと通知音が鳴ったので、端末をみると、三人とも遠足の準備は終わったようだ。
さてと、あとは秋隆の報告を聞くことにするか。
「それで……会議の進み具合はどうだ?」
「ええ、やはり選定範囲をどこまでにするかで未だにもめてます。もうしばらくは長引くかと……」
「まったく、素直に四国全土にすればすっきりするのに。よほど現実が見えていない連中が多いな」
そう、先日のプランは既に大赦に提出されている。
鷲尾との交渉が非常に素早く済んだのが幸いした。
どうやら、養子ではあるが鷲尾の両親は須美を溺愛しているらしく、乃木との交渉よりはるかに楽だった。
ついでに、須美をよろしくお願いしますなんて言われた。
やはり、おかしい。俺は交渉に関わる事実しか口にしていなかったのに。
ちなみに三ノ輪の本家には父が交渉を済ませてくれた。銀の家は分家筋だったので、そちらからは話も通りにくいし、俺が出るメリットがなかったからだ。
そんなわけで、乃木、鷲尾、三ノ輪の助力を得たおかげで赤嶺のプランは大赦にもスムーズに通った。
実際、すでに勇者システム研究予算は以前に比べ倍加し、アップデートに向け研究が進められている。
ただ、研究が完了しても、バーテックスの襲来予測期間内ならアップデートすることはできないため、どのみち次の襲来は、現状のシステムで対応するしかないのだが。
それよりも問題なのは、勇者の増員の方で、選定範囲を大赦関係者内で収めるべきか四国全土に広げるべきかで激論が繰り広げられている。
思っていた以上に、この件は大赦にとって、劇薬だったらしい。
なにせ、大赦で有力な四家が合同して事にあたってもこれほど反発が起きているのだ。
何か策を講じる必要があるな…。
勇者を輩出した三家とは、現在、特に関係が深まってきているので、そちらの線を使うのが望ましいか。
とはいえ、今何かを指示できるわけでもないので、秋隆にはもう休んでもらう。
「さてと……」
寝る前にいつもの戦術研究のおさらいをしておく。
特に最近は複数体来た場合を重点的に想定している。
現状、想定している戦闘では、襲来するバーテックスの相性がよければ、三体まではぎりぎりで対応できるものと考えている。方法は徹底した各個撃破。
しかしながら、相性が悪い敵の場合は厳しいだろうと感じる。
例えば、今想定できる中で、最も嫌な三体組は、分裂するタイプ、西暦の勇者が破壊できなかった太陽のようなタイプ、そして二つ口を持った遠距離攻撃を行うタイプの組み合わせだ。
無論、他にも危険な相手はいる。特に蠍型のバーテックスは毒を持っているらしく、できれば相手はさせたくない。
だが、組み合わせとなるとやはりこの三体だ。
この三体相手だと、分裂型に足止めされているうちに他の二体から飽和攻撃を受ける可能性がある。しかもそれぞれ対処に時間がかかるため、各個撃破が困難である。
一応、それでも作戦はある。遠距離型がいるどの組み合わせにも共通するが、まずほかの敵は無視し、二つ口を狙う。
特に、分裂型は斬撃により分裂するが、分裂しなければ攻撃力はそう高くないため、対処は後回しのほうがよい。二つ口を撃退後、太陽のようなバーテックスを狙う。その間、須美が分裂型を足止めし、銀と園子の突破力を用いて太陽型を撃退。その後、三対一で分裂型を撃退させる。
懸念もある。西暦では二つ口は少し遅れて戦線に入ったらしい。
これからの襲来においても同様であるなら、三人が戦闘中に不意打ちをされる恐れもあり、その点でも、二つ口は非常に危険な存在といえるだろう。
正直、どのような場合でも綱渡りのような作戦になるはずだ。
データにないバーテックスの襲来も考えておく必要があるし。
常に、最悪の事態は想定しておかなくては…。
そうして、遠足当日。
やってきたのは県庁所在地のとある公園。
アスレチックコースもあり、家族連れに人気のスポットだ。
そんでもって、今の時間、子どもたちはみなアスレチックで遊びまわっている。
だが、俺は御役目用の荷物から離れられないので、銀たちが遊んでいるのをぼーっと眺めていた。
そうしてたら、怪我をしている子が目に入り、手元に医療キットもあるので簡単にその子の手当てをしてあげることになった。
そんなことを何度か繰り返していると、なぜか俺の周りの空間が休憩場所のようになっており、人が多く集まっている。おれは保険の先生じゃないんだがな。
もっとも、おかげで話し相手に困りはしなかったが。
「まったく、こんなとこにまで来て何やってんだー?せっかくの遠足なんだから遊ばなきゃ損だぞー」
「そーだよー?ライ君、あそぼーよー」
「頼人君、御役目が大事なのもわかるけど、楽しむときに楽しむのも大事よ?」
そんなことをしていると、三人に気付かれてしまった。
むー。そうだな、荷物はわずかな時間でも取りに行ける場所においておけばいっか。
それにしても、須美も丸くなったもんだな。
「そこまで言われちゃ仕方ないな。久しぶりにこういうとこで遊ぶのもいいだろうし。それじゃあ山伏、ちょっと行ってくるわ」
「うん……赤嶺。行ってらっしゃい」
「そうだ、しずくも一緒にいかないか?」
「………三ノ輪。友達が休んでるから。気にせず行って……」
「そっか、了解」
そんなわけで、それ以降銀たちに連れまわされて一緒にアスレチックコースを回った。
正直、女子の集団に混じるのは少々気恥ずかしさもあったが、周りが気にしてなさそうだったので良しとしよう。
「これを登ったらお昼だね~」
昼食前、最後の遊具は大壁のぼりだった。
銀が気合を入れて右手だけでロープを持ち上っていく。
「いや~、ちょっと簡単すぎるな。片手で登れるよこんなの。」
………あれ。確か今朝、手にマメできてなかったっけ。
念のため、銀の真下で待機しておこう。
「こら、銀。ふざけないの」
「そうだぞ、もう少し注意しなさい」
「へーき、へーき」
俺たちの注意も聞かずに上っていくが……
「ん、マメが!」
「危ない!」
銀がロープを離してしまい、落ちてくる。
準備しておいて正解だった。
ちょうどよく、抱き留められた。
「「「おー」」」
周りから拍手が上がる。
こんな映画どっかで見た気がする。
「あー、びっくりしたー。サンキュ頼人」
「だから言っただろ?まったく、しょうがないんだから」
「大丈夫~?ミノさん」
「銀。楽しいのは分かるけど浮ついてないかしら?御役目の重さ、よく考えて」
「すみません、反省します……。口数を減らします!」
ほんとかなぁ…?
そんなわけでお昼ごはん。
班の友達とバーベキューしたり、焼きそばを作って食べる。
我ながらいい出来だ。
と、そこで、安芸先生がピーマンに悪戦苦闘しているのを目撃する。
仕方ない、世話になってるし、今日くらい食べてあげるか。
「ほら、先生。ピーマン食べてあげます」
「いいの!?………じゃなくて、大丈夫よ赤嶺くん…ちゃんと、ちゃんと食べるから…」
どうやら、教師の立場とピーマンの脅威を比較しているらしい。
ほんと可愛いなこの人。
「いいから下さい。ピーマン結構好きなので、気にしないでください。ただ、その分ちょっと安芸先生の焼きそばもらいますね」
「あ、赤嶺くん…あ、ありが―――」
「先生、頼人と何話してんですか?」
oh…タイミングが…。
適当に誤魔化すか…。
「ちゃ、ちゃんと、食べるわよ!?ちょっと苦手だけど…」
あー、誤魔化す前に自白しちゃったよ。
「ピーマン?もしかして先生、頼人にピーマン食べてもらおうとしてたんじゃ…?」
「そんなはずないでしょ銀。きっと、頼人君にピーマンを食べるコツを教わっていたのよ」
「なるほど~。そういう時は、食べるとピーマンの精が夜中に会いに来てくれると思うと楽しいですよ?」
「そ、それはユニークね…ありがとう…スムーズに、食べられるわ…」
銀たちは先生に褒められたと喜んでいる。
どう見ても、スムーズに食べられなさそうなんだが…。
しょうがない、後でこっそりもらってあげよう。
お昼ごはんの時間が終わり、銀たちはアスレチックを制覇しに行った。銀たちに一緒に回らないかと誘われたが、班の連中に用があると断った。
まあ実際は再び、保険の先生染みたことをしているのだが。
しばらくそうしていると、安芸先生がやってきた。
「赤嶺くんは遊びに行かなくていいの?」
「ええ、なんだか装備から離れるのが落ち着かなくて。こんだけ、間が開いちゃってるので少し怖いのかもしれません」
「そう……。どうかしら、私が荷物をもつから一緒に回らない?」
「ふふ、ありがとうございます、安芸先生。その気持ちだけで十分です」
本当に、この人は優しい。
信頼できてよかったと、心からそう思う。
「あら、そんなに気にしなくていいのよ。これくらい教師の仕事の範疇なんだから」
「ほんとにいいんです。それに、安芸先生に話しておきたいこともありましたから」
どうしても、安芸先生に言っておかねばならないことがある。
言えるタイミングはここしかないかもしれないし。
幸い、今はちょうど、周りに人がいない。
ただ、これから言う言葉は間違いなく彼女を傷つける。
それだけが残念だ。
「あら、何かしら?」
「次の襲来で、もし自分が死んだら、後のことは頼みます」
「――――――――」
安芸先生が絶句する。
いきなりこんな事を言われるとは思わなかったのだろう。
「どういう…事かしら?」
「次の襲来なんですが、なんとなく、嫌な予感がしましてね。一応保険はかけといたんですが、その保険を使ってしまうと多分、自分は死にます」
「………その保険って………何かしら?」
「次の襲来を乗り切れたらお伝えします。今言ったら、止められちゃいそうですし」
「当たり前でしょ!いいから詳しく話しなさい!」
「駄目ですよ先生。そんな大声出しちゃ」
周りの人たちがこっちに注目してしまっている。
「……とにかく、自分の命を捨てるような手段は認められないわ。説明しなさい。」
久しぶりに聞く真剣な声。
ああ、こういう人だから俺は信頼できるんだ。
「………未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある」
「……何を言っているの?」
「旧世紀の精神分析学者の言葉ですよ。あまり有名な人ではありませんでしたが…。この言葉を聞いて思ったんですがね。成熟した人間が、理想のために自らの死が必要不可欠となったら、果たしてどのような選択をするんでしょうかね?」
「……分からないわ。でも、あなたは生を選ぶべきよ。あなたが死んだら、どれだけ周りの人が苦しみ、悲しむと思っているの?大赦の改革だって、これからじゃない……!」
「ええ、だからこうして今、安芸先生に頼んでいます。大丈夫ですよ。父にも秋隆にも自分が死んだあとの動きは伝えてますし、遺書も用意しているので、大赦の改革についてはあまり心配はしてません。それに自分が死んでもきっと、みんな立ち直れます。だって、こんなにいい人たちがお互い支えあっているんですから、立ち直れないはずありません。安芸先生だっていますしね」
「…………なんで、そんなに落ち着いていられるの?死ぬのなんて誰でも怖いはずなのに、なぜそんなに平然と自分が死んだ後のことを考えられるの?」
「そうですね…。安芸先生にだけは自分の秘密を教えてあげます。銀にだって内緒のことです」
まったく、俺は何を口走ろうとしているのだろう。
こんなこと言っても、何の意味もないのに。
でも……そうか。
俺は自分のことを知っておいてほしいのか。
この、無条件であの三人の力になろうとしてくれた、唯一、自分が同士だと思えたこの人に。
「俺はね、前世の記憶があるんですよ」
「……本気で言ってるの?」
「ええ、勿論。だから俺は、人より死に寛容で、臆病なんだと思います。フロイトの言葉の例外ですね」
「人間は自分の死を正確に理解できない故に自分が死ぬという事実を本気で信じられない…か」
「よく知ってましたね?そんな旧世紀の言葉」
「たまたまよ。……それより、それが本当なら、なおさらあなたは死が怖いはずじゃないの?」
思っていたよりも、だいぶ簡単に受け入れられている。
もしかしたら、思い当たる節があったのだろうか?
いや、確かに思い当たる節だらけだったな、俺の行動。
「ええ、勿論怖いです。でも、それよりずっと、銀が、須美が、園子が死ぬのが怖いです。あんないい子たちがあの若さで死ぬほうがもっと痛ましい。なら、もとより死人だった俺が代わりになったほうがいい。……大丈夫ですよ安芸先生。可能な限り、そんな事態にはならないように努力しますから。安芸先生に言ったのは、念のためですよ。念のため」
と、そこで安芸先生に突然抱きしめられる。
少し驚いて、つい、暑くないのかな、なんて間の外れたことを考えてしまう。
「…赤峰くん…約束して。必ずみんなで戻ってくるって。人に希望持たせておいて勝手にいなくなるなんて許さないわよ」
「あはは、映画のセリフみたいですねそれ。まぁ、そうならないように今までずっと頑張ってきたんですから。きっと、大丈夫ですよ」
「………あのね、赤嶺くん。前世の記憶があろうとなかろうと、あなたは私の生徒なの。生徒が教師より先に死ぬなんて絶対駄目なんだから」
………いかんな。本当に惚れそうだ。
こういう人たちがいるから、俺も安心できるんだと思う。
彼女たちに会えただけでも、生まれ変わった価値はあったな。
「………ありがとう、先生。やっぱり安芸先生に会えて良かった」
「そんなこと言わないで!、私だってあなたがいなかったら………」
「………ほら、そろそろ離れてください。こんなところ、人に見られたらまずいですよ?もうすぐ、集合時間ですし」
そう言うと、しぶしぶといった様子で離してくれる。
まったく、この人は優しいんだから。
「それじゃあ、自分は着替えてきますので。またあとで」
そう言って、何か言いたげな安芸先生を残して更衣室へ向かう。
他の子たちとは違う動きをしてたけど、やっぱり遠足は楽しかったな…。
少しだけ、童心に帰れた。
遠足中に襲来もなかったし、良かった。
帰りのバスの中ではみんな疲れて眠ってしまっていた。
あんまりよくないことだけど、銀と須美と園子が三人一緒に寝てるところなんかはとても可愛らしく思えてしまって、ついつい写真を撮ってしまった。こっそり、待ち受けにしておこう。
さて、自分も少し眠くなってしまった。
到着まで少し眠ろう。
やがてバスは神樹館につき、四人で一緒に帰路に就く。
三人は今日の感想を言いあいながら、とても楽しげな様子だった。
やっぱり、こうして彼女たちを眺めているだけでも幸せだと感じる。
そうして、時が止まった。
樹海化の前兆。
………ついに来てしまった。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。