昔から、好きなものなどなかった。
周りがヒーローやアニメの話題ばかりだった頃も、そんな話はどうでも良くて。
ある程度成長し広がった話題の中でさえ興味のあるものは見つからない。
そんな有様なので友人はいない。趣味もない。好きだと思えるものが、ない。
何もないのだから目の前の勉学に、となるわけもなく、学校の間も家にいる間も、時間さえあれば寝るのが常だった。
起きている間はつまらない。寝ている間は楽しいわけでもない。意識がなくてつまらないということを認識しないでいられるだけ。
死ねるのならば抵抗もなく死んでいると思う。
例えば、病気になったら。治療はせず、その時を待つのだろう。
痛くてのたうち回るのは御免なので痛み止めくらいはもらうことにして。
ただ自分から死ぬのも面倒で、死にたいわけではなく、生きたいわけでもない、宙ぶらりんとした中途半端な状態。
夢も希望も、自分の中に何かに夢中になれる熱もなく、無駄だと思うだけだったので中学を卒業したらだらだら過ごし、親に見捨てられたら見捨てられたで死ぬのを待とうと思っていた。
しかし流石に体面というものもあり、高校は卒業してくれと懇願して来た親の頼みを受け入れて入ったのは、試験の答案用紙に名前を書いて金さえ払えば誰でも入れると噂の底辺高校だ。
実際その通り、いや、それ以上に酷い学校なのだと思う。
毎日クラスの半分は空席であるし、学校に来ている奴らは些細なことですぐに殴り合いを始める。
教師が止めに入っても止めに入った教師を殴り出す始末だ。
授業などまともに行われたことはない。
人を殴って殴られて、何が楽しいのだろうか。
馬鹿馬鹿しくて、本当にくだらない。
心が浮き立つことはないのに苛立つことばかりで、嫌になる。
いや、浮き立つことがない、というのは正しくない。
特別何をしたわけでもないのに勝手に俺を好意的に捉えたその底辺高校の先輩が連れて来る女とヤるのは、僅かながらに心が満たされるだろうか。
それは決して愛などではなくて、征服欲のようなものだろう。
どいつも多少雑に扱っても文句など言われることはなく、むしろ喜ぶ様に心が冷えることもあるが、お互い良いなら平和なことだ。
「トモアキってヤッてる最中以外本当つまんない男だよね~」と笑われることもあるが、お前もヤッてる最中以外本当、つまらない女だな、と作った顔で笑いかければ終わる話だ。
後日先輩に揶揄われたりもするが煩わしい程ではないので適当に相槌を打っておけばいい。
そうして、ひたすら時間が過ぎるのを待っている。
つまらない俺の人生が早く終わってくれはしないかと。
1年以上経っても、急に訪れるであろうその時はまだ来ないが。
その日は特に誘いもなく、学校が終わるとすぐ帰路についた。
まだ明るい内に帰るのは久しぶりだ。
時間帯が違えば居合わせる人間の多さや年代も変わるなと当然のことをぼんやり思う。
電車に乗ると、柄が悪く見えるのか俺が座った席の周りからは人が去っていく。
いつもは多くのサラリーマンが顔を顰める程度なので少し驚いた。
これでも無遅刻無欠席無早退の品行方正な高校生なのだが。
快適でいいと前向きに捉え、家の最寄駅で悠々と降りる。
すると、賑やかな音楽が聞こえることに気づく。
近くでイベントでもやっているのかと気にせず改札へ向かえばだんだんと音は大きく明瞭になっていき、歌声が乗っていることにも気づいた。
歌詞は、笑顔は最高、人生楽しい、のようなおめでたい頭で羨ましい内容だ。
こういう内容の歌が反吐が出そうな程嫌いな俺にとっては悪夢でしかない。
聞きたくもないのに無理矢理耳に流れ込んで来る音楽に耐え駅前に出れば丁度音楽が終わり、俺ど同年代くらいの女たちとクマの着ぐるみが数人の観客から拍手を受けているのが見えた。
楽しそうに、嬉しそうに笑い、手を挙げて拍手に応えている。
不快な思いをしたのだからそいつらも同じ思いをすればいいと、聞こえるように「うっせぇな」と呟いて傍を通り過ぎる。
……過ぎようとしたのだが。
「おっと、こころ、笑顔じゃない子犬君を発見だ」
「本当だわ、大変!ミッシェル、捕まえて!」
「えっ!あたし!?」
「ほらほら早く!お兄さんが逃げちゃうわ!」
普通に考えれば、竦むか関わりたくないと思うはずなのだが何故だか俺を捕まえようとしている。
頭のおかしい奴らだったと判断して捕まる前に走り出そうとするが、何処からか現れた黒服の女どもに囲まれ逃走経路がない。
やばい奴らが後ろについている奴ら、という不要な新情報を得た所で躊躇っていたクマに腕を掴まれ、黒服の女どもはまた何処へともなく消えて行く。
何だったんだ、アイツら。
「えぇっと……すみません、すぐ終わると思うんで……」
抑えられた声でクマが俺に話しかける。
先程の一人称と声でわかりはしたが、やはりクマの中も女らしい。
1人だけ暑苦しい着ぐるみを着させられ、しかも金髪の女には命令までされていたので虐めでもされているのかと気の毒になり振り払わず大人しくしておく。
「おにーさん、はぐみたちのライブ、楽しくなかった?」
「遠くで聞いていたわけでもなさそうだったし、ちゃんと私たちの音楽を聞けていなかったからだと思うな」
「丁度終わってしまったから、笑顔にできなかったのね。それじゃあお兄さんの為にもう1曲やりましょうか!」
「で、でも、みさ、……ミッシェルが今日はこの時間までって言ってたよね?」
「そうだった!でも、ミッシェルがいてくれないと寂しくて笑顔いっぱいでライブできないね……」
「それじゃあ、次のライブにこの人を招待するのはどうかな。始まる時間を連絡しておけば今度は最初から最後まで聞いてもらえるよ」
「とっても良い案だわ!お兄さん、連絡先を教えてちょうだい!」
少し黙っている間に勝手に話が進んでいき、連絡先を求められる。
関わってはいけなさそうな相手に誰が連絡先を教えるものか。
「お前らの歌なんか聞きたくねぇよ」
「そんなー!」
「駅前で騒音出して満足か?五月蠅ぇって思ってる奴らも大勢いると思うぞ」
「私たちの音楽、騒音なの……?」
「……いくら何でも、失礼じゃないですか」
クマの女にも敵認定されてしまったようで、腕を掴まれる力が強まる。
「失礼なのはどっちなんだろうな。いきなり捕まえて人の迷惑無視して」
「そ、それは……」
「だって、あたしたちの前に笑顔じゃない人が現れたら、笑顔にしないとダメなんだもの!」
理由になっていない理由らしきものを金髪の女が誇らしげに言う。
知ったこっちゃない理由だ。
とりあえず歌詞の内容も話の流れも、笑顔、楽しい、と相手をそんな状態にしたいグループらしいので。
「じゃあ、5人とも俺とヤる?」
「そ、そんな、6Pなんて無理だよぉ……!」
「……流石に俺も6Pは考えてなかったんだけど」
「ふぇ?ふ、ふえぇ……!」
「其処の暗そうな子はオッケーみたいだけど、他は?」
「おにーさん違うよ!かのちゃん先輩は暗いんじゃなくてクラゲなの!」
「暗げ?」
「そう!」
「はぐみ、多分意味伝わってないから……」
「やる、と言えばあれよね?」
「あぁ、あれだね」
「うん!はぐみもわかるよ!」
水色髪の女が暗いという話は瞬時にどうでも良くなかったのか短い髪の女は金髪、紫髪に続いて声を上げた。
意味がわかっているという上に肯定的であるから3人も水色髪と同様乗り気なのだと思ったが。
「「「ハッピー!ラッキー!スマイル!イェーイ!」」」
突然、謎の掛け声が上げられる。
近くで大声を出されて五月蠅いし意味がわからない。
唯一何の反応も示していないクマに視線をやると、「あれ、いつものことなんで」とさらりと告げられた。
このグループでは1番まともそうではあるが、変な着ぐるみを嫌がる様子もなく着ているし、コイツも変であることは変わりないのだろう。
「ちなみにあたしもお断りです。あなたに興味ないんで」
「そうかい」
掛け声を上げた3人が此方そっちのけで盛り上がり始めたのを見て、クマはもういいと判断したのか俺の腕を放す。
解放されたのだから絡まれると面倒な3人が再び俺を認識する前に消えることにする。
しかし世の中上手くいかないことばかりで。
「あ、あの!」
水色髪の女に引き留められてつい足が止まる。
コイツも笑顔がどうたらと言って来るのかと思えば、携帯を握り締めて何だかもじもじしている。
あぁ、と察して俺も携帯を取り出せば顔を朱に染めて手に持つ携帯を近づけて来る。
「後で連絡したい、です」
退屈な人生を潰す玩具をまた1つ、手に入れた。
このオリ主絶対無垢ではないんだよなぁというイメージの所為で余計な先輩を出した結果キャラが前後でブレブレになりました。南無三。