ひまりの彼氏爆誕(これはモカ命名だ。驚きはしたけれど、そんなに衝撃的なことではないはずなのだが)から3ヶ月程経った。
一目惚れならぬ一聞き惚れから始まった恋は何だかんだで上手くいっているらしい。
初めの頃こそあの日のようにそわそわとして練習に身が入らない様子だったひまりも練習中はまた集中できるようになり、それ以外の時は彼氏のことを嬉しそうに話している。
この前は2人で何処へ行っただの、何を食べただの、声が良ければ歌も上手いだの、惚気を繰り出してはあたしたちに呆れられる、なんて日々。
幼馴染の恋模様を事細かに聞くのは何だかこっぱずかしくもあるのだけれど、純粋にひまりが嬉しそうなのであたしも嬉しくなる。
当の本人はそろそろ、自分の恋路を包み隠さず話すことにもう少し恥じらいを覚えて欲しいけれど。
「~~~~~!」
今日はみんな集まっての練習はないのでギターの練習と作詞をしようと学校を出ると、近くの路地から言い争うような声が聞こえる。
あたしの他にも聞こえている様子の人はいるが、関わりたくないのか其方へと近づこうとはしない。
こんな学校の近くでカツアゲとかはされてないよなぁ、なんて思いつつ、同じ学校の生徒が絡まれているのであれば助けなければという使命感もあり、そっと声の方へと近づき建物の陰から窺う。
「嘘吐くなよ!お前がジュン君に色目使ったんだろ!!」
「そーよ、ブスが勘違いして人の男に手ェ出すな!」
「ほ、本当に私、何のことかさっぱり……」
「はぁ?マジふざけんなよ」
声を荒らげているのは違う高校の生徒3人組。
花咲川女子学園高等部とは違ったセーラー服を着て此方に背を向けている。
そんな3人が苛立ちでか身体を揺らす度に見え隠れするのは。
「つぐ!」
見知った顔に居ても立っても居られず、名前を呼ぶと同時に駆け出す。
驚いて振り返る3人組を押し退けつぐを背にして守るように前に立つと攻撃対象は勿論あたしへと変わる。
「いきなり何なの?部外者は引っ込んでてくれない?」
真ん中に立つ女子生徒に、いわゆるギャル系、といった派手な印象はないのにちょっと怯んでしまうくらい凄まれる。
いや、そんなギャルは怖い、みたいな一括りのイメージはリサさんに失礼だろうと自分の思考を即座に消して、負けじと此方も睨み返す。
「部外者って言うなら、そっちだって2人は部外者なんじゃないの」
「2人はアタシの友達で、羽沢つぐみが逃げないように協力してくれてるだけなんだけど?」
「あたしだってつぐみの友達だ。部外者じゃない」
「あっそ。じゃあ別にいてもいいけど、さっさとソイツに謝らせてよ。アタシの彼氏に手ェ出したの」
再び標的がつぐへと移ってしまった。
負けず嫌いな巴や、自覚はあるのだけれどツンとした態度を取ってしまうあたしと違って喧嘩なんて慣れていないであろうつぐは鞄を両腕で抱き締めて今にも泣きそうになっている。
その様子からも、今まで共に過ごし見て来たつぐからも、目の前の彼女たちが言っていることはとても信じ難い。
「つぐはそんなことしない。人違いじゃないの」
「ジュン君が羽沢つぐみって言ったんだよ。同じ名前の奴がいるって?」
「そーよ、ジュン君は羽沢つぐみに乗り換えるって言ってユッコのこと捨てたんだから!」
「ちょっと、サユリ!」
「あっ……」
反対側に位置する友達にサユリと呼ばれた女子は慌てて口を押さえるが、ユッコ、真ん中の当事者に睨まれ顔を伏せる。
友達の為を思ってついて来たのに可哀想ではあるが、つぐにこんな思いをさせておいて同情はできない。
お陰でほんの少し事情もわかったことだし。
「ラチが明かないしさ、そのジュンってヤツ呼べばいいじゃん」
「は?」
「あたしはつぐがそんなことするなんて思えない。つぐの名前を騙った他の人の可能性だってある。それならソイツ呼んではっきりさせようよ」
「よ、呼ぶわけないじゃん、馬鹿じゃないの!」
「何で?怒りに任せて、よってたかって1人に詰め寄ってるなんて格好悪いところ見せられない?それとも捨てられたのにこんなみっともないことまでしてるって知られたくない?」
睨む、とはまた違い、ユッコの目がつり上がって来る。
怒りで顔も赤くなり、いつあたしにつかみかかって来てもおかしくない状態だ。
「もういいじゃん、そんな男。あたしの……彼氏がいる幼馴染は、相手に大事にされて、毎日幸せそうだよ」
怒りと悲しみという感情は似ているのだろうか。
あたしも経験があるからわかるけれど、腹が立ったり、自分のもどかしさを上手く言葉にできなかったりすると、涙が出て来る。
ユッコもそうなのだろう。赤い顔をしながら嗚咽を漏らすと、顔を両手で覆って泣き始めた。
両脇の2人はそんなユッコの肩を抱いて、もっといい男見つけよう、ユッコなら見つけられるよ、と慰め始める。
それを見ているつもりもなく、今の内だとつぐの手を引いてその場を離脱することにした。
つぐはまだ涙目で、掴む手は震えている。
「つぐ、行こ。……家まで送るから」
「……蘭ちゃん、ありがとう」
つぐの家まではお互い無言で、出迎えてくれたおばさんはいつもと違う雰囲気を感じたのかどうしたの、と問いかけて来る。
あんな不名誉な濡れ衣を知られたくないだろうと思い、何でもないと無理矢理誤魔化して、一緒に帰っただけだからとすぐに羽沢珈琲店を後にした。
またあの3人がつぐに突っかかって来ないか心配だが、他のみんなに先程のことを伝えるのも、何だか憚られる。
立ち止まって携帯を取り出すとつぐへのメッセージを打ち込む。
また何かあったらすぐ連絡して、と。
数分後にはピコン、と返信を知らせる音が鳴り、つぐからのありがとうが表示される。
お礼なんていいよ、と返したくなるのを堪えて鞄に携帯を放り込み、あたしも家へと歩を進める。
あたしたちの大事な日常が、いつまでも続きますように。
前話のひまりの彼氏の年齢設定を変え忘れてたので修正しました。
変えないままでも進行上問題はないです。