孤独になった彼   作:(TADA)

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実は第4話まで書いてあるんすよ…!


そんなわけで供養の投稿。3月のライオンのキャラが名前だけ登場します


間違い

私は関西将棋会館で八一くんに負けて問題行動を起こしていた父を引き取り、タクシーに乗って家に帰る。父を引き取る際に八一くんと銀子ちゃんがいたので、彼からの伝言を伝えると、八一くんは嬉しそうに笑い、銀子ちゃんは照れくさそうにそっぽを向いた。

父はタクシーの中でも八一くんに対する愚痴をこぼし続けた。だが、娘である私は気づいていた。それは八一くんを彼のようにしないようにするためだと。だから、父は彼が名人を取った時は喜んでいても羽目を外すことがなかったのに、八一くんが竜王を取った時には全裸将棋とかいうわけのわからないことをやって会場だった旅館にも迷惑をかけた。

私はその日は彼の家で一緒に中継を見ていた。彼は八一くんが勝った時は本当に嬉しそうに微笑んだのだ。そして、その後に流れた全裸将棋を見て首を傾げていた。彼にとって父は師匠であり、幼い頃からその姿を見てきた。だから突然の奇行に対して疑問を持ったのだろう。だから私は説明した。父が彼に対して強い後悔を持っていること。そして八一くんや銀子ちゃんに彼での失敗を繰り返さないようにしていること。彼は少し驚いていたようだが、すぐに微笑んだ。

 『大丈夫。八一は僕のようにはならない。同世代に神鍋くんという存在がいるし、近くに銀子もいるから』

その言葉を聞いた時、私は彼のことを抱きしめていた。彼には同世代に仲の良いライバルがほとんどいない。それは彼の圧倒的な才能を前にして棋士になることを諦める人が多かったからだ。そして、私が将棋から離れたことで、彼には将棋で語り合える人がいなくなった。そこから彼の孤独が始まっている。

 『あなたは一人じゃない。私がいるわ』

私の言葉に驚いたように抱きしめられていた彼は、小さくありがとうと呟いた。違うのだ。彼に孤独を強いたのは私たち親子のせいだ。彼にライバルを見つけてあげられなかった。彼を見捨てて将棋から逃げた。それが私たち親子の彼に対する後悔。

昔を思い出しながら家についたのでタクシーから降りる。とりあえず下半身パンツの父を先に家に追いやりながら、タクシー代を払って私も家に入る。父は何も言わずに着替えて居間に座っていた。私はお茶の用意をして父のところに行く。

 「あいつの体調はどないや?」

父が尋ねてきたのは彼のことだった。彼は突発性難聴になってから人との関わりを避け、必要最小限以外には将棋会館にも行かない。ただ一人、あの家で孤独に将棋をさしているのだ。それを多くの棋士や将棋ファンは神秘的だと言って崇める。彼にとってそれがさらなるストレスとなり、難聴が酷くなる。

 「私生活では大分改善されているわ。逆に聞きたいのは対局の時はどうなの?」

私と父は役割分担をして彼をサポートしていた。私が私生活、父が将棋での対局。だから、父は彼の対局の時には余程の用事がない限り彼の傍にいるようにしているし、病気のことが知られないように細心の注意を払っている。

父は疲れたようにため息を吐いた。

 「悪化しとる。この前も感想戦は何も喋らずに、ただ駒を動かすだけやった。後で確認したら、対局中や対局の前日はもう聞こえとらんらしい」

父の言葉に私は絶句した。私は私生活での彼しか知らない。小さい頃は一緒に将棋を指したが、今は平手で指すことなどない。指したとしてもすぐに殺されるだろう。

 「何を間違えたんやろなぁ……」

父の言葉には色々な重みがあった。父にとって彼は最初の弟子で、格別の思いを込めて将棋を教えた。八一くんと銀子ちゃんを引き取った時も彼に対して『おう! 新しい家族やで!』と言って笑っていた。彼もそれは嬉しそうに笑っていたのを覚えている。今ではもう見れなくなってしまった笑い顔だ。

しかし、彼が中学生プロ棋士になり、連勝し続けてA級になり、そこでも圧倒的な強さを見せつけて名人への挑戦権を得て、そして名人になってから全てが壊れた。彼は笑顔の種類が変わり、父は普段以上に剽軽なキャラクターを演じるようになった。

私と父は無言になる。彼に対して弟子入りを希望する子供は後を絶たない。史上最強とも呼ばれる名人の元で修行したいという棋士の気持ちはわかる。しかし、それはできない。それは彼の病気が知られてしまうということだから。

 「誰か……同年代で彼に匹敵する棋士はいないの?」

彼の孤独はその強すぎるがゆえの孤独だ。上の年代からはその強さを煙たがられ、下の年代には崇拝される。それがさらに彼の孤独を助長させる。父は少し考えていたが、ポツリとこぼした。

 「あいつと同年代やったら、最近A級に上がった土橋くらいか……」

土橋健司。彼とは少年時代から戦っている相手だ。彼の才能を見ても諦めずに指し続け、ついにはA級になった。だが、こう言ってはなんだが、才能では圧倒的な開きがある。だから父も渋い顔をしているんだろう。

 「だがな桂香。土橋のすごいところは才能なんかやない。土橋は食事や睡眠以外のすべてを研究に費やしとる。その将棋に対する凄まじいまでの姿勢と、実力のみで運に左右されない強さは驚異や」

父は私に説明しているようで、自分に言い聞かせているように感じる。土橋さんの執念なら彼を孤独から救ってくれるのではないか、と。そういう期待をしているのだろう。

父はもう一度ため息を吐くと、今度は無理に明るい表情になる。

 「まぁ、私生活で改善されとるなら、それは前進や。あいつは静かな空間のほうがいいとか言って途中で治療をやめよったからな」

父の言葉に私も苦笑してしまう。彼は音が聞こえなくなったことを便利だとして、治療をやめてしまったのだ。だが、私たち親子にはそれが孤独に突き進んでいるように思えて寂しかった。だから私たち親子は彼を心配するのだ。私たちまで離れてしまったら、彼は完全に孤独になる。彼を孤独に追いやってしまった私たちが唯一できることがそれだけだった。

 「近いうちに八一に銀子、それにあいつも呼んでうちで飯でも食おか」

 「ふふふ、それじゃあ準備もしっかりしないとね」

いずれ、彼が音を取り戻してくれればいい。私たちはそれを願うのであった。

 




清滝桂香
彼に匹敵する棋士を探そうとする

清滝鋼介
放尿する師匠。いいパパをしています


そんなわけで実は4話まで書いてあるので供養の投稿です

土橋くんは個人的に3月のライオンで好きなキャラなので投入。

え? 個性が薄い? こやつめ、ハハハ

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