バンドリSS   作:綾行

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伝える努力を怠ってはいけない

 

 

 

「あの、…………あの!」

 

 

控え目な声に自分に対してではあるまいと進める歩を止めずにいたが、数秒後に出された数段上がった声量に驚いて振り向くと、綺麗な女性がいた。

リクルートスーツに身を包んでいる所を見るに、就職活動中の大学生だろう。

面識はないが、手には見慣れた、小ぶりな猫のぬいぐるみが納まっている。

 

 

「あ、それ、」

 

「さっき落としましたよ。はい」

 

「ありがとうございます」

 

 

拾ってもらえて良かった、と笑顔でお礼を言う。

これは俺が小学生の頃、仲の良かったクラスメイトにもらったものだ。

小さな猫のぬいぐるみがついたキーホルダー。

そいつは市立で共学の中学ではなく、私立の女子校へと進んでしまった。

家は近所ではあるのだがなかなか会うこともなく、高校生になった今も偶然会うことはない。

勉強に部活に、もしかしたらアルバイトにと、何かと忙しいだろうから当然だろう。

毎日会うのなんて家族や学校関係の人間を除けば、朝俺が家を出る時間に丁度犬の散歩をしている近所のおばちゃんくらいだ。

俺は学校に残って自習する程真面目でもなければ部活動に情熱を燃やすタイプでもないのでこうして16時前に商店街をぶらついている。

受験は来年だしまだ大丈夫だろう、なんて後々痛い目を見る見通しをしいている自覚はあるがやる気が出ないものは出ない。

 

それじゃあ私はこれで、と去る女性にもう1度お礼を言って見送り、落ちた時についたであろうキーホルダーの土埃を払う。

懐かしい気持ちとまた会えるだろうか、なんて思いでずっとつけているキーホルダー。

長年つけていればそりゃあ埃なり触った時の手汗なりで汚れても来る。

その度に外して洗っていたのだが、金具の留めが甘かったのだろう。

外れた金具は地面に紛れて見つけられないだろうし帰ってからつけようと猫を鞄に仕舞いこみまた歩き出そうとすると。

 

 

「っ、とも君」

 

 

また、呼び止められた。

今度は疑うことなく俺のことだ、と思う。

違う『とも』なら俺ではないのだが、と声の方を見やると砂色がかった灰色の髪の、羽丘女子学園の制服を着た少女が立っている。

その顔は何処となく見覚えがあり懐かしい気持ちにさせられる。

もしかして、と心の中で前置きをして思い当たる名前を口にする。

 

 

「……モカ?」

 

「……そーだよ。あたしのこと忘れちゃった?」

 

 

小学校卒業以来会っていなかった、先程鞄に仕舞った猫のキーホルダーをくれた女の子。

憶えてるよ、久しぶりだな、と笑って声をかけるが、あちらは全く再会を喜ぶ顔ではない。

何だか面白くなさそうに僅かに眉を顰め、頬でも膨らませそうな様子だ。

忘れていないのに何か気に食わなかったのだろうか。

 

 

「何だよ、会いたくなかったって顔か?」

 

「ちがーう。会えて話せて嬉しいけど……」

 

「けど?」

 

「……今からとも君の家遊びに行っていい?」

 

「え?あぁ、いいけど、もてなしたりはできないからな」

 

「気にしなさんな~」

 

 

家に帰り、茶くらい出してやろうとリビングに通すが「とも君の部屋が見たーい」とごねられて仕方なく2階の自室に案内する。

物珍しそうにしげしげと部屋の中を眺められて居たたまれない。

もう満足したか、と部屋を出ようとするがまだだよーと引き留められ、仕方なくベッドに腰掛けてモカが満足するのを待つ。

 

 

「部屋に鍵ってついてないんだー。見られたくないことする時ってどうするのー?」

 

「そんな時ねぇよ……」

 

「えー?こういう時とかは?」

 

 

閉めた扉を見ていたモカが此方に近寄りドーンと俺の上半身を突き飛ばす。

膝に乗る体勢で俺を見下ろすモカは挑発的に笑ってネクタイを緩める。

 

 

「見られたら、恥ずかしくなぁい?」

 

 

あたしは、恥ずかしいな。

上半身を前に倒し耳元で囁かれた言葉に幾つか返答の選択肢が出たがどれを選ぶべきかわからず、彼女をとっかえひっかえする悪友が「据え膳食わぬは男の恥だからな!」と眩しい程の笑みで言っていたのを不本意ながら思い出した。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「……で、いきなり何だったんだよ」

 

 

シングルベッドの上で、未だ何も身に着けようとしない、薄いタオルケット1枚に包まったモカに尋ねる。

両親とも仕事で不在だったが、母はあと30分程で帰って来るだろう。

いるのは構わないが服は着て欲しい。

窓を全開にして換気もしたいのだがモカが服を着ない為、万が一外から見えたらモカが嫌だろうと開けられず換気扇を回すのみだ。

 

 

「んー?ふふ、何だったと思う?」

 

「わかんねぇよ……」

 

「んーとね、モカちゃんはね、国語が得意なの」

 

「お、おぉ……。昔からそうだな」

 

「でもねぇ、言いたいことを上手く言えない時はいっぱいあるんだよ。だからね、ボディーランゲージ?」

 

「ボディーが過ぎるだろ……」

 

 

口にはしないが、上手く言葉にできないから寝て伝えよう!という考えに至りそうな程、モカは慣れていなかった。

というかむしろ、初めてだったように見える。血こそ出なかったが。

額に脂汗を滲ませて痛みに耐える姿にやっぱりやめようと提案もしたのだが、力ない声で怒られて続行してしまったのだ。

多少の後悔もあり、理由は知っておきたいと訊いたのに具体的な答えは示してもらえない。

 

 

「上手くなくていいし、ゆっくりでいいから言いたいことちゃんと言ってくれよ」

 

 

宥めるように言えばちゃんとボディーではないランゲージで言おうとしてくれてるのか、えっと、うーん、と頭を悩ませ始める。

 

 

「好き、だった。ずっと」

 

「まじか」

 

「まーじだよー。でも、偶に見かけても何て声かければいいかわかんなくて、見てるだけだった。ずっとこのままなのかなって思ってたら、商店街で、……とも君、質問」

 

「唐突。何?」

 

「一緒にいた女の人、誰」

 

「え、誰と一緒でもなかったけど」

 

「すっごい笑顔で別れてたじゃん。スーツ着た綺麗な人と」

 

「あー……あれは俺の落とし物拾ってくれた親切な知らない人」

 

 

昔モカからもらったものを大事につけていると知られるのは気恥ずかしく、猫のキーホルダーのことは伏せて説明する。

なーんだと安堵するモカに、それで再会した時にふてくされていたのかと合点がいく。

 

 

「知らない間にとも君がとられちゃうと思ったら、どうしようもなく嫌で、ついボディーランゲージに走っちゃったってわけですとも」

 

「嬉しいけどついで体に走るのはやめような……」

 

「でも後悔してないよ。初めてはとも君が良かったし。とも君の初めてももらえたしー?」

 

 

にひ、と悪戯っぽく笑うモカには悪いが隠すことでもないだろう。

後々知られたらその方が面倒なことになる可能性もあるし。

嬉しそうな所に水を差すようで悪い気はするが、独り言のようにモカに告げる。

 

 

「俺初めてじゃなかったんだよなー……」

 

「えぇー……?何それ、何でー……」

 

「何でって……俺だって彼女いたことくらいあるし……」

 

「そんなー……酷い、とも君は初めてじゃないって知ってたらあたしも少しは思い留まったかもしれないのに……」

 

 

掴んだ布団を目頭に当て俺が悪いかのように言わればつが悪い。

訊かなかっただろ、というツッコみを入れれば非難の嵐になるだろう。

2度やめる機会があったにもかかわずのった自分が悪いのだと素直に謝ることにする。

 

 

「……悪かったよ」

 

「……いーよ。でも、責任とって、とも君の最後はあたしにちょーだいね」

 

 

最後とは、と疑問符を浮かべる俺にまずは彼女にして欲しいなと上目遣いのおねだりをされる。

それでやっとピンと来て、付き合ってください、とモカに向き直ると彼女は嬉しそうに頷くのだった。

 

 




モカ以外にしたかったのですがモカしかいませんでした。
浅く、少し斜めに座っていないと壁際に置いたシングルベッドだと頭ぶつけます。
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